何でも屋がポケモン世界であれこれする話   作:てらりうむ

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少女の冒険の始まり

タクシーの座席に揺られ、私は深い眠りから目を覚ました。

まだ若干の重さが残る瞼に抗いながら、二つの方向に目を向ける。一方は霧の中でも迷わないよう、備え付けられた電子機器に集中する運転手のおじさん。そして休むことなく、私を運んでくれている大きな鳥のポケモン"アーマーガア"——図鑑を見なくても分かるその姿…広げれば多くのポケモンが怯むであろう漆黒の翼と、鋭く研ぎ澄まされた嘴。そして翼と同じ色の羽が時折、霧の合間から差す月光に照らされて黒鋼のように煌めいている。飛翔能力に加えて賢さもかなり高く、同じく空を飛ぶ鳥ポケモンだろうが敵なしといったところだ。まぁだからタクシーが成り立つのだが。

ふと、黒い身体の中から見える赤い瞳と目が合う。屈託のない笑顔を向けると、プイッと視線を逸らされた気がした。

そんな一連のやりとりを見ていたのだろうか、おじさんが、少しだけ首をこちらに傾けながら声をかけてくる。

 

「悪いな嬢ちゃん、コイツ照れ屋なもんでよ。せっかく可愛子ちゃんが客だってのに、芸の一つでもして見せろってんだ」

 

「あはは、気にしてませんから…それにしても霧強いですね。いつもこんなものなんですか?」

 

依然、濃いままの霧を見ながらおじさんは、そうさなぁと顎髭を指で撫でる。

 

「きりばらいをやってもいいんだけどよ。勝手に環境を変えちまうと野生ポケモン達に悪いからな」

 

私がいまいち理解してない顔をしていたのに気づいて、要は、とおじさんは付け足した。

例えば、アーマーガアが狙うのはキャタピーとかクルミルといったような小さいポケモンではなく、モルフォンやドクケイルのような大きな虫ポケモンだったりする。

彼らは進化前とは違い、身体もある程度の大きさがあるのでなかなか隠れるような場所が限られてくるのだ。そんな中でのこの霧というのは大いにその生存確率を高めているわけで、人間が勝手にきりばらいをやりまくっていると、頭のいいアーマーガアなどはそこを狙って狩りをするようになってしまうのである。

 

「なかなか、難しいもんよ。共存ってのはさ。ま、だからポケモンに頼ってばかりじゃあなくてこういうもんも作ってかなきゃいけないってことよ」

 

おじさんは、コンコンッと機械系統のメーターを指先で軽く叩いてみせた。

 

「そういや聞いてなかったけどよ、嬢ちゃん一体どこから来たんだい?」

 

「私、イッシュのカナワタウンってとこから来たんです」

 

「おお、知ってるよ。カナワは交差する街。鉄の輪っかってんだろ?」

 

よく知ってますね!なんて少し興奮しながらも同時に恥ずかしさも感じた。

だって、それはカナワタウンが超がつくくらいのど田舎だからである。大きなビルがあるわけでもない、ポケモンセンターだってない、といえば分かってもらえるだろうか。

唯一の観光スポットはバトルサブウェイの車両基地があることと、あとは小高い丘から遠くのポケモンリーグが時折見えることくらいしかない。

だから、私も姉も故郷を出て旅をした。姉はもう旅はしていないけれど、それでもあそこにはあまり帰りたがらない。

当然、私も戻る気はない。それでも少しばかり残る心細さを断ち切るために思い切って別の地方に来たのだ。

 

「なるほどな。なんつーか青春だな。俺もガキんときはよ、窓にぶつかりまくってたようなココガラだったコイツと2人でウチ飛び出したもんだ」

 

目を瞑って、当時の記憶を再生しているのだろうか。おじさんはしみじみとしている。ふとアーマーガアを見るとなんだかソワソワしている。当時を思い出して地上に激突なんて事態は避けてもらいたい。

そんなことを考えていると不意にあたりを煽っていた白が一気に彩られる。

そして、その街は姿を表した。

 

「あれがシブヤシティ。"ちがいをちからに変える街"ってな」

 

得意げに話すおじさんの言葉なんて正直耳に入ってこなかった。

ビルが所狭しに地上から生えている。それはまるで樹木が上空からの光を求めより背を伸ばさんと競い合っているようで。

ビル群の下には光が星空のように散りばめられていて、それが人口の多さをそのまま物語っている。

 

「シブヤシティはいろんな地方から人が集まるから、色々問題も多かったけどな。今じゃその互いの違いを武器にあそこまででっかくなっちまった…っておいおい!そんなに身を乗り出したら落っこっちまうぞ!!」

 

すごい。その一言だ。イッシュのヒウンシティやカロスのミアレシティにだって引けを取らない、いやもっと大きい街だろう。

 

「ったく、嬢ちゃん勘弁してくれ、無事故で安全のガラルから世界中へがモットーのアーマーガアタクシーなんだからよ。大人しく席に座ってな」

 

私が目を輝かせた分、おじさんは汗をかいた気がする。申し訳ないことをしてしまった。アーマーガアも目を細めてジトっとこちらを見ている。てへぺろ的な顔をしつつ、私は高鳴る胸と共に席へと戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というのがほんの数分前である。

私は今絶望の淵にいる。さっきまでのウキウキ気分なんてどっかいったよ。

 

「ひっ!」

 

死に物狂いで見つけた、岩の合間の小さな穴に身を縮み込ませて時折聞こえて来るウォーだのギィィィだのおそらく人間様ではいらっしゃられないようなお声に、失禁寸前である。

どうしてこうなったんだっけ、目に涙を浮かべながら数分前の記憶の引き出しを開ける。

 

 

 

 

 

「嬢ちゃん、まずいことになっちまった。悪いがちょっと荒い運転になる」

 

さっきまで陽気に話していたおじさんはいなくなっていた。まるで、死を覚悟したような、重い声音が私の思考を混乱させる。

 

「ちくしょう、なんだってんだアイツらは!!」

 

おじさんが声を荒げて見つめる先には、黒。一面に黒が覆っているのではない、一つ一つの点が線となり、面となっているのだ。

見たことがある。ポケモンというのは群れて狩りをする種もいると。

 

「グワァァァァァァァァァ!!!!」

 

その群れに向かって、照れ屋だと言われていたアーマーガアが空を切り裂くような咆哮を浴びせる。あたりにはきんちょうかんがギャリギャリと音を立てて走った気がした。

しかし、前方の黒い群れは全くその面に穴すら空けず依然こちらに向かってきている。

 

「しゃあねぇ、アーマーガア!失礼な奴らに風穴開けてやれ!」

 

おじさんが声を荒げて叫ぶと、アーマーガアは一旦空中で静止して嘴を大きく開いた。

そして嘴の先には徐々に光が浴び始めるその光は粒からみるみるうちに玉になり…おじさんが笑みを浮かべたと同時に、爆発した。

光が雷撃の如く迸り、まだ遥か先にいたであろう黒の塊に向かって突き進み大きな穴を開けた。

目を瞑り損ねた私の耳には、激しい衝撃音と、続いて身体には宙に浮く感覚が襲った。

 

恐る恐る私が目を開けるとそこには…ドアが開け放たれたタクシーと、その向こうから覗くポケモン——ドンカラスがいた。

 

放心した私を闇が覆った。それは夜の闇ではなく、ヤミカラスが作り出す常闇だった。

 

そこからは記憶がなく、気づくと、オレンの木の幹に引っかかっていたのだ。

 

身体がなんとか無事だったのなら、少し休みながら街に歩いていけば良い。しかし、今は夜。凶暴な野生ポケモンがあたりを徘徊し、見つかればひとたまりもないだろう。

ならばポケモンを出せば良いと思うかもしれない。それは先程私が1番に思い付いたことで、その時はこんなみっともない状態ではなかった。

自信満々の私が腰につけていたボールホルダーがなかったのだ。手持ちのポケモンがいないという事実に加え、いつも。当たり前に。そこにあったボールホルダーの感触も実体もないという感覚的な方面の動揺が大きい。

それはまるで昔、スマホロトムが無いと不安になってしまうといった若者を中心とした社会問題と、本質は同じな気がした。

 

その動揺が生んだのがこの怪我。なんのことはない、ポケモンに襲われたわけでもなく、木の根につまづいて捻っただけである。

 

「…ったい」

 

そんな呟きがさらに不運の連鎖を生み出した。

 

「…」

 

静かに、そしてそれは闇から現れた。満月の夜にできた黒だまりの中に浮かぶ笑み。

その闇から出てきた拳が、私の顔のすぐ近くの岩をいとも簡単に砕いた。

 

「ゲゲゲゲゲ…」

 

笑っている。私の恐怖に歪んだ顔を見て楽しんでいるんだろう。そんなことをするのは昔からあのポケモンだと決まっている。

走馬灯のように記憶が蘇る。

 

『まんげつのよる。かげがかってにうごきだして、わらうのは。ゲンガーのしわざにちがいない』

 

昔読んだポケモン図鑑に載っていた一文。その通りだった。

私は目を閉じる。迫り来る死から逃れたいがために。

 

「ごめんね、母さん、姉さん」

 

「ゲゲゲゲゲゲゲグギェェェ!?」

 

そんな私の短い遺言をかき消したのは、眼前にまで迫っていたはずのゲンガーがあげた苦痛のなきごえだった。

 

 

to be continued

 

 

 

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