最初のストーリーの記憶はあるけれど細部が思い出せなさすぎてやばい。
あと、口調どんなだったか。
幼少期の思い出を憶えているだろうか。
とんでもなくどうだって良い日常の一部。生きてきた中で驚愕に震えた一場面。うろ覚えの将来の夢。いざ何があったか掘り返そうとすれどパッと思いつかないのが常だろう。
それでもふとした拍子に何か昔の情景を掴んでしまうことがある。匂いだったり、色、場所と様々だが俺は特に音に想起させられる。
風音だ。
そよ風ならまだしも吹き付けるような鼓膜を震わす重い音が過去のトラウマを掘り起こしてやまない。グッと胃の中のものを吐き出してしまいたいと思わせる重圧感なのに地面に足がついていないと思わせられる気持ちの悪さが頭の中で雑音みたいに寄り添ってくるのだ。
「酷く風が荒れているな」
モンドで生きてきた中で過去一番の荒れ具合は言わずもがな、モンド領内で何か起きているのは明白だった。
かの領地にはおぞましき咆哮が轟き、風を震わせるらしい。
一度港へトンボ帰りし、そこからモンドへの帰路で寄った望舒旅館では絶えず情報が飛び交うようで風魔龍の話しがちらほらと窺えた。
戻ってきた今でこそ実感が湧く。今までの比でない荒れ狂った空は暗雲で、一雨きてもおかしくなさそうだ。
「今日は珍客の来訪が多いな。お前も、そう思わないか?」
「・・・・・・どういう意味ですか」
「いや何、予期せぬ出来事というものは様々なものを運び込んでくるものだと思ってな。災い転じて福となす、なんてな」
「それで俺に何か?」
つれないなと呟く褐色の男の薄い笑みから読み取れるものは何もない。寒々しい碧の長髪と淡い青掛かった瞳が俺を見据えているのに相も変わらず別の風景を写しているようだった。
「すまんすまん。コソコソと人気を伺いながら歩く不審者がいると聞いてやって来てみれば見知った顔だったというだけの話さ」
知り合いに会うことの何がおかしいのかと宣うモンドの騎馬兵団長殿は空を仰ぐように見渡し、
「久しぶりに会えて嬉しいぜ?」
ガイア・アルベリヒという人物を評価するならば信用に値するが信頼はおけない存在だろう。遊戯盤の駒ではなくそれらをいとも容易く動かして見せるプレイヤー側。
故に戦況を変えるトリックスターにはなれずとも盤面を自身の流れに変えて見せる力を何度か見たことがあった。
俺という捨て駒をどのような算段で動かし、何をさせようとしているのか皆目見当つかない現状では下手に動くとかえって面倒ごとが増える可能性しかない。
「周りを見たらわかるだろう? ちょっとしたやんちゃでモンドの都はとっちらかってしまったわけだ。騎士団の人間は忙しい限りだぜ。『尊敬できる旅人さん』にまで力を借りるほどにな」
やれやれと言わんばかりにガイアは何かを俺に軽く投げつけた。危なげなく受け取る。
小さな欠片に張り付くように芽吹く青みがかった小さな花。見た目以上にずっしりとした重みに驚くもそれ以上に俺の探していたものを何で知っていたのかにびっくりしてしまった。
「それやるよ。先払いってやつだ」
「・・・・・・俺弱いですよ」
「はははっ、それはとんだジョークだな。それに今ここでの対応は戦闘だけが全てでないだろうさ」
***
「それでコイツの面倒を見てやってくれないか? 久しぶりに返ってきて家族に甘えたいだろうが、この状況だ」
長身のガイアからしてみれば、いや、目の前の女性からしても俺の身長は低い。ポンポンと叩くのやめろとはたき落とそうとするも軽い身のこなしで去って行く。
「まあ、適当にしておいてくれ」
奴はとんでもない者を俺になすりつけていったのだ。
「お任せ下さい。私がしっかりシンラ様のお世話をさせていただきます!」
モンドのメイド服と騎士風の甲冑が組み合わさった異装の女性。
やる気に満ちた端正な顔と華奢に見える体つきからは到底推し量れない馬鹿力と体幹は騎士顔負けなのは鍛冶のおじさんの談。そんな今も騎士団入隊試験を挑戦する彼女、ノエルは西風騎士団の右腕的存在に大事なお仕事をいただいたのだ。
張り切ったノエルがお辞儀をするとほのかにバラの香りが漂った。