バ場外におけるウマ娘たち   作:haku sen

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無自覚の独占力

 

 

【皇帝】シンボリルドルフ。

 

 それは、もはや伝説と言っても良かった。

『皐月賞』、『日本ダービー』、『菊花賞』、言わずとしれたクラシック三冠を──無敗で達成。

 しかし、彼女はそれだけでは足りないと言わんばかりに、最高峰の『G1』レースに勝ち続け──史上初の『七冠』という栄光を手にした。

 

 “唯一抜きん出て、並ぶ者なし”

 

 故に──【皇帝】。

 否、彼女だからこそ【皇帝】名にふさわしい。

 

 誰もがその栄光に憧れ、その姿に心酔し、その走りで全てを魅了して止まない完璧な存在。

 

 そんな完璧な存在が──

 

「──会長?」

 

「っ……すまない。少しぼっーとしていたようだ」

 

 どうやら、ペンを持つ手が動いていなかったのだろう。

 同じく一緒に書類に目を通していたエアグルーヴに声を掛けられ、我に返ったシンボリルドルフはペンを置いて、目頭を揉んだ。

 

「……お疲れのようですね。後は私たちがやっておきます。会長は休まれて下さい」

 

「いや、疲れているわけじゃないさ。ただ……少し、思うことがあってね」

 

 ルドルフの脳内には、ある悩みがぐるぐると巡っていた。

 それこそ、あのシンボリルドルフをこうして作業に集中できないほど悩ませるほどものが巡り巡っている。

 

「悩み、ですか?」

 

「ちょっとした気持ちの問題なんだが……ああ、そうだ。ちょうどいい。少し休憩がてら話しを聞いてほしい」

 

 時計に視線を向け、作業を一旦止めるには丁度良いと思ったルドルフはそう提案した。

 

「それならば、是非。紅茶を入れましょう──ブライアン手伝え」

 

「なんで私もやら……チッ、そんな目で睨むな。カップを準備するだけだからな」

 

「当たり前だ。貴様に紅茶を淹れさせるわけないだろう」

 

 相変わらずなやり取りにルドルフは少し苦笑いを浮かべた。

 そう、これも日々のやり取り。当たり前の日常。変わることの無い平穏──と思っていたのに。

 

「ありがとう……うん、いつ飲んでもキミの淹れた紅茶は美味しいな」

 

「ありがとうございます。……それで、その、悩み、とは?」

 

「そう身構えて聞くようなことじゃない。ほんのちょっとした……何と言うべきか──そう、気持ちの持ちようなんだ」

 

「は、はぁ?」

 

 イマイチ本質が見えてこないルドルフの説明に、思わず首を傾げるエアグルーヴ。

 その対座で紅茶を啜っているブライアンに至っては、そもそも聞く耳も持たないような態度だ。

 

 しかし、そんな二人の様子に気が付いた様子も無くルドルフは話しを続けた。

 

「彼……トレーナー君のことなんだが、少し──って、どうした、二人とも立ち上がって?」

 

 いざ、話し始めようとしたら突如として聞き手の二人が立ち上がったのだ。

 これには、思わずルドルフもきょとん、とした表情を浮かべてしまった。

 

「あっ、いえ、何故か……こう、反射的に」

 

「……少し用事を思い出した」

 

 立ち上がったことを反射的にと言ったエアグルーヴに対して、ブライアンは唐突にそう言った。

 

 そして、返事を聞かずにその場から立ち去ろうとするブライン。

 しかし、その手を強く掴み、その場に拘束する人物がいた。

 

 ──貴様、逃がさんぞ。

 

 ──離せ。どうせ面倒なことになる。

 

 二人は顔を見合わせて互いの意見がぶつかり合った気がした。

 睨み合うこと数秒。折れたのはブライアンだった。

 

 チッ、と舌打ちをしたのちに先ほどの場所へと腰を下ろす。それを見届けてからエアグルーヴも所定の位置へと戻った。

 

「いや、別に用事があるならそちらを優先して構わないが……」

 

「大丈夫です、会長。何時もの嘘です」

 

「おい、嘘じゃない。……ただ、後回しにしてもいいと思っただけだ」

 

「そ、そうか……なら、胸を借りるつもり二人の相談させてもらう」

 

 全員、また同じ位置に戻ったのを確認したのちルドルフは手を組みながら話し始めた。

 

「昨日、久しぶりに練習をしたんだが──」

 

 

 

 

 ──昨日の午後、グランドにて。

 

 ルドルフは準備運動していた。

 今や第一線を退き、後進の育成や学園への体制に力を入れてはいるが、それでも本能は止められない。

 そして、何より彼女自身はまだまだ走れるのだ。走らずにしてどうする。

 

 加えて、何より──

 

「──すまない。少し遅れてしまった」

 

 彼がいる。彼にまだまだ自分の走りを見てもらいたかった。

 軽く呼吸を整えながら頭を下げる彼の姿を見て、ルドルフは穏やかな表情を見せる。

 

「いや、大丈夫だとも。しかし、何かあったのかい、トレーナー君?」

 

 珍しいことだった。彼──トレーナーが指定の時間を遅れてくることは。

 しかし、トレーナーは何でもないと言わんばかりに片手を振った。

 

「ああ、いや、練習後に話そう。久しぶりに走るんだろ? 折角の機会なんだ。時間が勿体ない」

 

 そういうと彼は胸を張りながら、ストップウォッチを掲げるように取り出す。

 

「それに、ルドルフの走りを今か今かと待っているギャラリーにも申し訳ないからな」

 

 そう言われてルドルフは気が付く。

 少し周りに目を向けてみれば、遠巻きにこちらを見る制服姿の学生たちが見え、近くには同じトレセン学園のジャージに身を包んだ学生が自身の練習そっちのけで見ているではないか。

 

 そして、最後にトレーナーへと視線を戻せばしたり顔をした彼の表情が見えた。

 

「フフッ、相変わらずだな、キミは」

 

 こちらの気も知らないで、そのようなことをされては困るものだ。

 ならば、することは一つしかない。

 

「ならば、私もそれに応えよう」

 

 私の走りを。

 彼と築き上げてきたこの自慢の走りを、見せつけようじゃないか。

 そして、見ている彼女たちが己の道を邁進できるよう鼓舞激励となるように。

 

「準備運動は?」

 

「終わっているよ」

 

「足の状態は?」

 

「充分に暖まっている」

 

「何処か違和感は? 特に足首、膝、股関節辺りとか」

 

「質実剛健──万全だ」

 

 それを聞くや否や、トレーナーは一歩後ろへと下がった。

 

 それが、合図だった。

 ピッ、となる機械音。それと同時に地面を蹴って前へと踏み込むこの瞬間。

 周りが息を呑むのが分かる。熱狂にも似た驚愕の声が聞こえてくる。

 

 風を切り、地面を抉り、ターフを翔るこの瞬間。

 

 とても、充実していた。

 

 

 

 

 

 

 日が茜色になり水平線へと消えていくなかで、ルドルフとそのトレーナーは肩を並べながらグランドを後にしていた。

 

「少しは彼女たちの道標になれただろうか」

 

「勿論。充分良い刺激になったはずだよ。起爆剤にしては少し多すぎたかも知れないが」

 

 誰もが呆けてルドルフの走りを見ていた。そして、それは次第に熱を帯びていった。

 余韻が、今すぐにも走りたくなるようなあの熱が。

 ルドルフを見ていた彼女たちはきっとその走りに自身の夢を見たに違いない。

 そして、ルドルフの姿を自分自身に投影しただろう。

 

 ああなりたい。こうなりたい。

 

 そう思うだけで人は動き出せる。行動できる。それは、ウマ娘にとっても同じこと。

 いや、本能が溢れ出る以上、その熱はきっと人より上だ。

 

 彼女たちに幸福を。その走る未来に幸あれ。

 

「──っと、そうだった」

 

 走りの余韻に浸っていたルドルフは、ハッとしたように思い出して口にした。

 

「トレーナー君。そういえば、何か話すことがあるじゃなかったか?」

 

「ん、ああ、そうだった。実は理事長から打診があってね」

 

「打診? それも理事長直々とは……何というか、私も鼻が高いよ」

 

「ははっ……これも、ルドルフのお陰さ」

 

 茜色の風景を背に二人は穏やかに笑い合う。

 それは、何よりルドルフが大事にしている幸福の一つでもあった。

 

「それで、打診とは?」

 

「そろそろ──新しい子を担当してみないか、って。出来ればチームを作って欲しいと言われたけど、同時に大勢を見るのはまだ経験不足だと思って、流石に断ったよ」

 

「────ぁ、えっ?」

 

「どうした、ルドルフ?」

 

 一瞬、意識が遠のいた気がした。いや、どちらかと言うと意識が中心に迫りすぎて、周りが見えなくなったと言うべきか。

 

「あ、ああ、すまない! どうやら、久しぶり走ったものだから気分が高揚していてね。長い余韻に浸っていたようだ。それで、その、何だったかな?」

 

「え、えっと、だから新しい子を担当しようかな……って」

 

「…………なるほど、どうやら私の聞き間違いでは無かったようだ」

 

 聞き間違えでは無い。いや、そもそもこの耳が聞き間違えることなどあり得ない。

 かといって、これは夢でも無ければ幻でも無いし、ましてや幻聴というわけでも無いだろう。

 

 しかし、何だろうか。この不快な気分は。

 彼の横に自分意外の存在がいると思うと、どうも気分が悪い。

 想像するだけで、自然と眉間に皺が寄り、言い難い焦燥感のようなものを感じる。

 

 だが、これでは、まるで私が──

 

「──いや、大丈夫だ。トレーナー君、何かあれば何時でも相談してほしい。ただ、契約を結ぶ前には必ず一報を入れてくれないかな?」

 

「あ、ああ。それは、勿論するが……」

 

「では、私はこれで失礼させてもらう。今日はありがとうトレーナー君!」

 

 

 

 

「──正直、この後のことは記憶が曖昧でね。気が付けばここにいたと言ってもいい」

 

 はぁ、と話し終えて大きく息を吐いたルドルフ。

 それに対して、二人は困惑気味に顔を見合わせて首を傾げた。

 

「えっと、あの……一ついいでしょうか?」

 

 おずおずといった具合に挙手されたエアグルーヴの手。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「会長の話を聞く限り……悩んでいる原因は明白だと思うのですが……?」

 

 簡単にまとめれば、自分のトレーナーが他の子を担当することを好ましく思っていない、ということだろう。

 

 言って仕舞えば、嫉妬だ。

 私だけを見ていて欲しいから、他の女に目移りしないで欲しい。

 口外にそう言っているようにも聞こえるし、態度から鑑みても明らかだと思うが……果たして。

 

「ああ、違うんだエアグルーヴ。無論、私も理解しているとも。この感情ことは」

 

「……なら、何で悩んでいる」

 

 ブライアンの率直な疑問にルドルフは幾分か思索させると、絞り出すように言った。

 

「私自身、何故、こう思ってしまったのか。……どうして、トレーナー君が他の子を担当すると思った瞬間、不快に思い、嫉妬なる感情が出てきたのか──それが、分からないんだ」

 

 ルドルフの言葉を聞き、エアグルーヴとブライアンはほぼ同時に生徒会の天井を仰いだ。

 

 二人の気分は、正にあちゃーっと言った具合だろう。

 

 ああ、これ一番面倒くさいパターンだ、とも思っていた。

 

「ど、どうしたんだ、二人とも?」

 

 その様子に若干慌てふためくルドルフ。

 本人に至っては至極真面目であり、恥じる思いを抑えて相談したのに、こういう反応をされたら流石に傷つくもの。

 

 しかし、そんなこともお構いなくエアグルーヴは視線をこちらに戻すと、正に女帝の名にふさわしい堂々とした態度で言った。

 

「ハッキリと言いますが、会長──本気で言っておられるのですか?」

 

「えっ」

 

 困惑するルドルフに追い打ちをかけるように、ブライアンはやれやれと首を振った。

 

「正直、ここまでとは思わなかったぞ。……悪いが、私は用事があるから先に上がる」

 

「おい、待てブライアン!」

 

「いや、ちょ──少し待ってくれ、二人とも!」

 

本人のことなどそっちのけで話しが進んでいく状況に、思わず席を立ち上がったルドルフ。

 

「私の悩みに対する意見をまだ聞いていないんだがっ?」

 

「それはご自分で解決すべきです」

 

「……同意見だ。では、失礼する」

 

「待て、ブライアン! ……会長、少し失礼します!」

 

 遠のいていく喧噪。ゆっくりと閉まる扉。

 残されたのは腹心に裏切られた哀れな皇帝。

 万物を聞き分ける至高の耳は垂れ、他を圧倒して止まない尻尾は心なしか覇気が無くなっていた。

 

 そして、ゆっくりと椅子へ身体を預ければ、途方に暮れるかのように頭を垂れる。

 

「……私はどうすれば良いのだろうか」

 

 その呟きに応える存在はいなかった。

 

 

 

 

 

 

「──ふーん、なるほどね。うんうん。でも、ルドルフが……へぇー、ふーん?」

 

「……真面目な話しだ。ふざけないでほしい」

 

 腹心に裏切られた哀れな皇帝は、今度は対等とも言える友──マルゼンスキーに相談していた。

 

「もう、モチのロンよ! 冗談はヨシコさんなんだから」

 

「いや、ふざけてるだろう」

 

 はぁ、とまた溜息を吐くルドルフ。

 それに、マルゼンスキーは思っていた以上に重傷かも知れないと笑顔の裏で感じ取った。

 

 どうにか、場を和ませようとしたがどうやら逆に悪化してしまったらしい。 

 周りは思い思いにカフェテリアで過ごす学生たちが目に入る──はずなのだが、どういうわけかルドルフたちの周辺はぽっかりと穴が空いたように人がいなかった。

 

 それもそうだろう。【皇帝】と【怪物】と言われる二人が談笑、というには些か物々しい雰囲気で話しているのだから。

 最も、その雰囲気の原因はルドルフしかいないのだが。

 

 とはいえ、このままの状況ではよろしくない。マルゼンスキーは早々に行動へと移すことにした。

 

「それで、ルドルフはどうしたいの?」

 

「──は?」

 

 直球に。ストレートにド真ん中。こういうのはコレが一番手っ取り早い。

 

「だから、ルドルフはトレーナー君が他の子を担当するのが嫌なんでしょう?」

 

「い、嫌というわけでは……失敬。嘘は良くないな」

 

 はぁ、と息を吐いて。

 

「……そうだ。ハッキリと言って不快だ。私がこんなこと言うのは間違っているだろう。だが、自分の気持ちに嘘はつけない。しかし、だからといって、それは余りにも自分勝手過ぎる。私が、私であるが故に、それを許容出来るハズが無いんだ。全てのウマ娘が輝ける未来のため、トレーナー君はもっと多く子を導くのが正しい。この私のようにね。彼の手腕であればきっと私すら越える偉業を成し遂げるウマ娘を育て上げられるだろう。ああ、勿論、それに思うところが無いわけじゃない。何処か誉れ高い気持ちではあるが、その横に立っているのが私じゃないと想像しただけで、気分が落ち込んでしまうし、いても立ってもいられなくなる。無論、私も──イッ!?」

 

 意識外から唐突に来た額の衝撃に、思わず条件反射してしまったルドルフは目をぱちくりさせながら、衝撃の犯人であろう友人を見る。

 

「ちょっちタンマ。もう、話しが堂々巡りになってるわよ」

 

「うっ……その、すまない。キミだとどうも口が軽くなってしまう」

 

「フフッ、それは嬉しいけど、私よりももっと適任がいるんじゃない?」

 

「適任?」

 

 マルゼンスキーはそう言うや否や、徐に立ち上がるとルドルフの背後に歩いて行き──現れたのは件の悩みの原因であるトレーナーだった。

 

 彼も突然のことだったのだろう。マルゼンスキーに手を引かれて現れた彼は状況を全く把握していなかった。

 

「えっと、マルゼンスキーに引っ張られて来たんだが……」

 

「はいはい、取り敢えずそこに座って」

 

 と、言われるがままトレーナーは先ほどまでマルゼンスキーが座っていた席、即ちルドルフの対座へ押し込まれた。

 片や状況が把握出来ず、片や突然現れた悩みの原因に意識が追いついていなかった。

 

「もう、おたくの担当。随分と悩んでいるみたいよ? 職務怠慢じゃない?」

 

「なっ!? マルゼンスキー!?」

 

 揃うが否や、そう言ったマルゼンスキーは抗議の声を上げるルドルフにウインクした。

 何を馬鹿なことを、と慌てて否定する言葉を言う前に眉間に皺を寄せたトレーナーが声の方が先立った。

 

「なんだって……? 本当か、ルドルフ?」

 

「うっ、うぅ……その、通りだ。少々、いや、正直大分参っている」

 

 嘘はつけない。彼にだけは嘘など吐きたくないし、誠実でありたいと思っている。

 だが、この悩みは……というか、そもそも彼が悪いのでは?

 

「じゃあ、後はお二人さんでじっくりと話し合いなさい。ルドルフ、イケイケゴーゴーよっ!」

 

 そういうと、颯爽と消えていく赤いスーパーカー。

 残るのは互いに眉間の皺が寄った担当ウマ娘とトレーナーだけ。

 それには、遠巻きで見守っていた群衆も関わらない方が良いだろうと、我先にと散っていく。

 

 こうして、舞台は整った。後は話し合うだけである。

 

 開口一番。先手はどちらか。

 

 重苦しい空気の中、二人は口を開いて──

 

「「──フッ」」

 

「「ははははっ!!」」

 

 互いに笑いあった。まるでタイミングを予め教え合っていたように、一緒に笑いあったのだった。

 

「ははっ……いや、マルゼンスキーは本当に嵐のような子だな」

 

「全くだ。彼女には何時も振り回される」

 

 二人は状況がどうあれ、同じ視座に立つものである。

 遙か彼方の理想へ近づくために、上を見続ける皇帝。

 それを支えるために、一段低い場所にいながらも決して下を見ることは無い杖。

 

 二人の間に、このような重苦しい空気など必要無かった。そもそも、そのような経験はもうとっくの昔に終わらせている。

 

「……トレーナー君。これから、話すことは……その、随分と私個人のワガママになると思うのだが……それでも聞いてくれるか?」

 

 不安そうな表情を浮かべて話し始めるルドルフ。

 あの何時も威風堂々としていたルドルフの珍しい姿に、驚きながらもトレーナーはしっかりと頷いた。

 

「実は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【皇帝】シンボリルドルフ。

 

 それは、もはや伝説と言っても良かった。

『皐月賞』、『日本ダービー』、『菊花賞』、言わずとしれたクラシック三冠を──無敗で達成。

 しかし、彼女はそれだけでは足りないと言わんばかりに、最高峰の『G1』レースに勝ち続け──史上初の『七冠』という栄光を手にした。

 

 “唯一抜きん出て、並ぶ者なし”

 

 故に──【皇帝】。

 否、彼女だからこそ【皇帝】名にふさわしい。

 

 誰もがその栄光に憧れ、その姿に心酔し、その走りで全てを魅了して止まない完璧な存在。

 

 ──そして、その完璧な存在をより高みへと押し上げた【至玉の杖】。

 

 誰しもがその杖を欲した。

 何故なら、それを手にすればかの【皇帝】になれると言われたからだ。

 

 弱者であれば、喉から手が出るほど欲するだろう。

 強者であれば、より高みへと思い奪い去るだろう。

 

 しかし、忘れてはいけない。

 その杖が誰のものであるかを。

 

 

「「──むりぃぃぃ!!?」」

 

 

 そんな叫びがグランドに日中響き渡っていた。

 

「あら、今日もやってるのね」

 

「……マルゼンスキー」

 

「フフッ、そんな睨んだってお姉さんは手に入らないわよ?」

 

「寧ろ、自分が景品だけどな。……キミがルドルフを焚き付けなければこんなことにはならなかったのに」

 

 観客席から見るターフの上では多くのウマ娘が疾走している。

 ──だが、その背後から強烈な勢いで追い上げては集団を置き去りにして、ゴール板を走り抜ける一つの影があった。

 

 その影はゆっくり速度を緩めていき、こちらへ向き直ると上品に手を振った。それに、トレーナーは手を振り返しながら声を張り上げた。

 

「──ルドルフー! ちょっと来てくれー!」

 

 そうトレーナーが呼びかければ、悠然とこちらへと走り寄ってくるその影──【皇帝】シンボリルドルフ。

 

「やあ、マルゼンスキー」

 

「相変わらずやってるわねぇ、お姉さんも走ろうかしら?」

 

「むっ、君が相手なら手は抜けないな。私も本気でいくとしよう」

 

「もう、冗談よ。それに、私にはちゃんと杖があるもの」

 

「それは良かった。それで、どうしたんだい、トレーナー君?」

 

「ああ……っと、まあ、その、な」

 

 トレーナーは手元にある大量の資料と自身で書き込んだ紙を挟み込んだバインダーを見比べ、そしてルドルフの方をチラリと見てから言う。

 

「三レース目の十番の子。中々良かった。スタミナもあるし、パワーも脚質的に問題ない。それに最後まで食らいついていたから根性も申し分ないだろう」

 

「それで?」

 

「えっと、まあ、その、スカウト──」

 

「──うん確かに目を見張るものがある。きっと彼女ならば重賞も勝てると思えるほどにね。それに、他の子も……いや、全員が輝けるものを持っている」

 

「……なら──」

 

「──私に勝っていないが?」

 

「……そう、だな」

 

 杖が欲しければ奪いたまえ。

 栄光が欲しければ掴み取れ。

 

 彼女──【皇帝】シンボリルドルフはそう宣言した。

 

 私のトレーナーの教えを受けたければ、私に勝って見せろと言った。

 そして、私を認めさせろ、とも言った。

 

 今はもうどっちかと言うと、かの伝説と併走できるという訳あって、レース前の調整やデビュー戦前の力試し、という側面の方が強いだろう。

 だから、普通に担当が付いている子たちも混ざっている。

 

 だが、それでも中にはいるらしい。この杖を求める者が。

 

 嬉しいような、栄光が重たいというか……。

 

「フフッ、申し訳ないトレーナー君。私のワガママだ。でも──君を手放す気は毛頭無いのでね」

 

 故に、無敗。

 

 故に──“唯一抜きん出て、並ぶ者なし”

 

 

 

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