岸辺露伴の回想録   作:ゼルダ・エルリッチ

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甘党

 

 自宅のテラスのソファに身体を預けながら、外気を吸い込む。まだ5月だというのに、何だかやけに気温が高かった。

 

 

 5月―― そう、あの男に出会ったのも、こんなやけに蒸し暑い、5月のことだったな―― 

 

 

 そう振り返りながら、テーブルに置いてあった記録ノートを手に取る。ページを繰って行き、あの体験のことを記録したそのページに目を通した。

 

 

 記録のタイトルは、

 

 

 

 甘党――

 

 

 

 あの男が自分の気持ちにきちんと整理をつけることができたのかどうか? それは分からない。だが少なくとも、あの出来事があの男にとっての人生の区切りになったことだけは確かだ。後は、あの男次第―― 彼が未来を見据えて新たな一歩を踏み出していくことができるかどうか? それはひとえに、彼自身の心に懸かっている――

 

 

 

 

 

「何だかやけに蒸し暑いな――」

 

 

 

 仕事の資料を探しに書店へ赴いた、その帰り道―― 季節外れの暑さに耐えきれず、僕はカフェ・ドゥマゴに立ち寄る。いつもはホットティーを頼むのだが、今日はこの暑さに呑み込まれ、アイスコーヒーを注文した。

 

 

 

「くぇー!」

 

 

 隣の席で、冷えたおしぼりで首筋を拭きながら奇声を上げているオヤジに閉口しつつ、町の景色を眺める。歩道にはたくさんの人が歩いていて、それぞれの目的地へと向かっている。女もいれば男もいる。子供もいれば老人もいる。皆それぞれに人生があり、それぞれに悩みを抱え、それぞれの価値観を抱いている。

 

 

 取って付けたようなものは無い。あくまでも、自然体―― だからこそ彼らの人生は、嘘偽りのない真実として輝くのだ。それが、良き人生であれ、悪しき人生であれ―― 

 

 

 そんなことに思いを馳せつつ、アイスコーヒーを口にする。ブラックコーヒーの心地良い苦みと香りに包まれつつ、バッグから書店で仕入れてきたばかりの資料を取り出して、広げた。 

 

 

 その時、少し離れた席に一人で座っていた男の元に、注文のパフェが運ばれてきたのが見えた。特大のグラスに、はちきれんばかりにクリームとアイスが盛り付けられていて、大量のフルーツやチョコチップが飾られている。まるで植木鉢だ。しかし、そんなことに怯む様子もなく、男は早速スプーンを手に取ると、それをガツガツと食べ始めた。

 

 

 

 よく食えるな……。

 

 

 

 遠巻きに見ていても、胃もたれしそうだ。参考までにメニューを手に取って見ると、スイーツの欄に、それとおぼしき写真が載っていた。

 

 

「季節のパフェ、3Lサイズ。2590円」

 

 

 どう見ても一人用のサイズじゃあない。家族連れかカップルなんかが一緒に盛り上がりながら食べるような、そういった「ノリ」で頼むようなメニューだ。それを、男が一人で頼むかねぇ。

 

 

 まあ、好きにしたらいい。それは個人の自由なんだからな。

 

 

 

 そのまま、手にした植物イラスト図鑑に目を通す。以前購入した物の続編らしい。こんなマイナーな本に続編があるとは思わなかったので、いささか驚きつつも迷わず購入してしまった。

 

 

 

「今回は、ジャンケン小僧に邪魔されずに買えたしな」

 

 

 

 思わず苦笑する。大柳賢―― あいつ、今頃どうしているかな――

 

 

 そんなことを思い出しつつ、ふと視線を上げてみた、その時……、

 

 

 

 

「お……、おいおいおいおい……、正気か?」

 

 

 

 飛び込んできた光景に、僕は思わず目を疑った。あのパフェの男の元に、再び同じパフェが運ばれてきたのだ。特大のグラスに、大盛りのクリームにアイス、フルーツ類。

 

 

「季節のパフェ、3Lサイズ。2590円」に間違いなかった。

 

 

 驚いたことに、男はすでに1つ目のパフェをほとんど食べ終わっていた。さっき食べ始めた所を見たばかりだというのに、何て早食いな奴だ。いや、それ以前に、そんな早さでパフェにがっつくなんて、やっぱり普通じゃあないぞ――

 

 

 結局、男は2つ目のパフェも見る間に平らげると、そのまま代金を払って店を後にした。その後ろ姿を、遠巻きに眺める。年齢は30代の前半といった所か? 背は高く、痩せた体形。髪は短く刈っていて、見た感じ真面目そうな印象を受ける。背広を着てビジネス鞄を手にしていた所を見ると、営業の外回りか何かか?

 

 

 しかし、それ以上は別段、興味を引くような所も無かった。まあ世の中には、甘い物に目が無いって奴もいるからな。あの量は確かに異常ではあるが、有り得ないことではない。余程の甘党といった所なのだろう。

 

 

 考えていたら、何だか僕まで甘さに飲みこまれてきた。その胸のつかえを洗い流すかのように、ブラックコーヒーを多めに口に含み、飲み下す。

 

 

 やれやれ……。救われたような気持ちになって、僕は大きく息を吐くと、再び図鑑に目を通し始めた。

 

 

 

 

 

 一週間後。僕はまた、ドゥマゴのテラス席に座っていた。今日はここで、編集と打ち合わせの予定があったからだ。増刊号の方に読み切りの短編を載せたいというので、その内容や詳細を話しておきたいとのことだった。

 

 

 僕は他に買い物があって早めに家を出ていたので、まだ約束の時間までには時間があった。そのため、まだ担当は来ていなく、僕は一人だった。

 

 

 例によって、今日も蒸し暑い。まだ5月だというのに、何なんだこの暑さは。注文していたアイスコーヒーを飲み下し、額の汗をぬぐう。その時……、

 

 

 

「また、あの男か……?」

 

 

 

 少し離れた席に、男が座った。一目で、この間のあのパフェの男だと分かった。以前と同じく、背広にビジネス鞄といった格好。男はメニューを広げる様子もなく、やってきた店員に何かを告げる。店員の方は、にこやかではあったが、少しためらっている様子だった。

 

 

 ひょっとして……、またあのパフェを頼んだのだろうか? 

 

 

 少し気になって、様子を見る。

 

 

 ほどなくして、男の所に運ばれてきたのは……、

 

 

 

 やはりあの、「季節のパフェ、3Lサイズ。2590円」だった。しかも今回は、二人の店員によって2つ同時に運ばれてきたのだ。店員たちが去り際に、男の方を怪訝そうに振り返る。

 

 

 そりゃあそうだろう。商売人としてはありがたい客ではあるだろうが、こんな量のパフェを一人で頼むような奴なんて、やっぱり普通じゃあない。それは僕以外の客にも、少なからず浸透しているようだった。皆、ジロジロ見るようなことはしなかったが、チラチラと男の方に目を向けていた。

 

 その時、

 

 

 

「あっ、露伴せんせ~い! 早いですね~。どうしたんです? そんなにやる気出しちゃって~」

 

 

 

 突然、聞き覚えのある頓狂な声が響いて、僕のテーブルに近づいてくる奴がいた。確認するまでもない。編集の泉君だ。

 

 

 

「……何で君、こんな所にいるんだ? 遊んでないで、さっさと社に戻って仕事しろ」

 

 

 

 シッシと手で追い払う。こいつが来るとは聞いていない。今日は増刊号の打ち合わせのはずだ。こいつは週刊の方の編集なんだからな。

 

 

 

「そんな冷たいこと言わないでくださいよォ。今日、編集長から連絡があって、増刊の方の担当も、あたしが受け持つように、って言われたんですぅー。ひどくないですかぁ? あたしも暇じゃないっていうのにー」

 

 

 そういう割には、手にしたファッション雑誌に、服飾店の紙袋……。ついさっきまでショッピングに興じていたのであろうことは、明白だった。言うまでもなく、仕事中に、だ。全く、これで本人は無自覚なのだから凄いな。

 

 

 だがまあ、相手が誰であろうと仕事は仕事だからな。さっさと済ませちまおう。

 

 

 

 

 そして打ち合わせを始めて、間もなくした頃のことだった。

 

 

 何となくあの男の方を見た僕は、そこでまたしても、驚きの光景を目にしたのだ。

 

 

 

「な、何だって!?」

 

 

 

 思わず立ち上がって、見入ってしまう。僕が見たのは、その男の元に新たな同じパフェが2つ運ばれてくる、その光景だった。

 

 

 最初に頼んでいたのと合わせて、合計4つ……、1つだけでも一人で食い切るのは難しいだろうと言える量のパフェを、一人で4つも……。

 

 

 しかも、それだけじゃあなかった。追加で注文したであろうケーキ類が、皿一杯に盛り付けられて更に運ばれてきたのだ。

 

 

 これは……、どう考えても異常レベルだ。ただの甘い物好きだとか、大食いだとか、そういったことで済まされるようなもんじゃあない。

 

 

 

「ちょっと、どうしたんですか? 先生?」

 

 

 

 泉君に声を掛けられ、再び席に着く。

 

 

 

「いや……向こうの席の男なんだが……、さっきから物凄い量のパフェを食ってるんだ。先週も見たんだが、ちょっと異常じゃないか?」

 

 

 

 泉君が振り返り、男の方を見る。男は3つ目のパフェにがっついている所だった。その合間合間に皿からケーキを取り、手づかみでムシャムシャと食べている。

 

 

 

「へえ~、凄いですねぇ~、あの人。でも、甘い物が好きな男の人って、結構いますよォ? むしろ男の人の方が、甘い物好き、多くないですかぁ?」

 

 

 

 泉君がそう言って、へらへらとした笑い声を上げる。おいおい……、そんな程度の感想だけで済む話なのか? 僕が、気にし過ぎってことなのか? 

 

 

 いや……、元より常識外れのこの女を相手に、常識的な話題について議論するのが間違いだったな……。

 

 

「君に尋ねた僕が馬鹿だったよ」

 

 

 

 

 

 打ち合わせは早々に終わり、追加の詳細はファックスで送るということになる。泉君は次の仕事があると言って珍しく素直に帰ったが、怪しいもんだ。次の「ショッピング」の間違いじゃあないのか?

 

 

 僕は一人、ドゥマゴに居続けていた。それはやはり、あの男のせいだ。あの男が、今日はどれだけの量のスイーツを食い切って帰るのか? それを見届けてやろうという気分になっていた。

 

 

 

 結局、男は20分ほど滞在しただけで席を立ったが、その間に食ったスイーツの量は恐ろしいほどのものだった。

 

 

 3Lサイズのパフェが4つに、ケーキが12個―― やはり尋常じゃあない。これだけの量を食うような男が、あんなに痩せているというのも変だ。「痩せの大食い」という言葉があるが、あの男もその類なのだろうか?

 

 

 男が会計を済ませて、帰りかける。しかし……、男はそこでクルリと踵を返すと、こちらの方へ向かって歩いてきた。

 

 

 僕は素知らぬ振りをしていたが、男はまっすぐ僕の方へ近づいてくる。

 

 

 ……ちょっと、ジロジロ見過ぎちまったか? それが気に障ったのかもしれない。

 

 

 だが、ジロジロ見られても仕方がないようなことをしていたのは、そちらなんだからな。それで文句を言おうっていうのは、お門違いというものだ。

 

 

 しかし、僕の前に立った男の口から出てきた言葉は、全くもって予想外のものだった。

 

 

 

「あの……、不躾で申し訳ないのですが……、そのガムシロップとミルク……、要らないなら僕にくれませんか?」

 

 

 

 何だって? 

 

 

 見ると、男が僕のテーブルの上を指差している。そこには、僕の飲んでいたアイスコーヒーに付属していた、ガムシロップとミルクが置いてあった。いわゆるポーションタイプの量産品ではなく、店の手作り品を小さな器に入れた、手の掛かったものだった。しかし僕は、コーヒーはブラックで飲む性質なので、使わずに残っていたというわけなのだが――

 

 

 

「ええ、どうぞ。構いませんよ」

 

 

 

 いささか面喰らいながらも、了承する。すると男は「どうも」と言って、そのガムシロップとミルクを手に取った。

 

 

 どうするのかと思っていたら……、何と男は、その場でそのガムシロップとミルクを両手で一つずつ持って、そのまま一気に口へと流し込む。

 

 

 おいおい……、いくら甘い物好きとはいえ、そこまでするか……。

 

 

 呆気に取られていたら、

 

 

 

 ちゅばちゅば、ちゅばちゅば! べろーおぉおーんん! べろべろべろべろぉおお!

 

 

 

 男は、飲み干したガムシロップとミルクの容器に吸い尽き、最後は丹念に舌で舐め取り始める。そのまま最後の一滴まで舐め尽くすと、空いた容器をテーブルの上に丁寧に戻して、にっこりと笑った。

 

 

「どうもありがとうございました」

 

 

 

 僕は何も言えずに、男の後ろ姿を目で追う。やはりあの男、何かがおかしい。それに、近くで見て分かったことだが、男の顔は蒼白で、全く生気といったものを感じられなかった。まるで、死人みたいだ―― 顔は笑っていたが、僕はその影に、何か化け物じみたものを感じずにはいられなかった。

 

 

 気になってドゥマゴの店員に尋ねてみたが、男は週に2~3回ほどやってくる常連客で、この近くの証券会社に勤めているらしいということ以外、めぼしい情報は得られなかった。左手の薬指に結婚指輪をはめていたので既婚者であるということは分かったが、あんな異常な食生活について、男の妻は何も注意しないのだろうか?

 

 

 いや……、案外その奥方にうるさく言われているから、ここでその鬱憤晴らしをしているのかもしれない。それは考えられる。

 

 

 まあ、それが一番ありそうなことだな。

 

 

 かといって、あの量のスイーツを一人で食うことが異常であることに、違いはないのだが。

 

 

 

 

 

 それから3日が経った。僕はちょっとした取材がてらに、カメユーデパートの食料品売り場に赴いていた。今描いている漫画のシーンで夕方のデパートの食料品売り場が出てくるのだが、その参考までに来てみたというわけだ。この時間帯に、どのような客層が、どのような品物を買っていくのか? その活きたリアリティを取材したかった。

 

 

 店内を歩く。この時間帯は圧倒的に主婦層が多い。ケバケバしい化粧をした婦人が、店員の目を盗んで試食のソーセージを次々に口に詰め込んでいく。だらしのない格好をした若い女が、自分の子であろう5歳くらいの子供が泣きわめくのを叱りつけている。70代くらいの婆さんが、自分のカゴに入れていたヨーグルトを買うのをやめたらしく、それを洗剤のコーナーの棚に戻していた。

 

 

 その時、菓子売り場の方から一人の男がカートを押してくるのが見えた。カート一杯に、ごちゃごちゃと品物が詰め込まれている。随分買うんだな―― そう思っていたら……、

 

 

 あいつは……! 

 

 

 間違いない。服装こそ私服になってはいたが、あのパフェの男だった。

 

 

 そしてよく見れば、男の押しているカートに山と積まれているのは、全てが菓子だった。チョコレートにキャンディー、キャラメル、カステラ、パウンドケーキ、羊羹、どら焼き……。煎餅などの、甘くない菓子というのは見受けられない。全てが、一目でその甘さが想像できるような、そんな菓子ばかりだった。更には、カートの下側に1㎏入りの砂糖の袋が、5袋くらい積んであった。この砂糖も、全て消費しちまうらしい。恐らく、この男一人で。

 

 

 男はそのままレジに向かうらしかった。思わず、後を追いかける。やはりこいつは普通じゃあない。男の顔にも、この間と同じく生気が全く無く、何か一種、思いつめたような感じだった。

 

 

 

 そしてその時、僕は、その原因とおぼしき「そいつ」を目撃する。 

 

 

 

 男のカートからチョコレートの箱が一つ、ポロリと床に落ちた。男は気づいていないようだったが、その時、男の足の影から小さな動物のようなものが顔を覗かせる。しかしそいつは、動物なんかじゃあなかった。まるで、セミの幼虫のような姿―― 大きなカマのような両手を持っていて、後ろ足を蹴ってピョンピョンとウサギのように跳ねている。

 

 

 

「ギ……ギギ……ギ、ギ……」

 

 

 

 唸り声のような音を立てながら、そいつは床に落ちた菓子の箱を掴んで、カートの上まで運んでいった。そしてそいつは、ひゅんっ! と宙に舞い、男の身体の中へと消えていく――

 

 

 

 間違いない……。

 

 

 スタンドだ。

 

 

 

 妙な男だとは思っていたが、あの男……、スタンド使いだったか……。

 

 

 

 この杜王町には、まだ人知れず能力者が住んでいる―― あの吉良吉影の出来事以来、僕は新たに、この町で何人かのスタンド使いに出会った。彼らと直接の接触を持ったことは無いが、彼らのことは詳細に調べ上げて、その能力や危険性などについて把握していた。

 

 

 幸いにして、未だ吉良ほどの悪という存在は確認していない。せいぜいが、個人的な欲望のために周囲に多少の迷惑をかける程度の相手ばかりだった。しかしこの先、いつ吉良ほどの悪が現われるか? それは分からないのだ。

 

 

 当然、あの男のことも調べなければならない。あの男の素性を調べ、この町にとっての害悪となり得るのかどうか? それを確かめなければ――

 

 

 

 

 

 男はそのまま店を出て、駐車場に停めてあった白のSUVに菓子を詰め込むと、そのまま走り去る。僕はバイクで、その後をつけていく。まずは、男の家を突きとめておかなければならない。今後、何かあった時に、すぐに対処が可能にしておかなければならないからだ。

 

 

 ほどなくして、男の車は住宅街へと進んでいき、そして一軒の家のガレージに停まる。二階建てで、庭があり、それなりの広さがある小奇麗な住宅。この杜王町では、一般的な住宅だった。

 

 

 少し離れた場所にバイクを停め、気付かれないように遠巻きに観察する。男は菓子の入った袋を抱えて、ガレージから直接、家の中に通じているドアの中に入っていく。菓子の量が多いので、男は何度もそれを繰り返してようやく荷物を運び入れ終わると、ドアをバタンと閉めた。

 

 

 さて……どうしたものか? 

 

 

 取り敢えず、自宅の場所は抑えた。後はいくらでも時間を掛けて調査を行うことができるのだが……、

 

 

 何なんだ、この胸騒ぎは……?

 

 

 何だか、今はこのままここを離れてはいけないような気がする。あの男の様子がおかしかったのも、その原因の一つには違い無かった。このまま放っておいたら、あの男はタダでは済まない……、それこそ、命の危険に晒されているような、そんな予感がしてならなかった。

 

 

 何か適当な理由を付けて、男と接触してみるか? それでヘブンズ・ドアーを使うことができれば、あの男のことも色々と分かってくる。

 

 

 一度戻って康一君の協力を得られれば一番なのだが、今は恐らく、その時間が無い。ここは、僕一人で何とかしなければ――

 

 

 

 玄関の前まで進む。表札には、「柏崎」とある。僕は意を決して、呼び鈴を鳴らすことにした。いきなり人の家に押しかけていくなんていささか強引すぎるとは思ったが、今はとにかく、急ぐ必要があるような気がした。もちろん、行き当たりばったりの行動ではない。状況から推察するに、今、家にはあの男一人だと踏んだからだ。家には男の車一台しか無かったし、それにもし家に家族が居たのなら、あの量の菓子類を買い込んで持ち帰るような行動は異様に映るだろう。もちろん推測が外れることも有り得るが、リスク無しに結果は得られない。

 

 

 宅配業者だと偽って、出てきた所に有無を言わさずヘブンズ・ドアーを叩き付ける。後は、僕のことを忘れるように書き込んじまえば、それで万事終了だ。

 

 

 そう思っていたのだが……、

 

 

 

 いくら鳴らしても、男が出てくる様子は無い。家の中に居ることは確かだろうが、全くもって何の音沙汰も無かった。

 

 

 妙な胸騒ぎを覚える。僕はそのまま人目を忍んで、庭を周って窓から家の中を確かめてみることにする。いよいよもって泥棒沙汰だが、これもあの男のためだと納得させて続行する。

 

 

 居間には誰の姿も無い。そのまま、次の窓に進む。台所の窓のようだった。

 

 

 そして家の中を覗いてみた時―― 僕はそこに、異様な光景を見た。

 

 

 

 テーブルに、あの男が一人で座っている。そしてテーブルの上には、さきほど買ってきた菓子が山と積まれていて、男は手当たり次第にその菓子をむさぼり食っている所だった。

 

 

 異常なのは、やはり男の表情だ。好きな菓子を食べているだろうにも関わらず、その目は虚ろで、死人のようだった。しかも男の顔は、先程カメユーで見た時よりも、明らかに痩せ細っていたのだ。頬骨が浮き上がり、肌には皺がよって、老人のようだった。それはまるで、菓子を食えば食うほど、生気を奪われていっているかのようだった。

 

 

 

 そしてそれは、間違いなくあいつが原因なのだろう――

 

 

 

 その男の身体に、カメユーで見たあのセミの幼虫のような小さなスタンドが、いくつも纏わりついていた。あのスタンドは一体だけじゃあないらしい。そしてそいつは、その口から伸びた針のような器官を男の身体に突き刺して、チューチューと吸っていたのだ。

 

 

 あの男は、自身のスタンドに食い尽くされようとしている……。それは明白だった。

 

 

 僕の予感は、的中したってわけだ。

 

 

 

 あのスタンドにどんな能力があるのかは知らないが、このまま放っておけば、あの男、死ぬぞ……。

 

 

「おいっ! お前!」

 

 

 もはや躊躇してはいられない。僕は窓をガンガンと手で叩き、男に呼びかけた。しかし、男は全く反応するそぶりを見せない。相変わらず、無我夢中で菓子にむしゃぶりついている。

 

 

 仕方がない―― これは、緊急事態だ。

 

 

 僕は手近な石を掴み、窓ガラスをぶち破った。鍵を開け、中に入り込む。すると……、

 

 

 

「キッシャアアアアーーー!」

 

 

「うおっ!」

 

 

 

 男の身体にしがみついていたスタンドが、僕の方に向かって突進してきた! カマのようなカギ爪を、僕に向かって振り下ろしてくる。しかし……、

 

 

 その大きさに見合って、その力は非力だった。僕のヘブンズ・ドアーの手でも、容易に払いのけることができる。いくつかのスタンドが弾き飛ばされて、床に落ちた。

 

 

 

「ヘブンズ・ドアー!」

 

 

 

 そして、僕はついにその男に向けてヘブンズ・ドアーを発現させた。男は抗うことも無く、そのままテーブルの上に突っ伏す。男が無力化したので、男のスタンドも同時に消え失せた。

 

 

 

「やれやれ、これでようやく、一段落というわけだな」 

 

 

 

 僕は深く溜め息をついて、身体についたホコリを払いのけると、男のページに目を通す。

 

 

 

 名前は、「柏崎 晋助」33歳。ウミガメ証券、営業部勤務。

 

 

 子供は居ない。そして三か月ほど前、妻を交通事故で失っている――

 

 

 

 結婚指輪をはめているが、それは亡き妻への想いからだったのか――

 

 

 僕はもちろん、結婚などしたことが無い。だが、男の気持ちについては、何となく理解できた。

 

 

 

『5年前、営業の外回りの途中、僕は突然、首筋に痛みを覚えてその場にうずくまる。それ以来、僕は不思議な能力を手に入れた。小さな虫のようなものがいくつも身体から飛び出してくる。ふとした出来事によって、こいつが甘い物好きで、甘い物(恐らく糖分)によって力を生み出すということが判明する』

 

 

 

 甘い物……、だからこいつは、甘い物ばかり食べていたのか……。

 

 

 

 それに、5年前……。間違いないな。こいつも吉良吉廣、吉良のオヤジによって矢で射ぬかれて、スタンドを発現させたクチか。あのオヤジが何人の人間を射抜いたのか? それは未だ不明のままだ。だからまだ、こいつのような能力者がこの町にいても不思議ではないってわけだ。

 

 

『スウィート・エモーション―― 僕はこいつをそう名付けた。こいつは糖分エネルギーによって、生きた人形のようなものを作り出すことができる。そいつは僕がエネルギーを供給すればするほど、精巧な仕上がりになる。人形は自分で考え、自分で行動することも可能だ。だがその活動時間は短く、数日ほどで砂糖の塊となって消えてしまう。始めの内は面白がって色々な人形を作ってはみたが、次第に興味も薄れていった。愛玩的な意味の他には取り立てて何かの役に立つというようなものではないし、それに、僕には妻である広美がいる。広美が居れば、他には何も要らなかった』

 

 

 …………

 

 何だか、事情が呑み込めてきたぞ……。

 

 

 

『広美が死んだ―― 僕の世界は真っ暗になった。後を追おうと何度考えたことだろうか。しかし、僕にはできなかった。その時、僕の関心は再び自らの能力へと向く。この能力があれば、広美を甦らせることが可能なのではないか? そうだ、できる。できるに違いない。その日から僕は、がむしゃらに動いた。広美を甦らせるためには、莫大な糖分が必要だ。今までの比ではない。だが、それで広美が生き返るのなら、僕は自分がどうなっても構わなかった。永遠に自立した、広美そのもの―― 広美のためなら、僕は命だって捧げよう』

 

 

 やはりだ……。こいつは、亡き妻の偶像を作り上げようとしている。こいつの身体がガリガリに痩せているのも、これで合点がいった。こいつは自分のエネルギーの全てを、自身のスタンドに食わせている。全ては、亡き妻への幻想のために――

 

 

 

『もうじきだ―― もうじき、広美は蘇る。身体のほとんどは完成した。後は、僕の持っている広美の情報の全てを、余すことなく吹き込まなければならない。そのためには、もっとだ。もっと糖分が必要―― もっと、もっと、もっと、もっと――』

 

 

 

 身体が完成しているだと……?

 

 

 背筋に冷たいものを感じる。

 

 

  

 この家の中に、それがあるってことか……?

 

 

 

 

 その時だった。家の二階の方から、何かの呻き声のようなものが聞こえたのだ。

 

 

 途端に、僕は理解する。 

 

 

 二階――

 

 

 二階に、そいつが「いる」のだ――

 

 

 

 階段を昇り、二階へと向かう。廊下の突き当たりのドアの向こうから、何かガサガサと動き回る物音がしている。

 

 

 

 間違いない―― このドアの向こうに、そいつがいる――

 

 

 

 確かめてみなければならない―― その使命感のようなものに後押しされ、僕はそのドアを開いた。

 

 

 そこは、小さな洋間だった。そして、部屋の中一面にクモの巣のような白いものが張り巡らされていた。

 

 

 そして、部屋の中央の床に、そいつがうずくまっていた。

 

 

 

 全裸の女―― いや、女の姿をした、生きた人形だった――

 

 

 

 身体は真っ白で、すべすべとした光沢を放っている。恐らく、糖分の塊……言わば、砂糖細工のようなものなのだろう。

 

 

「シャアアア!!!」

 

 

 女の偶像は、僕を見るなり、その口を大きく開けて威嚇するような声を上げた。身体は人間の姿だが、その知能は、まだまだ未完成のようだった。

 

 

 なんて哀れな……。

 

 

 その姿を見て、僕は胸を詰まらせる。壁には、在りし日の姿なのであろう、女の写真が飾られていた。その笑顔と、目の前の哀れな偶像の姿を比較して、僕は思わず目頭を熱くする。

 

 

 こんなものを作ったって、何にもならないだろうに――

 

 

 かえって、妻を失ったことの悲しみを増幅させるだけだ――

 

 

 

 

 その時、僕は背後に気配を感じた。振り返ると、柏崎晋助がそこに立っていた。ヘブンズ・ドアーによって顔や体の一部がページ化されてはいたが、それを振り切るだけの強靭な精神力によってここまでやってきたようだった。

 

 

 

「僕の……広美……。それは、僕の妻だ……。近づかないでくれ……」

 

 

 

 うわ言のようにつぶやきながら、よろよろと歩いてくる。しかし……、

 

 

 男の身体は、もはや、息も絶え絶えな状態だった。自らのスタンドに自身の身体エネルギーを食わせ過ぎたために、男は、その命の灯のほとんどを消耗していたのだ。

 

 

 

「僕の……広美……」

 

 

 そう言って、男は倒れ込む。僕は思わず、その身体を抱え込んだ。

 

 

 

「あきらめろ……」

 

 

 

 男に言い聞かせる。

 

 

 

「何をしたって、君の妻はもう生き返らない。君の妻は、もう死んだ。死んだんだ」

 

 

 

 男の瞳に、涙があふれかえる。

 

 

 その瞬間、彼の中の、何かが弾けたようだった。

 

 

 

「う……、うわあああああーーー!!!」

 

 

 

 もうすでに、男は気づいていたのだろう。こんなものを作ったとしても、自分の妻が帰ってくることはないのだということに―― それでも、それを認めることができずに、半ば盲目的に男は行動していたのだ。

 

 

 その時―― 

 

 

 部屋の中にいた男の妻の偶像が、ボロボロと崩れ始めた。

 

 

 男が、妻の死を悟った結果なのだろう――

 

 

  

 僕は何も言えず、それを見届ける。

 

 

 後には、無機質な砂糖の山がそこにあるばかりだった――

 

 

 

 

 

 

 何とも複雑な思いを甦らせつつ、ノートを閉じる。

 

 

 柏崎晋助は今、S市内の総合病院に入院している。僕のことは忘れるように書き込んだため見舞いに行くこともできないが、聞く所によれば、順調に回復に向かっているらしかった。

 

 

 愛する者を失った気持ち、それは僕にも理解できる。だが柏崎晋助は、その想いを間違った方向にぶつけてしまった。死者は生き返らない。それは絶対だ。しかし……、

 

 

 亡くなった者の記憶、思い出、それらは、残された者の心の中に生き続ける。そしてその想いを自らの生きる活力とすることができたのなら、死者は残された者と共に、永遠に生き続けるのだ。そう思えば、人は決して死ぬことは無い。そう、死者の魂は、不滅なのだ――

 

 

 

 その時、家の中から電話のベルの音が響く。

 

 

 表示を見ると、集明社からだった。

 

 

 

「もしもし、ああ、泉君か。原稿のチェック? まあ、構わないが。僕の家だな? ああ、分かった。いや……待て、やっぱり今日は、ドゥマゴにしてくれないか? いや、深い意味は無いんだが、そんな気分でね。オーケイ? じゃあ、15時に」

 

 

 電話を切り、深く息を吐く。

 

 

 

「やれやれ――」

 

 

 テラスに出て、空を見上げる。今日もまだまだ、暑くなりそうだ。

 

 

 

「こんな日には、ドゥマゴのパフェでも食ってやりたい気分だな」

 

 

 一人、思いを馳せて苦笑した。 

 

 

              

                                 終

 

 

 

 





スタンド名―『スウィート・エモーション』


本体― 柏崎 晋助


能力― スタンド使い本体の身体から供給される糖分エネルギーを材料にして、生きた人形を作り上げる。糖分エネルギーを多く注ぐほど、その仕上がりは精密になり活動期間も長くなる。時間をかけて作り上げることで、特定の人物を模した人形を作ることも可能。但しその記憶や人格についてはスタンド使い本体のそれに基づくため、当人のものとは異なる。故に、死者を甦らせることは不可能。


破壊力― E(超ニガテ)

スピード― C(人間並)

射程距離― C(人間並)

精密動作性― B(スゴイ)

成長性―A(超スゴイ)但し、本体がエネルギーを供給してやる必要あり


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