ハロウィン? お茶会? あたしが想う単純な願い
夏が終わり涼しげな風が流れ始めたこの頃。海鳴市もたぶんに漏れず秋の色合いを見せていた。だがその色合いに反発するかのように、小学三年生の赤色のおさげの少女は熱く赤く頬を膨らませていた。
「むぅ~~~~~」
古書店八神堂の店舗入り口。そこでヴィータは恨めしそうな目をなのはに向けている。
「にゃ、にゃはは、睨まないで~」
「睨んでねえです。……やっぱり納得いかねえよ! どうして今回のブレイブデュエル広報誌は六人しか採用されないんだよ!」
ヴィータはむっとした顔で、今日何度目かの言葉を口にした。
ブレイブデュエル通信。通称BD通は海鳴市を中心に配信させている電子書籍だ。広報誌にはトッププレイヤーの使用デッキ、最新カードやバトルエリアの情報などが多く載せられている。
だがどれだけ内容が充実していようとも読んでもらわないことには始まらない。そのために編集が打った手がトッププレイヤーによるグラビア表紙だった。
グラビアというと水着などが浮かぶだろう。しかしブレイブデュエル通はいたって健全で、露出の多い服は極力避けている。今回は不思議の国のアリスをイメージしたものになる予定で、そのためのメンバーもすでに選ばれている。
そう、ヴィータはその人選に不満があったのだ。
「だって絶対おかしいだろう。T&Hからはなのはとフェイト、グランツ研究所からはシュテル、レヴィ、王様。……で、どうして八神堂からははやて一人なんだよ! そこは普通に考えたら二人ずつだろう!」
「だ、だから私に言われても困っちゃうよー。で、でもはやてちゃん含めてヴィータちゃん、リインちゃんの三人で出たこともあったわけだし」
「メイド服の時だろ。まあ、それはそうなんだけどよ。ううぅ~~~~」
なのはの言いたいことはわかる。そうでなくともヴィータ自身がわがままを言っていることも十分理解していた。だがどうしてだろうか。心の中では言葉出来ない感情がふつふつとしていた。ヴィータは不満そうに口をとがらせる。
「……あたしはロケテスト五位なのに」
「ヴィータちゃんが凄いってことは私がよく知ってるよ!」
「……今回は可愛い服着てお菓子食べ放題なんだろ」
「服は確かに可愛かったけど、流石にお菓子は食べ放題ってわけじゃないと思うよ。でももしかしたら少しは、ね」
真っ直ぐ正直ななのはは、取り繕う嘘もつくことなく言葉にする。ヴィータはわざとらしく涙目になると、隣にいるはやての胸に飛び込んだ。
「ううぅ~~、はやて~~、なのはの奴が自慢してくるよ~~」
「おー、よしよし、可哀想になーヴィータ」
はやてはヴィータの頭を優しくなでながら、なのはに申し訳なさそうにアイコンタクトを送る。なのは声に出さずとも「大丈夫だよ♪」と笑みで答えてみせた。
ヴィータを刺激しないようにとなのはは少し距離を置く。はやてはそれを確認すると頭から手を離し、ヴィータと視線を合わせた。
「前の運動会は皆が参加したから逆に今回は少人数ってことになったみたいやなー」
「それはわかってるけど、ううぅ~~」
「撮影スタッフさんにも私の方からしっかり話しておくから。うちの可愛いヴィータを起用しないなんてありえへんってな。だからな、今回は我慢してもらってええかな」
「それは、その………………うん」
「ヴィータはほんまいい子やわー」
はやては両手を使って、ヴィータの頭をダブルナデナデする。ヴィータは膨らませていた頬を少しずつしぼめる。そして最後にはコクンと頷いていくのだった。
◆
「それじゃあ行ってくるな~」
「はやて行ってらっしゃいー、ついでになのはもー」
「うん、行ってくるねヴィータちゃん」
そんなやり取りし、迎えの車に二人が乗ったのは二時間ほど前のことだ。
今日一日特に予定のないヴィータは、自室でごろんと横になっている。だが時折思い出したように、胸の上をさすった。
「どうしてまだ胸がモヤモヤするんだろう」
撮影の件は理解も納得も出来ている。だが心が晴れることはなかった。ヴィータはじっとしていられず、右へ左へと体を転がしていく。
「お菓子を食べられるのは素直に羨ましい。けど可愛い服は正直そんなにだし。……うーん、トッププレイヤーとして表紙に載れないことが悔しいのかな~」
言葉にして並べてみるが、どれも釈然としない。そんなふうに悩んでいると、店内の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「はぁーい、ヴィータいるー?」
「あれ、この声は」
彼女のホームグラウンドでなく、八神堂に来るのは珍しい。そんなことを思いながら、ヴィータは居間から声の主の元へと足を運ぶ。そこには思った通りの金髪の顔見知りがいた。
「アリサさんいらっしゃ――――へっ、えっ⁉」
言葉を言い終わる前に、アリサに手を引っ張られる。アリサは八神堂の面々に手を振ると「それじゃあ予定通りヴィータを借りていきますねー」と声を上げる。だが当の本人は目を丸くするばかりだ。
何が予定通りなのだろう。ヴィータはアリサを二度見、三度見する。しかし周りの反応を見るにどうやら知らないのは自分だけのようだ。シャマルやシグナムに見送られると、ヴィータはアリサの家のリムジンに放り込まれていくのだった。
◆
「で、えっと、これはどういう状況なんですか、アリサさん」
「ほらヴィータ、またさん付けになってるじゃない。私のことはアリサでいいって言ったでしょう」
「えっ、あっ、そうでした。……えっとアリサ、これはどういう状況なんだ?」
「それは見ての通り、ハロウィンでお茶会で前夜祭よ!」
まだ夕方前であるが、それを言うのは野暮であろう。アリサに説明されるとヴィータは今一度、純喫茶『翠屋』に目を向ける。
店内はパンプキンのオブジェクトが所狭しと並んでいる。壁にはコウモリや白布のおばけのウォールステッカーが貼られており、天井には黒、赤、オレンジの飾り紙の装飾がなされていた。
確かにこれは言われるまでもなくハロウィンパーティーだ。それ自体はヴィータもわかっている。問題はどうして翠屋でこのようなイベントが行われている。いやそれよりも。
「……この衣装はいったい?」
リムジンの中で着替えた服は卵の殻のような帽子に、球体型にふんわりと広がったスカート。一言でいえば卵である。
隣のアリサは黒猫、他のお客さんも皆思い思いのコスプレをしていた。
アリサはバチンとウインクするとヴィータの言葉に答える。
「あらヴィータは鏡の国のアリスって知らない? そこに出てくるハンプティダンプティってキャラクターをイメージした衣装なんだけど」
「不思議の国は知ってますけど、鏡の国はあんまり……ってそういうことじゃなくて、どうしてコスプレなんですか?」
「それはアリスでお茶会のなのはやフェイトに対抗して…………じゃ、じゃなくて、せっかくのハロウィン前夜祭なんだからあたしたちも楽しみましょうってことよ! ほらほら、今日のヴィータは翠屋のケーキもお菓子も食べ放題なんだから!」
アリサに引っ張られ外のテラスの席へと向かうとすでにケーキが用意されていた。ヴィータを向かいの席に座らせると、アリサはケーキを一口サイズにし彼女の口元に運んでいく。
「ほら、あーん」
「えっ、あっ、あーん」
顔にかかる髪を払いのけるとヴィータは口を開く。そしてケーキが口に入った瞬間。
「…………んんっー!」
ヴィータは声にならない声を上げ、パタパタと腕を上下させた。
「このケーキすっごくおいしい! 特にこの茶色? 黄色? のクリームが食べたことない不思議な甘さで」
「ふふーん、それはかぼちゃのクリームよ」
「かぼちゃ! かぼちゃがこんなに甘いのか⁉」
「そんなに甘いのよ。ほらもう一口食べてみなさい」
先ほどよりも大きく切り分けたケーキをヴィータに近づける。今度は躊躇することなくそれを口の中に含んでいった。
「…………ほ、ほんとだこれカボチャの味だ」
「ねっ、だから言ったでしょう」
得意げになっているアリサを尻目に、今度は自分の席のケーキを次々と口に運ぶ。食べれば食べるほど鮮明になるカボチャの味にヴィータは瞳を輝かせ、反射的に振り返り声をあげた。
「す、凄い! かぼちゃがこんなに甘くなるって知って…………あっ」
だがその先にヴィータの求める人物はいなかった。それがわかるとまた胸の内にもやもやが濃くなるのが実感できた。そしてようやく、この気持ちの正体を知ることが出来たのだ。
「(可愛い服を着て、ケーキもお菓子も食べ放題なのに…………でも違ったんだ。そういうことじゃなかったんだ)」
ヴィータはギュッと拳を握りしめる。悲しそうに食べかけのケーキを眺めていった。
そんなヴィータを見て、アリサは少しだけ申し訳なさそうに肩をすくめる。そしてヴィータに聞こえないように「やっぱりあたしだけじゃ駄目よね~」とつぶやく。
アリサはその場から立ち上がると、ちょんちょんとヴィータの肩に触れた。
「ほらほら、そんなしょげた顔しないの、ちゃんと皆わかってるんだから」
そう言ってアリサは表通りを指さす。視線を向けると道路にはアリサの家のものとは違うリムジンが止まっていた。アリサのものでないとすずかのものであろうか。そんなヴィータの考え通りリムジンからは吸血鬼コスのすずかが降りてくる。だが降りてきたのは彼女だけではなかった。
「……………えっ、なんで!」
ヴィータは声を上ずらせながらガタっと立ち上がる。勢いでぐらぐらとバランスをとる椅子をガシリと掴むと、信じられないような目でアリサを見た。
「どうしてはやてやなのは達がここに? 撮影はいつももっと時間がかかるのに」
ヴィータがそう言うとアリサはまた得意げな顔をする。
「それはヴィータと一緒。現地に着く前に車の中で着替えたのよ。それとね、ははやてが王様達に頭下げて、先に全撮影をさせてもらうようにお願いしたの。で、後はすずかに迎えに行ってもらって最速でここまで来たってことよ」
「はやてが頭を下げてって、でも、ど、どうして?」
「撮影のことでヴィータが寂しがってるって気づいてたんでしょうね。運動会の時みたいに皆でならよかったけど、毎回そういうわけにはいかないしね」
アリサの言葉を聞いて、ヴィータははしゃいだ声をあげる。
「………そうか、はやてが、へへっ」
やっぱりはやては自分のことを一番理解してくれている。そんな当たり前のことを改めて認識すると、心の中が暖かくなるのを感じた。
そんなふうに笑みをこぼしているヴィータを見て、アリサは不満げな顔をする。アリサは首裏や後頭部をむず痒そうに掻く。
「それもそうなんだけど……」
そこで止めると、何度も首を横に振る。しかし意を決したようにアリサは言葉を続けた。
「あー、もう我慢できない! うん、あたしは悪くない。この役目をあたしに任せたなのはが悪いんだからね!」
「ど、どうしたんだアリサ?」
「ヴィータはどうして翠屋でハロウィンパーティーが行われてると思う? しかも本番の一日前に」
それはヴィータもずっと思っていた。
だがその『理由』を聞かれてもヴィータには何も思い浮かばない。しかしその質問をした『意味』を考えろと言われれば、自ずと答えが見えてきた。
そんなことがあるのだろうか。だが彼女ならもしかしたらと、リムジンから降りてくる彼女を見た。
「もしかして…………なのはが何かしたのか」
「何かしたなんてレベルの話じゃないわよ。ヴィータが今度の撮影で落ち込んでいるって気づいて、両親に頼み込んだのよ。今年のハロウィンイベントは二日間、つまり撮影の間もやって欲しいって。店の準備が忙しくて、なのははここ最近はブレイブデュエルもろくにやってなか、って、ちょっと」
最後までアリサの言葉を聞かずに、ヴィータはテラス席から走り出す。そのわずかな距離の間、心の中にずっとあったもやもやの正体をヴィータはようやく知ることができた。
この気持ちはお菓子を食べることでも、可愛い服を着ることでも、表紙を飾ることでも決して満たされることはない。
八神ヴィータは小学三年生だ。見た目通り心も体も幼い彼女は、ただ単純に大好きな人たちといられないことが寂しかったのだ。
彼女達はいつも自分の側にいる。だからこそこんな単純なことにヴィータは今まで気づけなかったのだ。
ヴィータは自身の想いを理解し、その勢いのままはやての胸へと飛び込んでいった。
「お帰りはやて‼」
「ただいまヴィータ、なんや今日のヴィータはさびしんぼうやなー」
「~~~~~~~~~」
本当にその通りなので言葉に詰まってしまう。ヴィータは恥ずかしそうに頬を染める。そして片目でチラリとなのはを見た。
ヴィータと目が合うとなのははひまわりのような笑みを浮かべる。
「ねえ聞いてよヴィータちゃん。はやてちゃん、今回の撮影中ヴィータちゃんのためにすっごく頑張ってくれたんだよ」
なのははそう言ってはやてが撮影の交渉をしてくれたことを話す。だがその会話中、ほんのヒトカケラすらなのはは自身のことを口にしなかった。
なのはの話を聞きながら、ヴィータは彼女の指に目を向ける。その指はよく見ると小さな切り傷がいくつか見えた。きっとハロウィンパーティーの準備で出来たものだろう。
だがそれに対してヴィータが感謝の意を述べることはない。それは彼女の努力を無に帰す行為だ。
だからこそヴィータは言葉の代わりになのはに手を伸ばす。なのは服の裾をちょこんと握るとヴィータは本当に小さな声で伝えた。
「なのはも、その早く帰ってきてくれて……………あ、あり、ありがとよ」
「えっ、ヴィータちゃんいま、ありがとうって」
「うっせえ、知らねえよ! ほら、早く店に戻らないとあたし達の分がなくなっちまうぞ!」
ヴィータは二人背を向けると耳まで真っ赤にして店内へと向かっていく。
そんなヴィータの反応を見て、なのはとはやては不思議そうに目を合わせる。しかしすぐ互いに笑みを浮かべると、ヴィータの元へと駆けだしていった。
「ヴィータ!」
「ヴィータちゃん!」
最後に二人は声を合わせると、ヴィータを左右から慈しむように抱きしめていく。
ヴィータは二人の暖かさを体いっぱいで感じると、二人に見えないように顔をほころばせていくのだった。
HN:白翼
Twitter:@hakuyoku123
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