精神が肉体を凌駕する理論で勇者やってる逸般人の物語 作:niwaka
勇者の始まり
「次の者! 前へ!」
獣の威嚇するような声でそう促すのは全身を白い鎧で身を包んだ騎士である。その背丈は二メートル程あり、目の前にはいなくとも強烈な威圧感をひしひしと感じる。あんな大柄の騎士に詰め寄られると考えただけで恐ろしくなってきた。
そろそろ俺の番がやってくる。待ちに待ったこの時がやっとやってきたのだ。感激で体全体に震えが走る。それも仕方のないことなのだろう、苦節十年――俺はついに勇者になれるのだから。
ロクォドールの聖域と呼ばれるこの場所には通常普通の人間は立ち入ることは許されてはいない。普段は王都の騎士団により強力な結界が張られており、極一部の人間以外の侵入は禁じられているのだ。だが、例外的にその結界が解除される日がある。それが今日この瞬間であり、勇者の選定とも言われる祭事だ。
勇者とは千年程前に突如として現れた人族であり、それまで数千年続いていた魔族との戦争に終止符を打った英雄だ。
そんな勇者が主に武器として使っていたのが、現在このロクォドールの聖域に封じられている聖剣デュランダラである。
「ふふっ、嗚呼早く俺に抜かせてくれ……」
勇者の選定は十年に一度行われる。その内容は単純なもので岩盤に突き刺した形で封印されている聖剣デュランダラを我こそはと引き抜く祭事だ。ここ数百年はデュランダラを引き抜けた者は出ていないがそれも今日までだろう。何故ならこの俺が来たからだ。
世界各地から集まってきた恐らくそこそこの強者だろうモブ共には悪いがお前たちには俺の引き立て役になってもらう。俺が颯爽とデュランダラを引き抜きお前たちは勇者となったこの俺に跪くのだ。想像するだけでも脳汁が出てきそうだ。
「駄目だ! 次!」
それにしても仕切ってるあの白い騎士は何であんなに焦ってるんだろうか。雰囲気からして祭事に相応しいとは言えないオーラを纏っている。まるでデュランダラを引き抜けない者がいることに都合が悪いかのような焦燥ぶりだ。心配するなよ白騎士よ、俺がすぐにでも引き抜いてやるから俺を褒め称える用意でもしていてくれ。
「なんか、すごい気迫よね」
「……?」
唐突に話しかけてきたのは俺のすぐ前に並んでいた金色の髪をした少女だった。
「あの騎士様も大変よね。今の時期なんて特に。各地ではもう神器の担い手が出てるっていうのにここの聖剣だけはまだなんだから。たまったもんじゃないでしょうね」
「……?」
目の前の女が何を言っているのかはさっぱり分からないが、滅茶苦茶顔がいい。これだけは分かる。一瞬人形と見間違えた程だ。びっくりして心臓止まっちゃった……
「あ、急に話しかけてごめんなさいね。見たところ同い年くらいに見えて親近感わいちゃった。私はロリィ・ローランド。貴方は?」
「デッド、家名はない」
「そう、よろしくね。デッドは何で選定に参加しようと思ったの?」
「何故? 愚問だな。そんなもの決まっているだろう、俺が勇者だからだ」
俺がそう言うと彼女は少し驚いたかのように目を見開くと、そう……とだけいって俺から目を逸らした。何だこいつ失礼なやつだな、俺が勇者であることなど見たら分かるだろうに。オーラとか見えないのかな? まぁ見た感じいいとこのお嬢様っぽいし強者のオーラってやつは分からないか。
それからはローランドも話しかけてくることはなく刻々とただ時間だけが過ぎていった。
「次! ちっ、女か……」
そしてついにローランドの番が回ってきた。ローランドが終われば次は俺だ。つまりは勇者誕生である。白騎士も女の挑戦者が珍しかったか落胆しているが安心しろ。君の苦悩もようやく終わる。何故なら次に貴様の前に立つ男こそが勇者であるこの俺なのだから。
「では……行きます」
初めての女性の挑戦だからか辺りは一斉に静寂に包まれる。
ローランドはデュランダラの前まで行くと緊張した様子で柄を握る。よく見てみるとその手は随分と汗に濡れており震えている。
怖いならやらなきゃいいのに……俺の番はよ。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ローランドは甲高い声を上げたかと思うと一気にデュランダラを引き抜いた。引き抜いた……? ぽえ?
「ぉ……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
白騎士が雄叫びのような声を上げると、周りのモブ共もそれに続いて一斉に雄叫びのような歓声を上げる。一瞬で静寂に包まれていた空間は崩壊し、男たちのむさ苦しい声だけが聖域内に木霊する。
馬鹿な……あり得ない、そんなはずはない! 勇者になるのはこの俺で、お前たちはただのモブだろう!? おかしい! おかしいぞ! こんなの勇者の章に載ってなかった!
待て待て待て待て! あ、あんな顔だけがいい女が勇者だと!? お前、どっちかっていったらヒロインだろう!?
「嘘……だろ」
俺の十年間は一体なんだったのか。父さんも母さんも村の皆も俺は勇者になるって言ってくれてたんだぞ? 勇者の出てくる書籍だって全部持ってる。外伝も買ったし総集編も買ったぞ!? 勇者のことならそこそこ知ってる自信がある! そんな俺が勇者じゃない!? そんな馬鹿なことあるかよ……
……いや、待てよ? まだ諦めるのは早いのでは? 勇者ってのは魔王を倒したから勇者と呼ばれだしたのであってそれまでは確か勇者とは呼ばれていなかったはず……。勇者とはいえ人間だ。ナナシ村出身の孤児なのだ。
勘違いしていた。俺は今まで勇者になるには聖剣デュランダラに選ばれることを必須条件だとばかり思っていた。だが、それが全くの見当違いだとしたら? デュランダラなんてのは数ある逸話の内の一つでしかなく、ただのお菓子についてくる当たりくらいの存在だとしたらどうだ?
よくよく考えるとデュランダラの能力自体は大したことないんだよな。全く折れることはない不滅の剣らしいがだからどうしたと言ってやりたい。特に魔王討伐に必須の能力とは思えない。いらん!
「そうだ、まだ終わってない……むしろ始まったなおい!」
俺の本当の物語が、勇者としての第一章は今この瞬間始まったのだ。
聖剣デュランダラ
壊れることなき不滅の剣。ただし所有者の精神に左右されるため、担い手の精神力が脆ければ簡単に折れてしまう。担い手の心を表す剣ともされている。一度破壊されると修復は困難を極めるが、担い手の精神が回復することで完全に回復することも可能である。担い手の精神が続く限りは回復し続ける剣、故に不滅の剣。