精神が肉体を凌駕する理論で勇者やってる逸般人の物語 作:niwaka
「ロクォドールの聖域にて、勇者の選定……ねぇ。どうなるのかしらねぇ」
同僚のアスクィーが掲示板の張り紙を見ながら心配そうな顔でこちらを見る。
「どうにもなんないでしょ……」
そんなこと私に聞かれたって分からない。
ここ最近は冒険者の人達も皆ピリピリしてる。それが何故かなんて言うまでもないけれど。
「魔王復活なんて、全然実感ないのよね……」
魔王復活……千年前に勇者によって討たれた巨悪が蘇った、なんて到底信じられない話ではある。だが、各地で封印されていた数々の神器が魔王の魔力に反応しているらしい。実際にその時が来るまでは封印が解けないとされていた神器も、今代の聖女様が担い手となることによって封印が解除されたとか。
「戦争、になるのかしら」
「そうならないといいんだけど……」
そんなありもしない夢物語を同僚と話しつつ、今日のお昼は何にしようかなんて考えてる自分が嫌になってくる。きっと私はそんな非現実的な透明な話よりも今日のご飯の方が大事なのだ。きっと世界最後の日が来るとしてもこんな私じゃ怠惰に過ごしているに違いない。
「くっそー! 駄目だったわー!」
そう言ってギルド内に入ってきた冒険者たちはどこか興奮しているように見えた。駄目だったというからにはクエストに失敗したのか……だとすると少し嬉しそうな理由は全く想像がつかないが。それに彼らは確かうちのギルドでもそこそこの古株で実力もあるはず。となるとまさか……
「聖剣がさぁ! 抜けねぇんよ! 動く気配すらなくてよー、俺は勇者になれなかったかー! つって」
聖剣……! あの掲示板の張り紙は本当だったのか。周囲の冒険者たちはお前じゃなれねぇよ、なんて冷やかして笑っているが俺は? それはつまり引き抜いた勇者がいるということだろうか。
「まぁ聞けって! とんでもない別嬪の嬢ちゃんがいたんだがよ、その嬢ちゃんが聖剣を引き抜いちまったんだよ!」
「えっ」
思わず声が出てしまい自分の口を押さえる。
聖剣を引き抜いた、つまりは聖剣の担い手となった者がいる。要するに勇者は誕生したわけだ。こうなってくると各地で神器の担い手が出現しだしたってことも現実味を帯びてくる。
「ラプちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ」
そういってアスクィーが私の額に手をかざす。
「ご、ごめんごめん大丈夫! ちょっとボーっとしてた」
いらない心配かけちゃったな。大丈夫。きっと大丈夫。
「ならいいんだけど……」
◆◆◆◆◆
「少しいいか」
お昼ご飯を食べ終え、事務仕事も大体片づけたので休憩に入ろうとしていた私に思いもよらない声がかかる。
声のした方に振り返ると、何故か自身のありげな人族が目に入る。
来たか、と私は思った。
この国、というより大半の国ではあるが私たち獣人と呼ばれる種族は忌避されている。店によっては商品を売ってくれなかったり、そもそも店に入れてくれなかったり。そういう下らない小さな差別がこの世界には蔓延している。そして恐らく、いや間違いなくこの目の前の人族は私を侮蔑しにきた。周囲のカウンターに何人も人族の受付嬢がいるにも関わらずわざわざ私のところまで来たんだ。どうぜ獣人の私には事務仕事しか出来ず、いや事務仕事すら出来ない毛玉にでも見えてるに違いない。いかにもこの人族は自信満々な様子でお前に仕事が出来るのか? とでも言いたげだ。
「優秀な吟遊詩人はいないだろうか。可能であるなら魔王にだって物怖じしない勇敢さがある吟遊詩人だ。戦闘力は問わない。いるだけ紹介してほしい」
「ぎ、吟遊詩人なんて今どきいねぇだ……っと失礼しました。吟遊詩人ですね? パーティ結成のご希望ということでよろしかったでしょうか?」
そしてあろうことか紹介しろと言ってきたのは吟遊詩人だ。思わず口調が崩れてしまう。この時点で私はこいつをぶっ殺したくなったが抑える。吟遊詩人なんて今の時代にほとんどいる訳ねぇだろうがクソ人族が。何がいるだけ紹介してほしいだ。戦闘力まで問いだしたら今すぐお前の戦闘力をゼロにしてやったところだ。出来もしない難題を吹っ掛けようつってもそうはいかない。ここは丁重にもてなして帰ってもらおう。
「パーティ? まぁ親交が深まればそういったこともするだろうが……申請が必要か?」
当たり前だろ、申請もなしにうちのギルドで働かせるわけにはいかない。というかどこのギルドでもそうだろう。こいつやっぱり私のことなめてんな。
それからも訳の分からないことをぶつぶつと一人話しているがこの人族は一体何がしたいんだ。もう帰ってくれないだろうか。同僚のアスクィも心配そうにこちらを見ている。
「……とりあえず冒険者カードの提示だけお願いします」
私が冒険者カードの提示を求めるとなんとこの人族はミトポ、ミートポイントカードを突き付けてきやがった。握った拳に力が籠もっていくのが分かる。てめぇをミートにしてやろうか……?
「新しくこちらで発行することが出来ますがいかがいたしましょうか」
落ち着け私、こんな屑に惑わされるな。流せばいいんだ流せば。
「なら新規で発行を頼む」
「はい、それではこちらに名前と職業をお願いします」
人族は私から受け取った紙を破り捨てるかとも思ったがそうはせず、大人しく記入している。書き終えたや否や私に紙を突き付けてくると何故か自慢げでそれが無性に腹が立つ。
「はい、ありがとうございます。ええと、名前がデッドさんで職業が勇者ですね。ありが……!? 勇者!?」
もう我慢の限界だった。誰がこんな見え見えの嘘に騙されるのだろうか。私が獣人だから学がないとでも思っているのか? お前ら人族がそんなに偉いかよ。
「ふ、ふざけるのもいい加減にしろよお前! 私が獣人だからって舐めてるんだろ!? ぶっ殺すぞ!」
い、言ってやった……声が少し震えてしまったが言ってやったんだ。これで責任を問われて止めることになっても後悔はない。
そ、そうだ人族はどんな顔をしている? 獣族なんかに言い返されてさぞ面白い顔をしているに違いない。そう思って人族の顔を覗き込むと、そこにはただ苦しそうにしているだけの少年がいた。
その人族に声を掛けられはっとしたがもう遅い。私は彼に、この人族に手を上げていたのだ。全く気づきもしなかったそれに私は酷く嫌気がさす。手を出してしまった以上完全にこちらにしか非はない。
頭が真っ白になってなんて謝罪したかも覚えていない。
「それで、登録をお願いしたいんだが」
次に聞こえてきた言葉に私は正気を疑った。これ以上私を攻撃してどうなるんだ。お前に何の得がある。これ以上煽られても私はもう何もする気力が湧かないというのに。
「い、今の時期に勇者を騙るのはやめた方がいい……騎士団に捕まってもしらねぇぞ」
本物の勇者が噂通り本当に誕生していたのだとしたらこいつが自身を勇者だと吹聴して回るのは毒になる。勇者の評判も落ちかねない。見た感じ何の武器も持たないこいつが勇者だということは万が一にもないだろう。というか本当に勇者なら今頃王国騎士と一緒にいるはずだ。
「……勇者を語る時期は今ではない、と?」
何を言っているのか分からないがこの男も流石にまずいと思ったのか私から紙を取り上げ、職業欄を修正している。
「すまない、魔法剣士ということでよろしく頼む」
人族はそう言って私に紙を再度差し出す。最早馬鹿にされてるとしか思えない。いや、ここで私が再度こいつを、しかも今度は明確な意思を持ってぶん殴ろうとしている時点で私は馬鹿なんだろう。でももうどうなってもいい。私は自分が思っている以上に短期だったらしい。
右の拳に全力で力を籠める。
ありったけを――ありったけの力を籠めて私はその憎らしい程自信満々の笑みを浮かべた人族をぶん殴った。
魔法剣士
剣士以上の剣の実力を持ち、その剣技は剣聖と並ぶ。
魔導士以上の魔術の実力を持ち、その魔術は賢者と並ぶ。
剣術においても魔術においても頂に辿り着くことが出来るとされている伝説の職業。
別名を勇者。