鍋の庭   作:かりん

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チートな石が飛んできた

 ボロいアパート。古びた家具。草臥れた女。しわくちゃのノート。

 ただ、パソコンだけが新品で輝いていた。

 

「新品のパソコンちゃーん♡」

 

 私はワクワクとパソコンをセットアップしていた。

 周年記念で盛りだくさんの機能が入ったプレミアムな文章ソフトを入れる。

 ブラウザーはお気に入りのわんこのブラウザを入れる。

 

「やるぞー!」 

 

 母が死に、遺産整理をしていた時に押入れから見つけたノート。私が学生時代に描いていたオリジナル世界「鍋庭」のノートをまとめ直してパソコンに入れようと思ったのだ。

  

 少ないとはいえ、遺産が手に入った為、ノートパソコンぐらいは新調出来た。

 

「よしっと」

 

 私がノートの束を持ち上げた時だった。

 何かがドドドッと私にぶつかった。

 そして、私を貫いたそれはノートやパソコンに刺さった。

 

「ゲフォっ!? ゴフォッ」

 

 ゴロっと重たい音がして、テーブルの上にも転がった光る石を見て、私は気を失った。

 絶対死んだ。

 

 

 

 

 

 ん。んあ?

 私は目を覚ます。

 パソコンとノートは消えていた。コードが途中で途切れていたし、服は破れていたし、なんなんだ一体。

 机の上には、光る石が三つ。

 

「な、流れ星? 売れるかも……なんて」

 

 恐る恐る石を巾着に入れる。

 

 私のパソコンはどこへ行ってしまったのか。

 わかってる。わかってる。

 

 ふぅ、と息を吸って、はぁ、と吐いて。

 

 手をそっと出すと、ヴン、と空中にウィンドウが現れた。

 ウィンドウの左端には、光る石がある。私を貫いた、あの光る石だ。小粒である。

 

 ウィンドウには、ワールドサーチャーと書かれていた。

 好きな漫画の名前を思い浮かべて検索画面をなぞると、それだけで文字が入力されていく。

 

 いくつか出た検索結果に、わーと声が漏れる。

 

 結果の横に、一致率とこの世界に転移しますか?との文字が表示される。

 結果の下には、世界の様子を示した丸いアイコンが並ぶ。

 

 なんて事のない街並みから、戦闘まで。

 

 やったね 智兎ちゃん! 異世界トリップし放題だよ!

 

 ちょちょちょ、ちょっと待って。

 やや過呼吸になりながらも、深呼吸する。

 

 パソコン下取りに出さなくて良かった。旧パソコンはまだ動く。

 私はパソコンを買ってなかった。いいね?

 

 息を整える。

 

 ウィンドウの右上隅の地球みたいなアイコンをタップ。

 

 故郷世界(固定)

 鍋庭近似世界(固定)

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 

 はい。

 意味がわかりませんね。

 意味がわかりませんね!

 

 鍋庭がノートが世界化した物だってことも知らないし、鍋庭近似世界が私の書いたノートの世界観に一番近い世界って事も知らない。いいね?

 

 これは夢。よく出来た夢。

 

 でも千切れたパソコンのコードはコンセントから外しておこう。危なそうだしバチバチ言ってるからね。

 

 えーと。

 三つ、転移先の世界を吟味した上で決められるって事ですね。

 なんだか、基礎的な知識は私の中にあるのだから、不気味である。

 

 地球アイコンの隣には、家マークと人マーク。人をクリックしてみる。

 

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 設定してください(任意)

 

 お、おう。設定してください多すぎ。これは地点登録のようだった。

 プルプル震えながら家マークを選択してみる。

 いかにも魔女の家、といった様子の作業場があった。

 広く、5人の作業場が想定してあるらしい。

 

 それぞれの作業場の側に扉があり、そこに入ると、部屋となっていた。左側にバスルームとキッチン、右側にベッドのある部屋と書斎、突き当たりの部屋は広くて3部屋分くらいある。変則的な3LDKというやつだ。私のワンルームとは大違いだ。

 

 中心の五角形のカウンターテーブルの上には、それぞれ本と器とスプーンとワイングラス、スープジャーとワインとパンに鍵がある。そろそろと本を捲ると、私の設定した鍋庭の作り方が載っていた。あと、カウンターテーブル中央に穴。私が設定した通りの大魔女の家である。

 

 ここで、鍋庭の設定を話そう。

 鍋庭とは、魔女の作る箱庭世界である。

 魔女のワインを飲めば、魔女の力を得る。

 鍋庭のスープを飲めば、その世界に適応できる。

 魔女のパンを鍋庭のスープに浸して食べれば、鍋庭の世界の魔法や言葉などが会得しやすくなる。

 ただし、この儀式が出来るのは人や食事の相性にもよるが、せいぜい三度まで。なので最初にどれだけ良く出来た料理を食べたかが、魔女のその後を決定づける。

 そして、鍋庭を作るという事は、小さな世界と魔法を作るという事。

 ただし、「煮こぼれる」……その世界の住人が、文明を発展させ、鍋を壊してしまうことがある。

 そうすれば、世界は外に飛び出し、具現化する。なので慌てて大海原か無人惑星かどこかに捨てねばならない。それを防ぐ為に、定期的に文明を壊す。そんな世界観である。

 そこで、5人の魔女が、大魔女の教えを受けながら学んでいくのだ。

 元気系と、ツンデレ系と、お淑やか系と……それは今はいいか。

 

 カウンターテーブル中央の穴を恐る恐る覗き込むと、惑星が。

 設備は立派だし、道具も揃ってる。

 

 ストーリーは、大魔女の元、5人の魔女が鍋庭を作っていくというものだった。

 

 二階に登ると、中心に教室と鍋設備。後は空き教室や倉庫、食堂が並ぶ。トイレもちゃんとある。

 助手部屋という部屋もあった。

 教卓の上に、やっぱり本とワインとスープジャーとパンと鍵。ただし、ワインが高級そうな代わりに、パンとスープジャーは小さかった。

 

 三階は全ての部屋が温室となっていた。

 

 地下は大魔女の鍋設備や大魔女の生活空間が広がっている。

 一階の鍋設備が一人一コンロ想定で一人用なのに対し、これは一人で5鍋想定なので間取りが全然違う。

 スープジャーここにも。ワインはいかにも上等そうだし、スープジャーは大きいし、鍵は鍵束だけど。

 クローゼットの中には、ワンピースというか、魔女のローブがずらりと並んでいた。

 

 私は、覚悟を決めて、ワインを開けて、ワイングラスを満たした。

 それを一気にグッと飲むと、スープジャーを開けた。ワインは見た目だけで、味はカクテルだった。

 ふわりとスープジャーから湯気が広がり、金平糖のような具がたくさん入っている。

 スプーンで具を掬い、食べていく。

 パンはたっぷりスープに浸して食べた。

 

「ふぅ……」

 

 全て平らげて、息を吐く。

 

 食べた。食べてしまった。

 頭の中には鍋庭近似世界の知識が渦巻いている。

 

 今日は疲れた。寝よう。

 もう頭は情報過多で大変なことになっている。

 寝て全部リセットしよう。

 

 そうして、寝て、起きて。会社に行って一日働いた私は、食料品をしこたま買い込んで帰宅した。

 そして、一生懸命考えた。

 これだけお膳立てされているのだ。弟子をとって大魔女になるしかなるまい。

 だが、私は現代の恵まれた生活を捨てる気もないし、現代のお金も欲しい。

 まずは修行して生計を立てて、事前に予習をして、それから弟子を迎え入れるべきだろう。

 でも、変な弟子を入れて乗っ取られるのは怖い。

 

 そこで私は、うんうんと考えながら、バックストーリーを考えた。

 母の死を機に、祖母の遺産を見つけ、受け継ぐ事とした。

 うん、ごめんねおばあちゃん。そういうことにさせてもらおう。

 

 弟子はブラウザ検索で探す。

 

 心身ともに魔女の才能のある、師匠には逆らわない子。少し考えて、行き場のない子を追加した。

 また考えて、イケメン 金持ち 人間換算 10〜15歳を追加した。いやほら、授業料をもらわんとって思って。大人は怖いし。試しだし。

 フィルターに故郷世界と鍋庭近似世界を入れて、いざ検索。ちょっと下見をしよう。

 だが、行き場のない子を入れたのは明らかにミスだった。

 

 見事に大ピンチで助けないと死ぬような子が検索結果に出てしまったのだから。

 

 今にも乱暴されそうなエルフ。

 手足を切り落とされる寸前の蟲人。

 船から放り投げられる獣人。

 殺される寸前の魔族。

 屋上から飛び降りる寸前の少年。

 

 ダダダダダ、と召喚をクリックして、ついで急いで検索画面を閉じた。

 やってしまった。

 やってしまった、マジで。慌てて仮面を被る。とりあえず顔は隠そう。

 

「あ……」

 

 彼らは、酷い顔をしていた。とてもやっぱり戻すなんて言えなかった。彼らの居場所はないのだ。

 

【あんた達には、選択肢はない。ワインを飲んで、スープにパンを浸して食べて、そこの鍵で部屋に入って寝な。あんた達は、二度と家には戻れないよ。明日の朝は早いからね! さっさと食べて寝るんだよ!】

 

 翻訳魔法を掛けながら告げて、追い立てて席に座らせる。

 もうパニック状態だった。

 

 そして、弟を呼びつける。

 

「武兎? 助けて……。来たら電話して」

 

 それから、私は戸惑いのままに食事を食べる彼らを部屋へと食べ終わった順に追い立てて、外から鍵を掛けた。

 

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