「爆豪君たち置いてきちゃったけど……急いで正解だったな」
乙骨は深呼吸をして乱れた呼吸を整える。
その姿を死柄木は乙骨の一閃が入った腹を抑えつつ立ち上がった。
「いってぇ……骨何本か折れただろ今。 んで、誰だよお前」
「雄英から拝借した資料には見かけなかった顔からして……夏油様の言っていた呪術科の者かと」
「じゃあアイツらのお仲間か。なら、僕たちの相手よりアイツら助けてあげた方が良いんじゃない?」
死柄木は指で自身の後方を見るように促す。
そこあるは脳無と交戦するパンダと狗巻の姿。2人の肌は傷つき血を流しており、劣勢なのは見て取れた。
「呪術科がどの程度か知らないけど、アレの相手は無理だろ」
「……わかってる。僕もすぐそっちに行くさ」
乙骨は地に打ち付けられた相澤の姿を視界に収める。
パンダや狗巻は自分以上の力を持っている。それでも先生を倒してしまうほどのあの化け物には足りないと理解していた。
「ちょ、ちょ待ってくれよ乙骨! オイラたちだけじゃアイツらの相手は無理だって!」
「乙骨ちゃんを困らすようなこと言わないで峰田ちゃん。脳無を相手にしてるパンダちゃんたちの助太刀が今は優先だわ」
「けどよぉ……」
「僕たちは大丈夫。だから乙骨君はパンダ君たちを!」
「緑谷君……わかった」
緑谷の言葉に乙骨は戸惑いを振り払い、パンダらの方へ向かう決意を固める。
「ふー……」
足に力を込める。筋力、そして里香から貰い受けた呪力を込めて。
下手な小細工はせず、ただ愚直に一直線に乙骨は前へ飛び出した。
「真っすぐ来るとは……やはり子供ですね」
「行ってくれるのは助かるが……見す見す通すのは勿体ないよな?」
死柄木は向かってくる乙骨を受け止める姿勢を作る。
今度は両手を構え、片腕が剣で弾かれようと確実に乙骨を砕くために。
愚直に突っ込んでくる乙骨はその腕から逃げることは出来ない。
けれどそう思われていた乙骨は大きく跳躍、死柄木らの視界から一瞬姿を消した。
「あ……?」
「何という跳躍!」
およそ人とは思えない跳躍に死柄木らは思わず乙骨を目で追ってしまう。
その一瞬の隙が死柄木らの命運を分けた。
「デラウェア……スマッシュ!」
「ッ馬鹿力が!」
乙骨の跳躍と同時に水面から飛び出た緑谷のスマッシュが地を巻き込みつつ死柄木らに飛んでいく。地面を風圧で巻き込んだその一撃は死柄木と黒霧をも巻き込み、元いた位置から大きく突き飛ばした。
「ぐぅっ……乙骨君!」
「緑谷君、ありがとう! 皆は逃げて!!」
跳躍と同時に姿が見えた爆豪たちにも聞こえるように乙骨は叫ぶ。
先生たちが倒れ、パンダたちが目の前で苦戦している敵は一つの手段を除いて対抗しようがないと本能で感じ取ったからだった。
「パンダ君、狗巻君!」
「憂太!」
「しゃけ!」
土煙が上がる場と直線上にいたパンダらの下に乙骨が降り立つ。
土煙の方を見ると脳無の開き切った目が呆然とこちらを見ていた。
「アレが相澤先生を……2人とも大丈夫⁉」
「何ともない……ことはないな。正直ボロボロだ」
「おかか……」
パンダらが気まずそうに言葉を返す。
プロヒーローすら短時間で地に伏せた敵の猛攻を受け、二人の身体は既に限界に近かった。
「そんな……」
「アイツダメージ与えても与えてもすぐ回復しやがる。そのくせしてこっちは数発貰えばアウトだからな」
「しゃけ……」
「棘も既に喉がやられてる。今さっき吹き飛ばしたのが最後の一発……ってもう立ち上がりやがったか」
パンダと棘がふらつきながら構えを取る。
先ほどまで立ち上がっていた土煙はとうに晴れ、傷一つ無い脳無が立ち上がり乙骨らを見ていた。
「そんな状態じゃ……ダメだ戦っちゃ!」
「俺だって戦いたくねぇよ。ただ戦わずしてどうにかなるわけでもないだろ?」
「それはそうだけど……」
「ッ、来るぞ構えろ!」
獣の如き雄叫びを上げ、脳無が地を駆けだす。
瞬き一つする内に脳無との距離は数十メートルからわずか数歩のところにまで縮む。
脳無の拳が乙骨の眼前に迫ろうとしたところで、脳無の頭上から降ってきた矛が脳無の身体を貫き地に伏せさせた。
「────よう、無事かお前ら」
「「真希」さん!」
「あいつぶっ刺しちゃったけど問題ねェよな。死んだら死んだで良いけどよ」
「大丈夫だ。どうせすぐこっちのこと殴りにくるからな」
「……」
「ほら立ち上がった」
「マジで不死身だなアイツ……」
真希は懐から刀を取り出し、体勢を整える。
パンダらに比べダメージは少ないものの、今持っている武器は非常用のモノであることは乙骨にも理解出来た。
「真希さん……他の人たちは?」
「爆豪たち以外でUSJ内で見かけた奴らは逃がした。今はもう救援呼びに行ってる頃合いだろうよ」
「そっか……じゃあ、ここは僕に任せて」
「おかか!」
「無茶言うな憂太。有効打ナシで戦えるほどアイツはお優しくないぞ」
「正直なところ、一人で戦おうがまとまって戦おうが時間の問題だろうが………死ぬぞ憂太」
「大丈夫だよ真希さん……里香ちゃんを呼ぶから」
「「「‼」」」
「だから先生と緑谷君たちのことお願いするよ……ッ!」
「憂太!」
矛を抜き立ち上がる脳無が体勢を整える前に乙骨は急襲をかける。
真希らが逃げる時間を稼ぐためぶつけた剣は数秒脳無の身体を止めた後、乙骨ごと吹き飛ばされた。
「力に差があり過ぎる……剣じゃ抑えきれないッ⁉」
手を震わせながら立ち上がる乙骨の目の前に脳無の拳が叩き込まれる。
咄嗟に剣を構えるも先ほどの衝撃で満足に力を込めることが出来ていない乙骨の剣は容易に叩き飛ばされ、もう片方の拳が乙骨の腹部を捉えた。
「ぐふっ……」
強烈な痛みが乙骨を襲い、その場に膝を付く。
衝撃は全身に回り、血反吐を地に降らした。
(やばい……視界が……)
口からだらだらと垂れる血を眺める乙骨の視界がゆらぐ。
そんな状況を敵が、ましてや改造人間が見逃すわけもない。脳無の拳は無防備の乙骨の顔面を吹き飛ばす────その時だった。
「ぶっ飛べ‼」
乙骨の背後からの叫びに脳無が盛大に吹き飛ぶ。
それは狗巻の呪言による乙骨のアシスト。そして脱出が完了したという合図だった。
(やっぱり凄いな……狗巻くんは)
吹き飛んだ脳無が何事もなかったようにむくりと起き上がると同時に、乙骨も口元の血を拭いふらつきながらも立ち上がる。
信頼してくれた友人の想いに応えるために、自身の責任を果たすために。
「来い…………里香‼」
乙骨の叫びとともに、地面が漆黒の沼へと変わる。
USJ内を僅かに照らしていた照明は割れ、閉鎖空間である筈のUSJ内に突風が巻き起こる。
沼から湧き上がるは巨影。人の数倍の身体を持つ脳無の、何十倍をも誇る巨大な影が壁のように現れた。
それからは一瞬の出来事だった。
脳無に瞬きは出来ない、けれど脳無が瞬きを出来たならそれを生理反応として行うほどの一瞬で里香は脳無の眼前に迫っていた。
『ゆゔだををぉぉぉぉをををを……いぃじめる゙な゙ぁっ!!』
叫びとともに里香は脳無の身体を両手でつかむ。
掴まれたと脳無が認識した時には、既に無敵を誇っていた脳無の身体は一瞬にして2つに引きちぎられ、およそ人のものとは思えないドス黒い血が辺りに吹き出し飛び散った。
「────そして、折本里香の1分50秒の完全顕現により、呼称『脳無』は沈黙。主犯とみなされる死柄木・黒霧の死体は発見されなかった為、逃走したものとみなされる。ヒーロー重傷2名、生徒重軽傷4名で幸い折本里香によって怪我した者はいない────これがUSJ事件の全てだな?」
「はい。USJ内で起きたこととしてはそれが全てです」
薄暗い部屋────公安本部地下にて淡々と老人らと五条は話を進める。
USJでの事件は乙骨による折本里香の顕現で全て終結へと向かい、今はその後始末の最中だった。
「雄英の敷地に敵が侵入するとは……不測の事態だ」
「だとしても折本里香の2度目の完全顕現! 申し開きの余地はないぞ五条悟!」
「だからちゃんと責任持って私が鎮めたでしょう?」
「そういうことを言っているのではない! 乙骨憂太が折本里香を顕現させたことが問題だと言っているんだ!」
壁の向こうで声を荒げる老人の態度に、五条はため息を吐く。
この老害共は本当に何もわかっていない、と。
「あのですね。仮に乙骨憂太が折本里香を顕現させなかった場合、間違いなく死人が出ていた。生徒も教師も何人も帰らぬ人になっていたのは実際に対敵した相澤先生やパンダたちの証言から容易に予測が付きます」
「それは結果論だろう。折本里香が生徒らの命を奪っていた可能性も十分あり得る」
「彼はそうなる可能性を考え、顕現させる前に生徒らを逃がしていた。恐らくオールマイトや他のヒーローが到着することを見込んだ上で顕現させたんです。極めて冷静な判断だったと私は評価しています」
「冷静だから何だと言うんだ! 折本里香がどんな能力を持って、どの程度の破壊力を持っているのか我々には予測すらつかないというのに!」
「……そう、今私たちが折本里香について言えることはただ一つ、『わからない』ということだけ。その『わからない』をどうしようもないから僕にお鉢を回し、僕に乙骨の身を任せたんだ。任せてゆっくりお茶でもしててくださいよ」
壁の向こうから言葉が返ってこなくなるも、五条は話を続ける。
「あちらは間違いなく力を強めている。対するこちらの切り札兼支柱は満足に戦える状況じゃない。僕だって明日には九州、翌週には北海道に飛ぶくらい多忙なんだ。それは仕事回してるそっちが一番よくわかってるでしょ」
「……」
「ヒーロー飽和社会だなんだ言われてますがね、自ら強い手札を捨てる余裕なんてないんですよ、こっちには」
それじゃ、と告げて五条は一人部屋を後にしようとする。
その姿を多くの者が眺めるだけの中、一人静かに口を開いた。
「……乙骨憂太の秘匿死刑は保留ということを忘れるな」
「忘れてないですよ。まぁ、仮にそうなったら────私が乙骨側に着くということもお忘れなく」
負け惜しみ化の如く告げられた言葉に五条は眼帯の包帯を取って睨みを返す。
静まっていた空間は完全な静寂へと移り、五条は部屋を後にした。
「……」
昼下がりの雄英寮。呪術科用に設けられた部屋で4人が集まる中、乙骨は窓に腰かけ晴れ渡る空を呆然と眺めていた。
「憂太、おい憂太────憂太!」
「わぁっ⁉ 何⁉」
「大丈夫かーぼーっとして」
「しゃけ」
「いてて、いたいいたい……」
狗巻肘で突かれる。脳無にやられた怪我が完治していない為地味な痛みがあったが、その痛みとは別に何かこそばゆいような嬉しさがあった。
「あはは……USJの時のこと考えてて……」
「USJェ?」
「脳無とか怖かったもんなー。それ以外は雑魚だったけど」
「そ、そうじゃなくて」
「? じゃあ何だよ」
「USJで里香ちゃんを呼び出したとき、あの一瞬だけ本当に里香ちゃんと繋がれた気がしたなーって……」
乙骨は薬指にはめた指輪を眺め微かに笑う。
思い返せば今まで人生辛いことばかりだった。きっとこれからも苦難は続くだろう。
それでも今は誇れる友人も、里香も近くにいる。
里香の呪いが解ければ、この生活も終わる。
きっとその時間も長くない。けれどほんの少しでも長く、より頑張れたらと思う。
他の何にも代えがたい、この楽しい時間を。
年始というには遅すぎましたが何とか終わりました。
正直完全燃焼には程遠い終わり方でしたが、このまま半年以上寝かせるわけにもいかない……というわけでもありまして。
いつか時間が出来たらちゃんと書き切りたいなーというのが本音です。
更新に間が空いてしまって読むのを止めてしまった方もいると思います。その方々にはここでお詫びを。と言っても今読んではいないと思いますが。
作品を書く上で様々な方にアドバイスをいただきました。それらが活かせている部分、活かせていない部分が多々あると思いますが本当にありがとうございました。
そして最後まで読み続けてくれた方。果たして何人いらっしゃるかはわかりませんが、本当にありがとうございました。また他の話を書くことがあればその際もまた読んでいただければ幸いです!
USJ編の話構成(途中まで)
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1話1エリア分(今回の形式)
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1話2エリア分(例:乙骨+緑谷パート)