呪い、呪われ   作:ベリアロク

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ちょい急ぎで投稿したので色々変えるとこあるかもです。


第4話 雄英入試その②

薄暗い部屋の中を浮か上がる幾つもの映像がぼんやりと照らす。まるで映画館のようなその部屋で映し出されるのは学生らが機械相手に個性を放ち倒していく様子。その様子を多様な形姿をした者らが眺め、適宜手元の紙に書き込みを加えていく。そこが雄英高校関係者が試験の様子を監視する場であり、その監督室が試験に新たな動きを与えようとしていた。

 

 

 

「各会場のハッチ及び設備の機動を確認」

 

「0P敵行動を開始しました!」

 

「よし。あとは受験生に回復困難な怪我を負わせないよう注意していれくれたまえ」

 

「「了解しました校長!」」

 

 

 

校長と呼ばれた者は元気のよい返事に頷くと椅子を離れ、予め部屋に持ってきていたポットから緑茶をおかわりする。着こなされたスーツに白い()()()。少々小柄で二足歩行のネズミという点を除けばごく一般的な校長だった。

 

 

「ズズ……うーん、あたたかい緑茶は染みるねぇ。君もどうだい、相澤先生」

 

「いえ、俺は特に……」

 

「まぁまぁそう言わずに」

 

 

校長と呼ばれた男は一服すると近くに座っていた相澤にも緑茶を入れたカップを差し出す。相澤は気が乗らなそうにしつつも軽く会釈をし渡された緑茶を少し口へと運んだ。

 

 

「どうだい、少しは気が落ち着いただろう」

 

「……そう見えましたか」

 

「教師たちのことは何でもお見通しさ! まぁそんな君が気に病むことと言えば……彼だろう?」

 

 

校長の言葉に相澤はため息を吐きながらも深くうなずいた。

 

 

「あの人は自分勝手がすぎる。今日だって学生を一人試験に飛び入り参加させてますし……」

 

「それが五条君だからね……アイデンティティみたいなものだと思えばいいさ。それに何かしら考えがあって毎度事を起こすからね、今回もきっとそうだろうさ」

 

 

 

 

 

 

 

「ヘっぶし‼ ……誰かが僕の噂してるなぁ。憂太は見えなくなっちゃったけど……お、あの子は良いねぇ」

 

 

 

一方噂の男は試験会場を囲む外壁に降り立ち一人優雅に試験の様子を眺めていた。

片手に持つは最高級の緑茶、もう片方の手にはひんやりとした甘さの仙台名物『喜久福』。どちらも五条悟御用達、大正9年創業という歴史を持つ茶屋『喜久水庵』で購入したものだ。

それらを口にして顔を綻ばせ、試験の様子を楽しむ。その様は正にスポーツ観戦客のそれだった。

 

 

「試験開始から20分……そろそろ何か動きがある筈だけど―――」

 

 

その言葉に合わせるように爆発音が響き渡る。音の方に五条が目をやると建物を隠すほどに浮かび上がる砂煙にそれを優に超える黒みがかった緑の巨体が現れていた。

 

 

「0P敵の登場か。なら、奴もそろそろ動き始めるだろう」

 

 

五条は唇についた喜久福を拭い立ち上がる。軽く伸びをした後右手人差し指と中指を立て顔の前に構えた。

 

 

 

「――――――闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊祓え」

 

 

 

五条がそう告げると先ほどまで晴天だった空に一点の陰りが出来る。まるで澄み切った水に墨汁を一滴たらしたかのようなそれは空に広がりカーテンの如く陽をも遮っていく。その夜とも見間違えそうな暗闇は乙骨のいる試験会場の上空一杯を覆うと拡張を止め、今度は壁を覆おうと地へ向かい垂れていく。四方八方を包む暗闇は檻のようにも見えた。

 

 

「さーてと、見せてもらうよ憂太。君にかかった呪いを……ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何がどうなってるんだ……」

 

 

建物を出た乙骨は思わず自らの目を疑う。

空はまるで月明りを失った夜のように暗く、砂煙が立つ中で街灯がぼんやりと道を照らしている。そして通りを挟んでも尚見える暗闇の中にそびえ立つ巨大仮想敵。地球の上に広がる空間とは思えない、異界がそこにはあった。

 

目の前の光景が信じられないというように乙骨は何度も目を擦る。けれど目の前の光景には何も変わりはない。目の前に広がるのは紛れもない現実だった。

 

 

「あのデカいのも試験のやつ……なのかな。流石雄英高校……っていうより五条さんがちゃんと説明してくれてたらこんなに驚くこともなかったんだ。あの人って実は結構……」

 

「キャアアアアアアアアッ⁉」

 

「⁉」

 

 

ブツブツと続く悪態つきを止めるかのように突然の悲鳴が響き、乙骨の肩がビクリと跳ねる。

その悲鳴も一つではない。最初の悲鳴に続くようにまた一つ、また一つと乙骨のいる場所まで届いてくる。

何かを恐れ漏れたその悲鳴はT字路を越え建物を挟んだ通りの先―――巨大な敵がいる場所から聞こえたものだと乙骨にはすぐわかった。

 

 

「何なんだよ本当に……」

 

 

黒い帳の降りた静寂の中、響く悲鳴と巨大敵の影。その全てが混じり合い乙骨の身体を小さく震わせる。

あの悲鳴は間違いなく受け入れられない恐怖を目の前にした時のモノ。乙骨は震えながらもそう確信する。

 

 

「同じだ……あの時と」

 

 

暗闇の中何かが崩れる音と混じり届いてくる悲鳴。それと同じ悲鳴、そしてその悲鳴を耳にした時の光景は今も乙骨の頭蓋にこびりついている。

 

 

 

 

『キャアアアアアアアアアア⁉』

 

『おい、早く救急車を!』

 

『馬鹿野郎! もう生きてるわけが無ェだろ! 頭潰れてるんだぞ!』

 

 

 

 

『……里香ちゃん?』

 

 

 

特別綺麗なわけでもない夕焼けに別に何か特別な予定があるわけでもない只の日常。

それを引き裂くかのような悲鳴、そして溢れるように流れ出る鮮血。

今でも夢で見続けるその光景を乙骨は今思い出していた。

 

 

 

「あああああああああ!」

 

「助けてくれェェェェェェ!!」

 

 

 

以前悲鳴は続き、建物は目に見えるように崩れ砂煙が昇っていく。何かが起きているのは明らかだ。

当然自分が行ったところで何かできるわけでもない。試験の範疇であれば問題がある筈もない。

 

 

……でもそうでなかったら? 

 

 

その考えが頭に上る頃には乙骨の身体は悲鳴の下へと駆け出していた。

道路の灯りにぼんやりと照らされる暗い道をただひたすらに駆けていく。先ほどまでうるさかった敵の声も今は聞こえない。そのことが却って恐怖心を煽ってくる。

どこからが想定内でそこからが想定外なのか。或いは全て想定外、何なら全て想定内の出来事かもしれない。

何たってここは天下の雄英だ。その校風は『自由』とどこがで聞いた覚えがある。謎の生き物も悲鳴含めて全部演出って可能性も大いにある。

 

 

「もうわけわかんないよ!」

 

 

試験の説明を約1秒で済まされたことを嘆きながらも乙骨は瓦礫を超え、仮想敵の亡骸を越えて走る。

地面が隆起したり建物が倒壊した影響で道は災害の後のような惨状で人の通れる道ではもはやない。

けれど乙骨は足を止めることなく進み続け多少遠回りをしつつも何とかその通りに繋がる道へとたどり着いた。

瓦礫の無い道路へと叫びと共に逃げ去っていく人々の姿を見て上がる息を整え現場へと足を速める。やがて乙骨はその通りへと入る角へと差し掛かった。

 

 

「あれは……」

 

 

道に転がる障害物を越えて辿り着いた先にあったのはある者は叫び、ある者は地に這い助けを請う惨状。そんな彼らの後ろにはそんな惨状を作り出した巨大な仮想敵の姿があった。

その姿は帳のせいか緑というよりも黒に近く、巨体に突き刺さった電灯の灯りは仮想敵の頭部をうっすらと照らしている。辺りの暗さも相まって点滅する灯りに照らされるそれはひどく不気味に見えた。

乙骨がその通りに入ると同時にそれまで鎮座していた仮想敵は再び音を立て動き出した。

 

 

「まずい……動き始めるっ……」

 

『ケ、ケケケケケケケ!』

 

 

背を向け逃げ惑う者たちを嘲笑うかのように仮想敵は奇怪な音声と共に巨腕を乱暴に振り回す。道幅狭しと動かされるその巨腕は並び立つ建物をビスケットかのように砕き、砕けたその破片は雪崩のように受験生らの立つ地へと降り注いだ。

 

 

 

「にっ……逃げろォォォォ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

 

 

 

瓦礫が降り注ぐ道を悲鳴と共に受験生らは逃げ出していく。道路に辛うじて立っている電灯は配線が切れたためか僅かな光も発しない。空に広がる暗闇とその下で背後の怪物が作り出す大きな影から抜け出そうと影の外に零れるわずかな光を求め一心不乱に駆けていく。

 

 

「クソッ、足元にも気を付けなくちゃいけねぇ……って押すんじゃねぇよ!」

 

「仕方ないだろ!? チンタラしてたら危ねェんだよ! 前の奴らもっと早く進めよ!」

 

「や、やめて……いたっ⁉」

 

 

 

足元も覚束ず明かりも無い場で走れば当然躓く者も現れる。そして運が悪ければその場から身動きが取れなくもなる。

多くの生徒が我先にと逃げ出すそんな場では差し伸べられる手も無い。多くの生徒が逃げ出すさなか、一人の少女が地に這う姿が乙骨にははっきり見えた。

 

 

そしてその少女を下衆な目つきで眺める異様な生き物が仮想敵の中から顔を見せるのもはっきりと。

それは乙骨が先ほど建物の中で見た生き物だった。

 

 

『うふ、うフふふふふふふフふふふふふ!! かわいい、ネ! カワイイ、ね!』

 

「ひっ……」

 

『うふ、ふふ、ふ……ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!』

 

 

 

金切り声のような奇声を発しながら仮想敵の拳が少女へと振り下ろす。その光景を遠目で見つめる者らの悲鳴が響き渡る。

あと数秒もしない内に暗闇を鮮血が飛び散るだろう。自分にはきっと何も出来ない。

出来るのはただこうして見つめるだけだ。

 

 

(ここまで来たけど……僕にはどうしようもないんだ! 何もできない! 人だって救えるはずがないんだ!)

 

 

自分に言い聞かせるように心の中でひたすらに叫ぶ。皆も逃げてるんだから自分だってしょうがないんだとひたすら言い訳を続けた。

けれど目は決して背けなかった。背けてはいけない気がした。可愛らしかった彼女の顔が地に染まる、あの日の光景と重なったから。

 

 

『がんばれ……憂太』

 

 

何処からかそんな声が、彼女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

乙骨は地を蹴り少女の下へと全速力で駆けだす。

身体が異様に軽く視界は歪むがそんなことは厭わない。ただひたすらに足を速め、彼女の手を掴むことに注意を注ぐ。

 

 

今乙骨の中にはあの惨劇を二度と起こさない為……とか、

あの日彼女を守れなかった者として……とか。

そんな考えは無かった。ただあったのは助けたいという純粋な想いだった。

 

 

 

『? ケケケ?』

 

「助けて……」

 

『……けけけっけけけけけっけけけケケケ!!』

 

 

 

乙骨の登場に仮想敵は一瞬振り下ろそうとしていた手を止めるもすぐさま動き出し再度拳を少女へと振りかざす。

少女を挟む地面と仮想敵の拳の間はもうわずかしかなかった。それでも乙骨は足を止めずに走り続ける。

 

 

「ッ……手を伸ばして!」

 

 

拳が少女へと叩きつけられるよりも先に乙骨がその下へと滑り込む。正にコンマ数秒の世界だったが乙骨の差し伸べた手を少女は何とか掴むとそのまあ瓦礫の上を転がるように進み身体を覆っていた黒い影から抜け出した。その直後に立っていられないほどの振動と轟音が鳴り響く。背後を見ると瓦礫は砕け、セメントで固められていた道路にはヒビが走っていた。

 

 

「はぁ……はぁ……大丈夫?」

 

「う、うん! ありがとう! 本当にありがとう!」

 

「そんな抱きつくほど……じゃ……」

 

 

突然体から力が抜け、視界が真っ白になる。音も消え匂いもしない、無の世界にでも突っ込まれたかのような感覚を味わう。これまでの動きの反動だ。

何か普通ではない力をためか乙骨の身体にはガタが来ていた。

 

 

「大丈夫⁉」

 

「ッ……!! だいじょう、ぶ」

 

 

ふらつき今にも倒れそうな身体を片膝を地面へ打ち付け意識を何とか保つ。

身体は軋み視界はずっと回り続け、膝を付いてなければしばらく起き上がれない。加えて腹からこみ上げてくる気持ち悪さの三重苦に耐えていた。

 

 

 

「ここは危ない、から……早く逃げて」

 

『ふ、ふフふフフぐフぐフふフふふふ…!!』

 

 

少女は乙骨の身を案じながらも脱兎の如くその場を後にする。薄情と思えるかもしれないがそれも今の仮想敵を見れば至極当然だった。

仮想敵の動きは最早機械のそれではない。身体をねじらせ、自らの装甲を破壊していき火花が散る。機械でありながら狂っているその様はまるで怒りに悶える人のようでもあり、同時に何かを恐れた獣のようでもあった。

 

 

『ウガッ……ガガガガァ!!』

 

 

 

仮想敵はまたも奇声を放ち乙骨へと飛びかかる。

その動きには先ほどまでの余裕はなく、飛びかかる姿は鉄の身体を持った獣そのもの。乙骨に振りかざすその拳は先ほど少女にぶつけようとしていた拳の何倍も速い。

対する乙骨はもう一歩たりとも動けなかった。

 

 

「ごめん里香ちゃん。 僕もそっちに行くかも」

 

 

乙骨は首に掛けた指輪を掴む。それは意図して行ったことではなかっただろう。死を覚悟して取った無意識かつ意味を持たない行動。

仮想敵の動きは止まらず、周囲にも止める術を持つ者はいない。最早打つ手はない。

仮想敵の拳が乙骨の身体を打ち砕かんとしたその時、最後のきらめきのように掴んだ指輪がわずかな光を放った。

 

同時に肩をポンと叩かれたようにも乙骨は感じていた。

 

 

 

 

『ゆゔだををぉぉぉぉをををを……いぃじめる゙な゙ぁっ!!』

 

 

 

 

 

 

――――――〇月〇日 雄英高校ヒーロー科入学試験

          

          黒い結界の中で敵と思しき存在が受験生らを襲う。

        幸い重傷者の数は0、軽傷者数名で事なきを得た。

          

 

           なお被害者らの証言によると敵は試験用の仮想敵を奪った者以外にもう一体いた模様。

           仮想敵にも引けを取らない背丈に鋭い牙と爪を持った化け物だと複数人から確認できたが証拠となる映像が得られなかったため

           真偽は不明。該当する個性持ちはおらず、敵がいたことを示す証拠が証言以外になかったため表向きは幻影による物だと結論付けた。尚外部メディアへの露見が無かったため本事件は非公開とする。




今月は忙しく更新できないかもなのでそこそこ長めに書きました。
伸びれば続く、伸びなきゃわからんので気長に待っててください。

USJ編の話構成(途中まで)

  • 1話1エリア分(今回の形式)
  • 1話2エリア分(例:乙骨+緑谷パート)

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