「その時に、私は──」
何時もの通り、三千屋敷に訪れた依頼人を千応が相手する。しかし、今回は普段とは違う、違和感があった。
「んー、なんかおかしいなー」
「あら、あんたも?」
666と姦、三千屋敷に巣食う厄災の二人はそれを感じ取っていた。
「何か……うーん、人っぽいけど違うなー」
「奇遇ね、私も人と似てるけど違うわ」
二人の感覚が一致する。
「何だろ、形は一緒なんだけどなー」
「……形は完璧、なのに本質にズレ、いえ、完全に別物。憑依なら分かるし、化けも見抜ける」
何なのかしら、と姦が呟く。
この二人を以ってしても今日の依頼人が何なのか見抜けない。依頼自体はその場でどうにでもなる物なのだが、そのギャップが強い違和感を生んでいる。
「わっかんねー、パス」
「別に勝負してるわけでも無いでしょ」
部屋の奥へと引っ込んだ666を見送り、姦は依頼人について考えを巡らせる。
挙動、息遣い、脈拍等の肉体の動作は完璧。会話も聞いている限り不自然な点は無い。違和感は更に深い場所、本質、魂と言うべき場所から生まれている。姦はそう結論付けた。
ならば何かが憑依しているのか? それも違う、と姦は考える。
そもそも気配が無い上、その気配を完全に消せるものだとしても憑りついた者特有のちぐはぐさが無い。
では、この依頼人の正体は何か。
「人とは違う別の存在。それがわざわざ人の姿を取って来ている」
有り方としては666が近い。あれも、人とは別のモノが人を真似ている形だ。だが今回の依頼人に成っている物は、正体が見抜けない。
「悪魔は違う。666が狂ってる事を考えても違い過ぎる。幽霊はそもそも無理。妖怪の手合いなら見抜けないのがおかしい。……分からないわね」
それが何なのか分からない。姦の知る物をいくら当てはめてもそれとは違う物になる。で、あるならば。
「私の知らない物になるけれど……そんなのが何でここに来るのかしら。そんなに有名な場所じゃないわよ?」
姦の知る限り、ここは噂話程度の存在だ。姦ですら存在を把握していないような外れ物が、わざわざ来るような場所では無い。
「……駄目ね、情報が少なすぎるわ」
今手持ちの知識で解決できる問題ではない。よって、姦はこの件を放り投げる事に決定した。
「何かまずかったら、
そう言って、姦もまた、奥へと姿を消した。
「ありがとうございました、それでは……」
料金の三千円を支払い、依頼人が退出する。その様子を、千応志刻は凪海の様な無表情で眺めていた。
「アレに伝えておきますか」
その一言を呟き、千応も奥へと歩いて行く。本日の依頼は終了だ。
「こちらXAD8970、こちらXAD8970、本部、応答願う」
三千屋敷から離れた貪底街内部、そこで依頼人だった女性は、どこかへ通信をしていた。
その背後に、影が忍び寄る。
ここは三千屋敷の有る通りではない。恐るべき貪底の住人達が住まう場所、只の人間など餌でしかないのだ。
そして、
「……ちっ、鬱陶しい。本部、こちらXAD8970、応答願う」
(全く、辺鄙な場所に来たものだ。いくら植民地に加えるとはいえ、これ程辺鄙な場所では不便だろうに……まあ、かなりの距離を渡った甲斐のある所ではあるが)
地球より凡そ千二十万光年離れた天体、住人らがラトラムと呼ぶ星より彼女は来ていた。
目的は一つ、新たなる植民地を探すため。
(住民の生命力、知能共に低く、文明レベルは容易に制圧可能な程度。母星のコンピューターが出した唯一の懸念事項"三千屋敷"もこれと言って脅威には感じない。……美味しい場所だ)
しかし距離だけはどうにかならない物か、と彼女は内心で呟く。彼女の母星で最新の通信装置ですら一分程の待機が必要となってしまう。
最も、
彼女の背後で、カツリ、と音が鳴った。
「……流石に母星が唯一の懸念事項と名指ししただけは有るな」
振り返りざま、彼女は"銃"を放つ。
彼女らの星で製造された潜入工作員に支給されるそれは、意思を向けた相手を素粒子単位で解体し、靄の様に消し去ってしまう恐るべき兵器だ。
だが、音の主──千応志刻に何ら変化は起こらない。
「防がれたか」
言葉より速く、彼女が後方へ二十メートル程飛び退る。同時に、"銃"と"砲"が放たれた。
だが、千応志刻に変化は訪れない。
使用者の狙った空間を完全に消し去るはずの"砲"も機能しない。その事実に、さすがの彼女も驚愕する。
「一体、何をした?」
「私は何もしていませんよ。"私"はですが」
言葉が終わらぬ内に、何かが彼女の体を押さえつける。恐ろしい程の力だ。必死で振りほどこうとしても微動だにしない。
「うーん、まさか宇宙人だとは」
その言葉と共に溶け堕ちるかの如く666が姿を現した。その体からは、無数の目と口の付いた巨大な手が飛び出、依頼人の女性を抑えつけていた。
「666、もう少し緩めてください。潰れます」
「あ、ごめんごめん」
急にかかる力が弱くなり、女性はようやく息を吸う事ができた。
「……私を始末しに来たか。無駄な事を。代わりなどいくらでもいるぞ。その全てからこの星の事を隠し通せるとでも?」
女性は嗤う。
この千応という人間が自分の事を殺した所で、侵略は止まらない。次はより強力な人員が送り込まれる。それを殺せば、更に強力な。下手をすれば部隊が。人員は送られ続け、その内誰か一人でも母星へ状況を伝えれば、恐るべき本隊が来る。
母星がこの星を危険だと判断すれば侵略も止まるだろうが……生憎、母星は軍隊の一割までならこの星を落とすのに失っても良いと試算している。まず止まりは……
「そんな面倒な事、する予定は有りませんよ」
女性の思考を叩き切り、千応志刻が言い放つ。
「時間もかかる、手間もかかる、被害は出る……何も利点がありません。わざわざそんな事をするよりも」
一瞬、言葉を区切り千応はうつぶせに抑えられた女性を見る。
「
「……は? いや、何を言って」
女性の困惑を無視し、千応志刻は言葉を紡ぐ。
「通信、随分と遅いですね」
そこで、女性は未だ通信機が動き、そして尚通信が繋がっていない事に気が付いた。……いくら距離が離れているとは言え、これ程の時間繋がらないと言うのは異常だ。何せ、この星に来た時にも通信は行っていて、その時は三十秒ほどで繋がったのだから。
どうしたって、最悪が浮かんでしまう。
「……妨害でも、して──」
「いいえ」
女性が頭に浮かぶ最悪を振り切り、放った言葉は目の前の千応もすっぱりと切り捨てられる。
「本部、こちらXAD8970、応答願う! 本部、こちらXAD8970、応答願う! 応答を!」
応答は無い。ただ、無音のみが通信機から帰ってくる。
「ねー、いつの間にんなことやったん? 私覚え無いんだけど」
「頼んでいませんからね。やったのは、あのいけ好かない研究所の連中ですよ」
「あーあそこ」
千応達が暢気な会話を繰り広げる中、女性は諦めずに通信を続けていた。だが、応答は無い。
(落ち着け。応答が無い理由は複数考えられる、決してこいつの妄言が現実な訳は無い!)
しかし、彼女の頭脳は嫌な冷静さを見せる。
通信障害? そんなもの対策していないはずがない。ブラックホールが間に有ろうと問題は無しだ。
優先事項があるから後回しにされている? そんな古すぎる方式など採用していないし、そもそもこの任務の通信は最大優先だ。
システムの不調? だとしても一分もあれば修理は効く。
どう考えても通信が来ない合理的な理由は見つからない。
先ほど、千応が口にした手段以外は。
「……馬鹿……な」
一つの絶望が、口から零れ出る。
あり得ない。あり得ない。だが、それでも……感情的な反論は、理性的な思考の前に押しつぶされ、無為と消える。
打ちひしがれた彼女に、いっそ不気味な無表情のまま千応が話しかける。
「それで、どうします? このままここで暴れて死ぬか、諦めてこの星で一人生きていくか」
無慈悲な問に答えは無い。問いかけられた女性はあり得ない絶望に飲み込まれ、何も答える事が出来ないのだ。
そこに一つの希望が舞い降りる。
通信機が、音を立てた。
「! こちらXAD8970! 本部、応答を──」
悲鳴のような歓喜と共に、通信機の声を一言たりとも聞き逃すまいと音量を上げる。
(母星は滅んでなどいない、全てお前の嘘だ! この星の事を伝えねば──)
『
通信機から、
「……え、あ、な、何……」
『どうせ聞いているのだろう? 千桜四石。こちらは終わったぞ。そちらもさっさと済ませると良い』
それだけ言って、通信は終了した。後に残るのは、応答など返す気配も無い通信機のみ。
時間は、地球時間で一時間ほど遡る──
惑星ラトラム、ターミナルにて一つの異変が発生していた。
幾人もの住民が倒れ、炎と煙が立ち上り、怒号と悲鳴が轟き、爆発音が響く。
ラトラムは今、侵略を受けていた。
「おのれ、ここから先へは──」
そう言い放った軍人が、一撃にて体の殆どを破裂した風船のように叩き潰される。銃を構えた部隊が、瞬きにてバラバラの死体に。逃げ惑う市民が、音が鳴り響くや否や破裂する。
ほんの数分で立っているのはたった二人となった。
一人は、この侵略者を押しとどめるために向かわされた部隊の隊長だ。全身の強化骨格は音速の挙動を実現し、握られた銃器は地球の戦車程度一瞬でスクラップに変える。
別にこの隊長が特別な装備をしていたわけではない。部隊に指示するための通信機を除いて、この装備は部下の物たちと何も変わらない。
即ち、これ程の装備をした部隊が、今まさにたった一人によって壊滅させられたと言う事だ。
「……素晴らしい。まさかこれ程の文明がこの宇宙にあったとは」
歓喜の声を上げたのはもう一方。その姿は、異形と呼ぶにふさわしい者だ。
顔は無い。のっぺりとした白い卵にも見える物がただあるだけ。手足は不自然なほど長く、背からは四本の白い触手が生えている。
この存在がラトラムのターミナルに出現するや否や、大規模に破壊を実行し、尋常ならざる被害をたたき出した。即座に呼ばれた警備、警察が対応しきれず、軍にまで要請がかかったが……結果はこのざまだ。
だが、隊長は絶望していなかった。
知っているからだ。自分たちなど、木っ端の先兵でしか無いと言う事を。
「おい、侵略者。今のうちにさっさとこの星から逃げたほうがいいんじゃねえか」
絶体絶命の状況で、隊長は笑う。哀れな侵略者の末路を知るがゆえに。
だが、侵略者も同様に笑う。何かに期待するかのように。
「ふむ。随分とこれから来る者たちに自身があるようだ。……楽しみになってきたな。一体、どんな技術が出てくるのやら」
無面の侵略者はそういって、散らばった隊員達の装備を拾い集めていく。まじまじと何かをコレクションでもするかのように。
「素晴らしい。超高速で放たれた弾丸がここまで音と衝撃を伴わないとは。おまけに、敵味方の識別機能まで付いている。誤射も心配ないようだ」
淡々と、評価していく。その全てが通じなかったものばかりだというのに。
その様子に、流石の隊長も不気味さを覚えた。
「……お前、一体何なんだ?」
「何、しがないただの科学者だよ。君たちの侵略しようとしていた星から来た、ね」
その言葉で、隊長は合点がいったという風に皮肉気な笑いを浮かべた。
「成るほど。どうやら俺たちは手痛い反撃を食らったらしい」
「いや?
今度こそ本当に隊長が怯む。何せ、その声には嘲りも言い訳も何も感じない、ただ事実を言う時の無感動さがあったからだ。
「反撃じゃ無いなら……何をしに来たんだ!」
「
そう言って、侵略者は隊長のほうへ向き直る。
「別に私としてはあの星が滅んでもかまわないのだが……それを望んでいない人物もいてね。その人物から、
隊長の足が、一歩下がる。こいつは、違う。侵略者では無い。こいつは、こいつは……何だ?
「さて、少し会話したが……ふむ、知能や人格に私たちと大きな差異は無いようだ。これは君がそう言う者だからなのか、それともこの星の住民の特性なのか……調べてみよう」
ゆっくりと。
不気味な程滑らかな動きで無面の怪物が近づいてくる。
隊長が悲鳴じみた叫びを上げ、銃弾を撃ち込むがまるで効いている様子は無い。
撃たれる前と何ら変わらない動きで怪物が隊長へ手を伸ばし──
その体が、後方へと吹き飛ばされた。
「随分、やってくれた」
隊長は見る。希望そのものの姿を。
惑星ラトラム女王直下精鋭隊。正真正銘、この星の最高戦力。それが今、絶望を払わんと降り立った。
「よくやった、アレは私たちが預かろう」
次々と姿を現す銀の装甲に身を包んだ兵士の姿。最強の精鋭の姿に、隊長は感動と、安堵、そして何より強い達成感を覚える。
俺たちが、彼らにつないだのだと。
銀に殺到される怪物へ、ざまあみろ、と呟こうとし……直後、
「ふむ」
範囲二千メートル。その全てが塗りつぶされたかの様に消え去った。
兵士の死体も、生き残った隊長も、今まさに襲い掛かっていた銀の軍勢も、全て。
唯一残った物は、それを引き起こした白い怪物……研究所ルキシア、所長のみであった。
「しまったな。予想以上に威力が高すぎた。これではサンプルが採れん。アレで全てで無いと良いのだが……」
ぼやく彼の視界の隅に、無数の兵器軍が映る。
有る物はトンボにカニの鋏を逆向きに付けたような、有る物は円錐に羽を生やしたような、有る物はキューブそのものの形で。
最精鋭とは言え、そこまで少ない訳では無い。だが、決して少ない被害では無かった。
それ程の被害が出たと言う事実に、地球ではあり得ない恐るべき速さで部隊、兵器の展開が行われた。
あの怪物を、何としてでも滅せよと。
「どうやらまだこの星には見るべきものがあるようだ」
あの銀の兵士もいるしな、と所長は付け加えた。
そして、何かを出現させる。
背後が一瞬歪み、そこから無数の怪物があふれ出る。タコに銃座が付いた物、十本腕のカマキリ、不定形の液状生物、人間そのものの様な見た目、変形を繰り返す機械、円盤の側面に無数の足が付いた物、蠢き続ける触手の塊、通常の戦車、鳥と扇風機の融合体の様な物、炎そのものとしか思えない何か……
それらが、周囲の軍へ向けて一斉に襲い掛かる。
一瞬にして出来上がった阿鼻叫喚で、所長はぽつりと呟いた。
「もう少し持ってきたらよかったか」
破壊、蹂躙、殺戮。
有る物は蠢く水に溶け、ある兵器は無数の虫に集られ、ある兵士は全身が炎に置き換えられ、ある建造物は砂の様に崩れ……結果として、所長とその兵器軍は全く止められはしなかった。
「ふむ、意思に感応して即座に性質を変える流体金属か。地球上では未発見の物質が複数使用されているな……この反応の速さには何を使用しているのか」
崩れ落ちた王城で、所長が呟いた。既にここの住人たちは粗方解剖しつくし、めぼしい物はサンプルを取り、その上で調べられる限り調べつくす。
彼の探求に終わりは無く、それはこの星を飲み込もうと止まりはしない。
「しかし妙な生態だ。蜂のコロニーに似ているが、それにしては個々に自我かありすぎる。……命令に従う時はそう言った自我を抑えるように進化しているのか……」
その独白を聞く物はもういない。
僅か一時間強で、二十万年に渡り繫栄し続けた惑星ラトラムの文明は終わりを迎えたのだった。
「それで、どうします?」
残酷な迄の無表情で千応が問う。内容はシンプル、死か、降伏か。
今やこの宇宙最後のラトラム人となった彼女は考える。星に殉ずるか、生を選ぶかを。
葛藤があった。絶望があった。楽観は時間が経つほどに薄れ、只現実が眼前に横たわる。
そうして、彼女は一つの結論を出した。
「……降伏する」
生きることを取った。
母星がまだ滅んでいない可能性は零では無い、生きているならばまた戻れる時も来るだろう……あり得ない可能性に、ほんの少しでもすがろうとした末の、結論だ。
分かっている、もう愛したあの星が無い事など。ほんの一人でも生きていれば母星の文明は復興させられ、新たに歩める。だが、通信機に応答は無い。もう、誰もいないのだ。
自分に文明を作る力は無く、持ち込んでいる物も最低限。ラトラムは、完全に滅んでしまった。
それを心の奥底から理解しながら、それでも存在しない可能性に賭けて生を選ぶ。選択の理由が死への恐怖か母星への忠誠かも分からないまま。
「そうですか、それではご自由に」
そう言って千応は立ち去っていく。拘束を解かれて尚動けない女性など一切顧みないまま。
この瞬間、二人の人間が把握していた地球の危機は完全に消滅したのであった。
「うーん、謎だなー」
何かを弄りながら666が呟く。それを見ていた姦が呆れ声を上げた。
「あんた何持ってきてるのよ」
「え、さっきの人が持ってた何か」
これが全く分かんなくてさー、とそれを666は振り回す。姦の方は、それが危険な物であったら面倒だ、と666からそれを取り上げる方法について考えている。
その一方で、恐は今日の一件に一切の関わりなく部屋の中を徘徊していた。
「ねー千応、これ何?」
自分での理解を諦めた666が千応に答えを求める。そして、その答えは瞬時に帰って来た。
「自爆装置です」
「ポチっとな」
ドカン、と軽い爆発音を立てて666が爆発する。不思議なくらい周囲には被害が出ていない。
「……何で私が爆発すんのさー!」
「押した人が爆発する作りになっていますから当然でしょう」
そんなしくみー、と叫ぶ666。
その背後では姦が興味を無くして部屋の奥へと入るところであった。
三千屋敷に変化は無い。宇宙人の襲来程度では。