三千屋敷と人々と   作:Y-K4183

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ウォーズ

 貪底街には三つのルールがある。一つは親切、一つは警告、一つは絶対。

 一つは不要な詮索をしない事。誰にだって知られたくない過去はある。

 一つは三千屋敷に関わらない事。家、住人だけではなく依頼者なども含んでの事。

 

 一つは三千屋敷の隣家から人が出てきたならば、その日一日絶対に出歩くな。

 

 

 

「おいコラ、テメエ何人の家の前に死体(ゴミ)置いてんだ」

 

 男が千桜に言い放つ。だが千桜はその言葉を聞いていない。今千桜はこの状況をどう乗り切るかに全知全能を使用していた。

 

「何無視してやがんだ、死ね」

 

 言うと同時に男が足元に転がっていた少女の死体を蹴り飛ばす。

 

「姦! 防御!」

「っ!」

 

 千桜の絶叫。瞬時に姦が結界を展開しその直後、途轍もない衝撃が結界を襲う。

 男のやったことは単純だ。ただ足元の死体を蹴っただけ。ただそれだけで死体は爆散しその破片が辺り一帯に飛び散り、姦の展開した結界に亀裂を入れた。

 恐るべきはそれに何ら技術、超常的な物が介在していないことだ。男は只純粋な脚力のみでその現象を引き起こしてのけた。

 

「姦、結界の用意は常にするように。それと、指示は即座に従ってください。そうしないと死にます」

 

 見たこともないほどに真剣な千桜の表情に慌てて姦は頷いた。

 直後、間近まで接近した男が右拳を振るう。

 

「右40°結界!」

 

 衝撃。結界が砕け散り、拳がそれる。一瞬の間もなく左の拳が放たれる。

 

「左30°、上10°!」

 

 再びの衝撃。矢張り結界は砕け散るが拳はそれる。男の攻撃は止まらない。

 

「上50°、右20°!」

 

 三度攻撃を凌ぐ。が、既に男は次の攻撃を用意している。千桜の指示が飛び、それを防ぐ。攻撃、指示、防御。攻撃、指示、防御。

 何度もそれを繰り返すうち、段々と防御が遅れてくる。姦の反応が遅くなっているわけでは無い。男の攻撃が加速し、千桜の指示の複雑さが増したためだ。

 

「右20°、上12°、後ろ5㎜!」

「なによそれ!」

 

 ゆっくり、だが着実に対応できなくなる時が近づいてくる。

 そしてその時は訪れた。

 

「っ!」

 

 指示も防御も間に合わぬ速度で振るわれた男の拳が千桜の右手を肩口から吹き飛ばす。

 瞬間、千桜が叫ぶ。

 

「666!」

 

 拳を振りぬいた体勢の男。その背後に666が出現し、男を刺し貫く。

 だが一切の間を置くことなく男は裏拳を放ち背後を薙ぐ。しかしそこに666は居ない。既に666は千桜の隣へと移動していた。

 

「ご苦労様です」

「死ぬかと思ったんだけど!? 何あのチンピラ!」

 

 666が吠える。その頭の半分が消滅しており相当ギリギリの回避だったことが見て取れる。

 

「災害です。まともに相手は出来ません。恐、こっちに」

 

 千桜の指示と同時に恐が出現する。これで単純な数では四対一。四の内三は驚天動地の怪物。にもかかわらず千桜の表情に余裕は無い。

 

「取りあえずあれから離れます。視界を出たら追って来ないでしょう」

「出るのも相当難しいわよこれ……あの結界山の噴火ぐらいなら抑え込めるのにあっさり割られたし……」

「そこが私が何とかします。666、隙が出来たら直ぐに地球の裏まで転移を」

「十秒くらいかかるけど? 先に用意しといた方が良いんじゃない?」

「そんな余裕ありません──来ます!」

 

 男が千桜の方に向き直る。先ほど666に貫かれた左胸からは多量の血が流れ出ていたが……止まる。

 それと同時、男が途轍もない速度で駆けた。

 

「上20メートル!」

 

 男が動き出す一瞬前、千桜が指示を出し上空へ飛ぶ。直後、先ほどまでいた場所を凶悪な衝撃が襲った。

 

「結界四層! 下!」

 

 展開。同時に衝撃、結界が全て砕け散るが男の拳が停止する。

 

「落とせ!」

 

 空中へと跳躍して来た男に動くすべはない。666の一撃をまともに食らい落下する。しかし地に足が付いた瞬間、男が再び跳び上がる。

 だが次は千桜の元にたどり着く前に、中空で結界に阻まれる。男が動きを止めたと同時、左右より666と恐が襲い掛かる。

 呪詛、触腕、汚染、光線。ありとあらゆる攻撃が放たれるがその悉くが男に防がれる。それどころか男は攻撃を蹴りつけ移動し始め、千桜の元へと跳ぶ。

 しかしそれは千桜も予想している。空中で直線的な軌道しか取れない男を横から姦が剣で叩き落した。

 一瞬、息を吐く間が出来る。

 

「マジで何アレ!? 何であれ防げんの!? 触れた瞬間死ぬ様にしてんだけど!?」

「アレをまともに考えない方が良いですよ。やるだけ無駄です。次、来ます!」

 

 跳躍。それを再び姦が剣で迎撃する。が、男は叩きつけられた剣を掴みそれを起点に姦に攻撃を加え始める。

 一方的に攻撃され続ける姦だったが、ただやられていたわけでは無い。結界を張り、三本の剣を振るい、式を飛ばす。

 だが男は攻撃どころか姦の体自体を足場にしながら攻撃を繰り出し続ける。

 振るわれた剣を蹴り、拳が付き立つ。放たれた式を片手で掴み蹴りを打つ。結界の内側に潜り込み頭突きを放つ。男は足場のないはずの空中でもって姦を一方的に打ちのめしていた。

 

「666、恐、アレの周囲を塞いでください!」

 

 千桜の指示に即座に両者が動く。

 恐は朽ち果てたような縄を、666は無数の目を出現させ周囲を塞ぐ。あっという間に出現したモノで巨大な塊が出来上がるが、男の攻撃は止まらない。縄を引きちぎり目を弾き尚も姦へ攻撃を加え続けていた。

 ──()()()()()()()()()()()()()

 

「姦! 最大火力!」

 

 瞬間、周囲に黒い雷が走る。上空百メートル以上の高さにもかかわらず地上に被害が及ぶほどの超広範囲。

 しかしそれは今まさに放たれんとする極大の呪の余波に過ぎない。

 流石の男も身の危険を感じたか姦から離れようとする。だが男の周囲に広がった膨大な数の縄と目が離脱を阻む。吹き飛ばそうとするが、何重にも重なったそれは生半可な事では離れない。

 突然、辺りを走っていた黒雷が収束する。一瞬の静寂の後、遂に姦は呪を解き放った。

 それは男を巻き込み地へと落ち、貫き、止まることなく突き進んでいく。極限的なまでに凝縮されたそれは最早赤黒い光の奔流だ。

 そしてそれは呪いだ。単純な破壊力以上に悍ましいまでの害をもたらす。万が一にでも触れれば身体が腐り落ちるだろう。

 男はそれほどの物を食らい、地の底へ叩き落された。にもかかわらず千桜の表情に楽観的な要素は無い。

 

「今の内に転移します。全員、全速で」

「ちょっと、流石に、限界……」

「666、姦を担いで。恐は私を。急いでください」

 

 ボロボロの姦と千桜をそれぞれ抱え、666と恐は動き出し──背後より咆哮が轟いた。

 

「Warrrrrrrrrrrrrrs!!」

 

 攻撃が飛ぶ。千桜を狙っているのかどうかは分からない。だが、出鱈目に放たれたうちの一撃は千桜四石の左足を消し飛ばした。

 

「っっ! 666! 速度上げてください!」

「無理! 今が最速!」

 

 背後から出鱈目に放たれる攻撃をどうにか回避しながら666は転移の用意を始める。完了まで十秒、その間逃げ続ける必要がある。

 

「右上一メートル、十メートル前進、下五メートル……」

 

 次々と千桜が指示を出し666と恐を動かす。それによって背後から殺到する攻撃を紙一重で避け続けていた。

 

「これ結構キツイ! プレッシャー的なのが凄い!」

「大丈夫です。当たっても即死するだけなので苦痛は有りません」

「プレッシャーが追加されたー!」

 

 騒ぎながらも666は指示通りに攻撃を避け続ける。そして十秒が経過した。

 

「おっしゃ完成! とっとと逃げるぜー!」

 

 用意が完了した瞬間、即座に転移を実行。千桜達の姿が揺らぎ搔き消える。それを見た男は攻撃を止めた。

 

「逃げたか、あのゴミ」

 

 フン、と鼻を鳴らすと男は振り返り、来た道を戻っていく。かなり苛立っている様子で辺りの物を蹴り壊していた。

 一方、千桜達は海上に浮遊していた。

 

「なんとか逃げ切れましたね……666、腕と足治してください」

「はいよー」

 

 一瞬にして元あった場所に手足が現れる。千桜は確かめるように数度手足を動かすと666に礼を言った。

 

「ちょっと……私も治してくれる……体中ボロボロよ……」

「666、姦の治療もお願いします」

「へーい」

 

 666がクルリと指を回すと見る見るうちに姦の傷が癒えていく。一瞬にて傷一つ無い姿に戻った姦だったが、疲労は残っているようで力なく666に抱かれていた。

 

「しっかしアレ、何だったんだろ? 姦の全力食らってもまだまだ元気みたいだったし。ねー千桜、あいつ何なの?」

「それ、私も結構気になってたわ。あれ撃ち込んでまだ生きてるなんて……」

「……割と前から隣に住んでる狂人ですよ。ウォーズとか言う一応生物学的には人間な奴です」

「あれが?」

「あれでもです。正直なところ、アレはよく分からない……と言うか、分かりたくもないと言うところが本音ですね。考えるのも嫌です」

「……あんたがそこまで言う相手も珍しいわね」

 

 姦の知る千桜とは誰に対してもぞんざいな対応をし、好悪と言った感情もめったに見せない。それ故にあからさまな嫌悪を見せるその態度は初めてだった。

 

「嫌いにもなりますよ。初対面の時は殺されかけましたし」

「え、千桜が?」

「……アレは何と言うか……考えないようにしているのもありますけど……それでも予想が付けにくいんですよ。初対面はそれで出会ってしまって殺されかけました」

 

 明らかに嫌いといった雰囲気を醸し出しながら千桜が語る。初めて見る様子の千桜を姦は珍し気に、666は面白そうに眺めていた。

 

「……言っときますけど、そんな目で見てもこれ以上は話しませんよ。あれの話はするだけで不快になりますから」

「「えー」」

 

 残念そうな目で見る二人を無視し千桜は恐に指示を出し、帰還の準備を整え始める。

 

「貴方達も遊んでないで用意してください。明日も依頼は入っていますので」

「はーい」

「はいはい」

 

 返事は雑だったが動きは素早い。物の十数秒で家へとつながる穴が開いた。と同時に千桜がとび込む。

 千桜は辺りを見渡し、男の気配が無い事を確認すると三人を呼ぶ。

 

「よっ」

 

 666に続いて姦と恐が姿を見せる。姦が顔を上げるとそこは家の玄関内だった。

 

「どうせなら下につなげればよかったのに」

「私は靴を履いていますので」

 

 言いながらさっさと千桜は靴を脱ぎ捨てる。姦はため息を吐くとさっさと地下へ降りていった。

 千桜が後ろを向くと既に666も恐もどこかへ行ってしまっている。その事に何も反応することなく千桜は地下への道を降りていく。

 

「明日からはまた面白くなりそうですね」

 

 誰に向けてでもなく千桜が呟く。いつもと同じ無表情ながらその声にはどこか楽しさが含まれていた。

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