三千屋敷と人々と   作:Y-K4183

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怨嗟─千黄紫黒

「666、家の地下へ私を」

「りょーかい」

 

 返事に合わせ、即座に転移が実行される。

 

「さて、と」

 

 千黄は靴を脱ぎ、ビニール袋に入れて机の上に置く。そして引き出しから一枚のお札を取り出した。

 

「姦が追って来る前に逃げられるところまで逃げておきますよ。666、転移は即座に行えるように」

「わかった、けどさ、上で逃げた方が良くない? ここで逃げるの結構面倒だよ?」

「……上で暴れすぎるとウォーズが突っ込んで来ます」

 

 心底嫌そうな顔で言われた言葉に、666は顔を引きつらせる。

 例の災害じみた男との遭遇は、666にも影響が有るようだ。

 

「あれが関わって来ないようにできるだけこの地下で姦を抑えておきたいので、666、色々と頑張ってくださいね」

 

 荷物を纏め、千黄は奥の部屋への襖を開ける。

 

「では666、私諸共最速で真っすぐに」

 

 言い終わるやいなや二人が音を置き去りにしきる速度でカッとんでいく。しかし、それによって生じるはずの衝撃波や空気抵抗などは発生しない。

 

「何か作戦あるのー? 姦抑えるの私でも結構きついよ?」

「取りあえず一瞬隙を作って下さい。その間にこれを貼ります」

 

 凄まじい速度で移動する二人に合わせ、次々と襖が開いて行く。そして、開かれた襖の先には同じ部屋。四方を襖が囲む、何もない部屋。

 それが延々と続いている。

 今二人が開けているのは前方の襖だけ、左右の襖は開けていない。だが、もし開けてみればそこにも同じ部屋が続いている事だろう。

 666でさえこの空間がどこまで続いているのか把握していない。もし、知っているとすれば千黄程度だろう。

 

「そいやさー、なんで姦いきなり暴れだしたん? あいつ人嫌いだけど感性は割とまともだったけど」

「式が外れたのが原因ですね」

 

 666に抱えられたまま、千黄が話始める。

 

「元々怨霊になっていた姦には、人格と呼べるものは残っていませんでした。そのままだと色々不便ですので、式を打って生前の意識を再現していましたが……時間が経って式が外れてきています」

 

 というわけで、と千黄は先程のお札を掲げた。

 

「これを貼る事で再度式を打ち直します。666、しっかり抑え込んでくださいね」

「うーん大役だ、頑張るぜー」

 

 雑な返事を666が返した直後、悍ましい声の様な物が轟いた。

 

「来ましたね」

 

 辺りに腐臭が満ちる。

 軋むような音、響き渡るうめき声。

 それらをかき消すかの如くがらんがらんと鐘の音が鳴り響く。

 音の発生源が、今姿を現した。

 

「わお、化け物」

 

 一目で正気ではないと分かる女の顔、そこにつながる上半身からは長さも太さもバラバラな腕が多数生えている。

 さらに、下半身の蛇体には腕に加え足、顔までが突き破る様に出ていた。

 だが、それは目の前の異様の一部でしかない。

 蛇体から飛び出る顔は一様に血の涙を流し、それが触れた箇所が異音を立てて腐り落ちる。

 突き出る腕は何かを求めるようにもがき、節操なく辺りを搔きむしっている。

 その異形の大元たる女の口腔からは聞き取れないにも関わらず、一瞬で怨嗟だと分かる異様な声が漏れ続けていた。

 

「さてと」

 

 完全なる怪物と化した姦を前にしても、千黄の表情には何の変化も現れない。

 

「666、さっさと抑え込んでください。私は抑え込めるまで逃げておきますので」

「え、手伝ってくんないの?」

「私がいても役に立ちませんよ」

 

 言うなり千黄はさっさと逃げていく。残された666は呆れた顔でその姿を見送っていた。

 

「薄情なやっちゃ。ま、いーけど」

 

 巨剣が振り下ろされる。

 666はそれを躱し、姦の懐へと潜り込む。

 別に当たっても問題は無い。が、時間を取られる。今の姦を相手に時間をかけるとまずい、と言う謎の確信が666にはあった。

 

「せいやっ」

 

 気の抜けそうな掛け声と、それに見合わぬ恐ろしい衝撃。山程度かき消す程のそれは、あっさりと防がれた。

 

 ────────────!!!!!! 

 

 呪いが爆ぜる。

 姦の顔を中心に、如何なる生物も殺す特大の呪いがまき散らされる。

 もろに食らった666の身体がバラバラにほどけ、地肌が覗く。それはどう見ても人の物では無かった。

 

「うわ、解けた」

 

 今の666は人の形をしていない。以前の様に元の姿に”戻った”のではなく”戻された”

 何故? 

 ダメージは少ない。不自然な程に。

 ただ、人の姿が取れなくなっている。何度か戻そうとするも、その度に体が崩れ、元の姿に戻ってしまう。

 

「あれー、おっかしいな……契約上人型取って無いとまずいんだけどなー」

 

 集合した触手の塊のような姿をとった666が、ぼやきながら触腕を振るう。先ほど放った一撃にも並ぶ威力。それを、連続で。

 だが、その程度では姦相手に有効打にはなりえない。触腕は姦に触れる傍から腐り落ち、666へと腐食が襲い掛かる。

 

「うわ、きったね」

 

 触腕を切り離し腐食を回避する。そして再生。

 互いの攻防は両者に一切のダメージを与えない結果となった。

 うーん、と666が疑問の声を上げる。

 姦が動かない。先ほどの咆哮以外、何もしてこない。なら、完全に動けないように……

 

「あ、だめだ」

 

 拘束しようと絡みつかせた触手が瞬時に腐り落ちる。これでは抑えられそうにない。

 ならば、と防壁を作り、それで動きを止めにかかるが……腐り落ちる。

 

「うわ、まじかよ」

 

 魔力由来の防壁さえ腐る。なら、今の姦を拘束する手段は666に無い。

 

「しゃーない、ぶちのめして動かなくするか」

 

 666の全身に目が出現し、そこから光線が放たれる。それが姦に当たった瞬間、異音と共に亀裂を走らせた。

 放って置けば亀裂は全身に広がり、体を砕くだろう。だが、姦は動かない。

 

「あれ?」

 

 当然反撃が来るものと想定していた666は梯子を外されたような感覚になる。

 とはいえ、動かないなら好都合だ。このまま体を動かすのに必要そうな場所を全て砕いてやろう。

 666がそう決めてから数秒としない内に姦の腕と蛇体が砕け散った。が。

 

「……えー」

 

 手も、蛇の体も砕け散った。だが、人型の上半身だけが空へと浮かんでいる。どうやらその程度では姦の動きは止まらないようだ。

 

「……これ割と対策思いつかないんだけど」

 

 動きを止めた姦を前に、666が唸り始める。

 数十秒考えた末に、666は自分一人での対応をあきらめた。

 

「しゃーない、千黄に聞こ」

 

 通信を千黄へ繋ぐ……その瞬間に通信が切られた。

 

「あれ?」

 

 疑問の声を上げる666を他所に、姦が動き出す。砕けていた手も、蛇体も瞬きの間に完治している。

 

「うわ、これ無理だって。千黄~でてくれ~」

 

 再度千黄へ通信を繋ぐが、やはり即座に切断される。

 互いの意識を繋げる事で通信するものの為、基本的にはただの人間の千黄が一方的に切れるようにはどう考えてもなっていないのだが……

 その事に666は首を傾げる。が、事態は変わらない。

 千黄は通信に出ないし、姦は止まらない。結局666一人でこの状況をどうにかしないといけないのだった。

 

「えーいめんどくさい、これでも食らえ!」

 

 極太の光線が放たれる。尋常ならざる異様を伴って迸るそれは、狙い過たず姦へと直撃した。

 衝撃、轟音、そして爆炎。

 特殊な効果などは無いが、威力に関しては十二分なそれを食らったのだ。いかな姦と言えど……

 そんな666の考えは響いた咆哮によってかき消された。

 

「あれー、もうちょい効いててもいいんだけどなー」

 

 見る限り姦にダメージは無い。それどころか増々力を増しているようにも感じる。

 単に想定以上に頑丈なのか、それとも別の何かか。理由は分からない。分からない、が、何だろうとやることは同じだ。

 

「大火力でぇぇぇ、ブットばあぁぁす!!!」

 

 更なる超火力。例え耐久力が高かろうとも、何かの手段でダメージを抑えているとしても、絶対に限界はある。

 故に、666はその限界を火力で迎えることに決めた。

 光線が乱れ舞う。翼の付いた目が爆ぜる。何とも言葉にしようのない形状の何かが叩きつけられる。

 轟音、轟音、再度の轟音。

 無限に続く無機質な和室で破壊が暴れ狂う。

 襖が何百枚と吹き飛び、畳だけの何もない空間が出来上がる。その畳さえ何ヶ所にも穴が開き、その下を覗かせていた。

 ふと、気になった666が畳に開いた穴を覗き込む。

 そこには()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え、この部屋下にも続いてんの?」

 

 下に覗いている部屋は、この空間にある部屋と全く同じ作りをしている。どうもこの空間は666が思っていたよりもはるかに広いようだ。

 一度じっくり調べてみたい気分になってくるが、今はそんなことをしている場合ではない。

 666は目線を穴から今尚ダメージも無く暴れる姦に戻す。

 

「……頑丈すぎんなあ」

 

 叩きつけられる蛇体を寸前で躱す。それを追って無数の蛇が666へと襲い掛かり、その全てが光線で薙ぎ払われた。

 だが姦の攻撃は止まらない。呪詛が辺り一帯にまき散らされ、その閏間から禍々しい圧を放つ巨剣が繰り出される。

 避け、弾き、相殺し攻撃を捌いて行く666だったが、姦にこちらの攻撃が効かない以上、それは負ける時間を引き延ばしているだけに過ぎない。

 それを勝利につなげるためには、どうにかして姦に攻撃を通さなければならない。だが。

 

「これも効かないかー」

 

 光線、呪い、物理、熱、冷気、電撃……666の試せる手は悉く姦に通用していなかった。

 当初の予定の耐久限界まで削るという案も、このままでは先に666が削りきられる結果に終わってしまうだろう。

 何か、どうにかして姦にダメージを与える手段を見出せなければ666は完敗する。

 だが、それが分からない。

 

「大体試せるのは試したんだけど……っと」

 

 触手を鞭の様に叩きつける。が、触れた瞬間に腐り落ちてまともなダメージを与えられない。

 

「一体何が効くのやら」

 

 取りあえずと言った感じでやたらに攻撃をばらまいてみる。光線や爆破と言った先ほどまで使っていた物から、タライに金槌、拳銃にクラッカーまで。

 とにかく出鱈目に何でも試してみるが、どれも有効打にはなりえていない。

 その全てが姦に触れるたび腐り落ちるだけ。

 だが、一つだけ違う物があった。

 

「おっと、今のは()()()()()()()()()?」

 

 偶々持っていた硬貨。それは姦の体に触れるどころか、近付くことすらできずに腐っていた。

 

「さって、これに似た物は何じゃろな」

 

 666はいくつかの物を出して姦へと投げつける。だが、どれもこれも──先ほどと同じ硬貨まで──触れてからやっと腐り落ち始めた。

 

「ん? あれー」

 

 何が違うんだ、と666は再び硬貨を投げつけるが、やはり腐るのは触れてからだ。先ほどの様に、触れる前に腐り落ちるような事は無い。

 

「……んー?」

 

 さっきの硬貨と今の硬貨、その違いが分からない。

 特に何か変哲があるわけでも無く、ただ単に偶々持っていただけの硬貨だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……あれ?」

 

 もしかして、と666は作るのではなく物を持ってきて投げつける。

 それは、姦に近付く事さえ出来ずに腐り落ちた。

 

「成程、私が作ったものは何故か腐りにくいと。で、さっき投げた物を作ったのは……人間」

 

 666は一つの答えにたどり着く。念の為、自然の木を投げてみるが、それは姦に触れても腐りすらしない。

 人間が関わっているか否か。それが今の姦が腐らせている物の条件だ。

 

「一応私の思考も人間をまねてるからなー。そこが判定食らったか」

 

 ならば、と人の擬態を完全に解き元の姿、思考で暴れ回れば有効打を与えられるだろう。だが、しかし。

 

「契約上それが出来ないんだよー!」

 

 666は千黄との契約において、人の姿と思考を取るよう命令されている。今人の姿を取れていないのも本来なら契約違反だ。

 千黄に言えば一時的な契約解除は成るだろう。だが、今の姦の状態的に千黄に近付くことは出来ない。

 

「さっき千黄に通信繋ごうとしただけで反応したからなー。人が関わる物全部アウトだねこりゃ」

 

 通りで千黄が離れた訳だ、と666が呟く。

 今の姦相手に千黄が近づけば守る暇もなく即死するだろう。

 

「さーてどーすっか……」

 

 手段は分かった。だがその手段が取れない。

 契約の一方的な破棄は出来ないし、それ以外で姦にダメージを与えられそうな手段もない。

 なやむ666の目の前に、突如恐が現れた。

 

「合」

「え、くれんの」

 

 恐が666に紙を手渡す。そこには、文字が書かれていた。

 

『一時契約解除を認めます』

 

「……よっしゃ、──あdkはkjgdbjkhわkjsgk……

 

 言語が崩れる。姿が歪む。触手の塊のような姿から、とぎれとぎれのDVD映像の様に。

 理屈も、道理も、常識も、法則さえねじ伏せる怪物へ。666が切り替わる。

 

 666の変容と同時に、咆哮が轟いた。

 

 姦が突進する。狙いは666……ではなく、紙。

 触れる前、666がそれをギリギリ認識できる程度の短い時間に紙は腐り落ちていた。

 だが、姦に取ってそんなことはどうでもいい。

 人の痕跡があった。人があった。人がいた可能性があった。

 なら、滅ぼす。

 滅ぼして亡ぼして殺して滅して消して砕いて貪り喰らう。

 恨みに突き動かされ、姦は既に何もない空間へと攻撃を続ける。

 暴れ狂う姦に、何かが絡みついた。

 

「jhgjhdghじゃgkjhdくあひううぐg」

 

 意味も理解も及ばぬ異様な音を上げながら666が姦の蛇体を掴む。先ほどまでと違い、触れても腐り落ちていない。

 掴まれた姦の体が軋む。引きはがそうにも凄まじい力で掴まれており剥がれない。

 

「ォォォォォォオオオヲヲヲヲヲヲ!!!!!!」

 

 姦が吠える。

 呪いが膨れ上がり、空間を埋め尽くす。理屈を超えた勢いで広がるそれは666を狙ってはいない。

 姦は最初から人間しか狙っていない。666の事は初めから眼中にないのだ。

 

「さdふづっふふひじゃしうdがうgdげ7げ268798、666」

 

 だが、666は姦に用がある。どうあがいても聞き取れない何かを発しながら姦へと攻撃を行い続けている。

 ノイズの塊が触腕の様に伸び、姦へと振るわれた。響いた音、伝わった衝撃、そのどちらも見えている姿とは全く違う。

 金切り声の様な、嵐の様な、地響きのような、ガラスが割れるような音を立て、攻撃は続けられる。そしてそれは余りにも無軌道に姦へとダメージを与えた。

 後ろへ振ったのに衝撃が前に放たれる。右に振ったのに真上に、前に振ったのに更に前に。

 理屈無視の猛攻はしかし、姦の意識を666へは向けなかった。

 姦の行動は変わらない。人の気配、人の存在、認識しうるそれらへ向けて攻撃を、呪詛をぶつけ続けるだけだ。

 破壊に次ぐ破壊、怨嗟を燃やす呪詛。そのいずれも666を狙ってはいない。

 それでも尚、666は多大なダメージを受けていた。

 一撃一撃の範囲は広く、威力は尋常でない。攻撃は666を巻き込む形でダメージを与え続けている。

 だが、666も規格外。飛び散った肉片の様な何かが膨れ上がり、もう一体の666が出現する。それは破片ができるたびにその数を増やし、いまでは百を超える数が姦を囲んでいた。

 

「ひひひおっひうひうg8yfがgwwgぢあywgtd8あいfd67wdf67fw7づfw7dfwfd8gyvyぢふぁいfぢぃふぁい8dfy」

 

 言語として出力されない何かを発しながら無数の666が一斉に攻撃する。見えず、分からず、感じ取ることも出来ない何かが殺到する。

 衝撃、灼熱、冷気。避けようともしない姦にありとあらゆる傷が刻まれていく。だが。

 

「ヲヲアァァァァ!!」

 

 呪いが爆ぜる。空間を埋め尽くし触れる全てを腐らせ、潰し、砕く。666を狙っているわけでは無い。だが、余りにも広範囲にまき散らされたそれは否応なしに命中する。

 それでも666の攻撃は止まらない。千切れた破片が膨れ上がり、腐った一片が無理矢理溢れ、姦へと攻撃を続けていた。

 互いに一歩も引かない壮絶な削り合い。制したのは……666。

 両者の力にこれと言った差は無い。差を付けたのは目標の違いだ。

 姦を相手に戦っていた666と違い、姦は人の気配に暴れ狂っていただけ。なら、先に倒れるのは姦だろう。

 倒れ伏す姦。それを見下ろしていた666が徐々に人の姿へなっていく。人の気配に姦が再び暴れだそうとするが、もう余力は無い。あっさりと666に片手で抑え込まれていた。

 

「これで大丈夫かねっと。へーい! 千黄ー! 終わったよー!」

 

 666の言葉が終わる前に、千黄は姦へ向かって駈けていた。

 やたらと綺麗なフォームで走り寄って来た千黄が、姦に札を叩きつける……寸前、姦が目を見開いた。

 

 

 

 あー、こりゃまずいな。

 

 今まさに呪いをまき散らした姦を前に、666は緊張感無く考えを巡らせていた。

 放たれている呪いの威力は、かなり低い。先ほどまでと比べると児戯にもならない程度の物。だが、人間一人を殺すには十分だ。千黄はほぼ確実に死ぬだろう。

 しかし、666は特に焦らない。

 別に何か作戦があるわけでは無い。単に、無駄だと分かっているからだ。

 この間合い、速度では666に防ぐ術は無い。出来ることは守ろうとして千黄が死ぬのを見るか、何もせずに死を見届けるか位だ。

 

 ま、色々有ったけどそこまで悪い契約者じゃ無かったぜー。

 

 666は呪いに飲み込まれる千黄に向けて、心の中で手を振り、見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い。

 昏い。

 闇い。

 記憶の底、忘れじの暗黒。

 恨みがあった。怒りがあった。号哭があった。悲しみがあった。……呪いがあった。

 怨嗟の始まりはあの時に。

 なりたかったわけでは無い。ただ、そういう家に生まれただけで私は巫女になった。

 色々な物が見えたし、そう言った物を祓う事もできた。けれども、そんなことは巫女になる上で関係は無い。家の女で、年長。巫女になるにはそれだけで良い。それだけで、良かったのだ。

 だけど、周りはそう思わなかった。巫女と言う特別な仕事。それに就いたものが、特別な力を持っている。

 周囲と違う事で排斥はされなかったけれど、過剰な程に持ち上げられるようになった。

 影響は自分たちの村を超え、周辺の村へ。崇められ、恐れられ、頼られた。……限界以上に。

 でも、それは別に構わない。頼るのも、恐れるのも、崇めるのも、当たり前の事だ。

 だから良いのだ。()()()()()()

 

 ある日、大蛇が出た。胴は俵が三つ並べられるほどに太く、長さは山を跨ぐ程。恐らくはあの時代より更に昔、神々の時代からいた物。もしかしたら、伝説に聞く八岐大蛇の分け身の様な物だったのかもしれない。

 そう思ってしまうほどに大蛇は強く、恐ろしかった。それでも。私は、戦ったのだ。

 そして私は傷つき、身を引きちぎられ……それでも立ち上がり、戦った。私を頼ってくれた人たちを、守りたかったから。

 けれども、その後の事は予想外だった。

 私は、守っていたはずの人たちに殺されたのだ。

 ()()()()()()()()()()

 村人たちにとっては生きることが最も大事な事。自分たちを守っていたものが倒れたなら、次はそれを倒した物に頭を下げる事が、生き残るためには正しい。

 例え守っていたものを生贄に捧げてでも。

 誰だって生きたい。生きていたい。生きるためなら何でもする。

 だから、()()()。次の生贄が私の家族だったとしても。

 怒りは、した。行った者は殺し、村には病を振りまいた。でも、それで終わり。それ以上はしない、望まない。生きるためには仕方ないと、分かっていたから。

 だが。

 だが、これは、駄目だ。

 これは、許せない。許さない。看過できない。

 ()()()()()()()

 私がいたことを。お前たちが何をしたのかを。何があったのかを。()()()()

 人が生きるためには仕方ない事だろう。だが、それでも。許さない。

 人がそうであるならば、全て、許さぬ。人が、人である限り。

 

 かくして怨嗟は燃え上がり、されど行き場は無く。封じられた地で怨嗟は澱み、呪いは溜まり。……一人の女の壊れと共に、怪物は誕生した。

 

 

 

 

「──―」

 

 浮き上がるような感覚と共に姦は目覚めた。辺りを見渡すが、何か変わった様子は見られない。そこでようやく見ていた物が夢だったと気付いたのか、姦は大きく息を吐いた。

 

「起きましたか」

 

 目覚めた姦に、何一つ感情の籠っていない声がかけられる。目を向けると、いつも通りの無表情。

 千黄紫黒がそこにいた。

 

「あー、私、どうなったんだっけ?」

「式が外れて暴走していたんですよ。何とかなりましたけど」

「そう……良く生きてたわね、あんた」

 

 姦が千黄を視る。

 体中に火傷のごとく刻まれた呪い。それは紛れもなく自分の付けた物だ。だからこそ、その威力は良く知っている。

 

「後で落としてあげるわ」

「頼みますよ。結構痛いので」

 

 相変わらずの抑揚の無い声に、姦は本当に呪いが刻まれているのかと疑いたくなる。が、現に見えているのだ。姦は寧ろ呪いの激痛にも耐える千黄の無表情を称えた方が良いと言う気にさえなっていた。

 

「にしても……私が暴れたにしては被害が小さいわね。上の街位消し飛ぶかと思ってたけど」

「完全に暴走する前にキレさせて照準を私に向けました。上で下手に暴れているとウォーズが介入してきます」

「あー……」

 

 件の男を思い浮かべ、姦は納得の表情を浮かべる。散々に殴られたのは嫌な思い出だ。

 

「あ、起きたー」

 

 襖を蹴り開け、666が部屋へ飛び込んでくる。見舞い品のつもりか手には多量のフルーツが抱えられていた。

 

「いやー、大変だったんだよー。何かやたら硬いし痛いしめんどいし……」

 

 666は愚痴を言いながら持ってきたフルーツを自分の口に放り込み始める。リンゴを丸吞みした666を見て、姦は大きく溜息を吐いた。

 

「そういう割には元気そうね」

 

 そう言って、666の持ってきたフルーツを奪い取る。

 

「あー、それ私のー」

「いいでしょ、一つくらい。あ、千黄も食べる?」

「では一つ」

 

 そう言って千黄が手に取った物は……スイカ。

 

「姦、切って下さい」

「はいはい」

 

 八つに切られたスイカに、千黄が噛り付く。かなり豪快に食べているが、器用な事に汁の一滴も零れていない。それを見ていた姦も奪い取ったフルーツの中から、ミカンを手に取った。

 そのまま全員が無言で食べ始め、しばし辺りに和やかな雰囲気が流れる。五分程経って、皮ごと食べていたメロンを完食した666が、ある疑問を口にした。

 

「そーいやさー、千黄ってなんで生きてんのー? あの呪いに巻き込まれたら多分死ぬと思うんだけどー」

「ああ、それですか」

 

 千黄がスイカを口から離す。

 

「名前ですよ」

「名前?」

 

 666がぽかんとした表情で首を傾げる。

 

「名は体を表す、ならば名とは体である。名前が三つあるという事は体が三つあるに等しい。一つの体では受けきれない呪いも、三つの体なら耐えられます。

 これが私の生き残った理由と、昨日あなたが聞いてきた名前を三つ使っている理由ですよ」

「あ、なんか聞いてた気がする」

 

 自分から聞いておきながら、666はその事をすっかり忘れていた。最も、帰って早々大事だったので仕方ない事ではあるが。

 

「とはいえ痛い物は痛いですし割とギリギリなので、後で外してくださいね、姦」

「……今じゃ無いのね」

「先にスイカです」

 

 そう言って再度スイカにむしゃぶりつく千黄を、呆れた様子で姦が眺めていた。

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