One-way Spiral Staircase 作:まりも@tks55kk
マガイマガドとの一騎討ちで里の英雄が重傷を負ってから、一月ほどが経った朝。
「完全! 復活!! 当代無双!! イヤッホーーッ!!」
外から飛び込んできたイブキのけたたましい全快宣言で目を覚まし、アヤメはゆるゆると重い瞼を開けた。
やや夜型に寄りがちな生活リズムで暮らしているアヤメは、何もなければ昼前まで惰眠を貪っていることが多いが、イブキは絵に描いたような早寝早起き人間だ。その彼女が家を飛び出したのが今ならば、おそらくまだ、悪夢に飛び起きた日のアヤメが、ようやくもう一度深めの眠りに落ちるくらいの時間だろう。そんな想定が時間を推測するのに最も適しているというのは何とも陰気な話だが、今日は悪夢を見なかった日だったので、決して気分は悪くなかった。
大分前から動けるようにはなっていたイブキが早く鍛練をしたいと駄々をこねるのを宥めるのに、ウツシやゼンチ共々アヤメも苦心していたが、どうやらやっと本格復帰の許可が降りたようだ。家が近いので、ああ騒がれていてはやかましくて眠るどころではない。アヤメは二度寝を早々に諦め、芋虫のようになりながら布団から這い出した。
まだまだ眠くて堪らないが、気持ちはとても晴れやかだ。この日が来ることを誰もがずっと待ち望んでいたのだから、安眠を妨害された程度で立てる腹などあろうはずもなかった。
欠伸を噛み殺しながら表通りに出ると、目の前をイブキが疾翔けで文字通り、瞬間移動していった。まさに風のような迅さで、声をかけるも何もあったものではない。アヤメが身支度をしている間も延々と騒いでいた様子だったのに、まだ飛び回っているらしい。いくら不自由な生活から解放された多幸感に満ちているとは言え、ちょっと度が過ぎているように思う。治療の際に、ゼンチが頭のネジを一つか二つ締め忘れたのかもしれない。
「ハモンさん、おはよ……ねぇ、何あれ?」
「……おお、今朝は早いのだな、アヤメ」
「あれの絶叫に叩き起こされた」
「ワシもだ」
イブキにかけようと思ってかけ損ねた声を、加工屋からイブキの後ろ姿を見送っていたハモンへ代わりにかける。彼の表情は今日もいつもと変わらずだが、深い皺が刻まれたその顔が僅かに緩んでいることは、寝ぼけ眼のアヤメにもすぐに分かった。
「あっちこっち行ったり来たり……どんだけはっちゃけてんだか」
「一応あれは、里中に挨拶回りをしておるそうだ。ここへも来よったわ。よほど嬉しいのであろうな、興奮し過ぎて何を言っとるのかよく分からなんだが」
「挨拶になってないじゃない」
「まあ、元気になった顔を見せにきただけで十分だということにしておこう」
「あはは。ま、そうだね」
苦虫を噛み潰したような顔で心から喜ぶ人間を見る機会は、なかなかに貴重である。奇しくもたった今それに恵まれたアヤメは、イブキに心の中で小さく礼を述べた。
差し入れなどについて礼を言わなければならない先が沢山できたと、そういえばイブキは療養中にも言っていた。常識やマナーの類いとは縁遠そうに見えてその辺が妙にキッチリしているのは、ウツシの教育の賜物だろうか。
ふと気付くと、背後の門の方から、微かにフニャア~という虫の鳴くような呻き声が聞こえた。何事かと見に行ってみれば、門まであと少しというところで、郵便屋のセンリが大量の荷物に埋もれて圧死しかかっている。普段ならここには門番(極秘)のヒナミがいるはずだが、タイミング悪くどこかへ出掛けているようだ。
仕方がないので、いつも通り暇そうに路肩で遊んでいたハネナガを捕まえ、連れ立ってセンリを荷物の山から救出した。
「はあぁ……た、助かったぞニャ……はひぃ……はぁ……」
引き摺って運んできた荷物の箱を石か何かに引っ掛けてしまい、ひっくり返して中身を自分の上にぶちまけてしまったのだと言う。引っ張り出しはしたが、センリはへたばったままゼーハーと息を荒げている。救助が遅れていたら割と本気で危なかったかもしれない。
「んごごがごごご!! なんだこりゃ、おっ、重……うわぁっ!!」
センリを押し潰していた荷物の数々をまとめて再び満杯になった木箱はなかなかの重さで、それを持ち上げようと試みたハネナガは、自分でつけた勢いに自分で負けてひっくり返った。箱はビクともしていない。その荷物をハネナガから取り上げてヒョイと肩に担ぎ、アヤメは深々と溜め息をついて、尻餅のまま呆然と自分を見上げるハネナガを露骨に見下した。
「す、凄いなアンタ、さすがは上位ハンター様……」
「アンタが非力すぎるんだよ。どうしてそれでハンターやれてんのか、不思議で仕方ないんだけど。ホントに狩りしてんの?」
「ギクッ」
「?」
「なっ、何でもないよ……ははは……」
無駄話をしている間にセンリがなんとか息を吹き返したので、荷物を担いだアヤメの後ろを、ハネナガとセンリが手紙でパンパンの挟み箱を地面に置いたまま押して追うという形で出発。……したはいいが、箱押しペアは門を入ってすぐの太鼓橋を上がれなかったので、程なくして戻ってきたヒナミや、近くで様子を見ていたイヌカイも飛んできて手伝ってくれた。つくづく誰も彼もが温かい里である。
「それにしても凄い量だね。ここまで帰ってくるだけでも大変だったでしょ」
「ぜぇーんぶイブキ宛てぞニャこれ……とにかくお見舞い、お見舞い、お見舞いぞニャ……しかし……」
ようやくクエストカウンターの手前まで到達したアヤメ達の視界を、イブキがキャッキャ言いながら翔蟲でスッ飛んで横切っていった。
「何ぞニャあれは? 少しでもイブキが元気になればという一心で、死ぬ思いをして運んできたのに……もうぴょんぴょん飛び回っとるとはどういうことぞニャ。だったら代わりにオイラが見舞われたいぞニャ……」
「確かにセンリさんの方がよっぽど疲れてるね。これ運び終わったらお茶でも持ってくよ、お疲れ様」
里外にもイブキが負傷したことは知れているらしく、彼女と共に戦ったハンター達から、見舞いの手紙や品が続々と里に届いていた。お陰でセンリだけでなく、船着き場のホバシラ達の仕事も増えている。イブキ本人にとっては些末な事でしかないようだが、連日届けられるそれらの荷物は、彼女の愛嬌に溢れる性格や、見る者を奮い立たせるほどの強さが、多くの人々の心を惹き付けていることの証左だ。
一方、『里の外』からこれだけ見舞いが来るというのは、戦闘不能になる、心が折れるなどして、里を去った者がそれだけ多いという厳しい現実の裏返しでもある。新たに応援に来るハンターも、制限が解除された当初に比べると、最近は目に見えて減った。百竜夜行が生半可なハンターの手に負える現象ではないという情報も、随分と世間に広まってしまったらしい。正直言って、里にとっては結構な痛手だ。
届いた物をイブキの家に全部運び込むと寝る場所もなくなりそうだということで、手紙以外の見舞い品は里の目立つ場所に置き、里の皆で分け合うことになった。その中でも特に多かった菓子類はヒノエが目敏く回収したため、現在の屋外クエストカウンターには甘い物好きや子供達が集まり、ちょっとしたお菓子祭りが開催されている。
荷物運びを手伝ったアヤメも巻き込まれ(ハネナガとセンリは力尽きました)、さらに挨拶回りを終えたイブキも合流して、もはや酒のない祝宴の様相だ。
「イブキさん、もうどこも痛くない? コミツともまた遊べる?」
「見ての通り超元気! いっくらでも遊べるよぉー! またセイハクくんも一緒に鬼ごっこしようね。あ、何なら今からやっちゃう?」
「やるー! じゃセイハクくんが鬼ね!」
「やらねーし! コミツはともかく、イブキは絶対捕まえらんねーじゃんか」
「んー? セイハクくんはコミツちゃんを捕まえる方が大変なんじゃないのー?」
「んああぁ!! うるっせーし!!」
誰にでも分け隔てなく接するイブキは、元々子供達にもよく懐かれていたが、怨虎竜討伐により猛き炎の異名を授かり、さらに目を覆うような大怪我から見事に復活を遂げたというドラマティックなエピソード持ちとなったことも相俟って、いまや里中の子供達から憧れを集める正真正銘の英雄となっていた。素直にイブキの快復を喜んでいるコミツはもちろん、イブキにからかわれて癇癪を起こすセイハクの真っ赤な顔にも、隠しきれない安堵と喜びが滲み出ている。
「オレ後でやりたいッス! 走り込みの成果、センパイにも見て欲しいッスよ!」
「ほぉーう、わたしに勝てるとでも思ってるのかぁー? じゃあタイシくんは鬼ごっこじゃなくて、今度わたしとサシで真剣勝負ね!」
「うおぉぉ! 頑張るッス!!」
正統な弟弟子であるタイシの坊主頭をぐりぐりと撫でてニカッと笑うイブキの表情は、彼女に同じ事をする時のウツシとそっくりだ。こういう時のイブキは、屈託なく笑いながらも、正しく『子供に目線を合わせた大人』の顔をしている。幼い部分を手放し切れていないだけで、彼女は決して『子供』ではないのである。いっそ何もかもが子供のままならば孤独を感じることもないのだろうに、と、二人の時にイブキが見せた淋しげな横顔を思い出し、アヤメは少しだけ切なくなった。
「イブキさんの回復力には、本当に驚かされました。あれだけの傷を、まさかこんな短期間で治してしまわれるなんて……」
「まぁ、見た目は酷い有り様だったニャが、骨や筋肉には大きな損傷はなかったからニャ~」
どんちゃん騒ぎをする子供達を微笑ましく眺めながら、ヒノエとゼンチはゆるりと長椅子に座って茶を飲んでいる。なお、ヒノエは既にチョコレートやビスケットといった珍しい菓子を一通り食い尽くした後であるが、今もマシュマロなる初見の菓子に舌鼓を打っていた。ついでにうさ団子も既に二十本くらい食べている。
「それにしたって、とてもじゃないけどアタシらと同じ生き物だと思えないよ、この治りの早さは。応援に来てくれてる他のハンター見てても皆そうだし……ハンターってのは、何か魔法でも使ってんのかい?」
甘い菓子の匂いに釣られて目の前の八百屋からつまみ食いをしに来たワカナが、元気になるのはもちろん一日も早い方がいいんだけど、と付け加えつつ、どうも釈然としないといった様子でアヤメに尋ねてきた。
「魔法ではないけど……一応、治すコツがあるんだよ。ハンターになる時に真っ先に習うんだ。気功みたいな物で、普通の人にはちょっと無理なやつ」
「はぁー、そうなの。アヤメさんの怪我も大層だったって聞くけど、じゃあ、ハンターだからこそこうして元気になれたってこと?」
「そうだね。ハンターじゃなかったら、今頃ここにはいなかったと思うよ」
モンスターの苛烈な攻撃で受ける傷を最小限に抑える、痛みを麻痺させる、傷付いた身体の治癒を促進するなどの技術を、ハンターが習得しているのは事実だ。しかしそれは己の肉体を限界まで鍛え、身体と呼吸の使い方を隅々まで熟知しているが故に使える極めて特殊な技能であり、さらに言えば、元の身体が健康かつ頑丈でなければ、本来の治癒能力を超える速度で傷を治すなどという離れ技の負担には耐えられない。度を越した健康優良児であるイブキは、そういった意味でも、天性のハンターであると言えるだろう。
無論、それはアヤメも同様だ。範囲は広くとも表面的な負傷がほとんどだった今回のイブキと違い、アヤメは身体の深部まで粉砕されてしまったために長く後遺症を抱えることにはなってしまったが、普通の人間ならそもそも、半身を叩き潰された時点で間違いなく命を落としている。それを乗り越えて生き残り、問題なく動けるまでに回復できたのは、親から授かった身体の強さ、ハンターとして培った技術と血の滲むような努力や鍛練、そして身体の基礎が作られる幼い頃にアヤメを育んだ、カムラの里の環境や豊かな食のお陰だ。
もしハンターでなければ死んでいた。でも、ハンターでなければあんな怪我を負うことはなかった。どちらにせよ、ここにはきっと帰ってこなかった。腰掛けの一番端でヒノエからこっそり掠め取ったチョコレートを齧りながら、アヤメは自分の人生にとって何が正解だったのか、ぼんやりと考える。何度考えても、結局答えは出ないのだけれど。
「そういう技術がハンターにあるのは聞いとるが、医者としては、コツなんてモンでどうにかなる次元じゃないように思うのニャよねぇ。ハンターちゅう生物の身体が一体どういう作りをしとるのか、一度でいいからバラバラにして徹底的に調べてみたいもんだニャ」
「まあゼンチ先生、バラバラだなんて物騒な」
大して物騒だとも思っていなさそうな風に笑うヒノエの隣から、ゼンチがチラチラとアヤメに視線を向ける。せっかく生き延びたのにバラバラにする気か。一応まだ生きているのだから勘弁してくれ。アヤメは顔を顰めてゼンチを嗜めた。
「……ちょっと先生、アタシのは十分見たでしょ」
「いやもっとこう全部、奥の奥までニャ?」
「やだ……お二人はまさか……そういう……!?」
かなりあちこちを省略した雑な二人のやり取りに、イブキが目を輝かせて息を飲みながらわざとらしく口を覆った。すかさず、アヤメがペシッとイブキの頭を叩いてツッこむ。
「怪我診てもらってたからだっての。アンタも隅から隅まで見られたでしょうが」
大人一同は爆笑。セイハク・コミツ・タイシは首を傾げたので、説明する代わりにとりあえずもう一発イブキをしばいておいた。
集会所で男に勘定を擦り付けようとした件と言いこれと言い、ちょっと前まで狩り場で穴を掘って暮らしていた癖に、一体どこでこういう要らん事を覚えてくるのだろうか。面倒だが、そろそろウツシにチクッた方がいいかもしれない。「おたくの愛弟子が汚らわしくなってきましたよ」とでも伝えれば、彼はショックで絶命するかもしれないが、可愛い愛弟子の為なら過労死も惜しくないと言っていたから、死因が変わるくらい大した問題ではないだろう。
度重なる災禍に翻弄され、里としての体力を徐々に削られて疲弊し切っていたカムラに、こんなにも明るい大勢の笑い声が響くのは、本当に久しぶりだ。イブキが撒き散らしている活力のお陰もあって、空がいつもより青いような、太陽の光がいつもより明るいような気すらしてくる。穏やかな風に運ばれて来る豊かな緑と美しい水の香りは、異国の菓子の甘味をより引き立たせる。心休まる、一時の平穏。
しかし、恒久の安寧には、まだまだ程遠い。
イブキが療養で缶詰めにされている間にも、百竜夜行は襲来した。幸い、この一ヶ月の間には一度だけで、規模も小さめの物であったため、里の民と応援ハンター達でなんとか乗り切ることはできたが、既に里自体が満身創痍に近いこともあり、主力となるイブキの不在はやはり里に大きな損害をもたらした。
今回特に目立ったのが、オトモ部隊の負傷者の増加だ。イオリは彼らの長として直近の数回は防衛に参加していたが、しばらくはオトモ達の治療に専念するため、戦線から離脱することになったらしい。数日前、食事の時間になっても自由気ままにほっつき歩いていて戻らないレイメイを探して足を運んだオトモ広場は、臨時の野戦病院と化していた。レイメイと出会った時に感じた穏やかで心落ち着く空気は一掃され、怪我やモンスターに怯えるオトモ達の痛みと苦しみに溢れ返っていたその光景を思い出す度、この里が危機に晒されている現実を噛み締めざるを得ない。
百竜夜行を完全に終息させない限り、どこまで行っても、この里には仮初めの平和しか訪れない。そしてその仮初めの平和すらも、この地を統べる大自然の前にあってはあまりに儚く、脆い。
――ビュオッ!!
「!」
「!」
「うわっ」
「キャ!」
先程まで優しくカムラの里をそよいでいた風が突如、激しいうねりとなって空気を強く薙いだ。瞬き一つほどの僅かな時間で過ぎ去ったそれは、何を壊すでもなく何も奪うことなく、次の瞬間には枝から引き千切られて散り散りに舞う木の葉のみを残して消え去ったが、そこにいる人々の顔から笑顔を吹き飛ばすには、十分すぎる衝撃を持っていた。
「……何っスかね、今の風?」
「髪がぐしゃぐしゃー。やだなぁ」
「あーあー、びっくりしてお茶こぼしちゃったニャよ、びちょびちょニャ」
「オレの綿菓子……棒だけになっちった……綿菓子……」
「前にも同じような風が吹いた日があったねぇ?いつだったかしら、あれは」
胸に湧き上がった不安を打ち消そうとするかのように、各々が口を開いて誰にともなく言葉を放る。
そんな中、イブキ、アヤメ、そしてヒノエの三人だけは、薄い雲のかかる同じ方向の空を、無言でじっと見上げていた。
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