One-way Spiral Staircase 作:まりも@tks55kk
眠れない夜を明かし、最後の荷造りを済ませて防衛組の皆と合流する。アヤメはそこでまず、防衛の面子にヒノエとミノトがいることに驚愕し、続いてフゲンが皆に語った現況を聞いて、一瞬目の前が暗くなった。
あろう事か今回は、里外の応援ハンターが一人もいないのだという。新たに参入する者が激減する中でも踏み留まってくれていたハンター達も、前回の百竜夜行までにほとんどが負傷してしまい、前回からの日が極端に浅い事も重なって、出られるハンターが誰もいない状態でこの日を迎えてしまったのだそうだ。
タイミングが悪いことこの上ないが、逆に考えれば、彼らがここまで身を呈して粘ってくれたお陰で、里側の戦力を保っていられたとも言える。彼らの尽力に感謝し、それを無駄にせぬよう全力を尽くせと、フゲンは一際力を込めて述べた。
ミノトが防衛に加わっているのは、ハンター不在の戦力不足を少しでも補うため。ヒノエはイブシマキヒコとの共鳴に多少慣れたことから、その共鳴を利用してイブシマキヒコの動向を探る感知役を、自ら買って出たとのことだった。確かに、初めてイブシマキヒコと共鳴した日の夜以降、暴走の歯止め役として再びアヤメ達が呼び出されることはなく、ヒノエは概ね日常を取り戻していた。どんな手を使ったのかアヤメには知る由もなかったが、ゼンチとヒノエの努力による成果であることは間違いないだろう。
華奢な身体に似合わぬ巨大なランスを携え、ヒノエから一時も離れず表情を固くするミノトを見ていると、何がなんでも守り切らねばと、アヤメも身体に力が入った。
残留する者達からの激励を受け、レイメイに留守番を頼んで、防衛組と共に里を出た。見送る側から、送り出される側になった。里の外へ出るのも久しぶりだ。砦は里から歩いて数時間の場所だったが、移動中も様々な思いが頭の中を駆け巡り続けていたアヤメにとっては、ほんの僅かな距離にしか感じられなかった。
――そしてようやく、ここに立てた。
「……凄い」
初めて足を踏み入れた翡葉の砦。ハモンに呼ばれて赴いた作戦本部で、砦の複雑かつ高度な構造を示した図面を前に、アヤメは感嘆の溜め息を漏らしていた。
所狭しと張り巡らされた設備台。それらと本部や整備エリアを繋ぐ地下坑道には隈無くレールが敷かれ、効率的な設備の移送を可能にしている。更に、飛行能力を持つモンスターの進行さえも阻害できる防護柵や関門、縦の空間をフルに活かし切る無数の櫓。里で目にしていた兵器の数々にも散々舌を巻かされたが、自然の大峡谷を利用してカムラの民が五十年がかりで築き上げた砦もまた、アヤメがこれまでに見てきたどの防衛施設より大規模だった。
しかしそれは、百竜夜行という巨大な災禍を迎え撃つのにこれだけの準備が必要だという、厳しい現実の証左である。今日が初参加であるアヤメには、故郷の里が隠し持つ絶大な軍事力に感動している暇などない。少しでも複雑怪奇な砦の全体像を把握すべく、必死に図面へ齧りついた。
「師匠。バリスタの整備と移送準備、完了しました。先発組は既に設備台へ送ってあります。大砲も砲弾の装填が終了次第……」
「装填も今終わったところよ。台が空いたらすぐにでも出せるわ」
「防護柵オッケーでーす!」
「撃龍槍、破龍砲、動作確認終了!」
本部での実働指揮を執るハモンへ、次々と準備完了の報告が上がる。本来なら里長であるフゲンがここに立つのが筋であるように思われるが、彼はいよいよという時に武器を取って戦線に出るため、設備に最も通じるハモンがこの任に就いているのだという。ここに呼ばれる前、アヤメが砦内を下見している間も、フゲンは現場で里守に発破をかけて回っていた。あれは逆に、フゲンでなければできない役処である。適材適所というやつだ。
「わたしも準備万端。いつでも出られるよ」
キャンプ内にヒノエとミノトを残し、支度を済ませて出てきたイブキは、今日もアヤメの大剣――否、アヤメから闘う意志と共に譲り受け、今や自身の片腕となった大剣を担いでいる。防衛に参加し始める直前に太刀から鞍替えした彼女は既に、里守や他のハンター達からも一流の大剣使いとして認識されるほどの実力者になった。
隣に立ったイブキが放つ底の知れない気迫が、アヤメの肌をピリピリと灼く。そんな彼女の背中にかつての自分の右腕が担がれていることを、アヤメは心の底から誇らしく感じた。
「うむ。……頼んだぞ、イブキ」
「……うん」
言葉少なに交わされたそのやり取りに、イブキの複雑な心境を感じ取る。この戦いにどう向き合うかを「見てから決める」――おそらく未だアヤメ以外の誰にも告げていないその意志を、イブキは固く胸に秘めているようだった。彼女が新たな目で百竜夜行を見て、どんな決断をするかは分からない。イブキもアヤメも、自分のしたいようにするだけだ。
アヤメも今日までずっと考えていた。何故、百竜夜行を討ち払う戦いに敢えて加わるのか。どうして自分はそうまでして闘いたいのか。イブキと同じ「人間を意図的に襲いに来ているわけではないモンスターの命を何故奪うのか」という疑問も、今に限らず常に頭にはある。
何が正しいのかは、やはり今回も、どれだけ考えたところで分からなかった。しかし、今日この場所における戦いについては、既に一つの答えを出している。
今朝、里の皆と顔を合わせた瞬間に強く思った。これまで支えてくれた里の皆に恩返しがしたいと。だから里を守る。それが、ここで己の命を賭けてモンスター達を屠る理由。正しかろうが間違っていようが関係ない。今の自分にとってはそれが全てだと、自分で決めた。
図面といくら睨み合ってもキリがない。まだ全てを把握し切れてはいないが、あとは動きながら覚えよう。そう意を決し、腕組みをして里の民達からの報告内容を確認している司令塔に指示を仰ぐ。
「ハモンさん。アタシは何をしたらいい?」
「ああ、まだ伝えていなかったな。おぬしには状況に応じて表と裏方の双方で動いてもらうことになると思うが、基本的には、里守やハンターの援護と、ナカゴ・ミハバの護衛を頼みたい。……これを使え」
「……えっ?」
予め用意されていたのであろう素早い返答に、戸惑いを隠せなかった。
後方支援、兵器の整備を担う職人達の護衛、その他雑用。それは了解した。前線で戦うことが困難なアヤメにはうってつけの仕事だ。何でもするつもりで来たのだから、拒否する道理などない。
問題は、ハモンがそのために使えと取り出した武器。
「……ハモンさん? アタシそれ、使ったことないよ……?」
目の前に差し出された武器は、一丁のライトボウガンだった。これについては、はいそうですかと気軽に引き受けられる話ではない。謙遜でも何でもなく、実戦での使用経験が全くない武器だからだ。
近接武器ならば、得手不得手こそあれど一応一通りは使えた。得意ではなかった太刀や双剣も、様々な事情からやむを得ず使用した経験はある。しかし、ボウガン二種と弓、そして猟虫の育成が別途必要である操虫棍に関しては、ハンター試験のために基礎訓練を受けただけで、実際の狩りに持ち出したことは本当に一度もなかった。
ボウガンは武器毎に使い勝手や立ち回りが大きく変わるため、片手間で扱うには準備や鍛練の負担が重過ぎる。そもそも大剣をはじめとする大物武器の方がアヤメの性に合っていたこともあり、独立して以降は、ボウガンを手にする機会も必要もなかったのだ。
いくらなんでも無理だと後込みするアヤメにライトボウガンをグイと押し付け、ハモンは何食わぬ顔で言う。
「案ずるな。おぬしの体格に合わせて、正しく構えれば自然と視線の先に照準が来るよう仕立ててある」
この男は一体、何を言っているのだろう。アヤメは更に激しく困惑した。武器製作のための採寸に応じた覚えなど一切ない。それなのに、シンプルな構造の近接武器とは比べ物にもならないほどの繊細な調整が必要なライトボウガンを、自分に合わせて作ったというのか。俄には信じ難い話である。
しかしすぐに、ハモンならやりかねないと思い直した。アヤメが後輩のために依頼した弓も、使用者本人の姿を直接見てすらいない状態で作ったにも関わらず「信じられないくらい使いやすい」という感想が返ってきたほどの出来だったのだ。あの時、自分と比較する形で後輩の体格を伝えたので、そのやり取りを通してアヤメ自身の身体的特徴も把握したのかもしれない。
ハモンの隣では、一仕事終えて休憩に来たナカゴが、茶を口に含みながら微笑みを浮かべて、じっとこちらを見つめている。ハモンの弟子である彼も、アヤメの姿を遠目に見ていただけで、イブキが持ち込んだ大剣の持ち主がアヤメであることを見抜いた化け物職人だ。その彼が今こちらに送っている目線は、「信じてください。大丈夫ですよ」、そう言っているように見えた。
「基本の構え方くらいは知っておろう。やってみろ」
有無を言わさぬ態度のハモンに押し負け、ついにアヤメは差し出されたライトボウガンを手に取った。言われるがまま、ずしりと重いその銃身を抱き寄せて腰を落とし、引き金に手を掛けて銃口を前へ向ける。
「……こう?」
根が真面目なアヤメの身体は、修行時代に叩き込まれたライトボウガンの射撃姿勢を今も正確に記憶していた。生粋のライトボウガン使いとも見紛うほどの完璧な構えに、イブキが目を輝かせてピュウッと称賛の口笛を吹く。
自身もかつてライトボウガン使いであったハモンは、満足気に口角を釣り上げて頷くと、おもむろにアヤメの隣へ立ち、武骨な指でアヤメの視線を真っ直ぐ正面へと導いた。
「いいぞ。その姿勢で前を見て引き金を引けば、おぬしが見据えた所に弾が飛ぶ。それだけだ。難しく考える必要はない」
「……」
ハモンのどんな小さな言葉も聞き漏らすまいと集中しつつも、今にも震え出しそうになる身体を抑えるのに必死で、黙って頷くのが限界だった。
あまりに縁遠い武器であったが故に、構えてみるまで気が付かなかった。
右利きのアヤメがライトボウガンを構えると、身体の右側で銃身を抱える形になる。左手は銃口を支えるために添えるだけ。射撃のブレを制御するのも反動を受け止めるのも、基軸となるのは右半身の筋力だ。武器本体の重さも、双剣・片手剣にはさすがに及ばないものの、その他の近接武器と比べれば遥かに軽い。ショルダーホルスターを使えば、直接抱えている今よりも更に小さな力で扱える。
――これなら、左半身を痛めていても、使える。
「無論、弾種によって軌道や弾速は多少変わるがな。それは実際に撃って確かめろ。おぬしの集中力があれば、すぐに覚える」
ハモンは全て見越して、アヤメにこの武器を与えたのだ。アヤメが近接武器に特化したハンターであったことも、ライトボウガンを使用した経験がないことも承知の上で、アヤメなら新たな戦い方を必ず掴むだろうと、心から信じて。
「私もライトは滅多に使わないけど、意外と当たるもんだよ。なんせ的がデカいからね! 大丈夫大丈夫!」
自分で構えたライトボウガンを見つめたまま固まっていたアヤメの肩をバシバシと叩き、イブキがにっこり笑って親指を立てた。その後ろからは、ミハバが弾を満載した木箱を次々に運んでくる。
「ほらよ! これが散弾、こっちは麻痺弾……他も一通り揃ってるぜ。弾も火薬も死ぬほど用意してあるから、いくら外したって構わねぇ。好きなだけブチかましてきてくれや、アヤメさん!」
顔を上げて、自分を取り囲む仲間達の顔を順繰りに見回す。誰一人として、アヤメがこれを持って狩り場に立つ事を不安視している者はいない。
全員が表情で背中を押してくれた。「お前はまだやれる」と。
「……ハモンさん。皆も……本当に、ありがとう」
構えを解き、誠心誠意を以て、深々と頭を下げた。後輩もいる手前、先日フゲンの前で晒したような無様な顔は見せたくない。歯を食い縛って涙はなんとか堪えたが、それでも声が震えるのは止められなかった。
「アヤメさん今、最高にカッコいいよ。ヤバい。惚れちゃう」
イブキがおどけた様子でわざとらしく纏わりついてきた。その表情は夏の陽光にも負けないほどに明るい。アヤメの生まれ変わりを祝福し、抑え切れない喜びを甘えという形でぶつけてきているのが、ありありと伝わってきた。
「……冗談じゃないよ。アタシにも選ぶ権利あるから」
馴れ馴れしく腕にくっ付いてきたイブキを肘で小突いて引き剥がすと、二人のやり取りを見ていた周りから笑いが湧き、アヤメも釣られてクスリと笑った。
選択肢を提示してくれたのはハモンだが、それを選ぶかどうかは自分次第だった。固辞して裏方に徹することも、ハンターとして闘う人生を諦めることもできたのだ。しかし、アヤメは間違いなく自分の意志で、新たな選択肢を手に取った。
まだ自分にも『選ぶ権利』があった。それが嬉しくて嬉しくて、本当なら今すぐ空に向かって叫び出したいくらいだった。
◇◇◇◇
ハモンから受け取ったライトボウガンは、今回の防衛でアヤメに使わせる為だけに作られた特別製。勿論ホルスターも用意してくれていた。装填できる弾種、それぞれの装填数やリロードの速度などから、攻撃よりも補助に特化した物であることは、ほぼ知識でしかライトボウガンを知らないアヤメにもすぐに理解できた。これまでのパーティ戦では先陣を切って特攻し、強引にでも前へ出てダメージを奪う役回りを担うことがほとんどだったアヤメにとっては、何もかもが未知で新鮮だ。
ハモンやナカゴに尋ねては自分で触るのを繰り返し、仕様を丁寧に確認して頭に叩き込む。ライトボウガンを抱えた状態での移動も練習し直した。構える、空撃ち、ステップ、スライディング、リロード。何度も何度も同じ動作を反復して、突貫工事で身体と感覚を武器に馴染ませる。ブレや反動は実際に撃って身体で覚えるしかない。ぶっつけ本番で大規模な狩りに臨むなど、平常時ならば考えられない大博打だが、この博打には打つ価値が十分過ぎるほどにある。大剣にはなかった複雑な機構がアヤメの操作に合わせてカチャリ、カチャリと音を鳴らす度、心臓の鼓動も緊張と興奮で高鳴る。
「おおー、仕上がってますねぇアヤメさん。頼もしいことこの上ないです」
緊迫感で張り詰めているアヤメを気遣ってか、ナカゴが二人分の茶を持ってふらりとやって来た。
彼とミハバは、基本的には裏で兵器や設備の整備をするという加工屋ならではの役目を任されている。しかし状況如何では、戦闘能力を一切持ち合わせていないにも関わらず、兵器の設置や整備のために戦場へ出なければならない。アヤメが命じられた『ナカゴとミハバの護衛』は、その時を想定してのものだった。今までは専属の護衛役がいなかったため、守ってくれる者がいなければ丸腰のまま一か八かで飛び出し、命辛々逃げ戻っていたそうだ。
それを聞いたアヤメは、そんな調子で毎度よく生きて帰って来ていたものだと呆れた一方、里にいる時のナカゴがそんな修羅場を潜ってきた雰囲気を全く感じさせなかったことに驚いてもいた。今にしても、あと少しで命懸けの戦争が始まるというのに、普段と変わらず飄々としている。精神の安定度が尋常ではない。改めて、一見頼りにならなさそうなこの男も大概の大物、つくづくカムラの里は豪傑の集まりだと思わされるばかりである。
「仕上がってるなんてとんでもない。緊張しすぎてガッチガチだよ。間違えてナカゴくん撃っちゃったらごめんね」
「わはは、それは勘弁してくださいよぉ。僕そんなので撃たれたら一瞬で蒸発しちゃいますから。……あ、アヤメさんもうさ団子食べます?」
いつも通りの調子でのんびりと笑うナカゴの手元から、突然現れたうさ団子。どこから持ってきたのかと辺りを見回せば、少し離れた所で、ヨモギが控えの里守に景気付けと称してうさ団子を配って回っているのが目に入る。茶屋にいる時となんら変わらぬ無邪気で明るい少女の声は、内容を問わずここに響いているだけで場違い感が否めないが、その声で彼女もボウガンの使い手であるのを思い出した。あちらはヘビィ、こちらはライトだが、ボウガンで百竜夜行を乗り切ってきた先輩だ。武具の準備が終わったら、アドバイスの一つでも仰ぎに行こう。
――そう思った矢先。キャンプの幕からぴょこんと飛び出してきた黒い影に向かってヨモギが発した言葉が、今しがた立てたばかりのアヤメの予定をぶち壊した。
「レイちゃんもやる気満々じゃーん! よぉし、一緒に頑張っちゃおうねぇ!」
「……は!?」
慌ててライトボウガンをナカゴに預け、転げそうなほどの勢いでヨモギの所へ走る。突然割って入ってきたアヤメに驚くヨモギへ詫びることすら忘れ、足下に行儀良く座っている黒い塊に、半ば怒鳴るほどの勢いで尋ねた。
「ちょっと、なんでアンタがここにいるの!? 待っててねって言ったのに……!」
「……」
里を出る時に「留守を頼む」と伝え、しっかりと抱き締めて別れた――要は置いてきたはずのレイメイが、アヤメに貰った黒輝石の首飾りを見せびらかすように得意気な顔で、パタパタと小さく尻尾を振っていたのである。しかも、イヌカイから譲ってもらった護りの番傘と陽動の巻物までちゃっかり携帯しているではないか。相変わらず彼女は何も言わずフンスフンスと鼻を鳴らすだけだが、テンションは分かりやすく最高潮だ。
「さっき、里から持ってきた予備の大砲から出てきてたよ? 道が分かんないから乗せてもらったのかと思ってた」
「ええぇ~……嘘でしょ……」
ヨモギに更なる衝撃の事実を知らされ、とうとう両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまったアヤメを尻目に、そこらで待機していたアイルーやガルク達が続々と集まってくる。
「ニャハハハ! 来たかったから来たんニャよね、レイメイ!」
「ワフ!」
「ウォン! ウォン!」
「やったニャー! レイメイも一緒ニャー! やる気出るニャあぁ!!」
彼らは何故か、レイメイのサプライズ参戦に湧き立っていた。当のレイメイは彼らの歓迎を全身に浴びながら、平然と挨拶回りをしている。まるでファンからの歓声に応じるスーパースターだ。
「……もしかしてアンタ、実はすごい人気者なの?」
「ぷっ! いつもマメにあちこち顔出してるもんねぇレイメイ。アヤメさんより友達いるかもよ」
「……」
笑いを堪えながらちょっかいを出してきたイブキの頭を立ち上がりざまに一発ペシッと叩き、アヤメは頭を抱えて溜め息を吐いた。
レイメイは採取を頼んだ時よりも、更にやる気に満ち溢れた顔をしている。輝いていると言っても何ら差し支えない。活躍の場を失って無気力になっていた相棒のそんな表情には大いに喜びたいところだが、来ると思っていなかったので、防具の一つも用意してやっていない。いくら現役時代には優秀だったと言っても、番傘だけで凌ぎ切れるほど百竜夜行は甘くはないだろう。流石に、丸裸で戦場へ出すわけには――
「レイメイも来るって言ってたから、ちゃんと防具作っといたニャよ! 着けたげるからこっち来てニャ~」
そんな杞憂は、手招きしてレイメイを呼び寄せるフクラの言葉に綺麗さっぱり吹き飛ばされた。
「……へぇ……言ってたんだ……そっか……」
いそいそとフクラの所へ向かうレイメイの後ろ姿を見送りながら半笑いでぼやいたアヤメに耐え切れず、イブキが吹き出して崩れ落ちる。イラッとしたので、うずくまってプルプルしている彼女の尻を容赦なく蹴飛ばした。完全に八つ当たりである。しかし。
「アヤメさんみてみて! じゃーん! 真・レイメイの完成ニャ!」
財布役に何の相談もなく作った防具を纏ったレイメイの姿を一目見た瞬間、苛立ちも不安もどこかへ行ってしまった。
「……あはは、参った。泣かせる事してくれるねぇ、フクラくん」
「えっへへ。ちょうど端材が余ってたからよかったニャ。でも、泣くのとお代は里に帰ってからニャよ!」
レイメイが身に付けていたのは、ガルク用のナルガクルガ装備。揃いの防具を着た主のもとへ、レイメイが駆け寄ってくる。一回り大きくなって飛び付いてきた彼女を両手で受け止めようとしたら、勢い余って二人ともひっくり返ってしまった。もみくちゃにされて地面を転げ回りながら「これからはどこに行くにもそれ着てついて来てもらうよ」と告げると、共に新たな一歩を踏み出した相棒は、仰向けになったアヤメを踏んづけたまま胸を張り、誇らしげにフンと鼻を鳴らした。
そんなアヤメとレイメイの様子を嬉しそうに眺めていたイブキの顔から、不意にスッと笑顔が消える。
「――来たね」
彼女がそう一言発した刹那、その場の空気にビリリと電撃のような緊張が走り、一同は示し合わせたように息を潜めた。
一瞬の静寂の後、僅かに足下から伝わってくる地響きを、その場の全員が感じ取った。誰かがゴクリと息を飲む。それを皮切りにまずはイブキとオトモ達、続いてアヤメとレイメイが拠点を飛び出した。
◇◇◇◇
戦場には既に、バリスタや大砲の配置に付いた里守達がスタンバイしている。アヤメはレイメイの背に乗って素早く入口近くの櫓に駆け上がり、少しでも早く群れの到来を察知しようと身構えた。
夜の砦は薄暗く、まだ群れの姿は見えないが、風に乗ってうっすらと流れてきた強い怒りと恐怖に支配された獣の臭いに、全身が総毛立った。狩りの予兆と記憶が、緊張と高揚でアヤメの胸をどうしようもなく掻き乱す。先程潤したばかりの喉がカラカラに乾いていく気がした。全てが狂おしいほどに激しく、懐かしい感覚。
帰ってきたのだ、恋い焦がれ続けてきた狩り場に。
一方のイブキは、砦の入口に設置された防護柵の内側にオトモ達を残し、一人その柵の前へ出て、縄張りを追われて逃げ惑う哀れなモンスターの群れを、仁王立ちで待ち構えている。大剣はまだ背中に担いだまま。ただ真っ直ぐにじっと前を見据えて、里の未来と大自然のうねりを天秤にかけている。
彼女のそんな心中を知っているのはアヤメだけだ。だから、できることならば、彼女の決断の邪魔をしたくはなかった。さあ、どうする、何を見てどう決める? 立ち竦むイブキの後ろ姿を、櫓の上から固唾を飲んで見守る。
モンスターの足音がいよいよ近くなってきた。大地が揺れる。イブキは動かない。彼らが立てる砂埃が風に舞って、砦の中を吹き荒れる。それでもイブキは微動だにしない。
切り立った崖の狭間にモンスター達の唸り声が響き始めた時、ようやくイブキは大剣を抜いた。それを構えたかと思えば、首だけくるりと回して、己の背後に聳える砦を見上げる。未だ迷いの浮かぶイブキの琥珀色の瞳に映っているのは、故郷の里が壊滅の危機に陥って以降の、五十年という長い歴史が積み上げられた砦。そこに込められた里の衆の想い、今ここで戦いに臨む里守達一人一人の顔、里で待つ家族の顔だ。何故かアヤメには、それが手に取るように分かった。
最後にイブキは、自分から一番近い櫓にいるアヤメを振り返り、じっと見上げてきた。何も言う事はない。あるとすれば「好きにしろ」の一言だけだ。言葉にしなくても分かるだろう。そんなつもりでアヤメが黙って見つめ返すと、イブキはゆっくりと一つ瞬きをして、前へ向き直った。
崖の壁に、松明で照らされた巨大な影が揺れる。ついに姿を現した最初のモンスターは、背後から迫る狂騒を振り払おうと、半ば我を忘れて猛然と突進する一体のティガレックス。その血走った紅い瞳が己を捉えたと認めた瞬間、イブキは目にも留まらぬ速さで翔蟲を飛ばし、全身に鉄蟲糸を纏ってティガレックスの眼前でビタリと踏み留まった。
金剛溜め斬り。ウツシ教官が近年開発した鉄蟲糸技だとイブキから聞いていた。身を包む鉄蟲糸の網で敵の攻撃を全て受け止めて強引に押し返す、一歩間違えばただの捨て身に終わる狂気の技。イブキはその技を以て、立ちはだかる障害を噛み砕かんと牙を剥いた怒れる轟竜に、己の身を差し出したのだ。
イブキを助けようと飛び出しそうになるレイメイを制しつつ、無心で見開いたアヤメの目は、一部始終をスローモーションで捉えた。
大地を踏み締めて溜め斬りの構えを取ったままのイブキの肩に、ティガレックスの巨大な牙が叩き付けられ、鎧のように固く纏った鉄蟲糸の上から容赦なく食い込む。イブキは歯を食い縛って耐えている。圧倒的な野生の力を真っ向から受け止めたあまりに小さな身体が、無情に圧し折られようとした瞬間――イブキが、獣のような咆哮を上げた。
「――ッるああぁぁぁァァァ!!」
時に岩をも砕くティガレックスの咬合を人間離れした膂力と殺気で振り解き、ガラ空きになったその顔面に、構えた大剣を全力で叩き付けた。
仕留めたと思った獲物が繰り出した突然の反撃に成す術もなく顎を割られたティガレックスは、その一撃で戦意を喪失し、パニックを起こして今来た道を引き返していく。後を追ってきた群れと衝突したのだろう。数秒と経たず、モンスター同士が激しく争う咆哮や音と、傷付いたティガレックスの断末魔が聞こえた。
里守達にも知られぬ間に一体目を撃退したイブキは、ティガレックスが踵を返したのを見るなり、大剣を地に突き立てたまま両膝をついて、噛まれた傷を押さえながら、何故か怒り狂っていた。
「ッああああ!! 痛い!! いったい!! あぁーもう!! 痛い!!」
痛い、痛いと、癇癪を起こした子供のように天を仰いで喚き続けるイブキ。いくら身を守っていた鉄蟲糸のお陰で外傷は浅いとは言え、あのティガレックスに噛み付かれたのだから、常識で考えれば痛いに決まっている。しかし彼女は、マガイマガドに滅多打ちにされた傷にも顔色一つ変えなかったのだ。生まれつき痛覚が麻痺しているのではないかと疑いたくなるほど痛みに強いはずのイブキが、わざわざ自分で負った傷の痛みに声を荒げているという異様な光景。どこまで行っても訳が分からず、アヤメはイブキを呆然と見下ろしていた。
一頻り騒いで少し落ち着くと、イブキはゆっくりと立ち上がり、櫓の上に立ち竦むアヤメを振り返って、突然叫んだ。
「アヤメさん!! 決めた!!」
痛みに乱れた息を整えることもせず、がむしゃらに息を吸って、もう一言。
「わたし! 生きたい!!」
「!」
その言葉でアヤメにもようやく、イブキが起こした自殺紛いの行動の理由が理解できた気がした。
痛みは生きている証。「生きたい」という身体の叫びである。彼女はモンスターの生存本能と敢えて正面から衝突し、己の身に傷を刻み、感じた痛みときちんと向き合うことで、確かめたのだ。モンスター達と同様、自分の中にも「生きたい」という意志が拍動していること。そして、それに抗うことのできない、自分の小ささを。
不器用もここまで極めれば大したものだ。アヤメはイブキの瞳から迷いが消え去ったことを確認して力強く微笑み、ライトボウガンの銃口を鈍く曇る空へと向けた。
群れ本体の足音が接近してくる。引き金に指をかけながら、すぐにここへ到達する轟音に掻き消されないうちにと、やっと発することを許された言葉をイブキにかけた。
「……じゃ、生きて帰ろう。皆で一緒に」
「うん!!」
バァン!!
「ヨイヤッニャーー!!」
「ソイヤッニャーー!!」
ジャアアアン!!
関門で二つに区切られた戦場それぞれに分かれて待機していた太鼓奏者のドンとドコが、アヤメの射撃音に応じ、声を割るほどの絶叫と共に戦闘開始を告げるドラを高々と打ち鳴らした。里守達が一斉に奮起の雄叫びを上げる。アヤメの全身の血が、沸き立った。
ここに集う全ての生物が命を賭ける、長い長い夜が始まった。
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◇◇◇◇
金剛溜め斬りを愛弟子に教えた教官ホント頭おかしいと思う
死ぬって
【NPC全登場チャレンジ:残り2人】