One-way Spiral Staircase 作:まりも@tks55kk
イブキは引き続き、単独で可能な限り防護柵を守る腹づもりのようだ。湯気が立つほど熱を漲らせた彼女の後ろ姿からそれを察し、アヤメはレイメイに素早く飛び乗った。
一体の黒い影となって疾走するアヤメとレイメイは、一度地上に降りてイブキよりさらに前、峡谷の出口付近へ。迫り来るモンスター達の顔触れを確認して、すぐさま里守にそれを伝達しに戻る。すれ違い様にイブキと力任せのハイタッチをして再び櫓へ駆け上がり、足場を蹴り時には壁をも走りながら砦中を巡って、普段のアヤメからは考えられないような大声を張り上げた。
「プケプケ、タマミツネ、アンジャナフ、ティガレックス! 多分ティガが先に来る!」
当然のように名前を叫んでいるが、アヤメが療養している間に新大陸から進出してきたプケプケとアンジャナフについては、完全な初見だ。事前に里周辺のモンスターに関する資料や書物を読み漁っていたのが功を奏した。狩りは事前準備が全てと言っても過言ではないこと、虚無からは臨機応変な柔軟性など決して生まれないことを、上位のハンターであるアヤメは熟知している。フゲンが一度も防衛に加わったことのないアヤメに強い信頼を示したのは、彼がアヤメのそういった生真面目さや周到さをも正しく見抜いていたがこそだった。
しかし、そんな里長の思惑など露知らず。アヤメは、未知のモンスターを間近でじっくり観察したい強烈な欲望と戦っていた。
どこか少し愛嬌のあるプケプケの顔、あの内側に収納されているはずの長い舌は、どれだけ伸びるのだろうか。見るからに獰猛そうなアンジャナフを怒り狂わせれば、一体どれほどの貫禄と迫力があろうか。
絵図や写真でしか知らなかった彼らが命を滾らせて躍動する姿を一目見ただけで、防衛を投げ出して今すぐ彼らの全てを確かめたいと激しく懊悩してしまうアヤメも、好奇心と期待に満ちた目でマガイマガドの捕食を見つめていたのであろうイブキと、性根の部分は何ら変わらないのである。それにも拘わらずイブキに訳知り顔で説教を垂れたことに自嘲の笑みを漏らしつつ、次に会う時には絶対に穴が空くまで見尽くしてやると誓って、アヤメはがむしゃらに情報伝達を繰り返した。
「第一陣は毒妖鳥! 泡狐竜! 轟竜! 蛮顎竜!!」
アヤメの報告を受けた里守達が次々に情報を共有し、敵の布陣をイメージして備える。
「なら初っ端はプケプケだな! 了解!」
「解毒薬がなーい! ごめんすぐ戻る!」
「後方アンジャナフ来るつもりでー!!」
「任せて!! ティガはそっちでよろしくー!!」
訓練された兵隊と何ら遜色ない里守達の中でも特に、プケプケの名を聞くなり即座にバリスタの砲身を空へ向けた最前線の里守が目に付いたので、まずは彼の隣へ降り立った。他の里守と比して一際反応の早い彼は、おそらくいの一番にプケプケにバリスタを撃ち込み、そして反撃を受けるだろう。里守の援護も頼まれている身として放っておくわけにはいかない。
自分の側にハンターが着いたことに一抹の安堵を感じたらしい里守は、強張っていた表情を僅かに緩め、明るく笑ってアヤメを歓迎した。
「あんな大声も出せるんだな、アヤメさん。誰かと思って驚いたぞ」
「無理やりだよ。まぁ、こんな時くらい……は、っう、ゲホ」
「ははは! 慣れない事して喉を痛めちゃいかんぜ。声は腹から出すんだ、腹から!」
「頑張ります……あ、来た」
土煙の舞う崖の狭間にちらりと、色鮮やかな毒妖鳥の翼が見えた。里守とアヤメに緊張が走る。ガルクも伴わずたった一人で防護柵前に待機しているイブキには、翔蟲を使わない限り、飛行するモンスターに対処する術はない。みるみるうちに全貌を現したプケプケは、地上にいるはずのイブキに全く構わず、悠然と直進してくる。
防護柵の向こうから「この子は任せた」と言う声が聞こえた気がした。――望むところだ。
「そう経たないうちに他も追っかけてくると思うけど、飛んでるのを優先的に落とす方がいいよね?」
「そうだな。俺達はキミらハンターほど上も下も同時に見るってのが上手くないし、アイツには毒もあるから奥まで入り込まれちまうと厄介だ。できればなるだけ手前で止めたい」
「分かった。レイ!」
呼ばれるや否や風のように参上して従順な瞳で主を見上げ、次の指示を待つレイメイ。なんということだ。まるでオトモガルクではないか。うちのガルクは巨大な猫か何かなのだと自分に言い聞かせていた日々を思い出して内心感動に戦慄きつつ、アヤメは今まさに防護柵上空を通過したプケプケを一瞥してから、レイメイが肩に携えている陽動の巻物をトンと指で一度、軽く叩いた。
彼女は察しが良い。それだけの指示でアヤメの意図を理解したレイメイは、巻物を自分で開いてモンスター寄せの薬液をバラ撒き、わざとらしくプケプケの視界内を走り回った。不審な動きをする自分をプケプケが目で追い始めたのを察知すると、今度はジグザグに走りながらアヤメ達の方へじわじわと誘導してきて、射撃するのに丁度良い絶妙な距離でそのまま引き付ける。先陣の最前線を守る里守としてもガンナーの補助としても、非の打ち所のない完璧な動きだ。
「ほぉ! よく訓練してるなぁ、素晴らしい!」
「ううん、あの子がとんでもなく賢いだけだよ。アタシは何にも教えてない」
自分のオトモが誉められるという初めての体験に胸を擽られるが、里守がバリスタでの射撃を開始したのを受け、すぐに浮かれかけた気持ちを振り払う。とにかくまずは、自分に何ができるのかを確かめなければならない。何の罪もない生物を試し撃ちの的にするのは酷く気が引けるが、状況が状況なので致し方あるまい。心の中でプケプケに深く謝罪してから、撃てる弾を一通り撃ってみた。
通常弾。問題なく撃つことはできる。状態異常弾と回復弾、もちろん後者はわざと外す。これも反動が小さく使いやすい。一方、唯一速射に対応している散弾は接近さえできれば活躍しそうだが、ここからでは届かないのが分かり切っているので、今は撃っても弾の無駄遣いにしかならない。逆に貫通弾は、適正距離が遠い上にブレと反動が大きく、遠距離武器に不慣れなアヤメには上手く扱えなかった。
また、少し上を向くだけでも姿勢が崩れるため、飛行している相手を正確に撃ち抜くのも難しい。ひとまず通常弾を装填したアヤメと里守の二人がかりで撃っているにも関わらず、プケプケはまるで気に留める様子もなく、おちょくるように地上を駆け回るレイメイに向かって毒液を吐き散らかしている。アヤメが頻繁に狙いを外していることが原因なのは明白だった。弾道が逸れて虚空を切る度に、アヤメの唇から小さな舌打ちが漏れる。
とは言え、悔しがったところで射撃の腕は上がりはしない。世のライトボウガン使い達は気の遠くなるような鍛練を重ねてやっと射撃の達人になるのだから、それを経ずしていきなり百発百中などという都合の良い事が起きるわけがないのだ。客観的に現状を受け止めて、今の自分にできる範囲で、最善の立ち回りを模索するしかないだろう。
――そう切り替えて思案を始めた矢先、突如として猛烈な目眩と吐き気がアヤメを襲った。
「……うっ……!?」
「くそっ、やられた」
反射的に嘔吐しそうになったのをなんとか堪えて隣を見れば、里守も顔を真っ青にしながら、バリスタにしがみつくような状態で射撃を続けている。レイメイのお陰で毒ブレスの直撃は一切受けていないので油断していたが、付近に着弾したブレスから散った僅かな毒煙だけで、二人揃っていつの間にか当てられてしまったらしい。毒妖鳥の異名に恥じぬ強力な毒が、内側から身体を蝕んでいく。
とは言え、現役時代はこの程度の毒を吸っても少し気分が悪くなるくらいで済んでいた。一度ついた耐性も時間が経てばここまで落ちるものかと戦慄しながら、すかさず漢方の粉塵を撒いて毒を中和する。死人のように青ざめていた里守の顔が血色を取り戻し始めたのを見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「準備がいいな。助かったよ」
「今はそれくらいしか取り柄がないから。……今はね」
限界まで肺を膨らます深呼吸で粉塵を吸えるだけ吸って強引に目眩を治め、アヤメは背後の壁に築かれたさほど高くない櫓へ、翔蟲で跳んだ。滞空状態を保つプケプケの頭とほぼ同じ高さにあるそこで自分は気配を消しつつ、レイメイを小さな手振りで櫓の下まで呼び寄せる。彼女を追ってきたプケプケの横顔が眼前に迫るが、まだこちらには気付かれていない。想定通り。
弱点を正確に撃てない自分は、攻撃を中心的に担うことはできない。立ち回りはあくまで、当たりさえすればどこでもよい状態異常弾でのサポートを主軸に。攻撃の必要があれば、近接武器の時と同様の距離まで接近し、効果範囲の広い散弾を使用することで、エイムの未熟さを補う。狙うべき部位が高い位置にある敵に対しては、不安定な上向きの姿勢で無理に撃つのではなく、設備台や櫓を利用して、比較的照準が合わせやすい水平~下方向に撃てる位置取りをする。
与えられたライトボウガンの性能、己の技量、過去の経験等を冷静に考慮した結果、アヤメは通常弾と貫通弾を捨てる――つまり、ライトボウガンを遠距離武器として扱うことを当面諦めるという、謙虚かつ大胆な戦術を立てるに至った。一人で戦っているわけではないのだから、それでも今は十分だ。
プケプケが頭部を弱点としていることは、勿論予習済み。実際に目視しても肉質は柔らかそうで、頭部やギョロリと大きな目を保護するための甲殻や膜の類いも見当たらない。これなら状態異常に頼らずとも、一時的に落とすことくらいはできるはず。そう信じて、静かに吸った息を止めた。
銃床を握り締める掌に汗が滲む。万が一落とせなければ、自分の上半身ほどもある巨大な頭がこちらを向き、逃げ場のない狭い櫓に佇む愚かな不届者を毒浸けにするか、若しくはその長い舌で絡め取って、易々と地上に叩き付けるだろう。
それでも、アヤメは引き金に指を掛ける。この距離なら外さない。絶対に落ちる。やれる。やるんだ。
覚悟を決め、一思いに引き金を引く。手を伸ばせば触れられそうな距離にあるプケプケの顔面に向かって、アヤメは唯一まだ一度も試し撃ちしていなかった散弾の速射を、間髪入れず三度ぶっ放した。
ダンダンダン!! ダンダンダン!! ダンダンダン!!
「うわっ!?」
鼓膜が破れるかと思うほどの銃声に自分で驚き、詰めていた息をブハッと吐き出してしまった。
訓練用のライトボウガンは撃ったことがある。ボウガン使いとパーティを組んだ経験も当然ある。だから、弾種によって射撃音が違うことも、散弾の音が他に比べて大きいのも、自分の耳で聞いて知っていたつもりだった。しかしよもや、実戦用の速射を自分で撃つと、こんなにも苛烈だとは。一瞬使い物にならなくなってしまった右耳にキンキンと痛みを感じながら、この爆音に常時晒されているボウガン使い達に、改めて尊敬の念が湧いた。
しかし予想外だったのはその一点のみ、成果の方は完璧だ。レイメイの陽動に惑わされ、目と鼻の先に銃口を突き付けられていることに気付いていなかったプケプケは、意識外から弱点へ余す所なく叩き込まれた散弾の強烈な衝撃を受けて飛行バランスを崩し、悲鳴を上げながらその場に墜落した。落としさえすれば地上にいる里守達にも容易に対処できる。ここぞとばかりに里守達が降らせたバリスタの雨で片翼を損傷してしまったプケプケは、足を引きずりながら逃走を試み、防護柵を強引なジャンプで乗り越えて転がり出ていった。
これはあくまで防衛戦。先程のティガレックス同様、去る者を追ってまで命を奪う必要はない。あのプケプケに対しては、後続の群れを避けて上手く逃げ切ってくれることを祈るのみである。
ライトボウガンを使用した初めての戦闘。文句無しの、白星だ。
「――やった!!」
アヤメは思わず柄にもなく声を上げ、ライトボウガンを抱えたままの右手で小さくガッツポーズを取った。地上で先程の里守がこちらに向かって満面の笑みで親指を立てているのに気付き、握った拳を慌てて引っ込める。しかし、アヤメの頬や身体を赤く染める火照りは、感情を爆発させた瞬間を目撃されてしまった照れではなく、津波の如く胸に押し寄せる達成感と高揚から来るものだ。
「おぉーいアヤメー! 外に出る奴の先導頼むー!」
拠点の出入口通路付近で、また別の里守がバリスタを撃ちながら自分を呼ぶ声がする。プケプケが逃げ去った直後に最前の防護柵は破られ、戦線は砦の内側まで後退した。柵の前に陣取っていたイブキも、既に砦内を縦横無尽に駆け回っている。元々が時間稼ぎのつもりだったはずだからこれは想定内。イブキには目立つ怪我もなさそうだ。さすがはカムラの猛き炎である。
喜びを噛み締める暇さえないのは少し惜しいが、まずは皆で無事に帰らなければ。気合いを入れろ。集中しろ。
「はいよ!!」
先程の里守から教わった通りに腹から声を出して元気良く返事をし、陽動の大役をやり遂げてアヤメと同じく華々しい復帰を果たしたレイメイの背に跨がる。彼女と自分自身を誉め倒しながら、次の戦いに向けて櫓を一気に駆け降りた。
◇◇◇◇
モンスターの攻撃を最も受けやすいタイミングの一つが、視界の狭くなる通路を通って拠点と戦場を出入りする瞬間である。アヤメが拠点に呼び戻されたのは、各々個人の得物の準備を整えたシイカとハネナガを安全に出撃させるためだった。
「へぇ。アンタ、操虫棍使いだったんだ」
「虫が好きなもんでな。ずーっとこれ一本さ!」
ハネナガの背には、アヤメにとっては非常に懐かしい意匠の武器が担がれている。カムラの里周辺では見られないイャンクックの操虫棍だ。こんな所に持ち込むには性能が少々心許ないのではないかという気はするが、この武器は特徴的な外見に愛着を持って長く使い込むハンターも多い。装備の見た目に拘りがあるらしいハネナガも、きっと何かしらの信念でこれを使い続けてきたのだろう。
「なぁなぁそれより見てくれよ、可愛いだろ俺の猟虫。ドルンキータって言うんだ」
「かわ……可愛い? んー……まぁ、うん……?」
別にアヤメも虫は嫌いではないが取り立てて好きでもないので、ハネナガの惚気に共感してやることはできなかった。
己の腕にしっかりと抱き着くドルンキータを撫でるハネナガの、愛に溢れるうっとりとした視線や手付き。どう見ても狩りや武器より虫の方が好きそうだ。彼には、カムラの民でも扱いに難儀する大翔蟲を上手く手懐けるという特技もあるらしい。何故この男が生物調査員ではなくハンターという職を選んだのか、心底不思議で仕方がない。
「出るのは少し休んでからでいいわよ。久しぶりの実戦だから疲れるでしょう? まだ外の方は余裕がありそうだし、無理はしないで」
「ありがと、シイカさん。まだ大丈夫。ちょっと補充だけさせてもらうね」
「ええ、ごゆっくり」
減った弾を満タンまで補充するついでにレイメイにも予備の弾をいくらか担いでもらい、更に自分自身も体力とスタミナを補充する。大丈夫だとは言ったものの、プケプケの毒で内臓にかかった負担は完全に癒えてはいないし、実戦の緊張で予想以上に疲れを感じているのも事実。戦場にとんぼ返りさせられなかったのは、正直ありがたかった。
淡々と準備を進めながらも、カムラ特製の武骨な鉄鎚を背負って優雅に佇むシイカを、ついつい横目でチラ見してしまう。彼女が過去に誤ってゴコクをハンマーで吹っ飛ばしたことがあるとかいう噴飯物の噂はアヤメも聞いていたが、実際に彼女が武器を携えている姿を見ると、ヨモギのヘビィボウガンにも負けず劣らずの違和感である。詩と花を愛でる嫋やかなこの一般人女性の一体どこに、こんな物を振り回すパワーがあるのだろうか。
「アヤメさんあなた、昔はハンマーも使ってたんですって?」
「うん。アタシ大雑把だから、とりあえず頭に突っ込んでってブン回すみたいな感じだったけど」
「あらまぁ。ふふふ、見た目に依らず激しいのね、先輩。……じゃあ、見る余裕があればでいいから、私のハンマー捌きに点数を付けてくれないかしら。今後の鍛練の参考にしたいの」
「点数……? わ、分かった、考えてみるよ。……お待たせ、そろそろ行こうか」
あくまでマイペースなシイカに少々戸惑いつつ、準備を済ませてアヤメが立ち上がると、ハネナガとシイカも頷いて後に続いた。
先頭を行くアヤメが通路出口の手前に到達するや否や、巨大な岩盤が明後日の方向から飛んできて、ちょうど出口の付近で砕け散った。間一髪の所で踏み留まれたのは、飛来する岩が空気を裂く僅かな気配すらも素早く捉える、アヤメの鋭い五感のお陰だった。
モンスターそのものの気配は近くにはない。アヤメがそっと出口から顔を出して周囲を見回すと、少し離れた所でティガレックスが里守相手に大暴れしており、その周囲の地面が惨く抉り取られていた。初めにイブキが撃退したのとは別の個体だ。
「あっぶねぇ、何だ何だ!?」
「あいつの仕業。用心しといてよかった」
「私とハネナガさんだけで出ていたらここでお陀仏だったわね。やっぱり来てもらって正解だったわ」
「全くだ! 恩に着るよ!」
「……ハネナガ? アンタは恩に着てないで自分でこれくらいやりなよ。アンタもハンターでしょうが」
毒づきながらゴーサインを出す。ハネナガとシイカが通路から目の前の設備台へ飛び出した。
「よっしゃあ行くぞー! お互い無事に戻ろうな!」
ハネナガは爽やかな決めポーズと掛け声を残して軽やかに跳躍し、奥で里守に襲いかかろうとしているタマミツネの方へ。
「あそこちょっと良くないわね。じゃあ、私はあれを」
シイカは、関門の手前に設けられた防護柵に行く手を阻まれて咆哮を上げるアンジャナフを静かに見つめ、ハンマーを取った手にグッと力を溜めて、存外にゆっくりと駆け出した。
二人の後を追う形でアヤメもすぐに外へ出る。そこで目にしたのは、アンジャナフの真後ろから静かに翔蟲を放ち、伸ばした鉄蟲糸をギリギリと弓のように引き絞るシイカの姿。両脇の設備台にいる里守達はシイカへの誤射を防ぐべく、一旦アンジャナフへの射撃を止めている。詩人と蛮顎竜の一騎打ち。目が釘付けになった。
「な、何……」
「さぁ――キツいのが行くわよ!」
何をする気だとアヤメが独り言つ間もなく、シイカは鳥のように美しい声でそう叫び、猛烈な勢いで縦回転をしながら、己をパチンコ弾の如く射出した。
「!?」
アンジャナフの背をウラガンキンの如く猛然と転がり、立て続けにハンマーを叩きつけるシイカ。頭が混乱して、過去の自分が坂を利用して繰り出していた回転攻撃に翔蟲を応用した動きだと理解するのに少し時間がかかってしまった。はたと我に返り、先程こちらに岩の流れ弾を飛ばしてきた暴れん坊のティガレックスに麻痺弾を撃ち込む。戦場で棒立ちになるとは何たる不覚か。
少し距離はあったが、イブキも言っていた通りターゲットが巨大なので、今度は上手く当てられた。無事にティガレックスが麻痺したのを確認して再びシイカに視線を戻すと、彼女はアンジャナフの腹下に潜り込み、執拗に脚を殴り付けているところだった。背中を転がられていた時には何がなんだか分からないといった顔で怯んでいたアンジャナフが、ようやく足下で右へ左へとハンマーを好き勝手に往復させている曲者を認識し、ぐるりと頭を下げ振り返って、シイカを殺意漲る瞳で睨む。
アンジャナフの鼻先の器官が展開した。本格的な怒りの兆候だ。あれだけ殴られれば怒りもするだろう。マズい、間に合うか? 援護しようと慌ててライトボウガンを構えたが、結局アヤメがそこで引き金を引くことはなかった。
「あら、ごきげんよう」
アンジャナフと目を合わせたシイカはふわりと微笑んで、激昂する巨獣に慇懃無礼な挨拶を投げかけるや否や、アンジャナフの下顎を華麗な横殴りフルスイングで塵ほどの躊躇もなくぶち抜いた。脚にコツコツとダメージを蓄積されていたところに突然脳を激しく揺さぶられ、アンジャナフが大きくよろめく。体勢を立て直されるよりも早くシイカは翔蟲を上空へと放ち、高く高く舞い上がった。
「ひれ伏しなさい!!」
跳躍の頂点でひらりと身を翻し、己の全体重と武器の重量、落下の加速度、それら全てを全身のバネで一点に集束して、アンジャナフの脳天に叩きつける。強大な蛮顎竜の頭部を落雷の如く打ち据えて昏倒させた鉄槌はそのまま地面に突き刺さり、ティガレックスが抉った跡にも引けを取らない巨大なクレーターを作った。
「……」
呆然とその光景を眺め、シイカは放っておいても問題ないと即断したアヤメは、元ハンマー使いとしての悲喜交々を一旦かなぐり捨て、念の為レイメイをシイカの護衛に残して、タマミツネと奮闘するハネナガ達の助太刀に向かった。恐るべきことにアンジャナフはアレを食らってまだ立ち上がろうとしているが、周りには里守もいるから、きっと何とかなるだろう。
そういえば、幸い見る余裕があったので、シイカのハンマー捌きに点数を付けなければいけない。採点方式も配点も全く不明だが、とりあえず満点でいいと思う。ついでに一般人女性という認識も撤回だ。あんなものが一般人であってたまるか。
◇◇◇◇
ハネナガは猟虫と共に目まぐるしくあちらこちらへと飛び回り、自身は全身泡まみれになりながらも、タマミツネが生み出す無数の泡を片っ端から破壊し続けていた。そのお陰で里守や加勢に来ていたイブキは、泡に煩わされることなく動けている。
「大砲いっくよー!」
里守が掛け声と共に電撃弾を発射し、ギリギリまで攻撃を続けていたイブキが着弾寸前で飛び退いた。地上が泡だらけだとこういった回避行動を取るのも一苦労だが、泡が片付けられているため非常にスムーズだ。視界が良好なので兵器組も狙いがつけやすい。電撃弾は勿論、イブキが退いたと見るや里守達が一斉に浴びせかけたバリスタの弾も、ほぼ全てがタマミツネに命中した。
「ハネナガさんマジカッコいー! イケメーン!!」
「おうよー! 回復粉塵撒きまくってるドルンキータも誉めてやってくれぇ!!」
「いぇーい!! ドルンキータも最っ高ォー!!」
「いぇーーい!!」
蝶の如く流麗に空を舞い続けるハネナガに喝采を送りながら、イブキがタマミツネの頭部に勢い良くタックルで突撃した。電撃弾の痺れで神経が過敏になっていたタマミツネは目を回して転倒。それを予測して待ち構えていたイブキが流れるような溜め斬りを叩き込み、タマミツネの頭部を彩る美しい錦鰭が花吹雪のように辺りへ舞い散った。
素晴らしいチームワークである。この調子ならここも彼らに任せておいてよさそうだ。何より、イブキとハネナガのノリについて行ける気がしない。砦内は大分片付いてきたから、そろそろまた砦の外まで斥候に行こうか――
アヤメがそう考えた矢先、起き上がったタマミツネが怒りに任せて尻尾を振り回し、空中でその直撃を受けたハネナガがこちら方向へほぼ水平に吹っ飛んできた。壁に激突させてはさすがに不味かろうと、ハネナガが描く放物線のライン上に翔蟲を放って疾翔けし、彼を空中でキャッチする。
ハネナガはアヤメの腕の中で白目を剥いて泡を吹き、ぐったりとして動かない。まさか今の一撃で死んだのかと肝が冷えたが、気絶しているだけのようだ。少し離れた設備台の裏へ退避して地面に転がし、アヤメが何度か頬をぺちぺちと叩くと、ハネナガは情けない声を上げながらすぐに飛び起きた。
「ふぁっ!?」
「おはよう」
「……ひぃあぁぁ!! 俺生きてる!? 生きてるの!?」
「死んじゃいないと思うよ。アンタ、やればできるんじゃない。見直した」
「出来る? 見直した? ふははは! 冗談も休み休み言えよバーカ!」
「……は?」
誉めているのに何だその態度は。頭でも打ったか、何ならあと何回かブチのめしてやろうか。そう思いながらよく見ると、顔だけでなく、立ち上がろうとする彼の膝もガクガクと笑っている。確かに本来のタマミツネの尻尾攻撃は強烈だが、さっきハネナガが受けたのは最も破壊力のある叩き付けではなく、目標を定めもせず闇雲に中空で振っただけの尾だ。それだけでこんなにダメージを受けるものだろうか?
そんなアヤメの疑問は、謎にテンションが振り切れてしまったハネナガの告白ですぐに解消した。
「見直してもらっちゃ困るぜ! 俺はろくすっぽ狩りにも出てない下位の底辺サボリハンターだぞ! タマミツネなんか恐ろしくて遠くから眺めたことしかなかったから、実物に直接触れたのも今が初めてなんだ!!」
「そうなの!? じゃあまさかその武器も、イャンクックが好きだからとかじゃなくて……!?」
「そうだよコレしか作れてないんだよ!! タマミツネの尻尾さぁ、フワフワしてるように見えてめちゃくちゃ硬いんだな!! アンタが助けてくれなかったら死んでたぜ、もちろん防具も下位だからなぁ! ありがとうな!! 死ぬほど痛ェ!! ワハハハハ!!」
「……」
比較的どうでもいい疑問が解決した代わりに、『狩り場に命知らずのバカがいる』という超特大の問題が露呈した。下位の装備で上位相当のモンスターの大群と渡り合えるわけがないではないか。もはや説教や悪態の言葉を選ぶことすら面倒になったアヤメは、屈み込んだまま両手で頭を抱え、地面に向かって壮絶に低脳な毒を吐いた。
「バカっぽいとは思ってたけどここまでのバカとかそんな事ある? バカすぎでしょ。あーもうホントすごいバカ」
「ひどっ!! 今バカって何回言った!?」
「何回言っても足りないよ、このバカ。バカナガ。ハネバカ。バーカバーカ」
「こんのォー! バカって言った方がバカなんだぞ! 学校で習わなかったのかよ!」
「コラそこォ!! 戦闘中にイチャついてんじゃねぇ!! 蜂の巣にしてやろうか!?」
顔を付き合わせて語彙がバカの一つしかない言い争いをするハンター二人に業を煮やした里守から、そこそこ本気の殺意が籠もった速射砲を向けられ、仲良く揃って飛び上がった。お陰でハネナガの腑抜けていた足腰がシャンと立ったのはよかったが、自分より弱い男と心中するなど死んでも御免だ。
「アンタのせいで怒られた。絶対許さないから」
「いや怒られたのは俺のせいじゃないだろ!」
「うるさい。っていうかアンタ、冗談抜きに引っ込んでた方がいいよ。そんな装備じゃ死ぬってホントに」
「へッ、やなこった」
「あァ!?」
とうとう額に青筋を浮かべてキレかけたアヤメを無視して、自分の頬を両手でビシバシと叩き、イャンクックの頭部を模した飾りが付いた愛嬌たっぷりの操虫棍(下位)を握り締めて、ハネナガが不気味に笑う。
「せっかく永住しようと思ってんのに、カムラの里に無くなってもらっちゃあ困るんだよ俺は。だったらやるしかないだろ」
彼の纏う空気に、神経を尖らせて集中していなければ気付かない程度ではあるが、ほんの僅かな覇気が混じった。ほう? と、前髪に隠れたアヤメの片眉が感心で上がる。
しがみついていた猟虫を空へ放ったハネナガの腕が未だ泡まみれな事に気付き、頭のてっぺんから消散剤をぶち撒けてやると、彼は一瞬目を丸くしてアヤメの気遣いに驚き、そして今度は一端のハンターのような顔をして笑った。
「……ありがとな。せめて骨は拾ってくれよ」
「いいよ。カムラのたたら場で綺麗に灰にしてあげる。里長の許可が出たらね」
「ハッハッハ、そりゃあいい! そしたら俺も晴れてカムラの猛き炎だ! 頼んだぜ!!」
威勢良くそう叫び、ハネナガは愛するドルンキータを追ってヤケクソ気味に戦場へと舞い戻っていく。戻った側から爆発する成分を含んだ泡に突撃して枯れ葉のように吹っ飛んだハネナガに回復弾を浴びせてやりながら、彼の命がある限り、『やればできる』という評価は据え置きにしておいてやろうと思った。
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◇◇◇◇
ハネナガ氏のためにこんなに文字数を割く人間、世界で私だけじゃないかという小さな自負
【NPC全登場チャレンジ:残り2人】