One-way Spiral Staircase 作:まりも@tks55kk
「んがあぁぁーーもう!! 邪魔ァァァ!!」
身を隠していた設備台の上に飛び乗ったアヤメの眼下に広がる一面の泥、泥、泥。目の高さには幻想的な泡の弾幕。現世にまとめて到来した天国と地獄の真ん中で、頭から足の先まで泥団子になったイブキが発狂している。アヤメが物陰でハネナガと罵倒し合っていたほんの僅かな間に、オロミドロが砦へ雪崩れ込んできていたのがその理由だ。
泥を巧みに扱う老獪な竜の乱入に里守達とイブキは手も足も取られ、タマミツネにも未だに大暴れを許してしまっていた。ハネナガやシイカの姿は見当たらない。アヤメが周辺を目で探すと、それぞれが泥だらけになってへたり込み、櫓の上で憎々しげに眼下の惨状を見下ろしている。負傷か疲労か、とにかく継戦不可能となって避難したようだ。只でさえ混戦を極めるこの場に於いて、最悪の組み合わせと言っても過言ではない二種が揃い踏みしてしまったとあっては、あの二人の撤退も致し方あるまい。
「ヤバい! アレが来るぞ!!」
オロミドロが大きく身を捻って長大な尾を横向きに振り上げるのを見上げ、地表で大砲に縋りついて応戦していた里守が、悲鳴じみた警告の声を上げた。
「アレ」とは、尻尾の薙ぎ払いか、叩き付けか? あの大振りな動きが何らかの攻撃の予備動作である事は直感的に察知できたが、そこから先が分からない。他の地域では目撃情報がなく、カムラの里周辺の狩場でも相当の僻地にしか姿を現さないという泥翁竜オロミドロ、これもアヤメが書物でしか知らないモンスターの一種だ。――それ故に、判断を誤った。
もしもあの尾をこのまま横薙ぎに振り回して泥を飛ばす等するようなら、自分が立つ位置まで届きかねない。そう見たアヤメは咄嗟に設備台から飛び降り、オロミドロ本体から十分な距離を取ろうと試みた。数々の経験と知識から導き出した、極めて無難で、限りなく正解に近いと思われる選択。しかしそれはあくまでアヤメが戦ったことのあるモンスター達が相手ならばの話であり、今はそうではない。
間違いなく平坦であると、安全を確認して着地点に選んだはずの地面。僅かに金色を帯びたそこはアヤメが降り立つや否やどろりと溶け崩れ、一瞬でアヤメの腰から下を呑み込んでしまった。
「え――ッ!?」
ジュッ、と、蛋白質が焦げる不快な匂いが鼻を突く。ナルガクルガ防具の保護が及ばない腿部や腰に高熱の鉄柱を押し付けられたような激痛が走り、アヤメは耐えかねて顔を顰めながら喉の奥で小さく呻いた。その痛みで溶解液を含む泥に足を掬われたことは理解したが、泥へ沈んだ身体は鉛のように重い。翔蟲を留める虫籠も泥に埋もれてしまって取り出せない。足掻けば足掻くほど纏わり付いてくる泥が容赦なく下肢を焼き、凄まじい早さで体力を奪っていく。
再び響いた里守の叫び声に顔を上げれば、巨大な泥の波が地上にいた里守達を根刮ぎ押し流す、大災害の光景が目に映る。オトモの助けを得てどうにか泥から脱出したイブキは、モンスター達の注意を自分に集めることで少しでも被害を抑えようと腐心しているが、相手は広範囲の攻撃で敵を籠絡する戦法を得意とするオロミドロとタマミツネ。彼らが動くだけで泥が飛び散り泡が舞い、戦況は悪化の一途を辿るばかりだ。
泥の中で踠くアヤメの方にも、タマミツネの泡が迫ってくるのが見えた。不気味に紅く光るあの泡は、先程ハネナガを爆散させた、爆破属性を宿す泡。このままの軌道で漂い続ければ間違いなくアヤメを直撃する。分かってはいても、避けられない。
万事休すか。とうとう持ち前の冷静さをも失いかけた時、痛みと焦りで酷い耳鳴りを起こす鼓膜に救世主の甲高い呼び声が届き、アヤメは我に返って声の方を振り返った。
「――アヤメさぁぁぁん!! これキャーーッチ!!」
「!!」
レイメイに乗ったヨモギがこちらに向かって猛然と接近しながら、何かを投げた。一つはアヤメに襲いかかろうとしていた泡に、もう一つはアヤメ自身に向かって。直後、泡は爆音を上げて弾け飛び、半ば無意識に掲げたアヤメの手には、受け取り易いよう刃先を布で巻かれた投げ苦無がすぽりと収まった。持ち手には紐が括られており、その紐の反対側は、ヨモギの胴にきつく何重にも巻き付けられている。
「いよっし!! レイちゃんいっけぇーー!!」
渡された物とレイメイに発破をかけるヨモギの台詞で彼女達の意図を理解したアヤメは、己の手に素早く紐をぐるぐると巻いて苦無を握り締め、衝撃に備えた。
レイメイが、駆ける勢いに任せてアヤメを捕える巨大な泥濘を軽々と飛び越える。更にその跳躍の力で背に乗せたヨモギとアヤメを繋ぐ紐をガツリと引き、見事アヤメを灼熱の泥地獄から解き放つことに成功した。
斜め上方向に引き揚げられたため、身体が浮いた。泥から抜けた時点ですぐに苦無から手を離すべきだったのだが、一瞬安堵してしまって間に合わず。ヨモギに固く繋がれたまま宙を舞ったアヤメは、受け身も取れずに墜落し、為す術もなく犬橇のように土煙を上げて地面を滑走した。
「ぎゃあぁぁーー!! アヤメさぁぁん!?」
すぐに背後の惨事に気付いたレイメイとヨモギが急ブレーキをかけ、血相を変えて駆け戻ってくる。前時代の拷問吏も眉を潜める勢いで地面を引き摺り回され、泥と傷と土埃でボロ雑巾と化してしまったアヤメをヨモギが慌てて抱き起こし、レイメイは「死なないで」とでも言いたげな目でぺろぺろと舐め回した。
「あわわわ……ごっごごごめんね、着地までフォローできなくて……!」
「いやっいいよそんなの全然いい、ありがとう、助かった……ど、泥スープになるかと思った……ありがとう……ホントありがと……」
ヨモギとレイメイが助けに入ってくれなければ今頃は液体になっていた身、多少摺り下ろされたところで何の文句があろうか。アヤメは命の恩人達に向けて譫言のように感謝の言葉を繰り返しながら、彼らの肩や背中を借りて、一先ず近場にあった設備台の陰に退却した。
拠点に戻る方がよいかとも考えたが、疲弊し切った今の状態で安全圏に逃げ込んでしまえば、緊張の糸が切れて立ち上がれなくなりそうだったので、止めた。味方の戦力を悉く泡と泥で削られ、今は二体の海竜種を相手に実質ほぼ一人で戦っているも同然のイブキに、ヨモギ共々一刻も早く加勢せねばならない。休んでいる暇など何処にもないのだ。
そして何より、アヤメは静かに激昂してもいた。安直な行動で時間と体力を大幅に浪費し、顔を出すなり貴重な人手を借りて退避せざるを得ない状況に陥ってしまった、不甲斐ない自分自身にである。ブランクによる勘の鈍りを言い訳になど死んでもしたくない。自分が納得できる働きで挽回しなければ、腹の虫が治まらない。熱した玉鋼の如く燃える悔しさと怒りを、研ぎ澄ました冷たく固い意志の刃へと打ち直し、アヤメは今自分がすべき事に全身全霊で集中した。
ヨモギとレイメイに周囲の警戒を頼み、まずは傷の確認。墜落時の打撲や引き摺られたことによる擦過傷は、然して問題にならない程度に収まっている。しかし、オロミドロの溶解液に負わされた火傷は無視できない。火傷はその性質上、放置すると厄介な感染症を引き起こす可能性があるからだ。幸いすぐに助け出されたので深くはないが、範囲が広い上に泥まみれ、見るからに悪化リスクの塊である。
応急処置だけでもしておこうと防具の一部をずらして傷を晒すと、皮膚が爛れて血が滲むアヤメの痛々しい素肌に、ヨモギがヒッと小さく悲鳴を上げた。
「いっ、いぃ痛そう……! だ、大丈夫? 私何かできる事ある?」
「大丈夫、ちょっと焦げただけ。もし水持ってたら分けてくれないかな。泥を洗い流したくて」
「あるある! 全部使ってくれていいよっ! あっ、回復薬も持ってるけど、これって火傷にも使えるの?」
「あー、ありがたい。アタシのはダメになってるかもしれないから。かけるだけでもそれなりに効くよ」
会話をしながら手早く治療をするアヤメの手元や傷口を、ヨモギはそわそわと落ち着かない様子で覗き込んでいる。平時は茶屋で可愛らしい団子作りに勤しんでいる彼女には、焼け爛れて剥き出しになった肉に薬剤を直接ぶち撒ける光景はあまりに刺激が強かろう。何か少しでも気を紛らわしてやろうと、先のヨモギが魅せたスーパープレイを誉めながら作業を続けることにした。
「ところでさ、ホント凄いねヨモギちゃん。あんな助け方、アタシ絶対思い付かないよ。天才」
気遣いから選んだ話題ではあるが、内容は全て本心である。「我も誉めろ」と頭突きをしてきたレイメイにも惜しみなく称賛を浴びせがてら、彼女に預けていた救急用具を引っ張り出す。火傷に蜂蜜を塗りたくって布で巻いていたら、ヨモギは手と首をブンブンと振ってアヤメの誉め言葉を否定した。
「天才なのはイブキさんだよ! 前にイブキさんがああやって他のハンターさんを助けたのを偶然見ててね、凄いなーって思ったから覚えてたの。自分でやるのは初めてだったからすっごく緊張したけどね! いやぁー上手くいってよかったよぉ~」
「……いや……見ただけでできるの十分凄いから……」
誉めておきながらアヤメは改めてドン引きした。
これはアヤメの推測だが、おそらくヨモギが参考にしたのは『ガルクに泥を避けてもらいながら紐を使って引き上げる』という大枠だけだ。ハンターとしての人並み外れた筋力があるイブキなら、投げ縄を作って己の腕力とガルクの脚力だけで救助者を引き抜くことができただろう。アヤメが助ける側だったとしてもそうする。つまり、自分の胴に紐を括りつける、苦無で相手に紐を渡すといった部分は、この土壇場でヨモギが自身の腕力を考慮して咄嗟に応用した可能性が高い。もしその推測が正しいならば、とんでもない機転と発想力だ。
また、ガルクに乗って高速移動しながら浮遊する泡を破壊し、且つ身動きが取れないアヤメにも受け取れるよう正確に苦無を投げ渡した極めて精度の高い投擲技術も、茶屋の看板娘にしておくには惜しいほどの神業である。というか、何故これで茶屋娘をやっているのか分からない。シイカに続き、一般人の枠から除外する人間がまた一人増えてしまった。
「……それにしても、泥翁竜とはよく言ったもんだね。攻撃範囲の広さがえげつない。まさかあそこまでだとは……まだまだ勉強不足だ」
「いやいや、あれは実物見てなかったら仕方ないと思うよ? でっかいし、くねくねして何やってんだか全然分かんないし、私アイツほっんと嫌い! それにさ、自分で地面を溶かして泥にしちゃうなんてズルだもん!」
恐ろしくなってきたので話題を変えれば、少女らしく頬をプッと膨らまし、魚を盗んだ野良猫に腹を立てるくらいのノリで平然とそう言ってのけるヨモギ。そのズルと命懸けで相対しながらそこそこ綺麗な身なりで帰還していた彼女と、己の惨々たる現状とを比べて微妙な敗北感を覚えつつ、傷の処置を終えて武器と持ち物の確認に移る。
ライトボウガンは無事。腰のポーチに入れていた道具も、経口薬以外は何とか使えそうだ。翔蟲達も泥を被ってはいるものの、元気に生きていてくれた。大丈夫、まだ戦える。
「はは。ホントあいつら、訳分かんないよね。いくら勉強しても実際に見てみても、分かんない事だらけ。……だから面白くて辞めらんないんだよ、ハンター」
無意識ながら明確に「ハンターを辞めない」という意志を口にして不敵に微笑んだアヤメに、ヨモギが目を輝かせて破顔し、うんうんと頷いた。
「お待たせ、見張りありがとう。――行こう」
「うん!!」
準備を整えて、立ち上がる。レイメイが打ち払ってくれたタマミツネの泡が弾ける間を抜けて、アヤメ達は再び戦場へ飛び出した。
◇◇◇◇
身を隠していた設備台の目の前にはイブキがおり、アヤメが出てきたのに気付くなり、アヤメの背に自分のそれをドンと押し付けて、早口で捲し立ててきた。
「大丈夫!?」
「何とか。そっちは?」
「平気! ミツネやるから補助お願い!」
「了解」
互いにモンスター達の挙動へ目を配りながら、背中合わせでの短い会話。最低限の情報交換はできた。イブキの方にも疲れは感じられるが、まだ大きな負傷はなさそうだ。
共に戦うのは初めてなのに、もう何度もこうして互いに背中を預け合ってきたかのような安心と信頼を感じる。この短期間でよくぞこれだけ成長した。信じることを思い出させてくれてありがとう。この感謝がボロボロになった自分の背中を通じてイブキに伝わればいい。場違いながら、ふとそんな気持ちが頭を過った。
イブキはすぐさま弱りかけているタマミツネの方へ駆け出していき、アヤメは眼前に迫ってきたオロミドロに真正面から睡眠弾を数発撃ち込んで、スライディングで続く突進を躱す。あわよくばこれで寝かせられればと思ったが、そこそこ耐性があるらしい。ならば効くまで撃つだけだ。
「おーい! アヤメさん、ちょっと相談!」
追加の睡眠弾を見舞おうとしたアヤメを、設備台の上で砦全体を見回していたヨモギが呼んだ。一旦レイメイにオロミドロの相手を任せ、疾翔けで一息にヨモギの元へ飛ぶ。現時点では誰も気付いていない偶然の産物だが、ここで睡眠弾の使用を中断してヨモギを優先したアヤメの行動は、後の戦況を大きく左右する分岐点になった。
「どうした?」
「兵器も設備台もドロッドロだし、人数的にもキツそうだから、そろそろナカゴさん呼んできた方がいいかなと思うんだけど。どうかなぁ」
確かに、オロミドロの泥の被害は深刻だ。多くの里守が扱う兵器を失って退却せざるを得なくなっており、砦に残る里守はもはや片手で数えられるほどにまで減っている。兵器がなければ戦えない里守達は、きっと歯痒さに耐えながら復帰の時を待っていることだろう。
一方、兵器なしで戦える人員は現状、小回りの利かない近接武器使いであるが故に泥や泡の影響を受けやすいイブキ、不慣れなサポート武器を担いだ満身創痍のアヤメ、ハンターですらないヨモギ、あとはオトモが三匹だけ。かなり厳しいのは事実だ。そう考えれば、設備の修復が急務であるというヨモギの判断には妥当性があるように思われる。
しかしアヤメには、大きな大きな不安があった。
「あの人、こんな状態の所に連れてきて大丈夫?」
呼ぶのはいいが、戦闘能力を持たないナカゴは、誰かが完璧に守ってやらなければすぐに消し飛んでしまう。そして、その儚い命を守る役割を充てられている『誰か』は、単身で自爆してスープになりかけた自分である。体力的にも精神的にも少々キツい。せめて後者だけでもあと少し回復してからにして欲しい。正直言って、今この状況でナカゴを守り切れる自信はあまりなかった。
「ナカゴさん一人じゃ全然大丈夫じゃないよ! でもホラ、今日はアヤメさんいるから!」
「……そう……そうだよね……」
不安など何一つないといった輝きを放つヨモギの笑顔は、アヤメに対する心からの信頼によるもの。そこまで信じてもらえるのならばもうやるしかないが、泥泡地獄と化したこの砦で『全然大丈夫じゃない』男を守りながら立ち回ることを想像したら、少し気が遠くなりかけた。
しかし、呆けている暇などなかった。上空から聞こえてきた耳慣れない咆哮で我に返り、そして愕然とする。思わずアヤメは叫んだ。
「――バゼルギウス!? 何だってこんなタイミングで……!」
爆鱗竜バゼルギウス。またしても初見の相手だが、遠方から飛行してくる翼の一端を目にしただけで、アヤメは即座にその正体を認識した。資料に記されていた攻撃的な生態と危険度の高さから、下調べの段階で強い警戒心を持っていたモンスターだからだ。
砦内に残っているのは二体だけだったので、隙を見てオロミドロを眠らせ、イブキがタマミツネに集中できる時間を稼ぐつもりでいたのに、予定が狂ってしまった。バゼルギウスがひとたび爆鱗を撒き散らせば、眠らせてもすぐに起こされるのが目に見えている。無論、その爆鱗はイブキや里守達にも危険を及ぼすだろう。最悪と最悪にさらなる最悪が追加された。とにかく最悪だ。
アヤメが舌打ちをする傍ら、ヨモギはさっさとヘビィボウガンを背中に担いで翔蟲を取り出している。
「うわっちゃー! こりゃナカゴさんよりこっちが先だね、早いトコお帰りいただかないと。んじゃ、アヤメさんはナカゴさんがいつでも出られるように、拠点に近い側にいて。私はあっちでバゼル何とかする!」
「……分かった」
何一つ異論を差し挟む余地のない的確な指示。場馴れしているというアドバンテージは勿論あるにせよ、状況を俯瞰的に分析するヨモギの視野の広さと頭の回転、切り替えの速さにはつくづく恐れ入る。最早、一応ハンターであるハネナガより有能であることにはほぼ疑いの余地がなく、現場の司令塔としても十分頼りになるほどの采配力だ。親はいないと聞いているが、親代わりを務めたカムラの民達は、ヨモギに戦闘エリートとしての英才教育でも施したのだろうか。
事情はどうあれ、仮にも上位ハンターが団子屋に後れを取ってはいられない。疾翔けで櫓の高台を目指すヨモギの後ろ姿を見送りながらレイメイを指笛で呼び、新たなミッションを依頼した。
「ありがとう、今度はあっちをお願い。ヨモギ先生を守ってやって」
どうやら頼られれば頼られるほど張り切るタイプであるらしいレイメイは、フスッと鼻息を荒くして陽動の巻物を仕舞い、護りの番傘をしっかり咥えて、すぐにヨモギの後を追った。
アヤメも拠点入口近くの櫓へ跳び上がり、レイメイから引き受けたオロミドロに向かって、一時封印していた貫通弾を乱射する。それに苛立ったらしいオロミドロは、ちょっかいをかけ続けるアヤメを目指して猛然と突っ込んできた。ダメージを与えられている手応えは全くと言っていいほど無いが、それは想定の内である。
自分の腕前で遠距離から貫通弾を撃ってモンスターを倒すなど夢のまた夢、ともすれば相手を怒らせるだけの挑発にしかならないことは、アヤメ自身が一番分かっている。虫の息になりかけているタマミツネにイブキが引導を渡すまでの間、こちらに引き付けることさえできれば構わないのだ。ヨモギがどの程度動けるかはアヤメには未知数だが、もしもバゼルギウスに上手く対処してくれるようならば、睡眠で足止めする作戦も続行できるかもしれない。当面の弾数に限りのある睡眠弾を確実に当てるためにも、オロミドロを可能な限り近くまで呼び寄せておきたかった。
思惑通り、殺意のない粗雑な攻撃を続けるアヤメにとうとう激怒したオロミドロは、アヤメを櫓から叩き落とそうと躍起になり始めた。ひっきりなしに飛ばしてくる泥を二度と食らうものかとギリギリの所で躱し続けながら、粘り強く好機を待つ。
落ち着けるポジションに付いたヨモギが機関榴弾でバゼルギウスを攻撃し始めたのを音で察知し、睡眠弾を撃つタイミングを図るため、そちらにも注意を向ける。年齢不相応なほどに小柄な彼女がどうやってヘビィボウガンの凄まじい射撃反動に耐えているのかというのも長らくアヤメが抱えていた疑問の一つだったが、ついにその答えを知って仰天した。
なんとヨモギは壁に己の背を押し当て、ヘビィボウガンを全身で抱え込んで、あたかも設備台に固定された速射砲のように使用していたのだ。姿勢の保持が壁頼りでは咄嗟に移動することができないので、攻撃は全てシールドで凌ぐ。が、当然ながら気休め程度のシールドと彼女の体躯で踏ん張れるわけもなく、バゼルギウスの攻撃をガードする度に大きく弾き飛ばされては、たたらを踏んでいた。
里守の隣にいた時も、おそらく近場の壁を使って同じ事をしていたのだろう。番傘でヨモギに向けた攻撃を上手く弾いて、ヨモギのガードにかかる負担を大きく軽減しているレイメイには、勝手について来てくれたことに心底感謝せざるを得ない。ヨモギにレイメイを付けたのも大正解だった。
しかしあれは、アヤメの感覚では『使えている』とは到底言えない。ずっとあの戦法で戦ってきたが故だろう、シールドの使い方は抜群に上手いが、ヨモギがハンターのような肉体改造や鍛練をしていない以上、一歩間違えば即死である。たとえ攻撃を捌くことはできていようと、反動でいつ櫓から転げ落ちてもおかしくない。翔蟲を使えるとは言っても、無茶にも程がある。
何故あの状態で戦場に出ることを里長達が許可しているのか理解に苦しんだが、オロミドロを相手にしながら横目でヨモギを観察し続けるうちに、心当たりが二点ほど見つかった。
まず一つは、恐るべき射撃精度。
苦無の投擲技術からも薄々感じてはいたが、ヨモギは動体視力や空間認識力にかなり長けているらしい。大きく羽ばたいて滞空するバゼルギウスの小さな頭部は、常時ふわふわと不規則に上下しているにも拘わらず、ヨモギが発射した弾のほとんどは目を見張るほどの精度でそこを正確に撃ち抜き続けていた。たまに大きく外したかと思えばそれもそうではなく、バゼルギウスの身体から自然に剥がれ落ちる爆鱗を、落下前に空中で撃墜している。夢でも見ているのかと思わされる程の妙技だ。一応ガードはできていることもあり、あれを戦力として活かさないのは勿体ないと言われれば、頭から否定するのはなかなか難しい気はする。
そしてもう一つ。
「ダダダダダァーーッ!! イェーーイ!! まだまだァーーいやっほーーぅ!!」
本人が異様に楽しそうなのである。彼女が誰も止められないトリガーハッピーに陥っていることを、強く強く確信するほどに。誰だ、あんな人間に銃を持たせたのは。
顔面にこれでもかと弾丸を注ぎ込まれ、文字通りの蜂の巣と化してしまったバゼルギウスは、程なくして絶命の悲鳴を上げ、墜落した。ヨモギは自らが奪った命に同情一つくれてやる様子もなく、レイメイと共に小躍りして喜んでいる。「お帰りいただく」だけで済ませるつもりなど一ミリもなかったらしい。今ここでは頼もしいことこの上ないが、アヤメはまだ年若いヨモギの将来を深く憂慮し、彼女が人の道を踏み外さないよう見守るという使命を、自分自身に勝手に課した。
勿論アヤメも、ただ呆然とヨモギのハイテンション射撃を眺めていたわけではない。ヨモギの活躍のお陰でバゼルギウスが周辺にまるで興味を示さなくなったので、貫通弾で散々挑発して十分引き付けたオロミドロに残りの睡眠弾全てを撃ち込み、眠らせて動きを止めるという役目を予定通り果たし切った。
櫓から外の様子を窺う限り、今のところは後続のモンスターの気配はない。アヤメ達がオロミドロとバゼルギウスを引き離している間にタマミツネと決着をつけ、泡まみれになって時々足を滑らせながらオロミドロへ駆け寄ってきたイブキに、上から消散剤をバラ撒いてやる。
「しっかり踏ん張って全力でやんな」
「ありがとー、助かる!」
アヤメの声を聞くなりパッと顔を明るくして、子供のような笑顔でぶんぶんと手を振るイブキ。すっかり懐かれてしまったものだ、そう思えばつい頬がほろりと綻ぶ。
遠慮なく心の深い所へズカズカと入り込んでくるイブキの存在を許容できるのは、彼女の不思議な魅力がそうさせるのか、失意や羨望に絡め取られて頑なになっていた自分の心が解けたからなのか。どちらにせよ、悪い気はしない。胸に広がる温かい感情の名をアヤメは知らないが、これはきっと大切に守り育てていくべきものに違いないと、直感で思った。
イブキが無防備に眠るオロミドロの頭に向かって、大剣を振り上げた。散々引っ掻き回された私怨も混じっているのか、イブキが地面を踏み締める足や大剣を掲げる腕に、寝ている相手への攻撃にしては少々やり過ぎなくらいの並々ならぬ気迫が満ちる。
果たして一撃で仕留め切れるか。もうしばらくは継戦の必要があるかもしれない。そう考えたアヤメが念のため麻痺弾の準備をしていたら、もう一人の私怨の塊が、泥だらけのハンマーを引きずって加勢にきた。
「シイカさん! 大分疲れてたじゃん、大丈夫なの?」
「……あと一発くらいはいけるから、一緒に仕返しさせて。ここで確実に終わらせましょ」
「あはは。確かに、コイツには悪いけどできればもうやりたくないしね。……じゃ、私がタイミング合わせるから、思いっ切りぶちかましちゃって!」
二人がそれぞれ最大の大技を繰り出そうと準備に入る。既に高々と大剣を天へ掲げた姿勢からもう一段階身体を捻り、力を溜めて待つイブキの傍らで、シイカがぐんっとハンマーを握り締め、翔蟲を宙へ放って翔び上がった。あの高度は、アヤメがアンジャナフの時に見た、アレだ。
「――華麗に!」
「決めるわよ!!」
日頃の立場は違えど家族と呼び合う同郷の仲、呼吸も声もぴったりとシンクロした。詩人の静かな怒りが存分に籠もった隕石の如き一撃と、カムラの猛き炎の全力を振り切った斬擊が、寸秒の狂いもなく同時にオロミドロの頭部へ叩き込まれる。防衛線を徹底的に破壊し尽くしたオロミドロは、目覚めた次の瞬間に永遠の眠りへと旅立った。
巨大なモンスター達の息遣いがついに途絶えた静寂の砦。一同が息を飲んで耳を澄ます。新たな群れが接近して来る様子は、やはりない。ようやく一段落だ。
アヤメ達は互いの無事と健闘を称え合いながら、各々の体勢を立て直すために拠点へ戻った。
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◇◇◇◇
ヨモギ先生への絶大なる信頼と、オロミドロへの憎しみの詰め合わせ
【NPC全登場チャレンジ:残り2人】