One-way Spiral Staircase   作:まりも@tks55kk

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18-arousal【覚醒】

「うわあぁぁ!? おいイブキ!! 脱ぐなら裏でやれバカ!!」

「えぇー? ヤだよめんどくさい。まとめてビャーッて洗っちゃう方が早いじゃん」

「ちょっとイブキ、こっちに泥水飛ばさないで」

「自分は関係ないみたいな顔してんじゃねぇ!! お前もだよアヤメ!!」

 

 控えの者や負傷者でごった返す拠点の隅で、泥塗れになった防具を脱ぎ散らかし、豪快に水洗いする女ハンター二人組。顔を真っ赤にした里守の怒号もどこ吹く風、そこかしこで男性陣が鼻血を垂らしては女性陣にドツき回されていることに気付きもしない。平然としているのは当人達と、人間の女に関心のないオトモ達だけである。

 狩り場のキャンプで防具を脱ごうが半裸で水を被ろうが、そんな光景に慣れっこの男性ハンター達は大抵見向きもしないのだが、そもそもそれが異常であることを彼女達は完全に忘れていた。里守達を労いに回っていたフゲンから、幻獣キリンをも灰塵に帰すが如き、超特大の雷を落とされるまでは。

 

「皆々無事か!! ご苦労であった、よくぞ生きて戻っ……んおォオマエ達なんだその格好は!? 服を着んか馬鹿者!!」

「ひっ!?」

「ギャー!! ごめんなさぁーい!!」

 

 フゲンの後に続いてミノトと共に現れたヒノエが、くすくすと笑いながら、霰もないインナー姿で色を失って悲鳴を上げたアヤメとイブキを予備の幟旗で覆い隠してくれた。こめかみを押さえて大仰な溜め息をつくフゲンの背後で、目の遣り場に困り果てていた里守達から安堵の息が漏れる。

 

「お元気なのは何よりですけれど、慎みもお忘れなく。お二人ともハンターである前に、とっても魅力的な女性なのですから……ね?」

「そりゃどーも失礼しました……ってヒノエさん、うろうろして平気なの? 共鳴は?」

 

 渡された幟旗を適当に羽織ってとりあえずの体裁を取り繕ったイブキが尋ねると、ヒノエはにこりと柔らかく微笑んで頷いた。無理をしている様子はなさそうだ。

 

「ええ、まだ今のところは大丈夫です。共鳴は時折起きていますが、イブシマキヒコがここへ到達するには、もう少しかかるようですし……大きな物音がする度に飛び出して行かれそうになる里長をお引き止めするくらいの余裕はございますよ」

「わたくしは里守の皆様の方が心配です。お二方、早く身なりを整えてください」

「は、はーい……」

 

 呆れながらランスの盾を衝立代わりにドスッと地面へ突き立てる、ミノトの冷たい視線と口調が痛い。これ以上叱責される前に用を片付けてしまおうと、二人は慌てて水浴びを終え、傷の手当てに入った。オロミドロの溶解液に飛び込んでしまったアヤメは言わずもがな、今日はさすがのイブキも無傷とはいかなかったようで、すぐに二人の周辺は応急用具だらけになった。

 

「あーあ、大分手こずっちゃった。どうも海竜種は苦手なんだよねぇ。アヤメさん、なんかコツとかないの」

「初手でド派手にミスったアタシにそれ聞く? ……んーまぁ、尻尾より頭を見るとか、カウンターの狙い所とか……一般論でよければ、それなりに色々あるっちゃあるけど」

 

 乱暴に肩口から回復薬を引っ被り、手の届く範囲にぺたぺたと塗りたくりながらぼやいたイブキが、アヤメの返答に目を輝かせて大はしゃぎする。

 

「聞いたらすぐポンポンッて出てくるのさすがだわー! ねぇねぇ、この防衛終わったらゆっくり教えてねそれ! あ、後ろの手当て、わたしやるよ」

「はいはい。アンタの肩と背中も見せな。最初のティガにやられた所、結構イッてるでしょ」

「バレたか、ちぇー。……ん」

 

 アヤメの背中を一目見て、イブキが口を噤んだ。その瞬間アヤメの脳裏に思い浮かんだ台詞は、今しがたイブキが口にした言葉そっくりそのまま。散々水を浴びたのに引かない汗や未だ整わない呼吸に、気付かれたからだ。アヤメが小さく鼻を啜る音もイブキは聞き逃さず、ひょいと後ろから顔を覗き込んでくる。お陰で、強走薬を飲み過ぎて鼻から出血しているのも見られてしまった。

 

「……疲れてるね」

 

 盾として側で佇むミノトに気付かれないよう、アヤメの耳元で囁いて肩をぽんぽんと撫でてくれた。小さな心遣いが胸に染みる。口を揃えてすぐにでも休めと言ってくれるであろう、他の仲間達には知られたくない――そんなアヤメの心情を汲んで秘密を共有してくれたイブキには、見栄の張りようもなければその必要もない。素直に首を縦に振り、自嘲混じりに笑って見せた。

 

「まぁ、そりゃあね。仕方ないよ、久しぶりだから」

 

 長く狩りから離れていた弊害は、想定よりも遥かに大きかった。致命的なダメージは受けていなくとも、体力やスタミナの消耗は凄まじく、回復も目に見えて遅くなっている。全盛期のコンディションにまで戻すには、相当のリハビリが必要だろう。

 もっと早くライトボウガンに可能性を見出だせていれば。集会所でうだうだと腐っていた時間を、鍛練に充てていれば――少し前のアヤメなら、そんな自責と後悔に苛まれていたかもしれない。しかし、今は違った。あれはあの頃のアヤメにも、そして今後の人生にも、絶対に必要な時間だったのだと確信しているからだ。

 

 身を削り血反吐を吐きながら積み上げてきたものが、根底から全て崩れ去った気がしていた。人生の半分以上の時間をかけて種から丹念に育て上げたハンターとしての自分の存在は、全て圧し折られ、枯れてしまったと思っていた。

 しかし、深く広く高密度に根を張った大木は、たとえ嵐に枝葉を引き千切られ幹を傾けられても、季節が変われば再び芽吹いて青々と繁るものだ。努力の末に獲得してきた知識や経験、努力したという事実そのものから涌き出る自信やプライドは、命が尽きぬ限り喪われることはない。それがアヤメの存在を支える根。根が生きてさえいれば、花を咲かせ実を結ぶことは何度でもできる。

 アヤメがナルガクルガとの戦いで喪った物は確かに大きかったけれど、枝葉でしかなかったのだ。まだ根が死んでいないことを自覚もないままにカムラの里で証明し続け、その根の存在に自分自身が気付くまでには、どうしてもあれだけの時間が必要だった。

 

 身を切るような痛みを伴う悔しさは、渇望の裏返しだ。足掻き、傷付き、倒れ伏しては心の激痛に悶え苦しんだ日々。足掻けば痛むと知りながら幾度となく繰り返し、そして、どれだけ痛みにのたうち回っても諦められなかった。自らの欲に鈍感なアヤメには、その過程全てが無くてはならなかった。

 痛みは生存の意志。心が生きたいと叫ぶから痛むのだ。気の遠くなるような高さにまで積もり積もったその痛みがあるからこそ、今、アヤメは躊躇なく全身で叫ぶことができる。「もう一度『ハンターとして』生きたい」と。

 

「疲れちゃいるけど……まだ走れる」

 

 アヤメが前を見据えたまま呟くと、イブキは治療を終えたアヤメの腰をツンと突つき、ニシシと悪戯小僧のような笑顔を浮かべた。

 

「もっと正直になろうよ。『走りたい』でしょ?」

「分かってるなら聞かないで。……はい、アンタの番」

 

 以前は「泣きたい」と「泣いている」の区別もつかなかったくせに、今日はやたらと冴えているではないか。傷と図星を突かれたむず痒さに眉を顰めながら、イブキと手当てを交代した。

 

 轟竜の鋭牙を受け止め強引に押し返したことで、人の頭よりも遥かに巨大な痣と、浅くも広い裂傷を負ったイブキの肩。その新しい傷の下には、背中近くにまで細長く伸びる固い胼胝が出来上がりつつあった。

 アヤメの肩にも同じ物がある。大剣を己の身に叩き付けるようにして担ぐ際に付く、峰の痕だ。自分がこれを得るまでに一体どれだけかかっただろうかと記憶を辿りながら、思わずその傷を指先でそっと擦ると、突然降って湧いた不審な刺激に、イブキが鳥肌を立てて身を捩った。

 

「あひゃ! くすぐったい!」

「はは、まだダメか。撫でられても気付かなくなったら完成だよ、大剣使いの勲章」

 

 血が固まりかけた肩に包帯を巻いてやりながら、自ら望んで揃いの傷を背負ってくれた後輩の頭をぐりぐりと撫でる。もしもこの子と出会わなければ、今の自分は、ここでこうして笑ってはいられなかっただろう。

 

 ハンターの目から見る広大な世界の輝きを、イブキが思い出させてくれた。ハンターとして生きるための新たな術は、ハモンが与えてくれた。フゲンは、ハンターとして生きてきたアヤメの過去を余す所なく認め、ハンターとして生きようとするアヤメの未来を、心から祝福してくれた。里の誰もがアヤメを優しく見守り、甲斐甲斐しく支え、アヤメの為に心を砕いて祈ってくれた。「絶望に抗い続けるオマエの姿を皆が見てきた」、そのフゲンの言葉に震えた魂は、深い闇の中でも生きることを諦めていなかったからこそ、再び息を吹き返し、涙となって溢れ出した。

 

 あの夜に喪った物と引き換えに、もはや何物にも揺らがぬ確固たる自己、自らの命と天秤に掛けるに値する友と家族、二度と見失うことのない生きる意味を手に入れた。

 今はそんな自分が誇らしい。だから、何もかもがこれで良かったのだ。

 

 重く薄暗い迷いの雲が晴れた心は、ボロボロに傷付き疲れ切った肉体を揺さぶり、「まだ走りたい」と泣いて強請る。聞き分けのない幼子のように駄々を捏ねるその本心を抱き締めれば、切なさと愛おしさが心臓を焦がすほどの熱となって全身の血管を巡り、身体が疼いて堪らない。それでどうして、止まってなどいられようか。

 

 突つかれた仕返しに、きっちり包帯を巻き終えたイブキの肩へ軽い平手打ちをお見舞いし、自分の頬も同じようにパシンと張る。その音と心地好い衝撃の中心から、全身へ気力が漲った。

 

「帰ったらみっちり基礎から鍛え直さなきゃ。イブキ、暇な時でいいから鍛練付き合って。一人じゃ飽きるし」

「あっ、また嘘ついた! 絶対一人でも真面目にやる癖に、ホント捻くれ者なんだから。ま、そんなに私がお好きなら、もちろん喜んでお供しますけどぉ?」

「やっぱいいわ」

「ごめんて!!」

「……イブキさん、アヤメさん?」

 

 業を煮やしたミノトにじとりと睨まれ、またしても仲良く震え上がった。ミノトが鉄壁の守りを固める盾の表では、カムラの里の幟旗を纏って大急ぎで準備をする二人が立ち上がるのを、仲間達が苦笑しながら今か今かと待っている。

 これでよかった。この里へ帰ってきて、本当によかった。

 

◇◇◇◇

 

 装備を整えて四方八方に謝り倒し、生着替えを衆目に晒すという暴挙についての許しを得たかと思ったら、すぐに仕事が降ってきた。先の第一波ではバゼルギウスの出現により断念した、今回の防衛戦に於いてアヤメが任された中でおそらく最も難度の高い大役――砦に設置された設備の修理に出向く、ナカゴの護衛である。

 

 泥を浴びて動作不能になってしまった大量の兵器、それらを出し入れするための設備台。放置していては待機中の里守達が砦に出られない。移動させられる物は強引に持ち帰って拠点内で修理しているが、一部は泥で固まってしまい、現場で直す以外の選択肢がなかった。

 只でさえ足りない戦力を少しでも低リスクで補うには、次の群れが到来する前に復旧作業を始めなければならない。ミハバとフクラは既に、地下坑道の内側で設備台の修繕に取りかかっている。休む間も無いことをハモンは心配してくれたが、逸る闘志を抑えるのに難儀しているアヤメにとっては、そのくらいでちょうどよかった。

 

「お疲れの所すみません。ギリギリまで休憩していただきたいのは山々なんですけど、僕、モンスターの前じゃあ豆腐みたいなもんなので……なるべく急いでやります、超特急で」

「いいよ、それなりには休めたし。群れが来るまでに終わんなくても絶対守るから、ナカゴくんは確実に設備を直すことだけ考えてくれれば」

「……」

 

 貴重な休息の暇を削ることに恐縮しきりでペコペコしていたナカゴだったが、彼に背を向けて柔軟運動をしていたアヤメが自身に言い聞かせるように放った言葉を聞くなり、ぱたりと口を閉ざした。不穏な空気を察してアヤメが振り返ると、彼は細い目をいっぱいに見開き、こちらを見つめている。どこかで見た光景だ。

 

「……?」

 

 同じ状況からいきなり腕を弄り回された時の記憶が甦り、俄に頬が燃えた。思わず真顔になってライトボウガンをホルスターから抜きかけてしまったが、ナカゴがこちらへ手を伸ばしてくる気配はない。今回の彼はアヤメを捕まえる代わりに、自分の頭を抱えて情けない溜め息をつき、何やら悩ましげに悶絶し始めた。

 

「……はぁ~。めちゃくちゃカッコいいじゃないですかそれ~。いいなぁ、僕も言ってみたいなぁ……『僕が絶対、あなたを守ります!』……うーん、こんな感じですかねぇ……はぁ~、カッコいいぃ……」

「……」

 

 無駄に力んで損したどころか、戦いのために張っていた最低限の気まで緩んだ。

 確かに平時の凡人同士なら男が吐くのが一般的な台詞だろうとはアヤメも思うが、今は非常時でナカゴは豆腐。残念ながらこの砦に於いて、彼は圧倒的に守られる側であり、ナカゴが「守ります!」と宣える相手はどこにもいない。そもそもそんな妄想に焦がれている場合か。女から見た男子の浪漫はいつも謎に包まれている。それなりに休めたとは言ったが、やっぱりとても疲れている気がしてきた。

 

「はぁ……別に、モンスター狩るだけが『守る』じゃないんだからさ。適当にそれっぽい感じに繕って、惚れた女にでも言ってやればいいでしょ」

「て、適当にですか……? うーんうーん、それっぽく……」

「ナカゴくんが大真面目にそんな事してんの想像したらすっごい笑えるけどね」

「……えっ、ええっ!? どういう意味ですかそれ!? ダメですか!?」

「レイー、行けるー?」

 

 緊張感のきの字もなく、アヤメの八つ当たり気味な揶揄に嘆き悲しむナカゴ。この男に付き合っているとイブキとはまた違った意味で調子が狂うので、しばらく放っておくことにした。咽び泣きながらでもやるべき事はきちんとやるだろう。仕事に対する彼の真摯な姿勢だけは、アヤメも心から信頼している。

 

 レイメイはアヤメに呼ばれるとまたも即座に駆け付け、ピシッと背筋を伸ばして「いつでも」とアピールした。アヤメとイブキが水浸しになっている間に、キャンプに置いてあったアヤメの荷物から食糧を引っ張り出して勝手に体力補給を済ませ、フクラに装備のチェックを抜かりなく行ってもらい、後は素知らぬ顔で十分に休息を取っていた自主性溢れる相棒は、前半戦の疲れも抜けて事実すっかり万全だ。ナカゴよりずっと勇壮で、主とは比較にもならないほどに常識的である。

 

「ありがとう。ここからはもっと頼る気満々だよ。大丈夫?」

 

 そう尋ねれば鼻を鳴らして「当然だ」と胸を張るレイメイ。彼女が何を考えているのかさっぱり分からなかった頃が既に随分と懐かしい。レイメイの鼻に拳を付き合わせ、「頑張ろう」とガルク流の言葉で伝えた。

 他のガルクより更に寡黙な彼女とも当たり前のように意思の疎通ができるようになった今、『約束』の首飾りは本来の役目を終えているが、レイメイは己の胸で黒々と輝くそれを、アヤメと揃いの防具の上から自慢気にぶら提げている。「もう言葉が分かるからこれはなくていい」とでもアヤメが言おうものなら、鼻の頭をくちゃくちゃにして手加減も無しに噛み付いてくるだろう。無論アヤメにも、そんな無粋を働くつもりは毛頭ないが。

 

 ヨモギはうさ団子を配り終え次第合流、シイカとハネナガは拠点に残るとのこと。出発するアヤメ、ナカゴ、レイメイ、暇だから一緒に行くと騒ぎ立てたイブキと彼女のオトモ達の計三人と三匹を、残留組の二人が見送りに来てくれた。

 

「バテてしまって悪いわね。あなた達ほど体力がないものだから……回復したら私は、怪我人の救護に回るわ」

「謝ることないよ、詩人なんだから無理しないで。ハネナガ、アンタは?」

「既に救護された側。オロミドロにぶっ飛ばされて足が折れた。自慢の跳躍はしばらく封印だ。すまん」

「あら。猛き炎にはなり損なったか」

「全くだよ。まず骨になり損ねちゃったからな。まぁでも、それはこれからじっくり腰据えて目指すさ。そのためにも……頼んだぜ、この里を」

 

 いつもの如く二本指を額の前でピッと揃えて、謎のポーズを決めるハネナガ。これはどうしてもやらないと気が済まないらしい。

 

「炎……骨……ふむ」

 

 彼とアヤメのやり取りを横で聞いていたイブキが、会話から拾った単語を組み合わせて思考パズルに耽り始めた。文脈を理解していないのに、マトモな答えを出してくるわけがない。既にゆるゆるに緩み切っている場の空気が本格的に瓦解する危険性が更に高まった。我々はこれからまた戦いに行かねばならないのだ。来るぞ、警戒しろ。アヤメは身構えた。

 

「……え、ハネナガさんもう火葬すんの? まだ元気そうなのに」

「どこをどう取ったらそうなるんだよアホなのかお前は!?」

「ええぇぇーーー!? 違うんですかァァァ!?」

「アンタの頭には端材しか詰まってないのかァァァ!?」

「『生前葬 火葬も済ませて 一石二鳥』……あら、悪くないんじゃないの」

「悪いわ!! そこまで済んだら生前葬って言わねぇんだわ!!」

「――ッ」

 

 突貫工事で築いた心の防波堤は、イブキの頓珍漢にはギリギリ耐えたが、ナカゴの絶叫に骨を抜かれシイカの詩に盛り土を蹴散らかされて、儚く崩れ去った。皆に背を向けて襲い来る笑いに呻くアヤメを目敏く指差し、ハネナガが怒り心頭でぎゃんぎゃんとがなり立てる。

 

「オイちゃんと見てたぞ!! なかなか良い顔で笑うじゃねぇか上位ハンターさんよォ!! ちくしょー、さっさと行っちまえ!!」

 

 とても死地に赴く者とそれを送り出す者の会話ではないが、お陰で緊張に強張っていた身体はすっかり解れた。

 笑いは心を癒し、病をも治すと言う。カムラの里の民が揃いも揃って頑健であるのは、如何なる時も自然体で笑って過ごしているが故なのかもしれない。

 

◇◇◇◇

 

 砦には先に里守達が出ており、討伐したモンスターの解体を急ピッチで進めていた。そのままにしておいては砦の外に運び出せず、戦闘の妨げになることが一番の理由ではあるが、里の民達にきっちり叩き込まれている『自然からいただいた命を無駄にしてはいけない』という倫理感も大いに影響している。

 胸を斬り裂かれたタマミツネ。頭を割られたオロミドロ。撃ち落とされたバゼルギウス。つい先程まで激しくも美しく躍動していた『生命』が、関節毎に手際よく分解されて、温度の無い『モノ』に変わっていく。亡骸へ手を合わせる者も多い。ばらばらになった遺骸と祈る里守達の隙間を抜け、ナカゴ達と打ち合わせて最初の目的地に定めた泥だらけの大砲を、アヤメは真っ直ぐに見据えて早足で歩く。

 

 アヤメは一人前のハンターになった日から、ハンターとして奪った命のために祈る行為を、己に固く禁じていた。他人がそれをすることに口出しはしないが、自分は絶対にしないと心に決めている。この手で殺した、だから死んだ。その単純且つ厳然たる事実の重みを受け止めるにあたり、何者かに許されたいがための身勝手な祈りなど邪魔にしかならない――そんな独自の価値観に基づく自縛。果たして、冷徹だと非難されることも多いその信条を同じくしているからなのかどうかは不明だが、イブキとナカゴも前だけを見て歩いている。少しだけ、心強かった。

 

 砦の入口には扉も柵もない。第一波は骸となったこの三体が最後で、後続の群れは今もまだ到達していない。つまり彼らには、殺される前に遁走するという選択肢もあったのだ。大抵のモンスターは、己の命が危機に瀕するより早くにその決断をする。捕獲や討伐の必要がある通常の狩猟では、生に縋って全力で逃げ去るモンスターを追うのに苦労させられることも多い。しかし、この砦の中で暴れ尽くして果てた彼らは、『来た道を戻る』というごく簡単な生存ルートすらも見失っていた。若しくは、彼らにとっての『来た道』が、既に生存ルートとして機能しなくなっていたのか。

 

『闇雲に暴れているようにしか見えない』

『何がしたいのか見えてこない』

 

 イブキが語った百竜夜行についての私見。何も知らずに今日の光景を目にしていれば、アヤメも彼女と同じ違和感を抱いていただろう。そこまで含めてイブキの言っていた通りだった。度を越した攻撃性、痛覚の鈍麻、判断力や危険察知能力の低下、他のモンスターとの干渉を避ける社会性の欠落。ひたすらに障害を排除して前進することしか考えていないかのような、無秩序な行動の数々。撃退された者も討伐された者も、モンスター達の挙動は総じて異常だった。

 その異常行動の理由が判明している今、彼らを傷付けることへの罪悪感は一層強く胸に突き刺さる。それでもアヤメは、モンスター達に謝りも祈りもしない。彼らの命を奪って生きるハンターという道を志した時点で、罪の意識を背負い続けて生きる決心も、在るかどうか分からない地獄とやらに落ちる覚悟もできている。たとえ神が許さずとも、守りたい物のために武器を取って戦うことに、変わりはないのだ。

 

 イブキとカガミ、手の空いた里守達は水入りの樽を担いで兵器を洗って回り、番傘を携えたレイメイ、カシワとアヤメを従えたナカゴが、それを追いかける形で次々に修理していく。

 護衛であるアヤメは次なる群れの襲来に備え、僅かな空気の揺らぎ一つも見逃さないよう、砦の隅々まで意識を張り巡らせ……ていなければならないのだが、自分が守る対象であるナカゴの手元が気になりすぎて、あからさまに警戒が疎かになっていた。

 

「直りそう?」

「……」

「……にゃんにゃん、にゃーん」

「……」

「…………ふーんわりおおきなまっるいくもー……」

「よし、ここも完了です! あっすみません、アヤメさん何か言いました?」

「いいや何も。次行こう次」

 

 さすがにバレるかとハラハラしたが、今回も大丈夫だった。どこまでやれば、彼は隣で起きている異常な光景に気付くのだろう。アヤメが澄ました顔の下に旺盛な好奇心と少々のスリル中毒を隠し持っているのは元々だが、ついて行けないと思っていたイブキやハネナガのノリに脳が着々と毒されつつある自覚は、まだない。

 

 少し動けば身体が触れるほどの至近距離にいるアヤメが、イブキに見られたら末代までネタにされそうなジェスチャーを控え目に披露していても、顔にも声にも恐ろしく不似合いな歌を小声で口ずさんでもまるで気付かない、ナカゴの凄まじい集中力。神の手かと錯覚しそうになる作業の速さと精確さ。圧倒され、不覚にも何度となく魅入ってしまった。

 今までにも彼の秘めたる大物ぶりを感じる機会はそれなりにあったが、ここまでだとは正直思っていなかった。それはアヤメが、カウンターに座っている彼の姿しか見たことがないせいなのかもしれない。ナカゴがカウンターの中で行うのは簡単な調整や研ぎ程度。本格的に武具の製作や加工をする時は、奥の部屋に引っ込んでしまうのだ。普段はあまり他人に干渉しないアヤメも、これについては無事に帰ったらその様子を是非見てみたいものだと強く思った。

 

 ナカゴの神業のお陰で、大砲やバリスタといった比較的単純な構造の兵器はほとんどが修復できた。設備台も大方は復旧したとミハバから報告が上がる。これでまた、多少壊されても控えの兵器との入れ替えができる。喜び勇んだ里守達が次々に兵器に乗り込んで出陣し、砦内は彼らの闘志と活気で溢れた。

 

「速射砲は大丈夫みたいですし、あとは……竜炎砲台ですかね。少し手間ですけど、あれは便利だから直しといた方がいいでしょう」

「便利……うん、便利ね、そうだね……」

 

 固定式竜炎砲台。その名を聞いただけで頭痛がした。遠征出発の前夜に図面を見たアヤメがあまりの危険さに頭を抱えた、非人道的破壊兵器である。一度設置すれば自動でモンスターを焼き滅ぼしてくれる頼もしいからくりだが、決して「便利」の一言で表していいような代物ではないことを、やはりナカゴは分かっていないらしい。

 そうは言っても今は、その便利な破壊兵器もなくては困る。時間は有限、説教は防衛の後だ。

 

「関門の近くにあるアレだよね。翔ぼう」

「……とぶ?」

「ん。掴まってて」

「うあひゃあぁぁ!?」

 

 ポカンとするナカゴを片手で乱暴に抱き寄せ、疾翔けで宙へ跳び上がった。不慣れな高速移動に怯えるやら何やらに忙しいナカゴの奇声を無視し、静止させた翔蟲に一旦ぶら下がって、もう一度疾翔け――

 

「――!?」

 

 二匹目の翔蟲を放つ寸前、アヤメの本能に近い直感が『待て』をかけた。

 空気が、地面が、破滅的な狂気と殺意に大きく揺れる。猛烈な速度で砦内に侵入してきた不気味な地響きと、畝のような土の盛り上がり。

 

「下……!? ――うわああぁぁぁ!!」

「ぎゃああぁぁっ!!」

 

 里守達の悲鳴と大地が裂ける轟音が、砦内に響き渡った。

 突如として地中から飛び出してきたのは、『暴君』の異名を取る飛竜ディアブロス。出現地点周辺の設備を台ごと薙ぎ倒し、そこにいた里守達を兵器ごと吹き飛ばし、目にも留まらぬ速さの突進で関門に激突する。全てが一瞬だった。並大抵の攻撃ではびくともしない鉄壁の関門が周囲の岩盤ごと大きく揺らぎ、側にいた里守は、その振動だけで設備台から投げ出された。

 

 アヤメが二度目の疾翔けで着地しようとしていた辺りは、破壊された設備台や兵器の破片が飛び散り、瓦礫の山になってしまった。修理する予定だった竜炎砲台そのものは突進の軌道を僅かに外れていて奇跡的に無事だが、空中に留まっていなければ、今頃はナカゴ共々ディアブロスに轢き潰されていたかもしれない。

 ひとまずその場に着地した後も、ナカゴは声を上げることすらできず呆然としている。仔猿の如く自分にしがみ付いたまま固まってしまったナカゴを引き剥がすアヤメも、彼と似たような顔をしていた。

 

 広い生息域を持つディアブロスは、アヤメの過去の活動地域でも頻繁に対処の依頼が出ていたため、交戦経験は十分にある。生態に関してもそこそこ詳しく把握している自負はあった。しかし、アヤメの知る彼らと今目の前にいるディアブロスは、明らかに様子が違う。

 ディアブロスの突進には、もっと予備動作があったはずだ。ディアブロスは確かに、巨大な角と強靭な脚力を武器とするモンスターではある。しかしいくらなんでも、助走や溜めもなしにその場から弾丸紛いの突進を繰り出せるような、爆発的な脚力はなかった。

 突進そのものの速度も尋常ではない。初動の数歩と関門に激突したところは見えたが、最高速に達していたであろう突進の最中のディアブロスは、アヤメの鍛え抜かれた動体視力を以てしても、追うのが困難なほどの速さだった。ナカゴや里守達の目にはきっと、あの巨体が突然消えて突然現れたように映ったに違いない。

 

 折れた角、傷だらけになってグロテスクに変色した体表、禍々しいオーラ。

 あれは、『ディアブロスのような何か』だ。

 

「――ヌシ!!」

 

 イブキが叫んだ。まだ砦内に現れたのはこの一体のみであるにも拘わらず、振り返った彼女の表情からは一切の余裕が消え去っている。その切迫度合いが、『ディアブロスのような何か』の孕む危険度を如実に表していた。

 

「カガミ、カシワ!! 里長を!!」

「はいニャ!! 呼んできていいんニャろ!?」

「そう!!」

 

 主の指示を受け、ナカゴの側に付いていたカシワが風のような迅さでカガミに向かって駆け出す。飛び込んできたカガミを空中で背に乗せ、拠点に待機するフゲンの許へ全速力で向かった。

 イブキはすぐさま大剣を抜き、猛然とヌシ・ディアブロスに襲いかかりながら、今度はアヤメに向かってがなり立てた。

 

「群れが来る! 私と里長で引き付けるから、あれ直したら早くナカゴさん持って帰って!!」

 

 彼女が「あれ」と指し示したのは固定式竜炎砲台。すぐに戦う能力のないナカゴを留めておくことが危険極まりない状態になる、しかしこれから始まる地獄の宴に竜炎砲台は絶対に必要。アヤメは即座にそう理解して頷くと、同じく状況を把握して表情を引き締めたナカゴを再び担いで、宙を翔けた。

 イブキがヌシの角を掻い潜りながら全身のバネを総動員して柔らかい腹を斬り上げ、ヌシの注意を引き付ける。間髪入れず大木の如き脚にイブキが蹴飛ばされたのを見て声を上げそうになったが、アヤメは唇を噛んで堪えた。命懸けで危険を引き受けてくれたイブキの行動を無駄にしてどうする。自分は自分の役割を果たさなければ。

 

 地に足が着くなり固定式竜炎砲台の側に駆け寄って屈み込んだナカゴは、からくりの奥深くにまで泥を浴びて動作不良を起こしているそれの状態をさっと確認し、鬼気迫る表情を浮かべてアヤメに耳打ちした。

 

「これは……少し時間がかかります」

「どのくらい?」

「……三分。三分ください。直します、必ず」

 

 三分。平素ならば、うさ団子を一串頬張っている間に過ぎる程度のもの。しかしモンスターとの戦闘に於いては、永遠にも等しいほどに長い時間だ。

 三分あれば、モンスター達は屈強なハンター四人のパーティを壊滅させることもできる。彼らの圧倒的な力の前では、人体はあまりに脆く、人命はいとも容易く潰える。

 

「分かった」

 

 それでも、やるしかない。ナカゴはアヤメの返答を聞くより早く作業に取りかかった。「絶対守る」と言い切ったアヤメに己の存在を丸ごと預け、既に外部からの情報や刺激の一切を遮断して目の前の兵器だけに集中している。アヤメはナカゴの覚悟と命を背負ってレイメイと並び立ち、砦の入口を見据えて、急速に強くなるモンスター達の匂いと気配を待ち構えた。

 

 程なくして、フゲンへの報告に走ったカシワが戻り、アヤメとレイメイの防衛線に加わる。拠点の入口を振り返れば、孤軍奮闘するイブキの許へ向かうカガミ、そしてカエンの背に跨がったフゲンが飛び出してくるのが見えた。

 

「イブキ!! ヌシは俺に任せろォ!!」

 

 勇猛に吼える里長の声に応えたのはイブキではなく、ヌシに率いられた第二の群れの先頭を飛ぶ、リオレウスの咆哮。ライトボウガンを握り締めるアヤメの手に、じわりと汗が滲んだ。

 

◇◇◇◇

 

 砦内にはヌシ、複数のヤツカダキと、空中にリオレウス。足下からは何者かが潜行する地の微動、目に見えている以外にもまだ何かがいる。

 ヌシをフゲンに任せたイブキは、引き続き積極的に陽動役を買って出てくれているが、ヤツカダキの数が多過ぎてイブキ一人では引き付け切れない。フゲンとカエンはヌシを関門前から動かさないことに手一杯。砦中央付近の設備台と里守は、ヌシの出現時に軒並み薙ぎ払われてしまった。フゲンの参戦を除けば、つい先程復旧したばかりの戦力は、既に第一波を退けた直後と変わらぬほどまでに低下している。

 

「まだかかる!?」

「……」

 

 イブキの陽動を離れたヤツカダキがこちらへ吐いてきた糸を散弾で撃ち払いながら、アヤメが背後のナカゴに問いかける。ナカゴはやはり返事をしない。己が向き合う兵器の機構から一時も目を離さない。凄まじい速度で部品を取り外していく手を止めない。まるで時空が歪んで、彼の精神だけが誰もいない加工場へ移動してしまったかのようだ。

 もう感服している間はない。足元が揺さぶられ、ヤツカダキが慌てて逃げ出したと思ったら、アヤメとナカゴの目と鼻の先から、地盤を突き破ってディアブロスが現れた。ヌシとは別の通常個体、先程の地響きの正体はこれだ。アヤメがそれを認識するより僅かに早く、ディアブロスに砕かれ撒き散らされて高速で飛んできた土砂の一部がアヤメとガルク達の守りをすり抜け、竜炎砲台に齧りつくナカゴの顔や腕を鋭く切り裂いた。

 

「なっ――ナカゴく……ん……?」

 

 しまったと振り返り、アヤメは言葉を失った。一瞬で全身に無数の傷を負ったナカゴはそれでも、何事もなかったかのように作業を続けていたのだ。

 アヤメ達一行を敵と看做した砂漠の暴君が、天を仰いで耳を割るような咆哮を上げた。空気を歪める轟音にもナカゴは瞬き一つせず、己の使命を果たすことだけを考えている。否、最早考えてすらいないのかもしれない。額から眦へと垂れ落ちた血の涙を流しながら尚爛々と光る、精悍ながら陶酔すら帯びたナカゴの瞳は、まともな神経をした人間の目ではなかった。

 大型モンスターが放つ敵意や殺意とも全く異質な未知なる狂気に、アヤメの全身からぞわぞわと鳥肌が立ち、心は激しく燃え上がった。手足が震える。恐ろしいのではない。これは、武者震いだ。

 

「はッ……アンタもとんだイカレ野郎だね!!」

 

 本人の耳には届かぬ口汚い称揚を吐き捨てながら、アヤメは大地を踏み締めてライトボウガンを構え、ディアブロスの前に立ちはだかった。昂奮のあまり、腹の底から湧き上がる歪な笑みを抑えられない。背筋に甘美な痺れが走り、酸素を求めて薄く開いた唇からは上擦った呼吸が漏れた。自分よりも年若い加工屋の職人に、ここまで心乱されるとは。まこと天晴、共に狂う相伴として不足はない。とことんまで付き合ってやろうと腹を括った。

 

 回避という選択肢が完全に消えた。得物はサポート用のライトボウガン、あまりに非力なこの武器一本でディアブロスに真っ向勝負を挑んで押し切ろうと考えるのは、無謀が過ぎる。が、あのナカゴを設備から引き剥がして退却するなど、殺さない程度に殴り付けて失神でもさせなければ無理だろう。付き合うと決めた以上、それは全てをやり尽くした後の最終手段。今最も優先すべきは、時間稼ぎだ。

 

 高揚したアヤメの脳は凄まじい早さで計算を始めた。この防衛で撃ってきた状態異常弾の数を数え、モンスター達の状態異常耐性に関する己の知識と重ね合わせる。

 ティガレックスは五発で麻痺した。オロミドロは四発で眠った。ならば、ディアブロスにはどれが何発必要か。この距離でいけるか? ――大丈夫、きっと止められる。

 近接武器使いだった頃には必要なかった搦め手の段取りを構築する間、僅か数秒。極限状態の中で、アヤメもサポートガンナーとして急速に成長しつつあった。

 

「……レイ、カシワくん。アイツの角、弾ける?」

 

 地面を蹴って威嚇するディアブロスと睨み合う用心棒達に尋ねる。レイメイとカシワは揃って耳だけをアヤメの方へぴこりと向け、それから番傘を構えて、二人とディアブロスの間にどっしりと立ち塞がった。

 

「オッケー。頼むね」

 

 準備は整った。作戦開始。

 

 ディアブロスと正面から目を合わせ、その巨大な頭部を目掛けて、麻痺弾を素早く撃ち込む。一発、二発、三発。攻撃に反応したディアブロスがアヤメを目標と定め、大きく身体を沈めて両の脚に力を溜める。アヤメは反射的に回避しようとする身体を胆力で無理やり抑え付け、「必ず防ぐ」と宣言したガルク達を信じて、待った。来い。ここへ、真っ直ぐに。

 その意図通り、その場から微動だにしないアヤメを目掛けて、直線的な突進を繰り出すディアブロス。すかさずレイメイとカシワが同時に右から番傘で割り込み、左にディアブロスの角を弾く。ディアブロスは自らの突進の勢いに耐えかねて脚を縺れさせた。その隙に麻痺弾を重ねる。四発目。

 

「――あと一発……よし!」

 

 想定通りぴったり五発。ちょうど体勢を立て直し切ったところで、ディアブロスが全身を引き攣らせて硬直する。麻痺させている間に少し離れた場所へシビレ罠を仕掛け、麻痺の効果が切れると同時に今度は閃光玉を投げつけた。視界を失ったディアブロスの正面ではなく斜め前に立ち、散弾で撃って誘導する。痛いだろう。聴覚の鋭いお前には、速射の爆音はさぞ不快だろう。さあ、お前の獲物はこっちだよ。見えていなくても歩け、走れ、踏み殺しに来い。

 念は通じ、ディアブロスはアヤメの誘導に付き従うように歩を進めた。誘われた先で踏み抜いたのは、憎き人間の身体ではなくシビレ罠。成功だ。ナカゴから大きく離れることなく、可能な限り時間もかけて、足止めができた。しかし、約束の三分にはまだ早い。

 

「大砲!! 電撃弾!!」

「待ってましたァ!! 当ったれぇぇ!!」

 

 少し前からアヤメ達の窮状に気付き、大砲を構えて機を窺ってくれていた里守の存在も、アヤメは目の端でしっかり捉えて作戦に組み込んでいた。電撃弾の援護でディアブロスの全身に隈無く電流を流し、至近距離から頭部に散弾の速射を叩き込む。罠の拘束が解けるギリギリのタイミングを狙ってダメ押しとばかりに捩じ込んだ散弾で、ディアブロスを罠の位置から一歩も歩かせることなく、気絶に追い込み昏倒させた。

 倒れ込むディアブロスの巨体をアヤメがスライディングで掻い潜って距離を取ったのを認め、大砲の里守がディアブロスに砲弾を浴びせる。砲撃の邪魔にならないよう離れて通常弾で加勢しつつ振り返るが、ナカゴは未だ修繕作業に没頭している。足りないか。アヤメは小さく顔を歪めて歯噛みした。

 

 完全に拘束しての時間稼ぎは、おそらくこれが限界だ。大砲一基と火力の低い通常弾だけでは、気絶から復帰されるまでにディアブロスを絶命させることはできないだろう。念の為、通常弾の合間に睡眠弾も効果が出る寸前まで撃ち込んではあるが、すぐ側でヌシが暴れ回り、無秩序にバリスタや速射砲の弾が飛び交っている現状では、眠らせてもすぐに起こされる可能性が高く、確実性に欠ける。勿論ナカゴからこれ以上離れるわけにもいかない。今切れる手札でこの局面を乗り切る、次の方策は――

 

 思い付かない。手詰まりに舌打ちし、睡眠弾を使用しても間に合わなければナカゴを全力でぶん殴ろうとアヤメが腹を決めかけた瞬間。

 網目状に広がる翡翠色の光線が、ディアブロスを絡め取った。

 

「こいつは借りていくよ!!」

「ウツシさん!!」

 

 気絶から身を起こしたディアブロスをまたしても拘束したのは、達人に鍛え上げられ、鋼の鉄条にも劣らぬ強度を持った鉄蟲糸。今まで砦から少し離れた外でたった一人、操竜を駆使して砦に入り込んでくるモンスターの数を減らし続けていた、ウツシの所業だった。

 最上のタイミングで降臨した操竜の神に、我にも無く声を張って礼を言う。

 

「ありがとう!! 助かっ」

「おおぉーーい!! 待たせたね愛弟子ィィーー!! 満を持して教官登場だよぉーー!! 今行くからねぇぇほら見て見てぇぇェーー!!」

「……」

 

 せっかく頑張って大声を張り上げたのに、何も聞いていない。ウツシは嫌がるディアブロスを強引に、そして華麗に乗りこなし、ヤツカダキに取り囲まれている愛弟子の方へドカドカと突っ走っていった。凶暴なヌシをほぼ一人で相手取っている老齢の里長を無視して愛弟子一直線とは、あれも大概のイカレ野郎である。

 

「……なんであの人あんなに元気なの……ま、まぁいっか……」

 

 興奮で昂っていた頭が、場違いにはしゃぎまくるウツシの喧ましい声で一気に冷えた。明るく振る舞ってはいるが、ウツシが全身に傷を負っていたのをアヤメは見逃さなかった。群れの数を削ぐ役回りだった彼が砦へ戻ってきたのは、おそらくもう単独では捌き切れなくなったが故だろう。つまり、砦内の戦力が飛躍的に増強された代わりに、砦へ押し寄せてくるモンスターの数は更に増えるということだ。

 

「里長ァ!! いきますよーっ!!」

 

 作業を始めてきっかり三分、有言実行。ナカゴがついに沈黙を破った。

 竜炎砲台を関門前で荒れ狂うヌシに向けて設置し直し、フゲンが射線上から身を引いたのを見て、ガチリと開閉器を操作する。

 

「いよっし!!」

 

 ゴオオッ!!

 

 ナカゴの手で甦った竜炎砲台が勢い良く熱線を噴射したその瞬間、近くで滞空していたリオレウスが、憎悪と憤怒の籠もった瞳で、ギロリとナカゴを睨み付けた。

 ――マズい。

 

「退くよ!!」

 

 翔蟲を使えないナカゴを走らせている余裕などない。形振り構わず、彼を丸太の如く肩に担ぎ上げた。

 

「わ、うわぁっ!?」

「落っこちたくなかったら動かないで」

 

 荷物のように振り回されて悲鳴を上げるナカゴを言葉短に諌め、疾翔けで離脱しようとしたアヤメの背後で、リオレウスが大きく息を吸う音が聞こえた。聞こえたとて今のアヤメにできるのは、このとびきり有能で絶望的に無力な男を連れて逃げることだけ。振り返る刹那の暇さえ惜しいと、迷いなく拠点の入口へ向かって翔蟲を飛ばした。

 

 鉄蟲糸に引かれて身体が地面を離れた瞬間、その糸の軌跡からアヤメ達の行く先を読んだのであろうリオレウスが、拠点の入口付近へ向かって特大の火炎ブレスを放つ。着弾の爆発で、アヤメとナカゴは拠点の通路に二人まとめて吹っ飛ばされた。

 間一髪、ナカゴは何とか無事に拠点内へ放り込んだが、彼を庇ったアヤメは爆風を受けながら通路の壁に叩き付けられ、頭を強く打ってその場に崩れ落ちた。

 

「アヤメさん!?」

「アヤメ!!」

「……へ……平気……ッ……」

 

 ナカゴとハモンが自分を呼ぶ裏返った絶叫で飛びかけた意識を辛うじて留め、よろけながら何とか立ち上がる。ハンターではあっても中身は人間、平気であるわけがない。視界が歪んでぐるぐると回る。壁で強打して切った後頭部からは夥しく出血し、左腕はリオレウスのブレスから燃え移った炎に焼かれている。

 

「アヤメさん腕!! 火が!!」

「いいから下がって!!」

 

 立ち上がって駆け寄ろうとしたナカゴを一喝し、腕に纏わり付く炎と瞼の裏に飛び散る星を強引に振り払って、出入口の前に立ち塞がった。熱された籠手の内側で蒸し焼きになった腕は煙を上げてじくじくと痛み、後頭部から背中へと生暖かい血が流れては落ちる。後ろから見れば、さながら地獄から這い上がってきた鬼のような風体だろうが、そんな事に構ってはいられない。

 あいつは必ず追ってくる。アヤメの耳には、リオレウスの声が確かに聞こえたのだ。――「目障りだ、殺してやる」と。

 

「――!! 皆様、わたくしの後ろへ!!」

「ナカゴさんも早く!」

「怪我人を運べ!! 奥に身を寄せろ!!」

 

 キャンプ内でヒノエに付き添っていたミノトとヨモギが、異変を察知して飛び出してきた。アヤメを置いて逃げることに躊躇いを見せるナカゴをヨモギが力ずくで引っ張り込み、ハモンは拠点内にいる全員を、入口から最も遠い兵器置き場の最奥に固める。次いで、盾を構えてアヤメと仲間達の間に立ったミノトが、ヨモギを諭す声が聞こえた。

 

「ヨモギちゃんも下がってください。ヘビィボウガンのシールドは、やむを得ない緊急避難にのみ使用する物です」

「うっ……でも……!!」

「そのお気持ちでどうか、わたくしを後ろから支えていただけませんか。ここにいらっしゃる誰一人、傷付けさせは致しませんから。信じてください」

 

 淡然たるミノトの声に滲む、鉄の如く強靭な「皆を守りたい」という意志が、振り返ることのできない背中越しにアヤメの胸を締め付ける。やがて、ヨモギが言葉を飲み込んで下がる気配が感じられた。

 家族同然の仲間達、負傷した大勢の里守。彼らを守れるのは、ミノトの盾と自分だけ。責任の重みでぐらつきそうになる足をダンと踏み鳴らして、己を鼓舞した。

 

 逃した獲物が小さな穴へ吸い込まれていったのをしっかりと見ていたリオレウスは、アヤメの予想通り、目標を拠点に定めて追ってきた。大型モンスターが侵入できないよう敢えて狭く作られた通路に、無理やり頭を捩じ込もうとしている。

 倒し切れなくていい。退却させることさえできれば、外にいるイブキやウツシ、フゲンがきっと何とかしてくれるだろうし、自分が出て行って応戦することもできる。どれでもいいから効いてくれと、アヤメは状態異常弾を片っ端から撃ち込んだ。

 しかし、ナカゴの護衛中に使ってしまった麻痺弾と睡眠弾は弾数が足りなかった。動きを止めることはできずとも風向きくらいは変わらないかと、祈るような気持ちで撃った毒弾も、自らの体内で毒を生成できるリオレウスには当然効かず。それどころか、敏感な顔面に繰り返し攻撃を加えたことで、ますます怒りを買ってしまった。

 

 猛り狂うリオレウスの前で、ついに状態異常弾を全て撃ち切ってしまったアヤメの手が、絶望に震える。

 ――失敗した。

 

「ミハバ!! 予備の弾は!!」

「すみません駄目です! 戦闘中に補充しやすいように、通路に置いてたんで……!!」

「それじゃあ、あっちの通路にもあるのね? 私見てくるわ」

「私のヘビィの弾使えない!?」

「アヤメのライトボウガンとは弾種が合わぬ……くそっ!」

 

 背後で交わされる切迫した会話に、絶望は更に深まった。目の前の通路にあった弾はリオレウスの攻撃で箱ごとひっくり返ってバラバラに散らばっており、とても回収できる状態ではない。弾切れの可能性を十分考慮していたが故に、弾薬がここに備えてあることは安心の根拠としか捉えていなかった。こんな場所が攻撃を受けることは完全に想定外。読みの甘さを呪っても後の祭りだ。

 

 予備の弾を持たせていたレイメイは拠点の外。今レイメイと一緒にモンスターまで呼び寄せてしまえば、ミハバの言う通り、唯一の生命線であるもう一本の通路も塞がれてしまう。残る手持ちの弾は、通常弾・貫通弾・既にかなりの弾数を消費している散弾のみ。シイカが見に行ってくれたもう一本の通路に用意された弾が使用できることを祈るしかない。

 

 ミノトやヨモギに加勢してもらおうにも、この狭い拠点内では巨大なランスと弾丸を撒き散らすボウガンの共闘が不可能であるのは勿論、ミノトに至っては武器を振るうことも満足にできないだろう。仮に交代するとして、ヨモギにはあまりに荷が重すぎる。自由に槍を振れないミノトに任せて万が一突破されてしまえば、ガードの術を持たないアヤメは丸腰の仲間達と同様、できる事が何もない。

 ミノトの盾だけで全員を守り切るには人数が多過ぎる。それでも誰一人守れないよりはマシだ。彼女に後ろを託すならば自分が押し返すしかない。しかしその目処は全く立たず、撃てば撃つだけ弾は減る。

 

「……向こうも今は駄目。運悪く目の前に金獅子が陣取っていて……通路で音なんか立てたら、すぐにでも突っ込んできそう」

「ラージャンか……小柄な個体なら、あの通路を破壊しながら入り込んでくることも不可能ではない。刺激せず外に任せる方がよかろうな……ぐっ……」

 

 駆け戻ってきたシイカが持ち帰ったのは予備の弾丸ではなく、絶体絶命と同義の報告。アヤメの全身にぞわりと、吐き気すら伴う悪寒が走った。

 

 嘴でガツガツと通路を叩き、通れないと分かれば今度は爪や尾で、獲物が逃げ込んだ穴蔵を執拗に攻撃し続けるリオレウス。頭部や翼といった弾の通りやすい部位が通路から覗く度に通常弾を撃ち込み続ける。リオレウスは怯まない。

 通常弾が切れた。次は貫通弾。リオレウスが頻繁に姿勢を変えながら攻撃と離脱を繰り返すため、有効に貫通させて撃つことなどできないどころか、技量不足と焦りも相俟って、そもそもまともに当たっている気がしない。

 通路を支える柱がバキバキと音を立てて圧し折られる。決定的なダメージを与えられないまま、貫通弾も切れた。残るは散弾のみ。堅い岩盤の土壁が削られ、出入口が徐々に拡張されていく。

 

「お願い!! 退いて!!」

 

 散弾の射程圏内まで接近し、リオレウスの猛攻を紙一重で避けながら必死に射撃を続けるアヤメ。それでもリオレウスは、拠点を破壊する手を緩めない。

 アヤメの悲痛な叫びも虚しく、とうとうリオレウスの頭部が通路半ばまで潜り込んできた。不意にカッと開いた喉の奥は、それを凝視するアヤメの網膜を焼くほどの輝度を持つ紫白。周辺の熱が急激にリオレウスの口内へ集束する錯覚に陥り、歯の根が鳴るほどの猛烈な寒気を覚えた。

 

 紅い炎よりも更に熱い、超高温のブレスが来る。これが放たれれば、拠点内は業火に巻かれて地獄と化す。自分は消し炭になる。皆が死んでしまう。

 

 カチッ。

 

「――」

 

 全ての弾倉が空になったことを意味する乾いた金属音が、アヤメの理性を消し飛ばした。

 

 散弾の射程よりもさらに前、炎を湛えたリオレウスの牙にも触れられるほどの眼前へ駆け寄る。ハモンがミノトを押し退け、身を乗り出して絶叫した。

 

「何をする気だアヤメ!!」

 

 何も見えない、何も聞こえない。無我。骨が軋み筋が捻じ切れるのも厭わず全身を引き絞り、手にしたライトボウガンを振り上げる。

 意識の枷を外されたアヤメの四肢は、未だ古傷を抱える左半身の痛みをも忘れ、大剣でナルガクルガの脳天を叩き割ったあの夜の記憶だけを、細胞の隅々にまで再現していた。

 

 生存本能以外の何もかもを捨てて真っ白になった視界の中で、リオレウス自身の喉をも焼きながら渦を巻く灼熱の炎が、故郷のたたら場で息付く焔と重なる。リオレウスの命の奥底から放たれる熱が髪を焦がす。「命を燃やせ」。父なる偉大な里長の声が、脳裏に響いた。

 

 刹那、アヤメは自我を取り戻した。

 漆黒の瞳に煌々と燃え上がる焔を点し、張り裂けんばかりに叫ぶ。

 

「気焔――万丈ォォォ!!」

 

 ガシャアァッ!!

 

 『カムラの』ハンターとしての覚醒と共に、確かな意志を以てアヤメが繰り出したのは、ライトボウガン本体による全身全霊の打撃。ありとあらゆる弾丸を撃ち込まれ続けていた顔面に、元大物使いの人生全てを懸けた重い重い圧倒的な一撃を叩き付けられ、リオレウスはついに陥落した。気絶して目の焦点を失い、自らの身体の重みで力なくズルズルと通路の外へ崩れ落ちていく。

 

 ガシャリ。ミノトが盾を取り落とす音が拠点に響いた。続いて湧く安堵の溜め息、アヤメの奮闘を称える歓声と拍手。

 アヤメが守り切った仲間達は、一人も欠けることなく窮地を脱した。

 

「……あ」

 

 死闘の興奮醒めやらず、息を荒げて一人立ち尽くしながら、アヤメはふと手元に視線を落とし、ある事に気付いた。

 

「……ごめんハモンさん……こ、壊れた」

 

 空の王者を殴打で退けた猛者とは思えぬ情けない顔をして首だけで振り返ったアヤメに、ハモンが目を見開く。

 大剣の溜め斬りに相当する強烈な衝撃を受けたライトボウガンは、銃身が捻じ曲がり装甲が砕け散り、小刻みに震えるアヤメの手中で、見るも無惨なスクラップになっていた。

 

 暫し無言で見つめ合う二人。かと思いきや唐突に、ハモンは腹を抱えて大笑いし始めた。

 

「フッ……ハハハ……ウワハハハハハ!!」

 

 あまりに急で、しかも極めて珍しい事態に、皆が唖然として口を噤む。拠点の外で続く防衛戦の騒音をも掻き消さんばかりに響き渡るハモンの笑い声。やがてそれに釣られるように、地面にへたり込んでいたナカゴまでもがへらへらと笑い出した。

 

「あはっ、はははは……こっ……壊れたじゃなくて……壊したんじゃないですか……! とんでもないや……はははは……!」

 

 どこからともなく、プッと吹き出す可愛らしい声が聞こえた。ヨモギだ。「凄い」「信じられない」「腕力で武器を叩き壊しちゃうなんて」、堰を切ったように他の皆も声を上げ、思い思いに笑い出す。爆笑の渦中にぽつんと立たされたアヤメは、気まずさに眉を垂らして黙りこくるしかできない。

 

 笑い過ぎて涙目になったハモンが歩み寄ってくる。何を言われるのかと身構えたアヤメの肩をハモンは労うようにぽんぽんとゆっくり叩き、アヤメが後生大事に抱き締めるボロボロのライトボウガンを、手際良くショルダーホルスターごと取り上げた。

 

「おぬしの根性と馬鹿力を侮っておったわ。強度不足だな、済まなかった」

「い、いや……ご……ごめんねホント……こんなになっちゃって……」

「『なった』ではなく『した』のであろうが。老いぼれをあまり笑わせるな。おぬしが命を賭してまで守ってくれたと言うのに、腹が捩れて死んでしまうぞ」

 

 うぐ、と唸って項垂れたアヤメをまたしても笑い飛ばし、軽く小突くハモン。仲間の命を守る重責と武器の重量からようやく解放されたアヤメは、その僅かな力にも大きくふらつき、慌てて飛んできたミノトに支えられて、ついにその場でぺたりと座り込んだ。

 

「これは預かろう。この防衛中に直る保証はできぬが、手は尽くす。おぬしは傷の手当てをして少し休んでおれ」

 

 外ではまだイブキ達が戦っているのに、休むなんて――そう言いたくはあれど、到底言える状態ではない。武器は『壊して』しまったし、出血し過ぎて視界も明滅している。持てる体力と気力の全てを一滴残さず絞り尽くした身体は涸れ果て、左半身の古傷が「無茶しやがって」と鈍痛で抗議してくる。しばらくは自力で立ち上がれそうにもなかった。

 

 一方のハモンは、アヤメから引き取ったライトボウガンを意気揚々と担ぎ、今度は何やらニマニマと、不気味な微笑を浮かべて愉悦に浸っている。

 

「……フフフ。おぬしの勇姿が如何に果敢であったか、フゲンに篤と語り聞かせてやらねば。自分も見たかったと地団駄踏んで羨ましがる彼奴の顔が目に浮かぶぞ」

 

 アヤメの復活と成長を喜んでいるのか、嫉妬に悶えるフゲンを見たいのか分からない物言いだが、きっと両方だろう。そんな顔ができるのなら自分よりイオリに向けてやってくれとは思いつつ、疲れているフリをして口には出さない。

 やっとハモンへの恩返しができた喜びと、滅多に見る事のできない彼の笑顔。それが惜しみなく自分に向けられている擽ったさを、今だけは独り占めしていたかった。

 




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◇◇◇◇

これ書くために状態異常弾を撃ちまくってきた

【NPC全登場チャレンジ:残り1人】
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