One-way Spiral Staircase   作:まりも@tks55kk

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2-Craving【渇望】

 どれだけ狩り続けても、未知なる大自然への畏怖と興味は尽きることがなかった。

 モンスターとの命を賭した戦いで得られるスリルと興奮は、時に脳神経が焼き切れるかのような快感をもたらした。

 人智を超える強大な敵に打ち克ち、死地から無事生還し続ける事実によって積み上がっていく確固たる自信が、心身の隅々まで満ち溢れていた。

 

 もっと見たい。もっと触れたい。もっと感じたい。今日とは違う景色を、新しい刺激を。

 あの頃は、喉の奥底を灼く乾きに駆られて、無我夢中に走り続けていた。

 

◇◇◇◇

 

 今からもう随分前の、夕陽差し込む街の集会所。アヤメは大勢のハンターが織り成す喧騒の中で一人、隅の席に陣取って出発前の食事を取っていた。

 既にクエストは確保し、考えうる限りの準備も済んでいる。今回のターゲットは、『迅竜』ナルガクルガ。飛竜種の狩猟経験はそれなりに積んできたし、ナルガクルガについても他のハンターから話を聞く機会は多々あったが、実際に立ち会うのは初めてだ。

 一口サイズに切り刻んでおいたステーキを次々と口に放り込みながら、クエスト依頼書や生態情報の資料をつぶさに読み込んでいく。狩猟中に確認することなどできようはずもないので、今のうちに全て頭に入れておかなければならない。これを怠ったが為にハンター生命を絶たれた人間を、アヤメは嫌というほど見てきた。

 最後の一片を飲み込む頃には、一通りの情報は把握できた。まだ見ぬ迅竜との逢瀬をイメージすればするほど、焦燥感にも似た興奮で胸が高鳴る。この瞬間はいつも、まるでモンスターに恋でもしているようだと思う。

 

 ただ一つだけ、クエスト依頼書に看過してはいけないような気がする懸念点があった。受注した時には気付かなかったが、一般的な大型モンスターの単体狩猟クエストにしては、やたらと報酬金が高いのだ。ナルガクルガは決して危険度の低いモンスターではないが、それを考慮しても、このクエストにかけられた報酬金は、相場のざっと三倍以上はある。

 大体こういう場合は、過去に狩猟依頼が出されたにも関わらず、達成されなかった個体であることが多い。要は、ハンターを返り討ちにするくらい強いということ。ソロでは討伐不可能だと判断され、複数人での狩猟を前提に設定し直されたのかもしれないと考えれば、この高額報酬にも納得がいく。

 

「さてこれは、どうしたもんかな……」

 

 やれやれと溜め息をつき、宛てもなく周囲を見回してみるが、今日に限って声を掛けられそうな顔見知りのハンターは皆出払っている。参った。

 

 アヤメは、タイミング良く誘われればパーティにも参加するが、そういった縁がない時はソロでさっさと出掛けてしまうタイプのハンターだ。そのため、ハンターとしての交友関係はさして広くなく、更に言うなら極めて浅かった。上位ハンターになってしばらく経った今でも、スケジュールを合わせて常に行動を共にするような固定の仲間はいない。身軽な方が気楽で良いと思っていたが、今回はそのスタイルが仇になってしまった。

 

 さあ、どうする。

 一人で挑戦するには、あまりにリスクが高すぎる。特段金に困っているわけでもないのだから、無理をする必要はない。これは諦めて、違うクエストを受注し直すべきだろうか? しかし、一度昂ってしまったナルガクルガへの『恋心』は、今更抑えようもない……

 冷静と激情の狭間で懊悩しながらドリンクを煽って顔を上げると、いつの間にか目の前に、見知らぬ三人のハンターが立っていた。

 

「よぉ姉さん。ナルガクルガの高額クエスト、持ってったのアンタだろ? それ、隠れ高難度としてここらじゃ有名なやつだぜ。もう何組失敗したか分からんらしいぞ」

「ああ、やっぱりそうか。おかしいと思ったよ、この報酬金の額」

「さっきからしばらく様子を見させてもらってたんだが、一向に仲間と合流するような素振りがないもんで……知らずに一人で受注して、慌ててツレを探してるんじゃないかと思ってな」

 

 リーダー格と思われる、大柄でいかにも豪胆そうな大剣の男がニカッと笑う。余す所なく全てが図星である。バツの悪さに思わず目を逸らして頬を掻いた。

 そんなアヤメの態度に、隣に控えていた小柄な女性ハンターがクスクスと笑う。右手に小型の盾を装備している。片手剣使いだ。

 

「あなたの噂は聞いてるわよ。孤高の一匹狼、最近トバしてる銀髪の大物使い、って!」

「とば……え……一匹狼……? 別にそんなことはないと思うんだけど。誘われればまぁ、大体は嫌とは言わないし」

「お前さんそりゃあ、誘ってくれって言ってんのかい? ま、俺たちは初めからそのつもりなんだけどな」

 

 狩猟笛を携えた陽気な金髪の男から差し出された三人分のギルドカードに、さっと目を通す。

 声をかけてきた大柄な大剣男はフジキ、片手剣の女性はカヤ、狩猟笛の男はライラック。全員アヤメとほぼ同ランクだ。狩猟履歴を見るに、長く3人でパーティを組んでやってきたらしい。おそらくチームワークは抜群だろう。

 最も魅力的なのが、数は少ないものの、既にナルガクルガの狩猟経験があること。完全に初見であるアヤメにとってこれは頼もしい。断る理由が見つからなかった。

 

「オーケー、合格……って、そんな偉そうな口聞ける立場でもないか。正直ちょっと途方に暮れてたんだ。早まってクエスト破棄する前に声かけてくれて良かったよ、ありがとう」

「おいおい、俺たちが声かけなかったら破棄するつもりだったのかよ? 自分から誰でも誘えばいいじゃねぇか、そんな風だから一匹狼だとか言われんだぜ」

「ハッ、仰る通り」

 

 苦笑いしながら、全員に自分のギルドカードを渡す。

 交渉成立だ。

 

◇◇◇◇

 

 街を出て半日ほど船に揺られ、さらに半日歩き通して、ナルガクルガが待ち受ける原生林へ向かう。並の人間なら間違いなく途中で行き倒れる強行軍だが、上位ハンターにとっては日常の一コマ。むしろこれでも近いくらいだ。

 キャンプに到着した頃には彼らが出会ってから二十四時間以上が経過し、日のすっかり落ちた原生林は、徐々に夜の闇へ呑み込まれようとしていた。

 

「アンタは普段通りでいいからな。細かいことは、あいつらが何とかしてくれる」

 

 荷解きを済ませて一息ついたアヤメに、丹念に大剣の研ぎ具合を確かめながらフジキが言う。カヤとライラックは力強く頷いた。

 

「うんうん! 立ち回りはなるべくこっちが合わせるから。私たちに遠慮せずに、大暴れしちゃって!」

「むしろフジキに大剣使いのあるべき姿を見せてやってくれよ。立派な大物担いでんのに、なーんか地味でさぁコイツ」

「一撃離脱型の安全志向って言ってくれ。命は一つしかないんだぜ」

「へぇ? てっきり、パワーでゴリ押しするタイプかと思ってた。見た目と随分違うんだね」

 

 ライラックとアヤメにからかわれて不貞腐れたようにそっぽを向くフジキに、思わずプッと吹き出す。

 良いチームだ。そろそろこういう気のおけない仲間を持つのも悪くないな、などとふと思う。

 

「まぁとにかくそういうわけだ。うちのリーダーは安全第一がモットーなんだが、今回のターゲットはおそらく、長引かせること自体が安全じゃねぇ。だからお前さんにゃ、パーティとしての純粋な火力アップを期待してる」

「なるほどね……了解。そう言ってくれると助かるよ、アタシもチーム戦には慣れてないし。アンタたちまでブッた斬らないようにだけは気を付けるわ」

「あはは! それはお願いね、私たちを討伐したってロクな素材取れないわよ?」

「…………シッ」

 

 不意にフジキが人差し指を立て、談笑を制止した。全員が息を飲んで耳に全神経を集中する。

 バキバキと木々の枝を割る音、微かな地響き。一瞬遅れて、ケルビとおぼしき草食獣のけたたましい鳴き声と足音が空に響いた。ケルビは昼行性であり、本来ならこの時間には活動していない。その彼らの場違いな騒乱は、『狩り』の始まりを意味していた。

 

「近いね」

「ああ」

 

 アヤメとフジキの短い会話を合図に、全員が武器を取り立ち上がる。キャンプを一歩出ると、目の前をパニックに陥ったケルビの群れが駆け抜けていった。

 

「あっちへ逃げてくってことは……私たちの獲物は、こっち」

 

 ケルビが走り去るのとは逆の方角を睨み付け、カヤが不敵に笑う。一同は頷き、弾かれたようにそちらへ駆け出した。

 

◇◇◇◇

 

 纏わりついてくる闇と木々を掻き分け、ケルビの足跡を辿って進むうち、空気に生臭い血の匂いが混じり始める。噎せ返るような死の香りに誘われるがまま走り、林の切れ目に達した時、極限まで研ぎ澄まされたハンター達の耳が、哀れな草食獣の皮と肉を引き裂く咀嚼音をついに捉えた。

 

 そこに――いる。

 

「お食事中に悪ィなぁ…………邪魔するぜ!!」

 

 先陣を切って飛び出したのはライラック。間髪入れずアヤメ達も彼に続く。

 狩猟笛が音色を奏でる一連の動作は、攻撃と完全に一体化した舞いだ。己と味方を鼓舞する旋律を身に纏いながら、ライラックは獲物の脳天目掛け、勢い良く笛を振り下ろした。

 

 ズギャァッ!!

 

 虚を衝いたライラックの一撃は、正確に獲物の後頭部を打ち抜いた。

 しかし――

 

「……怯みもしねぇってか。ちょっとヘコむぜ」

 

 そう呟いたライラックの顔に張り付いた笑みは、冷ややかに引きつっている。きっと他のメンバーも同じ顔をしているだろう。

 

「ねぇ……」

 

 生唾を飲み込み、アヤメが重い口を開く。自分でも笑えるくらいに声が掠れたが、それを恥じることすら忘れた。

 

「ナルガクルガってさ……こんなにデカいの?」

 

 ゆらり。

 悠々と食事を終えた黒い影が、ようやくゆっくりと振り返る。縄張りに侵入した不届き者たちを捉えた瞳は、地に這うように低く構えた姿勢を以てなお、アヤメ達を易々と見下ろす高さにあった。

 ナルガクルガの頭部から耳にかけたラインが、怒りによる充血で、みるみるうちに鮮血のような深紅に染まっていく。

 

「そんなわけあるか。こりゃあおそらく、規格外の大物だ」

 

 絞り出すように答えたフジキが大剣の柄に手を掛けるのと、ナルガクルガが大きく後方に跳び退がったのは、ほぼ同時。

 

 見えなかった。迅い――

 

 一瞬の戸惑いは、次いで放たれたナルガクルガの咆哮に消し飛ばされた。空をも割るような轟音に、鼓膜が、脳が、脊髄が痺れる。その感覚が身体の隅々に染み渡った瞬間、考えるより先にアヤメは駆け出した。

 

 理性を押し退けて本能が絶叫した。

 走れ。戦え。狩れ、と。

 

◇◇◇◇

 

 戦いの火蓋が切られてから、もうどのくらいの時間が経っただろうか。

 ナルガクルガの変則的な猛攻に振り回され続け、アヤメ達は徐々に追い込まれていた。まだ誰一人として大きな負傷こそしていないが、全員の顔に明らかな疲労の色が滲み始めている。

 一方のナルガクルガにも多少の疲れは見える……ような気がする。単に自分の目が慣れたのか、本当に疲れて動きが鈍くなっているのか、判断は付かない。

 

「迅竜の異名は伊達じゃない、か……。よくあんなの狩ったねアンタ達」

 

 ライラックが笛の音で注意を引いた一瞬の隙を見て距離を取り、半ば自棄気味に携帯食糧を齧りながら、側で回復薬を呷るカヤにぼやく。カヤは肩を竦めて苦笑した。得物のリーチが短いため、強引に懐へ飛び込むしか選択肢のない彼女は、他のメンバーに比べて細かい被弾が多く、体力の消耗が激しい様子だ。息もかなり上がっている。

 

「『あんなの』は狩ったどころか見たこともないわよ。大きすぎて調子が狂っちゃう」

 

 これまでの戦闘の展開から、その言葉が謙遜でも言い訳でもないことはよく分かった。

 確かにナルガクルガの俊敏さには目を見張るものがあるが、触れることすらできないわけではないのだ。フジキ達は同種の別個体を仕留めた経験を活かし、またアヤメは初見であるが故の先入観のなさを逆手に取って、何とか食らい付いてはコツコツと小さなダメージを重ねてきた。ナルガクルガの全身に刻まれた無数の新しい傷がその証拠だ。特に、アヤメとフジキが重点的に攻撃してきた右の刃翼は損傷が顕著で、部位破壊達成も視野に入ってきている。

 しかし、如何せん決定打に欠ける。闇に溶け込むナルガクルガの体色と常識外れの巨大さがハンター達の距離感を狂わせ、判断を鈍らせていた。

 

 このままではジリ貧だ。腹を括れ。安全に狩ろうなどという考えは捨てろ。命懸けはお互い様――

 アヤメは一つ、大きな深呼吸をした。

 

 カヤにしつこく足元をかき回され、ようやくナルガクルガがその執念に足を縺れさせて転倒した。

 すかさず頭付近にアヤメとフジキが駆け寄る。ほぼ同時に剣を振り上げた――が、ナルガクルガの復帰が早い。反撃の気配を察し、フジキは小さく舌打ちしながら、軽い一撃を浴びせてすぐに離脱した。

 

 一方、アヤメは動かない。振りかざした大剣を握る腕、それを支える背、地を踏みしめた脚、全てにギリギリと音を立てるほど力を込める。

 

「おい何を…………――ッ」

 

 思わず声を上げたフジキは、アヤメの鬼気迫る横顔に寒気を覚えて息を飲んだ。

 血と汗に濡れた銀髪の隙間から覗く漆黒の瞳は見開かれ、まるで周囲の空気もろとも何もかもを飲み込むかの如き凄惨な美しさを帯びながら、構える肩越しにナルガクルガを射抜いていた。

 

 鋭い刃翼を振りかざし、獲物を斬り裂かんと飛びかかってきたナルガクルガの頭部に狙いを定め、すれ違いざまに、溜めに溜めた渾身の縦斬りを叩き込むアヤメ。

 少しズレた。肩に剣を受けたナルガクルガはバランスを崩して再び転倒したが、刃翼をかろうじて避けたアヤメも、後を追ってきた後脚に巻き込まれ、吹っ飛ばされてゴロゴロと地面を転がった。しかしその勢いを利用してすぐさま身を起こす。そのまま地面を抉り取るような低姿勢で薙ぎ払いを放つと、ちょうど目の前にあった尻尾の先端が、アヤメの剣閃に切り払われて宙を舞った。

 

「……やべェなお前さん、マジでトンでる!」

 

 尻尾切断の衝撃でさらに体勢を崩したナルガクルガの頭部を、称賛を叫ぶライラックの笛が間髪入れず打ちつける。堪え切れず、ナルガクルガは肩を地面にめり込ませて横滑りに大きく転倒した。

 

「まだまだァ……っ」

 

 敢えて接近はせず、その場で再度剣を振り上げる。ナルガクルガが身体を起こし、頭をもたげてアヤメを殺意みなぎる視線で捉え、再び突進の予備動作を取った。

 

 そうだ、それでいい。

 まだ動けるだろう。こんなものじゃないだろう、アンタは。

 向かってこい。真っ直ぐ、正確に、ここへ。

 

 避ける素振りなど微塵も見せず、アヤメはさらに力を込め、限界まで全身を逸らして待ち構える。己の喉笛を切り裂かんと鈍く光る刃翼、ただその一点だけを見据えて。

 

 刹那。風を斬る横一線の赤い閃光と、全てを両断する意志を乗せた重厚な剣閃。

 両者が交錯した点で、ナルガクルガの右刃翼が粉砕された。

 

◆◆◆◆

 

「うーむ、まだ無理はしちゃいかんニャ」

 

 滝の音だけが流れる深夜の修練場、物言わぬ巨大なからくり蛙の御前。

 さらし姿で地に倒れ伏したアヤメの脇腹に触れながら、ゼンチが神妙な面持ちでそう告げた。太股をゼンチがグッと押すと、アヤメが苦しげな呻き声を上げる。顔は苦痛に歪み、全身にはべったりと汗をかいていた。

 

「骨盤が少し歪んでおるから、今までのように力を込めるとこの辺りに無理が来るのニャ。背筋もしっかり繋がっちゃおるが、まだまだ突っ張りが取れとらん。無茶するとまた断裂するニャよ」

 

 脚、腰、腕、背中、肩回り。ゼンチが触診する度に、アヤメの身体がビクリと震える。歯を食い縛るその表情は、全身を苛む痛みだけでなく、心から漏れ出ようとする昏い感情にも耐えようとしているようだ。

 

「いつも一人で鍛練しとる水辺に姿がニャいから、まさかと思って探しにきてみれば……なーにをしとるんニャお前さんは」

「……やだな、知ってたんだ」

「ニャハハ、昼寝しすぎて夜は目が冴えとるからニャ。年寄りらしく、ウロウロと里の中を徘徊してるのニャよ」

 

 敢えて軽口を叩きながら、痛めた患部を手早く冷やし、きつく縛って固定していく。みるみるうちに、アヤメの半身が包帯だらけになった。

 傍らには、修練場の貸出物である訓練用の大剣やハンマーが乱雑に投げ出されている。状況からして、アヤメが引っ張り出して来た物であることは想像に難くない。装備箱からここまで続く武器を引きずった跡、おそらく何度も振り上げては取り落として抉ったのであろう地面の穴、それぞれの柄とアヤメの掌に滲んだ血、全てが痛々しい。

 

「常識的な範疇での強い運動負荷に耐えるまで回復しただけでも、元の惨状を考えれば驚嘆ものニャが……お前さんらハンターが大物を振り回すのに使っとる筋肉は、常識を外れた全くの別物ニャから」

「うん、分かってる……ちょっとならって思ったんだけど、やっぱ無理だね。ごめん、ゼンチ先生」

 

 ゼンチに肩を借りながらどうにか上体を起こし、顔を背けて、所在なさげに天を仰ぐアヤメ。その表情は、ゼンチからは見えない。しかし、細い肩や背中に刻まれた大小様々な無数の古傷を濡らす汗は、彼女の心の代わりに身体が泣いているようにも見えた。

 自身の瞳と同じ漆黒の空を見上げるその心に、何が映っているのか……ゼンチには心当たりがある。

 

「今日は、イブキに会ったのニャね」

「……」

「お前さんはいつも涼しい顔しとるけども、中身は全然涼しくニャいからニャ。あの子に、火を点けられてしもうたか」

「……さあ。どうだろうね」

 

 アヤメは微動だにしない。

 ゼンチは一つ小さな溜め息をつき、よっこいしょ、と、大きな救急箱を背負って立ち上がった。

 

「ワシはぼちぼち帰って一眠りするニャ。アヤメも、痛みが落ち着いたら大人しく帰るんニャぞ」

「うん。ありがとう、こんな遅くに。……ねぇ、先生」

 

 呼ばれて振り返るも、アヤメはこちらに背を向けたまま動かない。黙って続く言葉を待つゼンチの耳にやがて届いたのは、悲しいくらいに普段と変わらぬ、静かな声色の問い。

 

「もうダメなのかな、アタシ」

「……」

 

 暫しの沈黙の末、ゼンチは再びくるりと踵を返し、船着き場へ向かって歩き出しながら答えた。

 

「未来予知は医者の専門外ニャ」

「……そっか」

 

 自嘲気味にフッと笑ったアヤメの力無い吐息は、止めどなく流れ落ちる滝の飛沫に混じって、儚く消えた。

 




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◇◇◇◇

オリジナルハンター3人はもちろん↓に含みません

【NPC全登場チャレンジ:残り37人】
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