One-way Spiral Staircase   作:まりも@tks55kk

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7-suspect【容疑者】

 たった一晩の間に起きた出来事の数々は、ついに心の容量をオーバーしたらしい。何もかもを放棄して丸一日と半分ほど死んだように眠りこけていたアヤメは、今日もまた日が高くなった頃に、ようやくゴソゴソと寝床から這い出した。

 

 目覚めて真っ先に部屋の片隅へ目をやったが、何度目を擦って見ても、やはりそこに相棒の姿はない。寝過ぎてガチガチに凝った身体を解しながら、やはりあれは夢ではないのだなと溜め息を吐いた。

 イブキはあの大剣を持ち出して、一体どうしようと言うのだろうか。どうしてあんなに怒って出ていったのか。あの時、自分は泣いていたか? ――考えようとすると頭が拒否した。なんだか、頭が空っぽになってしまったかのようだ。

 

 しかし何はともあれ、大暴れした後から何も食べていないので、頭もさることながら腹も空っぽである。飯を寄越せと泣きわめく胃を満たすべく、アヤメは息も絶え絶えにヨモギの茶屋を訪れた。今日は里の女性陣も集まって桜の下の席で何やら井戸端会議をしており、普段より随分と賑やかだ。

 

 きちんと自らの意志で買い込んだうさ団子の山を前に、さてどれからいただこうかと密かに胸を躍らせていると、神妙な面持ちのヨモギがスススとすり寄ってきた。向こうで立ち話に興じる女性陣をチラチラと見ながら、どこか落ち着かない様子でアヤメの耳元に口を寄せる。

 

「ねえアヤメさん、聞いた……? 昨夜、里のすぐ外の森で……死体が見つかったって」

 

 爽やかな昼間の里に似合わぬ不穏極まりない耳打ちに、アヤメはギョッとしてうさ団子を口へ運ぼうとした手を止め、ヨモギと顔を見合わせた。

 

「えっ、モンスターの? ……百竜夜行のせい?」

 

 モンスターの生息域にほど近いこの里ならば十分あり得る事だ。常に飛竜避けの煙は焚いてあるはずだが、そもそもが大規模な異変である百竜夜行に影響されたとあらば、何が起きても不思議ではない。ついに里にまで脅威が迫ってきたのかと、緊張で背筋に寒気が走る。

 しかし、返ってきたヨモギの言葉は、そんなアヤメの想像を簡単に裏切った。

 

「違う違う! ……人間だよ、にんげん」

「人間!?」

 

 思わず手元の湯呑みをひっくり返しそうになり、慌てて手で支えた。そこそこの現金や売れば金になるハンター装備などを、扉すら無い納屋に放っておいても何も起きないこの里では、大型モンスターが転がり込んでくるよりも信じられない話である。

 

「しかも二人。どっちも男の人だって。……うちの里の人じゃないみたいで、それはまぁ、よかっ、た? んだけど……」

「……二人……男……」

 

 ヒソヒソと話を続けるヨモギ。それに耳を傾けるアヤメの脳裏には、『里の人じゃない二人の男』の姿が過っていた。

 オテマエの包丁で裸に剥かれて集会所から転がり出ていった、間抜けな後ろ姿。確かに逃げ出したはずの、里外からやって来た二人の男。

 

「……えっと……いつって言った? 見つかったの」

「昨日の夜……正確には今日の明け方になるのかな? 配達から戻ってきたセンリさんが見つけて、郵便箱の中身ひっくり返して撒き散らしながら、大騒ぎで泣いて帰ってきたって。……なーんか、相当酷かったみたいだよぉ」

 

 あなおそろしや、とヨモギがおどけて見せる。しかしその引きつった表情からは、その情報が冗談でも何でもない事実であり、口にするのも憚られるか、もしくはまだ若いヨモギには詳細が伝えられなかったほどの凄惨な内容なのであろうことが察せられた。

 

 今日の明け方とは、昨日の夜とはいつだ。集会所のアレはいつだっけ。丸一日以上を寝て過ごしてしまったせいで完全に狂った脳内時計を巻き戻しながら、時系列を整理しようと試みる。が、自分が現実世界にいなかった空白の時間に起きたであろう出来事については、いくら考えても知る由がなかった。

 ただ、死体になっていたというのが集会所のあの男達であると考えるには、その空白の時間は長すぎるような気がしないでもない。

 

 腹の虫がまた鳴いた。そうだ、脳に栄養が足りていないから頭が回らないのではないか。唐突にそう思い立ち、とりあえず一番手前にあるうさ団子を手に取って、丸ごと一本分を口に捩じ込んだ。イブキがやっているのを見て、アイツの口と腹は一体どんな作りをしているんだと呆れていたが、やれば意外とできてしまうものだ。美味しい。

 頬がぱんぱんに膨らむほど詰め込んだうさ団子をなんとか噛みこなしてゴクリと飲み込んだら、糖を得た脳と耳がようやく繋がり、傍らで開かれている井戸端会議の声を拾えるようになった。当然ながら、あちらも例の事件の話題で持ちきりである。

 

「夜だけでも門を閉めといた方がいいんじゃないかね? お化けになって里に入ってこられたら困るじゃないさ」

 

 不気味そうに肩を竦ませながら、隙あらば門を閉めたいカムラの門番、ヒナミが眉を潜めた。勝手に閉めなかったのは以前それをやって怒られたからであろうが、誰も止めなければまた今すぐにでも閉めに行きそうな顔をしている。

 そんなヒナミの肩を「お化けなんているもんかい」とばかりに引っ叩き、ワカナがケラケラ笑った。

 

「セイハクも同じこと言うから、幽霊なら門なんかすり抜けてくるよって脅かしてやったら、ビビり散らかしちゃってもう大変だよ。ありゃあ当分、夜には一人で厠に行けないねぇ」

「オレも行けなくなりそうッス……た、太刀で追っ払えるッスかねぇ、ゆうれい……」

 

 いつもの場所でご機嫌に食事をしていてこの怪談集会に巻き込まれてしまったのであろうタイシは、ガタガタ震えながら、力を入れすぎて少し形が崩れ始めたおにぎりを握りしめている。

 そんな、食べることも忘れて怯える可哀想な少年に、隣で平然と茶を啜るシイカからの強烈な追撃。

 

「仮に幽霊を斬れる太刀があったとしても、あなたじゃまだ敵わないと思うわよ。どこの誰だかは分からないけど、体格からしておそらくハンターだろうって話だから」

「えぶっ」

 

 「おそらくハンターだろう」、その言葉はアヤメの鳩尾にクリーンヒットした。調子に乗って口に詰め込んでいた二本目のうさ団子が喉で渋滞して玉突きの大事故を起こし、悶絶して背中を丸める。

 

「ちょっとアヤメさんちゃんと噛んで食べて! 丸飲みできるようには作ってないよ!」

「ちょ、ちょっとがっつきすぎた、大丈夫、ごほっ」

 

 ヨモギにベシベシと背中を張られながら、なおも女性衆の話し声に耳を欹てる。

 

「お気の毒にねぇ~成仏してくれぇ~なーんて思って、里の祠に片っ端からお米と塩をお供えしてみたりはしたけど、どうかねぇ……ま、もし出てもうちの人が絶対守ってくれるから、私は全然平気だけど!」

 

 こんな時でも夫の惚気を差し挟むことを忘れないスズカリ。誰も突っ込まない。涼しい顔でそれを聞き流しながら、またしても優雅に茶を一口啜ってシイカが言う。

 

「怨霊となると、モンスターみたいにちゃちゃっと撃退というわけにもいかないから厄介ね。……ああ、この事件を端的に後世へ伝える、素晴らしい詩を閃いてしまったわ。『すっぱだか 全身ミンチの 晒し首』」

「ヒィーーン!!」

 

 タイシが死にかけのケルビのような悲鳴を上げて飛び上がるのと、アヤメが盛大に茶を噴き出したのは、ほぼ同時だった。

 

「アヤメさん!? 鼻からはお茶飲めないから!! しっかりして!?」

「……ごめ……まだちょっ、寝ぼけて……うぇ、ゲホッ」

 

 素っ裸の他所者男性ハンター二人組なんてものが、この平和な里の周辺にそう何組もいてもらっては困るのである。アヤメは汚した卓を台拭きで片付けながら愕然とした。

 『全身ミンチの晒し首』が、アヤメのプライドを弄び、イブキを激昂させたあの男達であることに、もはや疑いの余地はない。人の死というのは、相手や形が何であれ、少なからず心に衝撃を与えるものだ。正直死ねばいいのにとは思ったけれど、それが実際に死んだとなると、寝覚めが悪いどころの話ではなかった。

 

 怒りで我を忘れたイブキの狂おしい瞳をまたしても思い出し、仄暗い悪寒が全身を駆け巡る。――まさか、あの子が? わざわざあの大剣を持ち出したのは……まさか。

 今にも震え出しそうだ。ヨモギにそんな姿を見せては不安がらせてしまう。アヤメは慌ててうさ団子を平らげ、少しでも情報を得ようと集会所へ飛び込んだ。

 

◇◇◇◇

 

 集会所の暖簾を潜るなり、いつも入口の正面に座しているゴコクが細い目を見開いてテッカちゃんから身を乗り出し、さらに転げ落ちる勢いで飛び降りてきて、アヤメの両肩をバシバシと叩き歓迎した。この喜びぶりからすると、おそらく先日の一悶着については、オテマエから情報共有が済んでいるのだろう。先程耳にした不穏な話もあるし、大分心配をかけてしまったようだ。

 

「生きとったでゲコかアヤメー! 全然出てこないから皆心配しとったでゲコよー!!」

「あー……すみませんゴコク様……寝てました。がっつり」

「ホッホッホッ! 疲れた後にがっつり寝られるのは若い証拠でゲコよ。無事なら全て良しでゲコ!」

 

 気恥ずかしさと申し訳なさで、頭を掻きながらペコリと頭を下げた。ゴコクはハモンとはまた違った意味で祖父のような存在だ。いつも明るく温かく里の皆を見守るその目線が、今は余すことなく自分に向けられている。嬉しいけれど、とてつもなく照れ臭い。

 

 しかし今のアヤメは、左手のカウンターが気になっていて、正直それどころではなかった。黙してそこに座る女性――ミノトに、まだあの件について謝っていないからだ。どの面下げて会えばいいのだと悩んで逃げ回っていたのに、覚悟も何もできていない半端な面で顔を合わせる羽目になってしまった。

 

 アヤメが気まずさで目を泳がせながら立ち尽くしていると、意外にも、ミノトが先に口を開いた。普段と変わらぬ落ち着いたその口から出たのは、アヤメとイブキを案ずる労りの言葉。

 

「オテマエさんからお話は伺いました。お相手のお二方にもし今後お会いすることがあれば、申し上げたい事が山ほどあったのですが……まあ、残念ながらもう、その機会はありませんからね。ひとまず、お二人がご無事で何よりです」

「あっ……う、うん。ありがとう……」

 

 その思いやりに感謝すると同時に悩みが増えた。ミノトが自分を心配してくれていたのも、無礼と暴力を働いた男達に対して静かに怒ってくれているのも、言葉の端々からひしひしと伝わってくる。しかし、相手ともう機会がないというのは何だ。死体の正体を知っているのか?

 別に自分が殺したわけでも何でもない、そもそも何も知らないも同然なのに、事件の真相を必死に隠蔽しなければならないような気分になっていたら、お調子者のマイドが割り込んできてくれた。言っている事は下衆だが、今のアヤメにとっては神が差し述べた手にも等しいありがたさだ。

 

「イブキさんとアヤメさんのガチンコ相撲、アタシも見てみたかったニャ~。今度やる時は絶対呼んでニャ? お客も呼んで大々的にイベントするニャよ、ニャハハ」

「……勘弁してよマイドさん。あんなの何回もやってたらアタシが死ぬわ」

 

 前言撤回。下衆過ぎた。

 そんなアヤメの気持ちを代弁してくれるかのように、アヤメの様子を見にきたオテマエが、マイドの頭を団子用の伸ばし棒でゴチンとぶっ叩いた。

 

「ふぎゃっ! 痛いニャ、それは痛いニャよオテマエさん!」

「あの大暴れを見てないから気楽な事言えるのニャ、ったく……時にアヤメ、身体の方は大丈夫かニャ? 大分無理してたニャろ、あんときゃおでこに青筋浮いてたニャ」

「うん、まぁ……締めてる時はキツかったけど、オテマエさんのお陰で短時間で済んだからね。今は何ともないよ、寝たら治った。改めてホントに、助けてくれてありがとう」

 

 こちらにも丁重に頭を下げる。今回の多大なる恩義と同時に、太刀使いにすら見切れなかったオテマエの包丁捌きを思い、もう彼女には絶対に逆らわないでおこうと固く誓った。

 

 どうやらもう通常通りに業務が回っているらしい集会所内部をくるりと見渡してみると、イブキが胴蹴りで男を吹っ飛ばした先に設置されていたクエストボードが、既にピカピカの新品になっている。なんなら先日より綺麗になったかもしれない。あれは流石に弁償かと覚悟していたのだが、壊したと思っていたのは勘違いだったのだろうか。

 

「あれ……イブキがぶっ壊さなかったっけ?」

「ハナモリさんが昨日すぐに直してくださいました。掲示していた依頼書も破れてはいましたが、写しがありましたので問題ありません。今はもう、全て元通りです」

 

 振り返ると、いつものお面販売スペースから、ハナモリが笑顔で親指を立てているのが見えた。

 

「いい機会だったから、少し色を塗り変えて、依頼書を吊れる面積も増やしたんだ。武具の加工なんて難しい事はできんが、こういう地味な大工仕事ならお任せ、ってな!」

 

 ウツシ教官作のモンスター面は、残念ながら里内での売れ行きがあまり芳しくなく、その販売を請け負っているハナモリは暇そうにしていることが多い。出番が来て本当に嬉しかったのかもしれない。

 迷惑をかけたと思った相手が明るく笑ってくれていることで、心がどんどん軽くなっていく。

 

「そういやあアヤメさん、大工仕事の話ついでなんだがね……お宅、家の戸がないんだって?」

「な、なんでそれを……いや……うんまぁ、ないけど……別に困らないから……」

「いくらなんでもこんな時にそりゃあダメだよ。戸板一枚じゃあどうにもならんかもしれんが、ないよりはマシだろう。嫌だって言っても近々直しに行くからな! まったく、もっと頼ってくれていいんだぞ。こんな小さな里の仲間同士、みんな家族みたいなもんなんだから」

 

 「こんな時」「扉一枚では云々」など、前半部分になんだか気にかかる言葉が多いが、そこは物騒な事件の後だからだろうか。

 後半は素直に嬉しい。「もっと頼ってくれていい」という言葉に、腹の底にずっしりとくる心地よい重みを感じて、ハナモリにも深めの会釈を返した。

 

 さっきからあちらこちらに頭を下げっぱなしだ。心の中は謝罪の気持ちと溢れんばかりの感謝で満たされ、余計な感情は下げた頭のてっぺんから綺麗に流れ落ちてしまった。ならば、今このまっさらな気持ちを差し出さずして、いつするか。

 アヤメはミノトに真正面から向き合い、意を決して切り出した。

 

「あの、ミノトさん」

「はい」

 

 書類の整理をしていた手を止め、無表情でこちらを見つめ返すミノト。狩りの前とは全く違う、全身を震わす緊張感がアヤメを包む。

 

「なんか、色々壊した物とかのついでみたいになっちゃって……それもホント申し訳ないんだけど……この間の事も、本当に……ごめんなさい」

 

 綺麗に切り揃えられた前髪に隠れたミノトの眉が、ほんの少し上がった。

 悪さをして謝る子供のように、アヤメは小さくなって項垂れながらポツリポツリと続ける。しどろもどろもいいところだが、格好をつけられる立場ではないし、そんな余裕もない。

 

「ミノトさんは、アタシの復帰のことを親身になって考えて、クエスト持ってきてくれたのに……その……すごく、失礼な態度を」

「……アヤメさん」

 

 呼ばれておそるおそる顔を上げる。そこには、首を柔らかく傾けて微笑みを浮かべた、優しいミノトの顔があった。

 

「そんなお顔をなさらないでください。アヤメさんがここへ戻ってきてくださっただけでも、わたくしは十分すぎるくらい嬉しいのですから」

 

 下瞼を僅かに持ち上げただけの目、それに連動して上がっただけのような口角。とてもとても分かりにくいけれど、ミノトにとってこれは、ヒノエに置き換えれば太陽のような満面の笑みと同等と言っても差し支えない笑顔だ。幼い頃よく話し相手になってくれた彼女は、機嫌が良い時のアヤメが手を握って「ミノトおねえちゃんだいすき」と言う度に、これと同じ顔をしていた。

 

「適当なクエストは常に見繕っておきます。アヤメさんの心が決まったら、いつでもお声掛けくださいね」

 

 鼻の根元が、ツンと痛んだ。

 

「……ありがとう、ミノトさん」

「はい」

 

 気付けば、周りの皆もどこかホッとしたような顔で二人のやり取りを見守っている。暖かい昼の陽光がテラスから差し込み、集会所全体が柔らかくアヤメを受け入れてくれたような気がした。

 

◇◇◇◇

 

「ところで……イブキは?」

 

 せっかく空気が少し和んだところなのに、いきなり晒し首の話はしたくない。アヤメは手近な椅子に腰掛け、もう一つの大きな懸念についてミノトに尋ねた。

 

「昨日の朝一番にウツシ教官と一緒に謝罪に来られて、片付けを手伝ってくださいましたよ」

「……か……片付け……?」

 

 目が点になった。何から何までハチャメチャだったくせに、するべき事はきっちりしているではないか。なんだアイツは。それに比べて自分と来たら何ということだ。

 最低限の筋すら通さず昏々と爆睡していた自分が猛烈に恥ずかしくなり、思わず顔を両手で覆ってテーブルに突っ伏した。察してすかさずフォローを入れてくれるミノトとオテマエの気遣いが逆に痛い。

 

「大丈夫ですよ。皆でやればすぐに終わる程度でしたから」

「荒らしたのアイツなんだからアヤメが謝る必要ないニャ」

「いや……ホントごめん……寝てて……すごい寝てて……」

 

 しょぼくれるアヤメを見て笑いながらテッカちゃんによじ登り、いつものポジションに落ち着いたゴコクが、アヤメを慰めるのに忙しくなったミノトの言葉を引き継ぐ。

 

「あちこち怪我しとるから、片付けの後はゼンチに診せに行くとウツシが言うとったでゲコ。しかしそういやその後は、イブキは見かけとらんでゲコなぁ」

「……」

 

 つまり、丸一日ここには来ていないということか。教官から自宅での謹慎を言い渡されてでもいるのならいいが、もしも、そうでなかったら。ゼンチの診察を終え、教官と別れた後、もし里の外へフラリと出掛けていたなら――その光景を想像した絵面に鈍く光る巨大な凶器について、聞きたくないが確認しないわけにもいかない。何故ならそれは、アヤメがイブキの手に渡してしまった物だから。

 

「その時イブキ、大剣持ってなかった?」

 

 さらりと答えるミノト、そしてマイド。

 

「ええ、お持ちでしたね」

「ズタボロの怒った顔でズタボロの大剣担いで入ってきたから、誰かぶった斬ってきた後なのかと思ったニャよ」

 

 心臓が止まるかと思った。

 オテマエがまたマイドを棒でぶっ叩く。

 

「なんで!? 何がいけなかったニャ!?」

「冗談でも物騒なこと言うもんじゃないニャ、今朝あんなことがあったばっかりニャってのに」

 

 心臓がちょっと口から出たかと思った。

 

「うむ……人を襲ったモンスターがまだ里の付近をうろついとるかもしれんという時に、『カムラの里には人斬りが出る』なんて尾ヒレまでくっついてしもうたら、ハンターも観光客もだーれも来てくれんようになってしまうでゲコよ。それこそ里壊滅の危機でゲコ」

「……モンスター?」

 

 アヤメは間抜けな声で思わず尋ね返した。ゴコクが少し顔を曇らせて頷く。

 

「おぬしは寝坊したからまだ聞いとらんでゲコか? 今朝早くに里からほど近い場所で、モンスターに襲われたらしい人間の遺体が見つかったんでゲコ」

「き、聞きました、さっき表で」

「損傷が酷かったようで、身元の確認に少々時間がかかったのですが……その作業に当たられたウツシ教官によれば……アヤメさん達と揉め事を起こしたお二方ではないか、とのことです」

「……」

 

 目から鱗が落ちた。なるほど、そういうことになっているのか。表の女衆よりもここの面々が落ち着いているのは、現実的な事態の対処により近い業務に携わっているが故だろう。

 

「だーから皆アヤメの姿が見えないことを心配しとったのニャ! コミツなんか、アヤメがモンスターに食われちまったから出てこないんじゃないかってベソベソ泣いてたニャよ、後で顔見せに行ってやれニャ。まあ、家まで見に行きゃあ呑気に寝こけとったんニャから、泣く必要もなかったのにニャ! ニャッハハー」

 

 突然口を開いて不自然なほど陽気にべらべらと喋りまくりながら、オテマエが何やら目配せをしてきた。なんとなくだが、何が言いたいのかは分かる気がする。同じ地獄を見た者だけに通じる以心伝心というやつだ、多分。とりあえず小さく頷いておいた。

 

「どうかなさいましたか、アヤメさん?」

「あ、いや……何でも」

 

 何気ないミノトの問いかけにさえドキリとしつつも、ひとまず、この話題が無難にまとまりかけていることに人知れず一息ついた。

 

「さーて、寝坊助アヤメの無事も確認できて安心したことだし、みんな仕事に戻るでゲコよ~。……とは言っても、描く対象が分からんことには、唸る絵筆もへったくれもないでゲコ。一体何者なんでゲコかねぇ」

「はい……現役のハンターが二人掛かりでも手に負えなかったモンスターとあらば、一刻も早く討伐依頼を出したいところですが……ウツシ教官からの続報を待つしかありませんね」

 

 ゴコクとミノトのやり取りを機に、各々が自分の持ち場へ戻っていく。特に仕事のないアヤメもそれにつられ、いつものテラス端へ出てぼんやりと空を見上げた。

 

 すっかり頭が殺人事件になっていたので、彼らがモンスターに襲われたなどという事態は、逆に思い付きもしなかった。しかし、アヤメ自身ですら最初に「死体が」と聞いて思い浮かべたのはモンスターだったのだから、死んでいたのが人間だったという違いはあれど、モンスターが絡んでいると考える方が、この環境と状況においては自然である。

 一昨日の集会所での出来事を見ているオテマエだけは、アヤメが考えたのと同じ可能性に行き着いている風だったが、知らぬ存ぜぬで通すつもりのようだ。それならそれでいいぐらいに思っているのかもしれない。身内には大海のごとき懐の広さを見せても、無礼を働いた他所者にはとことん冷酷。やっぱり怖い。

 

 イブキの動向については、まだ臍を曲げているかもしれない本人よりも、ウツシに聞く方がいいだろう。今は事件の調査で忙しそうだが、ここで待っていればそのうち必ず顔を合わせる。アヤメは腹を括り、その時までこの場所でウツシを待つことにした。

 




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◇◇◇◇

シイカさんのセンスは常人には真似できない
【NPC全登場チャレンジ:残り26人】
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