One-way Spiral Staircase   作:まりも@tks55kk

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9-entrusting【信託】

 ナカゴからイブキの想いの一片を聞かされたことで、憑き物が落ちた気がする。まだまだ謎は残っているが、ひとまず闇雲にウツシを待つのは止め、今まで通りに自分のペースで過ごすことにした。

 

 いつものテラスでぼんやりしたり、できる範囲で鍛練をしたり、時々は集会所の二階へ遊びにいって、武具の豆知識やイブキの様子などを聞いたり。一週間もイライラし続けていた反動という面もあるだろうが、そんな時間がとても心を穏やかにしてくれたので、最初からこうすればよかったとつくづく反省している次第である。

 ナカゴ達ともすっかり打ち解け、先日はコジリがアヤメの分の弁当まで作ってきてくれた。それがあまりに美味しかったものだから、それ以来、気を抜くとコジリに求婚しそうになるのを堪えるのに苦労している。

 

 当然イブキも集会所の加工屋に来るので、なるだけこちらも避けてやるようにはしていた。が、ある日、アヤメが二階の休憩スペースでゴロゴロしていたら、とうとう鉢合わせてしまった。イブキが入室する直前に気付いて咄嗟に寝たフリをしたが、彼女は奥に転がっているアヤメの背中を一目見た瞬間、脱兎のごとく逃走。以前なら腹も立っただろうが、今はなんだかその頑なさが意地らしくさえ見えてくる。

 試しに「熟睡してるから当分起きない」という設定でナカゴ達と口裏を合わせ、狸寝入りを続行した状態で呼び戻してもらうと、こちらの様子を気にはしてコソコソはしつつも、きちんと大剣のメンテナンスは済ませて出ていった。どんなに気まずくても、するべき事はする良い子である。その後も、逃げられたり知らんフリをしたりしながら、とりあえず距離を保ったまま放っている。人嫌いの野良猫を餌付けして徐々に慣らそうとしていた、街のおばちゃんを思い出した。

 

 例のモンスターによる人喰い事件(仮)についても未解決のままだが、カムラの里の民はモンスターと幽霊の噂を急速に忘れつつある。ついに百竜夜行の前兆らしきモンスターの小規模な移動が散発し始め、それどころではなくなってきたからだ。今はまだ小型モンスターの異常行動が中心で、里守と少数の里外ハンターだけで対応出来ているが、今の流れならすぐに限界が来る――と、ゴコクがいつになく真剣な面持ちでこぼしていた。

 いよいよとなれば、イブキも駆り出されるのだろう。しかし、百竜夜行どころか日常生活にも介助が必要なのではないかと皆が心配するくらい、最近のイブキは連日ズタボロである。自分が代わってやれればといくら思えど、身体は戦える状態ではないし、そもそも武器がない。だってあのズタボロが持ってるから。堂々巡りの思考がそこに行き着く度に、やはり小さな溜め息は出てしまう。

 

◇◇◇◇

 

 徐々に迫り来る災禍の影を一時だけ忘れさせてくれる、雲一つない晴天の朝。アヤメは珍しくいつもより早い時間に目を覚まし、軽く里の外周を走って汗を流した。身を清めた後も火照りの残る頬に、朝の涼しい風が心地好い。

 大変爽やかな心持ちで集会所へ向かっていると、たたら場の方から自分を呼ぶ野太い声がした。

 

「おーい! アヤメ!」

「里長……?」

 

 精悍な面構えのガルクを従え、豪放かつ快活な笑顔で手招きをしている大柄な男。アヤメが幼い頃から現在に至るまで、このカムラの里を背負って立ち続ける偉大な里長、フゲンだ。この里に暮らす者を全て等しく家族と呼び、このたたら場から里を見守り続ける視線は常に、鷹の如き鋭さと、たたら場の炎にも劣らぬ熱、そしてちょうど今朝の里を照らす陽光のような、果てのない温かさを帯びている。老齢を全く感じさせない彼の気力に満ち満ちた佇まいに、自然と頭が下がった。

 

「今日は良い顔をしておるようだな! どうだ、調子は?」

「あーまあ、ぼちぼちやってます。……あの、何か」

 

 珍しく呼び止められたことに少々戸惑いながらアヤメが問うと、フゲンはニカッと気さくな笑顔を浮かべて言った。

 

「待ち人来たり、だ。――ウツシが戻った」

「!」

「オマエがずっと待ち焦がれていたことは伝えてある。それは申し訳ないと言って、すぐさま茶屋へ飛んでいきおったぞ」

「待ち……焦がれ……?」

 

 一般的にそういう言葉で表現される類いの想いは全くなく、一方的かつ理不尽な怒りで焦げ散らかしていただけなのだが、何か誤解されてはいないだろうか。里の者をあれだけよく見ている里長に限ってそれはないか。

 

「俺があれに色々と申し付けていたものでな。随分とオマエを待たせてしまったようで、済まなかった。今日は暇をやっておるから時間はあるだろう。存分に久方ぶりの逢瀬を楽しんでこい! ハッハッハ!」

「……」 

 

 本当に誤解されていないか、とてつもなく不安になってきた。

 しかし何はともあれ、溜め込んでいた用件がようやく片付くとあらば、それは大変ありがたい。フゲンにもう一度頭を下げ、しかしあまり急ぐ様子を見せるとますます誤解が深まりそうなので、なるべく平静を装いながら、改めて集会所へ足を向けた。

 

◇◇◇◇

 

「おおアヤメ!! ウツシが来たでゲコよ!!」

「はい、里長から」

「アヤメさん、ウツシ教官が」

「うん聞いた」

「ウツシさんが」

「大丈夫ありがと」

 

 アヤメが集会所に一歩足を踏み入れた瞬間、負のオーラを撒き散らしていた暗黒の一週間を知る面々がドッと沸いた。こんなに気を遣わせていたのかと恐縮しながら、ウツシの待つテラス端の席に向かう。椅子に掛けて外を眺めていた彼は、アヤメの姿を認めるとすぐに立ち上がり、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「すまないねぇ、奢るって約束してたのに遅くなってしまって」

「いいよそんなの。それより教官、イブキについて聞きたい事が山ほどあるんだけど」

 

 先にどかっと椅子に座り、一度席を離れてうさ団子を大量に注文して来たウツシが再び着席するのも待たずに、身を乗り出して先制するアヤメ。しかしウツシはのんびりといくつかの重苦しい装備を外し、よっこいせと落ち着いて腰を下ろすと、てんで明後日の方向の話を始めた。

 

「その前にさ……ずっと言おうと思ってたんだ。『教官』はやめないか? 俺はキミの教官じゃないし、昔はそんな呼び方してなかったじゃないか」

「昔?」

「うん。子供の頃は『うちゅいー、うちゅいー』って」

「……」

 

 二つほど瞬きをしたアヤメの目から、光が消えた。 

 

「まだセイハクくんくらいだった俺の着物の裾を掴んで、あっちこっちヒヨコみたいにヨチヨチついて回ってさぁ。そりゃあもう可愛かったもんだよ、今でも思い出す度にニヤけちゃうくらい! だから、あれでいこう!」

「……アタシ今いくつだと思ってんの……」

 

 自分の喉はこんなにも低い音が出せたのかと自分で驚くほどの、地獄の底から湧いたような声が出た。両肘をテーブルについて頭を抱えると、長い長い長い溜め息も出た。泣き虫云々の件といい、何故この里の人間は揃いも揃って、二十年以上も昔の事をこんなにもよく覚えているのだろうか。自分も微妙に覚えているから余計に腹が立つ。言ってた。うちゅいーって。

 

「今でも俺にとっては妹みたいなものだからね! いくつになったって、うちゅいーでいいんだよ?」

「……いやそれはないでしょうよ……はあぁ~……あーもー……じゃあ、ウツシ『さん』。これで勘弁してくんない……?」

「ハハハ! 分かったよ、その方がまだしっくり来る」

 

 運ばれて来たうさ団子の山から早速一本を手に取りながら、未だ死んだ目をしたままのアヤメからなされた提案を快諾したウツシは、ようやく本題に取りかかった。

 

「っと、うちの愛弟子のことだったね。あの子は今、鉄蟲糸技と入れ替え技の特訓中だよ。元々そのために炭鉱夫暮らしから呼び戻してたんだ」

「教官が会いたくて会いたくて震えてたからじゃなかったんだ」

「えーっ!? そんな話になってるの!? 『教官』はナシ!!」

「なってるね。里中の皆がそう思ってると思うよ、ウツシさん」

「うそォーん!!」

 

 ウツシがベシャッとテーブルに突っ伏し、恥ずかしがっているのか何なのか、何事かをモニャモニャと呻きながら悶える。どう考えても日頃の行いが悪いのでフォローのしようがない。頬杖をついて団子を頬張り、任務帰りとは思えぬハリとツヤを保ったツンツン頭をつついたりちょっと引っ張ってみたりしながら、彼が復活するのを待つ。喋るとポンコツなのはいつもだが、イブキの事となると尚更だなと思う。せっかく見た目は良いのに。見た目だけは。

 

 と、唐突に多大なる誤解についてのショックから立ち直り、バッと身を起こして真剣な眼差しで話を再開するウツシ。切り替えが早過ぎてついていけない。

 

「久しぶりの訓練だから、新技いっぱい教えるぞぉー! って張り切ってたのにさ……突然、大剣だけでいいって言い出したよ。理由は、言わなくても分かると思うけど」

「……まぁうん、半分くらいは」

 

 想定の範囲内。大剣はいらんとでも宣っていたなら流石に張り飛ばしに行くところだが、そんな事があり得ないのは承知している。加工屋のスパイを通じてイブキの「『アヤメの大剣を』担いで闘いたい」という意志は十分伝わっているので、それで半分。ちなみに残りの半分は「何故そうしたいのか」だ。

 

「現実問題、あの子もすぐに百竜夜行に出なきゃいけなくなるから、今はとにかく大剣を集中的に特訓してる。最近傷だらけなのはそのせいさ」

「傷だらけなんてモンじゃなくなってきたよね。昨日なんか、帰ってきたイブキ見て、マイドさんがひっくり返ってたよ」

 

 正確には「無傷の綺麗な箇所を探す方が難しいほどの満身創痍で食事をしに現れたイブキを、マイドがモンスターに食われたハンターの幽霊と勘違いし、その傷だらけの全身に塩をぶっかけて失神させた」なのだが、最後の部分はイブキの名誉の為に黙っておいてやる方がいい気がしたので言わなかった。ちなみにマイドがひっくり返ったのはイブキに驚いたからではなく、オテマエから百叩きの刑に処されたからである。これはマイドのために端折った。

 

「アハハ、昨日は大分みっちりやったからなぁ。今俺がこうやってのんびりしてるのも、今日はさすがにちょっと休ませた方がいいかなって思ったからだし」

「やっぱウツシきょ……さん、も、訓練の時は厳しいんだね。普段こんなだから想像つかないや」

 

 行儀悪く頬杖をつき、団子の串でヒョイヒョイとウツシの顔を指してそう言うと、ウツシは胸を張って朗らかに笑った。

 

「そりゃあそうさ! 愛しているからこそ、訓練で甘やかして本番で死なせるわけにはいかないからね! キミだって師にたーっぷり愛の鞭を打たれてハンターになったんだろうから、それは分かるだろ?」

「……まぁ多分、それなりには……」

 

 自分の修行時代を思い出し、ちょっとげんなりする。ハンターは大なり小なり皆そうだ。修行時代が一番楽しかったと曇り無き眼で言い切るハンターなど、少なくともアヤメは今までに一人も見たことがない。『修行』『訓練』という単語が聞こえただけで生気を失う者なら、数え切れないほどいたが。

 

「昨日は新技の会得のために、大剣を構えたままで俺の攻撃をひたすら一方的に受け続ける訓練をやってたんだ。三時間くらいは粘ったかなぁ、見事に耐え切って元気一杯にゲロ吐いてたよ! あそこまでのは久しぶりに見たね、ハハハ」

「……うぇ」

 

 既に大きく減衰していた食欲が完全に滅亡した。食事中にする話ではないだろうと睨み付ける気力すら湧いて来ない。

 

 アヤメもかつて似たような訓練を受けていた時期があり、当然ながら毎回ほぼ同じ結果になった。率直に言って、あれをもう一度やるくらいなら死んだ方がマシである。

 ハンターは皆そのような地獄を潜り抜けてきているからこそ生きて狩猟活動を続けられるのだし、初対面のハンターと信頼し合って共闘することができるのもそのお陰。しかし、辛いものは辛いのだ。それを今イブキが経験している最中だと知れば、やはり胸を痛めずにはいられない。

 

「元々あの子は、太刀が一番得意でね。逆に、大剣はどちらかと言えば不得手な部類の武器なんだ。基礎はちゃんと入ってるけど、まだまだアヤメさんみたいにきっちり使い込んできたハンターとは比べ物にもならない。悪戦苦闘してるよ」

「そうだったんだ。なのにまぁ、無理しちゃって」

「意識や身体の使い方が全然違うからねぇ。この土壇場に来て、難儀な道を選んでくれたもんだ」

 

 大剣と太刀。どちらもリーチの長い近接武器という分類ではあるが、その扱いに必要な素養は、ウツシも言う通り真逆と言ってもいい。

 絶えず流れる水のように動きを止めず気を練り上げ続けることで、徐々に剣閃や神経を研ぎ澄まし高めてゆく太刀と、一瞬で力と精神を極限まで集中させて爆発的な一撃を叩き込むことを真髄とする大剣。どちらも向き不向きの差が大きく、同一人物が両方を極めることは稀だ。事実、大剣やハンマーといった一点集中型の武器種を振り回していたアヤメは、太刀や双剣などの強化持続型武器については「使えないことはない」という程度に留まっており、決して得意ではなかった。その真逆を行こうとする今回のイブキの転向も、相当な覚悟と努力が無ければ成し得ないことは想像に難くない。

 当然、教官という地位にあるウツシは、それを十分理解しているはずである。しかし彼は、一欠片の迷いもない口調で言い切って、アヤメにニコリと笑いかけた。

 

「でも、きっとすぐに覚える。あの子の頑固さはとんでもないから」

「……はは、そうだね」

 

 思わずアヤメも苦笑し、頷いた。

 あの子は折り紙つきの頑固者、一度やると決めたらできるまでやる、狂気じみた意地っ張りだ。できるまでやるのだから、必ずできるようになる。

 大きな怪我にも顔色一つ変えなかった根性、大剣を強奪していった時の力強い目、それらを思い返せば疑う由もない。実はアヤメも似たようなものなのだが、その自覚はあまりなかった。

 

◇◇◇◇

 

「前置きが長くなってしまったけど……俺からも、アヤメさんには話したい事が沢山あるんだよ」

 

 そこそこの端正な外見をした男女二人が桜舞う風光明媚な景色の中で向かい合い、男がこのように口火を切る。一見すれば、久しく離れていた愛する女に、募らせた想いをいざ語らんと男が切り出した光景に見えるかもしれない。

 しかし、男女の片割れ――ウツシは、両膝に手をついてまたしてもアヤメに土下座よろしく頭を深々と下げた。その意図は懺悔の一念。『話したい事』は、弟子が起こした暴力沙汰の事である。

 

「まずはあの喧嘩について! 改めて、うちの愛弟子がご迷惑をお掛けして申し訳なかった。アヤメさんが止めてくれてなかったらどうなっていたことやら……キミには大分無理をさせたとも聞いたよ。本当にすまない。師として、俺からもお詫びさせてくれ」

「いや……アタシが上手くあしらえてりゃあんな事にはならなかったんだし、謝られる筋合いはないよ。こっちこそ、おたくの大事な愛弟子に怪我させて申し訳ない」

 

 謝罪など特に望んでもいなかったので、慌てて制するアヤメ。ウツシは恐縮そうに顔を上げると、どこか遠くを見るような目であの日のイブキを思い返した。

 

「うんうん怪我ね、してたねぇ。物凄い顔になってたからビックリしたよ。輪郭は変わっちゃってるし、口の中は大分縫ったし」

「やっぱりか……」

 

 出血量からその可能性も想定はしていたが、やはり縫うほどの傷だったかと眉根を寄せる。ハンターに怪我は付き物、縫われる傷も日常茶飯事。しかしモンスターではなく他人に付けられた傷とあっては話が別だ。アヤメはイブキの頬を打ち据えた拳の衝撃を思い出して密かに歯噛みしたが、ウツシは意外にも飄々とした口調で続けた。

 

「まぁでもあれは、あの子の方も我慢不足だ。怪我をしたのは自業自得、アヤメさんに大人の対応を習っておきなさいって言っといた」

「えぇ……そこアタシに振るの……」

「そういうのは俺よりアヤメさんの方が上手でしょ」

「イブキが暴れてなかったら、アタシがぶっ飛ばしてたかもしれないよ? 結構頭には来てたし」

「ハハハ、またまたぁ! ……でもね」

 

 いつものようにカラカラと笑っていたウツシの声色が不意に、スッ、と、僅かに低く、冷たくなる。

 

「相手の方は、叱る程度じゃ済まされない」

 

 突如、周辺の空気に黒く重い雷雲が立ち込めたような錯覚に陥った。

 ウツシの目許は相変わらずニコニコと微笑んでいるように見える。しかし、ただその向かいに座っているだけで、命を握り潰されそうなほどの圧迫感が襲いかかってくる。

 何だ、これは。

 

「彼らはキミ達を愚弄し、拳を振るって俺の大事な愛弟子に酷い傷を負わせ、ナイフを向け、狩猟用の太刀を抜こうとまでしたそうだね。とても看過できない暴挙だ。ハンターとして、男として、人間としても」

 

 重い。苦しい。息ができない。

 ウツシは笑っている。今すぐ逃げ出したい。身体が動かない。目が離せない。

 

「だから、然るべき処理をしておいたよ」

 

 口に運びかけたまま虚空を泳いでいたうさ団子が、アヤメの手元からポトリと落ちた。

 

「処理」

 

 無意識にウツシの言葉を反芻する。ウツシは笑顔で団子を食べている。落とした団子を、串で刺して拾い上げる。

 

「うん」

 

 拾った団子を何も考えず口に入れた。汚れていないかどうかを確認することもせず。

 

「……」

「……」

 

 二人の口は頬張ったうさ団子で一杯だ。見つめ合ったまま、黙々と噛み下してゆく。緑の匂いのするそよ風が、二人の間にふんわりと吹き抜けた。

 

「ああ、ところでね」

「!!」

 

 ビクゥッ。

 ちょっと腰が浮いたかもしれない。

 

「普通に忙しくて予定より引っ張っちゃったけど、今朝やっとあの二人を襲ったモンスターを発見して、そのまま討伐してきたんだ。でっかいヨツミワドウだった。里長にもそう報告してある」

「……」

 

 サラサラと述べながら、ウツシは次の団子にかぶり付き、あっという間に腹へ収める。唇の端からチラリと覗く人並みより少し大きめの犬歯が、今日はやけに目についた。

 

「――と、そういう訳だから。『大人の対応』、よろしく頼むね? アヤメさん」

 

 アヤメがようやく口に含んでいた団子を飲み込むと、ウツシはいつもの爽やかなキラキラスマイルで、口許に人指し指を一本立てた。

 シイカのクソみたいな詩を思い出した。「全身ミンチの晒し首」。ヨツミワドウ。アヤメはまだ直接見たことのないモンスターだが、川底の砂利ごと好物のウリナマコを食べる姿が豪快で面白いのだと、一緒に飲んだあの時に、ちょうどイブキが言っていた。ウリナマコって人肉だっけ。

 

「……」

「うぅーん、さっきのも美味かったけどこれも美味い! うさ団子はやっぱり最高だぁー!」

 

 大人も子供も人心地すらも忘れて呆然とするアヤメを尻目に、うさ団子を齧っては誉め称え続けるウツシ。大変上機嫌なご様子である。

 必要がないのでやらないが、今は立ち上がれる気がしない。おそらく腰が抜けている。気取られたくなくて、ウツシの顔を見つめたまま無造作にうさ団子を口へ押し込む。土でも食んでいるようだ。道端の草の方がまだ味がした。

 

 例の事件については、ようやく全貌が明らかになってスッキリはした。師にはきちんと事情を説明し、アヤメ以外の必要な相手には謝罪もし、自分が荒らした集会所の片付けを手伝い、あとは真面目に鍛練していただけのイブキを、欠片でも疑っていた自分を恥じる。あの子がアヤメの大切な大剣を、人殺しになど使うわけがなかったのだ。

 

 それから、そんなにザルな話が通るらしいこの里が、またちょっと心配になった。純朴な者の多い里の衆はともかく、里長は本当にウツシの報告をそのまま信じているのだろうか。

 今朝アヤメが里長と会ったのは、ウツシから報告を受けた後のはずだ。丸きり信じていても里の先行きが不安だが、ヨツミワドウなわけがないだろうと考えながらウツシの報告をそのまま受け取った上で、普段と全く変わらないあの様子だったのであれば、それはそれでなんとなく恐ろしい。もう何も分からない。あまり深く考えない方がいい気がしてきた。

 

 しかし、この師匠にしてあの弟子である。イブキが学ぶべき『大人の対応』とやらは本当に自分が教えてやるしかないのかもしれないと、アヤメは味のしないうさ団子の欠片を舌の上で転がしながら、ぼんやりと考えた。イブキが口を聞いてくれればの話だが。

 

◇◇◇◇

 

「それにしても……あの子がそんなに怒って暴れるところなんて、実は俺も見たことがないんだよ。ちょっと妬けちゃう……」

「はァ?」

 

 いじけたようなウツシの一言に、思わず声が裏返ってしまった。イブキを人殺しにしないために、どれだけ苦労したと思っているのか。こちとら古傷を痛めてまで締め上げたのに。「頭おかしいんじゃないの」まで出かかったのを押し止めた自分を誉めたい。

 

 寝ても覚めても愛弟子愛弟子なこの男が、あれだけ喜怒哀楽がはっきりした愛弟子の本気で怒る姿を見たことがないというのは意外である。

 しかし思い返してみれば、イブキは表情こそ非常に豊かであるものの、どこか泰然としていて、何事もあくまで自分のペースで捉えているような雰囲気はあった。戯れに些細な事でやんやと騒ぎ立てることはしても、本気で怒り狂うというのは本当にそうそうないのかもしれない。それならば、ウツシが愛弟子の激怒しているところを見てみたいと言うのも仕方ないのだろうか。

 いややっぱり普通は愛していようが嫌いであろうが、他人の怒っている顔なんて見たくないと思う。好きな人のことは全て知りたい系の男か。せっかく顔は良いのにつくづく面倒な奴だ。本当に顔は良いのに。

 

「……ブチ切れてる大型モンスターより酷かったよ。アタシは二度と見たくないやあんなの」

「オテマエさんも似たような事を言ってたなぁ。ジンオウガより怖い?」

「どっこいどっこいかな」

「ますます見てみたいね!!」

「頭おかしいんじゃないの?」

 

 先程はなんとか踏み留まってくれた本音が、今度は理性を蹴散らかして元気いっぱいに飛び出してしまった。しかし一切の後悔を感じなかったので、これなら最初から言えばよかったと思う。

 ウツシはしばらく固まって眉をひん曲げ「なんて酷い事を!?」みたいな顔をしていたが、やがてふわりとその表情を崩すと、茶を一口飲んで、苦笑混じりの溜め息をつきながら又しても愛弟子語りを始めた。

 

「あの子は……ハンターとして素晴らしい目を持っているけど、まだ頭と心がそれに追い付いていないようなところがあってねぇ。そこは、師として少しだけ心配ではあるんだよ」

 

 なんとなく分かる気がした。年齢不相応に子供っぽいかと思えば、突然悟りを開いたような顔で物事を見透かす、妙にアンバランスな感じのする子だというのは、アヤメもイブキに対して以前から感じていたことだ。「目に頭と心が追い付いていない」。さすがは師匠、上手い表現をするものである。

 

「自然現象、生命の営み、人の心や動きも――あの子はとにかく目に入る物、触れる物を全部、本当によく見てる。目だけじゃないな、五感の全てで感じ取ってると言ってもいいかもしれない。……ただ、あまりによく見ているせいで、あるがままに吸収し過ぎてしまうんだ。感受性が強いって言うのかな、あれも」

 

 イブキが時折見せる、何もかもを飲み込むほどに深い、澄んだ瞳を思い出す。確かにあの子はいつも、人の目を、心を、まるでじっくりと覗き込むかのように見ている。狩りの時も同じ目をしているだろうと確信したアヤメの直感は、どうやら正しかったようだ。

 

「そして、かき集めてきたもので満タンになった頭と心をこねくり回して、いつもいつも、一生懸命何かを考えてる。……何を考えてるのかは、俺にもちょっとよく分からなかったりするけどね」

 

 またしても新事実。本気で怒る姿以外にも知らない事があるとは。

 イブキ側からは邪険に扱われているところしか見た記憶がないけれど、決して仲が悪そうな雰囲気ではなかったし、何より現在進行形で、イブキはこのウツシが課す虐待まがいの訓練に必死で耐えているのである。師を心から信頼していなければ到底不可能な事だ。それだけ強固な師弟関係を築いているのだから、なんだかんだで一心同体、互いのことは手に取るように分かるくらいの繋がりがあるのだろうと思っていた。しかし実際には、イブキにもきちんと『教官にも触らせない自分だけの世界』があるらしい。

 漫才師弟で通っている二人の案外な関係性に謎の感動を覚えていると、ウツシはクスクスと笑いながら、その感動を台無しにするような事を口走った。

 

「でも正直あの子、そんなに頭は良くないだろ? だから、そろそろ情報過多で頭から煙でも吹いてブッ飛ぶんじゃないかなって思ってたんだ。ハンターになってから、一気に経験の量が増えたからね。……もしかしたらそれが、今回の件だったのかもしれない」

「……ッ」

 

 何故か頭の中でブンブジナが奇声を上げて爆散した。湧き上がってきた場違いな笑いを、慌てて手で抑え込む。イブキ本人が聞いたら、それこそ文句を垂れてギャーギャー大騒ぎしそうな評価だ。しかし彼女はどう見ても考えるより先に身体が動くタイプ、お世辞にも賢そうだとかいう印象を他人に与えるキャラクターではないというのは、本人には可哀想だが事実である。

 ただ彼女は時々、上っ面の利口さ等とは全く別の次元を生きているように見えることがある。『あるがままに吸収し過ぎてしまう目』が、そう感じさせるのかもしれない。だったら、それに『頭と心』が追い付いた時――彼女は一体、何者になるのだろうか。

 

「そういう事の繰り返しで、頭や心も鍛えられていくモンでしょ。何回でも爆発すればいいんじゃない」

 

 自分もそうだったから、と、あまり深く考えずに言ってみた。ハンターを志した時も、ハンターの認定を受けて活動を開始してからも、怪我の前も後も、いつだってそうだ。考えて行き詰まって考えて爆発して、また考えては躓いて、それをずっと繰り返しながら生きてきたように思う。少なからず誰でもそうだろう、だからそういうものだろうと。

 でも、それで自分は何か変わったか? 鍛えられて強くなったか? そう問われれば、自信はない。ちょっと適当な事を言ったかもしれない。それともこれは、そうであってほしいという、自分とイブキ双方に向けた願望か。

 

「ハハハ! ……そうだねぇ、そうであってほしいね」

 

 勿論ウツシはイブキのことを言っているのだろうが、自分の脳内に浮かんだ言葉をそのままなぞられ、心臓がトクンと鳴る。動揺が顔に出ていないか少し不安になって、何気なくウツシから顔を背けた。

 

 どうやら団子に満足したらしいウツシは、茶を口に含んでゆっくりと味わうと、一息ついて柔らかく目を細めた。その視線はどこか遠く、まるでまだ見ぬ異国の地に思いを馳せる旅人のようだ。カムラの里のために日夜尽くし続け、当然の如くこの里に骨を埋めるつもりなのであろう彼にこんな表情をさせる人間は、果たしてこの世にどのくらいいるだろうかと、何故かそんな事を考えた。

 

「あの子はまだまだ発展途上だけど、あの目を以てすればいつか、誰も知らない世界の全貌というか、真実というか……そんな物を見つけるんじゃないかなって、つい期待してしまうんだ。それがもしかしたら、ゴコク様の仰る『ハンターの頂点』というやつの視界なのかもしれないなぁ、とかね」

「頂点……」

 

 ハンターの頂点。アヤメもその言葉を耳にしたことはあるが、いつも目の前の事に夢中で、そんな物にはまるで関心がなかった。どちらかと言えば刹那的な生き方に傾倒しがちな彼女も、抽象的な事を頭でごちゃごちゃと考えるのはあまり性に合わない。なるようになる、運があれば何かを得る、縁があれば出会うべき人とはきっと出会う。そんな思考で生きていた。

 それでも何故か、「イブキが見ている世界を自分も見てみたい」とは痛烈に思った。それが、自分に見えているこの世界とどれだけ違うのか。重なる部分があるのか。もしもあるなら、それを重ね合わせられた時には、どれだけの充足感を覚えるだろう。知りたくて堪らなくなった。

 燻っていた心にまた一つ、一際大きな火花がバチリと散った。

 

◇◇◇◇

 

 愛弟子について思う存分語り尽くし、うっとりと愛弟子への愛と期待を噛み締めているウツシの顔を、頬杖をついてしばらくボーッと眺める。いつ気付くだろうかと頭の中でカウントしていたら、ちょうど一分ほどで彼は我に返った。

 

「はっ!! またやっちゃった!! はぁー、あの子の事となるとつい喋りすぎちゃうなぁ。ごめんね本当に……」

「いえいえ、お構いなく」

 

 いつもの事だ。むしろ、浸っていた内容の濃さを考えれば、よく短時間で済んだと誉めて遣わしてもよい。

 

「多分これ、すごく聞きたかった事だと思うんだけど……アヤメさんに対するあの子の態度も、俺がよく分からない事の一つなんだよ。毎日のように失礼を重ねてるとは皆から聞いてる。それも含めて、これまた本当に申し訳ない」

 

 あれだけ愛弟子について熱く語っておきながら、理解できない点があると白状するのはそれなりに辛かろう。水をぶっかけられた子犬のようにしょぼくれて謝罪するウツシを宥め、せめて何か手がかりだけでもないかと一応尋ねてみる。

 

「……とりあえず、怒ってるようにしか見えないんだよ。アタシ何かしたかな」

「いや、なんか怒ってはいるみたいだけど、あれは自分自身にだ。それは間違いない」

「自分に?」

「うん。暴れて迷惑かけたこととか、アヤメさんの部屋を血塗れにしたこととか、世話になったのにお礼も言わずに飛び出しちゃったこととか……その辺は俺にも話してくれたし、ちゃんと反省もしてるんだよ。でも、どうもそれだけじゃないみたいでね」

 

 割と細かく、しかも正しく反省すべき点をあげつらっていることから、イブキが反省しているというウツシの話には、かなり信憑性があるように思われる。まさか血で部屋を汚したことまで気に懸けていたとは、むしろ予想外だった。

 また、「それだけじゃない」にも、なんとなく心当たりはある。彼女が去り際に言った「泣いてる」という言葉。涙など一筋たりとも流した覚えはないが、彼女はそれに随分こだわっているようだった。

 

「本人の中で何かが引っ掛かってて……それで、アヤメさんにどんな態度で接すればいいのか分からなくなってる……みたいな感じかなぁ。うーん、乙女心は難しいねぇ」

「ウツシさんには、アレが乙女に見えてるの?」

「……まあ、一応そういうお年頃の女の子だし?」

「見えてはいないんだね。よかった」

 

 怒られるからイブキには言わないでくれと縋りついて懇願してくるウツシを、ひらりひらりと躱しながら飲む茶が美味い。やっと少しこの男の扱いにも慣れてきた。慣れてしまえば、一緒に過ごしていてもそう不愉快な人間ではなく、ある種の安心感さえ覚える。怒らせるような事だけは、しないでおこうと思うけれど。

 

「謝るとかはホント、別に全然いらないんだけどさ。引っ掛かってる、ってのは?」

「そこは教えてくれないんだよ。……というか、言いたくても上手く言葉にできないんじゃないかな。なんせほら、あんまり頭が、ね」

「あー。急かすとまたブンブジナになるか」

 

 ウツシがブッとお茶を吹いて崩れ落ちた。こいつの頭にもブンブジナイブキを焼き付けてやった。ざまあみろ。少し溜飲が下がった。

 

「狩りは本当に上手にやるのに、こういうのに関しては、一回沼にハマると絶望的に不器用だからなぁ、あの子は……本当に申し訳ない。不愉快かもしれないけど、もうしばらく待ってやってくれるかい」

 

 またしても頭を下げられたので、手をピラピラと振って、もう謝罪は十分だとアピールする。

 

「ま、それしかないよね。好きなだけ考えたらいいよ、人生長いんだし。そういうことなら、そっとしといてやって」

「……恩に着るよ、ありがとう」

「いえいえ……ん?」

 

 ふと何処からともなく視線を感じる。ウツシに頭を上げるよう促しながらチラリと周囲に目をやってみると、いつもの集会所メンバーが、各々の持ち場から代わる代わる、息を潜めてこちらの様子を窺っているのが分かった。お調子者のマイドが露骨に半身をカウンターから乗り出してガン見しているのはともかく、あのミノトまで、しれっと耳だけこっちに向けている。動くんだあれ。アヤメは竜人族の身体構造について、一つ新たな知見を得た。

 

 普段はアヤメもウツシも、集会所にいる時の定位置はこのテラスだが、こんなに長く話し込むことはまずなかった。その珍しい光景を見物しに来たのか、よく見たら普段はここには来ないような里の民まで、物陰からコソコソと野次馬をしている。変な勘違いをされては堪ったものではない。そろそろ切り上げた方がよさそうだ。

 アヤメは、最後に残った重要な議題を、ウツシに投げることにした。

 

「ところでさ……アタシの大剣を持ってったのはなんでなの。さっきの反省リストにはなかったみたいだけど、何か聞いてない?」

「あーーっ!!」

 

 「大剣」と聞いた瞬間、ウツシは目を見開いてガタンと立ち上がった。頭を掻き毟り天を仰ぎ、何かの箍が外れたように嘆き回る。何もなくても多忙を極める立場なのに、最近はイブキのことで方々に謝り倒しであろうから、彼なりにも限界が来ているのかもしれない。

 

「ああぁそう! それも謝らなきゃいけないんだよ俺は! ハァーもうホントごめんね!? ごめんね!?  もーー!! あんな大事な物を!! うちの愛弟子が!! 本当に何とお詫びすればいいか!!」

「……規格外の弟子を持つと大変だね」

 

 再び席に着くと、とうとうテーブルに頭を打ち付けて謝り始めた。まだ湯呑みに残っている茶が、ガタンガタンと揺れて飛び散る。うるさいので止めてくれと即座に制した。

 

「本人はちゃんとアヤメさんに許可取ったって言い張ってるんだけど、そんなわけないよね?」

 

 テーブルから頭を上げてそう問うたウツシの口調と目には、何の疑いの色もない。もちろん疑っていないのは「許可取った」ではなく「そんなわけないよね?」の方である。素晴らしい師だ、よく弟子のことを理解している。

 一応、事実は事実として伝えておくべきだろう。アヤメは頭を掻きながら茶を啜って、あるがままを答えた。

 

「……貸してとは言われた。いいとも言った。でもまあ、こんな事になるとは思ってなかったかな」

「やっぱり……はぁー、重ね重ね申し訳ない……」

 

 ウツシは腹の底から溜め息をつき、両手で頭を抱えて突っ伏した。そんな彼を横目で見ながら、思い出す。

 イブキがアヤメの前で構えた大剣の切っ先、そこで凛と輝いていた不動の白い月明かり。アヤメの大剣を担いで自分を振り返った時の、燃えるような瞳。更に、ナカゴの声がその記憶に重なる。「武器を鍛えるのは、それを握る者の強い意志」。

 イブキの『強い意志』で日に日に研ぎ澄まされていく相棒の姿は、とても、とても美しい。最近はそれが着実に育ってゆく様を見るのを、楽しみにさえしてきた。

 

「しかしまあご存知の通り、一度言い出したら聞かないからねぇ、あの子は」

「……」

 

 ウツシが姿勢を正し、真っ直ぐな琥珀色の目でこちらを見た。穏やかながらも、イブキが意地を張り始める時の目と、同じ色だ。――きっともう、彼が言わんとする事は分かっている。

 

「大切なキミの片腕……俺の愛弟子を信じて、預けてくれるかい?」

「……」

 

 アヤメが黙って見つめ返す。ウツシは少しも目を逸らさず、黙って返事を待っている。この師弟のことは大分と理解した。押し切ろうとしている目だろう、それは。

 図々しさも師匠譲りかと、小さく一息ついた。自分の唇が微笑みを形作っているのが分かる。それを不思議だとは、もう思わない。

 

「いいよ。……ただ、一つ条件がある」

 

 すっかり中身の冷めた湯呑みを傾け、乾いた口内をゆっくりと潤す。ウツシは微動だにせず、じっとアヤメの覚悟が決まるのを待っている。まだ僅かにゆらゆらと揺れるアヤメの心がピタリと停止するのを、黙ってひたすら待っている。

 

 あの大剣と共に闘い、足掻き続けた日々の重みは、イブキの手に間違いなく伝わっている。たとえ形が変わっても、自分の手を離れても、彼女が握り締めている限り、それらはあの刃に宿り続けるだろう。そこにイブキの意志が重なることで、あの大剣がさらに重く強くなり、もしも、自分が連れて行ってやれなかった高みへさえも導くと言うのならば――

 

 『条件』を提示する直前。震えていたアヤメの心の振り子が、ついに静止した。

 一つ大きな深呼吸をして、心の中で密やかに、かつての相棒に別れを告げる。

 

 今までありがとう。

 行っておいで、もっと広い世界へ。

 

「使うんだったら、きっちり自分の物にしろって言っといて。ナカゴさんにあんまり無茶言うなって」

「……ありがとう。必ず伝えるよ」

 

 遠くの空を見上げて一息に言い切ったアヤメに、ウツシが再び、深々と頭を下げる。弟子の想いを一手に背負うその真摯な姿に、ああ、あの子はとても良い師を持ったな、と思った。

 




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◇◇◇◇

私が思う「モンスターハンターの主人公像」を詰め込んでみました
ウツシ教官カッコ良くしたかったのにただのヤバい奴になっちゃった

【NPC全登場チャレンジ:残り23人】
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