「──醤油が足りないわッ! この丼は、特製ソースを醤油に変えて和風バター醤油ステーキ丼にするべきよッ!」
そんな彼女の意見を聞いて、一同は一考する。
「ふむ、確かにバター醤油は合いそうではあるが」
「……ん……想像だけ、でも……美味しそう……じゅるり」
「そうでしょうそうでしょう! この特製ソースで食べるバターステーキも確かに美味しいわ。でも、これなら丼で食べるよりはお肉を鉄板の上に盛り付けて分けて食べた方がイイと思うの。『丼で食べる』という事を最大限に活用するなら、こってりとしたバターだけじゃなくて醤油を付け足すことで限りなく和に近付けた料理にする方が見た目と味がマッチして最高だと思うのよね。それに……」
「……なぁ、白。兄ちゃん、七ヶ国語くらいは理解出来るハズだったんだが、勉強し直す必要が出てきたかもしれん」
「にぃ……大丈夫、だよ? ……十九ヶ国語分かっても、アスナの言ってる事……わからない、から。……白と一緒に、お勉強しよ?」
言葉数が少なかったはずの彼女が、それはもう饒舌になり……その圧に押され始めた空と白はパニックになっていた。
「あ〜盛り上がってるところで悪いが、そもそもこの世界に醤油は存在しないぞ?」
「「……」」
「なッ……何ですってぇ〜ッ!?」
テーブルに勢い良く両手を叩きつけながら、大声で叫び始めるアスナ。
「ちなみにマヨネーズもない」
更に、彼の無慈悲な追撃が襲いかかる。
「あぁ……あぁ」
「どうしたんだ? 美味しい物を食べにこの町に来た訳じゃないんだろ? 問題ないじゃないか」
「……っ!」
そのまま虚ろな目をしているアスナに向かって、ノンデリ発言を連発するキリト。その言葉の数々に、流石の彼女も我慢出来なかったのか……視線で殺す勢いで彼を睨みつける。
「うわぁ……キリトお前」
「……人の心、ないん……か?」
だが、そんなキリトの様子に空と白は少しばかり違和感を持った。今回は何故か少し言い方が強いな、と。はて、この男はいきなりこんな事を言うような人間だったか? と。
「……」
「……」
──いや、そういやコイツもコミュ症だし、距離の測り方を間違えているだけか。と、内心納得している空白を他所に、未だ無言で睨み合う二人。
「そうね。私は美味しい物を食べにこの町に来た訳じゃない」
漸く口を開いたアスナへ、真剣に耳を傾けるキリト。
「……そうか。じゃあ、何の為に?」
再び黙り込んだ彼女は睨んでいたキリトから視線を外し、一瞬だけ空白へと目を向ける。そして、テーブルに置いてある自身の水入りグラスを見詰めながら……おもむろに話し始めた。
「……強くなる為、誰よりも」
「……ふむ。どうして、と聞いても良いか?」
「私が……私である為に強くなりたいの。あのまま、誰かがこのゲームをクリアするのを……何もせずにはじまりの街で待つだけなんて、そんなものはただの生ける屍だと……そう思った」
まるで自身にそう言い聞かせるように話すアスナ。
「あの時、あらゆるプレイヤーが呆然と茅場晶彦の話を聞きながら立ち尽くしている中……貴方達だけがそうじゃなかった。貴方達二人だけが、ゲームマスターという絶対的な立場に位置するあの男に向かって反抗したのを私は見ていた」
「確かに……横でおっぱいを返せやらキレてたプレイヤーが居たが、まさか」
「……いいえ、それは知らないわ」
「……なるほど、ね。という事はもしかして」
「……ん、アスナ……白達を、追いかけて……ここまで、来た」
彼女はそれを肯定するように沈黙する。
「……といっても、強くなるってのは……ひたすらにこのゲームの知識を付けつつ、レベリングでステータスを上げるくらいじゃないか? 今のメイン武器だって、最大強化値である+6までしか育てられないし」
「そうだな。武器は常に強い物へと更新し続け、誰よりも効率良くモンスターを狩り……誰よりも速く前へ進まなければならない。自分が死なない為だけなら……な?」
「……それはどういう?」
「……このゲーム……普通のゲーム、じゃない……デスゲーム、だから……チートでも、何でもいい……速くクリアすれば……プレイヤー全員の命を助けられる」
「でも、当たり前だが……チーターなんてもんはこの世界に現れることはない。何故なら、ボタン一つで人を殺せる最強の公式チーターさんが居るからな」
「……茅場晶彦か」
「そうだ。そして……どんなにステータスが高かった所で、どんなに一人で強くなった所で……このゲームをクリアするには足りない上にいつか必ず限界が来る。そいつが戦えなくなったら詰み……なんて事はそもそも避けるべきだ。つまり、重要なのは……出来るだけ多い人数でこの世界を攻略することだ」
「……なるほど! 俺のようなベータテスターが資源を独り占めした場合、この世界の攻略が詰む可能性が出てくる訳か……だから茅場晶彦はそれを抑制する為のトラップを仕掛けた?」
さらっとカミングアウトしたキリトをびっくりした表情で見つめるアスナ。
「あぁ。まぁ別にそいつ一人いれば何でも倒せるレベルでステータスを強化できるならそれでもいいんだけどな。ゲームである以上、全プレイヤーに高められるステータスの限界値が存在する。しかしそれは、茅場晶彦が単なる快楽殺人鬼ではない前提だな。快楽殺人鬼ではなく、ただこのゲームを始めたかっただけの場合は……当然、抑制出来なかった場合にも何かしらの対処をするはずだ」
「……でも、茅場晶彦……ただこのゲームを始めたかっただけ、じゃない」
そう呟く白に対して、アスナとキリトの顔に疑問の色が浮かぶ。
「というと?」
「ホルンカの村のクエスト……プレイヤー同士の争いを禁止するようなモノだったか? 受注クールタイム24時間だぞ……?」
「つまり、茅場晶彦は……この世界で起こるPKを許容している可能性が高いってことね?」
アスナの言葉に、思わず息を飲むキリト。
「……確定している訳ではないが、そうだな。つまり、何かしらの思想を元に動いている人物の可能性が高い」
「……だから、強くなるだけ……なら、白達と……一緒にいない方が、良い」
「……それは、何故?」
単純に不可思議に思ったアスナは、空白にそう問いかける。
「これから俺達がやろうとしている事は、なるべく早く自身のステータスを強化して……誰よりも速くこのゲームの情報、ストーリーを隅から隅まで調べ尽くし、確定した情報を出来るだけ多くのプレイヤーに共有することだ」
「……必然、的に……ステータスを、強化できない時間が……いっぱい、できる」
「……なるほどな」
「……そう」
「しかぁしッ! この世界に存在するプレイヤーの誰よりも、このゲームを楽しみたいというのならッ!」
「……空白、と一緒に、遊ぶ……べきッ!」
「「……っ!!」」
「あ、キリトはこれから俺達と行動するって決まってるからな?」
「……ボッチに、戻ることは……ない……安心するが、いい……」
「……へいへい」
何やら嬉しい気持ちを抑えられない様子のキリトは、ニヨニヨしてしまう口をどうにか隠しながら、ぶっきらぼうにそう返事をする。
「ほら、アスナはどうする?」
「……一緒に、行こ?」
──この世界を楽しむ……? この、地獄のようなデスゲームを楽しむなんて……と、未だに信じ切る事が出来ないアスナは、ふと……自身の目の前で不敵に笑っている二人へ顔を向ける。
「この、世界を楽し……」
──そんな事は無理だ。
「この、世界を楽し」
──絶対に不可能だ。
しかし、彼らを見ていると……不思議と本当に出来るのでは無いか、と。
「──私に、この世界の楽しみ方を教えてッ!」
そう感じてしまったアスナは……胸に手を当て、意志を固め、己の進む道を決める。
「ハハッ」
「あぁ」
「……よろこんで」