迫り来るモンスターを全て薙ぎ倒し、一直線に近い道を進んで行った二人は、一番乗りでホルンカの村へと到着していた。
「ほい到ッ着〜ッっと! ここまで走っても疲れがない……ふふふ、これまでの経験で兄ちゃんにも体力が付いたのではないか? どうだ妹よッッ!」
と、筋肉の少ない細い体のまま、マッスルポーズをキメる空に辛辣な言葉が突き刺さる。
「……ただの、ステータス補正……ちょっと、休めば、スタミナも回復する……にぃのそれ……錯覚」
あまりの手厳しさに一瞬身体を硬直させた空だが、直ぐに立ち直り考察を始めた。
「あぁ、だがやはりこれはゲームだ。ゲームである限り、ルール……そして攻略法、バグ、抜け道がある」
「……あの黒髪の、ベータテスター……壁が消えた瞬間、ここに向かって、走り出した……何かある」
「まずは片っ端からNPCに話しかけてみるか……やる事はドラクエでもソード・アート・オンラインでも変わらんッ!」
NPCに話しかけ続ける事数分、特にこれといって気になる事は無かった。
「こういうのは大体、村の隅とか多少分かり難いところにいるNPCが何かしら知っているはずだ!」
「……この作者……しろの、おっぱい奪ったッ! 性格が悪いッ! 尚更、隠してる、絶対ッ!」
そう思い、更に分かり難いところへ重点を置いてNPCに話しかける二人だったが……
「そう思っていた時期もありました……」
「……村の入り口、から……真っ直ぐ、進んだ民家……性格悪いの、作者、じゃなくて……白達、だった」
無駄に時間を掛けて、村の隅々まで……というか隅々から探し始めた二人は、普通ならば村に入って一番最初に行くであろう家に、一番最後に来る事となってしまった。その家には勿論、クエストNPCが存在していて……己の醜さを再確認した二人。
「旅の剣士さん、実は私の娘が重病にかかってしまいまして、西の森に生息する捕食植物の胚珠があれば薬を作れるんですが……もし胚珠を取ってきて頂けたら、お礼に先祖伝来の長剣を差し上げましょう」
『娘さんの事はこの僕にお任せください!』 ……と、キメ顔でNPCに話しかける空に、ゴミを見る様な目を向ける白。
「ふーむ、森の秘薬ね……ま、とりあえず二人で受けて具合を見てみるか」
「……」
そう言って、進もうとする空だが……未だ動こうとしない白に首を傾げる。
「ん、白? どうしたんだ?」
「このクエスト……再受注、出来るまでの……クールタイム、長い」
「まぁ、数時間くらいならここに留まってても問題ないだろ、いない間にクエストを取られる訳にも行かないしな! んで、そのクールタイムは何時間くらいなんだ?」
「……二十四時間」
……は? と、あまりに長いクールタイムに、異常さを感じ取った空は考察を始める。
「そりゃちと長過ぎるな。報酬が良いのか、攻略に時間が掛かるクエストなのか。『先祖伝来の長剣』と言ってもどうせ序盤で手に入る片手剣だろ? そこまでのクールタイムが必要か?」
どんなに報酬が良かったところで、クエストを受けるのに何日も待っていたら一向にゲームを攻略できはしない。
「それに、限られた日数しかないベータテストで、こんなにも長いクールタイムに設定していた場合……期間中にこのクエストを受けられる奴がほぼ居なくなる。つまり、ベータテスト中はこれ程の長さでは無かったと考えて良いはずだ。そして、正式サービスでわざわざこの時間に変更したのなら、事前情報を知っているベータテスターはあまりにも有利過ぎる……或いは」
「……ベータテスター優遇のクエスト、と見せかけた、ベータテスター殺しのクエスト……つまり、
「あぁ、そして……受けたベータテスターが死んだとして、そのままクールタイムを待つなら意味がない。つまり、受注したプレイヤーが死んだ場合クエストはリセットされるMPK又はPK推奨クエストって訳だ」
ベータテスト時の情報を元に、ウキウキでここに来たテスターを、何かしらの変更点で殺しに掛かっている……? と、
「っかぁ〜! 流石っす天下の茅場さん! ちゃんと性格悪いって俺たちゃ信じてましたわぁ〜!」
「……その徹底ぶり、にぃと同じくらい、カッコいい、よ!」
そう戯けて見せる二人だが、すぐにその瞳は怒りを含むモノへと変わる。
「その馬鹿なベータテスター共を犠牲にして、諸君等はそうならない様に考えてねぇ〜! ……ってか?」
「……デスゲームで、そんなやり方……ベータテスターの命は、消耗品……どうでも、いいって?」
そう静かに声を震わせる二人。
「テメェも、大戦時の神共もッ! ゲーマーの風上にも置けないただの
「……どんなに、ゲームの形、崩そうとして、もッ! 空白がゲームにして……正面から叩き潰してやる、のッッ!!」
茅場晶彦へ向けた、その宣言を……物陰から聞いていた者がいる事に、二人はまだ気づいてはいなかった。
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捕食植物の胚珠を手に入れる為、空と白は西の森でリトル・ネペントというモンスターを狩りまくっていた。
「ほい、これで100匹と……」
「……花付き、と、実付き……それぞれ、1体ずつ。レベリング効率は、まぁまぁ」
「アクティブだから、ワンパン入れなくても一箇所に集められるのは楽ではあるんだが……いかんせん実を破裂させた時の集まり方が良過ぎる。俺達だけ、もうちょい実付きの出現率が高くならねぇかな……」
「設定されてる乱数……この森全範囲が対象になってる……にぃと白以外にも人が居て、乱数調整が難しい。失敗したら、他のプレイヤーの前に、出てくるかも……でも、失敗なんて、しない」
白の悪魔的なまでの計算能力により関数を逆算、そして記憶力をもってすれば、オンラインゲームの様にリアルタイムで乱数が変動し続けるようなものでも……乱数調整が可能。ガチャで最高レア当て放題、レアドロップし放題、強化成功させ放題なのである。
「んじゃ、さっそく! 乱数調整と行きましょうかね……ん? ……アイツは」
「黒髪の、ベータテスター……」
実付きネペント狙いで乱数を調整しようとした時、かなり近いところで同じようにリトル・ネペントを狩っているプレイヤーが二人の目に入った。
「おーい、お隣さんこんちゃーっす! アンタも胚珠狙いか?」
「ん? あ、あぁ、クエストを受けに行ったんだけど、先に誰かが受注していて……クールタイムが発生していたんだ。だから、いつでもクリア出来るように先にキーアイテムの方を取っておこうと思ってな。もしかして、クエストを受注したのは君達のどちらかか?」
「あぁ、クエストを受けたのは俺だよ。俺は空、んでこっちが妹の」
「……しろ、よろしく、びしっ」
「俺はキリトだ、よ、よろしく」
「んじゃ、キリト。一つ良い話があるんだけど、聞くか?」
「良い話……?」
「あぁ、ここじゃあちと危険だし、一旦村に戻ろうぜ」
「……分かった」
モンスターが蔓延る森で呑気に交渉などする訳にはいかないので、一度三人はホルンカの村へ戻る事にした。
「それで、良い話って?」
村に戻った三人は、森の秘薬クエストを受けられるNPCの家に来ていた。傍から見ると、他人の家で勝手にたむろしているという……何ともやばい状況である。
「あぁ、俺達は『森の秘薬』クエストを二人分クリアする為に胚珠を集めていたんだが……どうも確率が渋いみたいでな〜、1つは手に入ったが……2つ集めるのが面倒になってきてたんだ。そしてそこに!」
「そこに……?」
「ちょうどクエスト報酬が欲しそうなベータテスターっぽいプレイヤーを見つけたもんで、心優しい俺達はクエスト報酬の武器を譲って上げようと声をかけた訳だ」
「なっ! 良いのかっ!」
「あぁ、ぶっちゃけ俺らは片手用直剣だけを使うつもりはないから、ここで報酬を手に入れる為に留まるメリットはあんま無いんだよ」
そう、全ての武器種のソードスキルの把握。そして、熟練度によるステータスプラス値の恩恵の為に……元々全ての武器種を極めるつもりなのである。その為、序盤で手に入る片手剣を持っていなかった所で、他の武器種の熟練度を上げている間に、ここで手に入るモノより強い片手剣が手に入れられる様になるだろう。
「ま、マジか……じゃ、早速……」
「ン〜駄菓子菓子! タダじゃあないッ!」
「……へ?」
「この報酬を渡す代わりに……キリト、お前がベータテスト時に手に入れた、ありとあらゆる情報を俺達に渡してくれ」
しかし、空白にとってはゴミも同然のモノであっても、他のプレイヤーからしたら喉から手が出るほど欲しいモノであったりした場合、それは……。
「なっ! 割りに合わないだろ!」
「24時間ここに縛られる。タイミングが悪ければ、また別のやつに受注されてもっと時間が掛かるかもな。ベータテストではそんなに長く無かったんだもんな?」
「ぐっ……」
「コルもアイテムも要らない。その代わりに情報を渡すだけで、時間を買える。ちなみに、花付きは
「何だって……?」
「おやおや? これもベータテストには無かった情報かぁ。ベータテスターでさえ知らなかった情報をタダで提供してやったんだ、それに加えてクエスト報酬も貰えるなら損はないのではないかな? ん? ン〜?」
そう言った空に、怪訝な表情を見せるキリト。
「な、なぁ、もしかして空も白もベータテスターじゃないのか……?」
「ん? あぁ、そうだぞ? ……このクエストを見つけるのにも苦労したぐらいの超初心者だ」
「……ん、村で話しかけられるNPC……ほぼ全員と、会話した」
「いや……真っ直ぐ進めばすぐ見つかr」
「うるせぇッ! ドラクエ方式で分かり難そうな家から話しかけて行ったらそうなったんだよッ!」
「……ん、にぃのせいで、無駄に時間、浪費した」
「ちょ、ちょっと白さん? 言い出したのは俺だが、その件に関しては同意の上で行われたはずでは……? というかむしろ白の方がノリ気d」
「……にぃのせい、で、浪費した」
その場を沈黙が包む。
「……っぷ! あはははっ」
思わずキレ気味になった空だが、キリトの笑い声に表情を少し緩める。
「……はぁ、良いよ! ここで俺が情報を渡さなかったせいで、それほどの初心者が死んでしまったら寝覚めが悪いどころじゃないからな!」
「お? んじゃ早速教えて貰っちゃう」
「……キリト、はよぅはよぅ」
「急に図々しいな全く……はぁ、初対面だぞ? じゃあまずは……」
緊張が解れたのか、事細かにベータテスト時の情報を二人に話し始めるキリト。凄く楽しそうに話し続けるキリトの表情を見た二人は、思わず顔を見合わせ、微笑みながら静かに耳を傾けるのであった。