「繰り返す、不具合ではなく……ソード・アート・オンライン本来の仕様である。諸君は自発的にログアウトする事は出来ない。また、外部の人間の手によるナーヴギアの停止、または解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号阻止が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる」
「何を……一体、何を言っているの? 生命活動を停止……私、ここで死ぬの?」
鐘の音と共に集められた数多のプレイヤーの中に、この状況を受け入れていない、いや……受け入れる事が出来ない一人の少女が居た。
「ご覧の通り多数の死者が出た事を含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。よって、既にナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなっていると言ってよかろう。諸君等は安心してゲーム攻略に励んで欲しい。しかし十分に留意して貰いたい、今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントが0になった瞬間、諸君等のアバターは永久に消滅し、同時に諸君等の脳はナーヴギアによって破壊される」
「強制的に解除される危険はない……な、なら……外からの助けを待って街の中で籠っていれば、いつかは助けて貰えるという事?」
ある種、世間一般から見たら恵まれた家庭に産まれたこの少女は、昔から親の躾が厳しかった。ゲームなどというモノに無駄な時間を費やして、未だ現実に戻らない娘を見たら……ナーヴギアなど壊してでも起こそうとするであろう。しかし、現実世界ではメディアの報道によって情報の共有が始まっているらしく、いくら厳しい親であっても娘が死ぬかもしれない状況で、下手なことは出来ない。つまり、現実世界で何かしらの解決策が見つかるまで、この世界で生きていれば……無事帰還する事ができるだろう。しかし……。
「いつかって、いつよ……? もうすぐ統一模試があるのにっ!」
そんな事を考える少女に、更なる絶望が降り掛かる。
「諸君等が解放される条件は唯一つ、このゲームをクリアすればよい。現在君達がいるのはアインクラッドの最下層、第一層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階へ進める。第百層にいる最終ボスを倒せばクリアだ」
「百……層?」
ベータテスト経験などない、ましてやただのゲームすらまともにやった事などない。その様な人間でさえも、百層というのがどれだけ果てしなく長い道のりなのかを理解するのに、時間は要らなかった。
「それでは最後に、諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある、確認してくれたまえ」
少女は言われた通りに、自身のアイテムストレージを確認する。
「……手鏡?」
瞬間、少女の身体を青白い光が包む。
「きゃっ!」
光が収まった後、再度自身が手に持つ鏡を覗く……すると、
「……これは、私……?」
現実と同じ姿、結城明日菜という人間本人の姿に変わっていた。それが、統一模試までに戻らないといけないという、自身に課せられた時間制限をはっきりと自覚させる。
「で、でも、今日は11月6日……統一模試まで13日も有余がある……このまま待っていればきっと!」
外には自分なんかよりも優秀な人間が沢山いる。だから待っていれば直ぐに助けがくるだろう……そう受身な考えを巡らせた少女の前を、明らかにこの場に似つかわしくない表情をしたプレイヤー二人が通り過ぎて行く。
「……え、何、誘拐? ナーヴギアの使用制限は13歳以上のはずなのに……あんなに小さな子まで? くッ!」
人が集めらているという状況を利用して少女が誘拐されているかもしれない。そしてアスナはそれを見過ごせなかった。急いで子供を肩車している怪しい男を追う。
「す、すみません! ちょ、貴方、待ちなさっ!」
人混みのせいで、なかなかスムーズに追う事ができない。しかし、男はすらりと人混みを掻き分けて進んでゆく。決して動きが速い訳ではない、まるで目の前の人間がどこにどう動くのか分かっているかの様に、プレイヤーとの衝突を避けていた。
「くっ!」
なんとか離れない様、後をつけるアスナの耳に……怪しい男と肩車されている少女の会話が聞こえてくる。
「……なぁ白、今後……この広場に居なかったプレイヤーが現れたら教えてくれ。……ハッ、観賞する為にのみだって? 嘘をつくのが下手にも程があるだろ」
「ん……どんなに、面白い、ゲーム実況でも……見てるだけ、で、いいゲーマーは……いない」
「……え?」
どうやら二人は知り合いらしい、誘拐の危険は無さそうだ。そう安堵を覚えるアスナだが、同時にその会話内容に違和感を覚えた。
「外の助けを待つ訳でも、ゲームクリアを目指す訳でもなく……茅場晶彦と直接話すつもりなの……?」
それなら、もしかしたら、と希望を持ち始めたアスナを置いて、二人は圏外へと歩き始める。
「ま、待って!」
二人を追いかけようとするが、暴走を始めたプレイヤー達に飲まれてしまう。アスナは身動きが取れないまま、二人の背中へと必死に手を伸ばすのであった。
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荒れていたプレイヤー達もようやく冷静になり、それぞれの目的へ向けて行動を始めた頃……動ける様になったアスナは、二人を追ってホルンカの森に来ていた。
「あの二人は確かこっちの方へ向かってたはずよね……ん? あれは……村かしら?」
はじまりの街を出てから、一度もモンスターと戦う事なくホルンカの村へと到達したアスナは、村の入り口を真っ直ぐ進み……導かれる様にしてクエストNPCが住む家の前へと来ていた。
「このまま入ったら不法侵入になるかしら……い、いやでもこれはゲームだし……大丈夫よねきっと」
初心者プレイヤーの中でもトップを争うほどの初心者である彼女は、NPCの存在する家に入るところからでさえ苦戦をしていた。そんな事をしていると、中から声が聞こえて来る。
「ん、この声は……あの二人だわ!」
すぐさま扉へと聞き耳を立てるアスナ。
「それに、限られた日数しかないベータテストで、こんなにも長いクールタイムに設定していた場合……期間中にこのクエストを受けられる奴がほぼ居なくなる。つまり、ベータテスト中はこれ程の長さでは無かったと考えて良いはずだ。そして、正式サービスでわざわざこの時間に変更したのなら、事前情報を知っているベータテスターはあまりにも有利過ぎる……或いは」
「……ベータテスター優遇のクエスト、と見せかけた、ベータテスター殺しのクエスト……つまり、
「あぁ、そして……受けたベータテスターが死んだとして、そのままクールタイムを待つなら意味がない。つまり、受注したプレイヤーが死んだ場合クエストはリセットされるMPK又はPK推奨クエストって訳だ」
聞こえて来たその会話内容に驚愕の表情を浮かべるアスナは、話の内容から……ベータテストと呼ばれる何かしらの試験を事前に経験したプレイヤーがベータテスターであると推測した。そのベータテスターをゲーム自体が殺しに掛かっているという事実を知り、アスナの元へまたもや絶望感が押し寄せる。
「そんな……私みたいな初心者達だけじゃ尚更クリアなんてできないじゃない……」
すると、歩く音が近付いてくる。どうやら、二人は扉の方へ向かって来ているらしい。
「か、隠れなきゃ!」
別に隠れる必要などないのだが、急いで周囲の物陰へと身を潜めるアスナ。
「っかぁ〜! 流石っす天下の茅場さん! ちゃんと性格悪いって俺たちゃ信じてましたわぁ〜!」
「……その徹底ぶり、にぃと同じくらい、カッコいい、よ!」
息を潜め、二人の会話へと静かに聞き耳を立て続ける。
「その馬鹿なベータテスター共を犠牲にして、諸君等はそうならない様に考えてねぇ〜! ……ってか?」
「……デスゲームで、そんなやり方……ベータテスターの命は、消耗品……どうでも、いいって?」
そう静かに声を震わせる二人。アスナが思わず希望を感じてしまったこの二人でさえ、こんなにも震えている。やはり自分は街で助けを待つべきなのか。そう思い、俯いたその時……。
「テメェも、大戦時の神共もッ! ゲーマーの風上にも置けないただの破壊者なんだよッ!」
「……どんなに、ゲームの形、崩そうとして、もッ! 空白がゲームにして……正面から叩き潰してやる、のッッ!!」
──あぁ、この二人はそれでも、まだ立ち向かうんだ。
どんな絶望を前にしても、決して諦めずに抗おうとする二人。ましてや片方はあんなにも幼い少女である。そんな二人を見て、アスナは覚悟を決める。
「強くなる、心も身体も誰より強くなる。いつかあの二人と並べる様に……」
そう心に決めたアスナは、強くなる為の情報を集める為……西の森へ向かう二人を追っていた視線を外し、はじまりの街へと向かった。
「すみません! 何方か、このゲームのやり方を教えてくれる方は居ませんか!」
はじまりの街へ戻ってから、そう声を掛けながら街を走り続ける事数時間……未だ彼女に指南をしてくれそうなプレイヤーは見つからなかった。いや、居るには居るのだが……その全てが、彼女に邪な目を向けてくる男性プレイヤーであり……その都度、話の途中で逃げ出していたのだ。
「お嬢さん、困り事かい?」
「ひっ! 失礼しましたぁぁぁぁぁぁ!」
「……え? ……えぇ」
その為、下心などなく善意のみで声を掛けてきたプレイヤーでさえ、男性であるというだけで拒絶する様になってしまっていた。
「うぅ……何やってるんだろう、私」
ゲーム以前の問題で躓いてしまっている自分に対し、嫌悪感を抱き始めるアスナ。
「こんな事じゃ、あの二人に追いつくなんてできる訳ないじゃない……はぁ、どうしよう」
一向に情報を集める事ができず、途方に暮れていると……。
「そこのお嬢さン! どうやら、お困りのようだナ!」
突然、背後から声が掛かる。アスナはまたか……と、お願いしているのは自分側なのだが……お断りをする為に振り向いた。
「すみません! 何でもないd……女の人?」
「そうダ! 困ってる人を見過ごせない、優しい優しいオネーサンだゾ!」
そう言って、ニヤリと笑う彼女を見て……何かが溢れ出してきそうになるアスナであった。