二話分書き溜めがありますが、続きません。
「あれ? 私なんでこんなところにいるんだっけ……」
突然のことに私は茫然と立ち尽くしている。
確か、忘れ物を取りに帰ろうと仕事終わりに急いで事務所に寄って、小鳥さんに気をつけるよう注意を受けて、帰ろうとしたところで幽霊を見かけたんだ。
いや、幽霊というよりも幽霊のような人影――私は例の如く貴音さんだろうと思って、屋上に向かうその人影を追いかけていったんだけど……。
「ていうか、ここどこ……?」
屋上のドアノブを手に取ったところまではしっかりと覚えている。
それは、雑居ビル屋上へのドアノブに手をかけたはずの私の手が、今は手持ち無沙汰になっていることが何よりもの証拠――のはず。
「私の名前は天海春香。17歳の4月3日生まれ、牡羊座。765プロダクションでアイドルをしています……と。うん、まあ、記憶喪失とかそういうのではないみたいだけど……」
手持ち無沙汰のままの手をにぎにぎと動かしながら、聞く相手のない自己紹介をする。
薄暗い周囲を見渡せば、ぽつぽつと何かの機器が光っているのがわかった。
それにえらく広い。パッと見た感じステージの舞台裏かそれ以上の広さのうえに、天井に終わりが見えない。
機器の光がまばたく、まるで星空のような先の見えない天井を何をするでもなくぼうっと眺めていると、プシュウ、と扉の開く音がした。
「えっ、な、なに?」
そこで初めて、私は慌てたのだと思う。
ここまで慌てていなかったことがむしろ不思議なんだけど――、
そういえばなんで慌ててなかったんだろう……?
感覚としては、ライブ前日の会場に一人で立っているような……。
「……入れってこと、かな?」
恐る恐る扉の方へと歩を進め、扉から部屋の中を覗き込む。
後ろの大部屋と比べるとかなり小さい。事務所のミニバンよりもちょっとだけ大きいかな。
何の部屋かはわからないどけシートも用意されていて、座って休めるようになっている以外、物らしいものは何も置いていなかった。
見える限り出入り口らしいものは、今私が覗き込んでいる扉ぐらいかも。
危険そうなものは何もなさそうだ。
少し安心して――というのも変な話だけど――小部屋に入ると、後ろの扉が閉じてしまった。
「え、ちょ、いきなりはナシの方で!」
ガシガシと扉を開けようと抵抗してみるものの、扉は開いてくれそうにない。
――そりゃそうか。諦めて小部屋の真ん中で突っ立っていると、ガコン、と小部屋が揺れた。
「うわ、うわわ、今度はなに!?」
似ている感覚は電車の発進だろうか。
あとは高速で動く観覧車とか。見たことないけど。
「うう、今さらながらこれでよかったのかなあ……」
窓の外にある金属パネルが勢いよく流れているところを見るに、部屋が動いているのは間違いなさそうだ。
問題はどこに向かっているか、なわけだけど。
それにしてもすごいスピード……。地下鉄、いや、わかりづらいけど新幹線レベルかもしれない。
新幹線ぐらいの速度で動いているとすると、この場所ってどれくらい大きいんだろう。
さっきの部屋の設備からして、研究施設とかそういうのかな?
まさか765プロは世界の裏を牛耳る秘密結社で、私たちアイドルは実は怪人候補として選別された材料とか……。
そのための秘密基地がプロダクション地下に作ってあって、私は今その秘密に迫ろうとしている……!!
「――あははははっ! まさかねえ。まさか、まさか……、まさか、だよねえ……?」
だとしたら、本当にここは一体どこなんだろうか……?
ぼんやりとした不安を抱えながら立っていると、窓の外の景色から金属パネルが消えて空間が広がった。
「これ……すごい……」
私の目の前に広がる景色は、そういう言葉しか出てこないほど壮大なものだったんだ。
窓の傍へと駆け寄ると、その景色がよりよく見えるようになった。
すごい、という言葉以外が出てこない。どういう言葉でこの気持ちを表せばいいのか、言葉に詰まってしまう。
この景色を見てしまっては、それもしょうがないことだと思う。
金属パネルで囲まれた通路から一転、私が乗る小部屋は開けた空間の上を走るレールの上へと移っていた。
だけどこの開けっぷりときたらない。驚きを通り越して、これはもう潔いと言ってもいい。
窓の外はパッと見、何百メートル……もしかしたら何キロとある巨大なドームになっていた。
「グランドキャニオンってこんなのかなあ……」
とはいえ、今見えているのは自然に出来上がったものではなく、人工物――鉄製の峡谷だった。
小部屋から見える景色は、ちょうどその渓谷をヘリコプターか何かで見下ろしている感じ。
それにこの空間、地下だとしたらプロダクション近辺の地価が大暴落決定だよ……。
「……ん?」
鉄製の峡谷の谷間に、同じく金属製の巨大な物体が置かれているのが見えた。
目を凝らして見てみると、それはまるでF1マシンのようなスポーティな形状をしていた。
ただあれがF1マシンだとして、なによりタイヤがない。ホバークラフトとかかもしれないけど、それにしたってやっぱり大きすぎる。この空間のことを考えれば小さくても何百メートル、何千メートルといった巨大な物体ということになるはずだ。
車には詳しくないけど、あの巨体を動かそうとすればそれだけ巨大なエンジンと大量の燃料が必要になるはず。
昨今の化石燃料不足から見ても、こんなものを造る意味はきっとない(イマワタシカシコイコトイッタ!)。
それはそれで浪漫があるのかもしれないけれど、こんなものを作るくらいならロボットでも作ればいいのに。
「ロボット、戦艦……? タイヤがない? ってことは、走るものじゃなくて……」
――宇宙戦艦?
いやいやいやいや。これなら765プロ秘密結社説の方がまだ現実味がある。
ただ、あのF1マシン(仮)が宇宙戦艦だとしたら――……
「あのラグビーボールっぽいのは、主砲とか?」
F1マシン(仮)のリアウィング(っていうのかな?)部分のてっぺんに、
デン、という効果音が鳴りそうなほどの存在感を放ってラグビーボール型の機械が乗っけてあった。
SF映画とか一昔前の特撮の、レーザー光線銃みたいなイメージが近いかもしれない。
こういうの、真とか好きそうだなー。
「TA-29……」
ラグビーボール(仮)の方に視線を奪われがちだけど、その下あたりに
蛍光塗料(というには光り過ぎてるけど)のようなもので、そう書かれてあった。
英語と数字。とても見慣れた文字だった。
よくよく観察してみれば、この動く小部屋にも英語でいろいろ書かれている。
ただ私も英語がバッチリできるわけじゃないから、なんて書いてあるのかはよくわからない。
意外と慌てていたらしいことを知ってホッとする一方で、ますますわけがわからなくなる。
地球の言語を使っているということは、間違いなくここは人が作った施設ということ。
さっきも思ったけれど、現時点でこんなに巨大なものを作る意味がわからない。
ノアの箱舟のようでもあるけど、それにしちゃあ物々しすぎるしね……。
「……よぅし、ここまで来たら正体を暴いてやるんだから。女は度胸だよ!」
と、そんな風に意気込んでいると景色はまた一変。
金属プレートで埋め尽くされたものへと変わってしまった。
高鳴る心臓の音をすぐそばで聞きながら、私は深呼吸をした。
金属プレートの流れる速度が徐々に緩んでいく。力強いブレ―キングの後、小部屋は完全に止まった。
プシュ、と扉が開く。
私を待っていたのは、またしても広大な空間。
とはいえ、さっきのTA-29とやらが置かれていた場所と比べれば狭い。
「いくぞ、いくぞ……!」
自分を煽るように言葉を出して、小部屋から一歩外に出る。
後ろで扉が閉まって、今度こそ後戻りができなくなった。
さらに奥へ進む前に、この部屋をぐるりと見回す。危険そうなものはないが、相変わらずSFチックな機械が目に入ってきた。
765プロが入っているビルとおんなじくらいか、少し大きいかというほどの円筒型の機械だ。
それが、通路――というか床の続く先にあった。
心の中で「行くぞ」と唱えてから、また一歩、もう一歩と踏み出す。
近付くにつれ、その円筒型の機械に派手に文字が書き込まれているのがわかった。
「TA-29……」
体感にして約百メートルといったことろ。
その距離を歩いて機械へ近付くと、ぶるっと全身が震えた。
始めは身震いだったかもしれない。やがてそれが機械から出る震動だと気付いたときだった。
そり立つビル並みの円筒型機械の根元から、何かが出てきた。
「コックピット……かな?」
見た目でいえば、アニメなんかに出てくるような小難しそうな機械がいっぱいあるものじゃなくて、シートと操縦桿、それからスロットル(だったっけ?)だけだった。
あまりにシンプルすぎて、これがコックピットなのかどうかも怪しいけど本当にそれしかない。
むしろ「コックピットですよ~」と主張する唯一のものが操縦桿とスロットルのように見えた。
オマケというか飾りというか、これだけ物々しいメカニズムなのに、やけにおもちゃっぽい感じだ。
バッサリ言ってしまえば、モニターのないゲーム筺体だ。シート以外に何もない。
さらに踏み込んでコックピットを覗き込む。
モニターはないみたいだけど、コンソールにはいくつもランプが点灯していた。
つまり、これは動いている。それも私がここに来てからだ。
一度コックピットから離れて、改めて周囲を見回す。でも、改めるまでもなくやっぱり誰もいない。
「……そうか、そうなんだ」
なんで私が落ち着き払っていられるのかが、やっとわかった気がする。
今がどんなに空っぽでも、ここはいつも誰かがいるんだ。それが、私が最初にここで感じたライブ前日の空気。
今がどんなに寂しくても、明日はきっと超満員のファンがここを埋めてくれる。
寂しさは薄れて、緊張と一緒に興奮が湧き起る。
そんな感覚なんだ、これは。見てくれる人をどれだけ笑顔にできるのか、ワクワク私がいる。
ここはライブ会場じゃないけれど、それと同じ空気を感じる。
「……あの、誰か見てますか?」
確信はなかったけれど、そんな気がした。
誰かに見られている。もしかしたら、というかこの状況でそれは間違いなく怖いことなんだろうけど、私は今、全然そんな気がしない。
「これに乗ればいいんですか?」
もう一度、見ている誰かに問いかける。
ああ、今の私はただの天海春香じゃなくなっているんだ。
今ここにいる私はもう、アイドルの天海春香だ。
見ている誰かの期待に、精一杯応えたいと願う、アイドルだ。
「……よろしくお願いします!」
意を決してシートに腰かけた。
サイズ的には少し大きめ、私とあと一人くらいは余裕で座れそうだ。
もぞもぞと身動ぎして座りやすい格好を探していると、視界がぐにゃりと歪むような錯覚に襲われた。
そして次の瞬間には、周りの景色が一変していた。
私を取り巻くようにして、周囲の一切の景色が映像に切り替わってしまったんだ。
「う、わっ」
一瞬、背筋が凍った。夢の中で足を踏み外したときに似た感覚だ。
実際、シートにしがみつくようにしてひるんでしまった。
テレポートしてしまったと勘違いしてしまうほどリアルで綺麗な映像だった。
現代の3D技術じゃありえないくらいの立体感で、手を伸ばせば本当に触ってしまえそうだ。
とはいえ本当に触れるはずもなく、伸ばした指先は何か見えないものに当たって止まってしまう。
「えっと、どうするんだろ」
立体モニターに映っている景色は、どうやら先ほど通ったあのTA-29があった場所みたいだ。
視点からして、たぶんこれはTA-29の中から見た視界みたい。
さて。ここまでしたのはいいけど、どうすればいいんだろう。
難しそうな機械はないから、本当にゲーム感覚で動かせばいいのだろうか。
――例えば、このスロットル。
「……よし」
左手をスロットルにかけ、右手で操縦桿を握り、生唾を飲み込む。
ゲームとかアニメとかだと、スロットルを前に押し込めばエンジンに本格的に火が点く。
この巨大な物体が、動く……!!
ニュートラルポジションにあるスロットルを押し込もうとすると、ガチリと噛んでこれ以上前に進まない。
「あ、あれ? どうして? え、えっと、えっと……?」
押してダメなら引いてみろ、という言葉が脳裏をよぎり、今度はスロットルを手前に引く。
すると今度はすんなりと手前まで引くことができた。
それに反応したのだろうか、正面の立体モニターにいくつものゲージやメッセージが表示されていく。
バーゲージが伸びていくにつれて、メッセージが『STAND BY』から『OK』、『IDLING』へと替わっていく。
動く。今度こそ。
――動かすの? 私が……?
操縦桿を入れると、視界が動いた。軽くグリグリと続けると、それに合わせてTA-29もグリグリと動く。
スロットルを固く握る。これを押し込めば、進む。
――ガコォン。
「え?」
音は天井から聞こえていた。ドームの天蓋が開いていく。
あそこから出ろ、ということなのだろう。
操縦桿をめいっぱい引くと、TA-29の視界が徐々に天井に開いた通路へと向かう。
ここが、今の私のライブステージ。この向こうには、一体何があるんだろうという不安はあった。
だが、それを無視できるほどの興奮が私をかき立てていく。
どんな世界が待っているんだろう。見てみたい。全身で感じたい。
「――天海春香!」
今ある感情すべてを込めて、フルスロットルへ。
初めてステージに上がった頃の、あの感動と興奮の世界へもう一度。
そのための、私だけの決め台詞を、高らかに。
「アクト・オン!!」
まばたき一つで景色が吹き飛ぶように遠のいていく。
金属製の空間をあっという間に抜けると、黒い――本当に何もない空間が広がっていた。
ぞくっと背筋が凍る。本当に何もない。何も見えない。きゅぅっと喉が絞まって、無性に苦しくなる。
「――っぁ」
本格的な恐怖を感じるその一歩手前、真っ黒だった空間が変わり始めた。
その光景はモニターに漆黒のビロードをかけ、そこに宝石をこれでもかと散りばめたようだった。
極彩色の星々が、目に痛いほど入り込んでくる。
「――――ぅ、あ」
上下左右、縦横無尽の星空が私を包んでいた。
言葉が消し飛ぶ。出てこないのではない。それはもう思考放棄だった。
考えることをやめて、ただこの星空を心に刻み続ける。
――と。
「…………あれ?」
『すごい』とか『きれい』とか、そんなことすら考えていなかったからだろう。
私は〝それ〟に気付いた。星に詳しい人か、プラネタリウムの常連さんならもっと早く気付くだろう違和感だった。
まず最初におかしいと思ったのは、天の川が見えないということ。
今どき首都圏どころか私が住んでるような片田舎でも星空なんてそうそう見えることはないけど、それでも天の川が見えないというのはどういうことなのだろう。
それから、星の位置だ。これだけ星が見えていても一際強く輝いている星を繋いで星座を見つけるくらいはできる。
「変、だよね……」
そうして見つけた星座の位置が、やっぱりおかしい。
理科の教科書で見てぼんやり覚えている星座の位置とは違う。
やっぱり、ここは――
「地球じゃ、……」
それ以上口に出すと自分自身で怖がってしまいそうで、言葉を飲み込んだ。
それに、と後ろを振り向く。TA-29越しに、さらに巨大な円盤型の船があった。
よく見れば巨大な円盤船にも窓があって、そこから光が漏れ出しているのがわかる。
船名らしき文字も『EST――』までは読めたけれど、それ以上は角度が悪くて見えなかった。
でも、やっぱり間違いない。
やっぱりアレには私以外にも誰かが乗っていて、そしてその誰かが私をこれに乗せようとしていたんだ。
流れというか、勢いで乗ってしまったけれど、これからどうすればいいんだろう。
な、悩んでもしかたない! ま、まあ、そんな時もあるさ、明日は違うさ!
…………私に明日は来るんだろうか。
こんなことなら今日のお仕事の差し入れのカップケーキもう一個くらい食べとくんだった……!!
いろんな後悔に押し潰されるように項垂れて、操縦桿とスロットルを握り直す。
「もう夢でもなんでもいいや。今はウジウジしてるんじゃなくて、きっと、楽しまなきゃ損だよね!」
緩めていたスロットルを軽く押し込む。
徐々に加速し始めたTA-29のスティックを操作すると、驚くほど思った通りの動きをしてくれる。
「それじゃ、まあ、ひとっ走りしてみようかなっ」
スロットルを最大まで押し込むと、背後に見えていた母船らしき円盤は、あっという間に小さくなっていく。
視界を埋め尽くさんばかりの大きさだった円盤が、数秒で星にまぎれてどこにあるのかわからなくなってしまった。
これから数十分後にTA-29が回収されると、私は聞かされることになる。
ここがどこで、これは何なのか。
そして私は何度も関わっていくことになる。
今と未来を選択肢として、私は選ばなくてはならなくなる。
『普通のアイドル』なんて揶揄されちゃうような私、天海春香が普通ではいられなくなったとき。
――それでもきっと、私らしく〝普通〟を貫く。
それだけは絶対に忘れちゃいけない気がして、だから私はここに来る。
自分が本当に選ぶべきものを選べているのか、迷わずにいられるのか、そのすべてが知りたくて。
今日も私は、ここにくるんだ。
「
To Be Continued...?