それゆけ! 宇宙戦艦アマミ・ハルカ   作:草之敬

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伊織「そうだ、ぜったい!」

「プロデューサーさん、宇宙戦争ですよ! 宇宙戦争!!」

「……なんだ突然。新作ゲームか何かか?」

「違いますよ! スペースオペラですよっ、スペースオペラっ! 宇宙でドカーン! ビシューって! ギュイーンな感じなんですよ!?」

 

 私が身ぶり手ぶりを交えてプロデューサーさんに説明をすると、彼は「面白そうだな」といって私の方に向き直った。

 すっと銃を構えるような格好になって、にっと歯を出して笑う。

 

「体感型のシューティングか? 俺も昔は結構やったもんなんだぞー」

「ええ、まあ、面白かったのは否定しないんですけど、そうじゃないんですって!」

「話が見えないな……っと、そろそろ時間か。俺は出るけど、春香もゲームばっかりしてないでレッスンしろよ~?」

「ちゃんとしてますよ! じゃなくて、も~っ」

 

 そう言ってプロデューサーさんは笑顔のまま事務所を出発してしまった。

 最初から最後までアレは絶対にゲームの話だと思ってたんだろうなあ……。

 まあ、私も当事者じゃなかったらああいう対応になってただろうし、しょうがない、のかなあ?

 

「うぅ……でも誰も信じてくれないのは寂しいかも……」

「そりゃあ、春香ちゃんみたいな擬音ばっかりの説明されてもゲームとしか思われないわよ?」

「一番信じてくれそうだった小鳥さんにもこの扱い……」

「どういう意味よ……」

 

 だって、小鳥さんそういうの好きそうだったし。

 なのにいざ話すと「私の知らない新作ゲームの情報をなんで春香ちゃんが!」と言われたんだ。

 ゲームじゃないと話している最中にプロデューサーさんが帰ってきて、プロデューサーさんならと期待を込めて話したんだけど、結果としてああなったわけ。

 そりゃあ、あの説明だけでわかれっていうのも無理があるっていうのは解ってるんだけど……。

 

「だからですねー……」

「ただいまー」

 

 私が続けて説明しようとしたところで、事務所の扉が開いた。

 帰って来たのは伊織だった。背中の半分を覆うほど長い髪を梳きながら、ため息と一緒に私の正面に座った。

 

「それで、アンタらなに話してたのよ?」

「それが春香ちゃんが宇宙戦争がどうのこうのって」

「春香が? 小鳥がじゃないの?」

「私ってどんな目で見られてるの……」

 

 三人で軽く笑い合ってから、イマイチ話が見えないと伊織が説明を求めてきた。

 小鳥さんやプロデューサーさんにしたような説明を伊織にすると、予想通りの反応が返ってきた。 

 

「――なに、ゲームの話だったの?」

「小鳥さんとプロデューサーさんとおんなじ反応してる……」

「ゲームじゃなかったら何なのよ。小説? 漫画? アニメ? もしかして声優の仕事でも入ったの?」

 

 仕事だったらおめでとう、と伊織が皮肉っぽく笑う。

 ドラマと言わないあたり、それらしさが加速しているように思う。

 

「まあ、竜宮小町で忙しい伊織ちゃんは遊んでる暇はないんだけどね、前座さん? にひひっ」

「いつまでも前座ネタ引っ張らないでよぅ。あとゲームでも小説でも漫画でもアニメでもドラマでもないんだけどなあ……」

 

 竜宮小町のミニライブの前座が、実は私の唯一のライブ経験だったりする。

 そのときは響ちゃんと一緒に歌ったけれど、そのことで伊織は結構イジってくる。

 前座としてはなかなかに盛り上げられたはずなのになんでだろうと律子さんに相談すると、「あれはあの子なりの感謝だから」とのことだ。なるほどツンデレというヤツか、とプロデューサーさんは言っていた。

 まあ、イジられるのがそこまで嫌なわけじゃないし、あのライブは私も楽しかったし、そこまで邪険にするつもりはないんだけどね。

 

「……それじゃあ一体なんだっていうのよ?」

「それは、その……笑わない?」

「面白くなければ鼻で笑ってあげるわ」

「えぇ……? ま、まあ、その、タイムマシンとか信じてる?」

「タイムマシン~? そりゃあ、あれば浪漫があるわねとしか言えないけども」

「……宇宙戦争っていうのは、その、30世紀で行われてるスポーツもどきの艦隊戦のことで、その勝ち負けで星そのものとか、その星で取れる鉱物とかの争奪戦をしてるんだって」

「……それで?」

「うん。それで、私が戦艦のパイロット――っと、プレイヤーっていうらしいんだけど、それに選ばれちゃったんだよね。成り行きで」

「……へえ」

 

 うわあ、伊織の目がすごいことになってるよぉ……。

 おおよそアイドルがやっていい顔じゃなくなってるよぉ……。

 まあ、それはともかく、あれは絶対に私の言ってること信じてないよね。

 

「……ふんっ。まあ、それが嘘か本当か、それとも『私の友達のことなんだけど~』の斬新な手法なのか、正直私はどうでもいいんだけどね。とりあえず聞いといてあげるわ。春香、アンタはそれでどうするつもりなの? 戦争なんていうからには、死ぬことも――」

「あ、死なないんだって」

「……そう。まあ、そのあたり細かいことはどうでもいいわ。アンタはそれ、プレイヤーだっけ? 嫌なの?」

「嫌じゃないよ?」

「そう。嫌ならちゃんと断っ――はあ!? じゃあ何よ! なにが言いたかったのよ!!」

 

 テーブル越しに伊織の怒声が飛んできた。

 それに私が怯むと、これでもかとツッコミの嵐が吹き荒れる。

 

「なに!? なんなの、自慢!? いや信じてないけど! なんで話してたのよ、アンタは!!」

「え、えぇっと~……、すごいでしょ?」

「やっぱり自慢だったの!? 断じて信じてなんかないけど!」

「なんというか、その、嫌じゃないけど不安だったっていうか……」

「……はあ、もういいわ。ところでアンタ、午後の予定はどうなってんのよ?」

 

 どうやらこれ以上話しても無駄と思われたらしい。

 伊織は早々に話題を切り上げて話題を変えた。

 確か、と前置きをしてから携帯を取り出しスケジュールを呼び出す。

 

「この後は4時まで自主レッスンだよ。スタジオ借りてもらってるんだー」

「ふぅん。それじゃ、私もついていっていいかしら?」

「い、いいけど竜宮の方は大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫よ。そもそも今日は私、仕事は朝のうちだけだったし。まあ、竜宮も売れてきたっていっても、まだまだ仕事は少ないからね」

 

 悲しいことだけどね、と伊織は言う。

 だからといって彼女が頑張っていないわけじゃないことは、事務所のみんなも知っている。

 伊織と同じように誰だって頑張っているけど、努力に結果が伴っていないというか、空回りしているというか。

 

 そう、みんな少しだけ疲れてるみたいなんだ。

 

「……そういえば春香。いつ携帯変えたの?」

「えっ?」

「スマホだったっけ? ガラケー使ってた記憶があるんだけど」

「ああ、これはね……って、ああーっ!!」

「っ、な、なによ突然大声だして」

 

 そうだった。この携帯があったんだ。

 これ以上ない証拠を持っていながら、春香さんすっかり忘れてましたよ。

 

「えへへ。実はこれ、タイムマシンなんだよ!」

「……そのネタいつまで引っ張るの?」

「ね、ネタじゃないよ! ネタだとしても少なくとも伊織のデコよりはネタじゃないよ!」

「……アンタ、本当に一言多いわね」

 

 やれやれと頭を軽く抑えながら、伊織が立ち上がった。

 アイコンタクトで「スタジオ行くんでしょう?」と語りかけてくる彼女に続いて、私も立ち上がる。

 小鳥さんに行ってきますと言ってから、伊織と一緒に事務所を出た。

 私はともかく、伊織はそろそろ顔も知れ渡ってきたからとつば広の真っ白な帽子とピンクフレームの伊達眼鏡をかけている。

 

「芸能人っぽいねー」

「ぽいんじゃなくて、正真正銘のアイドルよ。ったく」

「えへへ。こうして伊織と一緒っていうの、珍しいよね」

「えー? ええ、まあ、そうね。アンタは響とか千早とかと一緒にいること多いもんね」

「伊織はやよいとか亜美真美とか、年下組のお姉さんって感じだもんね」

「そりゃあまあ、ほっとけないっていうか、ほっといたら何するかわかんないっていうか、でしょう?」

「亜美真美とかは特にそうかもね」

 

 伊織のキビキビと歩く姿は、相変わらず凛々しい。

 身長はそれほど大きいわけじゃないのに、態度というか姿勢というか、彼女の本質的なところが身長以上の存在感を放っている。

 765プロのうちで一番アイドルらしいアイドルだと私は思っている。

 尊敬とは少し違うけど、そういうところ見習わないとなとは思ってたりするんだ。

 

「お昼は食べた?」

「う? うん。ダンスの方をちゃんとしたかったから軽くだけど」

「そう。水分はちゃんと持ってる?」

「持ってるよ。……どうしたの伊織? なんか心配されてるっぽいんだけど」

「別に心配なんて……。普通が取り柄の同僚が、いきなり電波受信したら気になるわよ」

「電波って。だから本当なんだってば……」

「はいはい。タイムマシンなのよね、そのスマホ」

 

 投げ捨て気味に言う伊織は、さすがにこの話題はもういいと思っているらしい。

 早足になってスタジオへ向かう伊織の背を追いながら、私は昨日のことを思い出していた。

 宇宙戦艦、特一級打撃戦艦TA-29〝アマミ・ハルカ〟との出逢いを――。

 

 

 ◆◇―――――――――◇◆

 

 

「『素晴らしいよ! 君、名前はなんていうの?』」

「えっ、あのっ、えっ?」

 

 えくせ? ほわっちゃ、ねーむ?

 えっと、名前を聞かれてるんだろうか。教材CDとかで聞く英語よりも早口で、そのうえちょっと訛りみたいなのがある。

 と、とりあえず、名前は言っとこう。

 

「ま、まい、ねーむ、いず、あま――はるか・あまみ。えーっと、あい、きゃん、すぴーく、いんぐりっしゅ、あ、りとる?」

 

 で、良かったかな?

 ていうか、宇宙人って英語しゃべるんだ。あと人間と変わらないんだなあ。

 

 ということで、今現在の私の状況を端的に伝えるとすると、

 TA-29を着艦させた後、あのシートだけのコックピットから降りてみると、そこには癖のある赤毛のお兄さんが立っていたということになるかな。

 てっきり宇宙人ってタコみたいな奴とか、グレイとかそういうのかと思ってたから、普通の外人っぽいお兄さんが出て来たのにはびっくりした。イケメンというよりはハンサムと言った方がしっくりくるかも。

 でも、どこか抜けてるっぽい雰囲気はどこかプロデューサーさんに似てるような気がする。

 その彼が私の稚拙な英語を聞いた途端、とても微妙な顔をして〝イングリッシュ〟の部分だけを反芻した。

 

「『うん? イングリッシュ? ――ああ! 申し訳ない。今翻訳機を用意するからちょっと待っててくれ。えーっと、確か、っと、あったあった。今はこれしかないんだ、我慢してくれ』」

「え? か、カチューシャ? えっと? つ、つける? つければいいんですか?」

 

 ボディランゲージは地球も宇宙も関係ないらしい。

 赤毛の彼はそうそう、とばかりに勢いよく上下に首を振って、自分でカチューシャをつけさえした。

 テンション高いなー……。

 

「よっと。これでいいですか?」

「オッケー。んんっ、僕の言葉わかるかな? 聞こえてる? 大丈夫?」

「わっ! 日本語しゃべってる!」

「ニホンゴ? へえ、ということは君はニホンジン? さっき言ってたイングリッシュっていうのは、旧地球時代、世界で最も普及した言語のことっていうのは知ってるよ。そうか、ニホンジンなのか!」

「あ、そ、そうですか。……うん? あの、今なんて?」

「ニホンジンなのか!」

「じゃなくて! えっと、旧地球時代? ですか?」

「おっと、そこから説明しなくちゃいけないのか。そりゃそうだ。ふむ……。でもなあ、せっかく取れたデータ、今すぐみたいんだけどなあ……。いいかな? 二、三時間かかるかもしれないけど」

「ええっ!? そ、そんなに待てませんよぉ……」

「そりゃそうだよね。確か今、相対過去の時間は夜だったはずだし」

 

 それじゃあ手短に済ませよう、と赤毛の彼はうなずく。

 

「現在の時間は、西暦にして2997年9月8日。君――春香君だったかな?」

「あ、はい」

「春香君のいた21世紀から約千年後の世界になる」

「はあ、千年後…………千年後? えっ、はいぃ!?」

「君のリアクションに付き合っていたらおそらく話が進まないだろうから、悪いけど無視して話を続けようか」

 

 おそらく我慢できなくなったのだろう。

 赤毛の彼は何かの機械に映る文字列を見つつ説明を続け始めた。

 

「30世紀現在、人類は二つの勢力に分かれ戦争を行っている」

「戦争ですか!?」

「そう、戦争だ。ただし、人が死んだりなんて野蛮なことはない。春香君が乗っていたそれ」

「シート、ですか? コックピット?」

「そうそれ。正確にはコックピットじゃなくて〈独立次元泡(バ ブ ル ボ ー ド)〉っていうんだけど、それが完成したおかげでここ数十年と死者が出たという報告は受けていないね。TA-29が万一撃墜されたとしても即座にプレイヤーである君をここへと転送するから、君が死ぬこともない」

 

 万一という部分をえらく強調しながら、赤毛の彼は断言した。

 人の死なない戦争。そもそも戦争という非日常が私にとって常識の埒外にある。

 いくら人が死なないといっても、戦争というだけでクラクラする。

 

「戦争……」

「何度も言うけど、人は死なないよ。チェスや君の住むニホンのスポーツ柔道だって、元は戦争のシュミレーションだ。ほら、そう思えば抵抗は少ないだろう?」

「それはそうかもしれないけど……」

「話を続けようか。その戦争の勝敗によって星や星から採掘される資源、流通量など経済的な面や、政治的な決定権を獲得することを主としている。ここまではオッケー?」

「ええと、はい」

 

 オーディションなんかとおんなじかな。

 勝てば官軍、じゃないけど番組の出演権がもらえたりするところは似てるかもしれない。

 

「その性質上、僕たち艦隊にはスポンサーがついている。戦闘に関してはだいたいスポンサー絡みが多いけど、人気が高まればTERRA(テ   ラ)――つまり僕たちの勢力から直々に重要な戦闘を任されることも多くなる。ここまでは大丈夫かな?」

「アイドル活動と変わらないなー」

「アイドル? 春香君はアイドルなのかい?」

「えっと、一応。まだ全然ですけど……」

「ふぅん? それはいいね。戦闘艦のプレイヤーも人気が高ければアイドルともてはやされる。場馴れしている人がこれで戦って活躍してくれるなら、僕も安心だよ」

「え、えへへ。そうです――え? あの、私が、なんですか?」

「だから、アイドルなんだろう?」

「あ、いえ、そうじゃなくて――」

「ああ、うん。君には是非、このTA-29のプレイヤーになってほしい」

 

 思わず絶句してしまった。

 私がこれに乗って、戦う?

 

「い、いや、私なんてドジだしこういうの操縦とかしたことないし、自信だってないし……」

「ドジだとしても、それを補って余りある性能を保障するよ。あと、春香君は操縦できていたじゃないか」

「いやっ、でも、私より上手い人なんていくらでも」

「それがいないから君に頼んでるのさ。TA-2系列の戦闘艦は、おそらくこの時代でまともに扱える人物はいない。意図してそうしたわけじゃないけど、スペックを追い求めるあまりそうなってしまったというか……」

「でも、操縦なら誰でも……」

「通常これだけの兵器を詰め込んだ戦艦を、まともな方法で動かそうとしたらどれだけの人間が必要か、わかるかい?」

「いえ、全然見当もつかないですけど……」

「ざっと数百人。だけど君はこれを一人で動かせた。もちろん、この艦が特殊なわけじゃない。現代の戦艦は思考制御によりたった一人で動かすことが可能となっているんだ。だけど、さっきも言ったようにこいつは最新鋭艦、そのうえスペックも今までのものとは桁違いだ。人材がないわけじゃないんだ。おそらく腕だけでいえば君よりもずっと強い人はいくらでもいる。この艦も何人ものトッププレイヤーにテストしてもらったけど、実のところ動かせたのは今現在君だけなんだ」

 

 なんて厄介なものを作ってくれたんだろうか。

 まあ、私も結構ノリノリで決め台詞まで言っちゃったんだけど。

 

「ちょっといいかな。こっちの計測器の中に入ってくれないか」

「えっ」

「大丈夫。立ってるだけでいいし、変な薬の投与もない。もちろん、洗脳とかそういうこともない。まあ、それを証明する方法はないんだけど、そこは信用してくれとしか言えないな」

 

 円筒型の計測器――病院とかに置いているMRIのようなものの中に恐る恐る脚を踏み入れる。

 すると、すぐに計測が始まったらしい。特に何事もなく数分ほど立っていると、外から赤毛の彼の声が聞こえた。

 

「オーケー。もういいよ」

「……えっと、その……」

 

 そういえば、彼の名前を聞いていない。

 呼びあぐねていると、私の様子に気付いた彼は申し訳なさそうに笑いながら自己紹介を始めた。

 

「いや、すっかり夢中になってすまなかった。僕はローソンだ。カーティス・ローソン。よろしく頼むよ」

「ローソン、さん?」

「呼び方は好きにしてくれていいよ」

 

 すごく変わった名前だ。

 現代に戻ったとき、ふとしたことでローソンさんのことを思い出してしまいそうになるくらい変な名前だ。

 と、そこで私はハッとした。

 

「か、帰れるんですよね!? 戦艦のパイロットになってくれって、住み込みとかじゃないんですよね!?」

「パイロットじゃなくてプレイヤーだけどね。ああ、そこは安心してくれ。プライベートは尊重させてもらうし、アイドル活動にもできる限り支障は出ないよう便宜する。――まあ、ここまで言っておきながらなんだけど、この話は拒否してくれても構わない」

「……そう、ですか」

 

 あれ、なんで私少し残念に思ってるんだろう。

 アイドル活動に不満があるわけじゃないし、非日常を貪欲に欲するような主人公体質でも決してない。

 極めて普通のアイドル女子高生のはずだ。

 ――自分で普通普通っていうのもなんだか悲しいけど。

 

「あの、この計測って?」

「脳の中のペンローズ器官の機能測定だよ」

「ペンローズ器官?」

 

 聞いたことのない名前だ。

 私のオウム返しの質問にローソンさんは計測器から目を離さずに答える。

 

「脳の中にあって、量子コンピュータ的な働きをする場所だ。この器官が人間の直感やインスピレーションを司っているとされている。多世界干渉も起こしているという説もあるけど、それはどうでもいい」

「はあ……?」

 

 量子なんとかは、シュレディンガーの猫とかでよく聞くアレかな。

 響きがカッコ良くて覚えてるんだけど、中身については全然知らない。

 ようやく計測器から目を離したと思えば、今度は透明なファイルのようなものを取り出し、

 計測したものと見比べ始めた。

 透明なファイルの上には立体的な文字や表みたいなものが出たり消えたりしている。

 情報端末、とかいうのだろうか。SF的に。

 

「戦闘艦の制御システムは、主にそのペンローズ器官を利用しているんだ。特にカオスの問題が影響してくるようになると、もはやコンピュータでは対処できない。結局、人間の直感やインスピレーションに優るものはない。あとはどうやってそれを効率よくシステムに反映していくかということだね」

「……はあ、なるほど」

 

 サッパリわからない。

 少し背伸びをして「なるほど」なんて言ったけど、まったくわからない。

 現代に帰ったらSF検定でも受けてみようかな……。

 

「ふむ。やっぱり春香君のペンローズ器官の情報処理能力は、この時代の平均的レベルよりは高いようだね」

 

 にやり、というには少し子供っぽい笑顔を浮かべながらローソンさんは言う。

 嬉しいことがあって、ついニヤニヤしてしまったときの笑顔が一番近いかもしれない。

 電車の中でギャグ漫画を読んで笑うのを堪えているときもそれっぽいかも。

 

「結果を言えば、春香君は戦闘艦プレイヤーとしての素質があることになる」

「……素質ですか」

「適材適所っていうし、個人的には縁もあると思うから、是非春香君にはこのTA-29に乗ってほしい。でも、さっきも言ったけれど強制はしない。君の判断に任せるよ」

 

 日本人がそういう選択に弱いと知っていてローソンさんは言っているのだろうか。

 ……まあ、それはなさそうかな。プロデューサーさんと同じで、嘘を吐いたらすぐ顔に出そうな感じだし。

 一応のところは信用しても問題はなさそうだ。アイドルをしていて、このあたりの機微も鍛えられたと思う。

 

「追加で説明しておくと、もしこの申し出を了承してくれるのなら、数日後に行われる合同テストマッチに参加してもらうことになる。実戦形式でプレイヤーと戦闘艦の性能を確認するんだ。NESS(ネ  ス)――僕らが戦争してる相手だけど、そっちからもトップクラスのプレイヤーが参加してくる予定だ」

「……この戦艦で、私が戦う?」

 

 ローソンさんは私の呟きを無視して、またモニターに釘付けになっていた。

 私はアイドルだ。そこは間違っちゃいけない。宇宙戦艦のパイロット――プレイヤーじゃないんだ。

 だけど、でも。心の隅から声が聞こえていた。

 途中で投げ出すとか、やる前から諦めるとか、たぶんそういうのじゃない。

 怖気づいたわけでも、きっとない。

 

 確かに戦争って聞いて腰が引けたのは間違いないけど、今はこの一歩を踏み出したいと思ってる。

 なんでだろう。私今、すごくワクワクしてる。ドキドキしてる。

 アイドルは大切な仕事だ。私の夢だ。そっちをないがしろにするわけでもない。

 

「私、やります。やらせてください!」

「オッケー。そう言ってくれると思ってたよ。じゃあ、さっそく準備を始めよう」

 

 そう言うなり、ローソンさんは出入り口の方へ向かって急ぎ足で行ってしまった。

 どうやらその準備に私はあまり必要ではないようだ。

 と、思いきや直前になって何かを思い出したらしい。私の方を向き直って、苦笑いを浮かべる。

 

「悪いけど、30分くらい待っていてくれないかな? さっきもいったように試験自体は数日後なんだけど、いろいろと準備しないといけないことがあるからね。……ああ、そうだ『ソロル』。お嬢さんに飲み物を出しておいてくれ」

『了解しました、ミスタ・ローソン』

「わっ!?」

 

 突然、どこからともなく中性的な声が聞こえた。

 ローソンさんは天井に向かって指を立て、一言付け加えた。

 

「これがこの艦の中央制御人工知性体の『ソロル』だ。何か要望があれば遠慮なく言ってくれ」

『『ソロル』です。よろしくお願いします』

 

 あの中性的な声が事務的にそう言った。

 人工ってことは作り物ってことだけど、全然そんな感じがない。

 

「それじゃ、準備が終わったら『ソロル』を通して連絡するから」

 

 驚いている私を余所に、ローソンさんはそう言って部屋から出ていってしまった。

 ぼうっとしていると、またどこからともなく『ソロル』が声をかけてきた。

 

『お飲み物は何にいたしましょうか?』

「へっ? あ、えっと、じゃあ、……水を」

 

 悩んだ末に出した注文が水って……ああ、嫌でも自分の普通さが滲みでている……。

 ほら、なんか『ソロル』も黙っちゃったし。「わかりました」とも「お待ちください」とも言わないし!

 もうやだぁ……。

 

『ガス入り、ガスなし、どちらにいたしましょうか』

「ふぇっ!? あ、ああ炭酸水かどうかってこと……?」

『どうしましょうか?』

「えーと、あー、じゃあ、オレンジジュースでいいです」

『了解いたしました。少々お待ち下さい』

 

 なんで訂正したっ!?

 私なんで訂正したのっ!? もう普通のガスなしでよかったじゃん!!

 なんて頭を抱えているうちに、一番近くの壁が縦横15センチくらいに開いて、中から紙コップのようなものが出て来た。

 紙コップは薄い円盤に載せられて私の手元までマジックアームのようなもので運ばれてきた。

 

「あ、どうも」

 

 それを受け取り、一口だけ口に含む。

 果汁100%というわけではなさそうだけど、割り方が絶妙だった。

 ちびちびと飲んでいるうちに30分が経ったようで、『ソロル』が最初にいた部屋まで誘導してくれた。

 こちらの準備はできたから、もう帰ってもいいということだった。何を準備していたのかと聞くと、プレイヤー登録と、これだ、とローソンさんがにんまり顔で何かの端末を渡してくれた。

 

「名前は時 間 通 信 機(ディメンションコミュニケートシステム)――略してDCS(ディメカム)だ。これを持っていればこちら側、つまり30世紀の〈エスタナトレーヒ〉と連絡が可能になる」

「えすたなとれーひ?」

「この艦の名前だ。あと、それさえ持っていればいつでもどこでも君をこちらに転送することも可能になる。まあ、クロノスプレインシステムを仕掛けたビルから半径50キロ離れてしまうと通信もできなくなるから、もしそれ以上の距離を移動することがあれば、事前に教えておいてくれ」

「見た目スマートフォンと変わらないのに、そんなに高性能なんだ……」

「そりゃ春香君の時代から千年経ってるわけだしね。スケジュール管理ぐらいの機能は持たせてあるから、そのあたりは好きに使うといい」

「あ、ありがとうございます」

 

 そのあと、押し込まれるようにシリンダー型の装置に入れられ、

 次の瞬間には屋上への扉の前に立っていた。

 あまりにも急激な景色の変化に一瞬ついていけず、立ち眩みのような錯覚に陥る。

 時間を確認すると終電ギリギリだったので、その日は余韻に浸る間もなく家に帰ってしまった。

 ただDCSは持ったままだったので、かろうじて夢ではないことがわかる。

 

「遠くまで行っちゃったんだなあ……」

 

 千年後だ。

 30世紀だ。

 それも、宇宙だ。

 

「でも、まだ行けるよね。アイドルでも、プレイヤーでも、もっと遠く高く……」

 

 

 ◆◇―――――――――◇◆

 

 

 一通りレッスンを終わらせると、伊織からダンスについて教わった。

 さすがにTVデビューしたこともあって、指先の細かいところまで意識するよう指摘される。

 ところどころ生々しい感じで怒鳴られるところがあったけど、あれは絶対律子さんに怒られたところなんだろうな。

 

「ふぅ~……。さすが本格デビューした人は違うねー」

「あのねえ、アンタだってデビューはしてるでしょうが。いつまでも他人事だと思ってんじゃないわよ」

「あはは。面目ない」

「ホントにね。宇宙戦争だかなんだか知らないけど、まずは目の前のことに集中しなさいよ」

 

 伊織の言うことはもっともだ。

 だけど、というと逆らってるみたいに聞こえるかもしれない。

 けど、あえてだけどと続けるとすれば、これは私がやりたいことなんだ。

 私がやりたいと思って、二兎を追っているんだ。

 

「ほら、休んだんだからもう一回通していくわよ」

「うええ~!? も、もうちょっと休ませてよぉ……」

「グダグダ言わない。ほら、ちゃきちゃき立つ!」

「はぁい……」

 

 と、そのときだった。

 私のカバンの中から呼び出し音が鳴る。

 伊織に断ってから、携帯を取り出すがこっちではなかった。

 DCSの方を取り出すと、やはりこちらからの呼び出しだったようだ。

 

「えっと、はいもしもし?」

『やあ、春香君。昨日ぶりだね』

「ど、どうも」

『さっそくだけど、今から時間はあるかな?』

「あ、その、ちょっとだけ待ってもらえれば全然」

 

 といったところで、背中越しに伊織が覗きこんできた。

 

「メール?」

「えっ、あ、いや……」

『おや……』

「……え、なにそれ。さっきのスマホよね? なんで立体映像なんて……」

 

 確かに、これは少し信じ難い光景だ。

 ゲーム機やTVとかの3D映像なんて比べてられない。

 手乗りの胸像といえば一番近いかもしれない。今の技術じゃ到底実現できないテクノロジーだ。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいって! なにこれ!?」

『なにこれとは失礼だな。僕にはカーティス・ローソンっていう名前がだね……』

「なに? カーティス? ローソン? 妙チクリンな名前して、それ本名なの!?」

「ちょ、伊織……」

「じゃなくてなんなのよ、これ!」

 

 ここで通信を切ったとしても、伊織は強く追求してくるだろう。

 こうなってはレッスンどころじゃなくなってしまっている。

 伊織も今日はもう予定はないと言っていたし、もう転送してもらって向こうで説明するしかない。

 

「ろ、ローソンさん、転送してください」

『え? い、いいのかい、彼女は――』

「伊織ごとでいいですから!」

「ちょっと、春香何言って――」

 

 一瞬のフラッシュアウトののち、景色が変わる。

 ダンススタジオから、無機的な機械が囲う〈エスタナトレーヒ〉へ。

 ジャージのままだったのが女の子的にはちょっとアレだけど、この際文句は言っていられない。

 

「…………は?」

「春香君、彼女は?」

「水瀬伊織っていって、私と同じ事務所のアイドルです」

 

 転送する直前に翻訳機であるカチューシャをつけていたので、ローソンさんとはスムーズに意思疎通を行えた。

 混乱する伊織を隣に、私とローソンさんで話を進める。

 

「伊織君。まずはようこそと言わせてもらおう。直接顔を合わせる形でははじめまして。僕がカーティス・ローソンだ」

「あ、あ、あ……アンタが私をここに攫ったの!? 春香もグルなの!?」

「ち、違うよ伊織! 別に攫ったわけじゃなくて……」

「まずは落ち着こう。僕は君になにもしないと誓う」

 

 そう言うなり、ローソンさんは両手を挙げて伊織から数歩離れていった。

 まるで仇を見るような目をしている伊織の肩に手を置いて、私からも落ち着くよう伝える。

 

「大丈夫だよ、私もいるから」

「……ふん。まあ、そうね。いいわ、春香から話は聞いてるから。ここが30世紀で、宇宙だってことでしょ? いきなりだったから焦っただけよ」

「それはなによりだよ。こっちとしても助かるね」

 

 数歩離れていたローソンさんはまた数歩伊織に近付く。

 猫が威嚇するように毛を逆立てながら伊織はローソンさんの接近に警戒を向ける。

 刺々しい雰囲気が周囲を支配していくのを感じながら、私は二人の行く末を見守ることに決めた。

 

「それで伊織君」

「……ねえ、春香。私それなりに英語はしゃべれるけど、正直ここまでは自信ないんだけど」

「あ、そっか。ローソンさん、翻訳機渡してあげてください」

「おっと、そうだね。じゃあ、これどうぞ」

 

 ネックレス型の翻訳機を取り出し、それを伊織に渡した。

 なんでもありなんだ、翻訳機の形って……。

 

「では改めて伊織君、まずはようこそ〈エスタナトレーヒ〉へ」

「どうも。ローソンだったかしら?」

「ああ。今日呼んだのは他でもない。春香君の合同テストに向けての動作テストだ」

「……春香、アンタあれマジだったの?」

 

 伊織の視線が突き刺さる。

 あれが嘘だと思っていたからこその視線だろう。

 

「まあ、ご存じの通り僕が連絡した時、ちょうど伊織君がその場に居合わせたわけだけど、どうかな? 興味があるなら見学していかないかい?」

「そりゃないっていったら嘘だけど、いいの? 私、バラしちゃうかもよ?」

「結構。言いたければ言えばいいと思うよ。まあ、その結果は君自身が一番知ってそうだけど?」

「ぐぬ……」

 

 伊織はそこで押し黙ってしまった。

 ローソンさんの言う通り、伊織を始めプロデューサーさんや小鳥さんも私がしゃべったことを嘘だと思っていた。

 それが二人に増えたところで、どうせ変わらないだろう。

 TVで公表したとしても、ちょっと電波なアイドルと思われるのがいいところだろう。

 

「ということだから、春香君。君は先にTA-29のところに行っておいてくれ」

「あ、はい」

 

 ローソンさんに促されるまま、私はトラム(ワゴン大のあの動く小部屋のことだ)に乗り込む。

 扉が閉まる直前、伊織と目が合った。

 私がよっぽど心配そうな顔をしていたのだろう。

 伊織は軽く手を振って、澄ました顔をしていた。「大丈夫」ということだろうか。

 少し不安は残るけど、あんまり気にしすぎても伊織に失礼かもしれない。

 今は目の前のことに集中しよう。私はそうして、その場を離れたのだった。

 

 

 ★☆―――――――――☆★

 

 

 さて。

 モニターの中では、今春香がシートに座ったところが映されていた。

 宇宙戦艦なんて仰々しいものだからと覚悟していたのだが、春香の座っているシートには操縦桿とスロットルしか取り付けられていない。

 あれで本当に動くのだろうか。いや、動くんだろうな。

 

「なんで春香だったの?」

「うん?」

「なぜ春香を選んだのかって訊いてるの」

「それは彼女が一番最初にクロノスへと接触したからだね。ぶっちゃけると一週間前には君たちの事務所があるビルにクロノスプレインシステムを仕掛けた。主に夜に作動させていたんだけど、一週間して初めて彼女が接触してきた」

「……おかしいわね。貴音なんかは暇があれば屋上に行ってた記憶があるんだけど……」

「貴音というのがどんな子なのかは知らないけど、少なくともこの一週間、夜に屋上に近付いたのは春香君だけだよ」

 

 変な直感が働く貴音のことだ、もしかしたら何か変な空気を感じ取って近付くのを躊躇っていたのかもしれない。

 私は勝手にそう結論付けて、目の前のモニターに注意を戻した。

 聞けば、こうして公式に動かすのは春香も初めてらしく、表情がえらく固かった。

 まあ、大丈夫だろうけど。

 

「もしだけど――」

「うん?」

「もしよかったら、伊織君も乗ってみないか?」

「……乗るって戦艦に?」

「そう。是非にとまでは言わないけど、どうかな」

「ふぅん? ま、私を選ぶのは間違っちゃいないわ。するかどうかは別としてね」

「そりゃあ残念だな」

 

 残念と言いつつ、ローソンの顔はとてもにやけていた。

 春香に期待しての笑顔か、私がプレイヤーになると確信しての笑顔かは定かではない。

 腹に一物を抱えてる野郎ならどちらもなのだろうけど、このローソンって男は私が思っているよりも子供っぽい。

 おそらく前者だろう。

 

「よし、それじゃ動作テストを始める。まずは発進しよう」

『は、はい! えーと、そういえばこの艦の名前ってなんですか?』

特一級打撃戦艦(ス ー パ ー ス ト ラ イ ク)TA-29アマミ・ハルカだ」

『あま? えっ、私の名前!?』

「思考制御で操縦される戦闘艦は、プレイヤーそのものだ。つまり、艦の名前とプレイヤーの名前は同一のものとして扱われる」

『うう……。なんか恥ずかしい』

 

 と言いながらも、春香はどこか緊張がほぐれた様子だった。

 まあ確かに、戦艦の名前が天海春香なんて間抜けた名前じゃあねえ。

 せめて天海か春香のどっちかならまだ格好はついてただろうに、フルネームってどうなのよ。

 

『――スーパーストライクTA-29アマミ・ハルカ、アクト・オン!!』

 

 モニターの奥の春香がスロットルを全開に入れた。

 すると、瞬く間に彼女の背景が変わって行く。一秒にも満たないで鉄の空間は消え去り、巨大な円盤――〈エスタナトレーヒ〉の姿が映し出され、そのエスタナトレーヒもあっという間に小さくなった。

 実物を見ていないからなんともいえないけど、全長が1500メートル近いと聞いたから、あの速度が驚異的だというのはわかる。

 

「よし、そのままエスタナトレーヒの周りを何周かしてくれ」

『はい!』

 

 ふと、あずさがこれに乗ったらとんでもないことになるわね、なんて考えてぞっとした。

 もちろん春香はそんなヘマをするはずもなく、数分間ほど操縦桿とスロットルをカチャカチャとしていた。

 背景の星空がぐるんぐるん回っているので動いているのがかろうじてわかる。

 

「戦艦なんだから武器とかあるんじゃないの?」

「副砲にSY-32インパルス砲、次元転換魚雷、レーザートラムを1000基。そして主砲エヴァブラック。これは元々要塞砲を戦艦に装備できるようにしたもので、まあ、だからギリギリ戦艦用にデチューンした規格のものだね」

「あんた、マッドサイエンティストとか言われない?」

「とんでもない! 僕は善良なエンジニアだよ。まあ、それもTA-2系列が世に出れば、エンジニアの頭に『天才』って言葉が追加される予定だけどね」

「ああ、そう」

 

 やっぱり子供だコイツ。

 春香の方もそろそろ一区切りらしく、速度を徐々に落としていた。

 ローソンは表示された結果に釘付けになっており、嬉しそうにフンフンうなずいていた。

 変態だわ、こいつも。

 

「じゃあ春香君。次は武装の動作確認をしていこうと思う。まずはレーザートラムだが、正直これは攻撃用の武装じゃない。戦闘艦周辺の数十メートル単位のアステロイド駆除なんかに使うだけだ。これは確認だけでいい。実戦になればサポートAIがこれを動かすことになる」

『は、はい。えっと……』

「…………よし、動作確認。いくつか動きが悪いトラムがあるけど、それはこっちの仕事だな。じゃあ次に行ってみようか。次元転換魚雷だが、まあ実はこっちもそれほど役に立つわけじゃない」

「ダメダメじゃない! なんでそんな無駄なもの積み込んでんのよ!?」

「いや、これはだね、標準装備というか戦艦としての最低限のステータスというか。と、とにかく! これは次元の隙間に潜り込ませて着弾寸前まで迎撃されないという優れ物で」

「なによ、割と使えるんじゃない?」

「だけど、致命的に弾速が遅い。まず戦闘に追いつくことが稀だ」

「ああ、なるほど、ダメだわ」

 

 モニターの向こうの春香は苦笑いを浮かべていた。

 今は魚雷も搭載していないらしく、発射口の開閉と発射シークエンスの確認だけで終わった。

 シークエンスなんて大仰に例えたけど、結局「魚雷発射」と思えば発射できるのだから関係はなさそうなものだが。

 

「次は副砲のSY-32インパルス砲。副砲だからと舐めちゃいけないよ。現行の標準規格戦闘艦に搭載されている主砲級のインパルス砲よりもこっちの方がよっぽど出力が高い。これが一番よく使う武装になるだろう。ためしに撃ってみてくれ。エスタナトレーヒには当てないように」

『は、はいっ』

 

 ようやくまともそうな武装がやってきた。

 やっぱり宇宙戦争と来たらビーム兵器がお約束なのかしら。

 まあ、あの速度でビュンビュン飛び回る戦艦相手に実弾じゃ遅すぎるんでしょうけど……。

 ああ、なるほど、その実例が次元転換魚雷というわけか。

 

『うわーっ! すっごい! ビームですよ、ビーム!』

「ビームじゃなくてインパルス砲なんだけどな……」

 

 別モニターに映るTA-29からオレンジ色の光の弾丸が次々と撃ち出されている……らしい。

 らしいというのは、私の視点からだと艦首がピカピカ光っている風にしか見えないからだ。

 春香にはちゃんと見えているらしいのだが……。

 

「インパルス砲の弾速は亜光速だ」

「ゑ。なにそれ、避けられるの?」

「無論、避けられる。バブルボードの中では時間の流れをある程度コントロールできる。そのため、プレイヤーの反応速度は通常時の数千倍以上となり、亜光速のインパルス砲も見てから回避できる」

「はあ、SFねえ……」

「君たちからすればそうかもしれないけど、僕たちにとっちゃ当たり前だからフィクションと言われるとねえ……」

 

 計測器に目を向けたまま私と会話している姿に改めて感心する。

 失礼とかそういうのはおそらく考えていないだろうからこっちも気にしないけど、会話が成立しているのは地味にすごいんじゃないだろうか。

 ながら会話ってそうそうできるもんじゃないと思う。

 

「さて、では次のテスト。明日からもほとんど同じようなことをしてもらうけれど、ここまでで何か感想はあるかい? 春香君」

『そ、そうですね。なんか新しいゲームを触ってるみたいで、童心に返って楽しんでます』

「その調子で頼むよ。じゃあ、説明していこう。TA-29が誇る主砲、エヴァブラックだ。さっきも説明したけど、これは元々要塞砲――つまり要塞に装備されるはずのインパルス砲だったんだけど、出力関係をデチューンして戦闘艦の主砲として装備させたものだ。それでも破格の出力と射程距離を誇っている。まず間違いなく、こいつの一発に耐えられる戦闘艦は存在しない」

「当てることができたら、でしょう?」

『い、伊織~っ』

 

 春香が情けない声を出して私に小さな抗議を申し立ててくる。

 だが、私の言っていることは至極正論なようで、ローソンも苦笑を浮かべていた。

 

「正直こればっかりはいろいろ試行錯誤が必要なんだ。WASCO(ワ  ス  コ)の方で設定してる出力ギリギリだからね」

「WASCOって?」

「戦争管理委員会のことさ」

「常識的に考えて、なんだかラスボスっぽい組織ね」

「一応TERRAとNESS両方から選出された委員が統括している組織で、中立組織でもあるんだよ。戦争申請はWASCOを通してしなきゃいけないし、ルールやレギュレーションなんかも彼らが決めている。現代の戦争になくてはならない存在なんだ」

 

 とりあえず今は胡散臭そうな組織として覚えておきましょう。

 また来るかどうかもわからないんだし。

 

「というわけで、これも同じように撃ってみてくれ。間違ってもエスタナトレーヒには向かって撃たないでくれよ?」

『わ、わかってますって!』

 

 春香が気合を入れるとTA-29の映像に変化が表れた(気合を入れて変化が表れるってなんかすごいわね)。

 リアウィングの上に乗ったラグビーボール型の砲台にスパークが奔り始めたのだ。

 そして――、

 

『エヴァブラック、発射!』

 

 稲妻のような閃光が走り、まるで空間が膨張したようにオレンジの光が出現する。

 今度は私にも見えた。あっという間に豆粒みたいな小ささになって星の光に紛れはしたけど、肉眼でも認識できるような亜光速のプラズマってどんだけデカイのよ……。

 

「エヴァブラックの砲口径は百から数百メートルにもなる。1500メートル前後の艦に数百メートルの穴が開くと考えれば、その威力は想像しやすいだろう」

『一撃必殺、一発逆転の武器ってことですね!』

「その通りなんだろうけど、春香、アンタ軽すぎよ」

 

 そんな一撃必殺! とか一発逆転! とかエヴァブラックはそんな軽い代物じゃない。

 もしもを考えれば、ぞっとするとかそんな次元のレベルでもない。

 一発で地球上の街一つは吹き飛ばしかねない威力だ。

 

「一応連射にも対応しているし、威力や射程は落ちるが拡散して発射することも可能だ」

 

 そのうえ、この汎用性。

 さすがに千年も経つと技術の進歩には目を回すわ。

 その後しばらくは武装と高機動を交互に繰り返していた。

 そして春香がテイクオフしてからちょうど一時間と半分が経った頃だろうか。

 

「よし、それじゃあ今日のテストはここまでにしておこう。初日お疲れ様、春香君」

『は、はい~。意外と疲れますね、これ』

「思考制御だから、それに身体が引っ張られて疲れたんだろう。慣れればそれもなくなるだろうから、まあ、合同テストまでにはマシにはなっていると思うよ」

『アバウトですね……。っと、TA-29アマミ・ハルカ着艦します』

 

 春香が帰って来ると、なぜだが久しぶりにあったような気がした。

 それくらい私にとっては壮絶な体験だったわけなのだ。

 まったく、私まで疲れちゃったわ……。

 

 

 ★☆―――――――――☆★

 

 

 私が帰って来ると、少しふくれた伊織と、上機嫌のローソンさんが待っていた。

 お疲れ様ですと挨拶すると、ローソンさんは相変わらず計測器に目を向けたまま返事をした。

 

「春香君、結果が出るまで休んでいるといい。なんなら『ソロル』に飲み物でも頼んで待ってるといいよ」

「あ、そうですね。それじゃあソロル、お茶とかってある? えっと、グリーンティー?」

『了解しました、ミス・ハルカ』

「うわっ、なに!?」

「ソロルっていう、エスタナトレーヒの人工知性体とかなんとかって」

「へえ、頼んだら飲み物出てくるの?」

「うん。あ、でも――」

「じゃあ、私はオレンジジュースで」

『了解しました、ミス・イオリ』

「あーあ……」

 

 ほとんど同時に紙コップが円盤に乗って運ばれてくる。

 ちびりと口をつけて、横目で伊織のことを見ていると案の定伊織は渋い顔をした。

 

「なによ、100%じゃないの? 100%はないの?」

『申し訳ありません、ミス・イオリ』

「まあ、確認しなかった私も悪かったわよ。今日はこれで我慢しとくわ」

「おや? 今日は、ということは、伊織君はまた来てくれるってことかい?」

「……言葉のあやよ。また来るかどうかは機会があれば考えてやらないでもないわ」

 

 割りと楽しそうだったしね、と伊織は呟いた。

 確かに楽しかった。昨日はギュンギュン飛び回ってただけでよく解らなかったし。

 特にインパルス砲だ。真じゃないけど、ズドンって感じが気持ち良かった。

 あれで戦艦を撃ち落とせたときを想像したら、今からワクワクする。

 

 ――まあ、伊織がテスト中に言ってたように当てなきゃ意味はないんだけどさ。

 

「よしっと。じゃあ、今日は解散してもいいよ。突然の呼び出しに応答してくれてありがとう。ついては明日からの予定なんだけど……」

「二、三日は暇なままですよ。夕方からならだいたい大丈夫です!」

「……改めて訊くけど、春香君はアイドルなんだよね?」

「うぐぅ……」

「参考までに伊織君の予定は?」

「私はハルカほどひどくはないけど、夕方以降仕事は入ってなかったわ」

 

 ローソンさんも伊織もなかなか酷い……。

 いや、否定するほど材料があるわけじゃないんですけども。

 アイドルもがんばらなきゃだなあ。まずはプロデューサーさんの持ってきてくれた仕事を確実にこなしていこう。

 

 昨日同様、シリンダー型の装置に押し込まれるように入れられると、目眩のようなフラッシュアウトのあと、私と伊織は元いたスタジオに立っていた。

 外を見ると、ちょうど日が暮れ始める時間だ。

 

「……夢みたいだけど、本当なのよね」

「DCSももらったしね、伊織」

「これがタイムマシンって、にわかには信じられないわよね。見た目普通の携帯だし……」

 

 私と同型のDCSを貰った伊織は、それをいろんな方向から眺めている。

 機能的には携帯というよりも通信機に近い。

 

「ていうか、普通に貰っちゃったわね。分解とかしたらマズイわよね、これ」

「千年先の技術が詰まってるから開けたいけど、元に戻るかっていうと謎だしね」

「触らぬ神にたたりなしってね。ま、これからも機会があればよろしくたのむわ、春香」

「うん! 私も伊織と一緒なら安心だよー」

「年下といて安心するってのもどうかと思うけどね。にひひっ」

 

 いたずらっぽく笑った伊織を、なぜか久しぶりに見た気がする。

 彼女にもなにか思うところがあったのだろうか。もしそうなら、巻き込んだうえで言うのも変だけど、

 一緒に行けてよかったのかもしれない。

 

「それじゃ、また明日ね」

「うん。また明日」

「――――最後にいいかしら?」

「うん? なに?」

「春香は、なんで宇宙戦艦に乗ろうと思ったの?」

「やっぱり興味あるんじゃないの~?」

「ばっ、ち、違うわよ! アンタはアイドルの仕事もあるのにって!!」

「……うぅん、そうだね。しいて言うなら、もっと遠くへ、高いところへ行ってみたいからかな」

「なにそれ。確かに遠くには行けたけど」

「そういう物理的な意味じゃなくて、なんていうか、知らない道を歩いてふと振り返った時、

『ずいぶん歩いたんだなあ』とか『帰る時も大変そうだなぁ』とかって思うことない?

 なんかね、そういう気分だったんだ。30世紀っていう遠い世界を歩いてみて、

 振り返った時『あ、私こんなに歩いてたんだ』っていう……。なんかうまく言えないね」

「ううん。言いたいことはなんとなくわかる気がする。

 ありがと、変なこと聞いちゃったわね。それじゃ、ばいばい。また明日ね」

 

 伊織はそう言って、帰路についた。

 日が暮れ始めた街の喧騒が、どことなく幻想的に思えるのは機械的な空間にいたからだろうか。

 それとも、あの星が埋め尽くす宇宙の方が本来あるべき姿なのでは、と思っているからか。

 ――なんて、難しく考えてもわかんないしね。

 

「よぉしっ、明日もがんばるぞー!」

 

 アイドルもプレイヤーも、続けられる限り続けたい。

 やれるところまでとことんやりたい。

 てっぺん目指して、がんばるとしますか!

 

 

 




続編の予定はありません。
ちなみに、構想段階では――
 
◆特一級打撃戦艦アマミ・ハルカ
・サポートAI「インベル」
おなじみ我らがメインヒロイン。
山本洋子のように超反射神経とシューターとしての腕前で前線に出てバリバリ活躍するタイプじゃなく、中衛に下がって遊撃手としてエヴァブラックを連射するお仕事をする傍らで後衛の壁となる「固定砲台」タイプ。
決して派手なプレイングではないが、攻めに守りに要となる存在には変わりない。
いざというときの思い切りがよく、大金星をあげることも多い。
 
 
◆特一級高速戦艦ミナセ・イオリ
・サポートAI「うさちゃん」
たぶんこの作品の伊織は凸が反射板みたいになってる。
原作とは違い、エスタナトレーヒチームのトップエース――延いてはTERRAのトップエースとなる逸材。前線に立ち、高速戦艦の機動力で敵を乱しつつ戦線を支え、隙を突いて敵陣営を崩落させる突貫を行う「激突王」。
ただしプライドが高く、年相応のわがままさを見せるためメンタル面は弱め。
想定外の事態には弱く、ハマれば強いがそうでなければ調子が出ない典型。
それでも平均以上の戦果をあげてくるのは戦艦の性能か、プレイヤースキルか。
 
 
◆特一級格闘戦艦シジョー・タカネ
・サポートAI「ニジュウロウ」
伊織と共に前線を支える前線の遊撃。
超直感による判断と、冷静な戦況分析で後衛の響と連携を取って行動する。
原作の白鳳院綾乃エリザベスには劣るものの、それに負けない格闘センスで敵戦艦を〝ぶん投げる〟。流派などはないものの、アシスト性能に秀で、響のスコアをどんどん稼ぐ。
弱点らしい弱点は戦艦の弱点である射程距離。戦艦同士の戦闘とは思えないほどのクロスレンジにまで飛び込まなくてはならないため、伊織の活躍がそのまま彼女の活躍にも繋がる。
 
 
◆特一級強襲空母ガナハ・ヒビキ
・サポートAI「チャンプルー」
AI名は艦載機の豊富さから響が連想して名づけたもの。
チームでは最後衛に位置する。固定砲台の春香を壁にしつつ、貴音と協力して敵戦艦を包囲してフルボッコにするという基本戦法を持つ。数多くのペットと心通わせる彼女が大多数の艦載機を操るという安直な発想の元選択。
「スーパーストーム我那覇響ってなんだか自分めちゃくちゃかっこいいぞ!」とか言ってそう。ともかく、味方陣営を影に日向に支える要その二である。決定力にいささか欠ける伊織&貴音の前衛組を豊富な艦載機によってアシストし、中衛でバカスカエヴァブラックをぶっ放す春香を駆逐艇スティクスによって補助する。
最後衛なのでそれほど被害が出るわけではないが、万が一彼女が撃墜されてしまうと途端に二進も三進もいかなくなる。チームの弱点を背負う役割を任されているのだが、本人はそれに気付いていない。
 
 
というような感じでした。
だが私は続きを書かない! 書けない!
ネタがないからとかじゃなくて、時間がないから!
これも供養のために発表しただけだから!
 
フリじゃないから!
 
 
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