文才は(ないです)
第一話 いかにして彼は彼女と出会ったか
英国、首都ロンドン郊外の片田舎に存在する
代々ウマ娘の障害競走のトレーナーを務める家系であり、走る事が好きなウマ娘のためにアマチュア競走の開催も行っている。地元ではそれなりの名士である。
今年16歳になる智哉は久居留家の長男である。上に姉がいる。
そんな智哉は、人生の岐路に立たされていた。
ウマ娘の姉が競走バを引退し、家を継ぐと言い、当主である父はそれを快諾したのだ。
これには普段脳天気な智哉も頭を抱えた。
人並みの成績で障害競走のトレーナー資格を手に入れ家を継ぎ、人並みの手腕で家を盛り立て、人並みの妻をもらい、人並みに愛する。
思い描いていた人生設計がその基礎から崩壊した。最早粉々である。
もちろん智哉は異議を唱えた。俺が家を継ぐから姉貴はどっかに嫁に行けとはっきり伝えた。畜生の物言いであった。
この久居留家のお家騒動はその日の内に沈静化した。昔から智哉はウマ娘の姉の剛腕には敵わなかった。
温厚なウマ娘の母はこの一連の騒動をあらあらうふふと困った顔で見守り、姉の気性難の原因であろう父はお前は好きに生きていい、家の事は心配するなと間違ったエールを息子に送った。
そうして現在、自室のソファーで不貞腐れている。
一番楽できそうな人生設計への未練と姉の理不尽で16歳の少年の心がささくれ立っていた。
そんな中、自室のドアを何者かが強く叩く。
「トム!いい加減出てきな!ちょっと頼みたい事があるのよ」
トムは、智哉の渾名である。トモヤだと呼びにくいからと姉が命名した。3文字くらい普通に呼べよと智哉は思った。
この渾名と声色からして姉なのは間違いない。しかし先日あれだけの暴虐ぶりを見せた姉が頼み事とは何事であろうか。
「うるせーな開いてるよ。勝手に入って来いよ」
「あんたまだ拗ねてんの?じゃあ入るわよ」
がちゃりと自室のドアを開け、部屋に入ってくる姉に智哉は目を向ける。
長身で均整のとれた体型に、鹿毛の美しい髪を後ろにまとめ、その顔に浮かぶ快活そうな輝く瞳。
現役時代G1競走を幾度も勝っただけあり、姉の容姿はウマ娘基準でも優れていた。その気性難ぶりを知る智哉は魅了されないが。
その姉の足元に何かがしがみついていた。ひょこんと耳が見えるから幼いウマ娘であろうか。
「ほらフランちゃん、挨拶なさい。このお兄ちゃんは大丈夫だから」
智哉は耳を疑った。姉の口から信じられないほどやさしい声が出ている。明日は人参が降るぞ。
足元の推定ウマ幼女が控え目に顔を出す。そこで智哉は思わず息を呑んだ。
熊のぬいぐるみを背負った、長い金髪に青い瞳の美しすぎる幼女だった。言語に尽くせないほどであり、将来的には間違いなく姉より美しくなるとさえ思えた。
その幼女がぴょこりと智哉の前に飛び出て、覚えたてのようなカーテシーを見せて智哉に語りかける。
「わたし、フラン…おにいさん、おなまえ、なんていいますか?」
フランという名前を聞き、智哉はフランス系ウマ娘か、まだ命名を受けていない戸籍上の本名かと推察した。
ウマ娘は戸籍上の本名と、三女神からの啓示により賜る競走バとしての名前の二つが存在する。この年頃の幼女ならば本名の可能性が高い。
フランの顔を見て智哉は姉が厄介事を持ってきた事を確信した。目の前の幼女の表情が暗く落ち込んでいる。
明らかに心に傷を負っている様子の幼女を前に、智哉は屈み込み目線を合わせて応えた。
「おう、挨拶できてえらいなフラン。俺はとも…トムってんだ。よろしくな」
明らかに訳アリのウマ幼女に対し、万が一懐かれる面倒を考慮しあえて渾名で自己紹介する。楽をして生きるがモットーの智哉らしいクズの発想である。
「よし、挨拶できたわねーえらいわフランちゃん。じゃあそういう事でトム後はよろしく」
「あ?ちょっと待てや姉貴」
そそくさと退室しようとする姉を智哉が呼び止める。押し付ける気満々の姉を打倒すべく智哉は勇気を振り絞った。
「は?なんか文句あ…あートムこっち来な、フランちゃん何でもないからねーちょっと待っててね」
姉とは思えぬ慈母の如き表情をフランに向けながら、姉は智哉の胸倉を掴んで部屋の外に放り出した。
ドアを後ろ手に閉めた姉が智哉に怒りの視線を向ける。
「あんたフランちゃんの前でその汚い言葉遣いやめな。うつったら責任とりなさいよ」
「それよりどういう事か説明しろよ。どっから連れてきたんだよ。てか訳アリだろあの子」
「…理由は今は言えない。あの子はしばらくうちの子になるから、あんたが面倒見てあげてほしいのよ」
「は?なんで俺なんだよ?ガキ同士うちのクラブの子でも紹介すりゃいいだろ。姉貴もガキの相手するの好きだったよな?」
久居留家は事業として幼いウマ娘に練習場を提供し、走り方の指導と年齢別のアマチュア競走を行っている。そこに行けばフランと年の近いウマ娘が何人もいるだろう。
目の前の姉も子供好きで、将来はレースが開催できるくらい欲しいと言っていたはずだ。その相手の予定だった自らの専属トレーナーとはその気性難ゆえ破局したが。
「…あの子はウマ娘だとだめなの。あたしでもギリギリ懐いてくれてるくらいよ。もうとにかくお願い!あんたしかいないのよ!」
姉が珍しく手を合わせ日本的な「お願い」の姿を智哉に見せる。それほどの事情だと智哉も察した。
理不尽な姉だがこういうところが憎めないのだ。姉の情の深さを知っている智哉は、とっとと負けろと言いながら姉の出走するレースをよく観戦していた。この二人こう見えてお互い姉弟思いである。
「…わーったよ。その理由ってのはその内話してくれよ。ダメな話題とかあるか?」
「さっすがあたしの弟だわ!ダメな話題は、そうね、レースとか走る事の話はやめといた方がいいわ。理由にも関係あるから。あとは大人しくて賢い子だから本とか読んであげてもいいわよ」
「レースの話題がダメなのかよ。そりゃ深刻だな」
誘導尋問だった。まんまと釣られた姉の顔がひきつる。
「うっ…じゃ、じゃあとにかく任せたからね。泣かしたらぶっ殺すわよ」
「へーへー。全力を尽くさせていただきますよ、お姉さま」
「よろしい」
満足そうにその場を離れる姉を見送り、智哉は自室に戻る。
クラブの手伝いであの年頃の子供のウマ娘の相手には慣れているが、レースの話題がタブーのウマ娘の相手など始めてである。
自室でフランの姿を探すと、先ほどまで智哉が不貞寝していたソファーにちょこんと座っていた。
同じ目線に屈み、フランの目を見て声をかける。
「フラン、待たせてごめんな。今日は俺と遊んでくれないか?したいこととかあるか?」
「いいえ、おにいさん。おじゃましてごめんなさい」
恐らく先ほどの姉との会話が聞こえていたのだろう。
耳をぺたんと伏せ、俯きながら所在なさそうにするフランを見て智哉は自分の言動を少し後悔した。
「しばらくウチの子になるのに邪魔な訳ねえよ。こう見えて俺は遊びのプロだぜ、何でも言ってみな」
「でも、ごめいわくだわ」
「いいんだよ。家族ってのは迷惑かけ合うもんなんだよ」
「…いいの?」
「いいって」
「じゃあごほんをよんでほしいわ。もってきているの」
フランはそう言うと、熊のぬいぐるみの背中のジッパーを開いて一冊の本を取り出す。
「それリュックだったんだな」
「ハリーはいちばんのおともだちでおなかになんでもはいるのよ。おかあさまにかっていただいたの」
フランの手から本を受け取る。題名は「おおぐいのウマ姫とびんぼうないなづま」
表紙と装丁からして絵本なのは間違いないだろう。
「よし、じゃあ読むぜ。こっち来な」
ソファーに寝転がってフランの入るスペースを空ける。
後はフランが収まれば楽しい朗読会の開始だ。
「おにいさん、いけないわ」
そこでフランが待ったをかけた。
躊躇しながら智哉を見つめている。
「あん?どうした?」
「ねころんでごほんをよむのはいけないことよ。わるいこになってしまうわ」
「いんだよちょっとくらい。たまにやる悪い事は楽しいんだぞ?」
「そうなの?」
「そうなんだよ、バレなきゃ悪い事じゃないしな」
「うふふ、じゃあ、おにいさんとわたしのひみつね」
楽しそうに微笑みながら、フランが智哉の横に収まる。
やっと笑ってくれたな、と智哉は安堵した。
四六時中暗い顔の幼女が自宅にいるのは辛気臭すぎて面倒なのだ。
「むかしむかし、ある所に芦毛で大喰らいで穀潰しのお姫様が…絵本なのに表現ひどくねえか?」
「だいじょうぶよ、ごくつぶしのいみはわかるわ」
「わかるのかよ、すげえな」
姉曰くしばらくうちの子になる、と言っていたが短い間だろう。
聞き分けも良さそうな様子であるし、その間の世話くらいはしてやろう。
この時智哉はそう思ったが、これが終生の付き合いとなる彼女との出会いであった。
アッネは元ネタありますが適当に想像してクレメンス