大筋は変わらないけど展開は変わります。旧版の続き読みたかった方はごめんねごめんね…。
あと書き直すついでに主人公出てなかったら閑話縛りやめるやで。
キャラ増えすぎて縛りきついんや…。
第一話 暗躍する影
神奈川県横浜市、横浜港──国土交通省からスーパー中枢港湾指定を受ける、日本を代表する国際貿易港。
その中心部、横浜ベイブリッジを大黒埠頭と結ぶ本牧埠頭のB突堤は、かつて暴走族ウマ娘の聖地と呼ばれていた。
夢破れ、学園を去ったウマ娘。
学園に入学できず、非行に走ったウマ娘。
行き場もなく、ただ走りたい衝動に身を任せたウマ娘。
理由は様々であったが、憧れの勝負服の代わりに手製の特攻服に身を包み、「B
現在は警察の規制強化、峠での公道バトルへの移行、そしてとあるエクリプス教のシスターの殴り込みにより、この地でチキンレースが行われる事は無くなって久しい。
しかし、静かなはずの深夜の本牧埠頭B突堤はたった今、喧騒に包まれていた。
「……クソが!どこまでも追ってきやがって……!」
かつてチキンレースのコースだったB突堤の直線を走る影を、もう一つの影が追う。
その速度差は明白であり、追う影はまるで空を飛ぶように駆け、逃げる影に迫った。
「逃がさない……!」
追う影、追われる影、双方は埠頭の照明に晒され、その姿が現れる。
追う影は、美しいウマ娘であった。黒鹿毛の長い髪を靡かせ、右耳に付けられた、白いラインの入った青いリボンが揺れる。
迫る影に対して追われる影、修道服に身を包み、頬に十字傷のあるウマ娘は振り返りざま、懐に手を突っ込んだ。
「そのスピードじゃあすぐに止まれねェだろ!!死ね!!!」
懐から取り出したナイフでの、三本同時投擲。ウマ娘の膂力により投げられたそれは銃弾に等しい速度と殺傷力を持ち、黒鹿毛のウマ娘に迫る。
しかし直撃の瞬間──黒鹿毛のウマ娘の姿はかき消えた。
「なっ!消え……」
「上だ!ギローシェ!!」
B突堤の先端部、中型のコンテナ船が浮かぶ岸壁から届く同胞の声に、ギローシェと呼ばれた十字傷のウマ娘は頭上を見上げるより速く、両腕を顔の前で交差させた。
「──しッ!」
「ガアッ!?」
咄嗟に防御していなければ、間違いなく意識を奪っていたであろう強烈な跳び回し蹴りを受けたギローシェの腕はみしりと軋み、そして錐揉み回転しながら吹き飛ばされる。
黒鹿毛のウマ娘が残身し、岸壁まで吹き飛ぶギローシェにゆっくり近付こうと動いたその時、銃声が二度響く。
銃弾は右手を軽く前方で振った黒鹿毛のウマ娘から不自然に逸れ、後方にチュン、と音を立てて着弾した。
「やはり効かないか、化物め……!」
「エナメルすまねえ、腕をやられた……」
「いや、よく防いだ」
岸壁に転がり、倒れたギローシェを助け起こすエナメルと呼ばれた眼帯姿のウマ娘は、アメリカ製のM19と呼ばれる回転式拳銃を油断なく黒鹿毛のウマ娘に向ける。
黒鹿毛のウマ娘は立ち止まり、静かな怒りをぶつけるように二人に問いかけた。
「……子供達は、後ろの船?」
ちらり、と二人の後ろ、海外船籍のコンテナ船を見やりながら、黒鹿毛のウマ娘はゆっくりと脱力し、あらゆるウマ娘の理想形とまで言われるストライド走法の準備を整える。
B突堤を照らす照明の光が、彼女の影を後方に長く伸ばした。ここはB突堤の先端部分、隠れる場所も無い袋小路である。
最早二人に逃げ場はなく、黒鹿毛のウマ娘の射程距離内にいた。力量差は歴然であり、逃げようとしても、迎え撃とうとしても詰んでいる。
「もうすぐ、警視庁ウマ娘隊も来る。大人しく自首を……ッ!?」
──詰んでいる、はずだった。
突如、黒鹿毛のウマ娘は背後に強烈なプレッシャーを感じ、慌てて振り向いた。
有り得ない事が、起きていた。
(誰!?気配も足音も無かった!地面から出てきたような…!?)
振り向いた先にいたのは、長身のウマ娘であった。
中心に白い流星が流れる黒鹿毛の長い髪が風も無く靡き、ウマソウルから迸る黒いオーラを纏い、不意を突いたにも関わらずただ黒鹿毛のウマ娘に圧をかけるように見下ろしている。
表情は窺い知れなかった。その顔貌に着けられた黒い仮面によって。
「……来たか、新入り」
「助かったぜ新入り!やれるか!?」
新入りと呼ばれた黒仮面のウマ娘は両手を広げ、黒鹿毛のウマ娘を捕獲しようと迫る。
子供でも躱せるようなゆっくりとした動きだった。
しかし、黒鹿毛のウマ娘は動けなかった。何故か、そうされるべきだと思ってしまった。
「………ッ!!?」
両肩にその手が置かれる瞬間、弾き出すように後ろに飛ぶ。
彼女は今、混乱の最中にあった。
(今のは一体なに!?私は、この人を知ってる……?)
そこにエナメルの回転式拳銃から吐き出された銃弾が迫り、上体を逸らして回避する。
たった一人の増援により、戦況は一気に黒鹿毛のウマ娘の不利となっていた。
(考えるのは後!)
混乱を振り払うように頭を振った後、黒鹿毛のウマ娘はその脚力を開放した。
持ち前の飛ぶように走るストライド走法と、師より授かった古流走法を組み合わせ、黒仮面の周囲を縦横無尽に飛び回る。
短距離をまるで瞬間移動しているかのように消えては現れ、ウマ娘の目をもってしても追う事すら困難な速度で黒仮面に迫る。
「なんだ、この速さは……狙いすら付けられん」
援護射撃を行おうとしたエナメルの驚愕の呟きを他所に、背後を取った黒鹿毛のウマ娘が一撃で意識を絶つべく回し蹴りを放つ。
しかし、それを黒仮面は読んでいた。背後を確認すらせず裏拳を繰り出す。
完璧なカウンターのタイミングで拳が触れたその時──黒鹿毛のウマ娘は消滅した。
(場慣れした人なら!そう来ると思ってた!!)
背後からの奇襲はブラフであり、本命は回り込んでの顎先を狙った掌底を用いた、正面からの当身。
狙い通りの展開に勝利を確信する。黒仮面さえ倒せば、後の二人を速やかに捕縛するのみである。
──必勝の一撃が、顎先に触れる寸前で、止まる。
「……えっ?なんで……?」
呆然と、黒仮面の顎先寸前で止まった自らの掌を眺める。
無意識に、自らその手を止めていた。まるで心の奥に潜むウマソウルが、目前の相手を傷付ける事を拒んでいるようだった。
ゆらりと、黒仮面が目の前に立つとその頭を振り被る。
「ッ!?……ぐうっ!」
ゆっくりと繰り出された頭突きに対して咄嗟に両手を挟みこみ、黒鹿毛のウマ娘はガードに成功した。
ここでも違和感を彼女は感じた。わざわざ目の前に立ち、これから頭突きを見舞うとアピールしてからの攻撃だった。
(手加減されてる……どうして?)
困惑のまま、その足を止める。先程から、この黒仮面からはまるで殺意、敵意を感じない。
何か理由があるのでは、と声をかけようとした時、遠くから地鳴りのような排気音と、サイレンの音が響いた。
「ディー!先走ってんじゃねー!!」
最初に到着した大型二輪車に乗った男が、黒仮面と、黒鹿毛のウマ娘──ディーの間を通過し、二人を引き離す。
続いてけたたましくサイレンを響かせながら数台の警察車両が到着し、黒仮面と二人を取り囲むように停車した。
面倒そうに中から一人のウマ娘が降り立ち、拡声器を使い呼びかける。
「あーあー、こちらは警視庁第三方面所属、警視庁ウマ娘隊だ。諸君は児童誘拐の嫌疑がある、無駄な抵抗はやめて署まで同行するように。お前らまだ撃つなよー」
「撃っちゃダメでありますか!?こんな機会滅多にないであります!!」
「ダメに決まってるでしょ、そのまま待機」
警察車両より出動服──通称乱闘服の上に防護装備とバイザー付きヘルメットをフル装備したウマ娘達が降り立ち、ポリカーボネート製の盾を構えて三人を包囲する。
岸壁に追いやられ、三人は完全に包囲されていた。最早逃げる場も無く、年貢の納め時である。
「どうするよ?エナメル?」
「……潮時、だな」
「飛び込もうとか考えないでくれよー、救助するのが面倒さね」
気怠げな隊長らしきウマ娘の言葉には答えず、三人の内の一人、エナメルは一歩前に踏み出し、首にかけられた十字架を掲げる。
埠頭の照明に照らされ、銀色に輝く十字架が小さな影を作り出した。
「おい、変な真似は……何?」
──影が、異様に沸き立つ。
「これは、我らからの挑戦状だ」
影が広がり、三人の足下を覆い尽くす。
「我らは影と共にあり、影あらばどこにでも現れる」
影に覆われた三人が、ゆっくりと影の中に沈んでいく。
異変、異常を前に、隊長は叫んだ。
「──撃て!!!」
同時に、幾多の発砲音が響く。
隊員達がその手に持つ散弾銃の引き金を引き、対人鎮圧用の低殺傷性の弾丸が撃ち出される。
しかし、弾丸は三人に届かなかった。
影から黒い壁がせりあがり、弾丸が吸い込まれていく。
「なん…だい、こりゃ」
呆然と、目の前の異常を信じられずに呟きを残す隊長の横を、一人のウマ娘が駆ける。
「待ちなさい!」
手を伸ばし、沈みゆく三人を引っ張り上げようとディーが近付く。
そこに、黒仮面が立ちはだかった。
「ッ!」
先程の攻防と同じ現象、ウマソウルが拒絶するような感覚に襲われたディーが歩みを止めた。
沈みゆく中、エナメルが最後の言葉を残す。
「我らは
*****
「コンテナ船、誰もいません!もぬけの殻であります!!」
「……完全にやられたねぇ」
一時間後、本牧埠頭B突堤のコンテナ船の前で、新志という名の一人のウマ娘が額を抑えて警察車両にもたれかかる。
黒鹿毛を短く切り揃え中央から流れる流星を持つ彼女は、警視庁ウマ娘隊の隊長であり、かつては元競走バとしてG2日経賞で最低人気からの逆転勝利を果たした事で、天皇賞・春の切符を勝ち取った伝説の超大穴ウマ娘として知られている。
警視庁ウマ娘隊──東京都目黒区、警視庁第三方面本部を本拠地とする、元競走バのウマ娘を中心に構成された交通機動隊である。
通常業務は交通整理や交通安全教育、更には式典のパレード行進や各国の大使の警護と華やかなものとなっているが、警視庁きってのフィジカルエリートを集めたこの隊は、警視総監直属の対ウマ娘犯罪及びテロ対策の即応機動隊としての裏の顔を持っていた。
今回の出動は裏の顔として、ウマ娘カルト集団よる児童誘拐事件の被疑ウマ娘の確保目的の出動であった。
しかし、被疑ウマ娘には不可解な現象により逃走され、誘拐された児童を収容しているはずのコンテナ船は無人だった。彼女達の完敗である。
車両にもたれかかったまま、新志は思索に耽り、ぼそぼそと言葉をこぼす。
「ウワサに聞くG案件……ってヤツかい。こりゃあ裏取ってた公安のヤツらが何か隠してるねえ、総監にチクって締め上げるとして……あの影を使った移動手段、大量の人員を運べるならどうしようも……」
思索に耽る新志に一人の人物が近付いた。
「新志さんよー、何か見つかったか?」
「うん……?ああ、トヨかい。船内はまだ調査中さ。誰もいないのは確かさね」
近付いた男は、無造作に撫でつけ寝癖が残る黒髪の精悍な男であった。その顔は整っているが、どこか三枚目を思わせる雰囲気を持っている。
彼は今回のウマ娘隊の出動に同行していた協力者であり、相棒と共に被疑ウマ娘の追跡に一役買っていた。大型二輪車に乗り、ディーと黒仮面に割って入ったのは彼である。
「陽動、ってコトか?しかしよー、あんな影なんて初めて見たぜ」
「アンタもかい……そっちのボスはなんて言ってんだい?」
「ボスってのはどっちだ?」
「お偉い先生の方さ。連絡したんだろ?」
お偉い先生、という新志の言葉に対し、トヨと呼ばれた男は腕を組んで首を振った。
「確認する、つってそれっきりだな」
「確認?どこへだい?」
「それは俺にもわかんねーよ。昔っから隠し事が多いからよー……耳が狸か狐なんじゃねーかってたまに思うぜ」
「こらこら、滅多な事言うモンじゃないよ」
窘める新志に首を竦めてからトヨはその場を離れ、B突堤の先程大立ち回りをした場所で佇む相棒に近付いた。
相棒、すなわち先程大立ち回りを演じた黒鹿毛のウマ娘、ディーは屈み込み、きらりと照明で輝くナイフを拾い上げた。
頬に十字傷のあるウマ娘が使用していたナイフを眺め、先端を指で軽く撫でる。
(……?刃が潰してある)
続いて、少し離れた場所、眼帯のウマ娘が放った銃弾が着弾した場所へ向かう。
落ちていた銃弾を拾い上げ、ディーは首を傾げた。
(こっちはゴム製の弾丸。これだと当たっても、私には……)
「おーいディー、こっち向け」
「ひゃっ!?あ、タケル……みゅ!?」
背後に立ったままついてきていた相棒、トヨにようやく気付いたディーが耳と尻尾をピンと立てて驚き、振り向く。
振り向いた瞬間、トヨはディーに軽く拳骨を見舞った。
頭をさすりながら、ディーは抗議の目を相棒に向ける。
「……タケル、痛い」
「痛いじゃねーよ、先走って無茶しやがって。ちょっと腕見せろ」
有無を言わさずトヨはディーの手首を掴み、黒仮面の頭突きを受けた箇所を検分した。
少し赤くなっている箇所を見て、トヨがほっと安堵のため息をこぼす。
「……痣にはなってねーな。とにかく先走るのは今後禁止だ。今回の一件は得体が知れねーぞ」
「うん、わかった……ごめんね、タケル、心配かけて」
ディーの言葉にトヨは腕を離し、落ち着きがなさそうに目を逸らした。
その耳が少し赤く染まっている。
「はあ!?心配とかじゃねーっつの、お前に何かあったらサンディさんが……」
「ふふふ……そうだね、母さんが怒るから」
しどろもどろに言い訳を繰り返す相棒にディーがくすくすと笑い、周りのウマ娘隊の隊員達が生暖かい視線を向ける。
こんなところでラブコメしてんじゃねえ、と言いたげな空気が流れた。競走と警察官としての職務に半生を捧げた彼女達にとって、刺激の強すぎる光景である。なお副隊長のみ既婚者だった。
くすくすと笑うディーに落ち着きを取り戻したトヨが向き直り、遠目に眺めた相棒と黒仮面の攻防を思い返した。
「しかしよー、お前にあそこまで戦えるヤツがいるとはな」
「……うん、強かった。変な感じがして……」
本業がトレーナーであるトヨから見ても相棒、ディーは日本屈指のウマ娘であり、闘争においても幼少期に師より伝授された古武術を駆使したその戦力は破格である。超気性難の母がやらかした時にも彼女が出てきて母を止める事が多い。
そのディーが苦戦した相手、黒仮面は間違いなく只者ではない。仮面を取れば名ウマ娘だったとしても納得できる程だった。
頭突きを受けた腕を見つめた後、ディーは拳をぐっと握り、決意を固めた。
あの強敵を倒すためには、鍛え直さなければならない。
「……鍛え直さないと」
「あの道場か?」
「うん……藤花先生と師範に事情を説明して、しばらく通わせてもらうから」
「そうか、わかった。なら俺も行くぜ」
相棒の言葉にディーが思わず顔を上げる。
この相棒は、ディーの流派の道場に苦手意識を持っており、二度と行かねーと漏らす程だった。
一度顔を出した時に道場の師範にしきりに入門を勧められ、更には立ち合いを迫られた過去があったからである。何やら孫と同じ可能性を感じるらしい。
「えっ……タケル、入門するの!?」
「しねーよ!!あのじいさんも藤花さんも達人だろー?何かあった時に協力してもらえねーか、ってな」
「あっ、そうだね。でもそれなら私から……」
「お前は説明ヘタで全部言っちまうだろーが、俺がついてった方が……」
「はあ?なんだって!?もう一回言いな!!」
話し込む二人の間に、新志隊長の声が届いた。
二人で目を見合わせ、無線に怒号を飛ばす隊長に近付く。
警察車両の無線と、新志隊長の応答が周囲に響いた。
『だから、その……信じられない事ですが』
「あー信じられないさ!だからもう一回言いな!現場にいる全員に聞こえるように!大声でね!!」
『──子供達が…本部に突然現れました!!全員、本件の被害ウマ娘の女の子です!!』
半ばやけくそのような本部からの無線連絡を聞いた新志が、唖然とした顔で無線子機を取り落とした。
「ヤツらが……返した?なんで、だい?」
誘拐されたはずの子供達が、捜査本部の置かれている警視庁第三方面本部に出現したという無線連絡を聞き、先程の影による移動を思い返した新志隊長の脳裏にいくつもの疑問符が浮かんだ。
ウマ娘カルトの仕業にしても理解できない行為である。わざわざ誘拐した上で返す理由が思い当たらない。
この無線応答を聞いていたディーがほっと胸を撫でおろし、トヨは腕を組んで首を傾げた。
「……理由はわからないけど、よかったね」
「……どういう事だ?俺達をここに来させたい何かが……」
そこに、コンテナ船から一人のウマ娘隊員が現れ、新志の前で敬礼した。
「隊長!失礼するであります!」
「あ、ああ……何か見つかったかい?」
「これを!!」
「ん?なんだいこりゃ……ファイル?」
隊員から差し出された物、一冊のファイルを渡された新志が開き、左右から二人が覗く。
覗いた瞬間、三人は息を呑んだ。
「トヨ、ディーちゃん、どう思う?」
「これ……小学校、の、名簿?」
隊員から渡された物、ファイリングされた書類はとある小学校の生徒名簿だった。
新志の問いに、トヨはある言葉を思い返す。
『これは、我らからの挑戦状だ』
答えは、既に出ていた。
「挑戦状……コイツの事かよ」
*****
横浜の事件より半年前、英国にて──
『英国クラブ選手権、これが恐らく最終レースとなるでしょう……彼女はいつ仕掛けると思いますか?解説のシーザスターズさん?』
『コーナーを抜けてすぐに仕掛けるだろう、それで終わりだ。抗える選手は見当たらないな』
『なるほど!みなさん注目しましょう!本日はお忙しい中、解説をお引き受けくださりありがとうございます』
『構わない、あの子は私も姉者も注目しているからな』
もう勝者は決まっている、と確信するかのように雑談を交える実況席に、ただ一人の出走ウマ娘を注目する観客達。
ここ、ロンドン市内のクラブマッチ専用スタジアムである、ジュドモント家保有のジュドモント・アリーナでは現在、英国中のウマ娘レースクラブの頂点を決める英国クラブ選手権の決勝戦が行われていた。
「なんで、なんでだよ……今年は、今年こそは……」
参加チームの一つ、西地区の強豪クラブのチームディレクターを務める青年が、悲痛な言葉を漏らす。
若くしてトレーナー資格を手に入れ、学院からの誘いを固辞して家を継いだ才気溢れる若者である。
幼いウマ娘の子供達に、走ることの楽しさを教える事が彼の天職だった。
「今年は、優勝できる戦力のはずなんだ……優勝した時よりも、今年は強いはずなんだ」
エースを先行逃げ切りで勝たせる為に全員でサポートするという、生家のクラブで代々続いていた勝利主義に青年は異を唱えた。
それでは子供達に競走の楽しさを教えられない、そう家族に訴え、子供達全員の得意とする脚質を伸ばし、磨いてきた。
楽しく走り、楽しく勝つ。その方針が功を奏した。西地区では負け無しの破竹の快進撃でクラブ選手権に乗り込み、逃げから追込にスタイルを変えたエースは今や学院のトレーナーからも注目されている。
青年には、夢があった。
自らの育成方針を示した上でクラブ選手権を制覇し、クラブマッチに蔓延している勝利主義を否定する。
勝利主義に毒された子供達に、本当のレースの楽しさを伝えたい。その想いでここまで来た。
しかし、その夢はただ一人の怪物に今、粉々に破壊されようとしていた。
「たった一度でいいんだ…あの子に勝てさえすれば、みんなを勝たせてやれれば……!」
追い詰められた青年は、ゲートに入るクラブのウマ娘達にある指示を出そうと、選手達の耳に付けられたインカムに繋がる無線機を震える手で握りしめた。
「みんな、聞いてくれ……次のレースは……」
青年は、先代からクラブを受け継ぐ際に、クラブマッチ及びチーム戦における戦略と、様々な裏技を教えられている。
その中の一つ、どうしても勝てない相手に、どうしても勝ちたい時の最終手段を、青年は行おうとしている。
最終手段──すなわち、反則行為である。
「服を引っ張ってでも止めてくれ」と青年が無線機で言おうと口を開く。
『君、それはダメだよォ』
──その瞬間、無線機から音声が流れた。
「……えっ、誰、ですか?」
『ああ……試合中に失礼、私だよ、私』
青年は、その声に聞き覚えがあった。
この無線機を寄贈された、アメリカの資産家だった。
「えっ!?伯爵!?なんで!?」
『悪いがね、無線機に少し細工させてもらった。中継でレースは観てるよ』
この資産家は、自らを貴族の末裔と名乗る、アメリカ屈指の財力を誇る一族にして、ウマ娘の人権保護団体を創設したダーレイ家の若者である。
「私は貴族なんだ。正確には伯爵だよ」と嘯き、初対面の印象は胡散臭さ極まる人物だった。
アンリ=バルキュール・デュナン・ダーレイ二世。資産家はそう名乗った。偉大な先祖の名を引き継いだから、二世だと。
『君ィ、今、良くない事をしようとしたね?中継でも、思い詰めた顔しててすぐわかったよ』
「……はい」
青年は一度だけ、出資の申し出を受けた際にこの人物と対面している。
長い鮮やかなブラウンの髪を一つに括って肩に流した、男か、女かも区別のつかない、魔性の美貌を持つ人間だった。本人曰く、性別は男らしい。
ウマ娘ではない、というのはすぐに判別できた。彼にはウマ娘の耳も、尻尾もついていない。
目の病気で、見て気分のいいものじゃないと彼は言い、常に丸いサングラスを着けていた。胡散臭さの原因の一つだった。
『……それは、君にも、子供達のためにもならないよ、お願いだからやめてほしい』
「し、しかし、伯爵……このままだと、ウチのチームは……」
当初、青年は出資を断ろうとしていた。
余りにも唐突に、この資産家は現れた。
これほどの財力を持つ一族に注目される心当たりは当然青年には無く、そして余りにも彼は胡散臭すぎたからである。
『そうだね……でも君だけは、それをやってはいけない。それは君の、矜持も汚す事になるよ』
「……そう、ですね……」
しかし、いつの間にか青年は彼と意気投合し、契約書にサインさせられていた。
陽気で紳士、ウマ娘と競走を深く愛している人柄に青年は好感を覚えた。しかし、理由はそれだけはなかった。
彼の言葉は何故かそうしたい、と強く思ってしまうのである。天性のカリスマ、魔性を秘めた魅力を持っていた。
『それにさ、今のご時勢、そんな事したらSNSとかで叩かれちゃうよ?最近もねえ、私が注目しているウマ娘の子がお酒飲みすぎてネットでおもちゃになってて……』
誰かと話す際、深刻な話題でも彼はこうやってユーモアを交える事が多い。
彼なりの交渉術である。誰かを説得する際、自分からふざけてみせて考え直す時間を与えていた。
この彼なりの心遣いに青年は苦笑し、答えを出した。
「伯爵、止めてくれてありがとうございます……このまま、レースに挑みます」
『Yah!それでいい、それでいいんだよ。私はもう切るからみんなを応援してあげなさい!』
*****
「ふう、間に合った」
ロンドン市内、ジュドモント・アリーナのすぐ側の車道を走る一台の高級車の中で、伯爵と自称する人物、アンリ=バルキュール・デュナン・ダーレイ二世は一仕事終えたとばかりに体を伸ばして、後部座席のシートに身を預けた。
「なんとか説得出来てよかったよ、ホントにね。君もごめんね、急にイギリスに連れて来て、運転手の真似事までさせてさ」
伯爵は、前を向いて運転手を務める人物に声をかけた。
先程のとあるクラブの代表である青年の説得に用いた無線機は、細工はしてあったがその距離に限界があった。
その為に、伯爵は事前に英国まで足を運んでいたのである。
「いえいえ、英国まで突然行こうと言うのは驚きましたが……恩は報いを
「おや、漢詩かい?」
「ええ」
漢詩を引用し、気にするな、と伝える運転手の青年は、南米系のやや浅黒い肌を持った精悍な、整った顔立ちを持つ青年であった。
落ち着いた物腰で、穏やかなブラウンの瞳を後部座席に向けた運転手は、伯爵の隣、先程から一言も言葉を発しない鹿毛をツインテールにまとめ、俯いたままのウマ娘の幼女を眺めつつ、伯爵に言葉を送る。
「それにしても、事前にここまで準備しているとは……流石の慧眼、と言うべきでしょうか」
「わかるんだよ、私にはね。それより、君はどう思う?」
「どう、とは?」
「さっきの彼の持論、クラブの勝利主義はやめようってやつさ」
運転手の青年の本業はトレーナーであり、伯爵が目をかけ、援助した才能の持ち主である。
優れたトレーナーとして、先程の青年をどう思うかを伯爵は問いかけ、答えを待った。
「理想、空想の類ですね」
「あちゃあ、ばっさり言うね」
「そもそも、英国ではどこのクラブでも真剣に競走に取り組むプロコースと、競走を楽しむためのアマチュアコースを分けているはずです。レースを楽しみたいならそちらに行けばよろしいかと。彼が自分のクラブでそれを行うのは彼の自由ですが、他チームにそれを強要するのは真剣にレースに取り組む子供達とスタッフへの愚弄でしかありません」
「うーん同感!」
「加えて言うならば、英国は特にチームの為に身を削って走れる子だと言う事を証明するのは重要でしょう。例えセンターに立てなくても、学院で走れるチャンスが子供達に残ります。みんな楽しく走って仲良くゴール、等と言うのは子供のかけっこ遊びと変わりませんね」
「ひえー、同感だけど、厳しい!」
運転手の想像以上にシビアな回答に、うんうんと頷きながら伯爵は少し身を震わせるジェスチャーをしてみせた。
中性的な魔性の美貌により、ふざけてみせても絵になる伯爵の姿に目を細めた後、運転手は言葉を続けた。
「しかし、個人的には理想論は嫌いではありません」
「うん、そうだね、同感」
「しかも、彼は結果も出しています。少し追い詰められると脆い部分がありますが……このまま、彼の理想を追い続けて良きトレーナーになって欲しいですね」
「うん……やっぱり聞いてよかった。私とおんなじだ、君も良いトレーナーだよ」
「ありがとうございます」
運転手の言葉に、満足した様子で伯爵が何度も首肯する。
伯爵が、隣の幼女を眺める。
運転手に、伯爵はとある援助の条件に今回の一件、そしてもう一つ依頼したい事があった。
「で、今回お願いした事と……もう一つ」
「ところで、そちらの方は?」
「ああ、気にしなくていいよ。私が今後援している子だから」
鹿毛の幼女への言及を避けた後、伯爵は、心底申し訳なさそうに眉を下げ、言葉を選びつつ語り掛けた。
「本当に、さ……悪いんだけど、もう一つ、頼みたい事があるんだ」
「何でも、仰ってください。貴方には恩がありますから」
「ありがとうね、これが終わったら、香港でも、日本でも、アメリカでも、どこでも紹介するよ」
「一ヶ月──日本でサブトレやってくれない?」
日本編、結構話数かかりそうだから、帝王賞を区切りに一旦キャラ紹介してもいいですか?主人公とヒロインの現状とかも書いていきたいなって……。
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いる
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いらない
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全部終わってからでいいッス。早く書け。