バッドエンド1の最後のセリフとインターミッション3のゴドルフィンの部分を改稿してますやで。どうせなら原作版で出したいし…。
『頑張れ、みんな……頑張れ!!』
(監督、がんばれじゃなくて……作戦、どうするんスか……)
英国クラブ選手権、決勝戦のゲート前に集う西地区代表の三人のウマ娘達。
その中の一人でエースを務める実力者、ドバウィゴールドは困惑していた。
赤みを帯びたセンター分けの鹿毛の髪を腰まで伸ばした、トランプのダイヤを模した金色の耳飾りと人懐っこい笑顔が特徴的な、元気が取り柄の小柄なウマ娘である。友人からはウィゴと呼ばれている。
(思い詰めた顔してたから、まさかとは思ったスけど……なんか話してると思ったらこれとかどうなってるんスか……)
チームディレクターを務める青年が、作戦を伝えてこないのである。
現在、ウィゴのクラブは怪物を擁する中央区の強豪に苦戦し、個人戦四連覇に続いて団体戦の二連覇目前まで追い詰められている。
先程、頭を抱えたまま「作戦は無線で伝える」とベンチで青年に聞かされた時、ウィゴはある行為を行う覚悟をしていた。
しかし、何やら無線で誰かと話していると思えば御覧の有様である。
困惑中のウィゴに対し、チームメイトの一人が手を上げた。
かつて、選抜戦でも一緒に走った気心知れた仲のウマ娘である。
「カントクどうしちゃったの?お手上げってコト?」
「まー万策尽きたって事っスかね?仕方ないっス。チャンプにフツーに勝つのは無理っス」
「じゃーさー、アタシ達で勝手にやる?」
チームメイト二人が、覚悟を決めた目でウィゴに訴える。
勝手に、自分達の意思で反則行為を行う、とその目で伝えていた。
この覚悟に、ウィゴは首を振って応える。
「服や髪を引っ張るのは、ルールで禁止スよね」
「クラブマッチはルール無用でしょ」
「ドロドロの"反則負け"するくらいなら、自分から真っ向勝負で"正々堂々"負けた方がマシっスよ。それにウチのモットーは楽しく走る事!負けたとしても、それは変えたらダメっス」
腰に手を当て、堂々と胸を張り、ウィゴはにかっと笑顔を見せる。
窮地に陥ろうと、どれだけ怪物に蹂躙されようと一度も折れたことの無い彼女の笑顔に絆され、チームメイトも笑みを浮かべた。
「しょうがないなー、じゃーフツーに勝負しよっか!でもブロックは試すからね?」
「もちろんっス!目にもの見せてやるっス!」
ハイタッチを交わし、ゲートに向かうチームメイトと別れたウィゴは、ゲート入りを待つウマ娘達が集まる中の一点へ目を向けた。
──周囲から隔離されたかのような空間に佇む、美しき怪物へ。
「……」
(ひえー、空気がピリピリしてるっス……ホント、いつ見ても綺麗っス)
怪物は、美しい容姿を持つウマ娘の中でも、隔絶した美貌のウマ娘であった。
艷やかな金糸の如き髪を、反則行為への対策か二つのシニョンにまとめ、小振りな耳が照明を反射して淡く輝く。
姿勢正しく腕を組み、クラブの水色のユニフォームからすらりと伸びた白磁の脚の爪先は、リズムを刻むように地面を軽く叩いている。
大きな青い瞳は集中の為に閉じられており、長い睫毛が双眸を彩っていた。
誰もが注目せずにいられない、英国クラブ選手権の
欧州現役最強、かのシーザスターズですら成し遂げていない個人戦四連覇を果たした怪物を、周囲のウマ娘達はただ遠巻きに畏怖を込めた視線で眺めていた。
『さあ各自ゲートインの時間になりました。最終レースとなるかもしれないこのマイル戦……各チームのウマ娘達が王者フランケルを如何に止めるか、注目しましょう!』
実況の声が耳に届き、怪物は双眸を開く。
その瞬間、選手達は怪物から溢れる重圧に息を呑んだ。
──開いた瞳が渦を巻き、蒼く輝く。
(うわ……本気っスね。やっぱし怖いっスね、チャンプは……なんで光るんスかね?あの眼……)
自らを恐れる周囲の視線をまるで意に介さぬように、ただ前だけを見つめた怪物は、四枠目の自らのゲートに入っていく。
それを見届けた後、ウィゴは自らもゲートに収まった。
(枠は悪くないっス、調子も悪くないっス、マイルは一番得意っス、ビビってないっス、走りたいっス………)
ゲートの中で、自分の現在の状況を指折り数えながら確かめていく。
自分なりの試合前のルーティンを終え、手を強く握った後、ウィゴは顔を上げ、目の前に広がるターフを眺めた。
(よし!やれるっス!行けるトコまで行くっスよ!!)
ゲートが開き、ウマ娘達が一斉に飛び出していく。
『さあ、ゲートが開いて……フランケルは中団に入りましたね』
『ふむ、逃げは打たないか。スローペースになりそうだな』
怪物はスタートから仕掛けず、バ群の中団やや外寄りの進路を選び、ウィゴはそれを見てからペースを落としてバ群の後方に下がり、内側に寄せた。
これから起こる事への備えとして、最初から怪物とは逆に寄せると決めていた。
(そろそろ始まるっスね、恒例のアレが……)
ウィゴの予想した通り、状況に変化が起きる。
バ群を形成していた先団、その中の二人のウマ娘が背後にいる怪物をちらりと確認した後、ペースを落として下がっていく。
まだスタートしたばかりのタイミングである。ペースメーカーが垂れたのではない。
(まあ、やるっスよね。でもチャンプをフツーに囲もうとしても……)
あまりにも速すぎるクラブの怪物を抑え込むために、各クラブの指導者達は対策に苦心し、一つの結論に至っている。
真っ向勝負で挑んでもまるで勝負にならない──つまり、怪物に挑まず、怪物をまともに走らせてはいけない。
その為に、バ群に囲い込むべく、この二人は下がって来たのだった。
しかし、相手は無敗の怪物である。当然このような状況は何度も経験している。
『おっと、二人下がってきましたが……同時にフランケルが押していく!素晴らしい加速のタイミングです!』
『映像でも見たが、全く好機を逃さないな。この年齢でこのレース運びができるか……』
蒼い目が煌めき、軌跡を残して怪物が加速する。
二人下がって来たのに合わせ、二人分空いた前方から抜け出ようと先団を目指す。
(こうなるっスよね。何回も見たっス)
個人戦、チーム戦共に選手権常連のウィゴが何度も見てきた光景──のはずだった。
──怪物の前に、突如二人のウマ娘が割り込んだ。
「……ッ!」
『……え?シーザスターズさん、今割り込んで……?』
『おお、そうきたか!さあどうする?』
割り込まれた怪物がペースを落とし、また中団に戻されていく。
斜行による進路妨害である。当然クラブでも降着対象となる反則行為を、恥を忍んで二人のウマ娘が行っていた。
『これはいけません!明確な進路妨害です!!』
『そうは言っても、私もクラブでやられた事があるぞ。あの時はミッドデイに芝の破片も飛ばされたな。ワザと強く踏み込むと相手の顔まで飛ぶんだ』
『シーザスターズさん!?反則行為の解説はやめてください!』
怪物は後ろを見た後、少しだけ眉を顰めた。
先程下がって来た二人がペースを合わせ、どこにも行かせないとばかりにぴったりと付いてきている。
包囲網が、形成されていた。
(かかった!)
(恥を忍んで斜行までしたんだ!絶対逃がさないぞ!)
(3チーム!9人合同の包囲網!抜けれるもんなら抜けてみなさい!チャンプ!!)
後方で一部始終を眺めていたウィゴが、呆れた様子で軽く息を吐く。
(これはウチ以外みんなグルっスか……えげつない事やるっスね……お?)
外寄りに形成された怪物包囲網から内側、ちょうどウィゴの前方に位置しているチームメイトが、手招きするようなハンドサインで内ラチを示した。
キープしておくからここを抜けろ、という意思表示である。
絶好の進路を確保してくれたチームメイトにウィゴは頷いて返し、じわじわと内ラチに寄せていく。
『恐らくだが……3チーム合同で囲い込む作戦だな。斜行も覚悟の上で封じ込めに来たんだろう』
『なんという包囲網!これは流石のチャンピオンも厳しいか!?』
『急造の合同ブロックは連携に綻びがあるだろう。コーナーでもう一度抜けるチャンスが来ると思うが……ブロックする側もそれはわかっているはずだ。お手並み拝見と行こうか』
怪物を包み込んだままのバ群が直線を走り抜け、トラックコースのコーナーに差し掛かる。
ジュドモント・アリーナのトラックコースは一周2400mであり、マイル戦は第一コーナー手前にゲートが置かれる。
つまりマイル戦では一度しかコーナーを曲がる機会が無く、怪物はその一度きりで包囲網を抜けなければならなかった。
封じ込まれた怪物の姿に観客は悲嘆の声を上げ、一部からはブーイングが飛ばされる。
「クラブだと当たり前だけど、ここまでやるのは……」
「ついにフランケルが負けるか……」
「クリフお嬢様、帰りましょう。見れたものではない」
「ヒューは意気地なしですわね~。レースはまだ終わってませんわよ」
「ヒキョーだぞー!正々堂々走れよー!」
「チャンプがんばれー!!!」
「──諦めるな!!まだ道はある!!!」
観客の騒めきの中、怪物の耳に聞き覚えのある声が届いた。
「………!!」
コーナー目前で、怪物は決意を込めた目を青く、蒼く輝かせ、背後に目を向けた。
そこには変わらず二人のウマ娘がぴったり付いてきている。
(何回見たってどかないよ!)
(コーナーで壁は崩れるけど……それもどうするか決まってる!絶対に逃がさない!)
『コーナーを抜けたらもう突破するチャンスはありません!さあフランケルはどうするんだ!?フランケルはどうする!?』
『待て、壁が崩れるぞ!やはり連携は甘いか……いや、二人上がってくる!』
そしてコーナーに入り、壁が崩れると同時に怪物の背後にいた二人がペースを上げ、崩れたスペースに飛び込んだ。
下がった二人がもう一度上がり、崩れた壁の穴埋めを行う。
事前に3チーム合同で話し合った通りの展開となり、包囲網の面々が心でほくそ笑んだ。
(よし!入れた!)
(やった!これでもうチャンプは……あれ?)
しかし、ここで包囲網のウマ娘達に強烈な違和感が芽生えた。
あまりにも、
(入れた……?チャンプ相手に、こんな簡単に?)
(えっ、嘘……チャンプ、どこ?)
壁を埋めた二人が後ろを眺め、ぞわり、と強烈な悪寒に襲われた。
──封じ込めたはずの怪物が、跡形も無く消え去っている。
怪物のクラブのチームカラー、水色のユニフォームを着たウマ娘は、確かに二人、縦に並んで後方にいる。
しかし、怪物ではない。あの目を引く美貌がどこにもいない。
『あ、あああ!これは!!』
『……やるじゃないか!少し驚いたぞ』
大外に、何かがいる。
その気配を感じた包囲網の面々が恐る恐る、真横を見る。
(……ひっ!?)
(な、なんで……なんでそこにいるの!?)
──怪物が、解き放たれていた。
前に何もない、開けた進路を進んでいる。
『シーザスターズさん!これは一体何が起きたんですか!?』
『後ろの二人が上がった瞬間、ペースを上げてコーナーを直進したんだ。大きな不利を負うが……これしか方法は無かったな』
『しかしこれでは進路妨害の恐れも……』
『よく彼女の後ろを見るんだ。同じチームの二人しかいないだろう?同チーム間の斜行は進路妨害にならない。加えて言うと、チームメイトが彼女の為に後方に控えていたんだろう。チームの素晴らしい献身だ、称賛に値する』
コーナーを曲がらず、直進する事による大外への脱出。
当然、コーナーを曲がるよりも大きな不利になる行為である。
並のウマ娘ではただの無謀な逸走が、怪物のあまりにも理不尽な才能により、ただ一つ残された進路となっていた。
(こ、こんな理不尽な……こんなに、才能が違うなんて……!)
包囲網を突破され、憔悴した様子のウマ娘が、今まさに加速しようとする怪物に手を伸ばす。
先程、進路妨害を行ったウマ娘である。
(ここまでやって、斜行までやったのに……行かせない!絶対に行かせたくない!!)
最後の手段、服を引っ張ってまで止めようと、手が伸ばされる。
瞬間、怪物は蒼き軌跡と共に直線を突き抜けて行き、その手は空を切った。
(触れる事すら、できない……!)
『フランケルきた!フランケルきた!これは独走か!?』
『いや、内側からもう一人!』
怪物とほぼ同時に、コーナー好位置からウィゴが末脚を爆発させる。
開けた内側の進路を直進し、全く不利の無い状況から怪物に迫る。
(うおおおお!これはあるっス!あれだけ不利ならヨーイドンでチャンプを差せるっス!)
悠々と内ラチ沿いを進み、脚を残した絶好のチャンスにウィゴは発奮した。
突然訪れた一対一の勝負に観客が騒然と沸き立ち、歓声が送られる。
『西地区代表ドバウィゴールド!全くマークされずに来ています!これは正しくダーク・ウマ娘のご来光だ!!』
『おお、面白い、面白いぞ!先輩も連れてくればよかったか……』
叩き合いとなり、内ラチ沿いのウィゴが大外の怪物に目を向けながら脚を回転させる。加速を増していく。
クラブ選手権の常連であるウィゴは何度も怪物と対戦経験があり、その時から抱いていた想いがあった。
(怪物とか!お嬢様の道楽とか!色々言われてるっスけど!)
レース関連の雑誌でも幾度となく取り上げられる、クラブの怪物、ジュドモント家の令嬢。
(綺麗で、怖くて、めちゃくちゃ速い!確かに怪物っスけど!)
美しすぎる、近寄りがたい美貌、そして怪物的な速さ。
誰も寄せ付けないような、張り詰めた空気を持ったウマ娘、フランケル。
一緒に走る者には彼女を恐れる者もいる。しかしウィゴは違う感情を抱いていた。
(私達のチャンプ!かっこいいっス!同じ世代として鼻が高いっス!)
将来、自分達の世代を間違いなく代表するであろう稀代の天才への、憧れ。
(そのチャンプと!私は堂々と勝負してるっス!勲章っス!みんなに自慢できるっス!)
その天才と、存分に勝負している自分。誇らしさと共に、ウィゴが速度を増していく。
しかしここで首を傾げた。何かがおかしい。
──差が、縮まらないのである。
(え?あれ?全然追い付かないんスけど……いいんスか、これ)
そのまま、怪物が先にゴールを割り、ウィゴは2バ身離れてゴールに到達した。
優勝が決まり、観客から大歓声が起こる。
『決まったああああ!苦しいレースでしたが、終わってみれば完勝!これでフランケルは個人戦に続きチーム戦でも栄光を手に入れました!!』
『素晴らしいレースだった。チーム戦も良いものだな……』
ゴール後に立ち止まり、観客席に目を向ける怪物の後ろでウィゴがころんと転び、レースの昂りのままに大声で笑う。
自分の全力を出し切った上での敗北に、納得の行くレースに嬉しそうに声を上げた。
「あーーーーチャンプ速すぎっス!自信あったのにこれだけ離されたらもう笑うしかないっス!楽しかったっス!また走り……あ」
そこで、我に返る。
友人と走った後のような調子で、怪物に話しかけていた事に気付いたウィゴが、気まずい空気を感じて様子を伺う。
「………」
「あ、あーっと……え、えへへっス」
観客席を眺めていたはずの怪物が、こちらを凝視している。
睨みつけられている、と一瞬肝を冷やしたウィゴだが、すぐにそうではないと気付いた。
(……あれ?チャンプ、怒ってる……ワケではなさそうっスね。こんな顔、する事もあるんスね)
そこにいた怪物は、ウィゴが見た事の無い表情をしていた。
頬がほんの少し紅潮し、困惑と期待の入り混じった、どうしたらいいかわからない、と言った様子でただウィゴを見つめている。
(当たり前っスけど、チャンプも私達と同い年の女の子っスよね……え?話していいんスか?いいんスか?チャンプ?)
クラブ選手権の絶対的覇者であり、世界に名立たる名家の令嬢でもある怪物は、選手達には住む世界の違いすぎる不可侵の存在だと認識されていた。
そう、今まで誰も話しかけた事が無かったのである。その浮世離れした美貌も、近寄りがたい印象を与えていた。
怪物が、何か声を出そうとして口をぱくぱくと開いては閉じ、何となく待つべきだ、と感じたウィゴが言葉を待つ。
「………………と」
「フランちゃーーーーん!!やった!!やったです!!あ、お前距離近すぎです、離れろです」
「オコナー!部外者が一番乗りしないで!フランさんありがとう!今年も勝てるなんて………」
「やったあああああ優勝だあああああああ!!!!!」
「お嬢様ああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
ようやく怪物が何かを言いかけたその時、歓喜の声と共に怪物のクラブのチームメイト、そして関係者が雪崩れ込んできた。
いつの間にか、レースは終わっていた。関係者に囲まれた怪物が、チームの待つベンチに運ばれていく。
(……と、ってなんスか?あと……アイツ、中央区のオブリーエンのトコのヤツっス。アイツ友達なんスか?チャンプと?)
関係者の中に混ざっていた、しっしと追い払うような仕草を見せたツインテールのウマ娘に、ウィゴは見覚えがあった。
オブリーエン家保有のクラブのエースである。何度か対戦経験もあり、態度のでかいイヤな奴だと記憶している。
ベンチに到着した怪物がチームメイトと健闘を称え合い、優勝チームの写真を撮ろうとする記者達の前で一人のウマ娘が堂々と胸を張る。
怪物の所属するクラブの去年からの新戦力、マイルのもう一人のエースが怪物の取材に来た記者達に自分をもっと撮れと催促していた。
それをただ、ウィゴは眺めていた。離れてからも、怪物がちらちらとこちらを見ているからである。
(………さっきの言葉、もしかして)
もしそうだったなら、自分としても望むところ。
そう思い、満面の笑顔で手を大きく振る。
怪物に、届くようにと。
(………あ)
怪物と、目が合ったその時──はにかんだ、優しげな笑みと共に、小さく手が振り返された。
「……………」
「おーい、表彰やるってー、戻るよ」
ウィゴのチームメイトが、戻ってこないエースを迎えに近寄ってくる。
エースはただ一点を見つめたまま、動かなくなっていた。
「……………」
「おーい!聞こえてんの?なんかあったの?」
「……………」
「おーいってば!!こっち見ろ!!」
「好きっス」
「何が?」
*****
「悪いね、フラン。理事長からどうしても一度は出席してほしいと打診があってね」
「気にしないで、お父様。お忙しいのに、わたし一人でも……」
「それはダメ。ダンスの申し込みの応対は僕がするから、フランは何もしなくていいからね」
「ねえ、お父様?昨日のレースで、トムの声が聞こえたわ」
「トモヤ君の声?彼は帰国してないはずだけど……本当は、彼に今日の件も頼むつもりだったんだけどね」
「ええ、でも聞こえたの。わたしには──」
翌日の夕方、ロンドン──統括機構所有のとあるタウンハウスの大広間に、正装した紳士淑女が集まっている。
統括機構主催の、学院所属のトレーナー及びウマ娘や、元競走バのウマ娘、チーム関係者等の著名人が集まる舞踏会、その夕会である。
通常、夜会として夜に行われる舞踏会であるが、生徒含む未成年のウマ娘も参加する事に配慮し、夕方から二時間程の開催とされている。
「聞きましたか?あの噂……」
「ええ、あのジョー・ヴェラスがアメリカでのキャリアを終えると……」
「どこに行くんでしょう?何とか接触してウチのチームに……」
チーム関係者並びにトレーナー達が情報交換を行い、その傍では学院所属のウマ娘達が雑談に花を咲かせる。
ウマ娘と担当トレーナーの信頼関係構築の一面もあるこの舞踏会だったが、今日の主役はまだ入学していないとあるウマ娘──昨日、クラブ選手権で見事に包囲網を破り、勝利した怪物であった。
「おい、来たぞ」
「おお、やはり美しい……!」
「あの末恐ろしいレース運び、将来が楽しみだな」
大広間の扉より、チーム・ジュドモントの実質的代表、そして父であるセシル・ジュドモントに手を引かれ、一人のウマ娘が現れる。
同時に、会場の視線が彼女に集中する。
「妖精……正にジュドモントの妖精だ」
「おっと、セシル氏が睨んできてるぞ。あまり見ては失礼だ」
現れた少女は昨日の選手権の絶対的覇者、クラブの怪物の異名とはかけ離れた印象の、可憐なウマ娘であった。
チーム・ジュドモント、そして所属クラブのチームカラーである水色のイブニングドレスに身を包み、滑らかな金髪を編み込んで肩に流し、耳にはピンクの星が浮かぶ水色の髪飾りを身に着けて姿勢正しく、にこやかな表情を浮かべて大広間の中央に進む。
美しきジュドモントの妖精、フランケルの登場に、参加していた紳士淑女からほう、とため息のような声が漏れた。
「ミス・フランケル、いつ見てもお美しい……昨日のレース、感嘆致しました。正に比類なき……」
「ありがとうございます、危ない所でしたが……チームメイトのおかげです」
「フランケル嬢、是非うちの息子と一曲……」
「娘はまだレースの疲れが取れていないのです。ご遠慮願えれば……」
「チャンプかっこよかった!サインください!」
「……わたしでいいの?待ってね、すぐ書くから」
美辞麗句を並べ立てる紳士、息子とのダンスを申し込む貴族、サインをねだる幼いウマ娘。
たちまちに周囲を老若男女問わず、ジュドモントの妖精と接触したい者達に囲まれ、妖精は玲瓏な声で真摯に対応していく。
サインをもらい、ぶんぶんと笑顔で手を振る幼いウマ娘に妖精が手を振り返した時、人波が二つに割れ、一人の青年が目前に立った。
「フラン、おめでとう……素晴らしいレースだったよ」
「あら……リックお兄様」
ジュドモント家の分家であるバンステッド家の御曹司にして、チーム・ジュドモント所属の若手トレーナー、リチャード・バンステッド。
バンステッド家に所縁あるウマ娘とのコンビでフランスG2競走ウジェーヌアダム賞に勝利し、飛ぶ鳥を落とす勢いの貴公子然とした青年であり、社交界においてはフランケルの将来の契約相手とまことしやかに噂される将来有望なトレーナーである。
「学院から来てくださったの?ありがとうございます、リックお兄様」
「あのようなレースを見せられては、居ても立ってもいられなくなってね……それと」
リックが後方を手で示し、割れた人波から一人、何者かが近付いて来る。
「今日は、友人を紹介したいんだ」
バンステッド家の御曹司の友人、それは──遠目からでも目立つ丸いサングラスを付けた、魔性の美貌を持った人物であった。
「初めまして、ミスターセシルにミス・フランケル。我が名はアンリ=バルキュール・デュナン・ダーレイ二世……フランス貴族の末裔、ダーレイ家の末席を汚す者です。親しい者には冗談交じりで伯爵と呼ばれております。以後お見知りおきを」
男かも、女かも知れぬ中性的な容貌と声を持った、伯爵と名乗る人物は右手を体に添え、右足を後ろに引いた後に軽く頭を下げた。
近世ヨーロッパ貴族社会の古典作法、ボウアンドスクレープを行う伯爵の名乗りに、周囲の人物から騒めきが起こった。
「ダーレイ家……アメリカの大富豪の一族だな」
「それよりも、ダーレイ家の人物ならウマネスティの関係者じゃないか?」
「殿方、よね?顔が良いわ」
伯爵の名を聞き、セシルはその素性を即座に看破する。
アメリカ屈指の大富豪の一族にして、国際人権保護団体──ウマネスティに深く関わる、社交界においてもよく知られた家名である。
そして、ウマネスティ創設者のダーレイ家のウマ娘には婚外子がいたと聞いている。
ウマ娘を彷彿とさせる美貌の青年、間違いなく彼がその婚外子だろうと思い至り、背筋を正し、右手を差し出した。
「ご高名はかねがね聞いております、僕はセシル・ジュドモントです。家業のチームで父の代理を務めております」
「ご謙遜を、勿論存じております。世界に名立たるジュドモント家のミスターセシル!……ウマネスティへの寄付もされておりますね。感謝致します、ミスター」
セシルが差し出した右手を若者はしっかりと握り込み、その上に左手を添え、目を合わせて敬意を示した。
濃度の高い、漆黒のサングラスの先、若者の瞳は窺い知れなかった。
社交の場での正式な挨拶に対し、サングラスを外さない無作法に少しばかり不快感を覚えたセシルの雰囲気を感じ取ったか、申し訳なさそうに若者は応える。
「生来の眼病故、悍ましい物を見せない為の苦肉の策です。どうかお許しください」
「……いえ、お気になさらず。こちらこそ、そのような事を……」
「いやいや!湿っぽいのはやめておきましょう!折角お会いできたのです。一度、直接あなたに寄付の感謝を伝えたかった」
溌剌朗々とした声色の中に、敬意を忘れない誠実な若者と感じ、セシルは好感を抱いた。
手を離し、挨拶が終わった所でリックが伯爵の隣に立ち、その肩に手を置いた。
「セシルさん、彼はこの若さでウマネスティのアメリカ支部代表と
「リック、種明かしはやめてくれたまえ!ミスターセシル、誤解です!私は正式にジュドモント家に面談を申し入れるつもりで……」
「ははは!種明かしと自分から言ってるじゃないか、こちらとしてもウマネスティには今後とも支援していきたいと思っております」
リックは談笑を始める伯爵とセシルからそっと離れ、妖精に近付く。
千載一遇の好機である。この為にも、セシルの気を引けるであろう友人を連れてきていたのだった。
「フラン、少しいいかい?」
「ええ、リックお兄様」
クラブ選手権を勝利した妖精のお披露目とも言えるこの夕会の場で、彼女と契約するのは自分だと示す為に、リックは内ポケットに隠した妖精への贈り物に手を伸ばした。
社交の場で手ずから贈り物を贈ると言う行為は、親しい関係だと周囲に示す意味を持っている。
これを見た来場の紳士淑女達は、二人が噂通り契約を約束している間柄だと認識するであろう。
しかし、ここで伯爵がくるりとリックに振り向いた。
「こらリック!そんな物しまいなさい!」
「……リック、それは何を出そうとしているんだい?贈り物なら、あとでサリーに渡してくれないか?」
当然、伯爵と談笑していたセシルも気付き、額に青筋を浮かべる。
味方と思っていた友人の裏切りに、リックは苦笑を浮かべた。
「ははは、参ったな……セシルさん、アンリ、私は……」
「君はねえ、ウマ娘へのアプローチがなってないよ。もっと、こう……近所のお兄さんが憧れのトレーナーだったとかさあ、そういうエモさが足りないよ」
「それは映画の見すぎだろう、アンリ……」
意味が分からない説教に眉尻を下げるリックの姿に、溜飲が下がったセシルが伯爵に向き直り、感謝を述べる。
「本当に助かりました……全く、油断も隙も無い」
「いえ、出すぎた真似をしました。ところでミスターセシル、少しお耳に入れたい事が……」
そう言うと伯爵はセシルに顔を近付け、耳元で囁く。
「昨日のフランケル嬢のレースですが……少し不味い事になっていまして」
「……それは、どういう事でしょう?どこから聞かれました?」
「選手権の裁決委員です。少し伝手があります」
目に入れても痛くない、最愛の娘に関わる話にセシルが真剣に聞く姿勢を見せ、伯爵は言葉を続ける。
「あの斜行の件です。注目されていたレースだったので……選手権の運営審議会に苦情が集まっています」
「従来よりも重い制裁になる可能性がある、と?」
「ええ、加害ウマ娘の選手権からの除名となる恐れが……」
伯爵から告げられた運営審議会の内情に、セシルは痛ましく眉を顰めた。
クラブ選手権に出場しているウマ娘の子供達の多くはレースで結果を残し、統括機構トレセン学院に入学する夢の為に走っている。
従来の制裁では最大一ヶ月のクラブマッチへの参加禁止とクラブ選手権の運営審議会で規定されているが、除名処分となると二度とクラブではレースに参加できない。まだ幼い、将来を夢見る少女の夢が断たれる。
確かに故意の悪質な斜行ではあった。最愛の娘が受けた斜行だが、そこまでの厳罰をセシルは当然求めていない。
セシルは少し離れた場所でリックと談笑する娘に目を向けた後、伯爵に心から感謝した。
この話を聞けば、優しい娘は酷く動揺するであろう。
「……ありがとうございます。こちらが、あなたの本題ですね?」
「その通りです。できれば、ジュドモント家として声明を出していただければと……別室に、審議会の委員が控えています」
「行きましょう」
「感謝します……これで、不幸なウマ娘が生まれなくて済みそうです、ミスター」
密談は終わりとばかりに伯爵とセシルが離れ、二人はもう一度固く握手を交わした。
手を離した後、二人はリックと妖精の下に向かう。
こうなった以上、最愛の娘のエスコートはできない。リックに余計な真似をされない為にも、帰らせる必要があった。
「フラン、ごめんね。彼と大事な話をする事になった。使用人控室のサリーと合流して、先に帰っておいてくれるかい?」
「ミス・フランケル、申し訳ない。少しミスターセシルをお借りします」
二人に妖精は微笑みを浮かべ、首を振って返した。
「いいえ、気にしないでお父様。伯爵様もまたお会いできるのを楽しみにしています」
「おお、伯爵と呼んでくれますか……おっと、これは失礼を」
ぶるりと、歓喜に震えた伯爵は思わず妖精の手を取ろうと伸ばし、慌てて引っ込める。
その手を、妖精はそっと包み、握手を交わした。伯爵が目を見開き、自らの手を見つめる。
にこりと妖精が笑いかけると、感極まった伯爵は跪き、妖精の手を額に当てぼそぼそと何事かを呟いた。
「……あなたのレースは、いつも私を驚かせてくれる、沸き立たせてくれる。勇気をくれる。ごめんなさい、ごめんなさい、許して……」
最後の呟きは、ウマ娘である妖精の耳にも聞き取れなかった。
救いを求める、何かに縋るような声に心配そうに妖精が見つめる中、立ち上がった伯爵は平然といつもの様子に戻っている。
「これはレディに失礼しました。あなたの大ファンです。また是非お会いしましょう」
「え、ええ……伯爵様、今何かおっしゃって……」
「……さあ行きましょう、ミスターセシル。と、その前に」
ぱちん、と伯爵が指を鳴らすと、クラシックの旋律が大広間に流れ、旋律の先、演奏者に紳士淑女の視線が集まる。
「あら……素敵ね、あの方」
「今日は眼福だわ、顔が良い殿方ばかりで……」
「あちらはウマ娘か、随分小さいな。しかしどこかで見たような……」
演奏者は二人。浅黒い肌の、精悍な印象を与える顔立ちの青年がピアノで伴奏を行い、少女と見紛う程に小柄な、小さい菱形が下に伸びる流星が特徴的な、黒鹿毛を後ろでまとめた髪型のウマ娘がバイオリンで旋律を奏でる。
このウマ娘を見て、何者か気付いた統括機構所属のトレーナーが声を上げる。
「……ステイゴールド!?何故ここに!?」
「ファンタスティックライトに勝ったウマ娘か!これはいい余興だ」
「彼女はファンタスティックライトのように放浪するらしいからな、気まぐれで来たんじゃないか?」
まさかの演奏者に紳士淑女の注目が集まり、妖精の周囲から人波が離れていく。
「これで、フランケル嬢が帰ってもご来場の方々も気付かないでしょう。さあ今のうちに」
伯爵がセシルに退場を促し、二人並んで大広間を出ようと足を運ぶ。
途中、セシルが振り返り、リックに念の為釘を刺した。
「リック、わかっていると思うけど……もう帰りなさい」
「……一度失敗した事を繰り返しはしませんよ」
「おっ!潔くていいじゃないか、リック!また会おう」
「ああ、アンリ。今度はゆっくり話したいな」
リックの返答に、満足気に頷いた後にセシルと伯爵は別室に続く扉を開け、大広間を後にした。
二人を見届けた後に、妖精とリックは目を見合わせ、頷き合って二人並んで歩き出す。
──その瞬間、二人の前で大きな音を立てて大広間の来場用の扉が開かれ、一人のウマ娘が現れた。
「遅れてしまった!フランケルは居るだろうか!!?」
現れたウマ娘は
大きな音を立てて扉を開き、そして任務終了と共に飛び出して来たと思われる近衛服姿のウマ娘は当然注目を集め、その姿に紳士淑女問わず大歓声が上げられる。
「ジェラード准将閣下!我らが英雄だ!!」
「きゃああ准将様あああああああああ!!!」
「今日は本当に眼福の日だわああああ!!!!」
英国臣民に圧倒的な人気を誇る、由緒正しい英国貴族にしてライフガーズ連隊長ブリジット・ジェラード准将──入隊前は学院所属の競走バとして無敗の15連勝を含む18戦17勝、G1勝利に至っては驚異の8勝というほぼパーフェクトに近い成績を残した、英国歴代でも最強の一人として数えられる、
「ああ、フランケル……間に合ってよかった」
周囲を見渡し、目の前に妖精がいる事に気付いた准将閣下は大きく安堵の息を吐き、跪いて妖精の手を取って、目を合わせ語り掛ける。
どんな姿も絵になる、生徒会長ガリレオとも比較される凛々しさに来場の淑女から黄色いため息が漏れる。
「この場に合った正装で、貴公に祝辞を伝えたかったが……クラブ選手権おめでとう。貴公は本当に素晴らしい」
「ありがとうございます、准将閣下……どうかお立ちください。大事な近衛服が汚れてしまいます」
「何を言う。貴公に敬意を示す為なら、私は泥の上だろうと跪こう」
准将閣下はクラブ選手権で活躍を続ける妖精の姿に強く感銘を受け、是非支援させてほしいと所属クラブへ出資している身である。
所属クラブの代表は最新設備の導入に可愛らしく悲鳴を上げた。
多少強引な部分はあるが、妖精から見ても好ましく尊敬できる人柄であり、当然無下にはできない相手だった。
「それと……これを受け取って欲しい。貴公の為に用意した物だ」
祝辞を告げ、立ち上がった准将閣下は小脇に抱えていた包みを取り出し、妖精に差し出す。
「閣下、あの、これは……?」
「懇意の企業に依頼し、特注したシューズと蹄鉄だ。貴公の脚質にぴったりと合うはずだ。それに……私が貴公の後援者だと示す良い機会だと思って、な?」
准将閣下はそう言うと、様子を伺う紳士淑女を鋭く睨みつけた。
途端に、心当たりのある者が青い顔で目を背ける。先程、妖精に美辞麗句を並べた紳士とダンスを申し込んだ貴族である。
対して、妖精は内心で困惑していた。用具にこだわりはあまり無いが、今使っている用具には思い入れがあった。
(シューズと蹄鉄は、誕生日プレゼントなのに)
アメリカから贈られてきた、誕生日プレゼントのシューズと蹄鉄を妖精は大事に使っていた。
しかし、このような場で准将閣下の贈り物として用具を受け取った以上、公の場でのレースでは贈り物を使わざるを得ない。
「……気に入ってもらえなかったか?シューズと蹄鉄がいけなかったか?」
困惑した様子の妖精を見て、准将閣下は不安気な声を上げた。
押しは強いが、相手の気持ちを慮れる度量も持つ人物である。
「フラン、折角の准将閣下の厚意なんだ。受け取ってはどうだろう?」
返答に窮した妖精に、准将閣下を後押しすべくリックが声をかけた。
妖精としても、好ましく思っている准将閣下に社交の場で恥をかかせるのは本意ではなく、思い入れよりも准将閣下の厚意に応えるべきだと思い、贈り物を受け取った。
「ありがとうございます、閣下。次のレースから使わせていただきます」
「おお!これほど嬉しい事は無い!フランケル!貴公の次のレースは……」
贈り物が受け取られ、思いが通じた准将閣下が喜びの声を上げ、妖精の手をもう一度取って頬に当てた。
妖精はこの執念のような好意に一瞬ぶるりと震えるが、気を取り直し、ここまで目をかけてくれる准将閣下には真実を伝えようと目を合わせ、質問に答える。
「──日本です」
「………は?貴公、今なんと……」
「日本です、閣下」
妖精の言葉に、准将閣下はぽかんと口を開けた。
まさかの爆弾発言が返ってきた事が信じられずに、耳がぴくぴくと動く。
「六月から半年間、日本に留学する事が決まっています」
「ま、待ってくれ……貴公、個人戦五連覇がかかっているんだぞ?しょ、正気か?」
「申し訳ありません、閣下。でも、決めた事なので……」
前人未到のクラブ選手権五連覇を不意にして、日本へ留学する──余人が聞いたら耳を疑う発言に、准将閣下がわなわなと震える。
しかし、妖精にとっては前人未到の栄冠よりも、何よりも優先すべき事だった。
日本に行けば、待たなくてもいい。一緒に、走れる。
「だから、行ってきます──日本へ」
一方、准将閣下に配慮し、離れて様子を伺っていた紳士淑女には、この一連のやりとりは別の形で写っていた。
「バンステッドの御曹司が促して、フランケル嬢が贈り物を──」
「准将閣下公認、という事か。やはり──」
「──フランケル嬢と契約するのは、彼か」
*****
「よかったーー!上手くいった!!」
タウンハウスの廊下を歩きながら、伯爵は喝采を上げた。
その後ろを、浅黒い肌の青年が続いて歩いている。
「上手く、話がまとまったようで何よりです。突然ピアノを練習してくれと言われて苦労しましたが……」
「本当にごめんね……でも上手かったよ。才能あるんじゃない?」
「そうでしょうか?子供の頃はサッカーばかりで、楽器など触った事も無いですが」
青年が後ろから伯爵を眺め、思い付いた事を口にする。
伯爵の交友関係は当然広いだろう。しかし今日の人物は意外にも程がある組み合わせだった。
「しかし、バンステッド家の御曹司と、ステイゴールドさんですか、流石に顔が広い」
「ああ、ステゴちゃんは交換条件でね……あの子、私の事嫌いだから」
「そうなのですか?」
「うん、まあそれは良いとして……リックはさ、可哀想なやつなんだ。だから私くらいは、友達でいてやろうと思って、ね」
バンステッド家の御曹司にして、若手の有力トレーナーが可哀想と言う伯爵に青年は首を傾げた。
貧困育ちの青年からすると、恵まれている側の人物である。
首を傾げる青年を他所に、鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で、スキップを踏むように伯爵はタウンハウスを歩いていく。
「いやあ、今日は完璧に事が運べたよ。後は来年の六月に、君に日本へ………」
使用人控室の前まで歩いたところで、突如伯爵は黙り込み、足を止める。
立ち止まった伯爵に、青年が追い付き、怪訝そうに伯爵を眺めた。
「……どうされました?」
「……………どうして、いるの」
控室の前には、三人の人物がいた。
一人は、青年と同じくらいの年頃の、花束を持った黒髪の若者。
その若者の前に二人のメイドが立ち、何やら話し込んでいる。
「……すいません、手間かけます」
「これくらい手間でもない。折角来たんだ、一目お嬢様に会って行け」
「チームにも、姉貴にも言わずに飛び出して来たんで……ここに俺がいるのバレたら不味いんすよ」
「そうか……急な案件だったな?」
「はい、だからこれも匿名で……」
伯爵が遠目に見る中で、若者は花束をメイドに渡した。
「わかった。お嬢様には私から渡しておこう」
「匿名とおっしゃいますが、先輩から渡したら誰からの贈り物かわかってしまうのでは?」
「トワ、これは匿名という名目なだけで、こいつからのプレゼントとお嬢様にはわかっていいんだ」
「なるほど、勉強になります。ウチの事案坊ちゃまには無い奥ゆかしさですね」
先輩らしきメイドの補足に、後輩と思われるメイドがぽん、と手を打つ。
「それと……花束の中に」
「……なるほど、洒落た真似をするじゃないか。誰の入れ知恵だ?」
「自分で考えたんすよ……喜んでくれるかなって……」
「おお、粋な事をしますね。ウチの甲斐性なし坊ちゃまに到底無理な気配りです」
「主人にボロクソ言うんだな……」
「……………いえ」
「お前さっきから俺に歯切れ悪いのなんなの?俺なんかした?」
それから一言二言交わした後に、若者は二人のメイドに手を振って去って行く。
「これない、はずなのに、なんで……」
その後ろ姿を伯爵はじっと、見つめている。
溌剌朗々とした普段の様子は鳴りを潜め、まるで、親に叱られた子供のような口調で、呆然とただ立ち尽くしていた。
「ああ………嗚呼、私の……私の───」
日本編、結構話数かかりそうだから、帝王賞を区切りに一旦キャラ紹介してもいいですか?主人公とヒロインの現状とかも書いていきたいなって……。
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いる
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いらない
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全部終わってからでいいッス。早く書け。