回想シーン含む一部のシーンは旧版のリサイクルやで。
『──タマ神影流か!!』
『正っ解や!!タマ神影流ウマすべり!!』
「素敵だわ!タマ条先生かっこいいわ!!」
「おお、生きてたのか……過去編だから当たり前か」
日本の人気アニメの名シーンに興奮したフランがぴこぴこと耳をせわしなく動かし、座席からはみ出た尻尾をぶんぶんと振り回す。
たまに隣に座る智哉の手にぺちぺちと当たっていた。手加減を覚えたのでそこまで痛くない。
「素敵だけど、つらいわ」
「ダメか……何かに集中してる時は大丈夫そうだけどなあ」
興奮が治まった後、自分が今どこにいるのかを思い出したフランは、へにゃりと座席に崩れ落ちた。
ここは上空、フランの留学先であり、智哉のサブトレ契約先でもある日本へ向かうジュドモント家のプライベートジェットの機内である。
「でもフランちゃん、前よりは高い所苦手なのマシになったんじゃない?オーストラリアに行った時はずっと寝てたし」
「お嬢様に克服できない物は無い。いずれ高所も克服し、究極のウマ娘になるだろう」
同行者は智哉とフラン、そして姉とメイドともう一人。
その一人は、見た事も無いフランの姿に口を開いて呆然としている。
「そうだわサリー、あれを出してちょうだい。つらいわ」
「はい、お嬢様」
メイドが、包装された小さな箱を取り出してフランに手渡す。
それを大切そうに両手で包んだフランは、智哉にもたれかかり、瞳を妖しく輝かせた。
急に湿度が高くなった感覚を覚えた姉は機内の空調を確認した。
「ねえ、トム?」
「うん?どうした……あ、それは……な、なんだそれ?」
誤魔化すように目を背ける智哉に、ふわりと微笑みを浮かべたフランが、包装を丁寧に剥がしていく。
姉はフランと弟の空間から何故か湯気が立っているように見えて目を擦った。
「クラブ選手権の次の日、統括機構主催の夕会があったの」
「へ、へー……で、出てたのか?」
「ええ、その時にね……匿名の方から、花束が贈られていたのよ。きっと、素敵な方よ」
包装を剥がし、小さな青い箱が取り出される。
包装紙を畳んでメイドに渡し、フランは智哉の肩に頬を擦りつける。自らの匂いを付けるような仕草だった。
姉はフランの話から匿名の人物が何者かを察し、弟を信じられない物を見るような目で凝視した。
「と、匿名なんだろ?どんな人かもわかんねえだろ……」
「ううん、わたしにはわかるの……きっと、レースも観に来てくれてたわ」
「そ、そっか……誰かわかんねえけど、よかったな。俺は仕事だったからな!急な仕事で行けなくてごめんな!」
姉の追及の視線を躱すように、智哉は言い訳めいた言動を繰り返す。
(マジで急すぎる案件だったからな、その割に準備は周到だったけど……)
実際に智哉は12月、クラブ選手権のフランの応援に間に合うように帰国する予定だったが、怪人を指名した断れない案件がチーム・カルメットを通して、大統領並びに国際ウマ娘保護団体ウマネスティより依頼されていた。
依頼内容は、ウマ娘の子供達の年齢毎の適切なトレーニング法と、練習前のウォームアップと体操講座だった。
フランの為に成長期のウマ娘の指導法の研究を重ねていた智哉にはうってつけの案件ではあったが、何故それをウマネスティが企画したのかと智哉は首を傾げた。
しかし、大統領には借りがあったし、恵まれないウマ娘の為になるならと最終的に依頼を快諾した。
ウマ娘孤児院やクラブでウマ娘指導員と子供達の前で怪人が実演した後、交流のレクリエーションから怪人のサイン会という流れで一ヶ月かけて全米を巡り、後に動画化された講座内容はウマネスティとチーム・カルメットのUmatubeチャンネルで一般公開されている。
多言語で翻訳もされた為、アメリカのトップトレーナーの手腕に興味を持つ世界中のトレーナーや、大統領を始めとした怪人自身のファン、かわいいウマ娘の子供達を眺めたいウマ娘好きに話題を集め、そして指導員達からは重要な教材として大きな反響を得た。
(運が良かったな。ギリギリ行って帰って来れる日程になって……ダンには悪い事したけど)
この多忙の中で智哉は帰国を諦めていたが、ケンタッキー州でのちょっとしたトラブル、怪人と懇意のとあるウマ娘が日程を間違えて友人に伝えた事で状況が変わった。
それが広まって子供達が二日早く会場に集まってしまった為に、予定より前倒しで講座を行った事で時間的余裕が生まれ、なんとか帰国できたのである。
そのウマ娘は智哉と三日ほど自宅で過ごせるはずが、一晩しかいなかった事に猛抗議を起こした。
そして現在である。半年前の統括機構主催の夕会で、匿名でメイドに預けたフラン宛の花束の中に仕込んでおいた本当の贈り物を、フランはまだ開封せずに持っていた。
「ふふ……その方ね、夕会にまで来てくださって、控室でサリーに花束を届けてくれたのよ。わたしに直接渡してくれても、うれしかったのに」
「……どうしても、直接渡せない理由があったんじゃないか?」
チームと姉に伝えず秘密裏に帰国した智哉は、メイドともう一人、トワと呼ばれているバンステッド家の使用人のウマ娘以外の誰とも会っていない。
メイドの後輩として紹介されており、智哉を見るや何事かぼやいていたが、メイド曰く口が堅く信頼できるとの事だった。実際に帰国の件は誰にも漏れていない。
更に、何度か帰国している中でも智哉は一度も舞踏会には参加していなかった。自分とは縁遠い場所だと思っているし、フランの将来の為にもそのような社交の場で並んで立つ事だけは避けるべきだ、と考えている。
「それでね……花束の中に、この箱が入っていたの。開けていい?」
「……もらった物なんだろ?誰かはわかんねえけどさ、開けてくれた方が喜ぶと思うぜ」
微笑む智哉ににこりと笑みを返すと、フランは青い箱を開ける。
「………綺麗」
箱の中には一つ、黒いウマ娘の耳と尻尾がモチーフの装飾が施され、青い大粒のサファイアが中心に飾られたブローチが入っていた。
明らかに高価な、年代物の逸品を見てメイドが唸りを上げる。
「これは……まさかフィビュラか?意匠と言い、サファイアの大きさと言い……相当に価値のある物だ」
「フィビュ……何それ?」
「古代ウーマ文明の装身具をそう呼ぶんだ。博物館に収められていてもおかしくないぞ……一体どこでこれ程の物を……?」
姉の疑問に答えつつ、メイドは真剣な顔でフランの手の中のブローチを吟味する。
一方、智哉はそこまでの物かと内心冷や汗をかいた。
(先払いでもらった案件の報酬なんだけど……マジかよ……)
このブローチは案件を引き受けた翌日に、チーム・カルメット事務局に手紙と共に届けられた物だった。
手紙の署名には、アンリ=バルキュール・デュナン・ダーレイ二世と記されており、内容は案件を引き受けた事への感謝と、気になる一文があった。
『──親愛なるミスターヴェラス。同封の品は我が家に伝わる家宝であり、我が母の形見です。一族には、魔除けとして伝わっておりました。どうか、あなたが大切に想うウマ娘へ届きますように』
智哉はこの手紙を読んだその場で家宝かつ形見なんて流石に貰えないと返品しようとしたが、手紙の人物であるアンリ二世とは面会すらできず、ダーレイ家からも返品不可という返答を受けている。
そして危険物ではない事を確認した後、悩んだ末にフランに渡す事にした。
大切に想うウマ娘を考えたら自然にフランの顔が浮かんだ上で、価値のある物なら自分が持っているよりもジュドモント家で保管した方が良い、という考えによるものである。
姉はまじまじとブローチを眺めた後、思った事をそのまま口に出す。
「へー……確かに綺麗ねー。でもあんた、こういうのって自分の髪とか目の色の物を贈るんじゃないの?」
「い、いや……俺じゃねえから姉貴」
「誤魔化さなくてもいいわよ、どうせあんたでしょ」
姉の言葉に図星を突かれた智哉が唸る。自分の色の物は渡すつもりが無かった智哉には、このブローチは好都合ではあった。
しかし、フランには明らかにこの色は智哉だと、約束した相手だと想わせる物だった。
(サファイアの色……あの時の、トムの瞳の色)
フランはきらりと瞳を蒼く輝かせ、ブローチの中心、大粒の青いサファイアを眺める。
瞳の光がサファイアと同化し、溶け込んでいく。
忘れもしない、あの六歳の日々と、選抜戦で見たあの眼の輝きを思わせる色だった。
「いいえ、ミディお姉様。この色が良いの」
「……そう?なんなら他に贈らせるわよーフランちゃん」
フランは箱を閉じ、大切そうに胸に抱える。
「このブローチ、私の勝負服に使うわ。それに、舞踏会でも……」
「……いいのか?」
「これがいいの……大切にするわ。絶対に……」
「そっか……ありがとな」
フランは頬を紅潮させ、瞳を潤ませて智哉を見る。
智哉も笑みを返し、フランの頭を優しく撫でた。
姉は急に苦いコーヒーを一気飲みしたい衝動に襲われた。
(フランちゃん、今年でまだ十一なのに……この色気はなんなの……どうして平然としてられるのこの馬鹿……てかさ、普段クソボケなのに何でフランちゃんには満点の対応するのよ、コイツ……)
姉は危惧していた。フランの情緒が育ってきてしまっている。そして若干十一歳の少女とは思えぬ、フランの美貌と色気に全く反応しない弟にも戦慄した。
かつて弟が言った、フランのゴールになるという言葉の意味に気付いてしまったら、このクソボケっぷりを見せる弟相手に一体どうなるか、いずれ迎えるであろうフランの思春期を末恐ろしく感じていた。
それはそれとして、とある自分がやらかした行為については逃げる算段を既につけている。弟よりも我が身が大事な姉である。
「でもやっぱり、つらいわ」
「ダメかあ……」
「つらいわ、スゥー」
「なんで吸うんだよ……やめてくれよ……」
ここでまた、フランはへにゃりと座席にもたれかかった後に、智哉の肩に顔を押し付けて深呼吸を始めた。限界である。
智哉は寝る準備に入ったフランの頭をもう一度撫でた後、先程からぽかんと口を開けたまま固まっている少女へ目を向けた。
姉とは違い、黒鹿毛のメッシュが入り、ウェーブのかかった腰までの鹿毛の髪と真っ直ぐな縦長の流星を持つ、大ぶりな耳のウマ娘──フランの妹、ノーブルミッション。もう一人の同行者である。
(ヨークシャーに離れて住んでる妹とばあちゃんがいるとは聞いてたけど……まさかあの子とはなあ……)
フランの妹、ノーブルミッションの挨拶を受けた智哉はすぐに怪人として彼女と会っていることを思い出した。
二年前、姉のウィンターカップでの奇跡の後に、控室前で会った姉のファンらしき少女。
当時は落ち込む少女の機嫌を取ろうと手品まで見せたが、関係者エリアにまで来た少女を怪訝に思っていた。
だがそれも合点がいった。ジュドモントの娘ならばあそこまで入り込むことも可能だろう。
(……それよりも、だ。この子を預かる事になった経緯が読めねえ。姉貴のファンってだけで日本にまで来るか?俺に任せる、って言うあの人の話も……)
智哉はウマネスティからの案件の終了と共に、アメリカでのトレーナー生活を終えた後に今回の日本への出向について話があると呼び出され、ロンドンのジュドモント家を訪れている。
その際のジュドモント家の面々、特に家内一切を取り仕切る女主人との会話を智哉は振り返った。
*****
英国ロンドン、ジュドモント本邸。その応接室。
数年前にも、当主であるヘンリー理事のトレーナー試験の推薦を受けるために訪れた際に、案内された一室である。
そこには現在、当主であるヘンリー理事、フランの父である次期当主セシル、そして──
「困りますわね、むこど……けほん、トモヤさん」
智哉の対面に座る、魔性の美貌を持った貴婦人がいた。
額に垂れる一房だけが黒鹿毛という特徴的なロングヘア、垂れ目がちな穏やかな視線の淑女。
ジュドモント家当主夫人、パトリス・フィリップス・ジュドモント。
アメリカのトレーナーの大家フィリップス家より嫁いできた英国社交界の魔女は、扇で口元を隠して軽く咳払いをした後に、智哉をそのアメリカウマ娘らしくない穏やかな視線で見つめた。
「いいですわね、トモヤさん?貴方はこれからフランと契約する身、我が家にとっても大事なむ……けほん、大事なお抱えトレーナーとしての自覚はお有りなのかしら?」
「いえ、すいません……今回の件に関しましては……不可抗力というか……」
智哉が淑女の視線を真っ直ぐ受け止め、弁明を始める。
今回のジュドモント家の呼び出しを受け、案内された応接室にいた女主人を見た途端智哉は息を呑んだ。
アメリカの誇る伝説のウマ娘である。思わずその名で問いかけようとした所、女主人は口に指を当て、戸籍名を名乗った。
ここではその名を使っていないという意図を察した智哉は、その挨拶を受けて着席し、現在日本への出向についての詰問を受けている。
「不可抗力と言いますが……トモヤさん、これからフランと契約するまでの二年、貴方には我がチームの所属ウマ娘の指導もしていただく予定でしたのよ?それを横槍を入れられ、日本へ持っていかれるとは……あなた、何をされてましたの?」
「儂が知った時には全部終わっておってのう……事後承諾で連絡を入れられるとはの。やられたわい」
矛先を変えた女主人に、夫であるヘンリー理事が腕を組んでしたり顔で頷いて返す。
実際、事件のあらましを聞いた時には全て事は終わっていた。
フランの暴走を止めることが精一杯であった。
しかし、この名伯楽もさるものである。
その後、穏便に済ませた事で大きな貸しを作ったトレセン学園側へとある要求を通している。
今回はその話もあって智哉をここへ呼んだのだ。
その当人の智哉が、女主人の言葉に疑問を投げる。
「……あれ?指導するって俺、奉仕期間中は……」
「六年間、欧州での契約、競走参加を禁止。そして二年間のサブトレーナーとしての奉仕活動を命じる。でしたわね?」
「ああ、それです、だから俺は……」
「どこにも指導を禁止する、と公示されてませんわね」
「………あ!」
智哉に罰則を与える際に、ヘンリー理事と協議を重ねた統括機構理事長は抜け道を用意していた。
智哉が禁じられたのは欧州での競走バとの契約とトレーナーとしてのレース参加のみ、つまり指導自体は問題なく行えるのだ。
アメリカで期待の新人に実績を積ませて箔をつけた後に、奉仕期間中は実質チーム所属のトレーナーとして活動させる予定だった。
「ああ、そういう事だったんすか……理事長には頭上がらないですね、これは……」
「ウェルズ理事長のご厚意ですわね、それもお気づきになられていないとは……それに、実績を公表できないとは本当に……」
扇を広げて口元を隠し、智哉に嘆かわしい、と言った様子で視線を送る女主人。
日本での一件により、智哉が怪人の中身であることは箝口令が敷かれている。
もし公表できていたら、チーム・ジュドモントの所属ウマ娘達にG1競走を幾度も勝利させた敏腕トレーナーとして迎え入れられただろう。
その事実に気付いていなかった智哉が、女主人の視線を受けて思わず頭を掻く。
声も荒らげず、穏やかな語り口調だがぐうの音も出ないほどにやりこめられている。苦手意識が芽生え始めていた。
「いや、でも、おやっさ……デイルトレーナーの息子が入ったじゃないですか。あいつ……彼は優秀ですよ」
「確かにヨシュアトレーナーは新人としては抜けた存在ですわ。しかし経験不足。彼とも親交のあるトモヤさんにその足りない部分を補佐していただければ更に盤石と言えましたのに」
クイルレースクラブのチームディレクターを務めるジェームス氏の姓はデイルといい、妻、長女もトレーナーを生業とするトレーナー一家である。
智哉が抜けた後、クラブで経験を積んだ末っ子の息子はすぐさまトレーナー資格を取り、期待の若手としてチーム・ジュドモントで売出中だった。
智哉とも当然面識があり、ジェームス氏より紹介されて帰郷の際はよく面倒を見ていた。推薦したのも智哉である。
そのせいで試験官より無茶振りをされた彼はその事を根に持っていたりもする。
「母さん、僕からも言うことが……トモヤ君、ちょっと問題が起きて……」
「セシルさん……どういう事です?」
神妙な顔つきのセシルが口を挟む。
先日、統括機構理事会にて、とある理事代理より上がった議題があった。
智哉の、奉仕活動についてである。
「先日の理事会でね……その日はエイベル先輩が不在で、代わりに……」
「……………あいつっすか」
「ああ、彼女……ジェシカさんがちょっと、ね」
智哉の同期であるもやしは、オブリーエン家の当主の名代として理事会にも代理で出席する事がある。
若手トレーナーとしては異例だったが、彼女は代役を十分に果たし、理事長からも嫌味眼鏡より全然マシじゃんと好評だった。
しかし、その日はオブリーエン理事は代役を立てず欠席の予定だったが、智哉の帰国を知るやいなや父にも内緒で理事会に参加し、こう言ったのだ。
『トモヤ・クイルトレーナーの奉仕作業について、理事長にご確認したい事があります』
『何かしら、ジェシカさん』
『二年間のサブトレーナーとしての奉仕活動を命じる。と公示にはありますが……これは統括機構トレセン学院において、どのチームで奉仕作業に就くかの指定がありません。彼はチーム・ジュドモント所属ですが、つまり……』
もやしは、息を吸い込んだ後、その目を妖しく輝かせながら言った。
『我がチーム・クールモアでも彼に奉仕作業をさせる事は、可能ですね??』
『………………か、可能ね』
盲点であった。理事長そしてヘンリー理事、一生の不覚である。
当の何かに目覚めたもやし、そして首席合格者をこき使えると知った零細チームに、智哉の実力を知っているガスデン理事率いるチーム・クレアヘイブン。
彼らによって智哉はサブトレとして酷使される事が、ここに確定したのだ。
勿論セシルは抗議したが、公示を盾にしたジェシカの反論を前に、所属しているチーム・ジュドモントを優先するという条件しか引き出せなかった。嫌味眼鏡は後で顛末を知って眼鏡が飛んだ。
「マジっすか……?いや、マジっすか??」
これをセシルから聞かされた智哉の顔が引きつる。
あのもやし女冗談じゃねえぞと叫びたくて仕方なかった。
「だからね、今年中、いやすぐに日本へ行った方がいいね。すぐに行きなさい!!」
すぐに智哉を日本へ行かせたいセシルの目が急激に渦巻く。
彼にはそうしたい理由があるのだ。ジュドモント家の家族会議で決まった事項についての最後の抵抗である。
「そ、そうっすね……セシルさんの様子がおかしいけど。じゃあ予定を変えて……」
「なりません」
セシルの話に乗ろうとする智哉を、女主人が強く制止する。
「母さん!!!!」
「セシル、口出しは無用、と申しましたわね」
「うっ……し、しかしですね、こんな、他国で同じ屋根の下なんて……しかも二人共なんて!!!」
「……何の話っすか?」
話の要点が掴めず、急に言い争いを始める二人に智哉が首を傾げた。
その智哉に渦巻く目を向けて、セシルが叫ぶ。父は必死である。
「君は黙っていてくれトモヤ君!!僕は認めないぞ!!!フランだけにしなさい!!!!!!」
「なんなんだよ急に!!!?フランだけって何の話っすか!!!??」
「とぼけないでくれないか!!!!フランと契約する君は我が家の……ぎゃふん」
何かを言おうとしたセシルだったが、急に糸が切れた繰り人形のようにその場に崩れ落ちた。
智哉にも見えない程の恐ろしく速い延髄への手刀により、その意識が断ち切られたのだ。
「セシルさん!!?急に倒れて大丈夫っすか!!?」
「バカじゃのうセシル、パスを怒らせたらダメじゃってわかっとったじゃろ」
「あらあなた、何かありまして?」
「なんでもないわーい」
扇を広げて流し目を向ける女主人に、ヘンリー理事が投げやりな返事を返す。
今回の智哉の呼び出しについて、ヘンリー理事とセシルは口出し無用と厳命されていたのだ。
この女主人は夫を立てて表に出てこないが、家政においては実質的なジュドモントのトップである。
今回の一件、智哉を上手く丸め込んでとある要求を通す腹づもりだった。
「トモヤさん、予定では半年間の出向は今年の六月からでしたわね?それは予定通りに進めてくださるかしら」
「えっ、まあダービー終わってからにするつもりではあったんですけど、そういう事情があるなら……」
「どちらにせよ結果は変わりませんわ。それに半年後には出向すると公示すれば、そこまで無茶な使い方もされませんわよ」
「ああ、確かにいなくなる人間にチームの指導まではさせないっすよね。なるほど……」
女主人の言い分に一理あると智哉が頷く。
納得の行く話だった。公示だけ先にしておけば、いなくなる人間に無理強いはしないだろう。
この話を受けて、答えを決めた。
「わかりました。予定通り六月からにします」
「よろしくてよ。それにつきまして、お願いが……」
こうして、智哉はとある条件を出されつつも、日本への出向の時期を決めた。
そこまでの半年間は思い出したくもなかった。しばらくもやしは見たくもないと思える日々であった。
そして、現在に至る──
*****
『いいわね?ノーブル。あなたの姉、フラン。そしてトレーナーのトモヤ・クイルさんをよく見ておきなさい』
『きっと、あなたには良い経験になるわ』
祖母との来日前に交わした会話を思い返しながら、ノーブルが姉を見る。
(姉さん、この人の前ではいつもと違う……)
選手権四連覇のクラブの怪物にして、社交界でもジュドモントの妖精と呼ばれている完璧なはずの姉が、この青年の前ではまるで年相応の少女のように振舞っている。
姉と比べられるのを恐れて離れて暮らしているノーブルは、知らない姉の一面に驚愕を覚えていた。
(トモヤ・クイルさん……姉さんと契約する人)
ノーブルは続いて姉の隣に座る青年、智哉へと目を向けた。
端正な顔立ちに、長身で足が長い。野暮ったい髪型と服装だが、それは些事と感じられる。
(……何も実績が無い、とメイド達は言っていたけど)
ジュドモント家の使用人達の間では、智哉がその容姿でフランお嬢様を誑かしているという噂話が囁かれている。
だが、実際に間近で見るとそのような人物には見えない。先程のフランとの会話でもトレーナーとしての仕事がある様子だったし、そもそもそのような人物ならメイドがフランに近付けないだろう。
(でも、破廉恥だわ。姉さんに匂いを嗅がせるなんて……)
どう見ても誤解である。本人はやめてくれと懇願している。
一瞬、智哉と目が合うがぷい、とノーブルは目を逸らしてから目の前のタブレットを操作し、ある動画を見る準備に入った。
<さあ、次は実践だ。誰か手本になる併走を……自信のある子はいるかな?>
『はーーーい!!ボクやれます!!絶対やれます!!』
<おお、良い返事だ、ワイズダン。なら後は……>
『アタシ!アタシも走りたい!!』
<良し、なら君もだな、アニマルキングダム。他は……>
『ワシ!!ワシも走るけえの!!』
<……大統領、申し訳ないが今回は子供向けの講座なんだ>
動画は半年前に公開された、怪人による成長期のウマ娘向けのトレーニング講座だった。
ノーブルは公開直後から何度も見ており、その度にあの時、夢のかけらをくれた怪人に思いを馳せている。なお本人からはたった今目を逸らした。
(怪人さん……また、会えるかな)
今回の来日について、ノーブルはあのウィンターカップ以来ファンになっているミッドデイの指導を受けられると聞いて、二つ返事で飛びついた。
姉に対しても逃げ続けてはいけない、という気持ちもあった。姉は嫌いではないからだ。
それと共にアメリカでのキャリアを終了して以来、その行方が杳として知られていない怪人トレーナーについてミッドデイに聞きたい事も目的だった。
きゅっ、といつも肌見放さず持ち歩いている、宝物の耳飾りを握る。
(せめて、お礼が言いたいな)
あの時見せてもらった手品、夢のかけらの耳飾り。
チャーチルダウンズレース場での一件で少し前向きになれたノーブルは、今回の来日、姉と向き合う決心を持てた。
「おっ、それ見てたのか。勉強熱心だな」
物思いに耽っていたノーブルは、急に現実に引き戻された。
いつの間にか、席から立った智哉が横からタブレットを覗き込んでいる。
思考の邪魔をされたノーブルは、やや不満そうに返事を返す。
「……ファンなんです、この人の」
「そっか、ヴェラスさんは今どこにいるかもわかんねえんだよ、な」
「!!!知ってるんですか!?」
「えっ?お、おう……一応、同じチームだったからな」
やけに食いつきの良い反応を見せるノーブルに、意表を突かれた智哉はしどろもどろに応対した。何となく話題作りに怪人の話を振っただけのつもりだった。
「どんな人なんですか?好きな物とかは?プライベートの姿は?」
「あ、あー……し、私生活はわかんねえけど、結構だらしない所はある、と思う。好きな物はそうだな、アメリカでケイジャン料理とウマーベル系の映画にハマって……ニューヨークの敬愛する友人、ストームガールとかいいよな」
「……それ、あなたの好きな物では?わたしは怪人さんのお話が聞きたいんですけど。あとわたしはキャプテンUMA派です」
狼狽える智哉をノーブルがジト目で咎める。思わず自分の事を答えてしまっていた。自分の話なので間違ってはいない。
アメリカが世界に誇る一大コンテンツ、ウマーベル社のコミック原作の映画の話題になった事で、ノーブルは以前から疑問だった事を思い出した。
「そういえば、怪人さんはウマーベル社のコミカライズの話を断ってましたよね。何故か聞いてますか?」
「えーーっと……ヒーローは柄じゃない、って言ってたな」
「……怪人さんらしいですね。でも怪人さんはヒーローですし、わたしは読みたかったです」
「いや、そんな大したモンじゃないって。買い被りすぎだろ……」
聞き捨てならぬ言葉であった。恩人が不当な評価を受けている。
「怪人さんの事を悪く言わないでください!あなたに何がわかるんですか!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、そういう意味じゃ……」
「どうしたのーノーブルちゃん?トムはあっち行ってな」
ノーブルがヒートアップしそうなその時、助け舟として智哉の後ろから姉が現れた。余計な事を言った弟はあとで折檻確定である。
「あっ、ミッドデイさん……」
「まあまあ、落ち着いて?ウチの弟はカルメットでサブトレやってたから、ジョーの事も近くで見てるのよ……ジョーと会った事あるの?ノーブルちゃん」
「はい、ミッドデイさんのグローリーカップで……わたし、その時に怪人さんからこれをもらって」
胸元から、宝物の獅子の刺繍のついた髪飾りを取り出す。姉は一瞬だけ眉を顰め、弟を横目で見た。
お前失くしたって言ってただろ、どういう事だよとその目は語っていた。姉弟のアイコンタクトである。
弟はやべえ言ってなかったと即座に顔を青くした。
「あ、あー!そうなのねー、いいわよ、そのまま持ってて」
「ありがとうございます!それとミッドデイさん、あのレースからファンです!レースの事、教えてください!!」
「そうなの!?いやー照れちゃうわね。もう引退したけど何でも聞いてね!それにしても、ジョーのヤツは今どこにいるのやら。ねえ、トム??」
「お、おう、俺もわからねえんだよ、なあ……ははは……」
震える声で答えながら智哉が座席に戻ると、寝ていたはずのフランが起きていた。瞳が渦を巻き始めている。
逃げ場はない、現実は非情である。
「これはアイツを見つけたらとっちめないとねえ?フランちゃん」
「そうね、ミディお姉様。サリーも手伝ってちょうだい」
「お任せください、お嬢様」
「い、いやあどこにいるかもわからねえしさ、それは無理じゃねえかなあ……と、思うんすよ…………」
智哉が目を逸らしながら全力で言い訳のような怪人への擁護を始める。命乞いのようにも聞こえた。
それを見て、話の流れが読めないノーブルが首を傾げた。
こうして、一部を除き和気藹々と一行は日本に向かったのである。
*****
「なあディー、あのじいさんが立ち合い誘ってきたら止めてくれよなー」
「うん、タケル。師範は話せばわかる人だから」
東京は府中市、東府中駅からほど近い場所の閑静な住宅街の中を、二人の人物が歩いている。
一人は黒鹿毛を靡かせ、右耳に付けられた、白いラインの入った青いリボンを揺らしながら歩くウマ娘。
もう一人は整った顔立ちだが、どこか三枚目を思わせる雰囲気を持っている男。
先日、横浜港で大立ち回りを繰り広げた二人である。
横浜港での一件で不覚を取り、カルトのテロリストを逃したディーは自らを鍛え直すべく、かつて師事したとある古武術の道場を目指している。
タケルと呼ばれた男はその付き添いかつ、旧知の仲である道場主と師範に今回の一件の協力を申し込むつもりで同行していた。
道を歩きながら、幼い頃を思い出したのかディーがくすりと笑う。
「ふふ、なつかしいな……」
「この辺は俺も結構覚えてるぜ、あそこの公園でお前と会ったんだよな」
「うん……それとね、道場にいた頃なんだけど」
歩きながら、幼いウマ娘用のコースがある公園を眺め、ディーは思い出に浸る。
「夏休みの時だけ同い年の男の子がいて……一緒によく稽古したり、遊んだりしたなあ。仲の良いお姉さんがいて」
「男……だと?いやそれよりもお姉さん、お姉さんか………!」
「は?」
「あっ、何でもないです……そいつ、今も連絡してるのか?」
かつて道場で出会った、今となっては羨ましくも感じる仲の良い姉弟。
師範の孫であり、夏休みの時だけ日本に滞在していた二人だったが、ある時から来なくなってしまった。
ふるふると首を振り、寂しそうにディーは答える。
「五年生の時に、急に来なくなっちゃって……それっきり」
「……ま、生きてりゃそのうち会えるだろ。じいさんに近況でも……ッ!!!!」
道場の門前まで歩き、ディーに慰めの言葉をかけようとしたタケルだったが、唐突にその動きを止めた。
足を止めたタケルに振り向き、ディーが首を傾げる。
「どうしたの?」
「とんでもねえのが来る……とんでもねえ美女の反応が……!!!」
この男が持つ特殊能力、美女センサーが猛烈な反応を示していた。
相棒を後で折檻する事を決意してから、ディーは相棒の視線の先に目を向けた。
確かに、数人のウマ娘と一人の青年が近付いて来ていた。
「なつかしいわねー、あんたと同い年の子いたわよね。仲の良いお姉さんがいつも迎えに来てくれて」
「あー、いたな。次の年会ったらもう俺より強くて稽古がしんどかった……」
「名前なんだっけ?あんた覚えてる?」
青年が目の前で立ち止まり、ディーと目が合う。
二人には既視感があった。お互い、会った覚えがある。
「……プイちゃん、か?」
「……トモちゃん?」
日本編、結構話数かかりそうだから、帝王賞を区切りに一旦キャラ紹介してもいいですか?主人公とヒロインの現状とかも書いていきたいなって……。
-
いる
-
いらない
-
全部終わってからでいいッス。早く書け。