なお(主人公じゃ)ないです。
──ある日のエプソムポニースクール、レース競技場
「よし、全員集まったな。今日はアスコットのBクラスとの交流戦だ。同じ競走バを目指すポニースクールの仲間だ、仲良くするようにな」
「はーい!せんせー!」
「どんなこがくるんだろうねー」
本日、アスコットの生徒達と交流戦を行う、エプソムポニースクールのAクラスの子供達。
その中に、その少女はいた。
「ナサー、おまえのいとこのフランちゃんもいるといいな。ん?ナサ?きいてるか?」
「…ん…」
ナサと呼ばれた少女は憂鬱そうな表情で、友人の呼びかけに振り向く。
輝く鹿毛の鮮やかな髪を後ろでまとめ、額の上にはハート型の小ぶりな流星。
ウマ娘らしい整った顔立ちの、常に眠たそうな目元の幼い少女だ。
既に三女神の命名を受けており、エプソムポニースクールAクラスの、二大エースの一人である。
「ごめん、きいてなかった」
「さいきん、げんきないなあ。だいじょうぶか?」
「…ん…だいじょうぶ」
幼女ナサは、現在気掛かりな事があった。
(フラン…またでんわしてもいなかった)
大好きな従姉妹と、連絡がつかないのだ。
ポニースクールに入った前後は、よく一緒に遊んでいたし、電話でお互いの近況を楽しく話していた。
異変が起きたのは、入学して一か月後の事である。日に日にフランから元気がなくなっていったのだ。
フランは心配をかけまいと、幼女ながら空元気で応対していたが、ナサは物心ついた頃からフランと一緒にいる。ほんの少しの異変でも、従姉妹に何かがあった事に気付くのだ。
そして、ついに連絡すらできなくなってしまった。
両親には心配しなくていい、元気にやっていると言われている。それでもナサはずっと気掛かりだった。
(きらわれたのかな。あいたい)
ナサは、無口な少女である。必要な事しか喋らない少女だ。ポニースクールの教師陣からはその為に優秀で良い子だが、闘争心にやや欠けるかもしれないという評価を受けている。
アスコットで友達ができて、自分はいらなくなってしまったのか?口下手な自分はフランの負担だったのか?そういう不安を抱いていた。
だから今日の交流戦に、フランが来ていたら会いたいという気持ちと、嫌われていたらどうしようという気持ちが混ざり合って、複雑な気分でこの日を迎えていたのだ。
「フランちゃんってすっごいはやいんだろ?たのしみだなあ」
「…フランはすごい。ぼくやゾフやファーよりも、ずっとはやい」
「いっつもいうよなそれー!オレたちよりはやいって、そうぞうつかないぜ」
ナサは、エプソムポニースクールに入学してから充実した毎日を送っていた。同じクラスにゾフというライバルができ、Bクラスとの対抗戦ではファーというウマ娘と鎬を削り合っている。
従姉妹とかけっこ遊びをする度に、自分は競走バの才能がないのではないか、と不安になった事もあったが、このゾフやファーとの勝負で従姉妹が規格外である事に気付いた。
(ガリレオかいちょうのいうとおりだった。フランはこのせだいのいちばん。フランはやさしいから、いやがるかもしれない。だからぼくがおいかける。フランをひとりにしない)
──幼き少女よ、君は自分を諦めるには早すぎる。
──あの子は確かにシリウスのように、光り輝く一等星だ。
──でも君にも輝きはある。前に進める足がある。「神の賜物」という誇らしき名前がある。
──ならば悩む必要はない。星を追い駆けなさい。輝きに身を投じなさい。
──そうすればきっと、君も輝く星になれる。
憧れの人に、かけてもらった言葉。これが少女の原動力だ。星を、輝きを追い駆ける心の道標だ。
「おっ、きたみたいだぜ。どれがフランちゃんだ?」
思索に耽っている内に、アスコットの生徒達が近付いてくるのが見えた。
「フランはめだつ、すぐにわかる」
フランは輝く金髪の美しい幼女だ、遠くからでも目立つ。
ゾフとともに、大好きな従姉妹を探す。しかし、見当たらない。
「…いない」
「えー、そうなのか。あいたかったなあ」
ナサは、フランの事を考えるあまり、先生の話も聞いていなかった。今日のアスコットからの遠征組がBクラスだと知らないのだ。
目の前にまで近付いたアスコットBクラスの生徒一団から、引率の教師が現れエプソムの教師と挨拶を交わす。
「今日はよろしくお願いします」
「ええ、事前に決めた通りの組み合わせで行きましょう」
ポニースクール交流戦は、30人の生徒達が3人一組として、10戦の勝数差で勝敗を競う。校内のクラス対抗戦も同じ形式である。勝数が同率だった場合は、双方から勝った組のエースを出しあって雌雄を決するのだ。
教師陣はなるべく子供達が白熱した良い試合ができるように、実力を考慮して組み合わせには細心の注意を払い、事前に協議してマッチメイクされる。
「かしんども!!!!みちをあけよ!!!!!!」
教師が言葉を交わしている最中に、王者の号令がかかる。
「おうさまのおなりでヤンス!ぜんいんみみをかっぽじってよくきくでヤンス!」
「みんなならんでー」
「おうさまのあいさつだよ!」
王の忠実な家臣達の統率で、アスコットの生徒達の人垣が割れ一列に整列する。するとそこから鹿毛の長髪、小ぶりの流星、そして覇気を全開にした幼き王者が現れた。
「ほこりたかきエプソムのしょくん!我がアスコットのおうである!!きょうはよきしょうぶをしよう!!!」
「こら!エクスちゃん!先生がお話中でしょ!」
「はなしがながいのだ!!我もあいさつしたいって、いったではないか!!」
余りにも個性的な王者の登場に、エプソムの教師の表情がひきつる。
「こ、個性的な子ですね…」
「これでも良い子なんですよ。よくみんなをまとめてくれる素直な子です」
エプソムの生徒達は、唖然とした表情で幼き王者を見つめていた。王者と家臣達のアクが強すぎる。
ゾフが念のため、ナサに確認する。
「いちおうきくけど、あれフランちゃんか?」
「…バッド」
思わず、口癖が飛び出すナサであった。
*****
「ナサ!きをつけろよ!あのおうさま、うしろからいっきにくるぞ!」
「だいじょうぶ、ゾフのかたきはとる」
アスコット、エプソム交流戦は、5対5の互角の戦いの末に、互いのエース同士の決定戦で決着を着ける事となった。
ゾフの組が幼き王者と家臣達に敗れたため、もう一人のエースであるナサの組が王者との勝負に臨む。
ポニースクールやクラブマッチのジュニアグレードでは、幼い生徒達に合わせて通常の距離の半分で試合が実施されている。ハーフマイル(800M)、1000m、1200mの3種目である。
今回の決定戦では、くじ引きの結果ハーフマイルが選ばれた。
「おうさま!がんばって!とくいなハーフマイルだよ!」
「おうえんしてるでヤンス!ぜったいかってほしいでヤンス!」
「うむ!我がきさまたちに、さいこうのしょうりをやくそくしよう!」
家臣達の声援に手を振り答えた後、王は冷静に相手の組を見つめる。
(あのハートのりゅうせいのあやつ、ねむそうなかおをしておるが、なかなかにやる。まさかあやつがやさいか?いや、さきほど我がたおしたやつも、なかなかのものだった)
Aクラスに異動したあの軽薄な教師が言っていた、ナスというウマ娘。野菜のような名前の割に結構やると聞いていた。
(いや、いまはそのようなことをかんがえるべきではあるまい。我は我のはしりをみせるのみ)
ゲートに入る準備をする各生徒。先ほどのゾフとエクスの勝負をナサは回想する。
脚質は差し。仕掛けは直線一気。中段に控えて上がるタイプ。バ群を抜けるのが抜群に上手い。そして何より速い。王を自称するだけの実力がある。
(…かこまれてもぜったいにでてくる。かならずぼくがさされるかたちになる)
ナサは、自分を過信しない。大好きな従姉妹を知っているからだ。
だから相手をよく見て、自分の武器の使いどころを考察する。
(まえをとって、ぼくのぶきでおさえこむ。ならばれても、ぼくならそこからのびて、かてる)
闘争心を静かに燃やす。無口で闘争心に欠けるとナサは教師に評価されているが、誤解である。この幼女は、内に強い気持ちを持っている。
「よし、スタート準備できたな。ゲート開けるぞー」
教師の合図とともに、ゲートが開く。
(…グッド。ぜっこうのいち)
先手を打ったのは、ナサであった。ペースメーカーを買って出てくれたチームメイトの後方に付け、バ群から一段前に出た絶好の位置につけた。そしてそのまま内ラチに身を寄せる。
ペースメーカーとは、チーム戦における醍醐味と言えよう。逃げを適度に打ち、バ群を伸ばしエースが囲まれる事が無いようにサポートする。縁の下の力持ちなのだ。
400mを超えたあたりでペースメーカーが垂れ始め、ナサがそれを追い抜いて直線の仕掛けの準備に入る。すれ違い様にハンドサインでチームメイトをねぎらう。
(あとはまかせて、ぼくがかつ)
先頭に立ったところで後ろを見る、エクスはまだ中段にいた。
こちらの様子を伺っているのが見える。観察しているのだろう。
(バぐんをでるのがおそい。ぼくをあまくみたな)
300m地点で、ナサが一気にスパートをかけた。
息の長いロングスパート、これが彼女の武器である。
(ぼくはもともと、さしだった。でもそれだときっとフランにおいつけない。だからまえにつけてからの、ロングスパートでフランにならびかけるんだ)
「おーっ!いけるぞナサ!もうおいつけないぞこれ!」
柵外からゾフの声援が飛ぶ。ナサも勝利を確信した。
ここで、王者が動き出した。
(なるほど、よくわかった。我がおいつけないとおもったな?)
バ群中段、前には垂れてきたナサのペースメーカーと自らの家臣。二人の間にはギリギリ一人分の隙間がある。無理に抜こうとすれば接触するだろう。
──そこを、二人に触れる事なく突き抜ける。
(うそでしょ!どうやったのいまの!)
余りに感触なく真横を突き抜けていかれた、ナサのペースメーカーが驚愕する。
(ふん、ふゆかいだ。じつりょくのさをおしえてやろう)
自分を普通のウマ娘と同じ物差しで測られた──幼き王者にはこの上ない屈辱であった。
(そのロングスパートでは100mあたりから、たれはじめるだろう。そこで我のあしをつかう)
エクスは、調子に乗っても油断はしない。相手の武器をしっかり見切った上で、どう仕留めるかを逆算して勝利の方程式を組むのだ。
(!…きたな。でもそれはけいさんのうち。あたまをおさえてるぼくが、たたきあいでかつ)
ナサがバ群を抜け出てきたエクスを確認する。内ラチに陣取ったナサを抜くには中央に寄る必要があった。スタミナに自信のあるナサは、並びかける際に中央に寄ってスタミナを使ったエクスを、そのままスタミナ勝負で仕留める腹積もりである。
そして100m地点。エクスが仕掛ける。王者の末脚が唸った。
(…はやい!ゾフのときよりも!)
(我がてふだを、ぜんぶきったとおもっていたか?)
ゾフとの対戦で見せた時よりも速い末脚に、一気に並ばれるナサ。
(…しかしこやつ、まだいきがつづくのか)
(まけない!そのあしはながくもたないはず!)
残り50m。まだナサのロングスパートが続いている事に、エクスは感心していた。そして敬意も抱いた。自分にここまで食らいついてくる相手は初めてだった。
(…みとめよう。こやつはつよい。ならば、我も、きりふだをきろう)
そして、エクスが一気に抜けた。
──本当の切り札、二の足である。
そして、決着がついた。
*****
「くっそーーーー!ナサ、おしかったなあ…」
「…バッド。ごめんゾフ、まけた」
「いいっていいって!いいしょうぶみれたぜ!」
決着は1バ身差、エクスの勝利であった。かっこつけていたが、エクスも限界ギリギリで二の足で抜けた瞬間垂れそうになったのだ。根性でなんとかなった。やはり根性は重要である。
「おうさまーーー!かったーーー!」
「かっこいいでヤンス!いっしょうついていくでヤンス!」
「そうであろう!!!!そうであろげふっ、ちょっ、くるしい、いきができぬ」
「エクスちゃん走った後に大声で笑ったらダメでしょ!じっとしてなさい!」
教師に介抱されながら、エクスが家臣達に囲まれて祝福を受ける。
王と家臣達は大喜びである。王は高笑いができない程消耗していたが。
(しかし、てごわいあいてであった。やさいはあやつか)
エクスは、息を整えた後、ようやく好敵手と出会えた、と感慨深い思いに浸っていた。
強敵だった。あのスタミナは、距離が長くなれば自分が不利になる。
(このせだいは、おそらく我とあやつのせだいになるだろう。あやついじょうがいるとはおもえぬ)
幼き王者は、この好敵手にねぎらいをかけてやろうと思いついた。
終生のライバルになるかもしれない相手だ。しっかりと自分を印象付けておきたい。
そう考え、ナサに近付いて声をかける。
「…すこしよいか?しょうしゃがこえをかけるのは、ぶさほうだが…」
「…いいよ」
「ナサがいいならオレもいいぜー」
迎え入れてくれたのに安堵する。あの強さで気持ちも快い相手。王者はうれしくなって、あの軽薄な教師が教えてくれた名前で、しっかり話そうと思ってしまった。
「うむ、かんしゃするぞ、ナス、よいしょうぶであった」
「…ナス?」
「うむ、きさまがやさいであろう」
「…やさい?」
この王者、天然である。ゾフがナサと呼んでいるのに気付いていない。自分はこうだと思ったら軌道修正できないのである。
(…バッド。なまえがちがう。でもこいつはつよかった。それに、フランをしってるはずなのにおうさまぶってる。こころもつよい)
アスコットの生徒なら、あの規格外の従姉妹を知らないはずがない。
それを知って、王者として君臨しようとしているのだ。その心の強さにナサは感心していた。
(こいつもきっと、ほしをおいかけてる。ぼくとおなじだ)
同じ星を、輝ける一等星を追い駆ける仲間に出会えた。
しかし、その思いは誤解であった。王者は規格外を知らない。
「うむ…しかしきさまはつよいな。アスコットではついぞ、きさまのようなこうてきしゅにはであえなかった。ぜひつぎのこうりゅうせんでも、我としょうぶしてほしい」
「!!であっていない?」
ナサは驚愕した。あの従姉妹を知らないという事は、あの従姉妹がアスコットにいないか、何らかの事情で対抗戦に出ていないという事だ。
思わず、ナサがエクスの肩を強く掴んで問い詰める。
「うえっ!きゅうにどうしたのだ!」
「フランってこ、しらない?Aクラスの」
「フラン…?おお、フランクか。やめたときいたぞ」
間違った名前でしっかり記憶していたエクスが応える。
ナサがショックで眩暈を起こす。エクスから手を離すと、ふらふらとその場を離れようとした。
「……やめた…」
「おっ、おい!だいじょうぶか!どうした!ナス!!」
「……うるさい」
「どうしたのだ!我がなにかしたか!」
「───ぼくのなまえは、ナサニエルだ」
六歳児なのにこいつら色々考えすぎちゃうか