あとで加筆するやで。
加筆したやで。
早朝の東京都府中市、多摩川河川敷。
羽田空港から羽村市まで約50kmの歩行者及びウマ娘専用道路である多摩川ウマ娘ロード、通称多摩ピョイの府中市管理区間、多摩川かぜのみちを二人の芦毛のウマ娘が競い合うように駆けている。
「タマ!あそこの水門がゴールでどうだ?」
「ええで!ウチの末脚見せたるわ!!」
この多摩ピョイはトレセン学園生徒の定番ランニングコースであり、数多の名ウマ娘がレース前の調整や日々のトレーニングで利用した、多摩川河川敷きっての名所である。
しかし、今走っているジャージ姿の芦毛の二人はトレセン学園生徒ではない。
既に引退している、伝説のウマ娘だった。
「本気で行くぞタマ!今なら
中央にレース人気を取り戻した救世主、芦毛の怪物オグリキャップ。
「それはこっちのセリフや!最高速でブチ抜いたる!!」
そのライバルであり、現在は世界的な大女優として名声を集める、白い稲妻タマモクロス。
早朝の誰もいない多摩ピョイで、ウマ娘ファンが聞けばドリームトロフィーリーグでやってくれと懇願する、伝説の芦毛対決が再現されていた。
二人のウマ娘が灰の幻影、白い稲妻を身に纏い、ゴールと決めた北多摩川一号水門を並んで駆け抜けていく。
水門橋を走り切ったところで二人は足を止め、息を整える為にその場に座り込んだ。
「あー、しんど!どやオグリン、ウチのハナ差やろ?」
「ふう……タマ、何を言ってるんだ?私のクビ差だったぞ」
「はあ!?なんやねんウチの勝ちや!」
「何だと?私の方が先を走ってたぞ」
「なんや!」
「何だ?」
勝敗を巡って睨み合った後、二人で笑い合う。
この二人には最早勝敗は関係ない。共に並んで走った事が何よりも嬉しい事だった。
先に立ち上がったオグリが、親友に手を差し伸べる。
「久しぶりに本気で走ったが、やはりタマと走ると楽しいな。また走ろう、タマ」
「……ま、今回は引き分けにしといたるわ!ホンマ、オグリンと走ると楽しいわ」
親友の手を取ったタマが身を起こす。
「タイム計っとらんかったけど、ウチらまだまだいけるんちゃう?ドリームトロフィーとかも出たなって来たなあ」
「そうだな、タマ……私はとうに
タマの言葉に、オグリは自らの掌を眺める。
現役時代の終盤、全盛期を過ぎたウマ娘に起きる現象、
練習しても戻らない全盛期のタイム、発動しない
引退レースで今も伝説と語り継がれる奇跡は起こしたが、あれは一度きりのもの、自分は最早レースで走る身ではないと考えている。
しかし、今の親友との勝負では明らかに、全盛期の自分にも劣らない速度で走っていた実感があった。
「──実際、速くなっているはずなんだが?」
水門橋に、もう一人の人物が現れる。
褐色の肌を持つ、オグリに瓜二つのウマ娘だった。
「姉さん?すまない、夢中になって置いて行ったかと」
「ネイはんついてきてたんか?やっぱり速いんやなあ」
二人が褐色の肌を持つウマ娘に気付き、そちらに目を向ける。
アメリカ史上でも屈指の人気と実力を誇るウマ娘、ネイティブダンサー──22戦21勝、唯一の敗戦がケンタッキーダービー2着のみという圧倒的な成績を残した偉大なる
引継ぎの際に多少の行き違いはあったものの、後進に大族長の座を譲った後に女優として世界中で活動している二人に常に同行している。
「姉さん、どういう事なんだ?私はもう走れないはずだ」
自分と瓜二つで、ウマソウルを通じて強い繋がりを感じる、姉と慕う人物の言葉の真意をオグリは問う。
「そうだな、そろそろ説明するべきだが」
妹分に頷いた後、ネイは水門橋の欄干に背を預けた。
「まず、最初に言っておくんだが?お前達は、既に
「至って、いる……?」
「どういうコトや?説明ちゃんとしてや」
「おかしいと思った事は無いか?昨日会った生徒会長や、あの秘書も恐らくそうだろう……彼女達は、現役のウマ娘よりも遥かに速い」
いつもの特徴的な語尾が無くなり、真剣な表情でネイが話を続ける。
「そうやな、ってたづなさんやっぱりそうなんか」
「会長は今もトレーニングを続けているからじゃないのか?」
「それだけじゃない。オグリ……お前の引退レースで、急に力が戻ってくる感覚があっただろう?」
頷くオグリを前に、ネイは腕を組んで空を眺めた。
「ウマ娘は、レースを繰り返す毎にウマソウルのエネルギーを大きく消耗する。
「あー、なんとなくそういう感じはあったわ」
「わかるよ、姉さん……それで?」
ネイは握った拳を、二人に示した。
「消耗したウマソウルを回復する為には、いくつかの方法がある……まず、レースで観戦していた人々、そしてウマ娘の想いと歓声を受け取る。オグリ、お前の引退レースの奇跡はこれだ」
指を一本立てて、ネイは二人に示す。
「次は、トレーニングだ。強い想いを持って研鑽すれば、僅かながらウマソウルは応えてくれる。現役ウマ娘達はレースで走り、次のレースまでトレーニング、このサイクルを繰り返す事によって、ウマソウルの消耗を抑えている。莫大なウマソウルの持ち主であれば、これだけで十数年も現役を続けることができるだろう……その点では、お前達の世代は激闘続きでウマソウルの消耗も早かったのかもしれんな」
もう一本指を立てた所で、タマが手を上げた。
「話の途中やけど……ウチらはトレーニングも控え目やし、撮影で忙しくてロクにレースもしてへんで?」
「よくぞ聞いてくれた。ここからがお前達に関係している部分だ」
三本目の指を立てて、ネイは胸を張ってみせた。
「ウマソウルの回復は、何もレースとトレーニングだけじゃない。人の、ウマ娘の想いを受け取る事、そしてレースだけでなく何か偉業を成す事が大事なんだ。人助け、その先のレース、何でもいい。お前達は、俳優業によってこの条件を満たしている」
堂々と胸を張るネイを前に、二人が首を傾げる。
そもそもタマに至っては、望まずして女優になってしまった節があった。
「ホンマかー……?急にあやしなってきたやん」
「本当だ。お前達は映画を通して世界中の人々とウマ娘に夢を与え、偉業を成したと言える。そしてもう一つの条件、
うんうんと頷くネイを見て、タマはふと思った事があった。
彼女の年齢である。遥かに年上のはずだが、彼女の見た目は自分達とそう違わない。
「あんなー、ふと思ったんやけど……ネイはんいくつなん?その至る、ってのと関係あるんか?」
「五十を過ぎてからは、数えてないんだが?年齢を聞くのは失礼なんだが?」
急にいつもの語尾が戻り、ぷんすこと怒るネイにタマが両手を合わせ、謝罪のポースを取ってみせる。
「ごめんて!気になってん!」
「まあいいんだが……それよりも学食が食べたいんだが?楽しみにしてたんだが?」
「昨日はカイチョーがネイはんにえらい食いついて、学食行けへんかったしなあ……しゃーない今日連れてったるわ。ウチの姪っ子も小学校おるし、そっちも会うてこか」
学食に行ける嬉しさに、ネイはドヤ顔で両手を上げた。なぜか「コロンビア」というフレーズがタマの頭に浮かぶ。
ここでふとオグリは辺りを見回し、やらかした事に気付いて顔を青くした。
「タマ、しまった」
「ん?オグリンどないしたん?」
「北原とベルノを、置いて来てしまった……」
「……あ!ウチら夢中すぎてブチ抜いてもうとるやん!!」
早朝ランニングの同行者は、もう二人いたのである。
現役時代のトレーナーと今は自らの俳優業のマネージャーを務めているウマ娘を、親友との勝負に夢中になった結果として置いて来てしまっていた。
人間と並のウマ娘ではついて来れるはずもなく、今は府中市のどこかで黄昏ているだろう。
「迎えに行ってくる。タマはどうする?」
「ウチはちょっとヤボ用や、さっきから高架下にチラチラ見えとるアレ気になってん」
迎えに行こうとするオグリに対し、タマは水門橋から見える都道九号の高架下、木々に隠れてテントらしきものが設営されている箇所を指差した。
キャンプ場もある多摩川緑地だが、高架下はキャンプ禁止区域である。
「ここはキャンプあかんでってガツン言うたるわ。おまわりさんに見つかる前に片付けろやってなー」
「そうか、姉さんは?」
「私はここにいるんだが?のんびりしたいんだが?」
「わかった、じゃあ行ってくる」
走り去るオグリと、腕まくりで高架下に向かうタマに手を振り、水門橋から二人の背中を眺めるネイが、物思いに耽る。
二人にはまだ、言っていない話があった。
(……早すぎるんだが?)
先程話したウマソウルの限界の先、次の段階に二人は至っているとネイは断言した。
しかし、レースやトレーニング以外で至るのは、余程の影響力を持たないと難しい、至るにしても相当な時間を要する、という事をネイは意図して説明しなかった。
(二人とも、莫大なウマソウルの持ち主ではあるんだが……それだけではなさそうなんだが?例えば──)
(──神の器、人知を逸したウマ娘)
(そういう者が、二人の大ファンなのかもしれないんだが?)
*****
早朝、小栗邸の門前。
ジャージ姿にボディバックを着けた智哉が、準備運動を行っている。
「トム、行きましょう」
同じくジャージ姿で髪をポニーテールにまとめたフランが門から現れ、智哉に近付いた。
「起こさなかったか?」
「ええ……トム、ちょっと屈んでちょうだい」
「お、おう、なんか機嫌悪くねえか?」
智哉の顔を見た途端、フランは何故か急に拗ねた様子を見せる。
機嫌を損ねた理由がさっぱりわからない智哉が言う通りに屈み込むと、フランは顔を近付けた。
「えい」
フランは智哉の野暮ったく目を覆い隠すような前髪を左右に分け、ポケットから取り出したヘアピンで固定した。
智哉のウマ娘好みの整った目元が露わになり、フランは満足げに頷きながら離れる。
初めて会った頃は荒み、やさぐれていた目つきはもう無い。
「トムの目は素敵なんだから、隠さないでちょうだい」
「そうか?髪型は変えると姉貴がうるさいんだよ」
「ミディお姉様が?どうしてかしら」
姉は本人ですら自覚していないが、弟に対して過保護である。
十人のウマ娘が見たら九人は好ましいと答えるであろう弟の容姿が齎すトラブルを危惧し、服装や髪型のチェックは非常に厳しい。
アメリカでの競走生活が終わった今は弟への干渉を控えてもいいはずだが、無自覚のまま半ば習慣化していた。
「よくわかんねえけど……とりあえず行くか」
「ええ!」
朝日が昇り始めた府中市の閑静な住宅街を、二人が同じ速度で並んで走る。
「よく寝れたか?」
「ぐっすり寝れたわ!トムは?」
「俺もよく寝れたよ。あのお守り、本当にご利益あるのかもなあ。後で何か供えとくか……」
久しぶりに二人で走りたい、というフランの希望に智哉が応えて、この早朝ランニングは行われている。
ノーブルやボスを含む、小栗家の家人には内緒にしている。メイドにだけは許可を取った。
「友達、できたか?」
「たくさんできたわ!私とノーブルちゃん以外にも、三人も留学生がいてみんなと仲良くなれたのよ」
「そっか、よかったな……どんな子だ?」
「一人はナサちゃんのお友達の子だったわ。ファーちゃんと言うのよ」
「ナサの?そりゃすごい偶然もあったもんだな……」
「それと、アフリカから来たヴァラちゃんと、ノーブルのクラスに来たエイブルちゃんよ。二人ともすごく大きい子よ」
友達が出来た事を嬉しそうに話すフランに、自然と智哉の顔が綻ぶ。
六歳の頃の心の傷、ポニースクールでのエリート生徒達の拒絶、それと同じ事が起きないか智哉は心配していた。
傷は過去の物となり、目の前の少女は楽しく走っている。
「クラブの方はどうだ?決定戦はちょっと危なかったな」
「ええ……何とか抜けれたけど、わたし、レースだとすぐ行きたくなるから……」
「走るのが楽しいってのは良い事だけどな。今の所は大丈夫とは思うけど……何か考えておくよ」
トラウマを乗り越えて五年、フランは一つの課題を抱えていた。
成長し、本格化に向けてウマソウルが高まるにつれて、レースでただ只管に前に出ようとする激しい気性が現れるようになった。
レース前に目を瞑り、集中しているのはその気性を抑える為の彼女なりのルーティンである。
それでも昂りを抑え切れず、強烈なプレッシャーを放つ為に他クラブのウマ娘達に畏怖されている。
「そうだわ!他のクラブで友達ができそうなのよ」
「おっ、マジか。もしかして決定戦で二着だった子か?」
「ええ!レース後に声をかけてくれて、手も振ってくれたの!帰ったらお話したいわ」
フランは半年前のクラブ選手権の優勝決定戦で手を振ってくれたウマ娘、ウィゴの事をしっかりと覚えていた。
なお英国にいる本人は、心が通じ合ったはずのチャンプが留学した事を知り「うああああああ」と慟哭している。哀れである。
二人は和気藹々と語り合いながら、軽い足取りで府中商店街から妙光院の脇を抜けて東京レース場西門の前を通過した後、レース場通りのウマ娘レーンを利用して都道九号に入り、多摩川河川敷を目指す。
道中、早朝ランニング中のウマ娘や出勤中の社会人ウマ娘がすれ違い、その度に振り返って二人の背中を目で追った。
「えっ、今の人かっこよくなかった?」
「隣の子、すっごい綺麗な子だった……」
「ああああああああれは保健室の姫じゃないですか!!なななんでここにあっ笑顔が素敵スヤァ」
「デジたん急にどうしたの!?こんなところで死なないで!!?」
とあるウマ娘が背後で唐突に安らかな死を迎えた事には気付かぬまま、ふとフランが立ち止まった。
「……トム、まって」
「っと、どうした?」
フランの様子に気付き、智哉も足を止めた。
目の前には都道九号の上を走る、中央自動車道西宮線の府中高架橋が作る日陰が広がっている。
蒼く眼を輝かせたフランはその日陰に対し、とても嫌な感覚を覚えた。
眼が警鐘を発し、日陰全体が赤く染まっている。
「よくわからないけど……その影、入りたくないわ」
「そう、なのか?ルート変えるか?」
「ええ……何かしら、この嫌な感じ……」
レースで勝利の鍵、勝てる可能性を探る時は常に青いルートを示していた自らの眼が、赤く染まって危険を知らせてきたのはフランにとって初めての事だった。
智哉もフランの眼については、ある程度何ができるかを知っている。自らの経験からレースでそれに頼りすぎるのは良くないとは思っているが、今回はレースとは関係ない状況である。
フランの意を汲み、目的地を変える事にした。
「じゃあ踏切まで戻って……かえで通りから義貞公のとこまで行って戻るか。それでいいか?」
「ええ、トム、わがまま言ってごめんなさい」
「こんなのわがままでもねえよ、フランがそう思うなら何かあるんだろ」
気を取り直し、ルートを変えて二人は来た道を戻る。
背後で一瞬だけ影が波打ち、何者かの舌打ちが響いた。
「ふう、ちょっと汗かいたな?休憩はしなくていいか?」
「…………………」
南武線の踏切待ちで立ち止まり、智哉はタオルで汗を拭く。
フランは急に黙り込み、ふらふらと智哉に近付いた。
汗をかいている智哉が何故か吸いたくてたまらない。
「……おい、フラン?」
嫌な予感を感じた智哉が、後退りで距離を取る。
この後の行動が予想できたからである。
下がった分フランが近付き、がばりと手を広げた。
すかさず智哉はその手を掴み、手四つの形になった。
「おい!汗かいてるからやめろ!!そういうのはやめろ!!」
「いいのよ、ちょっとだけなのよ」
この電車が通過する踏切の向こう側にも、二人の人物がいた。
「いてて……トシ食っちまったなあ、俺も……」
「何言ってるんですか、オグリちゃんとタマさんに追い付けたら人間じゃないでしょ」
中央トレセン学園所属のトレーナー、北原譲。そしてかつては北原のチームに所属し、現在は女優としてのオグリキャップのマネージャーを務めるウマ娘、ベルノライト。
オグリキャップの引退後に数多の名ウマ娘を育成した北原は、現在は中央でも名トレーナーの一人として数えられている。
ベルノはトレーナー留学後に北原のチームでサブトレを務めていたが、オグリの女優デビューを本人から伝えられ「放っておいたらロケから帰って来れない」と心配してトレーナーとしては一線を引いていた。実際そうしなければ日本に帰国できないだろう。
「ったくアイツら、俺らほっぽって夢中になりやがって」
「でも楽しそうでしたよね、オグリちゃん」
今日は久しぶりにオグリとベルノが帰国し、昔のように早朝ランニングをやろうと誘われてついてきた結果として置いて行かれ、北原は腰を痛めてベルノに介抱されていた。
「あ、踏切開きますよ、立てますか?」
「おう!行こう……あいたたた!」
「無理じゃないですか……もう」
踏切が開き、向こう側を見たベルノが固まって口をあんぐりと開けた。
やたら顔の良い青年と、絶世と言っていい美貌のウマ娘の少女が手四つで組み合っている。
(………事案?いやまって、男の人の方が押されてる?なにこれ……なにこれ……)
「少しだけなのよ、いいのよ」
「良くねえから抵抗してんだろうが!!力強すぎんだよ!!!!」
「いつもは嫌がらないのに、どうして?」
「嫌がってんだけどなあ……あ」
顔の良い青年の方、智哉が踏切の向こう側、ベルノに気が付いて目が合う。
ベルノは心の中で、癖の強い相手と出会う自らの運命を呪った。
「おい、人いるから落ち着け」
「えっ?あら……あのおじ様、大丈夫かしら?」
*****
「これ良かったらどうぞ。口付けてないんで」
「わりいな兄ちゃん、ここまで運んでもらっちまって」
踏切の先、矢崎町防災公園まで北原を背負い運んで来た智哉が、ボディバックからスポーツドリンクを差し出す。
ベンチに座った北原が受け取り、そこにスマホを持ったベルノが近付く。
「オグリちゃん、こっちまで来てるそうですよ」
「じゃあここで待ってればいいか、兄ちゃん達ランニング中だろ?俺らはもう大丈夫だから気にせず行ってくれよ、あんがとな!」
「うっす、じゃあ俺達はこれで……あれ、ひょっとして北原トレーナーっすか?」
北原の礼を受けて先を急ごうとした智哉だったが、もう一度顔を見て予習しておいた日本の有力トレーナーの一人、北原譲だという事に気付いた。
しっかりと挨拶しておこうと頭を下げる。
「この度、統括機構から中央トレセン学園へ出向してきた久居留です」
「おっ!出向してくるって聞いてたけど兄ちゃんだったのか!よろしくな!」
「うす、北原さん。中央でも指折りのやり手だって聞いてます」
「へへへ、そうか?つってもまあ、俺はろっぺいさんから引き継いで運が良かっただけだぜ。兄ちゃんは誰かについてんのか?」
「今は豊原さんっすね」
「あー、トヨの坊主か。アイツは先代とは大違いでなあ……」
智哉と北原がトレーナー談議に入るのを邪魔しないよう、大人しく眺めるフランを見て、ベルノは既視感を覚えた。
(この子、何処かで見た事ある……こっちの久居留トレーナーがイギリス、という事は……あっ)
得たヒントから、手に持ったスマホで素早く検索し、情報を得たベルノが声を上げた。
「ふ、ふ、フランケル………!選手権の、怪物令嬢………!!」
「おん?どうしたベルノ?」
「ちょ、ちょっと北原さん!!この子、フランケルですよ、あのフランケル!!!」
オグリの為にトレーナーとしては一線を引いた身のベルノだったが、そんな彼女の耳にも遠き英国のアマチュア競走無敗のチャンピオン、怪物令嬢と呼ばれるウマ娘の話は届いていた。英会話ができる彼女は英語系のレース情報誌をたまに流し読みしており、その際にフランの名前を何度も見ている。
「ふ、フランケル……?すげーのか、このお嬢ちゃん?」
「ああもう、何で知らないの!?アマチュアレースで負けた事無いんですよ、この子!出たレース全部勝って、イギリスのアマチュア最高峰のレースで四連覇!!」
「はあ!?めちゃくちゃすげーじゃねえか!!?」
「だからびっくりしてるんです!何で日本に……!」
しかし北原はアマチュアの怪物令嬢の事を全く知らなかった。英会話ができない彼はその手の情報に疎い。
フランは怪物令嬢と呼ばれた事に「何の話かしら?」と首を傾げた。まだ自分が怪物扱いされている事を知らない。
「そうかあ……フランちゃん、でいいか?すごいんだなあ、お嬢ちゃん」
「ええ、北原おじ様…‥でもわたしは、まだプロではない身です。過ぎた評価と思っています」
「しっかりしてんなあ……しかし、怪物令嬢、か。これも何かの縁かもなあ」
かつて怪物と呼ばれたウマ娘と出会った事を思い返し、感慨深げに北原が頷く。
またしても怪物と言われて首を傾げるフランに、智哉が声をかけた。
「そうだ、フラン、北原さんは……」
「すまない、北原、ベルノ!置いて行ってしまった」
丁度そこに、二人を迎えに来たオグリが到着する。
ベルノが笑顔を浮かべ、北原が呆れた様子でオグリを迎え、対して智哉とフランは呆然と固まった。
「やっと来やがった。置いて行きやがってこの野郎!」
「もうオグリちゃん……楽しかった?」
「ああ、楽しかった。久しぶりにレース場で走りたくなったな……」
「おっ!ドリームトロフィー出るか!?」
「今は撮影のスケジュール埋まってるから無理でーす、出たいなら予定空けておくね、オグリちゃん」
仲良さげに二人と会話するオグリを前にして、フランは混乱の只中にあった。
あの、いつも映画で見ている大好きなスターが目の前にいる。
「と、トム……これ、夢かしら?」
「大丈夫だフラン、俺も見てるから」
「オーグリーよ、オーグリーがわたしの目の前にいるわ、どどどうしましょう!?どうしたらいいのかしら!?」
銀幕の大スター、芸名オーグリー・キャップバーン。あの久居留邸で初めて見た日から大好きな推しのウマ娘女優の一人である。
「落ち着けフラン、今はきっとプライベートだ。サインとかは無理に求めたらダメだぞ」
「当たり前よトム、わたしはファンとして距離感はちゃんとしたいわ」
「そこは弁えてんだな……」
混乱してはいるが、フランはファンとしての矜持は忘れず保っていた。推しに対する模範的回答である。
ひそひそと話している二人にオグリが気付き、目を向ける。
「ん?そちらの二人は……」
「おお、さっき腰を痛めて介抱してもらっだんだよ」
「オグリちゃん、ちょっと耳貸して」
二人の様子からオグリのファンだと察したベルノが、気を利かせるべくオグリに耳打ちする。
「あの子は……イギリスの……」
「おお、ふんふん、すごいな」
「で……だから……」
「うん……うん、わかった、任せてくれ」
ベルノから話を聞いたオグリが、フランの前で屈み込み、目線を合わせる。
フランは緊張で頭が真っ白になった。
「すまない、二人を助けてもらったらしいな……ありがとう」
「えっ、ふえっ!?あの、オーグリーのファンです!!」
「ああ、そっちは芸名なんだ、本当の名前はオグリキャップと言うんだよ」
「オグリキャップ、さん?」
「うん、そうだ。よろしく……フランケル」
にこりと爽やかな笑顔を浮かべるオグリに、名前を呼ばれたフランが再び混乱の中に逆戻りする。
あまりにも刺激が強いファンサービスである。なお公園の入り口では、たまたま立ち寄っていたとあるウマ娘が偶然この場面を見かけてまた死んでいた。
「あ、あの、映画観てます!タマンドーも、ウマーウォーズも大好きです!特にウマーウォーズの、ダース・ママダーとオグ=リンの決闘とか、ビワーヴァス将軍との闘いは何回も見るくらい好きです!!」
「ありがとう、よく見てくれてるんだな?ウマーウォーズは撮影が大変だったけど楽しかったな……タマンドーは私のデビュー作なんだ。その前にアニメ映画の声優もやっていたが」
「今度そのアニメも観ます!最後のシーンがすごいって聞いてるから楽しみです!」
「ああ……あれは演技じゃなくて私の素が出てしまっていたんだが、それが何故か好評だったな」
フランの言葉に真摯にオグリは答え、ベルノから渡されたマジックペンのキャップを外す。
「私のものでよければ、だが。サインはいるだろうか?何か書くものは……」
「あっ!!色紙!!トム!!!色紙を出してちょうだい!!!」
「ねえよ、ジャージに書いてもらえ」
わたわたと色紙を智哉に求めるフランだったが、智哉からの返答は無常であった。当然の話である。
仕方なくジャージの裾を引っ張り、そこにオグリがサインを記す。
一生着れないジャージが完成した。
「トム、大変だわ。このジャージもう着れないわ」
「新しいのくらい買ってやるよ、よかったな」
智哉が、嬉しそうに語るフランの頭を撫でる。
それを見て、優し気な笑みを浮かべたオグリが立ち上がった。
「君はサインは必要だろうか?」
「あ、じゃあ折角なんで、このボディバックに……」
智哉もサインを書いてもらい、頭を下げた。
「ありがとうございます……フラン、名残惜しいけど行くぞ、帰らないとみんな起きてくる」
「ええ……ありがとうオグリお姉様!!!北原おじ様とベルノお姉様も!!」
「ああ、気を付けて」
「またね、フランちゃん」
「兄ちゃん、学園で会ったらよろしくなー!」
離れていく智哉とフランに手を振り、三人がベンチに座る。
そこに後ろから、ぬっとタマが現れた。
「オグリン、追い付いたで!ベルノとおっちゃんもすまんなー」
「タマ!用事は済んだのか?」
オグリの問いに、タマは腕を組んで神妙な様子で答える。
「いや、それがなー……注意はしたんやけど、事情聞いたら何も言えんなってもうて」
「事情?」
「あそこの教会の娘さんで、ウチらの後輩のヤツがおったんやけど……なんや、妹と仲直りしにはるばる北海道から来たんやけど、踏ん切りつかんでキャンプ生活しとるっちゅうて言うもんやから、はよ仲直りしいやとだけ言ってきたわ」
「あそこの教会の娘……ああ、あの子のお姉さんか」
「そういうオグリンはどないしたん?さっきの二人」
「──未来の怪物に、会ったよ」
日本編、結構話数かかりそうだから、帝王賞を区切りに一旦キャラ紹介してもいいですか?主人公とヒロインの現状とかも書いていきたいなって……。
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いる
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いらない
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全部終わってからでいいッス。早く書け。