八話ちょっと書き直してます。ウマ娘やしメイクデビューやろって思ってたけどやっぱり現実の英国競馬と同じメイドンにしたいなって…したいなって…内容はそれ以外変わってません。
ここで説明すると日本国外の競馬では新馬戦、未勝利馬戦という区切りが存在しないのが主流です。
全部ひっくるめて未勝利戦(メイドン)という名称で行われております。未勝利馬もメイドン。
距離もハロン表記にしたいんだけど、それ毎回説明すんの?ってなるからマイル・メートル表記にしてます。許し亭ゆるして。
あと九話も一文変えてます。アッネとメイドの喧嘩の台詞でこっちのがええなって…。
「トムあんた、喧嘩始めたら止めろって言ったでしょ」
「無茶苦茶言うなよ…」
姉とメイドの醜い罵詈雑言の応酬を、車内の片隅で震えながら凌いだ智哉。
姉は途中から身を乗り出してメイドと殴り合っていた気がするが、怖くて直視していない。事故はなぜか起きなかった。
姉、メイド、智哉の一行は現在クラブマッチが行われる、ロンドン市内のさる名家のクラブチーム保有のレース場に到着していた。
その名をジュドモント・アリーナ──
3000mの天然芝レーストラックを中心に、円形に観客席を配置した造りの全天候型レース場だ。
ジュドモント家所有であるため統括機構主催のレースは行われないが、クラブチーム同士の白熱した対戦がテレビ中継もされている程の人気ぶりである。
レース場が近付くにつれて、姉はサングラスをかけて顔を隠した。引退したばかりの名バである姉は著名人なのだ。
「やっぱり大手は違うよなあ。姉貴も誘われてたんだろ?行けばよかったのに」
「もうレースはいいわ。後ろのが出るならあたしも出てもいいけど」
「ふん、私はお嬢様にお仕えする身だ。レースになどうつつを抜かさん」
入場チケットを購入し、3人で観客席への道を歩く。
この二人、あれだけ罵詈雑言を飛ばし合っていたというのに、両者ともまるで蟠りを感じさせない様子である。
つまりこれが平常運転と察した智哉は、二人と同行するのは二度と御免だと心に誓った。命がいくつあっても足りない。
智哉は後ろを歩くメイドに目をやる。確認したい事があるのだ。
姉との闘争の後に何故かメイドの血管と眼光は元に戻り、いざ会話してみるとメイドはきつい口調ではあるが落ち着いた人物であった。
だからこそ、なぜあれだけの凶相を自分に向けて、何を伝えようとしたのかが気になっているのだ。
「あの、サリーさん、さっきも聞きましたけど俺に言いたい事ってなんすか」
「…」
しかしこのメイド、この件に関しては絶対に口を割らない。智哉が聞いたのはこれで二度目である。
このメイドの様子に、見かねた姉が口を挟んだ。
「サリー、もういいわ。めんどくさいし、あたしが離れてる内に済ませな。その様子だと本当にトムに何かする気はなさそうだし」
「…だから最初からそう言っただろう。早く失せろ」
姉が呆れた顔をメイドに向けた後、踵を返してレース場の外に向かう。
ふと、車内での姉とメイドの罵り合いの中で、姉の前で話す事になったと言っていたのを思い出す。
しかし、姉の前では話したくない事とは何であろうか。
レース場の出入り口に目をやり、姉が見えなくなったのを確認した後にメイドが声をかける。
「…一度しか言わん…私はお仕えする方々以外に頭を下げるのは、好かんのだ」
メイドはそう言うと、綺麗な姿勢で頭を下げた。
「──お嬢様の件、感謝する。お嬢様が外にお出でになられたのは、お前のおかげだ」
「…はい?」
智哉が思わず聞き返す。自分に何かあるのはわかっていた。しかしこのように礼を言われるとは、思ってもみなかったのだ。
気の抜けた返事に、頭を上げたメイドの顔に血管が幾筋か走る。
「…一度しか言わんと言ったはずだが?」
「あ、いや違うんすよ!俺なんて何もしてねえし、ただフランと遊んでただけっすよ。母さんのついでで姉貴に預けられてただけだし」
フランが久居留家に滞在しているのは、優秀なカウンセラーである母の治療を受けるために、静養先として選ばれたからだ。そこにたまたま自分がいただけだと認識している。
「それはお嬢様のお心に寄り添えなかった私への皮肉か?今私に喧嘩を売ったな?」
「いや違うんすよ…殺さないでください…」
メイドの目が血走り始めたのを見て、智哉が必死に命乞いをする。
やはりこのメイド、札付きの気性難である。
「…お前の母、クイル夫人の治療が確かにクイル家へ逗留する理由だ。だが、最後にお嬢様を外に出したのはお前だ…業腹だが、ミッドデイの言った通りだった」
ミッドデイは、姉の正式なウマ娘名である。
「最初は、お嬢様に悪い虫を付ける気かと思っていた。一度締めてやろうとクイル家に向かった先で、あいつに阻止されて叶わなかったがな」
(俺マジで殺されるとこだったの…)
本当に命拾いしていた。智哉は姉に人生で一番感謝した。
「だがな、お嬢様はお会いすると、いつも楽しそうにお前の話をされる。今日は稲妻の絵本を読んでもらった、今日は溶鉱炉に親指を立てた、等とな。溶鉱炉の件は後で洗いざらい話してもらうぞ」
(どういう説明したんだよ)
思わず脳内でフランにツッコミを入れる。大した話では無いので後で説明しようと智哉は考えた。
「だから私も考えを改めた。そして礼を言うべきだと思った。それだけだ」
そう言うとメイドは、ぷい、とそっぽを向いて腕を組んだ。
つまりこのメイド、車内であれだけ智哉を睨みつけた理由が、ただ感謝を伝えたかっただけなのである。
「一つ、聞いていいすか」
「なんだ、言ってみろ」
「車内で何で言ってくれなかったんすか……?」
「…あれの前で頭を下げるのは気に入らん」
この返答で智哉は合点がいった。この気性難ぶりかつプライドの高そうな物腰。現役時代のライバルである姉の前でだけは、頭を下げたくなかったと思うのもさもあらん。
(…なんつうか、俺の知ってる気性難って筋通す女ばっかだな)
車内では死ぬかと思ったし、姉と揃っている時に二度と同行はしたくないと今も思っている。
だがこのメイド個人として見ると智哉は忌避できなくなってしまった。このメイドは不器用だが筋を通す女と知ってしまったからだ。絆されてしまった。
なので、智哉はフランから聞いた話をこのメイドに聞かせてやろうと考えた。フランから感謝されている事を伝えてやりたかった。
「…サリーさんの事、フランから聞いてますよ。楽しそうに、うれしそうに、サリーさんの事話すんすよ。防犯ブザーは宝物って言ってました」
だが、それは間違いであった。
「…なに?本当かそれは詳しく話せ」
物凄い勢いで智哉の肩を掴むメイド。肩がウマ娘の握力で軋む。
「ちょっ、痛でででで!!力つええ!!なんすか急に!!」
「だから詳しく話せと言っている!!!」
「いやだからフランが!サリーさんに感謝してるっていでででで!!マジ痛えよ!」
更に肩が軋む。メイドの目が血走り血管が浮き始める。
「録音は!!!!動画は!!!!!」
「そんなもんあるわけねえだろ!!!あんたメイドなのに主人の盗撮してんのかよ!!!!!」
録音と動画の提出を求めるメイド。無茶苦茶である。やはり札付きの気性難であった。
これ以上会話を続けるのはまずいと感じたのか、クールダウンしたメイドがようやく手を離す。
「…ふん、次からは用意しておけ。ちなみに私はお嬢様の許可はとっている。盗撮など断じてしていない」
「本当かよ…」
呆れた目を智哉が向けているところに、レース場の外で時間を潰していた姉が戻ってくる。
「終わったー?うん?なんかあった?」
「何でもない。行くぞ」
「…」
姉にメイドが盗撮してるかもと伝えようとしたが、メイドが怖すぎるので何も言えない。
このメイドの前でフランの話はやめようと、心に誓う智哉であった。
*****
ジュドモント・アリーナで本日行われているクラブマッチは、名家ジュドモントに勝るとも劣らない名家オブリーエン家の保有クラブを迎えての、各グレードの対戦が行われていた。
どちらも統括機構理事を当主とする名家である。
天上人の保有クラブの戦いを眺めて、智哉と姉はそれぞれレースの感想を述べあっていた。
「大手のジュニアチームはレベル高いわねー。うちにエスティちゃん入ってくれて助かったわ」
「あの子はうちのクラブが近いからって理由だったしなあ。姉貴は気になる子いるか?」
「オブリーエンの3番。オコナーって呼ばれてた子ね」
「ああ、あの子は速いな」
そこまで話した所で姉の携帯から着信音が響く。画面を確認しているあたりウマインというメッセージアプリかメールの様子である。
「おいおい切っとけよ」
「ごめーん忘れてた。元ボスからだったわ」
姉は現役時代ジュドモント家のチームに入り、そこで専属トレーナー契約を交わしていた。
一線を引いたヘンリー理事に代わり、息子がチーフトレーナーを務めていると聞いている。
恐らく元ボスとはそのチーフの事であろう。
そういえば、姉の専属トレーナーはチームに今もいるのだろうかと智哉はふと思ったが、声には出さなかった。明らかな地雷である。
姉がメイドに何やら目配せをした後に、観客席から立ち上がる。
「クラブの子にあたしとサリーで声かけてやってくれだってさ。ちょっと行ってくるわよ」
「ああ、後の試合は俺が見とくわ」
「いいだろう、行ってやる」
そのまま、揃って二人は警備ウマ娘のいる通路の方へ歩いて行った。恐らくそこに控室があるのだろう。
一人になった智哉が、残りのレースをしっかり見ておこうと観戦に集中する。
「──失礼。若いの、隣空いとるかの?」
そこに、何者かの声がかかった。
智哉が声に振り向いた先にいたのは、一見不審者の如き老紳士であった。
いかにも高級そうなフェルトハットを被り、スーツにチェスターコートを羽織った人物である。
不審者と考えたのは、その顔貌だ。
円形のレンズのサングラスとマスクで顔を隠している。老人と判断したのはその声からである。
智哉は一瞬、関わりたくないと思ったが、これも何かの縁と考え了承した。思う所もあったからだ。
「ああ、空いてるぜ。じいさん、あんたも観戦か?」
「変わった事を言う坊主じゃな。レース場に来るなら観戦以外あるまい」
「そりゃそうだ」
そうして智哉は、謎の老紳士との観戦を始めたのであった──
この世界はヒトミミのスポーツ文化が終わってるから、英国ではサッカーの代わりに各地にこういうウマ娘クラブチームのスタジアムがあると思ってクレメンス。
上位種族がいるのにヒトミミの球蹴りなんて流行るはずないだろ!