『さあ、子供を放せ、一対一だ。楽しみを不意にしたくはないだろう…来いよタマ。怖いのか?』
『オグリンあかんて。ちゃんと役名で呼ばな…』
『そ、そうなのか?すまないタマ、忘れてしまった』
『なんでやねん!もうええわ!ウチが勢いでなんとかしたる』
『……野郎ォ!!!
『…タマがタマをとる?どういう事だタマ?』
「きゃあああああ!!!すてきだわ!!!タマットーーーー!!!!」
「そっちかよ、主役応援しろよ」
レース観戦に行った二日後の正午。
フランと智哉の二人は、父のコレクションから見繕った映画を鑑賞していた。
今回はフランに選ばせた所、お気に入りのウマ女優が出演している映画を即決で選んだ。
そして御覧の有様である。
「NG集みたいになってんだけどおかしくねえ?これで何でOK出たんだよ」
「すてきだわ!すてきだわ!とくにタマットが、オグトリックスにじょうきぬきをされるのがすてきだったわ!!」
「お前の素敵の基準もおかしいよ…」
今日観た映画でもフランは大興奮であった。
主役が敵を崖から落とすシーンの再現を、メイドとやりたいと言い出したので智哉が止めた。
フランが落ちる方をやりたいらしい。無茶するな。
「んじゃ映画終わりな。昼飯食うぞ」
「ええ、きょうはなにかしら?」
「サリーさんが用意してくれるらしいけどな」
「サリーのおりょうりはすてきなのよ」
「そりゃ楽しみだ」
あれからメイドは、久居留家に入り浸るようになった。
フランの身の回りの世話から久居留邸の家事全般のフォロー、更にはクラブの方にも顔を出して練習生達へ助言を行っている。
かつてのオークスウマ娘からの指導という事で、学院コースの生徒達は大喜びであった。
(あの人、クラブの子達やフランには優しい対応するんだよな…気性難なの忘れそうになるぜ)
姉とも顔を合わす事は当然あるのだが、フランや子供達の前では夢を壊さぬように気を使っている節すらある。
人目が無い所ではいつもの如くなので、智哉はなるべく近寄らないようにしているが。
ダイニングに向かう途中で、手を繋いで歩くフランに声をかける。
今日はある意味、彼女の門出の日である。
「フラン、今日の事聞いてるよな?怖くないか?」
「だいじょうぶよ、きっと。サリーも、ミディおねえさまも、それにトムもみていてくれるもの」
「そっか…よし、俺が優秀なトレーナーだって事見せてやるよ。まだ資格ねえけどな!」
「うふふ、きたいしているわ」
「おうよ、任せとけ」
──フランが、練習場に出るのだ。
*****
クイル・レースクラブ練習場。
ダートコース、坂路コース、クラブマッチでも使用する芝コースが存在し、クラブハウスの内部には筋力トレーニング用のジムもあり、ウマ娘の基礎トレーニングに必要なものは一通り取り揃えている。
その練習場前に、4人は集まっていた。
「クラブの子が集まるまでだから2時間はあるけど…初日だしな。1時間くらいでいいか」
「そうねー。クラブの子やあたしとの併走はママに止められてるしね」
ジャージ姿の智哉と姉。
「お嬢様、ご無理をなさらず。このサリーが近くにいますからね」
「ありがとうサリー、がんばるわ」
長大なレンズを装着したデジカメを携えたいつもの恰好のメイド、そして体操着姿で準備運動中のフラン。
「フラン、芝とダートどっちがいい?」
「しばではしりたいわ!きれいなしばだとおもっていたの!」
智哉の質問に、元気よく片手を挙げてフランが応える。
「なら芝300くらいから慣らしてくか。タイムは計るけど流す程度で良いぞ」
「はーい!」
「フランちゃんがんばってねー!」
フランがスタート地点に入るのを確認し、智哉は300m地点でストップウォッチを構える。
智哉は、スタートの準備をするフランを見て気分が高揚するのを感じた。
フランの力になりたい気持ちは当然ある。
だがそれと同じくらい、トレーナー資格すら取れていない自分が、元名門の天才児のタイムを見れる事に対する喜びを禁じ得ない。
(姉貴もうちのクラブ出身だけど、俺は練習相手だったからなあ。普通のウマ娘は弟に併走させねえよ)
思い出したくもない記憶である。智哉の平地競走バへの苦手意識の原点であった。
(俺の予想だと流して30秒ちょい、本気で走らせて25秒ってとこか)
300mを30秒前後は、競走バを目指しトレーニングを積む6歳のウマ娘の平均だ。
ちなみに人間の世界記録は30秒81だ。愚かなヒトミミはウマ娘の幼女に絶対に勝てないのである。
「いきまーす!」
元気なかけ声と共に、フランがスタートを切る。
まず目を引いたのは、首のほぼ動かない綺麗なフォームだった。
そして、流していると思えない異常な加速。
靡く金髪がまるで、彗星のようだった。智哉は確かに、その走りに目を奪われたのだ。
「ついたー!トム!タイムはどうかしら?」
「…」
「トム?」
「お、おう…お前すげえんだな」
我に返った智哉が、握りしめていたストップウォッチに目を向ける。
タイムは、25秒だった。
*****
ラチにもたれ掛り、手をかざして智哉の元に届かんとするフランを眺める姉。
その後ろには、カメラを手に収めたままのメイドがついている。
「いやー速いわねフランちゃん」
「ミッドデイ」
「ん?あんた写真撮らなくていいの?」
メイドには、少しの懸念があった。
「お前の弟だが、感謝はしている。だが奴でいいのか?」
「どういう意味よそれ」
「ここには他にベテランのトレーナーがいるのは知っている。彼らでなくて奴でいいのかという意味だ」
メイドの懸念とは、当然の疑問であった。
智哉はまだトレーナー資格すら取得していない立場である。フランが心を許しているのは確かだ。それでも一時的とは言え主人のトレーナーを務めさせるにはやや抵抗があったのだ。
「んー大丈夫よそこは。あたしもママも保証する」
簡単な事のように、姉が返答する。
「クイル夫人もだと?本当か?」
「本当だって。まあ明日にはわかるんじゃない?」
「──他のトレーナーにできない、あいつだけできる事があるから」
*****
その日の夜、智哉は自室でフランの本日のタイムを眺めていた。
(…こりゃ天才どころじゃねえな、規格外だ。フランには悪いけど、同級生が折れちまったのもわかるぜ…)
フランのタイムは、全て25秒であった。今日は本気で走る事を禁じたのだ。
(…体内時計がぶっ飛んでる。全部25秒は普通じゃねえ)
おかしいと思ったのは、3本目の時であった。二度は続くだろう。だが三度目からは偶然では済まない可能性を感じた。そこで直にフランに確認したのだ。
「300mをながすときは、25びょうよ」
返答は、こうであった。意識していたのだ。
(加速もいかれてる。本気で走らせたら20秒切るまであるな…)
全てが、智哉の想定を上回っていた。一瞬、興味が勝って相マ眼で見てしまおうとまで考えた。
相マ眼を理由なく使う事を智哉は控えている。自分の力の異常性は父に散々教え込まれたからだ。
それに加えて、智哉は過去の教訓から普通でありたいというこだわりがあった。普通の人間、普通のトレーナーはそんな力は持っていない。
ああだこうだと、フランの練習メニューを悩んでいると、自室のドアを何者かが叩いた。
「開いてるぜ」
「入るわよ。あんたどうせ悩んでるんでしょ?」
来客は姉であった。智哉が天才を持て余しかねないと考えての訪問だろう。
「ああ…こりゃ学院コースの子と併走はやめさせた方がいいわ。母さんの許可が出てもな」
「趣味コースの子だとフランちゃんが逆に気を使っちゃうしね。エスティちゃんくらいね大丈夫なの」
「あの子には確かに刺激になるな。だけどよ…そうなるともう答えが一つしかないんだよなあ…」
智哉がその場に突っ伏して倒れる。自分でもわかっているができれば避けたい事があった。
「それ言いに来たんだけどね。わかってるみたいね」
ニヤリと姉が笑う。誰のせいだと思ってんだと智哉は叫びたくなったが黙った。
「まあ、しょうがねえよな…」
「俺が、走るわ……」
なんか行間空きすぎて読みにくいな?って思ったので調整しました。あと内容は変えないけどこっそり地の文は増やしたりしてます。一部の終盤までは更新優先だけど。