でもこれはウマ娘(アニメ版)二次なんや。そういう事だから許してクレメンス…。
「いやー!ごめんごめん!あたし達の勘違いだったのねー!」
「…ごめんなさい」
「ちゃんと謝る気ある?特に姉貴」
悪びれもせず謝る姉。
そして、俯いているが耳がうれしそうにぴこぴこと動くナサ。あれからすぐに姉からサインを貰い、大事そうに抱えている。
フランとの再会では、二人で手を繋いで回転してウマ娘竜巻を起こしていた。大ハッスルである。こいつ大分図太いな、と智哉は思った。
現在、メイドを除く玄関に集まっていた全員が久居留邸のリビングに移動してきている。ナサがここに来た経緯はナサの父からの電話の内容を、姉が説明して確認済みだ。
ナサの父は、後で娘を迎えに来ると姉に電話で伝えていた。自分の前ではできない話もあるだろうとナサに気を使ったのだ。いいお父さんである。
メイドは食材の整理と紅茶の用意をするために厨房に向かった。
「しかしよく来たなあ。フランから聞いてるぜ、大事な友達だって」
「…フランとぼくは、だいのしんゆう」
「だいじなおともだちなの!」
フランとナサはもうべったりである。ずっと横に座って手を繋いでいる。
智哉はフランと会ったその日に、くまのハリーが一番の友達とフランが言っていた事を思い返したが言わない事にした。ナサはたぶん二番目だ。動く友達の中では一番であろう。言わぬが花である。
「ナサちゃんはエプソムのポニースクールにいるのよ。とってもはやいのよ」
フランが満面の笑顔でそう言ったのを見て、姉と智哉の顔が一瞬だけ歪む。ナサはフランの詳しい話まで知らない。ナサの父がそう言っていた。
フランは聡い子だ、心配をかけない為に自ら学校の話題を振ったのだ。姉と智哉は目配せして、話を合わせ、フランのこの想いに応えた。
「へえー名門よね。ナサちゃんエースだったりするんじゃない?」
「…ゾフってこがはやい。ともだち。でもフランのほうがぼくとゾフよりはやいです」
ナサはフランとは物心付く前から一緒にいる関係だ。フランに何かあったのはもう気付いている。しかし、まだ子供であった。六歳の幼女である。走る事が大好きな競走バの卵である。
「…フランがアスコットにいないから、おうさまきどりのやつがはばをきかせてる」
「…おうさま?」
首をかしげるフランに、ナサが口を尖らせて応える。
「…エクスってやつ。たいどがでかい。えらそう。ぜったいきしょうなん。ぼくをやさいっていった。むかつく。きらい」
「無茶苦茶言うなおい」
ボロクソである。とある幼き王者が聞いたら「我そんなにきらわれてるの…」とショックを受ける有様であった。
「…でもけっこうはやい。なまえのまちがいを、おこったらちゃんとあやまった。いがいときくばりしてる。そこはみとめる」
と、思いきや存外評価が高かった。とある幼き王者が聞いたら高笑いしているところである。
なぜエプソムの生徒のナサが、アスコットの生徒を知ってるのかを疑問に感じた智哉が、トレーナーの知識でポニースクールの制度を思い返す。
「ん?アスコットの生徒を知ってるって事は、交流戦か?」
「…まけてない。1ばしんしかまけてない。ハーフマイルだし、あいつのどひょうだからノーカン。1000か1200ならぼくがかつ。ぜったいかつ」
地雷であった。
ナサは、口下手な幼女ではあるが内に秘めた闘争心はウマ一倍であった。要するに負けず嫌いである。
「トム!ナサちゃんにあやまってちょうだい!」
「お、おう、なんかごめんな…」
ナサの横でぷんすこと怒るフランに圧されて智哉は謝った。何も悪い事はしていない。
智哉は、この会話で一つ察した事があった。ポニースクールのクラスの割り振りである。
(確かクラス対抗戦の戦力均衡の為に、入試の成績上位者のクラスの振り分けはかなり気を使ってるはずだ…問題児を優秀な教師に振ったのか。エクスって子は悪くねえけどやりきれねえな…)
ポニースクールのクラス対抗戦は、ポニーステークス出場を賭けた大事な一戦である。競走バを目指す生徒達が切磋琢磨し合えるように、慎重なクラス分けが行われている。例の新人教師には聞き分けが良く扱いやすいフランを割り振り、問題児の傾向があるエクスをベテランに宛がったのだろう。
姉もこの事実に気付いたのか、先ほどから口を噤んでいる。
その子がいなければ、と一瞬でも思ってしまったのだろう。感情を抑え込んでいた。
一方ナサは、フランに元気が戻っているのを確認して安堵していた。フランは確かに、ある一点だけを除けばもう快復したと言っていいのだ。だがナサは、その一点をフランに求めたかったのだ。その為に来たのだ。
「…ここの、レースクラブ。フランもはいってる?」
「そうなの!トムやミディおねえさまやサリーとれんしゅうしてるのよ」
「おいフラン…」
フランは、嘘をついてしまった。練習はしている。だがそれはリハビリのためだ。心配をかけたくない一心だった。
「…ぼくも、フランとはしりたい。たいそうぎならもってきてる」
「…え?」
一瞬、フランは耳を疑った。
「…だめ?」
ナサは、エプソムポニースクールに入学してメキメキと実力を伸ばしている。まだフランに敵わなくとも、どれだけ通用するか確認したかったのだ。自分の目指す一等星をもう一度見ておきたかったのだ
「う、ううん!いいのよ。わたし、はしれるわ」
「お嬢様、いけません」
フランを諫める声がかかる。
紅茶を淹れたメイドが戻ってきていた。
「サリー、だいじょうぶよ、あれをつければはしれるわ」
「いけません。お嬢様だけでなく、ナサニエル様にも良くありません」
「…あれ?サリーさん、あれってなに?」
「…お気になさらず。とにかく日を改めましょう」
ナサは、二人が何を言っているか全くわからなかった。ナサは勿論メイドの事も知っている。しかし、フランと走るのを止められた事は一度も無かった。自分の大切な一等星が、星々に混じって輝けない事まで、考えが及ぶはずもなかった。
「そうだな。なあフラン、また別の日にしようぜ」
メイドの援護をしようと、智哉がフランに声をかけ
「ナサちゃん悪いけどまた今度じゃだめかな?」
姉が、ナサを説得しようとした時だった。
「だいじょうぶなの!!!!」
フランが、絶叫した。
ナサも、メイドも、智哉も、姉も、初めて聞くフランの叫びであった。
「!…びっくりした。フラン、おおごえだしたのはじめてみた」
「だいじょうぶよナサちゃん、きがえましょう」
「…うん、ぼくもいく」
ナサは、少しだけここで異変を感じてはいた。だがそれよりもフランと走りたかった。
「トム、あれをもってきてほしいの」
「…フラン…なあ、どうしてもか?」
「それでも、それでもはしりたいの。ナサちゃんと」
智哉はもう何も言えなかった。確かにフランの言う「あれ」を付ければ同年代と走ってもある程度は大丈夫だ。リハビリ用に母が用意した物だ。
「サリー、ミディおねえさま。きょうだけはわがままをきいて」
「お嬢様…」
メイドももう何も言えなかった。苦渋の表情で見つめるしかなかった。
姉は、フランの方を見る事ができなかった。情の深い姉は泣いてしまうからだ。
代わりに、ナサに声をかけた。
「ナサちゃん」
「…はい」
「絶対にフランちゃんから目を逸らさないであげて。お願いだから」
真剣な表情であった。ナサは元々フランから目をそらすつもりはない。
「…?わかりました」
*****
「…フラン、なにそれ」
「とくせいメンコなの!」
レースクラブの芝コースに全員揃った所で、頭に大きな何かを付けたフランにナサは首をかしげて訊ねた。
元気そうに応えるフランはともかく、そのメンコは異様であった。目を遮るブリンカーと一体化しており、ブリンカーに至っては横どころか足元くらいにしか視界が無い。
特製メンコなどではない。視界と音を極力遮り、自分一人で走っていると錯覚させる為のイップス治療用の医療器具である。
「フラン、メンコしてたっけ…」
「さいきんしてるのよ」
「…そんなメンコ、まえがみえないしコーナーもまがれない」
「だいじょうぶよ、いがいとみえるわ」
ナサは少しむっとした。いくらフランがすごくても、そんな物を付けてくるとは自分を馬鹿にしているのではないか?と思ったのだ。
(…いや、フランはそんなことしない。はしればわかる)
ここで、ナサはフランから目を外して智哉の方を見た。
(…あのおにいさん、なんであんなにつらそうなんだろ。あ、ひじうちされた)
手を握りしめ、辛そうな視線を送る智哉に姉が肘鉄を入れる。
(とおくできこえにくいけど、フランがどうとかいってる)
フランとの併走は、ナサの希望でフランのペースに合わせて行われる事になった。距離は400m。ナサはもっと走りたかったが、メイドがそれ以上は絶対に駄目だと許可してくれなかった。
「いきまーす!」
フランの合図で、二人がスタートする。
その瞬間、ぐん、とフランが加速する。
二人のかけっこ遊びではいつもこれにナサは置いてかれていた。
(…やっぱりはやい!でもスタートはれんしゅうした。ついていける)
ナサは何とか食らいついて、フランの横に並ぶ。異変が起きたのは、ここからだった。
(…?のびない。フランはもっとのびるはず)
中盤、全くフランが伸びない。自分に合わせているかと思う程に。それでも自分と同じくらいには速いのだ。だがこれは知ってるフランの走りではなかった。
(…てをぬかれてる?どうして?)
ナサは、混乱していた。フランがそんな事を自分にするとは考えも及ばなかったからだ。気になって、横のフランを眺めた。眺めてしまった。
フランは、俯いていた。前すら見ていない。早く終わってほしいと願うような走り方だった。
(…ぼくとはしるのがいや?)
「はいゴール!二人ともお疲れ様」
そう思った瞬間、併走は終わった。
「…フラン、どうしたの」
「ナサちゃんすごいわ!とってもはやいわ!」
併走中の疑問をフランに投げかけたナサは、機先を制すようにメンコを外して、こちらを称賛するフランを見て声を上げそうになった。気付いてしまったのだ。
(…ちがう!ちがうちがう!フランはてをぬいたりなんてしてない!ぼくがいやだったんじゃない!)
フランのその表情は笑顔だった。表情だけは笑顔だった。
しかし、顔色が真っ青だった。目が虚ろになりかけていた。
(いまのフランはつらいんだ!はしるのがつらいんだ!ミッドデイさんがいってたのはこれだ!)
競走バのイップスについてはポニースクールの授業でも習っていた。しかし自分達には縁のない話だと思っていた。ましてや自分が追い駆けたい相手がそうなっているとは思ってもいなかった。
「ナサちゃん、わたし、がんばるから、また、はしってほしいの」
区切り区切り、必死に口を動かして、精一杯の笑顔でフランはそう言った。
姉は智哉の背中に回ってひっそりと泣いていた。
メイドは意地で笑顔を作っていた。
智哉は、必死に堪えていた。今すぐフランの近くに行ってやりたかった。
だが、ナサに必死に向き合うフランの気持ちを酌んだ。今は、行けない。
(ぼくはじぶんがはしりたくて、はしゃいで、ぜんぶ、ぜんぶ、みおとしてた)
ナサは泣きそうになって歯を食い縛った。フランはもっと泣きたいはずだ。自分が先に泣いたらフランの立場がない。そうさせた自分が泣いてはいけない。
「…うん、ぼくも、フランとまたはしりたい」
堪えて、普段あまり使わない表情筋を使って、笑顔を返した。
*****
「…今日はうちの娘がお世話になりました」
「いえいえーナサちゃんならいつでも大歓迎ですよ!」
夕方、ナサの父が迎えに来て、智哉達はナサを見送りに来ていた。
車の窓から顔を覗かせたナサが、フランと言葉を交わす。
「フラン、きょうはごめんね」
「ううん、ナサちゃん。またあそびましょう」
ナサの謝罪が何に対してだったのかは、お互い言及しなかった。
物心ついた頃には共にいた二人だ。その意味は言わずとも通じていた。
「…でんわする。まいにちしたい」
「うん、わたしもナサちゃんにおでんわするわ」
そう交わした後、お互い手を振り合って、ナサを乗せた車は遠ざかっていった。
「トム、わたしね」
車が見えなくなる頃、フランがぽつりと呟いた。
「うん、どうした?」
「わたしね、ナサちゃんならね、だいじょうぶかもとおもったの」
「うん、そうだよな。従姉妹同士だもんな」
智哉に語り掛けながら、フランが近くに寄ってきてくれたメイドにしがみつく。姉が、フランの背中を優しく撫でる。
「でもね、わたしね、となりにナサちゃんがいるのにね、こわくなってしまったの」
「フランは頑張ってたよ。あの子の前で絶対泣かなかった」
「でも、でも、ナサちゃん、ずっと、おともだちなの。ずっとおともだちだったの」
「フラン」
「わたし、ナサちゃんだけはこわがりたくなかったの。たしかめたかったの」
「もう泣いていいんだぞ」
「ふぇ…ふぇぇぇぇぇええ!!」
フランは、泣いた。大声で泣いた。
帰りの車内。ナサは姉からもらったサインを大事そうに抱えて父と話している。
「…パパ、ぼく、きょうはフランにいっぱいめいわくかけた」
「次、気を付ければいいよ。親友なんだから」
「…フラン、ずっとむりしてた。ぼくがむりさせた」
サインに、ぽつぽつと、雫が落ちる。
「フランは、ぼくのいっとうせい」
「ずっとおいかけたい、ぼくの…ほし…」
「ぼくの…ほしが…なくなっちゃう…」
「う…うあああああああん!!!」
空は、まだ星の見えない、夕焼けの空だった。
「──見つけました。クイル氏の邸宅です」
めっちゃ読みにくかったんで校正しました。
ユルシテ…ユルシテ…