トムとフラン   作:AC新作はよ

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第十七話 いかにして彼女は擲つか

『トム!しっかりして!トモヤ…ともやあぁ…』

 

ミディおねえさまがないてるわ。どうして?

 

『ミッドデイ!落ち着け!息はある。私が応急処置をする。お前は病院まで運転しろ。さあ立て!』

 

サリーもとってもつらそうだわ。どうして?

 

『…』

 

トムが、だいすきな、やさしいひとが、たおれてるわ

どうして、ちを、ながしてるの?

 

ああ、わたしのせいなのね──

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

わたしには、生まれた時から名前が二つあった。

お母様やお父様やお爺様が呼んでくれる名前と、もう一つ。

不思議だった。だからお母様に「わたし、おなまえがふたつあるの」と尋ねた。

 

お母様は、驚いたけれど喜んでくれた。それからわたしの名前はフランになった。

本当はフランじゃないけど、男の子みたいな名前がいやだったからフランと呼んでもらった。

 

でも、もう一つ秘密があった。

わたしの中に、見たことも無い、知らない生き物がいる。

足が四つあって、鹿毛の、大きな生き物。

その生き物は、寝るのと、ご飯を食べるのと、走るのが大好きだった。

そして、とても"悪い子"だった。

その生き物は、わたしに嘶く。

 

 

『私は負けた事がないんだ。だから代わりに走ってあげるよ』

 

 

わたしはその悪い子が大きくて怖くて、泣いた。

怖くて、ウマ娘に詳しいお爺様に打ち明けた。

お爺様は、どこか遠くを見るような、悲しそうな顔でこう言った。

 

『青い目の人を探しなさい。その人がきっと、フランを助けてくれるよ』

 

お爺様は、昔、わたしみたいに悪い子が心にいたウマ娘を知っていると言った。

ダンシングブレーヴ、という名前のウマ娘だとお爺様が教えてくれた。

──その人は、会えたんだろうか。青い目の人に。

 

それから、わたしはウマ娘の学校に入った。

お母様と、わたしのお世話をしてくれるサリーは元競走バで、お父様とお爺様はトレーナー。

わたしも、競走の世界に、大好きな家族の世界に進みたかった。

競い合う友達と、夢を追う世界に行きたかった。

 

『もうフランちゃんとはしりたくない…』

『フランちゃんばっかりいちばん!もういや!』

『フランちゃんはひとりではしってよ!』

 

でも、誰もわたしと競い合ってくれなかった。わたしは速すぎたから。

誰も追いつけないわたしは、学校で一人だった。

この頃から、悪い子がよく話しかけてくるようになった。

 

『だから私が代わってあげると言ったんだ』

『ちょっとで良いからさ、私にも走らせてくれよ』

『はーしーらーせーろー!!!』

 

心が苦しくなったわたしは、先生との併走で悪い子と代わってしまった。

気付いたら家にいた。悪い子に、体をとられていた。わたしは怖くなった。

 

『ありがとう、楽しかったよ。先生はやっつけておいたよ』

『君は速いんだから、もっと傲慢になるべきだよ』

 

次の日から、わたしは一人で練習をこなすことになった。

先生のわたしを見る目が、今も忘れられない。

わたしは悪い子のやったことを謝りたくて、みんなが帰ってから先生の所に向かった。

一番えらい先生のいる部屋を通りかかったら、声が聞こえた。二人の先生の声だった。

 

『…の懇意のトレーナーに口利きをするだけだよ。私も、君も、生徒も得をする。何か悪い事があるかね?』

『私は確かに教師として失格かもしれません。でもフランちゃんにも、生徒の子達にも、そんな事私にはできません!』

『よく考えたまえ。君は私と君のお父さんの力で教師になれたんだ』

『…ッ!そういう事だったのね!それならこっちから辞めてやるわ!!』

 

先生はそう言って部屋を飛び出して行った。わたしは言い合う二人が怖くて、物陰に隠れた。

 

『待て!くそっ……失敗し…こちら…対処…理事…』

 

それから一番えらい先生は、どこかに電話をかけていた。よく聞こえなかった。

次の日から、先生は学校に来なくなった。わたしの話をしていたから、何の話か聞きたかったのに。

先生がいなくなった事で、クラスのみんなは私を責めた。

 

『フランちゃんのせいだよ!せんせいにあんなことするから!』

『せんせいをかえしてよ!』

 

わたしじゃない、悪い子がやった。なんて言えなかった。代わったのはわたしだから。

そしてわたしは、走るのが怖くなった。

誰も追いつけないわたしは、走っても一人だから。

いつか、悪い子に全部とられるかもしれないから。

 

心が耐えられなくなって、走れなくなった私は学校を休んだ。

しばらくお父様の別荘にいたけど、わたしの心は辛くなるばかりだった。

だからお父様の別荘からサリーのお友達のお姉さんに連れられて、わたしはデンおじ様の家にやってきた。

デンおじ様は、お父様のお友達。サリーのお友達のミディお姉様と、あの人のお父様だった。

 

『おう、挨拶できてえらいなフラン。俺はとも…トムってんだ。よろしくな』

 

最初は、目つきが悪くてぶっきらぼうで、怖いお兄さんだと思った。

でも、あの人はずっと私の目を見て話してくれた。こんな子供に向き合って話してくれた。

あの人も、辛い事があって苦しんでいる人だった。わたしと同じ、他の子と違うから悩んでいる人だった。

でも、わたしは、悪い子の話だけはできなかった。悪い子に代わらなければいいだけだから。わたしが我慢するだけでいいから。

それから、あの人とゲームをしたり、映画を見たり、一緒に走った。

走るのが怖いはずだったのに、あの人は大丈夫だった。いつもあの黒くて優しい瞳でわたしを見てくれたから。

 

──あの人の目が、青かったらよかったのに

 

そんな大切な人が、わたしのせいで大怪我を負った。

血が止まらないのに、痛いはずなのに、冷や汗を流しながら、わたしを見て笑ってた。

わたしは、この人が死んでしまうと、腕の中で怖くて泣いてるだけだった。

わたしとあの人が走ったあの日、サリーが言った言葉を思い出す。

 

『お前がこれから目指す世界は、使える物であれば全てを使い、全てを擲ち挑まなければならない世界だ。でなければ、競走バの横に立ち、支える資格などない』

 

あの人は、わたしのために命も擲ってくれた。

わたしは、全てを使っていない。全てを擲っていない。

──あの人に、報いなければならない。わたしは、全てを使わなければならない。

 

『レースの間だけ?いいよ!全然いいとも!私が全部蹴散らしてあげよう!』

 

悪い子は、喜んで代わってくれると言った。わたしが我慢すればいいだけ。

あの人の手術室の前に、デンおじ様もお父様もいる。後は、お願いすればいいだけ。

 

 

 

 

 

 

 

「お父様、デンおじ様、お願いがあるの──」

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