『誰が理事長になっでも!!!同じだど思っで!!!私がなろうっで!!!どうがづぎごうを!!!変えだいぃぃぃいい!!!』
『会見終わりまーす♡』
『ちょっと理事長!質問にまだ答えてませんよ!』
『理事長!!』
『どうすんのこれ』
『とりあえず文字起こしだけするか…』
テレビの中の幼女にしか見えないボロ泣きの統括機構理事長を、首を引っ掴んで連行していく秘書らしき人物。
病室の智哉と姉は、唖然としながらその一部始終を眺めていた。
「は??何だよこれ?あれ泣いてたの理事長??」
「あー理事長やっちゃったわね」
智哉の手術は無事に終わった。執刀医は日本から最新の医療技術の研修に来ていたウマ娘であった。
執刀中に「彼の肉体は正にウマ娘と人間の合いの子だ!ぜひかいぼ…いや調査させてくれないかい!?」といきりたつ場面があったが、彼女の助手兼モルモットを名乗る謎の光を発する人物に制止されて事なきを得た。手術は無事に終わった。マッドだが腕は確かだったのである。軽く智哉を診察した後に主治医を交代して帰っていった。ずっと光彩の無い未練がましい目で見られて智哉は恐怖した。
「え?マジで理事長?顔知ってるけどあんなんだっけか?」
「昔っからねー。真面目にやろうとするけどすぐボロ出るのよ。名物理事長よ」
手術から丸一日後に智哉は目覚めた。目覚めて最初に見たのは、目元が腫れ酷い隈ができた姉の姿であった。
姉貴ひでえ顔だけど何かあったの?と聞いて智哉はぶっ飛ばされた。怪我人にも平常運航である。
今はそれから一日後である。姉は一度家で寝てから見舞いに果物の詰め合わせを持ってきて、怪我人の弟にリンゴを剥かせて自分で食べている。姉の女子力は終わっているのだ。
両親とメイドは何やらやる事があると言って、ちょっと顔を出してから久居留邸に戻っていった。何をやるかは聞いていない。父とは久しぶりに顔を合わせたが「元気そうじゃねえか」と言いながら肩パンをくれていった。クソ親父ぶっ殺すと智哉は思った。その前に母に殺されていたが。
智哉は、起きてから姉と話した事について思索を巡らせる。
「しかし、あの教師がそんな行動力あるとはなあ…」
「あたしも聞いてびっくりしたわ。出会い方が違ったら良い先生だったのかもね」
姉からは、恐らく例の情報源から得たであろう事のあらましを聞いた。
自分の推察は多少外れていたが、狙いがフランなのは間違いなかったのを聞いて安堵した。体を張った甲斐があったのだ。
その事について姉が感心しながら言及する。
「でもあんたよく咄嗟にそこまで動けたわよね。お手柄よホントに」
「丁度考えてた事と状況がピッタリだったんだよ。久しぶりに頭使ったぜ」
全貌の解明にはまだ少しの時間がかかるそうだが、主犯格、襲撃の実行犯共に検挙されており今後もフランの静養先の変更は必要ないという話であった。これに関しては、情報源の更に上の人物が絶対に変えてはならんと言っていたそうだ。智哉としては賛成なので何も思う所は無い。
「で、全治どれくらいなの?」
「あー2~3週間らしいぜ。普通は一か月以上らしいけどな。それよりも先生が何度も解剖させてくれって言ってくるわ助手を名乗る人はずっと光ってるわでマジで怖かった…」
もう日本行きの飛行機に乗っているはずだが、二度と会いたくないと智哉は思った。腕は確かでもマッドは御免被りたいしずっと光る人間なんて恐怖でしかない。智哉は気付いていないが血液と髪の毛は採取されている。
ここまで、智哉はわざと避けている話題があった。しかしどうしても聞かねばならない話であった。意を決して、姉に口を開く。
「…フラン、大丈夫だったか?」
「…何とも言えないわね。あたしもフランちゃんの事ちゃんと見れてなかったから…」
フランの目の前で倒れてしまった事が、彼女の負担になっていないか気になっていたのだ。
姉も勿論気にしていたが、弟が倒れた事で自らも我を失っていた。その事を弟に伝える事は絶対に無いが。
姉が、メイドから聞いた話を智哉に伝える。
「サリーがさ、フランちゃん急に大人びた話し方になったって。何か思う所があったのか無理して背伸びしてるのかはわからないけど」
「そっか…気にしてないと良いんだけどな。俺はこうして無事だし」
そこまで話した所で、姉が愛車のキーを取り出しながら立ち上がる。
「というわけで様子見に行ってくるわよ。あんたはじっとしてな」
「おう、頼むわ姉貴。俺は無事だってしっかり伝えといてくれよ」
「もちろん、またね。あ、そうだ。例の汚職の影響で今年は多分新規トレーナー枠増えるから、ちゃんと勉強しとくのよ。あんたにもチャンスあるから」
そう言うと、姉は病室を出て行った。
(姉貴は勉強してんのか…?)
姉が勉強している所を智哉は全く見た事が無い。まだ気付いていなかった。
それから数日は、入れ替わり立ち代わり様々な人物が見舞いに訪れた。
「トムせんせー肩に穴あいてんの!?みせて!」
「無理に決まってんだろやめろ。花ありがとな」
「トム先生勝ち逃げですか?今から走りませんか?」
「無理に決まってんだろやめろ。見舞いありがとな」
練習生のアンナとエスティ。
「おい、来たぞ。今回はお前に本当に感謝している」
「いやこっちこそ応急処置してもらったみたいで。助かったっす」
「気にするな。それよりもお前のジャージの血汚れを落として補修しておいたぞ」
「マジっすか!…何このアップリケ…マジっすか…」
メイド。
「トム坊来たぜ」
「おやっさん、わざわざありがとな」
「おう、これ見舞いな」
「おやっさん酒飲めねえから俺」
ジェームス氏。
「おう生きてるか息子」
「…親父何で顔ボコボコになってんの?俺より死にそうじゃねえ?」
「奥さんに賞金で豪遊したのがバレたんだよ。初めまして、僕は…」
「あーーーーー聞きたくねえ!!聞きたくねえっす!!!」
父と謎の男。
「坊主、息災か」
「じいさん顔隠せよ!!!!!」
「なんじゃ、もうわかっとるじゃろ」
「まだ知りたくねえの!!!」
謎の老紳士。
そして──
「──失礼するよ」
「うっす、どう…ぞ…」
目の前に現れたのは、黒鹿毛の麗人だった。
あの日、会った時から全く変わらない容姿。
統括機構トレセン学院、生徒会長ガリレオその人である。
「どうしたんだい?ああ、もしかして私は忘れられてしまったかな?」
「えっ、いや、むしろ一回だけ会っただけっすよ俺。まさか来てもらえるとは思ってなくて…」
ふわりと微笑む麗人にしどろもどろになる智哉。以前会った時からこのウマ娘には本当に弱い。
苦しかった頃に直接声をかけてもらった恩人なのだ。頭が上がらない。
「君のような原始星の如き才能を忘れるはずがないさ、トモヤ君。怪我は大丈夫かい?」
「怪我は全然平気っす。それと買い被りすぎっすよ」
「そんなはずは無い。君は周りと比較する事が苦手なだけだ。君の年でそこまでの輝きを持つトレーナー候補はそうそういないよ」
堂々と断言されて智哉が頭を掻く。以前会った時もこうやって褒め殺しにされているのである。
この麗人は人誑しで人材マニアである。狙いは一つであった。
「それと今回の件、本当にありがとう。君のおかげで一人の少女が不幸にならずに済んだんだ。トレセン学院の生徒会長としても、いちウマ娘としても、改めて君にお礼がしたい」
「いやあそんな…」
照れる少年を見て、麗人はここが勝負所だと確信し、両手を広げ歌うように口上する。
「そこでだ、推薦枠は私が用意しよう。是非私の所属チームへ…」
「すんません平地はむりっす」
即答である。麗人は手を広げたまま固まった。
固まったまま、眉間に皺を寄せて麗人が問う。
「…聞き間違いかな?」
「いや無理って言いました」
「私、君の恩人だと思うんだけど」
「それはそれ、これはこれっす」
「おっかしいなあ…もう一回部屋から入るところからやり直していいかい?」
「いや変わんないっすから…」
お互い固まったまま、しばらくしてどちらともなく笑い出した。
「ははははは!前もこういうやり取りだったね。心配してたけど元気そうでよかった」
この麗人、意味深でかっこいい事をやりたがるだけで本質は気さくないたずら好きである。
そして、ウマ娘やそれに関わる者達のために常に尽力している。
一度しか会わなかった人物ですらしっかり覚えているのだ。
「てか本当に俺の事覚えててくれたんですね。トレセン学院大変そうなのに来てもらって恐縮っす」
「まあ何とかなってるよ。理事長は辞めたいってずっと駄々こねてるけど」
理事長は、会見以降定期的に辞めたいと言いながら脱走しては、秘書に連行されるのが学院では恒例行事になっていると智哉は聞いた。少し気の毒になった。
「それ大丈夫なんすかね…」
「理事長はそれでいいのさ。もう動画サイトにいくつもあの会見を使ったネタ動画が上がっててね。今集めてるから今度の理事会で上映しようと思うんだ」
この麗人、筋金入りのいたずら好きである。智哉は理事長が本当に気の毒に感じた。
「うん、来てよかった。平地じゃなくとも有望なトレーナーは大歓迎さ。早く怪我を治して学院で会えるのを楽しみにしてるよ」
「いやこっちこそ会えてうれしかったっす」
そう言うと麗人は帰って行った。生徒会長は多忙なのだ。その合間に来てくれた事が智哉は何よりうれしかった。
それからも、入れ替わりで何人も智哉の見舞いに訪れた。
──しかし、フランは来なかった。
見舞いシーン大分カットしたけど許し亭ゆるして