トムとフラン   作:AC新作はよ

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ちょっとお休みしてたけど今日からまた投稿するやで。
(ストックは)ないです。


第二十話 いかにして彼は過去に追われるか

『いってえ!なにすんだよ親父!』

 

オレが「あれ」を使おうとしたら、親父に拳骨を落とされた。

オレは、「あれ」を使って親父のチームの役に立ちたいんだ。

サブトレさん達も、障害競走バのみんなも、オレが辛い時に親身になってくれたから。

だから恩を返したかったんだ。オレにはこれしかできないから。

 

『おいクソガキ。それ勝手に使うなっつったよな?』

 

親父はいつもそう言ってオレを止めてくる。

なんでだよ、オレは競走バのどこを鍛えたらいいかわかるんだ。

どこを怪我しそうなのかもわかるんだ。

オレしかできないんだ。

 

『誰かがお前にそうしてくれって頼んだか?頼んでねえだろ?』

 

そうじゃねえよ親父。オレがやりたいんだよ。

オレだけができるんだよ。

じゃあオレがやらないと。

 

 

 

──どうせオレは人間じゃないから。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

(あー…くっそ、嫌な夢見たわ)

 

黒歴史とも言うべき時期の夢を見て、智哉が陰鬱な表情で体を起こす。

最も苦しい時期の夢だった。

父のチームに出入りするようになって間もない、心の辛さから目を背けたくて、何かをしようと躍起になっていた頃だった。

今も時折夢で見る、まだ乗り越えていない過去の自分だった。

 

(あの後一年くらいずっとあんな感じだったな。ガリレオ会長と会うまでは)

 

心が落ち着いてからは、父は指定した競走バの怪我を見る事に限り、智哉に相マ眼を使う許可を与えた。

父には、ただ自暴自棄になっていたのを見抜かれていたのだろう。

智哉はもう一度寝転がり、思索に耽る。

 

(こっちに戻ってきたら、結局人間のフリだしな。逃げてるだけだな、俺…)

 

姉の企みもあったが、智哉はクラブの子供達の練習相手を務めるようになった。

同日に聞いたメイドの言葉も心に響いた。そこに不快感は無かった。

だが、相マ眼をクラブの子供達に使う決心がつかない。父も言えば許可を出すだろう。

本当は使うべきなのだ。しかし、智哉の中でここが人と超人の分水嶺だった。

中途半端で、どっちつかずで、自分の都合の良いように使い分けて逃げている自覚があった。

自分は優れた超人と驕り高ぶり、劣ったヒトミミを見下す傲慢な性格になれたらどれだけ楽だろう、と考えた事もあった。

最近、そのような事を智哉はよく考えている。

理由はわかっている。逃げている自分と違い、心の傷と真っ向から、涙を流しながらも懸命に戦っているあの少女と出会ったからだろう。

 

(…フラン、本当に大丈夫なのかよ)

 

智哉は倒れて以来、あの妹のように思っている少女を一度も見ていない。

あれから何度か見舞いに来た姉は、フランがクラブに入ったと言った。

母の許可も条件付きで下り、フランの親族も加えた監視の元でのレースで見事勝利。

智哉の見舞いに連れて来たかったが、彼女が立ち直る大事な時期なのでそちらに集中させた。

そう姉は言っていた。

自分がやりたくてやった事で負った怪我だ。見舞いに来なくても薄情とは思っていない。

ただ、本当に回復しているのか、それだけが気掛かりだった。

 

(ま、これから会えばいいな。姉貴が来るまでに準備しとくか)

 

 

──今日は、退院日である。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

あの頃のわたしは子供だったけど、何となくわかっていたんだと思う。

あの人が見たら、わたしが無理をしているのに気付く。気付かれてしまう。

だから、病院に行けなかった。あの人の元へ行けなかった。

 

気付かれたら、あの人に止められてしまう。

止められたら、わたしは走れなくなる。何も返せなくなってしまう。

あの人にも報いることができなくなってしまう。

本当に残酷で、ひどい事をしてしまっているのに、わたしはそんな事ばかり考えていた。

 

あの頃のわたしは、どうしてわからなかったんだろう。

あの人が、自分が倒れたせいでわたしをそこまで追い詰めて、自分と同じ事をさせている。

自分を、もう一人作ってしまった。

その事実に、あの人が気付かない訳がないのに。

 

 

その事実で、あの人が苦しまない訳がないのに。

 

 

(きょうはトムがくるのよ。だからまじめにはしってちょうだい。げんきになったって、みせたいの)

『いいとも、約束しよう』

 

 

*****

 

 

 

 

 

「着いたわよ」

 

智哉にとって二週間ぶりの我が家の前に、姉の車が停まる。

車を降り、二人でとある場所へ向かう。家に寄る前に見るべきものがあるからだ。

 

「姉貴、本当に大丈夫なんだな?」

「しつこいわねー、あたしから見ても大丈夫だったわよ」

 

智哉がフランの状態を姉に確認するのは、これでもう三度目になる。

不安が拭えないのだ。智哉は二週間前のフランしか知らない。あの泣いている姿しか見ていない。

 

「あんたが倒れて、このままじゃいけないって頑張ったのよフランちゃんは」

「それだけで本当に走れるようになるか?姉貴もあのナサって子と走った時、見てただろ?」

 

従姉妹との併走ですらあの状態になったのだ。自分の意思一つで治るとは智哉には信じられなかった。

 

「あんたが不安になるのもわかるわ。だから自分で確認しな」

 

姉が目的地を顎で指す。レースクラブの芝コースである。

本日は、対戦相手を迎えてのクラブマッチが行われているのだ。

 

「フランちゃんがんばれー!」

「あの子が例の新エースか」

「速いらしいな。オブリーエンのオコナーをものともしなかったそうだ」

 

クラブマッチの試合は一般公開されており、この日だけは近所のレース好きや出場者の縁者、偵察に来た他クラブのトレーナー等でゲート前の小規模な観客席が埋まる。

そこに座り、智哉は見た。

水色のユニフォームと、ピンクに染めた改造メンコを付けた幼女が、ゲートに入っていくのを見た。

 

「あのメンコ、フランだな…マジでレース出てるな…」

「でしょ?あのメンコ付けてるのはママからの条件だけどね」

 

母は、フランがレースに出るのを最後まで反対していた。

フランの祖父から走らせてやってほしいと頼まれ、代わりに条件を出したのがリハビリ用メンコの着用であった。

 

智哉が見守る前で、レースが始まる。

フランが取ったのは先行策であった。

チームメイトのペースメーカーにペース配分を任せ、ぐんぐんと後続を引き離していく。

 

(…バ群を抜ける時、全くペースが落ちなかった。マジで走れてるな)

 

同年代とのレースの際、イップスに苦しんでいたフランは、並ばれると足が震えて本来の天性の加速を使えない状態だった。

それがスタート直後の混雑を力強く抜けている。智哉の目から見ても、確かにイップスを克服していた。

 

「姉貴悪い、本当だわ」

「だから言ったじゃん。あたしはここにいるけど、あんた行ってきたら?試合中だけど一言何か言ってあげなよ」

「そうだな、行ってくる」

 

観客席から離れ、クラブの選手たちが控えるベンチに向かう。

試合は、そのままペースメーカーも追い越したフランの一着で終わった。

 

(そうか、走れるようになったんだな、フラン…)

 

智哉は、嬉しいような寂しいような心持ちであった。

フランの問題が解決して嬉しい思いと、いずれ家族の元に戻るであろう寂しさを感じている。

クラブの子供達や、チームディレクターを務めるジェームス氏に軽く手を振り、近付く。

 

「おっ!トム坊、帰って来たな」

「おやっさん、ただいま。最近調子いいそうだな」

「そりゃもうフランちゃんのおかげよ!今年は選抜戦行けるぜ」

 

チームはフランの加入により連勝中で、選抜戦の出場枠を狙える位置にいるという。

大手の強豪チームにも勝利したと聞いた。智哉は驚いたが、フランがいればさもあらんとも思った。

彼女の天性の才能はリハビリに協力した時によく理解している。

 

「トム先生もういいんですか?今から走れますか?」

「まだ包帯とれてねえし試合中だろやめろ」

 

智哉が来たのを真っ先に察知したエスティが寄ってくる。

彼女は1200mにおいては絶対的な実力者である。

彼女とフランの3走をどう凌ぐかで、他クラブのディレクターは現在頭を抱えている。

それはそれとして智哉はいい加減勘弁してほしいと思った。最近この優等生が気性難だと気付いたのだ。

 

「トム先生おかえり!」

「けが大丈夫?」

「おう、まだ完治はしてねえけどな。みんな心配かけたな」

 

その他クラブの子供達にも次々と挨拶を交わす。

みんな見舞いに来てくれた。自分が思ったよりも慕われている事に気付いた智哉は、少しだけ一人で泣いた。

 

 

「トム!帰って来たのね!」

 

 

二週間前までよく聞いた声に智哉が振り向く。

声の主は予想通りフランであった。

メンコを外しているが、顔色は悪くない。彼女の美しいブルーの瞳も光彩を失っていない。

 

「おう、帰って来たぞ。走れるようになったって聞いたけど、元気そうだな」

「ええ!とっても楽しいわ!でも、お見舞いに行けなくてごめんなさい、トム」

 

 

──だが、違和感が拭えない。

 

 

しゅんとするフランに屈みこんで、頭を撫でる。

妹分の頭を撫でているはずなのに、何故か嫌悪感を感じた。

そんな事があるはずないのだ。しかし智哉はそう感じていた。

 

「気にしなくていいよ。俺がやりたくてやった事だからな」

「でも、わたしのせいでトムが怪我をしたのに」

「いいって。フランに何もなくてよかった」

 

智哉は、混乱していた。フランはイップスを克服したはずであるし、今も走れて楽しいと笑顔で語った。

大人びた口調も、きっと彼女の成長の証だろう。そのはずだ。

自分も先ほどまで、走るフランを見て感慨深かった。

だが、目の前にいるフランに何故か既視感があるのだ。

 

「…わたし、トムに、ミディお姉様に、サリーに、おば様に、みんなに助けてもらったわ。だから」

 

 

 

 

「お返ししたいの。わたしは走る事しかできないから」

『恩を返したかったんだ。オレにはこれしかできないから』

 

 

 

智哉は、言葉を失った。過去の自分が、そこにいた。

動悸が収まらない。舌が震えて何も言えない。

 

「フランちゃん!次のレースどうだい?」

「行けるわ!じゃあトム、わたし、頑張るわ。見ててね」

 

フランがその場を去って行く。智哉は呆然と、立ち尽くしていた。

 

(…親父も気付いていないのか?俺を見てるはずなのに)

 

(俺がそうさせちまったのか?…俺が目の前で倒れたからか?)

 

(あれは…今目の前にいたのは…)

 

 

 

 

 

 

 

(──俺だ)

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