トムとフラン   作:AC新作はよ

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第二十二話 いかにして彼女達は街を歩くか

『オグ=リンから聞いたで!あんたがおかんを殺したってな!』

 

『違うわ~。私がタマちゃんのお母さんですよ~』

 

『嫌やあああああああ!!!!!!』

 

「きゃあああ!素敵よ!ターマ・クロスウォーカー!!!」

「映画館だから小声なんだな…」

 

クラブマッチの翌日。

智哉とフランと姉、そしてもう一人を加えた一行は、ロンドン市内ウェストミンスター区にある映画館にて、つい先日封切された新作映画を見に来ていた。

どれを観たいか姉とフランで決めた結果がこれである。

この女優ついに主演かよと智哉は何故か感慨深くなった。相変わらずひどい目に遭っているが。

宿敵からの衝撃の告白シーンは、リアリティ溢れる迫真の演技で智哉も唸ってしまった。

 

「今日も素敵だったわ!特にワン・ソロがカーボン冷凍されるのが素敵だったわ!」

「今日はそっちかよ。素敵の基準おかしいのそろそろ何とかならねえ…?」

 

フランは今日は別の新人ウマ女優がお気に召したらしい。

この出演ウマ女優達は、全員が日本の中央競バ会(U R A)所属のG1バと智哉は今日知ってしまった。

パンフレットに載っていたのだ。嘘だろ何でこんな仕事してんの?と脳内でツッコミを入れた。

 

「面白かったわねー。あたしもそのシーン良かったわ」

「…グッド。ぼくはチヨバッカがかわいくてすき」

「え?俺がおかしいの?俺が間違ってるの?」

 

四面楚歌の現状に智哉は絶望した。愚かなヒトミミにはウマ娘の優れた感性は理解できないのである。

この後は昼食後にフランの蹄鉄などを見る予定である。

智哉はわざと歩調を遅らせ、姉とフランを先に歩かせた。

今日ついてきたもう一人に用があるからだ。向こうも同じらしく、智哉に歩調を併せている。

そのもう一人──眠た目のウマ幼女、ナサに智哉が声をかける。

 

「ナサ、だっけか。あれから大丈夫だったか?」

 

ナサが久居留家を訪れた際の出来事、フランとの併走は二人にとって辛い出来事だったと智哉は認識している。

お互い涙を堪えて笑顔を交わすのを見た時は、当事者でない自分ですら苦しくなったのだ。

 

「…うん、つらかった。それでも、はしれなくてもフランはぼくのともだち」

 

ナサは、あの日の帰りの車内でひとしきり泣いた後、フランを支える事を決意していた。

そう思っていた矢先に、電話越しでも察せるほどにフランが急変していたのだ。しかもレースに出ていると聞いた。

今日は、フランと遊ぶためと共にそれを確かめに来たのだった。

あの日、一番辛そうにフランを見つめていた智哉なら、何かを知っていると思っての行動であった。

 

「…トムさん、フランがきゅうにかわった。なにかしってる?」

「そうだよな、従姉妹だしわかっちまうよなあ…悪い、俺が原因かもしれねえ」

 

あれから智哉は、フランに「俺のせいで無理してるなら走らなくていい」と何度も伝えた。

しかしフランからの返答は全て「無理なんてしていない」だった。

かつての自分をまた幻視した智哉は、自らの精神が削れる感覚を覚えて、その日はフランの顔を見ていられなくなってしまった。

 

(ありゃ根比べだな…俺が原因なら逃げる訳にも行かねえし正直しんどいわ…)

 

老紳士にも聞く事ができた。フランの変化について恐らく何かを知っている。

そうでないと説明が付かないのだ。孫に何が起きているかをあの老紳士とフランの父は知っている。

 

「…どういうこと?」

「あいつの前でちょっと怪我してぶっ倒れちまったんだよ。入院して出てきたらああなってた」

「…けが、だいじょうぶ?」

「おう、出歩ける程度には治ってるぜ」

 

智哉が左腕を軽く回して見せる。

貫通銃創を受けて二週間で退院するまで回復した事に、あのマッドから交代して主治医となった医師は驚愕していた。

「やはりタキオン先生の言う通りかいぼ…ぐべえ!」とマッドの道に行きそうになったところを、ウマ娘の看護師にカルテでぶっ叩かれていた。智哉は命拾いした。

 

「正直に言うと、フランの状態は良くないとは思う。でも本人が走るって言って聞かねえし、フランの家族からも許可が出ちまってる」

「…セシルおじさんが?どうして?」

「わかんねえんだそれが。だからさ、せめて耐えられなくなった時は、近くで助けてやりたいって思ってる」

 

前を歩くフランに目を向ける智哉を、ナサが横から見上げる。

普段の目つきの悪さがどこかに行っている程に、優しい目をしていた。

本当に従姉妹を案じる目をしているとナサは感じた。

 

「…うん、トムさんにきいてよかった」

「ん?そうか?」

「うん、ぼくはずっとちかくにいられないから、フランのこと、よろしくね」

「…ああ、俺に何ができるかはわかんないけどな、やるだけやってみるわ」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

(えいが、とてもすてきだったわ)

『そうだね。私はヒトの営みはよくわからないけど、あれは派手でよかったよ』

 

この頃のわたしは、悪い子が本当は良い子なんじゃないか、と思い始めていた。

悪い子は、人とは違うから。

人の、ウマ娘の心の機微をよく理解していないだけなのでは?と思っていた。

悪い子は、わたしの意をよく汲んでくれた。

代わると言ったのも、弱いわたしを心配するような言い方だった。

 

 

──結局、この子はとても悪い子だったけど。今もまだ許せていない。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「フランちゃんにはカーボン入ってるこれがオススメね。あの加速を活かすなら軽い方がいいでしょ」

「それには俺も同意だけど、不良バ場用のも一応買っておこうぜ。外突っ切ってもフランなら問題ねえけど」

 

ところ変わって一行はフランの蹄鉄を見繕うために、リージェントストリートの競走バ用品店を訪れていた。

高級店である。店に並ぶ商品の値札を見て、庶民的な感性の智哉は気が遠くなった。

 

「ミディお姉様とトムの言う通りにするわ。勝負鉄とトレ鉄両方ほしいの」

「…ミッドデイさんのもってるの、パパのかいしゃのやつだ」

 

ナサの父はセシル氏の弟で、ジュドモント家の営む競走バブランドの社長である。

成功者の姉、社長令嬢、トレーナーの大家の令嬢の中にただ一人庶民の智哉はやや肩身が狭い。

 

「フランちゃん、勝負鉄持ってなかったのねー。子供のうちはトレ鉄と兼用の場合が多いけどね」

 

勝負鉄とは、レース本番用の蹄鉄である。

バ場の状態、競走距離に合わせて調整され、一流競走バは複数所持している事も多い。

トレ鉄は名の通りトレーニング用の蹄鉄である。これは普段使いのため耐久性を重視されたものだ。

両方に名バ監修のプロモデルが存在し、ナサはトレ鉄、勝負鉄両方ともガリレオ会長モデルを愛用している。

父に必殺技を使い強請ったのだ。

智哉が眺めていたら姉仕様のプロモデルを見つけた。姉貴やっぱりすげえんだな、と感心してしまう。

 

「シューズも見とく?」

「その方がいいな。うちの練習用だしな…それであの速さだもんなあ」

 

蹄鉄を付けるシューズも、勿論様々な種類が存在する。

ウマ娘専用の勝負服には劣るが、やはり個人差による走りやすさに影響するのだ。

これらを十分に吟味したのちに、姉は店員に声をかけてどれを購入するか伝えていった。

そして黒いカードを取り出して一括で買った。庶民の智哉は額を怖くて見ていない。

 

「ミディお姉様、お金はわたしが払うわ」

「今日はいいのよ。フランちゃんの快気祝いであたしからのプレゼントね!ナサちゃんにはお近づきの印に」

「…ぼくもかってもらっていいんですか?」

 

姉のこの気前の良さにフランとナサは恐縮しきりであった。

結局払わせてもらえなかったので、素直に笑顔で感謝した。

 

「で、トムは荷物持ちね」

「俺まだ怪我人なんだけど…まあいいか」

 

多量の商品が入った袋を智哉が右手で受け取る。超人とはいえ左手で持つと流石に痛いと思ったからだ。

ふと中身を覗いて、智哉はある事に気付く。

成バ用のトレ鉄が混じっていた。

 

「ん?姉貴、成バ用のトレ鉄入ってっけど。間違いか?」

「あーそれね、あたしの」

「今使ってるのなかったか?たまにしか使ってなさそうだし」

「あれ擦り減っちゃったのよねー。まあそういうことでいいじゃん」

 

何となく姉の言う事に違和感を感じて、智哉が首をかしげる。

確かに姉が家を空けている時がある。

しかしトレーナー試験対策で、外で勉強しているはずでは?と思ったのだ。

家ではフランや練習生とたまに併走程度しかしていない。擦り減るはずがないのだ。

 

そう考えている内に、三人はもう店外に出ていた。

慌てて智哉が追いかけようとした所、客らしい誰かとぶつかってしまう。

お互いの袋から商品が一部、こぼれた。

 

「…っと、すいません」

「…いえ、こちらこそ」

 

会釈し、落ちた商品を拾う。

そこで智哉は、ぶつかった相手の顔を見た。

白髪のウマ娘であった。年は同じくらいだろうか。

だが、違和感がある。耳が異様に小さく、尻尾も見えない。

足も走りそうにない。ウマ耳の生えた人間のようだった。

相手が、智哉の視線に気付き、訝し気な視線を返す。

 

「…何か?」

「…いえ、すいませんでした」

 

智哉は即座に謝罪した。不躾だったのは事実であると共に気性難の空気を感じたのだ。

長年の経験の賜物であった。

もう一度頭を下げてから、三人を追う。

 

 

「失礼な男……」

 

 

そこに、追い打ちが入った。

智哉は一瞬振り返って言い返そうと思ったが我慢した。

ぶつかった自分が悪いし視線も失礼なのは確かだったからだ。

謝ったのになんだてめえ顔覚えたからな、と心で罵倒しておいた。

 

もう二度と会わない相手だと思ったからである──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あねうえ!!ていてつは我がもつといったのに!!」

「いいのよ、これくらい姉さんにもやらせて」

「あねうえはからだがよわいのだ!我がやるべき!」

「あなたのトレーナーになるのに仕事が無くなっちゃうわね。ふふ」

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