『命令だ!行くな!命令だ!!行くなァ!!!』
『ヒトミミが泣く気持ちが分かったわ。ウチは泣く事はできへんけど』
「いやあああ!やめてちょうだい!いかないで!!ターマネーター!!」
「うるせえ…」
ある日の
父のコレクションから適当に選んだウマ娘主演の人気タイトルの二作目を見たところ、それがフランの琴線にドストライクで触れてしまったのである。
大興奮である。いつものおしとやかなお嬢様は見る影も無く、耳はぴこぴこ動き回り尻尾はバッサバッサと智哉にぶつけてきている。ちょっと痛い。
…フランのお気に入りだからか、このウマ女優を最近よく見かけるが毎回ひどい目に遭っている気がする。仕事選べ。
結局、あの日の母からの進路指導により、智哉は母のクラブ運営を手伝いながら将来について考えることになった。
トレーナー試験も年に二度行われるので、もし両親と親交のあるトレーナーからの推薦が受けられたら挑戦するのもアリだと思っている。トレーナー資格はステータスとしても優秀なので一般企業の就職にも強いのだ。
そんな事を考えている内に映画が終わった。
フランは未だ興奮冷めやらぬ様子である。
「すてきだわ!すてきだわ!とくにターマネーターがおやゆびをたてながら、ようこうろにはいっていくのがすてきだったわ」
「わかんねえ…お前の素敵の基準わかんねえよ…」
智哉はフランに随分懐かれた。そして彼女の事を知る度に考える事も増えた。
この幼女、思ったより癖が強いのである。
まず、独特な「すてき」という基準を持っている。
この「すてき」は恐らく感嘆符に近いものだが、本当に独特なタイミングで使うのだ。
「なあ…フラン」
「なにかしら、トム」
「たまには外出ねえ?」
「いやよ、おそとはでたくないわ」
「そっか、嫌か…」
そして、超インドア派である、この年にしてひきこもりと言える。
これは恐らく、姉の隠している理由にもあると思うが。
「あと、ひこうきはのりたくないわ」
「そっすか…いや乗せる理由がねえけど」
さらに事ある毎に飛行機嫌いをアピールしている。
これは理由関係なく嫌いらしい。何故だ。
(こいつ、今まで猫被ってたか落ち込んでたからわからなかっただけで、かなり気性難じゃねえか?まあわがままが言えるくらい心を許してくれてるのかもしれねえけど)
面倒に思うところもあるが、正直悪い気はしない。
流石にクズの智哉もなんだかんだ情が移ってしまったのである。
そして目下気になる事があった。
(せめて、駆け足くらいでもいいから走ってる所が見れたらいいんだけどな)
どこまでやれるかは実際に見ないとわからないが、恐らくフランには競走バの才能がある。
まずこの金髪に青い瞳に整った顔立ちを揃え、人の目を引く容姿である。
それだけが判断基準ではないが、速いウマ娘は揃ってウマ娘の中でも美しい傾向があるのだ。姉もそうだった。
しかし彼女は頑なに走らないのである。常にとことこ歩くし急ぐ時も早足以上にはならない。
そして彼女にレースの話題、走る事の話題はタブーだ。
それを聞くという事は、彼女の事情に踏み込むと言う事だ。
智哉はまだ踏み越える気が起きなかった。
「トム、きいてるの?ひこうきはほんとうにいやよ」
智哉は聞いていなかった。まだ言っていた。
「お、おう…高いところダメなのか?」
「だだだめじゃないわ」
「ほんとか?」
「ほ、ほんとうよ」
ダメらしい。高所恐怖症だった。
「そういやお前いくつなんだ?」
「むっつよ」
「6つかー。学校は?」
単純な好奇心だった。こんな幼女が親元を離れ、我が家で預かっている事実を、智哉はよく考えるべきであった。
「がっこう…」
途端に明るかったフランの表情が暗くなる。
智哉は地雷を踏んだ事を察し、心の中で天を仰いだ。
(ちゃんと言っとけよ姉貴!学校ダメじゃねえか!!!)
「あっ!言いたくないならいいんだぜ!おう!言わなくていい!!」
ヘタレである。このクズは踏み込んで藪から蛇が出るのを恐れている。
「いいえ、だいじょうぶよ」
フランは、真剣な目をしていた。初めて見る目だった。
「がっこうは、おやすみしてるの。おかあさまにおねがいしたのよ」
「でもちゃんとおべんきょうはしてるわ。トムとミディおねえさまがおしえてくれるもの」
「だから、だいじょうぶよ」
智哉はこの瞬間羞恥で顔が真っ赤になりそうだった。
気を使われたのだ。年端もいかない少女に。
その事実に背を向けたくなった。あまりにも恥ずかしすぎる。
「そっか、ごめんな。言いたくなかったろ」
「ううん、ぜんぜんへいきよ。おともだちもちゃんといるのよ」
智哉はその目を知っていた。友達がいるならそんな目はしない。
「…なあ」
踏み込もうとした。しかしそこで携帯のアラームが鳴った。
「っと…クラブの仕事の時間だ」
「いってらっしゃい、トム。おしごとがんばってね」
「おう…一人で留守番できるか?」
「おてのものよ。ミディおねえさまにごほんとゲームをかりたから」
「おやつは食べたくなったら冷蔵庫に入ってるからな。母さんのニンジンプリンだ」
「まあ!おばさまのプリンはすてきだわ!」
お互い、一線を越えない会話をして気を使い合っている。
賢い幼女である。自分が迷惑をかけない事を徹底している。
それが智哉にはとても腹立たしく思えた。
*****
久居留家のウマ娘レースクラブは、自宅の敷地内の練習場に併設されている。
代々続く由緒正しいトレーナーの家は広い土地に専用のレース場を持っている家が多い。
久居留家も有名な名家ほどではないが、地元のウマ娘達を集めて練習指導するには十分なレース場を所有しているのである。
クラブは従業員として一線を退いたトレーナーが二人、そしてそれに師事する形でトレーナー資格取得を目指すアマチュアトレーナー数人に現役を退いた競走バ達で運営している。
クラブ加入者は、競走バを目指してはいないが、趣味でレースを楽しむウマ娘や統括機構トレセン学院入りを目指し真剣にレースに取り組む者など分かれており、実際にクラブから学院に入った実績もあるそれなりの名門クラブである。
「なー!トムせんせー!」
「んだようっせえぞ。練習しろ練習」
声をかけてきたのは趣味コースの練習生の少女だ。資格を持っていない智哉は学院コースを受け持てないのだ。
「してんだろー!あのさー!」
「んだよ言いたい事あるなら言え」
練習で坂路を駆け上がりながら練習生が答える。
「せんせーんちさー!いまおじょうさまいるよなー!?」
「あ?あー…何の事だよ」
フランは久居留家に来てから一度も外に出ていない。
この練習生が知っているはずがないのである。
「すっげー人形みたいなおじょうさま!いつもせんせーんちの窓から見てんだよー!!」
「は?」
初耳である。
「あの子さー!いっつもさみしそーでさー!こないだなんて泣いてたんだぜー!」
「…」
これも初耳である。
「ここにつれてこれねーのー!?友達になりてーよー!」
智哉は、自宅の窓を見上げた。
そこに、確かに、いた。
「!?」
智哉に気付かれた瞬間、それは、窓から離れた。
泣いていた。フランは、泣いていた。
もう我慢の限界だった。
智哉は怒りに震えた。
「ガキが我慢してんじゃねえよ…いい加減にしろ」
姉に止められていようがヤブヘビだろうが知った事か。
智哉は、踏み込む事に決めた。
トッムは友達いないです。
アッネは彼氏がいないです。