トムとフラン   作:AC新作はよ

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第二十六話 いかにして彼女は報いを受けるか

「今年も将来有望な子がいっぱいいるねえ!早く学院で一緒に走りたいなあ」

「ああ、そうだな。私も血が滾る。こんな先輩の世話などせずに学院でトレーニングしたい」

 

アスコットレース場、グランドスタンド前の立ち見エリアの片隅でキャスケット帽とマスクを装着し、現在行われている競走バを目指す少女達の祭典、ポニーステークスを満喫している不審な出で立ちのボブカットの茶髪の少女。

彼女は現在追われている身であった。

その特徴的な大きく、きらきらと輝く瞳も本来は隠すべきである。

しかしサングラスなんて付けたら、折角の大好きなレース観戦の楽しさが半減してしまうと考えて付けなかったのだ。

 

「ふっふっふ~。流石にレオもシーちゃんも私がここにいるなんて思わないでしょ~。灯台下暗しってもんよ」

 

そして特定されそうな友人の名前を独り言で呟き、余裕綽綽であった。

 

「そうだな、私も本当に来るとは思わなかったぞ…」

 

この余裕ぶっこいている人物に、キャップとサングラスを付け、手に捕獲用のロープを持った、手足の長い引き締まった体型のウマ娘が呆れた声をかける。

彼女はずっとこのキャスケット帽の不審者、いや先輩の隣にいたのだが、全く気付かないので痺れを切らせたのである。

 

「でしょでしょ~。シーちゃんもそうおも…あっ…」

 

隣に誰がいたのかに気付いた不審者の顔色が蒼白になり、首がまるで油の切れたゼンマイ仕掛けのようにぎしぎしと動き、声をかけた相手に振り向いた。

不審者が、一番会いたくない追手であった。

 

「シ、シ、シーちゃん…?」

「ライト先輩、あなたは頭がおかしいのか?姉者が絶対に来ると言っていたが、こうして見ても信じられない。脱走しておいて何故ここにいるんだ…?」

 

シーちゃんと呼ばれた追手は、本来は歯に衣を着せない言動の持ち主である。

「お前馬鹿だろ?」と言いたかったが、一応の先輩に配慮し、遠回しに自分の言葉を伝えた。意味は同じであった。

そして姉の言う通りここに網を張っていたら本当に来たので困惑していた。

このライト先輩とは、統括機構トレセン学院所属の競走バである。

しかも名バである。世界を股にかけた活躍をし、ガリレオ会長との二度の激闘は名勝負と語り継がれているのだ。

そして彼女は現在指名手配中であった。彼女の所属するチーム・ゴドルフィンの担当トレーナーが生徒会に泣きついたのだ。

 

「三月にドバイ、その後しばらくは学院で大人しくしていたが六月に日本、これはタカラヅカか?そのまま帰国せずにアメリカのニューヨークで二度の目撃情報…ダービーを観に行っていたな。そして九月に入りここだ」

 

ライトは、放浪癖を持ち、レースに出るのも観るのも大好きな脱走常習者であった。

後輩の説明通り、学院を脱走しては世界各地の大レースを観て回るのだ。

 

「シーちゃん、いつからいたの!?」

「ずっと隣にいたし、相槌を打っていたのは私だ。さあ学院に帰るぞ」

「や、やだなあシーちゃん…日本はリョテイちゃんとオペラオーちゃんに会いに行ってただけだし、ちゃんと自分のレースまでには帰るつもりだったよ。三月にドバイ行った後はちゃんと…とんずらーーーっへぶう!!?」

 

ライトが逃げようとするも、ほんの数歩進んだところで見えない壁にぶつかったかのように立ち止まる。

既に、腰に捕獲用のロープが巻かれていたのだ。

 

「な、なにこれぇ!?いつの間に!!?」

「先輩、お前馬鹿だろ?」

 

ついにシーちゃんが馬鹿と言ってしまった。

先ほど、レースに夢中すぎて気付いていない間に「先輩、はぐれない様にロープで結んでおくぞ」「うんお願いシーちゃん」というやりとりがあったのだ。

こいつマジかとシーちゃんは呆れ果てた。ライトはアホの子であった。

ちなみに、レース中の混雑した中でこんな騒ぎを起こす二人は当然目立っていた。

 

「おい、あれ脱走中のファンタスティック…」

「会長は今解説席だよな、ということはあっちはシーザ…」

「“恒星“が迷子の世話か…」

「おいやめてやれ、気付いてないフリをするんだ」

 

ここは紳士の国、英国である。知らないフリをしてあげる情けがあった。

シーちゃんは心の中で感謝した。

 

「シーちゃんひどい!馬鹿って言う方が馬鹿だもん!」

「あのな先輩。あなたは姉者より年上なんだぞ?一緒に出かけたら必ずフラフラと何処かにいなくなるあなたの為に、迷子案内する私と姉者の身にもなってくれないか?」

「でも、今回の旅行もレオは許可くれたよ!」

「姉者は先輩に甘いからな…それと許可を出したのは日本だけだ」

 

実際、ガリレオ会長の許可は出ていた。

しかし余りにもあちこち飛び回った上で、彼女のトレーナーから泣きつかれて探すことにしたのだ。

ガリレオ会長が、そろそろ顔が見たいし心配だから迎えに行こう、と言い出したのもこの捕り物の理由の一つである。

会長はこのアホの子にダダ甘であった。

 

「やだやだーーっ!せめてポニーステークスだけでも最後まで観たいよーーっ!!」

「子供かあなたは!?ああもう仕方ない、私の近くにいるなら許可しよう。姉者もそれくらいなら許すだろう」

「ホント!?シーちゃん大好き!」

 

そして妹もこのアホの子にダダ甘であった。

姉妹揃って過保護すぎるのだ。

 

(先輩はアホで馬鹿ですぐにいなくなるが、それでも姉者の恩人だからな…)

 

シーちゃんがあの激闘の一戦目の記者会見で、アホの子が天才に向けた言葉を思い返す。

 

『キミさあ、走るのつまらなさそうだよね。私が走る事の楽しさ、教えてあげる!』

『君もどうせ、私に勝てないだろう?勝ってから言ってもらおう』

 

(だが、姉者はレースを楽しめるようになったのと引き換えに、先輩のアホがうつって…いや考えるのはよそう)

 

会長はあのアイリッシュチャンピオンステークス以来、輝きがどうだの言い出したり、競走バとは挑戦するものだとアメリカで未経験のダートに特攻したりと人が変わってしまったのだ。

土を浴びてやる気を無くした会長は、もう二度とダートなんて走らないと誓った。

 

「しかし、あんな事件があったというのに、選抜戦をアスコットでやるとはな…」

「違うよシーちゃん。あんな事件があったからこそだよ?」

 

ライトのこの発言に、シーちゃんが耳を傾ける。

このアホの子は普段アホなのに、時折的を射た発言をするのだ。

 

「先輩、あったからこそ、とは?」

「だってさあ、あんな事件があって子供達が不安になっちゃってるでしょ?特に現地のここはね」

 

ライトが指である一点を指し示す。

そこには、ウマ娘の子供達がいた。アスコットポニースクールの生徒達である。

 

「だからね、問題が解決したよって来場者や報道の人たちに教えてあげるのと同時に、アスコットの生徒の子達を、現地で応援させてあげられるからだよ。開催地の生徒は応援席がもらえるからね」

 

示した指をそのままくるくると回しながら、どや顔を見せるライトの説明を聞き、シーちゃんがぽんと手を打った。

確かに合点の行く話であった。

 

「なるほど…先輩は普段アホの子なのにたまに鋭い事を言う」

「もうシーちゃんひどい!!でもねーそれにね」

「まだ何かあるのか?」

 

 

「今年はね、何か面白い事が起きる気するんだ!私の勘って当たるんだよ」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、ご武運を。サリーはお嬢様の心の平穏を祈っております」

「フランちゃん、無理そうなら棄権してね。記録に残っちゃうけど、別にそんなの気にしなくていいから」

「心配ないわミディお姉様、サリー。わたし、頑張るわ」

 

地下バ道で、ミディお姉様とサリーと話すあの頃のわたし。

この二人にも随分心配をかけたし、助けてもらった。わたしは報いねばならなかった。

 

「トムも連れて来れたらよかったんだけどね。あいつまだ資格もないし今回の帯同者からも外れてるから、ここまで来れないのよね。でも観客席で観てるからね」

「ううん、平気よ。トムの為にも走るわ」

 

二人に手を振って、地下バ道を歩く。

一人になった途端、わたしは酷く不安になった。

あの人を最後に見た姿が、苦しそうな顔だったのが心配でならなかった。

わたしは、あの人に必ず報いなければならない。

あの人はわたしが走れない事を何故か知っていた。

だから、わたしは勇気を出そうと、思ってしまった。

 

(きょうは、わたしがはしるわ)

『…本当かい?無理はしなくていいんだよ』

(ううん、わたしがはしらないと、トムがつらそうなの。だから)

 

例え一着じゃなくても、最後まで走れるとあの人に示さなくてはならない。

心配をかけたくなかったから。

怖くない。わたしは走れる。そう、信じていた。

全部悪い子に任せて、逃げただけなのに。

 

「…フラン、がんばってね」

「ナサちゃん!」

 

地下バ道の途中で、ナサちゃんが待っていた。

ナサちゃんにも悲しい思いをさせてしまった。わたしは、ナサちゃんにも報いたい。

 

「ナサちゃん、一着おめでとう!控室で観てたのよ」

「ありがとう。でもじいじ、ぼくのレースみてなかった」

 

お爺様は、ナサちゃんのレースを観る約束をしていたのに、シャカファイ?というのに夢中でレースを観てなかった。

ひどいと思った。ナサちゃんはお爺様にしばらく口を利かなかった。

 

「ぼくも、かんきゃくせきでフランのおうえんする。でも、むりしないでね」

「ありがとう!うれしいわ、ナサちゃん」

 

「フランちゃん!今日はレース一緒に頑張るです!ところでこっちの眠たそうな目のかわいい子はどちらさまで…?」

 

ナサちゃんと話していたら、オコナーちゃんが来てくれた。

オコナーちゃんは、今も大事なお友達。

たまに鼻息が荒い時があって怖いけど。

 

「オコナーちゃん!従姉妹のナサちゃんなの!」

「…よろしく」

「よろしくです!おおお、美幼女従姉妹…ここは桃源郷ですね…」

 

ぺこりとナサちゃんがお辞儀して、オコナーちゃんに挨拶する。

でもなぜかこの頃から、ナサちゃんはオコナーちゃんの事を警戒していた。

 

「…フラン、このこ、ちょっとあぶない」

「…どうして?オコナーちゃん、とっても良い子なのよ」

「ぼくのかんがいってる。ぜったいあぶない」

 

「ひどいです!危なくないですよ!」

 

このやりとりは、今も続いている。特にナサちゃんは、私とオコナーちゃんが二人でいると必ず現れる。

あの人にもちゃんと見ていろって何度も怒っている。あの人は困った顔をしていた。

オコナーちゃんが落ち着いた所で、ナサちゃんと別れて地下バ道を二人で歩く。わたし達が最後のようだった。

 

地下バ道を抜けるまで、ナサちゃんが応援してくれて、隣にはオコナーちゃんがいて、わたしはまだ走れると思っていた。

辛くても走り切るくらいはできると思っていた。

 

 

──でも、ここが何処かをよく考えるべきだった。

出口の先には、みんなを騙して、あの人を苦しませた報いが待っていた。

 

 

ここは、アスコットレース場。

わたしの、以前の学び舎がある場所。

つまり、それは──

 

「おいお前ら~大人しく見とくんだぞ~」

「はーい!」

「えっ?あれってフランちゃん…?」

「ほんとだ!」

「ポニーステークスにでてるの?すごい!」

「みんなでおうえんしようよ!」

「お、おいお前らやめとけ!」

 

「フランちゃーーん!!がんばって!!」

「ああ~、これ査定下がるなあ…」

 

 

 

 

「どうして…いるの…?どうして…」

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