トムとフラン   作:AC新作はよ

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すまない…ヴァンパイア的なサバイバーで忙しくて…


第二十七話 いかにして彼女は舞台に立つか

わたしを応援してくれる、以前のクラスメートのみんな。

あの子達みんな、悪気なんてなかった。

わたしがポニースクールを去ってから四か月が経っていて、あの人と出会ってから三か月と少し。

もう、あの子達には過去の話で、わたしを応援してくれる気持ちに、わたしに謝りたいという気持ちにきっと偽りは無い。

 

でも──

 

「フランちゃん!あんなこといってごめんなさい!」

『もうフランちゃんとはしりたくない…』

 

「なんで…」

 

「みんなでおうえんするわ!フランちゃんにあやまりたいの!」

『フランちゃんばっかりいちばん!もういや!』

 

「やめて…」

 

「ずっとずっといいたかったの!ごめんなさい!」

『フランちゃんはひとりではしってよ!』

 

「どうして、いまさら…」

 

わたしにはまだ、過去じゃなかった──

 

「う…うぅぅ~~…!」

 

わたしは、あの子達、以前の同級生のみんなを見た瞬間、心がぐちゃぐちゃになって立っていられなくなった。

幼く、弱いあの頃のわたしは、心の底から腹が立った事なんて経験した事がなかった。

抑えられない怒りと悔しさ、心の苦しさと悲しさを同時に感じてしまった。

吐き気がひどくて、頭が軋むように痛んで、その場に蹲ってしまう。

 

「フランちゃん!?どうしたんですか!?」

「君!大丈夫かい?」

 

すぐに異変を感じたオコナーちゃんと、整バ係員のお兄さんが駆けつけてくれる。

 

「だ、だいじょうぶ、です」

 

それでもわたしは、立ち上がる。形振り構っていられなかった。

わたしは、報いなければならない。

 

『ちょっと穴空いただけだよ。こんなん寝れば治るって』

 

あの人は、もっと痛かったはず。それなのに平気そうなふりをしていた。私に心配させたくないために。

わたしは、心が辛いくらいで挫けてはならない。

ふらふらと、わたしはゲートに向かおうとする。

なのに、足が途中から竦み、動かない。

 

「フランちゃんがんばって!あともうちょっとだよ!」

 

まだ続くあの子達の歓声が、わたしの足を止めていた。

うるさい、やめろ。

わたしは、走るんだ。

あの人に走れるって見せなければならないんだ。

 

「なんだきさま?そんなかおではしるきか?はしるのはたのしむべきだぞ!」

『おや、この子は…?』

 

なんだこいつは。うるさい。

走るのが苦しいなんて、お前は味わったことがあるのか?

悔しい。走れさえすれば、わたしはきっと一番なのに。あの人に、一番速いのはわたしだって、わかってもらえるのに。誉めてもらえるのに。それならきっと、わたしは一人でも大丈夫なのに。

憎い。悔しい。憎い。悔しい。

 

『ああ、やっぱり。一番しつこかった子だ。私に何度も挑んできてね』

(しらないわ!あとにして!)

 

悔しさに、自分へのふがいなさに、弱さに、わたしは自分でも気付かない内に涙をこぼしていた。

 

「君、無理なら棄権していいんだよ?」

「はしれます!はしれるの!」

 

もう、言葉も変えていられなかった。

わたしは、弱い自分をもう隠すことすらできなかった。

 

「…うん、わかった。君のように緊張して泣いちゃう子もいるんだよ?ゆっくりでいいからね、ゲートに入ろう」

 

係員のお兄さんが、後ろからそっと、少しずつゲートに押してくれる。

このアスコットの整バ係のお兄さんは、この後もよくゲートの担当をしてくれた。

迷惑をかけたのはこの一回だけ…だと思う。 

この時、ナサちゃんのお友達のゾフちゃんも心配してくれていたと、後で知り合った時に教えてもらった。

もうわたしは、心がぐちゃぐちゃになっていて全く気付いていなかった。申し訳ない事をしてしまった。

ゲートに何とか入る。でも、周りにあの人も、サリーも、ミディお姉様もいなくて、不安でわたしは震えて泣いていた。

 

「おうさま!おうえんしてるでヤンス!がんばってほしいでヤンス!」

「おうさま!おうさま!おうさま!」

「うむ!きさまらに、我がアスコットにえいこうをもたらそう!」

 

隣のゲートの子は、アスコットポニースクールの子のようだった。

応援してくれるクラスメートに手を振っていた。

この子はみんなに慕われていた。羨ましくて仕方なかった。

ポニースクールで走ってもわたしは一人だったのに。

ゲートの中にようやく入れたわたしは、自分の脚が震えて上手く動かなくなっていた。

快復していないのに。あのメンコもないのに。当たり前の話だった。

 

(あしが、うごかない…なんで!うごいて!はしりたいの!)

『…見ていられない。やっぱり私が走るよ』

(だめ!ぜったいわたしがはしるの!)

『…一つ、いい方法がある。あまりやりたくない方法だけど』

 

悪い子は、わたしをはっきりとわかるくらい心配してくれていた。

やっぱりこの子は良い子だったと思っていた。

──この時までは。後でこの子はとんでもない事をしてくれた。

 

 

『──全部、私が代わろうか?それなら誰にもわからないよ』

(…できるの?)

 

 

悪魔のささやきだった。心が弱り切ったわたしには、とても魅力的に聞こえた。

 

『ああ…でも君のためにはならない。おすすめはできないよ』

(でも、できるのね?それなら、トムも、みんなにも、しんぱいかけないのね?)

『そうだね。でも、君はずっと一人になるよ』

(がまんするわ。ひとりはつらいけど)

 

わたしの周りにも、たくさんの人がいたはずなのに、わたしは今感じている苦しさから逃げたくて仕方なかった。

悪い子との対話で気付いていなかったけど、この時色々な事が起きていた。

わたしの、走る理由。その全てを決める出来事が。

 

『いや、もう少し待とう。どうやら来たらしい』

(え?)

『いいかい?彼の目をよく見るんだよ。ここからでもきっと見えるから』

 

この悪い子の言葉で、わたしは心の中から外界に注意を向けた。

実況の声が、聞こえた。慌てるような声が。

 

『──乱入者!ゴール前に乱入者です!大変な事になりました!』

「…ふぇ?」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「よう、おうさま!きょうはオレがかたせてもらうぜ!」

「…うむ!そのいきやよし!我もぜんりょくであいてをしよう!」

 

スタート地点に一番乗りし、幼き王者が今日対戦する相手それぞれに挨拶をして回る。

この先も学院で対戦するかもしれない相手達である。

エクスは態度は大きいが、こまめな気配りが利く子だった。

 

「おお!きさまはオコナーだろう!あねうえからきいているぞ!我はエクス!きょうはよろしくたのむ!」

 

王者自らの挨拶を受け、オコナーがエクスの顔をまじまじと見つめる。

 

(随分アクが強い子ですが、こいつ確かオーナーの娘です。私の好みとは違いますが顔も良いですし、ここは媚びるです)

 

計算高いオコナーはここはオーナーの娘に取り入っておこうと判断した。長い物には巻かれる主義であった。

 

「エクスさんですね!私はオコナーって言うですぅ、今後ともごひいきにぃ!」

「うむ!きょうはえんりょはむようだ!ぜんりょくでぶつかりあおう!」

 

しかし単純かつ、いい子なエクスは気付かなかった。細かい事は気にしない主義であった。

エクスはその他の出走バとも挨拶を交わしつつも、気掛かりな事があった。

 

(エプソムにおるというファーとかいうやつ、やつともきそいあってみたかったが…)

 

ナサとゾフの二人と競い合っているという、ファーというエプソムの生徒が怪我をしたと聞いたのだ。エクスに並ぶ程の天才という評価だが、ファーの脚は彼女の全力に耐えられないガラスの脚だった。エプソムBクラスとの交流戦にも出てこなかった。一度会ってみたかったエクスは心配しているのだ。

 

(…きょうそうバのみちをやめなければ、いずれあえるだろう。それよりも、あねうえのおしえてくれたフランだ。やつをみておきたい)

 

信頼する、大好きな姉が最も警戒していた相手を探す。

姉が怪物と評した相手を、一目見ておきたいという興味があった。

 

「フランちゃん!?どうしたんですか!?」

「おいだいじょうぶか?かおまっさおだぞ」

 

先ほど挨拶を交わしたオコナーの叫びとゾフの呼びかけに、エクスがそちらを見る。

そこに、怪物はいた。

這い蹲る、弱々しい姿だった。

 

(なんだこやつ、かおがまっさおだが、はしれるのか?いやそれよりも、こやつははじめてみたはずなのに、なぜかこやつにかちたくてたまらん。こころのおくから、なにかがさけんでおる。いやなかんじがする)

 

エクスは、フランを見て強く不快感を覚えた。

彼女の心の奥底、そこにあるウマソウルが強く訴えてきている。

この怪物を倒せと。今度こそ勝ってくれと。

その感情を、エクスは強い意志で呑み込んだ。王たるものは自分を律するものである。

 

(ふゆかいだ。我のこころは我のものだ。それよりも、こやつになにかことばをかけてやらねば)

 

これからも競い合うかもしれない相手である。エクスは叱咤する事に決めた。

自分の好敵手候補には、強くあってほしいのだ。

 

「なんだきさま?そんなかおではしるきか?はしるのはたのしむべきだぞ!」

 

ふらつきながらゲートに向かう怪物に、エクスは激励をかける。

ふらりと、怪物がこちらを見た。涙に濡れ、蒼白だが、強い怒りを抱えたその目で。

 

(うえっ!にらまれた!?こわい!)

 

エクスはビビり倒して目をそらした。

この王者は彼女の姉ジェシカに純粋培養されてきたので、強い感情を向けられた経験がないのだ。

 

(おそろしいやつだ、これがかいぶつか…しかしこいつは、そんなにつよそうにみえんぞ。はしれるかもわからんやつではないか。それよりもフランクはほんとにおらんのだな)

 

ゲートに入り、忠実な家臣の声援に応える。

自分はアスコットを代表する身であり、急に校長がいなくなって不安なクラスメートを鼓舞する重責がある。

そんな走れるかわからない相手に注意を向ける場合ではないと、エクスが気を引き締める。

 

(かしんも、あねうえも、ちちうえも、それに…ははうえだって、そらからきっとみてくれている。こんなにもひとが、ウマむすめが我のしょうりをしんじてくれている。ぶざまなレースだけはできん)

 

トレーナー用ラウンジで、父の付き添いと言う形でエクスの姉ジェシカは観戦していた。

罪悪感を抑えながら、忸怩たる思いで。

 

『おおっと、注目のフラン嬢ですが、どうやらゲートに入るのに苦労しているようです』

(やはりイップスね…どうして出てきたの?これはルールに従った正当な行為よ…私は悪くない…)

 

隣に座る彼女の父エイベルは、腕を組みこれから何が起きるか注視していた。

結局、フランの出走を理事の強権を使ってまでは止めなかった。

ヘンリー理事は普段はただのウマ娘狂いだが、その手腕と経験は確かである。

その人物がそこまで言うならと見届ける事にしたのだ。

もし何も起きなかったら嫌味の十個くらいは言ってやろうと思っていた。

そして父娘二人が見ている前で、その何かは起きた。

 

『──乱入者!ゴール前に乱入者です!大変な事になりました!』

「っ!あの男じゃない!?ふざけないで!あの子のレースに!」

 

ジェシカが怒りの声を上げる。あの失礼な男が、よりによって妹の大事なレースに乱入していた。

トレーナーを目指す者として許せない行為でもあった。

 

「…そうか、そういう事か。今度は間に合わせたのか。しかし今度は自分の孫か…つくづくご老公は運が無い。いや、運が良いのか…」

「…お父様?」

 

遠くを見るような目でぶつぶつと何かを呟く父を、ジェシカが隣から眺める。

エイベルは、トレーナーの大家の当主である。

ウマ娘が競走中に起こす奇跡を何度も見てきている人物である。

これから何が起きるか、その経験と過去のとある悲劇から気付いたのだ。

 

「ジェシカ、よく見ておきなさい。それとレースが終わったら地下バ道に行き、エクスを待ちなさい」

「は、はい。お父様、それは一体…」

 

 

 

 

 

 

 

「恐らく、あの子には辛い結果になる」

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