トムとフラン   作:AC新作はよ

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第二十九話 その日、怪物は産声を上げた

『最終レース開始前ですが…なんですかこの状況は!?色々起こりすぎて実況が追いつきません!立ち見エリアを駆けるのはミッドデイとサリスカでしょうか!?お二人とも皆さんご存じの名バです!!ゴール前でも何か起きています!警備に子供達が纏わりついていますが…』

『これ、実況しなくていいのでは…?』

『職業病です!』

 

実況に解説が困惑する中で、智哉も困惑していた。

目の前で警察ウマ娘に纏わりつく練習生達、まるで乱入しろと三女神に言われているようなこの状況。

ゴール前は混沌と化していた。

 

(行ったら理事会のブラックリスト入りだし行けねえ…いや、このままでも警備の応援来るまでは時間稼ぎになるか…?)

 

統括機構主催レースへの乱入なんて真似をしたら、確実に理事会に目を付けられるし最悪前科まで有り得る。

統括機構所属トレーナーを目指す智哉としては、絶対に取ってはいけない選択肢だった。

そう悩む智哉の横を、素早く通り過ぎようとする影があった。

慌てて智哉が肩を掴んで制止する。

 

「待て!乱入はだめだ!」

「…はなして!ぼくならだいじょうぶ」

 

影の正体は、後ろで成り行きを見守っていたナサであった。

従姉妹を救出する時間を稼ぐために、自らがコースに飛び込もうとしたのだ。

 

「いくら子供でも、お前でもどうなるかわかんねえんだぞ!最悪退学になる!」

「それでもいい!フランのためなら!!」

 

ナサは、全てを理解していた。それでもコースに乱入する事を選んでいた。

フランの一番の親友として。星を追い駆けるものとして。

 

『おおっと、注目のフラン嬢ですが、どうやらゲートに入るのに苦労しているようです』

 

時間は、もうない。一枠のフランは一番最初にゲートに入るのだ。

 

「トムさんどいて。ぼくはもう、かくごをきめてる」

「…‥まて、行くな」

 

ナサが怒りを込めて、わからず屋の智哉の顔を見上げた。

智哉は、澄んだ目をしていた。いつもの目付きの悪さが無くなっていた。

フランを見る時の優しい目をしていた。

 

「──俺が行くよ」

「トムさん…」

 

ナサが、智哉の目を見て後ろに下がる。

あの日、街を歩いた時に従姉妹を任せてもいいと思った目だったからだ。

智哉が、警察ウマ娘と練習生達の横を抜けて、ラチの前に立つ。

 

「…」

「…トムさん?」

 

しかしここで足を止めた。ヘタレはまだ覚悟ができていなかった。

 

「トムさん?いかないの?」

「ちょっと心の準備させてくれ…」

「トムさん?フラン、ゲートにはいっちゃうよ?」

「おう…」

「…やっぱりぼくがいく?」

 

気を使われた。十歳下の幼女に。これで三度目であった。

 

「うおおおお!!乱入は許さんであります!!」

「ひえっ!」

 

子供を振り払おうとする警察ウマ娘にビビッて、智哉がラチをまたいで逃げた。

条件反射であった。

 

(あー…やっちまった。じいさんマジで責任とってくれよ…)

『ああっ!これは乱入者!ゴール前に乱入者です!大変な事になりました!』

『おや、彼は…ちょっと失礼』

『ガリレオさん!?どちらへ!?ガリレオさーーーん!?』

 

コースの奥側、内ラチまで歩き智哉は800m先、一枠ゲート内のフランを見た。

フランは、ここからでもわかるほど震えて泣いていた。

それでも前を、智哉を見ていた。

その姿を見た智哉は、今までの悩みがどうでもよくなってしまった。

苦しくても走ろうとしている幼い少女の姿がそこにあった。

 

(そんなになってんのに、そこまでしてでも走りたいのかよ…)

 

智哉は、少しでも力になってやりたい、助けてやりたいと感じた。

自分にできる事の全てを持って。

 

(わかったよ。一人が辛いなら、それでも走りたいなら──)

 

 

(──俺が…お前のゴールになってやる)

 

 

(それなら一人じゃない。俺もまだ、一人じゃ前を向けない。でも二人なら、俺とお前となら、きっと、前を向ける)

 

独りよがりかもしれない。余計なお世話かもしれない。

だが、智哉は心からそう思った。この気持ちを何としてもフランに届けてやりたいと思った。

そう思ったその瞬間、今まで見た事が無い程の強い光を伴いながら、相マ眼が発動した。

智哉の意思ではない。

 

(なんだ!?俺は使ってねえぞ!?)

 

智哉の心の奥、相マ眼を介して異世界に繋がる扉、そこから何かが出てくるのを感じた。

そうして智哉は、今度こそはっきりとフランを、フランの目を相マ眼で見た──

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

この様子を、VIP席で老紳士達は固唾を飲んで見守っている。

智哉が青く輝く姿を見て、不意に、老紳士が言葉を漏らした。

 

「間に合った。間に合ったぞ、ブレーヴ…」

「じいさま?」

 

この呟きに、伝蔵が訝し気に言葉を投げかける。

老紳士、ヘンリー理事が伝蔵に目を向けた。目元に、涙を貯めていた。

伝蔵も、セシルも、初めて見る姿だった。

 

「のう、デンゾウ。お前のせがれの相マ眼、何だと思っとる?」

「あー…怪我がわかったり競走バの能力がわかるんだろ?便利だよな」

「それはの、あくまで副次効果じゃ。あれはの、きっと探すための目じゃよ」

「…一体何をだ?」

 

「運命の、愛バ。すなわち三女神の寵児を探すための目じゃよ。儂はそう思っておる」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

(トムのめが、あおくひかってるわ。おじいさまのおはなしのひとは、トムだったの?)

 

この時の事は、はっきりと今も覚えている。

きっと、ずっと忘れない。わたしの全てを決めた出来事。

あの人、トムが青く輝いて、そうして体の中から青い人影がこちらに向かって飛び出してきた。

飛んできた人影が、私の胸にそのまま入り込む。

わたしは、時間が止まったような感覚を覚えた。

 

『ああ、あいつ、やっぱりそこにいたんだ』

 

悪い子のその声が聞こえた瞬間、わたしは別のどこかにいた。

広い、広い、草原だった。走るのが気持ちよさそうな場所だった。

 

『やあ』

 

そこで、私は悪い子と対面した。初めてはっきりと姿を見た。

大きな、四本足の、鬣を持った顔が長い生き物。その上にさっきの青い人影が跨っていた。

 

『よかったね。彼に見つけてもらえて。私もお迎えが来た』

「トムのこと?なにがおきたの?」

『お別れって事だよ』

 

わたしは、この言葉を聞いてとても悲しくなった。

この子は、不器用だけどわたしをずっと守ってくれていた。

何の恩返しもできていない。

 

「どうして!?わたし、なにもおかえししてないわ!」

『気にしなくていいんだよ。私はもう君に声をかける事はないけど、それでもずっと見てるから』

「あなた!やっぱりわるいこだわ!かってにわたしのこころにいて!かってにいなくなって!」

 

表情はよくわからないけど、悪い子が困ったような仕草をしたのがはっきりわかった。

寂しくなって、わたしは我儘を言ってしまった。

 

『うーん、しょうがないな。じゃあ特別サービスで、こいつが聞いた彼の気持ちを届けるよ』

 

青い人影が頭に手をやり、何かを外す仕草を見せた。帽子を外しているようだった。

その時だった。トムの心を、わたしへの言葉を感じた。

 

(──俺が…お前のゴールになってやる)

 

「トムが…ゴールになってくれるの?ずっと、わたしをまってくれるの?」

『これなら、一人でも大丈夫だろう?』

「ええ…ええ…!すてきだわ!とってもすてきだわ!」

 

わたしは嬉しくなってはしたなく飛び跳ねそうになった。

今でも、わたしの走る理由。それが今決まった。

この言葉、録音とかできなかったのかな。悪い子はサービスが足りないと思う。

 

『じゃあ、私はもう行くけど…その前に』

 

悪い子がわたしの胸元を見つめる。わたしの胸から、赤いプレート状の何かが飛び出した。

悪い子がそれを食べてしまう。

 

『これは、私がもらっておくよ。これがあっても今の君は走れるだろうけどね』

 

不意に、心が軽くなった。今なら何でもできる。私は走れると思った。

でもここからだった。悪い子の最大のお節介、今でも恨んでいる行為。

 

『じゃあ、これお返し。うげえ』

「なにこれえ…」

 

悪い子が口から大量にプレート状の何かを吐き出した。

一つ、金色のものを手に取ってみた。「地固め」と書かれていた。

 

「なにかしら?」

『私の持ってる才能。コピーして君にあげるよ』

「ええええ!?いらないわこんなに!!」

 

わたしは怒った。今でも怒ってる。絶対ゆるさない。

 

『ほら、私も大分こきつかわれたしさ、そのお返しも込めて、ね?』

「ぜったいゆるさないわ!それよりもふつうのあしをちょうだい!」

『君は私だから、普通は絶対無理だよ。それにさ、一人でももう走れるだろう?』

 

力が、脚が、漲る感覚を確かに覚えた。

でもそれとこれとは話が別だった。

ふわりと空に浮かび上がる悪い子にわたしが絶叫する。

 

「いいはなしふうにしないでちょうだい!まちなさい!まって!」

『もう時間だから。じゃあね。君には、君を待つゴールがあるんだよ』

 

『ゴールがあるなら、走るべきだろう?君もウマのはしくれなら』

 

 

 

気付けば、またゲートの中にいた。

悪い子にはまだ怒っていたけど、心が軽い。脚が動く。

そして、もうレースは始まっていた。ひどい出遅れだった。

 

──それでも、ゴールがそこにある。トムがそこで待っている。

 

「お嬢様…その光は…?」

 

後ろにサリーがいたけれど、わたしはしなければならない事がある。

 

──わたしは、走る。

 

わたしの体を、金色の光が包んでいた。

悪い子がいなくなって空いた心の奥に、代わりに強い力を感じる。

光が全身を包みきったその時、わたしの額に輝く星のような流星が現れた。

出遅れでも、一着じゃなくてもいい。トムの所に行きたい。

でも、不思議と負ける気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

「いまいくわ!!トム!!!」

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