『最終レース開始前ですが…なんですかこの状況は!?色々起こりすぎて実況が追いつきません!立ち見エリアを駆けるのはミッドデイとサリスカでしょうか!?お二人とも皆さんご存じの名バです!!ゴール前でも何か起きています!警備に子供達が纏わりついていますが…』
『これ、実況しなくていいのでは…?』
『職業病です!』
実況に解説が困惑する中で、智哉も困惑していた。
目の前で警察ウマ娘に纏わりつく練習生達、まるで乱入しろと三女神に言われているようなこの状況。
ゴール前は混沌と化していた。
(行ったら理事会のブラックリスト入りだし行けねえ…いや、このままでも警備の応援来るまでは時間稼ぎになるか…?)
統括機構主催レースへの乱入なんて真似をしたら、確実に理事会に目を付けられるし最悪前科まで有り得る。
統括機構所属トレーナーを目指す智哉としては、絶対に取ってはいけない選択肢だった。
そう悩む智哉の横を、素早く通り過ぎようとする影があった。
慌てて智哉が肩を掴んで制止する。
「待て!乱入はだめだ!」
「…はなして!ぼくならだいじょうぶ」
影の正体は、後ろで成り行きを見守っていたナサであった。
従姉妹を救出する時間を稼ぐために、自らがコースに飛び込もうとしたのだ。
「いくら子供でも、お前でもどうなるかわかんねえんだぞ!最悪退学になる!」
「それでもいい!フランのためなら!!」
ナサは、全てを理解していた。それでもコースに乱入する事を選んでいた。
フランの一番の親友として。星を追い駆けるものとして。
『おおっと、注目のフラン嬢ですが、どうやらゲートに入るのに苦労しているようです』
時間は、もうない。一枠のフランは一番最初にゲートに入るのだ。
「トムさんどいて。ぼくはもう、かくごをきめてる」
「…‥まて、行くな」
ナサが怒りを込めて、わからず屋の智哉の顔を見上げた。
智哉は、澄んだ目をしていた。いつもの目付きの悪さが無くなっていた。
フランを見る時の優しい目をしていた。
「──俺が行くよ」
「トムさん…」
ナサが、智哉の目を見て後ろに下がる。
あの日、街を歩いた時に従姉妹を任せてもいいと思った目だったからだ。
智哉が、警察ウマ娘と練習生達の横を抜けて、ラチの前に立つ。
「…」
「…トムさん?」
しかしここで足を止めた。ヘタレはまだ覚悟ができていなかった。
「トムさん?いかないの?」
「ちょっと心の準備させてくれ…」
「トムさん?フラン、ゲートにはいっちゃうよ?」
「おう…」
「…やっぱりぼくがいく?」
気を使われた。十歳下の幼女に。これで三度目であった。
「うおおおお!!乱入は許さんであります!!」
「ひえっ!」
子供を振り払おうとする警察ウマ娘にビビッて、智哉がラチをまたいで逃げた。
条件反射であった。
(あー…やっちまった。じいさんマジで責任とってくれよ…)
『ああっ!これは乱入者!ゴール前に乱入者です!大変な事になりました!』
『おや、彼は…ちょっと失礼』
『ガリレオさん!?どちらへ!?ガリレオさーーーん!?』
コースの奥側、内ラチまで歩き智哉は800m先、一枠ゲート内のフランを見た。
フランは、ここからでもわかるほど震えて泣いていた。
それでも前を、智哉を見ていた。
その姿を見た智哉は、今までの悩みがどうでもよくなってしまった。
苦しくても走ろうとしている幼い少女の姿がそこにあった。
(そんなになってんのに、そこまでしてでも走りたいのかよ…)
智哉は、少しでも力になってやりたい、助けてやりたいと感じた。
自分にできる事の全てを持って。
(わかったよ。一人が辛いなら、それでも走りたいなら──)
(──俺が…お前のゴールになってやる)
(それなら一人じゃない。俺もまだ、一人じゃ前を向けない。でも二人なら、俺とお前となら、きっと、前を向ける)
独りよがりかもしれない。余計なお世話かもしれない。
だが、智哉は心からそう思った。この気持ちを何としてもフランに届けてやりたいと思った。
そう思ったその瞬間、今まで見た事が無い程の強い光を伴いながら、相マ眼が発動した。
智哉の意思ではない。
(なんだ!?俺は使ってねえぞ!?)
智哉の心の奥、相マ眼を介して異世界に繋がる扉、そこから何かが出てくるのを感じた。
そうして智哉は、今度こそはっきりとフランを、フランの目を相マ眼で見た──
*****
この様子を、VIP席で老紳士達は固唾を飲んで見守っている。
智哉が青く輝く姿を見て、不意に、老紳士が言葉を漏らした。
「間に合った。間に合ったぞ、ブレーヴ…」
「じいさま?」
この呟きに、伝蔵が訝し気に言葉を投げかける。
老紳士、ヘンリー理事が伝蔵に目を向けた。目元に、涙を貯めていた。
伝蔵も、セシルも、初めて見る姿だった。
「のう、デンゾウ。お前のせがれの相マ眼、何だと思っとる?」
「あー…怪我がわかったり競走バの能力がわかるんだろ?便利だよな」
「それはの、あくまで副次効果じゃ。あれはの、きっと探すための目じゃよ」
「…一体何をだ?」
「運命の、愛バ。すなわち三女神の寵児を探すための目じゃよ。儂はそう思っておる」
*****
(トムのめが、あおくひかってるわ。おじいさまのおはなしのひとは、トムだったの?)
この時の事は、はっきりと今も覚えている。
きっと、ずっと忘れない。わたしの全てを決めた出来事。
あの人、トムが青く輝いて、そうして体の中から青い人影がこちらに向かって飛び出してきた。
飛んできた人影が、私の胸にそのまま入り込む。
わたしは、時間が止まったような感覚を覚えた。
『ああ、あいつ、やっぱりそこにいたんだ』
悪い子のその声が聞こえた瞬間、わたしは別のどこかにいた。
広い、広い、草原だった。走るのが気持ちよさそうな場所だった。
『やあ』
そこで、私は悪い子と対面した。初めてはっきりと姿を見た。
大きな、四本足の、鬣を持った顔が長い生き物。その上にさっきの青い人影が跨っていた。
『よかったね。彼に見つけてもらえて。私もお迎えが来た』
「トムのこと?なにがおきたの?」
『お別れって事だよ』
わたしは、この言葉を聞いてとても悲しくなった。
この子は、不器用だけどわたしをずっと守ってくれていた。
何の恩返しもできていない。
「どうして!?わたし、なにもおかえししてないわ!」
『気にしなくていいんだよ。私はもう君に声をかける事はないけど、それでもずっと見てるから』
「あなた!やっぱりわるいこだわ!かってにわたしのこころにいて!かってにいなくなって!」
表情はよくわからないけど、悪い子が困ったような仕草をしたのがはっきりわかった。
寂しくなって、わたしは我儘を言ってしまった。
『うーん、しょうがないな。じゃあ特別サービスで、こいつが聞いた彼の気持ちを届けるよ』
青い人影が頭に手をやり、何かを外す仕草を見せた。帽子を外しているようだった。
その時だった。トムの心を、わたしへの言葉を感じた。
(──俺が…お前のゴールになってやる)
「トムが…ゴールになってくれるの?ずっと、わたしをまってくれるの?」
『これなら、一人でも大丈夫だろう?』
「ええ…ええ…!すてきだわ!とってもすてきだわ!」
わたしは嬉しくなってはしたなく飛び跳ねそうになった。
今でも、わたしの走る理由。それが今決まった。
この言葉、録音とかできなかったのかな。悪い子はサービスが足りないと思う。
『じゃあ、私はもう行くけど…その前に』
悪い子がわたしの胸元を見つめる。わたしの胸から、赤いプレート状の何かが飛び出した。
悪い子がそれを食べてしまう。
『これは、私がもらっておくよ。これがあっても今の君は走れるだろうけどね』
不意に、心が軽くなった。今なら何でもできる。私は走れると思った。
でもここからだった。悪い子の最大のお節介、今でも恨んでいる行為。
『じゃあ、これお返し。うげえ』
「なにこれえ…」
悪い子が口から大量にプレート状の何かを吐き出した。
一つ、金色のものを手に取ってみた。「地固め」と書かれていた。
「なにかしら?」
『私の持ってる才能。コピーして君にあげるよ』
「ええええ!?いらないわこんなに!!」
わたしは怒った。今でも怒ってる。絶対ゆるさない。
『ほら、私も大分こきつかわれたしさ、そのお返しも込めて、ね?』
「ぜったいゆるさないわ!それよりもふつうのあしをちょうだい!」
『君は私だから、普通は絶対無理だよ。それにさ、一人でももう走れるだろう?』
力が、脚が、漲る感覚を確かに覚えた。
でもそれとこれとは話が別だった。
ふわりと空に浮かび上がる悪い子にわたしが絶叫する。
「いいはなしふうにしないでちょうだい!まちなさい!まって!」
『もう時間だから。じゃあね。君には、君を待つゴールがあるんだよ』
『ゴールがあるなら、走るべきだろう?君もウマのはしくれなら』
気付けば、またゲートの中にいた。
悪い子にはまだ怒っていたけど、心が軽い。脚が動く。
そして、もうレースは始まっていた。ひどい出遅れだった。
──それでも、ゴールがそこにある。トムがそこで待っている。
「お嬢様…その光は…?」
後ろにサリーがいたけれど、わたしはしなければならない事がある。
──わたしは、走る。
わたしの体を、金色の光が包んでいた。
悪い子がいなくなって空いた心の奥に、代わりに強い力を感じる。
光が全身を包みきったその時、わたしの額に輝く星のような流星が現れた。
出遅れでも、一着じゃなくてもいい。トムの所に行きたい。
でも、不思議と負ける気はしなかった。
「いまいくわ!!トム!!!」