トムとフラン   作:AC新作はよ

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第三十二話 いかにして彼は推されるか

「で、あんた、あの話は意味わかってて言ったの?」

「あれって何だよ姉貴?」

「フランちゃんのゴールになるって話よ」

 

選抜戦から数日後、智哉は姉の愛車の中にいた。

フランはもう、久居留家から彼女の家に帰った。

選抜戦の翌日に、母から完治していると太鼓判を押されたのだ。

復学先も決まった。久居留家とジュドモント家の中間地点にある女子校となった。

ウマ娘用の競走カリキュラムも行っている私立のお嬢様学校である。

クラブの練習日には久居留邸に立ち寄り、週に一度は泊まりに行きたいというフラン本人の希望を一名を除き両家が全面的に歓迎した。

こうして、心に傷を負った幼女は、心が癒え前を向いて進む事となった。

智哉にも転機がやってきていた。

その為に、ある場所を目指し姉と移動している。

 

「いや、そのまんまの意味だけど…あいつから走る時一人なのが苦しいって聞いたから、それなら走る時は俺が側で見てるぞって言うか…」

「ああ、わかってないのね…ウマ娘のゴールへの執着とか教えてなかったっけ…あたしとママの教育不足かなぁ…」

 

姉は現在悩んでいる事があった。

弟がフランにした約束、ウマ娘のゴールになるという意味を全くわかっていなかった。

ウマ娘とは、どんな形でも走り続けるのである。そういう存在なのだ。

 

(この馬鹿友達いないし、よくわかってないのもしょうがないかもしれないけどさあ…自分がどれだけすごいのかもいまいち理解してないし…)

 

姉が横目で弟を見る。

ウマ娘の血を色濃く継いでいる弟は、面倒くさがりで野暮ったい髪型と服装だが端正な顔立ちをしている。

姉の贔屓目抜きでも美形である。身長もまだ伸びている。

過去の不幸な事件以来目が荒み、目付きが悪いがそれもフランとの出会いから緩和されつつある。

そして身体能力も人間の域を遥かに超えている。超人と言っていい。

頭脳も普段の怠け癖から、余り使っていないが明晰である。

16歳にして英国の最高学府であるケンブリッジ大学またはオックスフォード大学よりも難しいと言われる、統括機構トレーナー試験を問題なく合格できると父が断言する程である。

どの分野に進んでも何かしらの足跡を残せるスペックを持っているのだ。

事件以来何事も人並みであろうとしているが、姉としてはそんな勿体ない事は許せないと思っている。

弟がトレセン学院の父の借りたトレーナー寮に住んでいた頃は、よく同級生や友人に「ウチの弟イケメンでしょ?」と姉は自慢していた。

それを弟に言う事は絶対に無いが。

 

(ヘタレで逃げ癖があるのが珠に瑕だけど、フランちゃんと約束した以上腹括るだろうし。それよりも心配なのはフランちゃんよね…この馬鹿に男性観壊されてないかな…)

 

手遅れであった。フランは今まで家族と伝蔵以外は異性との交流がなかった。

年の近い異性は、娘かわいさに父であるセシルが全てガードしていたのだ。

ポニースクールも教師はほぼウマ娘であるし、当然生徒はウマ娘しかいない。

そこに、このハイスペックの年上のぶっきらぼうだが優しいお兄さんが突然現れたのである。

しかもそんなお兄さんが自分の為に命懸けで誘拐犯と戦い、レースへの乱入までしたのだ。壊れていないはずがない。

そういう情緒が発達していない六歳児である今はまだいいが、フランが思春期にどうなるか姉は心配でならなかった。

ちなみに姉も弟に少し壊されていた。専属トレーナーとの破局の少なからぬ要因であった。

姉は自分が二人を引き会わせた責任を感じ、少し考え込んだ後に思考を放棄した。

最終的に責任を取るのはこの馬鹿だしいいかと言う結論に至ったのである。

 

「あたししーらない!」

「突然どうしたんだよ…?」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「でけえ…ほとんど城じゃねえかこれ」

「あたしも初めて来た時そう思ったわね。ま、行くわよ」

 

智哉と姉が、目的地のロンドン市内の巨大な邸宅、ジュドモンド家の本宅を見上げる。

姉と智哉が敷地内で車から降りた所、使用人が近付いてきて「お話は伺っております」と言いながら姉の愛車のキーを預かり、運転していったのを見て智哉は住む世界が余りに違うのを実感した。

フラン、そしてナサは超絶お嬢様であった。

 

「ちなみに、遠縁で傍流だけどアラブのとある王族の血筋だからね。そういう事よ?」

「お、おう…何がそういう事かはわかんねえけど…」

(フランちゃんが大きくなって言葉の意味に気付いたら、あんた絶対逃げられないわよって意味で言ったんだけどね…やっぱりわかってなかったわこの馬鹿)

 

姉が遠回しに念のため確認し、改めて弟がわかってなかった事を確認して呆れ顔になる。

中庭の噴水に智哉が気を取られたりしながらも二人で邸宅の玄関を目指し、その前に二人を待つ人物を見つける。

 

「サリーお待たせ」

「来たな。案内しよう」

「うっす。お願いします」

 

待っていたのはメイドであった。

巨大すぎるこの邸宅の案内役を買って出たのである。

邸宅内に入り、智哉はまずロビーの広さに口を開けて見入ってしまったが、そこで姉にいい加減慣れろと肘鉄を喰らい周囲を見ない事にした。

二度肘鉄は受けたくないのだ。

 

「あ、そうだ、ウオッカさんはあれから連絡あった?」

「ああ、今はアイルランドらしい」

「そうなんだ。連絡先聞いとくんだったわね」

「また顔を出しに来るだろう。しばらくは英国内にいるらしいからな」

 

歩きながらのメイドと姉の会話に何やら気になる名前が出ているのに、智哉が口を挟む。

聞いたことのある名前だったからだ。

 

「ん?ウオッカって、中央競バ会(U R A)のダービーウマ娘だよな?」

「よく知ってるわね。去年までここにいたのよ。学院の近くでバイクが壊れて困ってたところを、あたしとサリーが声かけたらチーフが家で預かるって言ってくれてね。フランちゃんの遊び相手もしてたみたいよ」

「そうなのか…会ってみたかったな」

「機会があれば紹介してやろう。さて、着いたぞ」

 

メイドが扉を開き、進んだ先は智哉からすれば無駄に広すぎる応接間であった。

置いてある家具も智哉の感覚ではよくわからない材質をしている。

そこに、二人の人間と、二人のウマ娘が待っていた。

 

「来よったな、坊主」

「やあ、トモヤ君」

 

人間の二人、ヘンリー理事とセシル。

 

「トム、いらっしゃい!」

「よくいらしてくれたわね。さあフランの横に座って」

 

ウマ娘の二人、フランとその母カイ夫人であった。

 

「どうもお邪魔します。今日はお招きいただいて…」

「ええから座らんか。そういう柄じゃないじゃろ坊主は」

 

智哉がなるべく丁寧に挨拶しようとするも、ヘンリー理事に制止された。

少し不満に思ったが確かに柄ではないと納得し、カイ夫人に勧められるままにフランの横に座ろうとするが──

 

「待ちなさい。僕の横に座るんだ。いいね?」

「えっ、はい、じゃあそうします…」

 

フランの父セシルより物言いが入った。

物凄い目で見られ、全く心当たりの無い智哉が首を傾げながら席に着く。

 

「じゃ、あたし達はこれで」

「ミディ、すまないね。連れてきてもらって」

「いいわよ。大事な話だし。来年はよろしくねチーフ」

「ああ、勿論」

 

姉とメイドの退室、来年や大事な話というキーワードに智哉の頭に?マークが大量に浮かんだ。

今日はフランに会いに行くとしか聞いていないのだ。

また嵌められたかと感じたが、セシルの謎の視線以外そういう雰囲気でもない。

 

「えっと…今日はどういうご用件で…?」

「だからいつも通りでええわい」

「そうよトム!」

「…わかったよ。でも自己紹介だけはさせてくれ。トモヤ・クイル。伝蔵の息子で、姉貴…ミッドデイの弟っす。フランのお母さんは初めてまして、あとの二人は…会ってるけど…」

 

そこで智哉が目を逸らす。入院していた頃、病室でのやらかしを思い出したのだ。

セシルが伝蔵と見舞いに来た時、智哉はセシルの挨拶を耳を塞ぎ全力で拒否していた。

その時は笑いながら「じゃあ知らない男でいいよ」とセシルは許してくれたのだった。

 

「怒ってないから大丈夫だよ。あの件も、選抜戦も君に感謝こそすれ怒る事は何も無い」

(怒ってるようにしか見えねえけど…)

 

セシルは未だに強烈に圧を込めた視線を智哉に送っていた。

何か大事な物を奪いに来た敵を見るような眼光であった。

 

「あのけん?おとうさま、トムとおあいしていたの?」

「ああ、会ったよフラン。でもね、トモヤ君が僕の挨拶を聞いてくれなくて…」

「…トム?そんな事したの…?」

「いや!あの時は俺みたいなのと会う機会はもうねえだろうって…すいません…」

 

智哉を詰問しながらフランの眼が青く光る。

選抜戦以来、トラウマにより気弱になっていた部分が無くなり、精神的に大きく成長したフランは時折こうやって眼が光り智哉への当たりがきつくなる事があるのだ。

ほぼ全てにおいて智哉がクズかヘタレだった時なので何も言い返せなかった。十歳下の幼女に。

眼が青く光るのはまるで原理がわからないが、智哉に圧をかける効果は絶大であった。

 

「話が進まんから許してやってくれんか、フラン」

「そこまでおこっていないわ、おじいさま。トム、つぎからはちゃんとおとうさまのおはなしをきいてちょうだい」

「おう…」

 

智哉はヘンリー理事の仲裁に感謝した。

フランは妹のように思っているが、それでも十歳下の幼女に論破されるのは心に堪えるのだ。

 

「坊主、とりあえず相マ眼の件じゃ」

「うん?何の件だよじいさん?」

「だから相マ眼じゃ、使えなくなっとるじゃろ?」

「…へ?あ、ほんとだ使えねえわ。まあいいか」

 

智哉は普段から全く相マ眼を使っていなかった。選抜戦から今日まで気付いていなかったのだ。

まるで携帯の充電が切れていたかのような反応にヘンリー理事が大笑する。

 

「お主全く使っとらんのか!?こりゃ傑作じゃな!知っておったら言うとったわ!!」

「じいさん急に何だよ!?使ってないと何かあんのかこれ?」

 

積年の後悔、悩みが全て馬鹿らしくなったような笑いっぷりであった。

事情を全く知らない智哉は困惑するばかりであった。

 

「なるほどのう、坊主じゃからこそ、かもしれんの」

「いや全く意味わかんねえよじいさん…」

「そうじゃの、説明を…」

「僕がしますよ!父さん!!」

 

大恩ある智哉に筋を通そうとするヘンリー理事に対し、セシルが手を挙げてアピールする。

ヘンリー理事の説明では、どうしても聞かせたくない部分があるからである。

 

「いいかいトモヤ君?君があの最終レースでフランに相マ眼を使った。なんか出た。フランに入った。フランが快復して光ってレースでぶっちぎった。以上だよ」

「説明雑すぎないっすかそれ!?よくわかんねえんすけど!!」

 

セシルの眼の光彩が渦を巻くようにぐるぐると回りながら一口で事情説明がされた。

父は必死であった。運命や愛バというフレーズだけは絶対に省きたかった。

 

「もうあなた!いい加減にして頂戴!」

「カイ!僕は…」

「すぐにそうなると言う訳じゃないのよ?気が早すぎるわ、本当に…ごめんなさいねトモヤさん。私はカインドと言います。フランの母ですわ」

 

智哉がフランの母、カイ夫人に目を向ける。

確かにフランの母だな、とわかる美ウマ娘であった。

面影、物腰の上品さ、どれもフランに通ずるものを智哉は感じた。

 

「あ、これはご丁寧にどもっす。フランとは仲良くさせてもらってます」

「仲良く!?早すぎるだろう!!?君はそういう趣味だったのかい!!??」

「さっきから何なんだよあんた!!!意味わかんねえよ!!!!」

 

暴走するセシルに智哉がいい加減ブチ切れた。

病室で出会った時とは人が変わりすぎである。

 

「だからあなた!やめなさい!」

「…そうだね、すまなかったトモヤ君」

「いや、そんな怒ってはないすけど…フランのお父さんの人が変わりすぎてて何が何だかさっぱりっすよ」

「お義父さん!!?君にそんな風に言われる筋合いはない!!!」

「だから急に切れる意味わかんねえんだよ!!!!情緒不安定すぎるだろうが!!!!!」

 

再び暴走を始めるセシルに智哉が再度ブチ切れた。

セシルはフランが帰ってきたその日に、満面の笑顔で智哉のゴール宣言の話を聞いている。

その瞬間にセシルの抱く智哉の印象は友人の息子で娘の恩人から、娘を自分から奪う怨敵へと変わっているのである。

智哉は自覚もなければ心当たりも無い。暖簾に腕押しのやりとりであった。

 

「あなた!!!!」

「はっ!すまないトモヤ君。どうかしていた」

「あ、はい、気にしてないんで…」

 

何が地雷になっているかわからない智哉はなるべく無難な返事に務めた。

セシルの目がヤバすぎて若干の恐怖を感じているのだ。

 

「ごめんなさいね、トモヤさん。ところで一つお聞きしてもいいかしら?」

「いいっすよ、俺に答えられる事なら…」

「うちの娘の、どこが気に入ったか聞かせてもらえないかしら?」

(えっ何この質問…ああ、契約の話か)

 

地雷が飛んできた。

カイ夫人も気が早かった。

 

「…走る姿に惹かれたとか、苦しいくせに頑張ってる姿をずっと見てきてたからとか、色々あるんすけど…約束したんです。走るなら俺がゴールで待ってるって」

「ええ!ええ!トムはわたしのゴールなのよ!おかあさま!!」

「まあ!まあ!素敵な話ね!よかったわねフラン!」

「ああああああああああああ!!!!!!!あああああああああああ!!!!」

 

セシルが耳を塞ぎ床で転がり回る。現実を拒否し始めたのだ。

統括機構三大チームの一つの実質的なトップが、地雷をモロに踏まれて発狂を始めていた。

智哉は夫、父が発狂しているのにガン無視の母娘にドン引きしつつも、もうセシルを視界に入れない事にした。

この光景が智哉が来るまでに三回ほど起きているので、母娘はもう慣れてしまっていた。

 

「あの、話進まんから…そろそろ本題に入りたいんじゃが…」

 

この地獄絵図にドン引きしていたもう一人、ヘンリー理事がおそるおそるスピードの向こう側に行ってしまった話を引き戻しにかかる。

智哉はやっぱり名伯楽のじいさんは頼りになるぜと心の中で尊敬した。

 

「まあ、その坊主…相マ眼の説明はセシルに免じてまた今度にさせてくれんか…」

「あ、うん、いいぜじいさん…」

 

まだのたうち回っているセシルに目をやりながら、老紳士が申し訳なさそうに智哉に告げる。

年の割に若々しいヘンリー理事が酷く老いているように見えた。

 

「で、じゃの…まあその、世話になったからの、坊主、トレーナーになりたいんじゃろ?」

「ああ…うん、フランと約束したからな…」

 

後ろでセシルの発狂が続く中、ヘンリー理事が話を続ける。

智哉は大事な話とは何かを察しつつあったが、この地獄のような状況で自らの人生の大事な話をするとは思っていなかった。

老紳士もひどく申し訳なさそうであった。もっと堂々と未来の一流トレーナー候補の門出を祝ってやりたかった。

 

「アレはあんなんじゃし…まあ元々、の、儂が推薦しようと思っておったから。受けてくれんか?」

「あ、うん、でも俺なんかでいいのか?じいさんの推薦とか滅多に無い、よな?」

 

お互い落としどころを探るような会話であった。聞きたい事、言いたい事はそれぞれあったがそれよりもこの場を離れたかったのだ。

ヘンリー理事は、統括機構の重鎮であり、名伯楽と呼ばれたトレーナーである。

その推薦枠を受けられるという事は、それだけの期待をかけられた、未来の名トレーナーという証明なのだ。

 

「うむ…相マ眼などなくともお主の力量は十分じゃ。観戦した時の事、覚えておるか?あの五番の子のクセ、あれは中々見切れんよ」

「ああ…覚えてるぜ。あの子クセ直ったか?」

「直ったわい」

 

ジュドモンド家保有のアリーナでの観戦で、智哉は一目でラチを回る時に独特のクセを持つウマ娘を看破していた。

ヘンリー理事はウマ娘に夢中な素振りをしつつも、しっかりと智哉を見定めていたのだ。

なお後ろでセシルはまだ転がっていた。

 

「…じいさんの推薦とか、前までの俺なら注目されてしんどいとか言ってたろうけど…もうフランの為に前を向くって決めたんだ。むしろ俺からお願いします」

「トム…うれしいわ…」

 

智哉が、しっかりとヘンリー理事に頭を下げて頼み込む。

フランとの約束、その為に自分は一流の平地トレーナーを目指すことに決めているのだ。

その決意からは逃げないと、心に決めていた。

フランはそんな智哉を見て感激していた。セシルは動きを止めたが帰ってこない。もう駄目だった。

 

「よくぞ言うた。儂から推薦しよう」

「ありがとう、じいさん。恥かかせねえようにしねえとな」

「そんな気張るもんでもないわい。まずは試験を受かる事じゃな」

 

 

 

 

 

 

 

「──ああ、来月だからな」

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