「ルーク!負けっぱなしだったじゃない!ばか!」
「トモヤさん何でそんなに何でもできるのぉ…」
「ルークはもっと体の動かし方を考えた方がいいな…」
「すごいわトム!すてきだわ!」
智哉とフラン、ルークとヴィアの4人はニューマーケット市内の総合スポーツセンターで体を軽く動かした後に、トレセン学院内の競バ博物館前を目指している。
ヴィアがフランに下僕兼幼馴染のルークの身体能力を自慢しようと、あそこで体を動かしたいと我儘を言ったのである。
そして相手を智哉に指名した結果、大惨事が起きた。
智哉も超人である事をヴィアは当然知らず、ルークと智哉に卓球、バスケの1on1、最後に身体能力だけなら勝てるんじゃないかと100m走で勝負をさせたのだ。
ルークは運動とは無縁な医者の息子であり、智哉は障害競走トレーナー、ひいてはクラブ運営者の息子である。
この差と年齢差がモロに出たのだった。
身体能力任せで人間相手に負けた事が無いルークと、理不尽な姉の遊び相手を務めていた智哉との差であった。
智哉は途中から手加減し花を持たせたが、結果としては智哉の大勝となった。
わがままお嬢様は下僕におかんむりである。天然お嬢様は大喜びである。
「運動はできた方がトレーナーは有利だぞ?もうちょっと色々やってみると良いぜ」
フランと併走するまで、早朝ランニングをやっていない男の言い草ではなかった。
同類の弟分ができた嬉しさで兄貴風を吹かせたくなったのだ。
「…そうですね、何かやろうかなあ。ヴィアは何かやりたい事ある?」
「フランとトモヤが早朝ランニングをやっていたそうよ!わたくしもやりたいから朝起こしに来なさい!」
「…はいはい。起こしに行って怒るのはやめてよ」
そんな話をしながら4人は競バ博物館前にやってきた。
英国競バ博物館は統括機構の前身、英国ホースガールクラブの事務所を改築して建てられ、競バの歴史、寄贈されたトロフィー、伝統ある名レースの絵画や解説、そして伝説のウマ娘の記念品が展示されている。
ここには、一つのウマ娘の像がある。20世紀の伝説のウマ娘、「高みを行く者」ハイペリオンの像である。
「これがハイペリオン像ね!ルーク!写真に残しておきなさい!」
「うん。すごいねこれ、よくできてるなあ」
「すてきだわ!せんそうをとめたってきいたけど、ほんとうなのかしら?」
「らしいぜ。ドイツに一人で行って競走で決着を着けようって言ってな。それが今のレジェンドグレードらしい」
当時の生徒会長であったハイペリオンが銅像になる程の偉業──戦争の代わりに欧州各国の名バ達の一大競走を持ち掛けたのだ。
日本のドリームトロフィー、米国のグローリーカップ等のシニアグレードを終えた名バ達のその先の競走の原点、欧州のレジェンドグレードはこの時生まれたのだ。
トレーナー試験にも必ず出る項目である。
近代競バの基礎を作ったと言っても過言ではない、伝説中の伝説の名バである。
ここに来たのは、博物館自体も目的であったが待ち合わせの為でもあった。
「お待たせ!じゃあ行こっか」
「お待たせしましたお嬢様。博物館でわからない事があったら何でも聞いてくださいね」
姉とメイドとの合流地点である。
学院の友人達に挨拶を済ませて戻ってきたのであった。
「んじゃ、今度は俺が行ってくるわ。挨拶だけしたらすぐ戻るから」
「第三ターフにいたわね。教官じゃないのに契約前の子の練習見てたわよ」
「おっ、助かるわ姉貴。変わってねえなあ…」
姉貴とメイドと代わるように、智哉が学院内に入っていく。
そんな智哉を見て、フランが首を傾げた。
「トム、どこにいくの?」
「顔だけ見せに行くんだよ。俺の先生にな」
*****
ニューマーケット市内全域が敷地内とも呼べるトレセン学院は広大である。
練習用の芝コースだけでも複数存在し、生徒のウマ娘達が十分なトレーニングができるように設備が充実しているのだ。
そんな学院内の第三ターフに、その男はいた。
「はーい君達~おじさんに注目してね~」
無精髭を生やし、飄々としたうだつの上がらなさそうな男であった。
サンダル履きで、くたびれた中折れ帽を被るその姿はエリート中のエリートの統括機構トレーナーとはとても思えない風貌である。
要するに見た目はちゃらんぽらんなオヤジである。
そんな男の声に、彼が見ていた未契約の本格化前の生徒達が集まる。
「おじさんほんとにトレーナーなの?よく来るけどさ~」
率直な意見であった。全くもってその通りである。
この男は自分のチームを持っているが、記者会見等は彼の右腕のトレーナーに任せている。
つまりその右腕のトレーナーがチーフと思っている生徒すらいるのだ。
「言うね~。おじさん一応トレーナーだよ?一応ね」
「えー、見えないよ!」
「で、今日はどこ直したらいいの?」
しかし、この男の助言は独特であるが的確であった。
彼女達にはよくわかんないけど速くしてくれるオジサンと人気であった。
「君はトレ鉄はもっと重いのにするといいかな~っておじさん思うよ。その走り方だとねえ、重いバ場に負けちゃうから蹄鉄で調整するとタイム上がるかな。ついでにトモも鍛えられるしね」
「ほんとー?やってみるね!」
「私も!私も見てよ!」
「いいよ~走ってみなさい」
そんな男に、一人の少年が後ろから声をかけた。
集まっていたウマ娘達が自然とその少年の容姿に目をとられる。
少年は何でこっち見んの…と怖くなった。
「うっす、先生」
「お?おお!トムくんじゃないか!元気してた?」
「ぼちぼちやってました。試験受けに来たついでに先生に顔見せに来たんすよ」
少年は智哉であった。ここに来たのは目の前のちゃらんぽらんなオヤジに用があったのである。
「ごめんね~、おじさんにお客さん来たからまたでいいかい?」
「えー!しょうがないなー!絶対だよ!」
ウマ娘達が離れていき、男が智哉に振り向く。
「試験受けたんだねえ。受かりそうなの?おじさんとこ来てくれない?」
「自信はあるんすけど、チームは多分ジュドモントっすね…ヘンリーのじいさんの推薦受けたんで」
「ええ~!おじさんトムくんなら推薦したのにさあ、水臭いんじゃない?」
智哉がこの言葉を聞いて眉間を揉む。
この男──ジョエル・ガスデンは携帯を持っておらず、更にはあちこちをブラブラしている自由人なので連絡がつかないのだ。
それはそれとしてこの男の推薦を貰う選択肢は智哉にはなかった。
「契約を約束した子がいるんすけどね、その子がジュドモントの娘なんすよ…だから先生のとこには行けねえっす。あと俺最近まで障害行くつもりだったし」
「えっ、平地来るのトムくん?それなら尚更ウチに来なよ~」
「今理由言ったじゃないすか…」
このように適当な中年男であるが、この男は100以上のGI競走を勝利している世界的なトレーナーである。
メディアに出るのを面倒くさがって顔はあまり知られていないが、統括機構においても一目置かれている人物なのだ。
というか理事である。しかし理事会には出た事が無い。理事長の辞めたい理由の一つである。
そして智哉がトレーナー寮にいた頃に、暇を見つけてはちょっかいをかけてきた男であった。
当時ガリレオ会長と出会い、持ち直した智哉は最初は変なオヤジだと取り合わなかった。
しかし、このオヤジは競走に関して言う事はほぼ的中している事にある日気付いたのだ。
それが、師弟関係の始まりであった。
師と言うと智哉にとっては伝蔵もそうではあるのだが、父の威厳は地に落ちているのでそう思われていない。哀れである。
「トムくんさあ、前よりマシな顔になったね。険がとれたというか」
「…そうっすかね?自分じゃわかんねえけど」
「いや~おじさんちょっかい出した甲斐があったよ。だからウチ来てくれない?あのおじいさんに狙ってた子獲られておじさん悔しいんだけど」
「いやだから行けねえって言ったじゃないすか!変わんねえなそういうとこ!」
オーバーリアクションでジョエルが落ち込んだフリをしてみせる。
どこまでが本気なのかわからない適当ぶりであった。
「ああ、そうだ、オブリーエンの娘さんも今年受けたらしいんだよね。じゃあそっちおじさん狙おうかなあ」
「クールモアのとこの娘とか絶対無理じゃねえ…?ってかそんなのまでいたのか。どんな子なんだろうな」
後ろから睨んできた女である。
現在妹にマッサージされながらホテルのベッドで死んでいる。
「トムくんも平地で、そのオブリーエンの娘さんもいて、いやあ将来楽しみだよおじさん」
「…いや落ちるかもしれねえすけどね。理事会もあるし…」
「…その理事会、おじさん出てあげるよ。適当に引っ掻き回しておくから」
「先生それ逆効果じゃねえかな…」
真剣な表情になったオヤジに智哉が呆れ顔で返す。
余計なことしないでくれよと心から思った。
理事長の胃薬が増えるだけである。
「んじゃ、連れがいるしもう行きます。受かってたらまた挨拶に来るんで」
「待ってるよ~、フランケルちゃんと仲良くね」
「知ってるじゃねえか!!!!!!適当な返事してんじゃねえ!!!!!!」
この後、博物館に戻って遊んだ後に、智哉達は家に帰り、ヴィアとルークはオーストラリアへの帰路へついた。
別れる際にヴィアが帰りたくないと駄々を捏ねる一幕もあったが、フランが今度は遊びに行くと約束した所でうれしそうに帰って行った。
そうして、試験結果を待つ身となった智哉であったが──ここで事件が起きたのである。
「──条件付き合格者、トモヤ・クイル」
「──成績優秀、首席合格者であるが素行面に問題あり。よって」
「──六年間、欧州での契約、競走参加を禁止。そして二年間のサブトレーナーとしての奉仕活動を命じる」
次回、一部最終回