トムとフラン   作:AC新作はよ

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一部最終話 いつかまた、約束のあの日で

「なんか、大事な事を忘れてる気がする…」

 

平地トレーナー試験を終え、学院観光を楽しんだ翌日の朝。

智哉は試験対策に追われる日々から解放され、落ち着いた朝の団欒を迎えていた。

迎えていたのだが。

 

「どしたの?まさか試験やらかしたんじゃないでしょうね…?」

 

姉が好物の母特製ニンジンキッシュにスプーンを刺しながら、智哉に訊ねる。

 

「いや、試験じゃねえんだ。でも何か違和感あるんだよ。なんつうか、ここに居るのがおかしいっつうか…」

 

統括機構トレーナー試験は年に二回行われている。

智哉は一昨日に平地試験の本試験を受けたばかりである。

平地トレーナー試験は、平地競走シーズン終了後、つまり十月に一度、そして予備試験としてシーズン開幕前の三月頭に行われている。

障害競走はほぼその逆である。

障害競走シーズンは冬~春。つまり五月に本試験、そして十月に予備試験がある。

そして、今年は平地本試験の二日後に障害予備試験が行われる日程なのだ。

智哉は五月、フランと出会う少し前に障害本試験を受けようとして姉の横槍で諦めていた。

つまり、智哉の認識では姉は今学院で障害予備試験を受けているはずである。

それを智哉は試験対策に追われる日々でド忘れしていた。まだ気付いていないのだ。

姉は智哉はもう気付いていると思っている。

姉の認識では智哉は切れ者である。

しかしこの男の明晰な頭脳は普段休眠状態なのである。使っていない。宝の持ち腐れであった。

 

「トム君、思い出せないならいいんじゃないかしら?きっと大した事じゃないわ」

 

この齟齬に母がいち早く気付いた。

愛する子二人をよく見ている母である。

 

「いや母さん、これはきっと思い出した方が良いと思うんだよ。特に姉貴を見てると違和感あってさ…」

「なによ気持ち悪いわね。言いたい事あるなら言いな」

 

智哉が眉間を揉みながら思索に耽る。

大事な事を忘れている違和感を解消したくてたまらなかった。

 

(思い出せ…最近の会話で何かあったな、親父も関係ある気がする…)

 

父は、障害競走シーズンに入ったため学院へ行った。

父、そして先日のちゃらんぽらんなオヤジとの会話に大きなヒントがあった。

 

『えっ、平地来るのトムくん?それなら尚更ウチに来なよ~』

(先生に言われたこれ、関係あるな…俺なんで五月に障害本試験受けな…………あ)

 

思い出した。

 

「あ……姉貴?」

「んー?あにお?」

「ミディちゃん、お行儀が悪いわよ」

 

ここにいてはいけない姉が、キッシュを頬張りながら返事を返す。

智哉が震えながら、いてはいけない姉を指差して、言った。

 

「なんでここにいんの!?」

「いちゃいけない訳!?あたし何かした!??」

「いや!!おかしいだろ!!今日って障害競走の予備試験日じゃねえか!!なんで受けてねえの!!?」

 

ぽかん、と姉が智哉を見つめる。弟が何を言っているか呑み込めていないのだ。

母がこの子気付いちゃった、と可愛らしく頭を抑えた。

 

「…何言ってんのあんた?あたし受けないけど」

「はあ!?何で受けねえんだよ!!?俺がおかしいみたいに言うのやめろよ!!!!」

「まあまあトム君、食事中に大声を上げるのはお行儀悪いわよ」

 

母がいきり立つ智哉をなだめにかかる。ここで騒がれたら困る理由が母娘にはあるのだ。

姉が腕を組んで、智哉の言葉を咀嚼する。

 

「………あんたまさかそういう事!?…あはははははは!!!ちょっとごはん食べてる時に笑わせないでよ!!!ひーおかしーーー!!!あはははは!!!」

 

その後に爆笑した。

 

「あああああこのクソ姉貴!!!!!!またハメやがったな!!!!!!!」

 

智哉はその姿を見て、自分が過去最大に姉に嵌められていた事に気付いてブチ切れた。

 

人並みの成績で障害競走のトレーナー資格を手に入れ家を継ぎ、人並みの手腕で家を盛り立て、人並みの妻をもらい、人並みに愛する。

 

この自分の人生設計をぶち壊されていた事にたった今、気付いたのであった。

 

「ちなみに言い出したのはパパよ。あたしは乗っかっただけー」

 

気楽に姉がそう言ってのけるのを見て、智哉は怒りで眩暈がしてきた。

フランの為に平地に行く事を決心した。それは確かだがそれでもこの横槍は怒っていいだろと思っていた。

 

「…ミディちゃん、本当の事言わないとダメよ」

「うっ、ママ…うん、わかった」

 

母に窘められ、姉がバツが悪そうに智哉に向き直る。

母娘の腹案の為にも、ここは白状させる必要があると母は判断していた。

 

「あんたね、こっち帰って来た時、ひっどい顔してたの自分じゃ気付いてなかったでしょ?戻ってきて無意識に昔の事思い出してたんだろうけど…」

「…そうか?わかんねえけど…」

「それでね、パパはあんたに平地行かせたいと思ってたみたいだけど、あたしはこのまま障害行かせてもあんたにも管理バの子にもよくないって思ったのよ」

 

ぷい、と姉がそっぽを向く。

姉は弟に本心を言う事がほとんど無い。大事な弟だと思っている事を知られるのが照れ臭いのである。

面倒臭い女だった。

 

「予備試験までにね、あんたがマシになったならあたしはもう何も言う気なかったわよ。ごめんね」

「姉貴……」

「フランちゃんに会わせるのも最初は悩んだけど、あんたにはきっと良い方向の出会いになるって思ったからここに連れて来たのよ。結果的にあんたは吹っ切れて平地に行きたいとまで言い出したから大成功でよかったわ」

 

姉がここまで自分の事を考えてくれていた事に智哉は衝撃を受けた。

嫌いではない、むしろ家族として好きではあるが、情は深くても理不尽な姉という印象が強かったのだ。

 

「そっか…それなら姉貴には感謝しかねえよ。ありがとう」

 

だから、智哉は素直に感謝を伝えた。

怒りはもう、なかった。

 

「うん…じゃあこの話終わりね。それでさー、ママもう言っていいよね?」

「そうね、言っていいわよミディちゃん」

 

ここまではもう怒ってなかった。ここまでは。

 

「あたし、来年アメリカ行くのよ」

「アメリカ?何でまた?」

「あたしの引退レースさー、あっちで負けて終わったじゃん?悔しくてしょうがないからリベンジしたいのよ」

 

姉は、引退レースでアメリカの大レースTCターフに挑み、6着で負けた。

姉は超が付くほどの負けず嫌いである。

弟とのビデオゲームでの対戦でリアルファイトに発展するほどの負けず嫌いである。

 

「復帰すんの!?レースはもういいって言ってなかったか!?」

「あの時はね。いつまでもウジウジしてる愚弟放り出して行くのも後味悪かったし」

「それはごめん…でも姉貴、グローリーカップに出るのならあっちのG1勝ってないと…姉貴勝ってたなあ…」

 

グローリーカップ──日本のドリームトロフィー、欧州のレジェンドグレードに並ぶ米国の名バ達のその先の競走である。

姉は名バである。

これまたアメリカの大レースTCフィリー&メアターフに二度挑戦し一度目を1着、二度目を2着の好成績を収めている。

つまり出走条件を満たしていた。

途端に智哉は寂しくなった。姉は理不尽だが、なんだかんだ気が合って好きなのだ。

 

「そっか…寂しくなるな。すぐ行くのか?」

「行くのは来年頭くらいかな。確かにちょっと寂しいけど、まあオフにフランちゃんやママやサリーには会いにくればいいしね」

 

一瞬智哉は俺は?と思ったが口には出さなかった。そんな事に口を挟むのは野暮と考えたからだ。

それに気になる事があった。アメリカに行くにしても専属トレーナーを探す必要がある。

 

「トレーナーは?もう見つけてるのか?」

 

 

──姉と母は、満面の笑顔で何故か智哉の方向を指差していた。

 

 

「…………」

 

智哉は、嫌な汗を急にかきながら後ろを一応確認した。誰もいなかった。

もう一度前を見る。こちらを指差す姉と母。

後ろを見る。誰もいなかった。

智哉は全力で嫌な予感を感じた。いや予感ではなく確信であった。

 

「は?………はああああああああああ!!!!!!!????」

 

つまり、姉は自分をアメリカに連れて行くと伝えている事に智哉は気付いてしまった。

人生の岐路に突然引っ張り出されて智哉は絶叫した。

 

「なんで俺!!!??行かねえからな!!!!!!受かってるかもわかんねえだろ!!!!!」

「あんた受かるでしょ。いやほんとフランちゃんには感謝しかないわねー。あたしの判断冴えてるわ」

「そ、そうだ…契約書……契約書にサインしねえからな!!!絶対しねえ!!!」

 

競走バとトレーナーが契約する際、所属チームに提出するための専属契約書にお互いのサインが必要である。

それさえ拒否すれば問題ないと智哉は胸を撫でおろした。

 

「あんたしたじゃん」

 

してた。

 

「いや記憶にねえから!!!!してねえし行かねえ!!!!!」

「トム君、これ何かしら」

 

母が胸元から何やら一枚の紙を取り出す。

専属契約書であった。智哉の名前が確かに書かれていた。

筆跡も智哉のものであった。自分で見て自分の筆跡だと気付いてしまった。

 

「なんで!!?いつ書いたの俺!!!??」

 

ふと、フランの容態を聞きに行った時の、謎のクリアファイルに入った書類を思い出した。

嫌な予感を猛烈に感じた書類だったが、母を信じて書いた覚えがあった。

 

「トム君の様子を見て、もしかしたらと思ってミディちゃんと決めたのよ。ごめんね騙すような形で」

「母さん何でそんな事したんだよお…」

 

智哉に泣きが入った。一家の良心の突然の裏切りであった。

 

「……理事会、資格は取れてもきっと良い結果にはならないわ」

 

智哉には、冤罪とはいえ補導歴と暴力事件を起こした過去がある。

統括機構所属トレーナーとして不適格と理事会に判断される可能性は大いにあるのだ。

とは言え、アスコットポニースクールの事件により学院は多数のトレーナーを懲戒処分としており、今季のトレーナー試験合格者は争奪戦となる事が予測されている。

その為過去にもあった特例措置として、智哉にも何らかのペナルティを加えた形で合格の芽は十分にあるのだ。

問題はそのペナルティの重さである。

過去の一例としては欧州での契約、競走への参加を複数年禁止というものがあった。

上記のペナルティを受け、アメリカからキャリアをスタートさせ十分な実績を残してから、欧州戦線へ殴り込みをかけた人物が過去にいたのだ。

罪名はウマ娘へのセクハラである。レース馬鹿だったその人物はトモを触りすぎたのだ。

 

「前例もあるし、確かにな…でも姉貴、母さん、ここを離れたくはないんだよ」

「どうせフランちゃんの事でしょ?倍にして返すって頼んだら貸してくれたわよ。あんたを」

「なんでまず俺に聞かねえの!!?倍にするって俺どうなんの!!?」

 

自分の与り知らぬところで、自らの身の振りが確定していた事に智哉は絶望した。

久居留家は代々、男の立場が弱いのだ。

 

「それとね、ミディちゃんって家事とかまるでダメだから、トム君がついて行ってくれるとママとしても安心できるの。年頃のミディちゃんを見ず知らずの男のトレーナーに任せるのはママとしては反対だし…」

「あーママひどーい」

 

これは確かにと智哉は納得した。智哉は要領が良く家事も問題なくこなせる。

姉の貞操より、姉の気性難に付き合わされる見ず知らずのトレーナーの方が心配になるが。

 

「色々納得いかねえけど、フランがそう言うなら…わかったよ。でも結果が出るまでは待ってくれよ。研修もあるしな」

「あたしは無理言う側だし、そこはあんたの希望通りでいいわよ」

 

トレーナー試験合格者には、トレセン学院での業務に入る前に一週間の研修期間が設けられる。

英国には競走バ、ひいては統括機構のトレーナー以外にもトレーナーという職業が存在している。

消防ウマ娘のトレーナーやレース場の誘導ウマ娘のトレーナー等と多岐にわたり、それら別分野のトレーナーの下で日々の業務を学び、修め、統括機構所属トレーナーとしての責任感を育む為の研修である。

 

「アメリカかあ……ダートの勉強しとくか……」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

統括機構トレセン学院理事会では現在、平地トレーナー本試験合格者の承認が議題に上がっていた。

今年は16歳の最年少合格者が二人も出ており、そのうち一人はどのチームに行くか察せられるが、もう一人の首席合格者の去就が理事達に注目されていた。

 

「皆様、お手の資料をご覧ください。今年の本試験合格者は678人中21人。成績優秀者は666番トモヤ・クイルが首席、664番ジェシカ・オブリーエンが次席。続いて…」

「発言、よろしいでしょうか」

 

先手を打ち、挙手したのはエイベルであった。

周りの理事達が、あの事件でトレーナー不足なのに首席と次席両取りする気かと殺気立つ。

エイベルに対し、理事長が発言を促す。

 

「…認めます。エイベル理事」

「では失礼して。首席の人物についてですが…」

 

やっぱり両取りする気かこの嫌味眼鏡、と理事達の怒りの視線がエイベルに集まる。

当人はどこ吹く風と言った様子であった。

 

「12歳の時に婦女暴行未遂、更には暴力事件での補導歴があります。更にはこれはご存じの方も多いと思いますが…先日の選抜戦最終レースに乱入したのも彼です。このような人物、いくら首席と言えど統括機構のトレーナーとしては不適格でしょう。理事長、私は彼の合格を否認する事を提案します」

 

このエイベルの発言に、先ほど怒りの視線を向けていた理事達が騒めき立つ。

事実であれば確かにトレーナーとしては不適格である。

この反応を確認したエイベルが着席し、生徒代表の座る席へ視線を送る。

生徒代表、即ち生徒会長である。

 

「──私からも発言、よろしいでしょうか」

「認めます。今日は挙手するのね、ガリレオ…」

 

今日は勝負所の大事な日だからである。普段は挙手しない。

 

「首席の彼、トモヤ・クイル氏ですが、私の友人です」

 

この唐突な発言に理事達が更にどよめく。

そのような人間を生徒会長が友人と言うのはあり得ない。

何か理由があるのだろう、そして丸め込んでやっぱりクールモアで両取りする気じゃねえかと、また怒りの視線を向けた。

 

「まず婦女暴行未遂に関してですが…これは冤罪です。真犯人は彼と同じ学年の人物、そして暴力事件は彼が被害者を守るために行った事です。これは生徒会長ガリレオの名に誓って事実である事を保証します。彼はやや口が悪い所がありますが善良な少年です。選抜戦最終レースの乱入者である事に変わりはありませんが…そこで、この私が責任を持って彼を──」

 

「おじさんも発言したいなあ」

 

首席とその約束の少女を何としても欲したクールモアの連携プレーに、割って入る男がいた。

 

「ガスデン理事…まだガリレオが発言していますが…」

「いやあ理事長ちゃん、だってねえ、おじさんおかしいと思うのよ。これ、理事長ちゃん隠してたよね?首席だよ?素行は一番調べなきゃダメでしょ~、エイベルくんから出てくるのがおかしいよねえ?」

「………何の事やら。発言は認めません」

 

ちびっこ理事長が、変な汗をかきながら目を逸らす。実際に隠していたからだ。

目の前の男、つまり前例がいるからである。

 

「もうこれ言ったらおじさん退出するから言わせてくれない?おじさんも昔試験でさあ、合格したけどペナルティ食らったんだよねえ」

「認めません!発言を認めません!!」

 

形振り構わず理事長が発言を止めにかかる。

それを言わせると、どうにもならなくなるのだ。

 

 

 

 

 

「何かアドバイスしようと声かけてからトモちょっと触っただけで、おじさんは欧州で8年契約とレースできなかったんだよ。誰だったかなあ、あの子。ちっちゃい子だったなあ。首席の子もさあ、冤罪ならそっちは無しでも乱入はそんなもんじゃないかなあ。前例があったらさあ、それに倣うべきだよねえ」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「やだあああぁぁぁぁぁあ!!!!!!もう辞めるうぅぅうううぅうううう!!!!!!」

 

理事会終了後、理事長は何度目かの駄々を捏ねていた。

あの後の空気の重さは耐えかねる物があった。

まず知らずとは言え隠していたものを掘り出したせいで、とんでもない事態になった嫌味眼鏡の眼鏡がずれ、やらかした事を理解したガリレオ会長が紅茶をまた膝にぶちまけた。

この二人はちょくちょくいちゃもんを付けては、クールモアに首席を持って行く常習犯だったので良い薬ではあった。

 

「ウェルズちゃんが過剰に反応したのが元々の原因だから、自分で蒔いた種でしょう?ちゃんと謝ったの?」

「謝ってない……もう何年も前じゃんミル姉……」

「それはジョエル君も怒りますよ、ウェルズちゃん」

 

何やら過去の因縁の話をする秘書と理事長。

こういう時は理事長が悪い事が多かった。

 

「でもさあ!!!!!久しぶりに顔出したと思ったらこれはないでしょ!!!!しかも首席の子の面倒見てたらしいじゃんあのオヤジ!!!!!!意味わかんないんだけど!!!!!!」

「セシル君と目配せしてましたね。何か思惑があっての事でしょうね…」

「何したいんだよあのオヤジィィィィ!!!!!ガリレオと嫌味眼鏡もそれくらい察しろよおおおおおお!!!!!」

 

床の上で理事長が地団太を踏む。乱入も折角不問にしたのに台無しにされたのだ。

 

「これペナルティ決める私が悪者になるじゃん!!!!!私全力で庇う気だったのに!!!!!ジジイもこういう時くらい出て来いよ!!!!!!」

「ブレーヴちゃんやリボーさんと同じでしょうね、あの最終レースの子」

「そうだよミル姉!!!!だからあの乱入はどうしようもないじゃん!!!!!あの首席の子どうあがいても乱入してたよ!!!!!!!!」

 

地団太を踏み疲れたのか、理事長がそのままだらしなく椅子に座り額を抑える。

どうしようも無い事にペナルティを出す事がしんどすぎて嫌になってきていた。

要するに辞めたいのである。

 

「前例通り8年はムリ。入学しちゃう」

「そうねえ」

「6年。それに2年の奉仕活動。期間中に奉仕活動やらせて実質6年」

「無難なところね」

 

秘書がしんどそうな理事長の頭を撫でる。

なんだかんだ頑張る時は頑張る後輩だから、見捨てずに面倒を見ているのだ。

 

「ウェルズちゃん、セシル君とジョエル君の目論見通りなら、きっと首席の子にも悪い事にはなりませんよ」

「そうだと良いけど…」

 

こうして、首席合格者の処遇は決まったのである。

 

 

そんな理事長室とは別室のとある場所──

 

 

「たぶんね、6年だと思うよ、理事長ちゃんなら。大丈夫だよ~理事長ちゃんもよく知ってる事だから。アメリカの方はおじさん詳しいしジュドモントもキーンランドカレッジにチームあるでしょ?なんとでもなるよ」

「そうだといいんですけどね…今回はご協力、ありがとうございました」

「元々首突っ込むつもりだったからいいよいいよ、一年ちょっとくらいの付き合いだったけど教え子のためだしね」

 

セシルとジョエルは、理事会の前に協議していた。今回のジョエルの介入についてである。

目的は、一つであった。

 

「ガリレオに冤罪だと主張させてから介入するとおっしゃったのには驚きました…確かに彼女から理事会でトモヤ君の無実を伝えてもらうのが一番説得力がありますね。えげつないですけど…」

「これでね、トムくんは合格できるし、先に公示して処分しましたよってやれば、こっち戻ってきたら変なやっかみやマスコミの勘繰りで色々ほじくり出されなくて済むだろうしね。フランケルちゃんも納得してるんでしょ?トムくんなーんにも知らないのはおじさんどうかと思うけど」

「…トモヤ君が知ったら、そんな事なら残るって言い出しかねないですから。彼の家族にもそこは口止めさせてもらってます」

 

智哉は、16歳という若さでトレーナーとして大成できる能力を持っている。

名を上げるに連れて、その過去が暴かれ周囲の喧騒に悩まされる懸念を、フランの入学前に解消させるのが目的だったのだ。

智哉の訪問を受けたジョエルがすぐに動き、セシルに協力を申し出たのが今回の経緯である。

 

 

 

「アメリカでさ、顔隠して名前変えさせてもおもしろそうかもねえ。あっちその辺ゆるいから」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

『──六年間、欧州での契約、競走参加を禁止。そして二年間のサブトレーナーとしての奉仕活動を命じる』

 

こうして、智哉の処分は決まった。禁止期間内に奉仕活動をこなす事になり、アメリカで四年のトレーナー生活を行う運びとなったのである。

 

「…じゃあ、行ってくる。オフには帰ってくるからさ」

「おからだにきをつけてね、トム」

「ああ、フランもな」

「ばいになって、かえってきてね」

「えっ、その話マジだったの…」

 

研修で手違いにより地獄を味わうハプニングもあったが、無事に終えた智哉は空港でフランの見送りを受けていた。

フランは、父であるセシルから智哉の処分についての話を受けた時、泣いて嫌がって父を困らせた。

しかし必要な事であると説かれ、悩んだ末に一つの決意を抱いた。

 

「トム、わたしね、つよいこになるわ」

「フランは今でも十分強いよ」

「ううん、もっとよ、うんとつよくなるのよ」

「じゃあ、もう俺じゃ勝てなくなるなあ」

 

久居留邸のあの日々の中、フランは智哉にずっと守られてきた自覚があった。

フラン自身それがうれしくて懐いていたし頼ってしまっていた。

だがそれではいけないと考えた。負担になりたくないと思った。

あの守護者に逃げた時のような独りよがりでなく。

将来、約束を果たした時に支え合いたい。そう、思っていた。

 

「おおきくなって、おとうさまのおゆるしがでたら、おばさまにおりょうりをならうわ」

「うん、頑張れ」

「トムにつくるから、たべてちょうだい」

「おう、楽しみにしてるぜ」

「ヴィアちゃんのおうちにあそびにいくときも、がまんしてひこうきにのるわ」

「ああ、フランならきっとできる」

「レースのおべんきょうもたくさんするのよ、もっとはやいウマむすめになるわ」

「今より速くなったら誰も勝てないぞ…」

 

一生懸命、やりたい事を智哉に語る。

電話で連絡はするが、しばらく会えなくなる。

大好きな優しい目が、見れなくなる。

だから目に焼き付けたいとフランは智哉の目をしっかり見て、語った。

 

「それとね…それとね…」

「うん」

「いいたいこと…いっぱいあるのよ…あるのに…」

 

目が滲んで、大好きな目がよく見えない。

ふと、頭に手が置かれた。

大好きな、撫でてくれる手だった。

 

「…オフには帰ってくるんだからさ、大げさだって」

「でも…さみしい…さみしいわ、トム」

「そうだ、これ…貰ってくれるか?」

 

智哉が、荷物の中から小さな箱を取り出す。

それを、フランの手の上に乗せた。

 

「…なにかしら?」

「開けてみてくれ」

 

ぱかりと、フランが箱を開けると、ピンク色の星のポイントが入った、水色の耳飾りがあった。

ニューマーケットでヴィアと会った時、彼女の耳飾りを見てフランにと考えて買っていた物だった。

 

「わあ…!」

「フランみたいなお嬢様に、こんな安物どうかとは思って渡しそびれてたんだけどな…」

「ううん、うれしいわ!わるいこの、あいつのいろよ!」

「誰それ…」

「つけてみてもいい?」

「もちろんいいぜ、付けてやるよ」

 

右耳に耳飾りを付ける。

綺麗なフランの金髪に、ピンクの星が浮かんだ。

 

「たからものにするわ!うれしいわ!」

「大げさだろ…ありがとな」

 

もう一度フランの頭を撫でる。フランはされるがままに、頭を摺り寄せた。

 

「時間だ。行ってくるよ」

「ええ!いってらっしゃいトム!」

 

フランに手を振り、待っていた姉に合流する。

姉は、何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

苦渋に満ちた、手遅れになった何かを見るような顔であった。

 

「姉貴何だよその顔…?」

「あんた……フランちゃんと二人でいる時いつもこんな感じなの…………?」

「え?おう」

 

 

 

 

「あたししーらない!!」

「だから何だよそれ……」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

こうして、わたしの競走バとしての未来、その全てを決めた六歳のあの日々は終わりを告げた。

それからわたしは、飛行機に乗ってヴィアちゃんとルークさんに会いに行ったり、エクスちゃんがクラブに乗り込んで来たり料理を何度も失敗したりと楽しい日々を送っている。

 

『ミッドデイ勝ちました!!グローリーカップフィリーズターフ、これで3勝目です!突如ここアメリカに現れた謎の覆面トレーナー、天才ジョー・ヴェラス氏とのコンビは目を見張るものがあります!!特にヴェラス氏は最近はクオリティロードとのコンビでもよく知られて…おおっとミッドデイが何やら二着の相手と…あっと中指を立てました。これはいけません!ライブ前に乱闘!乱闘です!ヴェラス氏が止めに…入らず全力で逃げました!この光景もおなじみですね』

 

「何をやっているんだ、あいつらは…」

「うふふ、元気そうね」

 

ちょっとだけ、私より先にあの人と契約している競走バの先輩達をうらやましく感じる。

けど、あの人のあの眼も、あの優しさも知っているのはきっとわたしだけだから。

貸してるだけだし、倍になってわたしの所に帰ってくる。だから悔しくないし…。

あの人は、来年学院に戻ると言っていた。先に行って、わたしを待っていると。

 

「お嬢様、本日の理事会主催の社交会は…」

「行くわ!エクスちゃんは来るかしら」

「彼女は諦めた方が…とにかく支度しましょう」

 

 

 

 

 

 

きっと、約束の日はすぐにやってくる。

わたしのゴールは、わたしを待ってくれているのだから──




これで一部終わりになります。
最後駆け足で新キャラぶっこんだりしたけど許してね。
ストック作らずに書いてたけど矛盾点とか無いかが不安でならない…
二部に行く前に、一部の主要キャラ紹介と1.5部トレーナー研修編、アメリカ編を少し挟みます。
どちらにも紹介したい馬がいるので気になったら調べてくれるとうれしいなって…。
お気に入り、評価、しおりありがとうごさいます。
感謝しかないんやで。

一部もうすぐ終わるけど、主要キャラ紹介的なのは必要ですか?設定だけ用意した部分を語る場がほしいなって…

  • いる
  • いらない
  • 続けを書けっつってんだよえーっ!
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