研修その一 いかにして彼は死地に送られたか
『今日のニュースです。ロンドン近郊を以前から騒がせている怪盗シャルガー・ハーンが昨日、ウェストミンスター区に出没しました。今回の目的は区内のゴミを盗みに来たと言う事で清掃作業を実施…今回も彼女を取り逃がしたロンドン警視庁怪盗対策班の隊長は記者の追求に対し…』
BBCニュースがテレビで流れる中、二人の人物が何やら作業中であった。
「ああ、このページです。トモヤ君は
「…研修の届け出するの久しぶりじゃけど、最近は進んどるのう…紙で願書出すもんじゃと思っとった」
ジュドモント邸、セシルの私室。
ここで老紳士ことヘンリー理事とその息子セシルはある業務を行っている。
トレーナー試験推薦者による、合格者の研修先の指定である。
統括機構トレーナー研修制度──トレーナー試験合格者が他業種のトレーナーの下で一週間の研修を行い、トレーナー業務への理解と責任感を育む重要なトレーナー制度である。
この研修先は、推薦者が合格者と協議の上で、統括機構事務局へ届け出を行うのだ。
ヘンリー理事は久しぶりに研修の届け出を行うに当たって、以前のように願書を郵送ではなく統括機構のHPで登録するように変わった事を知らなかった。
そして現在息子セシル指導の下で、セシルの私室のPCを使い作業中なのだ。
「しかし坊主はつまらんのー。こんな楽そうなとこ希望しおってからに…しかも儂のコネ使ってくれって、よう言うわあの坊主」
「ははは…トモヤ君らしいと言えばらしいですね」
きっかけは、智哉からの一本の電話だった──
『どうも、ヘンリー理事、今日はお日柄も良く…』
開口一番、念願の平地トレーナーになり、アメリカ行きも決まり落ち着いたために平常のクズモードに戻った智哉は慣れない敬語を使った。どうしても頼みたい事があるからである。
「誰じゃお前…坊主か?気持ち悪いからやめんか」
『ひでえなじいさん…いやあ、あのですね、ほら、研修期間もうすぐじゃないっすか』
「そういえばそうじゃな。なんじゃ、行きたいとこでもあるんか?」
『えっとですね…
頼みたい事とは、レース場の温厚な誘導ウマ娘を一線を引いた老トレーナーがのんびりと管理する、
最も楽な上に昼食及び昼寝付きに紅茶飲み放題、トレーニングものんびりと柔軟体操などの簡単な体調管理のみ。
その反面最も倍率が高い。3名の定員に対し、今回の合格者21人全員が殺到してもおかしくないのだ。
その人気の
(儂の孫、これに助けられとるんか…儂の孫の運命これ?マジ…?)
ヘンリー理事は若干、いやかなり呆れ果てたが智哉は孫の恩人である。これくらいのコネなら叶えてやっても良いと了承したのであった。
そうして現在、登録してから事務局に電話連絡を行い、理事権を濫用するところなのである。
「ええと、これにチェックじゃな…」
「だーれだ!」
そんな時、不意にセシルとヘンリー理事の視界が塞がれた。
「こらこら、二人ともだめだよ。僕と父さんはお仕事中なんだから」
「うふふ、ごめんなさいおとうさま」
「…ごめんねおじさん」
目を塞いだのは、セシルの愛娘フランとその従姉妹ナサだった。
今日はナサがジュドモント本宅に遊びに来ていたのだ。二人はある理由でセシルとヘンリー理事にいたずらを敢行したのである。
「おお、儂の目を塞いだのはナサか。もう許してくれんかのう…」
「……ぷい」
ナサは、先日の選抜戦で約束を破って、祖父がレースを観てくれなかったので口利かない期間中であった。
しかしナサ自身が大好きなじいじと喋れなくて寂しくなってきたため、仲直りのきっかけを作ろうとフランが提案したのがこのいたずらだった。
「のう、許しておくれ、この通りじゃ」
ヘンリー理事がナサに向き直ってナサの頭を撫でる。
──その際、肘がマウスに当たって、一度クリックされた。
「……シーザスターズモデルのしょうぶてつがほしいな、じいじ」
上目遣いでナサがヘンリー理事を見上げる。必殺技、仲直りのおねだりである。
ヘンリー理事に効果は抜群であった。
「いいとも、いいとも、トレ鉄も買ってやるとも」
「…ほんと?じいじだいすき!」
仲直り完了である。じいじは孫には絶対に勝てないのだ。
「さあ、仲直りしたところで僕たちにお仕事をさせてくれないかな?後で一緒にお出かけしよう」
「はーい!よかったわねナサちゃん!」
「うん。じいじ、あとでね」
ナサとフランが退室した所で、ヘンリー理事が一言漏らす。
「のうセシル、儂の孫かわいすぎんか?」
「そうですね…かわいいなあ、トモヤ君が憎いなあ…」
「おっと続きを教えてくれんかセシル」
セシルの目がヤバくなってきたのでヘンリー理事が真顔で話を変える。
あの智哉の訪問からまだ立ち直っていないのだ。パパは繊細であった。
「…そうですね、あれ?登録終わってますよ?」
「ん?そうかの?ちゃんと
「なってたと思いますけど…」
「まあええじゃろ。事務局に連絡するわい」
ここで、二人は確認をするべきであった。
しかし、もう遅いのだ。その時はもう過ぎてしまった。
「ああもしもし、儂じゃけど…今登録した儂の推薦者の研修、なんとか通らんかのう?」
「コネ使わなくても通る?不思議なもんじゃな…大丈夫かとはどういう事じゃ?そのまま通してくれてええぞい」
一方、オブリーエン家の邸宅──
「ちちうえ!!なんでこうなったの!!!?」
成長して言葉遣いがはっきりしたはずのエクスが、幼児退行する程に慌てふためいていた。
そして彼女の目の前にいる、父エイベルであるが…
「……自分で登録したのか。私に見せたら反対されると…」
眼鏡がずれすぎて、もう半分落ちていた。
無表情な彼は、眼鏡に感情が現れやすい。つまり狼狽しているのである。
「ちちうえ!これとりけせないの!?あねうえなにかんがえてるの!!?」
「…連絡はしてみるが、登録は二日前か…」
その登録は、研修受付期間に入ってすぐに届け出が出されていた。
もう先方に連絡が行っているのだ。これをキャンセルとなると理事の力でも難しい話であった。
「ていうか!!あねうえあたまいいのになんで!!?あねうえじぶんのことわかってないの!!?あねうえもやしだよ!!!」
エクスが最早王様じゃなくてただの幼女に戻っている。母代わりの大好きな姉、ジェシカの一大事であった。
その二人の視線の先には──
✓UCO19
✓UCO19
✓UCO19
*****
研修初日──智哉はある場所にやってきていた。
「お!研修ってお前か!!よく来たなあ!!」
赤毛の筋骨隆々なウマ娘が、何故かサンドバックを熱心に叩きながら智哉を迎える。
彼女の名前はダスティノーブル。好きな物は現行犯逮捕。嫌いな物は始末書。
気性難である。
「おお、今年は二人来るとはねえ。さっきの娘といい若いなー」
鹿毛のしなやかなバ体のウマ娘が、ダーツで上司らしき写真を穴だらけにしながら言う。
彼女の名前はブラッドウェバー。好きな物は強行突入。嫌いな物は始末書。
気性難である。
「ちょっとジャック、射撃場の弾無くなったよー?」
芦毛の小柄なウマ娘が智哉の付き添いにそう投げかける。
彼女の名前はアーディーサヴェア。好きな物は銃乱射。嫌いな物は弾切れと始末書。
気性難である。
「お前!!今のはイカサマ使っただろ!!!」
「ああ!!?使ってねえよ払うもんとっとと払えや!!」
署内での賭けポーカーで罵り合いながら殴り合う黒鹿毛の二人のウマ娘。
二人の名前はシャノンフリゼルとセヴリース。好きな物は署内でのスリルある賭博。
嫌いな物はイカサマと始末書。
気性難である。
「シャノンとセヴはポーカーやめろ!!アーディは弾また使い切っちゃったの!!?」
それぞれに指示、いや怒号を飛ばす彼女達の上官トレーナー。
哀愁ある背中の金髪の男ジャック・ボウアー小隊長。
好きな物は平和な一日。嫌いな物は減俸。
苦労人である。
ここはロンドン警視庁、
智哉の、研修先であった。
(ジ……………ジジイイィィィィィィィ!!!!)
智哉は、心の中で怨嗟の声を上げた。
二日前、突然「ごめん」と一言だけ文章を添えて、ヘンリー理事から研修内容を記した封筒が届いた。
うきうきしながら開封して中身を見た瞬間智哉はひっくり返った。封筒は地獄への片道切符であった。
ヘンリー理事は何度電話をかけても留守電であった。あのジジイは逃げたのだ。
この封筒を見た姉は爆笑した。
コネなんて使おうとするからバチが当たったのよと智哉は言われ、膝から崩れ落ちた。
そうして智哉は気性難蔓延る死地に送られたのである。
「ええっと、クイル君!大丈夫だから!こんな感じだけどみんな真面目な警察ウマ娘だからね!?」
ジャック小隊長がこの惨状を必死に弁解する。無理筋の言い訳であった。
智哉が分室の外に出て、もう一度部屋名を確認する。ウマ娘マフィアの鉄火場じゃないかと確認したかったのだ。しっかり第二小隊室と書いてあった。現実は非情である。
「あっ出ないで!ほら!奥行こう!!ね!?」
慌てて追いかけたジャックに背中を押され智哉が中に捻じ込まれる。ここまで一言も発していない。
「奥にね!もう一人来てるから!同期だし話す事もあるでしょ!ね!」
ジャックは必死であった。今回の研修は警視庁にとっても十年振りである。
何かあったら減俸が確定する。彼は給料を満額貰える方が珍しいのだ。
「えっ、もう一人いるんすか…?」
「そう!そうなんだよ!オブリーエン家のお嬢さんらしくてね!年も近いから!きっと仲良くできるし楽しく研修やれるよ!」
奇特すぎる同期がいる事に智哉は多少興味を持った。
しかも先日、師であるジョエルから聞いていたオブリーエン家の令嬢らしい。
(…俺みたいな手違いか?ちょっと気の毒だな…)
智哉は同情した。ウマ娘でもない女性には厳しすぎる環境である。
そうして奥のパーティションに区切られた一角に案内され、そこに──
「……トモヤ・クイル…?」
睨んできた女がいた。
気性難どもは全員ラグビー選手の名前からとりました。