トムとフラン   作:AC新作はよ

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研修その四 いかにして小隊は任務に向かうか

「ふんぐぐぐ……!!」

「ジェシカさん良い感じだね!いいよ!」

「行くぞトモヤーーーー!!ちゃんと受けろよ!!!」

「お、俺もあっちでやりたいなって待って!!!ぐええ!!!」

 

研修二日目である。

一方は平和な訓練風景。もう一方は地獄が展開されていた。

智哉は結局、気性難どもから見逃してもらえなかったのである。

ジャックは今とても平和で穏やかな日々を過ごせていた。

研修に来た少年を気性難どもが気に入ったおかげで、彼女たちの訓練相手を彼に務めてもらえるからだ。

警察官にならないか真剣に勧誘するかすら検討していた。

その勧誘相手は腕自慢の気性難どもの対人制圧訓練、タックルからの捕縛を全員分受けてその前に死にそうだが。

 

「ふう……これなら何とか…やれます」

「うん、良い感じだね。ゆっくり慣らしていこう」

 

ジェシカ用の訓練メニューにエイベルと智哉が協力している事を、ジェシカには伝えていない。

エイベルからの希望だった。踏み込んではいけない何かがあると思った智哉は、それに従った。

そしてもやしを使ったメニューの作成は難航を極めた。

まずジャックが考えていた基礎体力作りのメニューは全て破棄された。

「これだと姉上しぬかも」と妹から物言いが入ったのだ。

腹筋腕立てスクワット20回ずつで死ぬってどういう事だよと智哉はドン引きした。

もやしにも程がある。

エイベルも眼鏡がずれた。娘の体力のなさは知っていたが想像を絶していた。

そしてまず筋トレはやらせない方向になった。

そしてスタミナを付けさせるところから入るかと協議を始めたのだが、

「走らせるのも無理だと我は思う。姉上は300mもたずに足が子鹿になる」と更に幼き王者から物言いが入った。

更にエイベルの眼鏡がずれた。

智哉はあの女くしゃみしただけで死ぬんじゃねえかと頭を抱えた。

 

「自分の事はわかっていたつもりでしたけど、私こんなに体力無いのね……」

「ははは……まずは少しずつだよ、少しずつ」

 

結局、体勢を一定に保つだけの体幹トレーニングなら何とかやれそう、という幼き王者の意見を全面的に採用したメニューをトレーナー三人で協議して組んだ。

動かしたら危ないと言う結論に至ったのだ。もやし少女は余りにももやしであった。

 

「ジャックさん!こっちも見てほしいんすけど!ってか代われよ!!聞こえてんだろぎゃああああ!!!」

 

ジェシカには、多少の心境の変化があった。

今、目の前で腕自慢の気性難どもの格闘訓練の相手を務めて、死にそうな同期を見たからである。

第二小隊はウマ娘隊員5人に上官トレーナー1人の編成である。一人あぶれるのだ。

その相手をやらされているのである。

 

(トモヤ・クイル、あの男ここで死ぬんじゃないかしら……嫌な男だけれど、同期が目の前で死ぬのは後味悪いわ………)

 

嫉妬していた相手がその力を持つ故に、ウマ娘の相手が務まる故に死にそうになっているのを見て真顔になったのだ。

今も羨ましいのは変わりないが、良い事ばかりではないと気付いた。

 

(……昨日も冷静になって考えたら、当たり散らして迷惑かけたわよね……運び方に文句は付けたいけど謝るくらいはした方がいいのかしら)

 

昨夜、目覚めたジェシカに待っていたのは、妹の説教であった。

 

『いい加減にしろ姉上!我がどれだけ心配したか!!』

 

涙目の妹に怒られて流石に反省したのだ。

あの首席へのコンプレックスはまだ残っているが、それよりも無事に妹の元に帰る事を優先する事にしたのだった。

そして今日の朝、智哉と顔は会わせたがその時はまだ劣等感から無視していた。

向こうからも特に何もなかったからというのもあった。

 

(訓練後に、こちらから話しかけるしかないわね…癪だけれど)

 

しかし、その時は来なかった。

 

 

──緊急出動である。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「一言!いいっすか!!」

「うん、もう言いたい事はわかるよ…」

「俺達統括機構の!競走バのトレーナーなんすよ!!警察官じゃねえんだよ!!言ってる事わかるか!!?」

「うん、わかる……」

「何で!!ここに連れてこられてるんだよ!!?ふざけんなよマジで!!!!」

 

現在、銃撃戦が行われている真っ只中である。

智哉とジェシカ、そして隊長であるジャックは遮蔽物に隠れて銃撃から身を守っていた。

 

「本当にごめん………減俸だろうなあ………」

「てめえの給料より俺達の命の心配しろよ!!もう一回言うけどふざけんなよマジで!!!」

 

智哉はブチ切れていた。出動と聞いて、まさか連れてこられると思わなかったのだ。

事の発端は、訓練中に出動命令が出た時であった。

 

『おっ!出動か!オレ達のかっこいい所見せてやるよ!!』

 

まずフォワード担当ダスティがそう言い、そこで智哉はなりふり構わず逃げた。

 

『たぶんあいつだろうねー、じゃ、行こっかー』

 

しかしポイントマン担当のブラッドに即確保された。現実は非情である。

ジェシカは適当に摘み上げられて抵抗できなかった。もやしは収穫されたのである。

ジャックは「それだけはやっちゃダメだって!お前ら!ステイ!!」と半泣きで叫んだが本人も摘み上げられていた。愚かなヒトミミは腕自慢の気性難ウマ娘には絶対に敵わないのである。

そして、銃撃戦の只中にいるのだった。

 

「死にたくない…死にたくない……エクス、先立つ姉さんを許して………」

 

もやしは耳を塞いでガクガク震えていた。

荒事とは無縁の令嬢にはキツい環境である。

 

「多分、大丈夫なんだけど……いつものように弾は当たらないように威嚇してるだけだし……」

「信用できるかそんなもん!!じゃあ今すぐあんたここから出てみろよ!!!」

 

ここは、ロンドン市内のとある銀行である。

武装した複数人の人間と一人のウマ娘が銀行を制圧しているのだ。

何故か人質を取らずに銀行員も客も解放されている。

 

「ええっとね……言っちゃダメなんだけどなあ……内緒にできる?クイル君、ジェシカさん」

「…………何かあるんすか」

 

智哉は聞いてはいけない話をしそうな雰囲気のジャックを見て冷静になった。

もやしは耳を塞いでいるので聞いていない。

 

「ほら、あそこの犯人のウマ娘……‥」

「ああ、あれずっと捕まってない怪盗ウマ娘っすよね……確かシャルガー・ハーンとかいう名前の」

 

ジャックが指差した先には、現在一味の部下達に指示を出しながら、両手に持った拳銃で威嚇射撃を行っている派手な見た目のウマ娘がいた。

黒鹿毛で仮面で顔を隠し、緑のシルクハットに同じ色の外套、装飾の散りばめられた黒いタキシードを着た男装のウマ娘であった。

智哉も映像で見た事がある怪盗であった。そして肉眼で一目見て、あれは競走バの勝負服ではないかと感じた。

 

「あれ?……勝負服っぽいんすけど…改造してるけど……」

「わかるの?すごいね。そうだよ……シャーガーって、知ってる?」

「…………何で言うんすか!!?絶対言ったらダメな話だろそれ!!!!」

 

シャーガーとは──英国クラシック路線の大レース、エプソムダービーを史上最高の10バ身差で勝利し、同年のアイリッシュダービーとキングジョージも制覇した伝説の競走バである。

そんな伝説の名バの彼女には、悲劇が待っていた。

 

「もう聞いちまったから聞くけど!!誘拐されて行方不明じゃねえのかよ!!何であそこで元気に銃ぶっぱなしてるんだよ!!?」

 

彼女はある日、アイルランド旅行中に誘拐されたのだ。

そして彼女の所属チームに、誘拐犯から身代金が要求された。

所属チームは即答で拒否し、彼女はそのまま行方不明になっている。

しかし、今目の前でそんな悲劇のウマ娘が元気に銃を乱射していると言うのだ。

 

「あのね……誘拐までは本当らしいんだけど、そこから逆に返り討ちにして全員子分にしてから、身代金は自分で要求したらしいよ」

「…………意味がわかんねえんすけど」

「そうだよね、わからないよね………俺もわからないんだ………」

 

ジャックの長年の苦悩に満ちた表情を見て、智哉はもう怒りが完全に消え去った。

あの気性難の隊員達と、あの怪盗に長年困らされているのが察せられたのだ。気の毒すぎる。

 

「ウチの第二小隊はね、第一小隊のバックアップ兼彼女の対応が主な任務なんだ……うちは、問題児ばかりだから……こないだもね、アスコットの件で…」

「あ、はい、もう怒る気無くなったんで…てかあの件で出動したのここだったんすか…」

 

アスコットの校長は緊急逮捕されたと智哉は聞いていたが、その逮捕を行ったのがこの第二小隊であった。

その件でジャックは減俸され隊員は始末書の山で泣いている。

 

「統括機構理事会とね、英国王室とアイルランド大公とうちのトップからの連名でね……子分は良いけど彼女は絶対逮捕するなって指示が出てるんだ‥…重犯罪はやらせないから遊び相手になってやってくれって……壊したものもちゃんと弁償してるし……」

「それは言うなよ!!!何で俺に聞かせてんだよ!!!?」

「さっきから何を騒いで……」

「てめえは耳塞いでろ!!!いいから!!!」

 

ジェシカが耳から手を離そうとしたので智哉が慌てて塞がせる。

明らかな厄ネタをジャックは聞かせやがったのである。ジャックは苦渋の表情であった。誰かに言いたくて仕方なかったのだ。

 

「俺はねえクイル君!!!王女殿下の遊び相手とあいつらの世話のために警察官になったんじゃないんだよ!!!わかる!!!??」

「だから言うんじゃねえよ!!!洒落にならねえだろ!!!!」

 

ジャックの目がおかしくなり始めた所で、銃声が止んだ。

 

「あ、終わりー?もっと撃ちたかったんだけど」

 

小隊のマークスマン担当のアーディが物陰から平然と出てくる。本当にいつもの事らしかった。

 

「栄光あるウマ娘中央活動部第19課(U C O 19)第二小隊の諸君!!今日はよく来てくれた!私、怪盗シャルガー・ハーンと楽しいゲームをしよう!!!」

 

高らかに声を上げながら、件の怪盗がいつの間にか用意されていた高台に乗って全員を見渡す。

 

「そこの二人は新メンバーか?ジャック、答え給え!!」

「統括機構の研修生です………」

「えっ……連れて来たの?いいの?」

「よくないです……減俸です……」

 

一瞬だけ怪盗が素に戻る。流石にその返答は読めなかったのである。

先ほどの話を聞いていなかったもやしは、普通に話している小隊長と怪盗の意味がわからなくて目をぱちくりとさせた。

 

「……気を取り直して!!!今日はこの近辺に時限爆弾を複数仕掛けさせてもらった!!私を捕まえるか市民に犠牲を出すか!!選び給え!!」

「くっ、なんて卑劣なヤロウだ!」

「おー、爆弾解除するしかないわね~」

「急いで解除にむかお~~」

 

一名を除き棒演技で対応する隊員達。怪盗殿下はこういうシチュエーションが大好きらしかった。

 

「よし!!ならば私はここで君達の活躍を…‥ん?何だ子分Aそんなに慌てて……私の机の上のサンプル?あんな所に置くなと機材置き場に戻したが……えっ」

 

 

 

「本物…………?」

「諸君、ご、ごめん………」

 

 

 

 

 

「一個だけ…本物、仕掛けちゃった……………」




怪盗出すの唐突すぎる気がしてきたんで研修その一冒頭にちょっと描写増やしました。
いつの間にかUA一万行ってた。
ほんま感謝しかないんやで。
会長とアホの子の過去話とかいるやろか…
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