「どどどどどどうしよう………」
「とととにかく解除!全員で解除しましょう!何個仕掛けたんですか!?時間は!?」
「150個……………60分………もう五分くらい経ってる………」
「終わりだあ………免職だあ…………」
もはやキャラを保つ事ができない怪盗とその場に崩れ落ちる宿敵役の小隊長。
一大事である。ロンドン市内に手違いから本物の時限爆弾が仕掛けられているのだ。
「何で今回こんな手の込んだ事したんですか!?先日みたいに清掃作業とかでよかったじゃないですか!!」
「いつもジャックと隊員のみんなにはお世話になってるから、お礼に解除した数に応じて豪華景品を贈りたくて…いつもの6人じゃ厳しい数に……」
今回の怪盗の犯行理由は日頃の感謝の気持ちであった。
育ちの良い怪盗は律儀に恩返しをしようと考えたのだ。
「言ってる場合じゃねえぜ!!怪盗サンの子分含めて全員でやるしかねえ!」
「そうだねー、仕掛けた場所の地図とかどうせ用意してあるんでしょ」
「そそそうだな。子分B!全員に地図を配り給え!!」
こんな状況でも平静を保つ腕自慢の第二小隊隊員に発破をかけられ、気を取り直した怪盗が子分に指示を飛ばす。
そして怪盗一味と第二小隊はどこに誰が向かうかの協議に入った。
そんな一大事を、智哉はただ傍観していた。
プロに任せた方が当然いいという判断と、流石に最近おかしいと思い始めたのだ。
(………フランが悪いって事は無いし絶対思わねえけど、あいつと出会ってからずっとロクな目に遭わねえのはどうなってんだこれ……?爆弾騒ぎにまで巻き込まれるとかおかしいだろ。何か悪霊でも憑いてんじゃねえのか……)
フランと出会う前は、あちこちを転々としつつも智哉は平和に暮らせていた。暮らせていたのだ。
智哉がこの半年間を軽く思い返してもまず姉にアイアンクローをくらいメイドに睨み殺されかけ姉にコブラツイストからの卍固めを受け姉に肘鉄を叩きこまれ誘拐犯に拳銃で肩を撃たれ怪我人なのに姉に起き抜けにぶっとばされた後に林檎を剥かされて父に肩パンをされもやしの罵声を浴び過去の悪夢に悩まされてるのに姉にボディスラムからのシャープシューターをキめられ姉に二度目の肘鉄を受け昨日もやしに二度目の罵声を浴び今日訓練で死にかけた。
ほとんど姉であった。智哉はアメリカに行きたくなくなった。
なお今回の発端はフランである。それを智哉が知る事は絶対に無いが。
(今までの流れからして解除に一人足りねえとか言われるんだろ。俺は詳しいんだ)
何故かもう肝が据わっていた。短期間で酷い目に遭いすぎて感覚が麻痺しているのだ。
ジェシカはそんな智哉を横目で見ていた。
横の気に入らない男が、急に覚悟を決めた顔をしているのがやけに目につく。
(……この男、まさか爆弾探しに参加する気?私達は競走バのトレーナーなのよ?警察官でも爆弾に詳しい訳でもないのよ?でも、この男がそうするなら………!)
ジェシカから見て今の智哉は勇敢で正義感のある男に映った。感覚が麻痺しているだけである。
そして無駄に対抗意識がふつふつと沸いてきた。もやしは少ない茹で時間で食べられる発芽野菜である。
そして、手を挙げて言わなくていい事を言ってしまった。このもやしはあの誇り高き王者の姉である。プライドは負けず劣らず高いのだ。
「……私も協力できませんか?私もロンドン市民です。道はわかります」
この発言に全員が注目した。
発言を元に怪盗とジャックが地図をもう一度睨み、決断する。
「警察官としては民間人にこんな危険な事はさせられないんだけど……この近辺だけでもお願いできないかい?ジェシカさん」
「すまない。この怪盗としても国民にそんな事はさせたくないのだが…今の人手でも何とかなりそうだが一刻も早く回収したいんだ」
「…………えっ、足りてるんすか?」
人数は足りていた。急に智哉の麻痺した感覚が戻ってきた。
手を挙げずに傍観していてよかったと安堵したのだ。
そして爆弾解除なんて進んでやりたいと言い出すもやしを、尊敬するような目で見た。
もやしはその目を見て自分が嵌められたような感覚に陥った。さっきまでの覚悟を決めた顔が消滅していたのだ。感覚が麻痺していただけである。
(この男!!さっきの顔は何なのよ!!?ふざけてるの!!?)
(すげえなこの女、さっきまで死にたくないって怯えてたのに、今は目がやる気に満ちてやがる……)
梯子を外されてブチ切れているだけである。
智哉は何とかなるならこのまま傍観してようと考えたが、ここでふと昨日の事を思い出した。
オブリーエン邸での一幕である。
『──姉上を、助けてやってください』
あのジェシカの妹、幼き王者の自分を曲げてまでの必死の懇願。
『私からも、お願いする。申し訳ない』
自分のような新米トレーナーに頭を下げてまで頼み込んだ、あの名トレーナーの想い。
目の前の女はともかく、この想いを無碍にはできない。
結局こうなるのかよ、と智哉は深いため息をついた。
ジェシカが昨日言った欲しい物の予想もついていたので、刺激せずにいようと今朝は声をかけなかった。
こんな物を持っていた自分がどんな目に遭ったかも知らずに好き放題言われていた事を理解し、こんな物欲しいならくれてやると言う怒りもわずかにあった。
しかしこうなったら、もう話しかけるしかなかった。
「……おい、ジェシカ・オブリーエン」
「……急に何?トモヤ・クイル」
「……一時休戦しねえか?」
*****
「……そこを右。その後大体20m。そこの側溝の中」
「わかった。その次のルートも考えといてくれ」
「言われなくても」
ジェシカを背負った智哉が走る。
休戦協定は呑まれた。お互い持っている物を出し合うという案で協力体制を取ったのだ。
ロンドンの地理に詳しいジェシカがその明晰な頭脳で最短ルートを決め、超人の智哉が軽々とジェシカを背負い進む。
最初は肩に担ごうとしたが猛抗議の結果断念した。
目的地に着いた智哉がジェシカを降ろし、爆弾を回収する。
「色は?」
「黄色だ」
「連絡するわ。このまま300m移動」
「おう」
怪盗の仕掛けた時限爆弾は、裏に貼られたラベルの色が黄色が偽物のアラームが鳴るだけのもの、本物は赤で時計式の破片爆弾であった。10数mに効果を及ぼす危険なものだ。
解除方法は二人とも知らない。本物を見つけたら触らないようにとの指示を受けている。
目下この爆弾の捜索中の二人だが、思っている事があった。
知能指数が近いのか、お互い妙なやりやすさを感じているのだ。
(……この女、頭の回転はえーな。ガリ勉じゃなくて地頭がいいな。指示も的確だ)
(何を言っても聞き返してこないし、単語一つでも意思疎通できるのは助かるわね……この男の筆記と実技の成績が気になるところね)
ジェシカがジャックに連絡し、その結果を智哉に伝える。
「……全体で90個目。こっちが早い。範囲を広げるわよ」
「おう」
そして、ジェシカは現在考えている事があった。
「……待って、右。そちらに路地があるわ」
「おい!耳とか髪とか引っ張るのはやめろ!いてえんだよ!右だな!」
「………」
昨日肩に担がれた際、ジェシカが暴れようが引っ叩こうが全くびくともしなかったこの首席の対策として、次同じ事をされた時の反撃方法を考えてあった。髪や耳などの人体の末端への攻撃である。
そして今、それを使ってルート指示をしているのだが──
(……ほんの少し、ほんの少しだけど……不本意だけど……楽しいわね、コレ)
もやしは何かに目覚めそうになっていた。
あの強い嫉妬と劣等感を抱いていた首席の男が、自分を背負い背中を晒して自分の指示に服従しているのだ。
不謹慎と思いつつも楽しくなってきていた。
(こいつ、息が若干荒いんだけど……まさか背負われてるだけで疲れてきてんのか?もやしすぎねえ?)
そんな事を全く知らない智哉はもやしがもやしすぎる可能性に戦慄していた。
背負われているだけで疲れるとか想定外にも程がある。
見た目がウマ娘のジェシカが、それ程に虚弱なのに対して智哉は少し思う所があった。
(この見た目でこの体力の無さは、今まで相当苦労してきてるんだろうな……特にあの家に生まれてこれはキツかったかもな)
トレーナーの大家に生まれ、競走とも恐らく幼少から関わってきただろう。競走バになりたい夢でもあったのかもしれない。
そう思うと確かに同情するべき部分を智哉は感じた。自分の持っている物が欲しくて欲しくてたまらないのだろう。
(……仕方ねえ。俺から折れてやるか。こいつプライド高そうだしな……)
そう智哉は思っていたが当のジェシカは──
(いや、楽しいわコレ。楽しいわね……)
何かに目覚めそうなだけであった。