トムとフラン   作:AC新作はよ

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BCを過去話含めてTCに変えました……よう考えたらウマ娘の世界観でブリーダーズカップっておかしいちゃうかなって…。


第1.5部 アメリカでの日々
第一話 謎深き、天才


──空色の、英国海軍服をモチーフにした勝負服を着た、栗毛のウマ娘が疾走する。

最終コーナー、先団好位置。

彼女の、この一年限りのトレーナーのレースプラン通りの展開。

彼のくれた新たな走法。彼と共に鍛え抜いたこの体。あのドバイの悪夢を、忘れさせてくれたこの一年。

抜け出す機会、勝負の時。

彼女が意識を深くウマソウルに集中させ、その瞬間世界が変わる。

遠き競バの故郷へ続く海原を進む、彼女を艦長とした一隻の軍艦がそこにあった。

この一年の集大成、領域(ゾーン)に入り、後は残った脚を振り絞るだけだった。

 

『イングリッシュチャネル、抜け出した!三度目の正直!トレーナーズカップターフ制覇の念願なるか!』

 

彼女、ネルを追い駆けるフランスから来たG1ウマ娘は、もう追いつけないのを悟った。

彼女の、一人旅だった。

 

『イングリッシュチャネル!Run a Way!(楽勝です!)トレーナーズカップターフ、今年の勝者はイングリッシュチャネル!そして突如現れた天才ジョー・ヴェラス!米国競バ一年目にして偉業を成しました!!』

 

レースを終えたネルは、7バ身差と表示された掲示板を呆然と眺めていた。

この一年、彼と組んでの4レースでG1を2勝、そして2着を二回。自信はあった。手応えもあった。

そしてこの5レース目、彼と組む最後のレース。自らの念願、それが最高の形で叶った。

ウィナーズサークルへ向かう最中、ようやく実感が歓喜の涙と共に湧いてくる。

ネルの向かう先には、既に彼女のトレーナーが待っていた。

黒い中折れ帽にベージュ色のトレンチコートがトレードマークで、性別と名前以外は全てが謎の覆面の人物。

その横には彼の公私に渡るパートナーと噂されている、彼とグローリーカップでの専属契約を結ぶ英国から来た名バ。

二人を眺め、彼のパートナーに多少の嫉妬を抱きつつも、ネルはただ一年限りの彼女のトレーナーを見つめていた。

 

「……ジョー、私……」

 

涙をこぼし近付こうとするネルを、彼女のトレーナー、ジョーと呼ばれた人物は手で制止する。

 

<ネル、君が来るのは私の所ではない>

 

その口からは、機械的な合成音声。

噂では変声機を使っているとも、全身火傷で二目と見られない体の、手術の結果とも言われている。

覆面の怪人が、ウィナーズサークルを指差す。

 

<まずは、勝者の義務を果たすべきだ>

 

怪人は、ネルを必要以上に近付けなかった。彼女がどれ程それを望もうと。

彼のパートナーの為か。はたまた、あくまで契約はビジネスと語る彼の主義故か。

 

「……ええ、そうね。行ってくる」

 

その態度に一抹の寂しさを覚え、ネルが少しだけ肩を落とす。

ネルはこの怪人を最初は胡散臭い人物としか思っていなかった。

そのビジネスライクな主義も嫌いだった。

最初はドバイの惨敗で欧州に行くと言い、自分と契約を切ったトレーナーの代わりに急遽組むだけの関係だった。

丁度アメリカに来たばかりでシニア級の専属契約を結んでいなかった彼に、チーフから打診したのがきっかけだった。

だがその実力は、本物だった。的確なメニュー。確実なレースプラン。

そして自ら手本になり、併走相手すら務めるその高い身体能力。

彼女はたちまちにして、ドバイの悪夢を忘れた。

そして彼を信頼していく内に、彼がどんな人物かも理解した。

 

<だがまあ、その、良いレースだった。おめでとう>

 

ネルが、足を止めて振り向く。これが、怪人の特徴だった。

ビジネス主義を標榜する癖に、ドライになり切れない不器用な怪人。

一番欲しい言葉を、一番欲しい時にくれる優しい怪人。

 

<私とはこれで最後だが……君のライブ、君のこれからのレース、ずっと応援しているよ>

 

怪人に手を振りながら、ウィナーズサークルに頬を染めたネルが駆けていく。

彼女の視線の先の怪人の、覆面の奥から微かに見える優しい視線。

そしてその横で、眉間を揉む彼のパートナーが彼女に強く印象に残った。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

智哉のアメリカでのトレーナー生活は、3年目を迎えていた。

結局キーンランドカレッジのジュドモントのチームに彼は入らなかった。

智哉は入るつもりだった。英国とアメリカで差異はあるが姉の元所属チームであったし、契約相手の斡旋や広いアメリカを移動する際のチームの利点を活用すべきと思っていたからだ。

しかし、恩師であるちゃらんぽらんオヤジことジョエルに、研修を終え一人前のトレーナーになれた事を報告しに行った際に、このような打診を受けた。

 

『トムくん、おじさんの友達のやってるチームに入ってみない?フレッチャーって人なんだけど』

 

智哉は開いた口が塞がらなかった。米国競バ界における超有名人である。

ロッド・フレッチャー──米国競バにおける最高のトレーナーの証、エクリプス賞最優秀トレーナーに4度、全米最多獲得賞金トレーナーにも3度輝き、チャンピオントレーナーの称号を長年守り続けている、米国競バ界における最高のトレーナーの一人である。現在はガルフストリームカレッジとパームメドウズトレセン校を主な拠点とし、東海岸全体で200を超える管理バと多数の有能なトレーナーを抱えるチーム・カルメットの代表である。

まず姉に話し、その後筋を通す為にヘンリー理事とセシルに相談した所、「そんな話が来たなら行け」と逆に行くように急かされた。帰って来た時にジュドモントに入ってくれればそれで良いと言う話だった。

こうして、智哉は姉と共に米国での活動をチーム・カルメットで開始する事となった。

そして、ロッド氏と会った時にも智哉は開いた口が塞がらなかった。

 

『君がジョエルの言ってた例の子か、明日から芝でやってる子の面倒見てよ。丁度トレーナーに逃げられた子がいてね。一年で良いから』

 

初年度はダートの勉強をしながら姉のグローリーカップへの帯同に集中するつもりが、いきなりチームのエース格の管理バを任されたのだ。16歳の少年に破格の待遇である。

智哉は必死になってその期待に応えた。クズモードに戻る暇すら無かった。

そして姉とジョエルから謎の条件を出されつつも、怒涛の一年目が終わる。

 

二年目は、姉の四季のグローリーカップとエキシビジョンの帯同に集中した。

何故か姉が契約を許してくれなかったのだ。絶対ダメと言われた。

他の管理バの突き上げを受けた姉は、空いてる時間に短期契約なら、と苦渋の顔をしながら許可をくれた為、そこで幾つか勝ちを拾った。

そして二年目の末に、有力だが手に負えないレベルの札付きの気性難を姉が連れてきて、この子ならいいわよと契約に至ったのである。

本当に札付きの気性難であった。

業務中の智哉に対してはある程度大人しいが、それでも手に負えない時がある程であった。

 

そして三年目。ここで問題が起きた。

札付きの気性難の怪我である。怪我を隠してレースに出やがったのだ。全治三か月という診断であった。

そこから復帰までの調整も考えると、五カ月はレースに出れないと思われる。

そして姉の乱闘騒ぎである。クラブ仕込みのラフプレーが得意な姉は、二着の相手に絶対バレないように肘を入れていたのだ。智哉も幼少期によく喰らった手口である。

そうして札付きの気性難が療養に入り、姉が謹慎中のために二人でケンタッキー州の自宅に戻って来たのであった。

 

自宅は閑静な住宅地の一角である。姉が借りている。

ケンタッキー州は米国においてウマ娘が最も多い地域であるが、姉は慎重に、精査してウマ娘が少ない地域に居を求めた。智哉には意味がわからなかった。

姉は、去年成人しているがその見た目は全く変わっていない。

ウマ娘は本格化を迎えてからは、競走の為に長く若さを保つのである。母もそうだった。

そんな姉は、こちらに来てから意気投合したヤッタと言うウマ娘と今日は呑みに出かけるところであった。姉は今年アメリカでも飲酒できる年になった途端飲み歩きが趣味になった。姉の女子力は終わっているのだ。

 

「んじゃ、行ってくるわよ。わかってるだろうけど、どこに行って誰と会ったかは絶対あたしに報告するのよ」

「あーわかってるよ。めんどくせえんだけど……」

 

一年目から智哉は姉に困っている事がある。

束縛がやけに厳しくなったのだ。特にウマ娘と会う事に厳しい。

時折、「あたしが何とかしなくちゃ」と悲壮な表情で漏らす事がある姉を、智哉は心配していた。

何かあったのか聞いても「あんたがそんなんだからよ」と八つ当たりされるのである。智哉には意味がわからなかった。

「吞まなきゃやってらんないわよ」と智哉につまみを用意させながら宅飲みする事も多い。ヤッタもたまに来て乱痴気騒ぎする日もあり、智哉は料理の腕が上がった。

特にする事も無く、札付きの復帰レースの選定でもするかと言う所で、自宅のインターホンが鳴った。

この時間に訊ねる人物に智哉は心当たりがあったので、すぐに玄関に出向く。

 

「トモ兄、今日もトリック教えて」

「おっ、やっぱりダンか。いいぜ、裏庭行くか」

 

隣のロブレス家の一人息子、ダン少年である。

年齢は10歳。常に深く被っている帽子がトレードマークの、整った綺麗な顔をした少年であった。

大人しく気弱な印象があるが、その丸く大きい黒い目が特徴的である。

この少年との出会いはここに居を構えた翌日である。

一人で道路で寂しくスケボーの練習をするダン少年に智哉が声をかけたのだ。

友達も少ない様子の少年で、過去の自分と被ったのだ。せめて遊び相手になってやりたいと思った。

ダン少年の趣味は先述の通りスケボーである。好きな理由はスケボーは速いから、だそうだった。

この年からスピード狂なのかと智哉は心配になった。

 

「ほっ!と……インポッシブルはこんなもんだけど、ダンはとりあえずフリップやれるようにならないとな」

「トモ兄やっぱりすごいね。ボクは全然下手だ……」

 

ダン少年との交遊は、姉からも問題なく許されている。

姉から見ても友達が少ない少年に見えたのだろう。むしろ相手してやんなさいと言われている。

そんなダン少年が、智哉のトリックを見ながらこう漏らした。

 

「ねえ、トモ兄。ミディ姉の弟なら、ジョー・ヴェラスさんって会った事ある?」

「ん?あー………俺は会った事ねえなあ………」

 

ジョー・ヴェラス──智哉と同じ時期に突如アメリカに現れた、初年度からイングリッシュチャネルとのコンビでアメリカ芝レースの最高峰、TCターフを制覇した現在米国競バ界を騒がせる正体不明の覆面トレーナーである。姉もよく知る仲であるが、智哉は会った事が無い。

 

「そうなんだ……ごめんね変な事聞いて」

「別に変な事じゃねえだろ。何だ、トレーナーになりたいのか?」

 

智哉の返事に気落ちした様子を見せながら、ダンがふるふると首を振る。

 

「……ううん、そういうのじゃないけど……」

「そっか、まあサインくらいなら姉貴に頼んでもらってやるぜ」

 

俯いたダンが、ぽつりと言葉を漏らした。

 

 

 

 

 

「すごい人に見てもらえたら、ボクも変われるのかな、って………」

1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…

  • いる
  • いらない
  • まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
  • キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ
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